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木造 飛天像もくぞう ひてんぞう

分類
市指定(第226号)
指定年月日
平成30年2月15日
種別
彫刻
所有者
神光寺
時代
平安時代
法量
高さ 37.8cm

 神光寺は、上条白山媛神社の神宮寺であったものが、明治の神仏分離により独立、現在は浄土宗西山派となっている。寺伝では、養老2年(718)の創建とされる。

   本像は、本来、雲中供養菩薩像うんちゅうくようぼさつ(阿弥陀如来とともに雲に乗って浄土から迎えに来る仏)あるいは光背飛天こうはいひてん (仏像の背後にある仏身から放射される光明を象徴的に表す装飾に配された天人・天女)などの群像のうちの一体だったものが、何らかの理由で分離され、単像とされている。木造(ヒノキ)の一材製で、木芯の位置は不明。
 像の形状は、垂髻すいけい(後ろに束ねた髪型 すべしがみ)の前に花冠をつけ、天冠台(宝冠または宝冠を支える輪)をかぶる。上瞼うわまぶたをわずかに弓なりに曲げて咲形にし、口は閉口する。耳朶じたは不貫で、三道(首に表される3本の筋)を刻出する。条帛じょうはく(左肩から斜めに垂らすタスキ状の布)の先は前方では左足大腿部あたりまであるが、後方部は省略される。くん(下半身に巻いた布)をまとい、腰で折り返し一段、間に腰布を巻く。天衣てんね(体にまとう細長い布)の有無は現状ではよく分からず、あっても別材製のものかもしれない。鼻、右耳朶、左臂先、右腕全体および岩座は後補となる。
 上瞼をわずかに弓なりに曲げて笑う咲形の表情は、平安時代の定朝(平安時代中期の仏師)以後によく現れる。また、左膝頭後方に一部が残る立ち上がる雲の表現から、唐代の図像との関連を指摘する意見もある。 以上のことから、本像の制作年代は平安時代と推定される。作者は不明である。