三河地震ホ−ムペ−ジ


三河地震追憶の碑

太平洋戦争も末期、日本の敗色が濃くなって来た昭和19年12月7日と、そのわずか37日後の
昭和20年1月13日、三河地方に大きな地震が続いて発生しました。
両方の地震の死者は3177名、住家全壊20807戸という大災害でした。
男子の多くは兵隊として出征し、銃後を女性が守っていました。食料などの物資の不足で苦しい生活の中で、2度の大地震に襲われましたが、当時の人達はお互いに協力して、たくましく生きてきました。
三河地震の7ヶ月後、終戦の日を迎えました。
このホ−ムペ−ジは両方の地震の概要と主に西尾市の被害状況を調べてみました。

東南海地震(1944年(昭和19年)12月7日13時36分ごろ)

三河地震 (1945年(昭和20年)1月13日3時38分ごろ)

当時の新聞報道

東南海地震・三河地震 体験談

西尾警察署の警察官の活動

疎開学童の悲劇


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西尾市のホ−ムペ−ジ

西尾まつり肴町大名行列ホ−ムペ−ジ