| 休館日:毎週月曜日および2月14日(火) |
| 観覧料:一般400円、中学生以下無料 |
| 展示内容紹介 |
徳川家康の先祖である松平家は、三河の各地に分家を出して勢力を拡大しました。その一つが安城松平家から分かれて藤井(現安城市藤井町)を本拠とした藤井松平家です。
江戸時代には幕府を支える譜代大名として各地を治める一方、分家もまた大名に取り立てられました。前者は出羽国上山藩(現在の山形県上山市)、後者は信濃国上田藩(現在の長野県上田市)の藩主として幕末を迎えます。
展覧会では、藤井松平家ゆかりの品や古文書などをとりあげ、その歴史を紹介します。
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松平信一着用具足(上田市博物館蔵)
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左は藤井松平2代の信一が徳川家康から拝領した具足。
織田信長が永禄11(1568)年に近江国箕作城(滋賀県東近江市)を攻めた時、徳川家康は援軍を出しました。援軍の首将を信一が務め、その際にはなむけとして徳川家康から与えられものです。
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上山城は元禄5年(1692)に取り壊されており、元禄10年(1697)に藤井松平家が入封した際に本丸に御殿を建てました。天守閣や隅櫓は再建されることはありませんでした。
この図は寛政4年(1792)に焼失した本丸御殿に代わり、新築された御殿の見取図です。
右上(北)からのびる赤線は、北に本丸から76間余(約140m)ある御湯から御殿に温泉を引き込む給湯路を示しています。本丸御殿で温泉を利用していたことがわかる珍しいものです。 |
御殿及び城内見取図(月岡神社蔵)
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上田藩は藤井松平家3代信吉の子で、分家となった忠晴の家系が後に移封してきます。忠晴から数えて3代目の忠周が上田へ入封する前の文書等も大切に保存されました。
貞亨2年(1685)に幕府の若年寄、5代将軍綱吉の側用人を務めた忠周は、任命の翌年に丹波国亀山(京都府亀山市)から江戸に近い武蔵国岩槻(埼玉県さいたま市)へ移されます。
写真は武蔵国岩槻の石高の明細です。
本文に「御加増壱万石高都合四万八千石」とありますが、そのうち1万石分の領地は和泉国(大阪府南部)にありました。
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●関連行事●
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○歴博講座
「安城の松平庶家」 |
| 2月4日(土)午後2時から、2階講座室 |
| 講師:天野 信治(本館学芸員) |
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◎特別展記念講演会
「藤井松平氏の出羽上山藩主時代」 |
| 2月11日(土)午後2時から、2階講座室 |
| 講師:木村 清三郎氏(山形県地域史歴史研究協議会理事) |
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◎特別展記念講演会
「藤井松平家(忠晴系)をめぐって―上田城主への途(みち)―」
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| 3月10日(土)午後2時から、2階講座室 |
| 講師:尾崎 行也氏(元長野県立歴史館専門員) |
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