韓国・キーワード 
国旗・「太極旗」(テグッギ)


            


 1945年8月15日、約半世紀にわたる日本帝国主義支配下の朝鮮は、日本の敗戦につれて、独立、解放の道が開かれた。
 しかし当時は、米ソ両国間には、すでに「冷戦」(冷たい戦争)がはじまっていた。45年8月10日に日本政府からポツダム宣言を受諾する旨の提議を受けたアメリカ政府は、国務省、陸軍省、海軍省合同調整委員会を組織し、11日に朝鮮半島を北緯38度線を境に南北に分断しそれ以北をソ連軍が、それ以南をアメリカ軍がそれぞれ占領して日本軍の降伏受理と武装解除に当たると言う案をつくり上げた。
 朝鮮半島の38度線分断が、その後、朝鮮の統一政府樹立の障害となり、朝鮮人民に測リ知れない悲劇をもたらすのである。
 
 日曜日の午前4時30分、総勢15万の北韓共産軍がソ連製T一34重戦車240台を列ねて一斉に奇襲南侵を始めたのは、再三にわたる韓国政府の撤退反対と軍事力強化のための支援要請に耳も傾けず、1949年6月29日、韓国から引き揚げた米軍撤退後満1年にもならない、翌年6月25日のことだった。
 
 韓半島を血濡らせながら悽惨なる同族相食む戦争が、全世界を巻き込んで3年にわたって繰り広げられた。(朝鮮戦争)大韓民国の独立式典は、解放3周年記念日の1948年8月15日首都京城(現、ソウル)で挙行された。
 韓国民は持ち前の粘り強さと勤勉性を振るい立たせて絶望の淵から立ち直り、さらに、1960年代初めからは引続き目ざましい経済成長を実現して、今日では先進工業国への道を突き進んでいる。
 「韓国の国旗」は東洋の神秘的思想と、韓国人の人生観を象徴するものである。

 この図案は「太極」と呼ばれ、時には韓国国旗つまり、太極旗そのものをも意味する。
 太極旗は、朝鮮王朝高宗時代の1882年9月に初めて掲げられた。そのころ、韓国と日本の間で裁物浦条約が結ばれ、この条約を発効させるため、金 玉均と朴 泳考が特使として日本に派遣されたが、その際、国旗の必要性を痛感していた朴 泳考は、日本に向かう船上で太極図に基ずく太極旗を案出したのである。そして翌1883年に正式に国旗として採択された。
 
 国家の三大基本要素ともいえる国土、国民そして政府が、この太極旗に象徴されている。
 つまり、白い地の部分は国土であり、円形の部分は国民であり、四隅の卦図は政府を意味する。旗の中央の円は2つに均分されている。その中の赤い上部は“陽''を意味し、青い下部は“陰"を意味する。さらにそれは、火と水昼と夜、明と暗、建設と破壊、男性と女性、動とも、プラスとマイナスなどの融合・調和を象徴するものである。
 
 太極図の中心思想は、無限宇宙における万物の動きの均衡と調和である。また、四隅にある卦は、対立と均衡を意味する。左上の切れ目の無い3本の線は“天''であり、その対角に位置する右下の3本とも切れている線は“地''である。つまり“乾''と“坤''である。それから右上の線は“月''を意味し、反対側の左下の線は“日''である。


模様 名称 太極旗が持つ五つの精神
旗地   正義、人道を基本とする平和の精神
太極 原型 - 天地が一つになった単一の精神
  陰(青)、陽(赤)が一つになり万物を創造する、創造の精神
 
乾(ゴン)   天(乾)と地(坤)の如く、永遠性のある無窮の精神
坤(ゴォン)  
離(イ)   日(離)と月(坎)の如く、光あふれる光明の精神
坎(ガム)  

語句解説

【太極】
 中国固有の宇宙観で、もっとも根元となるものの称。

【八卦】
 易で、陰()と陽()を示す三個の算木を組み合わせてできる八卦のうち、乾(ゴン)、坤(ゴォン)、離()、坎(ガム)の4卦が太極旗に使用されています。

【陰陽説】
 陰陽二気が互いに消長し調和して自然界の秩序が保たれているように、政治、道徳、日常生活などの人間の営みはすべて陰陽の変化に順応することでうまくゆくとする考え。道徳の根元の天と人の一体を説く中国思想で、長くその形而上的根拠となった。

更新日 03/05/16