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 安城市歴史博物館で一番有名な収蔵品「人面文土器(じんめんもんどき)」。常設展示では、この土器とその関連資料を紹介しています。


■発見

 この土器は安城市東町の亀塚遺跡から出土しました。昭和52年(1977)のことです。しかし発掘調査の時点では土まみれの破片で、そこに絵が描かれていることには誰も気がつきませんでした。「ただ者ではない」とわかったのは、もちかえった土器の破片を洗って整理している時のことでした。


■人の顔

 描かれている絵はとてもはっきりとしたもので、人の顔とすぐにわかります。これはややたて長の丸い輪郭(りんかく)の中に、目や鼻、耳がそれらしい位置にしっかりと描かれているためでしょう。そうなると問題は、目の上下などにみられるたくさんの線の束(たば)です。


■入墨(いれずみ)

 亀塚遺跡の出土品は、その形などから弥生時代の終わり頃のものと判断できます。ちょうどこのころの日本の様子を記したのが有名な『魏志倭人伝(ぎしわじんでん)』という中国の記録です。この中に倭人(わじん=このころの日本列島の住民は中国からはこのように呼ばれていた)の男子は顔や体に入れ墨をしていることがでてくるのです。そこでこの壺の顔は、『魏志倭人伝』に記された倭人の顔を描いている、と考えられるようになりました。

■類例あらわれる

 人面文土器が全国に知られるようになると、すぐによく似た顔の例のあることがわかりました。岡山県総社市の一倉遺跡から出土した土器の顔です。また、安城市内でも上条町で中学生が採集した土器などのなかに、同様の顔の表現がある土製の球があることも報告されました。さらに香川県善通寺市の仙遊遺跡で出土した石棺に、たくさんの線にまじって、ほとんど同じ顔を描いたものもみつかりました。
▲一倉遺跡出土例
▲東上条遺跡出土例 ▲仙遊遺跡出土例
(このつづきは、制作中)

安城市歴史博物館
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