西尾城・西尾藩


西尾藩旗印

本丸丑寅櫓

西尾藩旗印

中世西尾城(西条城)

西尾市域は古くは吉良庄西条と呼ばれ、平安時代末には皇嘉門院領であった。承久年中(1219〜1222)、足利義氏が三河守護に赴任し、西条に長男長氏、東条に三男義継を地頭として配した。西条城は、この頃創建されたと伝えられる。

近世西尾城

近世に入り徳川家康の支配下に置かれた西条城は、西尾城と改称する。16世紀後半、二度にわたる大規模な増改築を施し、近世城郭の形態を確立する。
明治2年に版籍奉還、同5年に廃城となり、650年余りに及ぶ西尾城の歴史を閉じた。

西尾藩

徳川氏発祥地三河にある西尾藩は、代々有力な譜代大名を藩主に迎え、幕府の中で重要な役割を果たす。藩領は西三河南部2〜3.5万石。大給松平氏入城後は、6万石となり、越前に飛地(3.7万石)を持った。松平氏の統治は、版籍奉還まで5代 105年に及ぶ。

歴代西尾城主

牧野新次郎成定            永禄3年 (1560)〜 1年間   O 1560 桶狭間の戦い
酒井雅楽助正親            永禄4年 (1561)〜15年間
〃  与四郎重忠            天正4年 (1576)〜14年間   O 1582 本能寺の変
田中兵部大輔吉政 岡崎兼領10万石 文禄4年(1595)〜5年間   O 1600 関が原の戦い
本多縫殿助康俊     2万石   慶長6年 (1601)〜16年間    O  1603 江戸幕府成る
                                          O 1615 大阪夏の陣 豊臣滅亡
松平左近将監成重   2万石   元和3年 (1617)〜 4年間
本多下総守俊次     3.5万石 元和7年 (1621)〜15年間
鳥山牛之助       幕府代官  寛永13年(1636)〜 2年間
鈴木八右衛門
太田備中守資宗     3.5万石 寛永15年(1638)〜 6年間
鳥山牛之助        幕府代官 寛永13年(1636)〜 2年間
鈴木八右衛門
井伊兵部少輔直之   3.5万石 正保2年 (1645)〜14年間
増山弾正少 正利    2万石   万治2年 (1659)〜 3年間
増山兵部少輔正弥   2万石   寛文2年 (1662)〜 1年間
土井兵庫頭利長     2.3万石 寛文3年 (1663)〜18年間
〃  式部少輔利意   2.3万石 延宝9年 (1681)〜43年間    O 1702 赤穂浪士討ち入り
                                           O 1714 肴町大名行列始まる
〃  淡路守利庸     2.3万石 享保9年 (1724)〜10年間
〃  伊予守利信     2.3万石 享保19年(1734)〜13年間
三浦主計頭義理     2.3万石 延亨4年 (1747)〜 9年間
〃  志摩守明次     2.3万石 宝暦6年 (1756)〜 9年間
松平和泉守乗佑     6万石   明和1年 (1764)〜 5年間
〃  和泉守乗完      6万石   明和6年 (1769)〜24年間
〃  和泉守乗寛     6万石   寛政5年 (1793)〜46年間
〃  和泉守乗全     6万石   天保10年(1839)〜23年間   O 1859 安政の大獄
                                          O 1860.3.3 桜田門外の変
     老中の松平乗全は病気により老中を辞した。(1860.4.28)
     安政の大獄の処置に手落ちあったとして隠居を命ぜられ、松平乗秩が西尾城主となる(1862)
〃  和泉守乗秩     6万石   文久2年 (1862)〜 7年間   O 1867 大政奉還・王政復古
                                          O 1869 西尾藩版籍奉還

☆参考資料 西尾市教育委員会編「歴史公園案内書」

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