おもちゃ

 それほど沢山というわけではありませんが、我が家には人並み程度のおもちゃがあります。それらは、ごまちゃんの誕生日や、クリスマス・子どもの日といったイベントのときに私たちがごまちゃんに贈ったものだったり、誰かからのお土産だったりします。成長に応じて、100円ショップで買ったおもちゃ等もあります(ごまちゃんはおもちゃの扱いがとても男の子らしくて、繊細なものはすぐに壊れてしまいます)。頂き物がかなり沢山あります。でも、その殆どが今は使えない状態になってしまっています。「使えない」というのは、ごまちゃんの遊び方の影響から、作動しなくなった、ということです。
 私自身は、何となくおもちゃは木のものがいい、というイメージを抱いていました。口に入れても大丈夫で、自然を感じさせる要素もあるもの、といった具合です。初めてごまちゃんに贈ったおもちゃは、確か木のおもちゃでした。
 でも、年月が経つうちに頂き物が増え、今見回してみると、ごまちゃんのおもちゃは殆どがプラスチック製の既製品です。木製の積み木もあるのですが、それ以外はミッキー関連やアンパンマン関連の、いわゆる「できあがっているおもちゃ」です。「できあがっているおもちゃ」には、あまり子どもの想像力をかき立てる要素が少ないようで、ごまちゃんもお定まりの遊び方しかしません。勿論、イメージの世界で何かを掬ったり、誰かとお喋りしたりしてはいるのですが、”これを使ってどうやって遊ぼうかな?”と子ども自身に考えさせるような要素がとても少ないです。
 それらを全て批判するつもりはありません。確かに子どもの好きなキャラクターのおもちゃは魅力的でしょうし、車や電車、飛行機に割と興味を持つから、そういったおもちゃがあるのは子どもにとっても楽しみでしょう。ただ、遊んでいる姿を眺めていると、何となく「飽き」が早いような印象を受けます。次から次へとおもちゃを取り替えて、部屋中がおもちゃで溢れているのですが、結局辿り着くのは台所だったりします。
 面白いもので、台所では、私が一緒にいる時ならいつまででも遊んでいます。ボウルや笊、お鍋を出してきて、今はそれらをひっくり返して菜箸や杓文字で叩いています。本人は太鼓を叩いているつもりです。あまりにその音が金属的で私の耳に響く(私は手術を受けている関係で、高音が普通の人以上に耳に響いてしまいます)とき、私は「お耳痛いよ〜」と泣く振りをしたり、手や杓文字でボウルの底を軽く抑えて音を消したりします。すると、自分の出した音が、杓文字や私の手で消えてしまうという現象が面白いらしく、今度はごまちゃん、「やって」と杓文字を私にくれて、更に大きな音を奏でて(と言えるのか?)くれます。顔は期待に満ちています。「ほら、早く音を消してよ」と言いたげです。
 例えばボウルを叩いて音が出たとき、底を手のひらで一度に触れると、一瞬で音が消えます。底の縁をそっと撫でるようにして触れていくと、音は次第に消えていきます。自分の出した音が、いろんな形で消えていくことに、ごまちゃんの興味が向かいます。何度もそんな遊びが続きます。
 ブロックもごまちゃんが比較的飽きずに続けられる遊びです。最初は意味もなく組み合わせていたのが、最近では頭の中でイメージした「お化け」や「おにぎり」、「オオカミ」等を自由に組み立てていきます。また、台所からボウルを引っ張り出してきて、「卵割るからね」と言いながら、ボウルの縁に黄色のブロックをカンカンと当てて割る仕草をしてみせます。そして、やはり台所から引っ張り出してきた泡立て器で「混ぜ混ぜ」します。電子レンジに入れる真似もします。何かを料理していることが多いです。
 全ての子がこうだとは思いません。既製のおもちゃで創造的に遊ぶ子もいるでしょう。ただ、ごまちゃんにとって、出来上がってしまっているおもちゃより、何でもない小石や日常生活で使われているものたちのが、遊ぶのに楽しいようです。それは多分、ごまちゃんが自分の世界で遊んでいることでもあるようです。その様子を見て、私はいつも「子どもは可能性の塊だ」と実感します。何でもないものをおもちゃに換えてしまう力は、素晴らしいと思います。大人が忘れてしまった感覚かもしれません。育児をする中で、こうやって大人達は、自分が忘れてしまっていた世界を、我が子と共に共有していくのかもしれません。そんな機会を与えてくれる子どもの存在に、感謝します。
 ごまちゃんの遊び方がとても元気なので、我が家のあらゆる台所用品や食器類は犠牲になってしまいます。床も凹んでいます。でも子どもって多分そんなものだと思います。「ああ、また壊れてしまう・・・」と一瞬思うのですが、壊れてしまったら、モノを壊すということについて一緒に考えてもいいし、壊れたものを見ることから物を大切にすることを学んでいってくれてもいいし、それらの経過を経た後に、一緒に新しい物を買いに行ってもいい。全てが子どものこころの成長に影響していく、一連の出来事だと、感じています。

ごまちゃんとの賑やかな日々

It's my...

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