体内時計の話


 サイト内のコラムで、動物の「体内時計」や「体内カレンダー」の話題を時々しますが、実際には、その詳細なメカニズムについては解らないことの方が多いのは事実です。

 最近になって、「人」の体内時計の研究が進みそのメカニズムについては少しづつ解明されてきました。この理論(メカニズム)が他の動物にもあてはまるのかどうか?検証してみましょう。

 生物には色々な時計が内蔵されています。ショートスパン(秒〜時間)を刻む時計。ロングスパン(月〜年、季節)を刻む時計。ライフサイクル(1個体の一生)を刻む時計。残りの寿命を刻む時計。・・・など。これらの時計の刻む時間情報がその生物の行動や状態を大きく左右しているのは言うまでもありません。

 「人」の体内時計の内、最近注目を集めているのがショートスパンの体内時計と、寿命を刻む時計です。
 その内、ショートスパンを刻む時計が、今回のテーマです。

 このショートスパンを刻む時計は事実上「1日」を刻む時計と考えられています。しかし、この時計は1日が24時間で巡るようにはできていないらしいのです。人の場合26時間とも30時間ともいわれていて、現在の地球の自転周期より遥かに長い時間で1日を刻んでいるらしいのです。これは、人の祖先が、この「体内時計」を獲得した時代の地球の自転周期と同じだと言われています。
 しかし、体内時計の1日と地球の自転周期による実際の1日にズレがあるにもかかわらず、たいていの人は1日を24時間で生活しています。長い間、このデイサイクルの時間補正のメカニズムは謎に包まれていました。
 最近になって、思いがけない分野の研究から、このメカニズムが解明されてきました。
 「不眠症」治療の研究分野です。ここ十数年の間に、世界中で不眠症患者が激増していて、先進国の都市部で極端に多い数字を示しています。不眠症には色々な原因があり、単一の病気ではありませんが、都市部の患者の多くが「昼夜逆転現象」を起して不眠状態に陥っていることが、わかってきたのです。このことに着目して、「昼夜逆転現象」の不眠患者のデイサイクルの統計をとってみると、1日の活動単位が24時間以上の場合が非常に多かったことがわかりました。つまり、体内時計が現在の地球の自転周期からズレたままになっている人の多くが、ズレを補正できないまま生活することで、昼夜が逆転し、不眠状態に陥っていたわけです。
 これをきっかけに、デイサイクル体内時計の時間補正メカニズムが解明されました。
 結論を言うと、デイサイクルの体内時計は「機械の時計(腕時計など)」のような循環時計ではなく、シングルショットタイマーだったのです。
・・・判りにくいですねぇ。つまり、機械の時計のようにグルグル廻って時を刻むのではなく、一定時間が過ぎるとスイッチが切れる(もしくは入る)タイマーのようなものだったのです。その一定時間が1日として体内で刻まれているわけです。
 しかし、実際の1日の時間と体内時間の一日とのズレはどうやって補正しているのでしょうか?
 これは、非常に簡単で、「リセットスイッチ」があるのです。体内時計が1日を刻む前でも、リセットスイッチが働いて再起動されれば、毎日が24時間で活動できるというわけです。
 この、「リセットスイッチ」は「光」であることがわかりました。ある一定以上(個人差はあります)の光を数分〜数時間浴びると、体内時計がリセットされ、新しい1日を刻み始めるというわけです。朝、眼を閉じて眠っているのに、「眩しくて目が覚める」のは、このリセットスイッチが働いた瞬間なのです。都市部で昼夜逆転の不眠症患者が多いのは、照明器具の発達で、夜でも強い光を長時間浴びるため、リセットスイッチが誤動作を起こし、実際の時間と体内時計のズレを補正できなくなってしまった結果だったわけです。
 この体内時計のリセットメカニズムは「ヒト」だけのものなのでしょうか?
 完全な地中棲の動物や深海の底棲生物意外は、全ての動物がこのメカニズムを持っていると私は考えました。

 動物を飼育していると、たいていは、エサを与えるとその場で食べ始めます。野生の個体でも、給餌の時間を決めて与えると、環境に慣れれば同様に食べます。しかし、「飼育の難しい」動物の多くが、これには当てはまらず、エサを与えても、スグには食べず、「気が付いたら食べてあった。」ということがよくあります。
 「モエギハコガメ」や「エジプトリクガメ」、「セオレガメ」等は典型的といえます。
 そこで、店頭にいる「ハイナンモエギハコガメ」の摂餌時間を計測してみたのです。
 雄は餌を与えればスグに食べますが、雌は知らん顔をするのです。
 結果。雌は照明を点灯てから10時間〜12時間後に餌を与えると、よく食べることがわかりました。つまり彼女は、真っ暗な温室に照明が入り、「朝」と感じてから10〜12時間後が活動時間だったわけです。照明を入れるタイミングをずらしても、このタイムスパンは殆ど変化しないことから、「人」と同様に体内時計のリセットスイッチは「光」であると考えられます。

 エジプトリクガメは早朝の薄明時だけに、セオレガメの多くが薄暮時だけに摂餌することが知られています。おそらく彼らも、体内時計に強く依存したデイサイクルの活動をしているのではないかと思います。
 室内で動物を飼育する場合、照明器具は不可欠の道具です。また、専用の照明器具を使わなくても、室内の照明器具があるはずです。
 人の都合で「光」を操作しなくてはならない現状で、これらが彼らの体内時計に与える大きさは計り知れないものがあります。いい加減な照明の操作でも、なんら影響を受けていないように見える動物もいますが、外見だけでは何とも言えません。出来うるなら、自然の太陽の運行に合わせた、照明の操作をしてやりたいものです。

 また、飼育難易度の高い動物の多くが摂餌不良が原因で餓死していくケースが多く、「まず、餌を食べていただきたい!」時には、このデイサイクルのリセットスイッチのことを思い出してください。明るくなってから、どれくらいの時間で最も活動的になるか知ることができれば活路が開けるかも知れません。ただ、ウチのハイナン夫婦のように個体差があるので、その個体を充分に観察することが重要ですが。
 デイサイクル以外の体内時計にも「リセットスイッチ」がありそうです。私は「トリガー」と呼んでいますが・・・・。この話は、別のページにて・・・。

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