肴町大名行列の由来


祇園祭の練り物の一つ

江戸時代の中期、西尾の城下町を舞台に”西尾の祇園祭”と呼ばれる天王祭礼が行われていました。
御神体を乗せた伊文神社の神輿が西尾城本丸内にある御剣八幡宮へ渡御するもので、毎年6月15、16日(旧暦)の2日間にわたっておこなわれました。
神輿にしたがって総曲輪内の天王町、肴町、中町、横町、(幸町)、本町、須田町の六ケ町が神楽獅子や屋形など練り物を繰り出しました。
肴町の大名行列は、その練り物の一つで、正徳年間(1711〜1724)に始められたといわれ、280年余りの古い歴史を持っています。
当時の大名行列参加者は総勢81名という記録が残っています。


殿様の粋なはからい

江戸時代といえば、身分階層の厳しかった時代です。本来ならば、町人が大名にふんすることなど、とても許されませんでした。
ところが、時の西尾城主 土井利意(在城期間1681〜1724)は、町人が武士の衣装と刀をつけることを許し、城内に入ることも許しました。
こうして、大名行列は町人の祭りとして盛んになって行きました。
肴町の人たちは、城主の粋なはからいを喜び、当日は御家老、御家人など当時の士族と全く同じ姿をして城内に繰り込んだといいます。

子供大名

明治42年になると、子供大名も加わりました。
子供大名は総勢三十人余り、小学生までの子供たちが奴に扮し、幼い子が若殿になっておかごに乗っている様は、大変可愛らしく人気を集めるようになりました。


西尾市無形文化財に

その後、大名行列は大正13年に中止。昭和5年に復活しましたが、昭和10年に再び中断。戦後の昭和22年に再開され、以来毎年行われています。昭和32年に西尾市無形文化財に指定されました。

現在は西尾まつりのメインイベントとして、毎年7月中旬肴町大名行列保存会を中心に、市の職員の皆さん、デンソ−西尾製作所の皆さん、ボ−イスカウトの方々など数多くの方の協力により、総勢二百名余りが参加して盛大に行われています。

参考資料 「広報にしお681号」 西尾市経済環境部商工課発行「西尾の大名行列」


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