4.5.ユニタリー測定 測定の量子力学的理論の一般的観点では、リューダースによる一般化でもまだ、 特殊な例である。 しかし、どのように特殊なのだろうか? 繰り返し可能性の議論をする次の節において、 連続量はそのやり方では測定できないことを見る。 ここでは離散量すなわち点スペクトルを持つオブザーバブルに限定すると、 フォンノイマンリューダース測定は現実に、われわれの基準を満たす。 直感的に、上に書いたように、測定というプロセスは、 少なくとも統計的な意味において、 器具の終わりの性質が、対象の初期状態の信頼できる指示器であるようなものである。 器具の終状態が関連した統計(結果)を再生産するようなものかどうかの理想化をしている。 加えて、最終的に、器具がデザインされた値を示すオブザーバブルの 固有状態の混合になることを要求する。 そのようなプロセスについての文献は沢山あり、今も出版され続けている。 それらは、測定セットアップの考えうる種類を分類するための、 重要な結果をもっている。 ここでは、ベルトラメッティ、カッシーニ、ラティ、オザワの仕事を引用しよう。 それはラティの解説に従う。 もっとも基本的な結果はオザワのものである。 測定のセットアップは全ての物理量にたいして存在する。 このことは、離散的なオブザーバブルにおけるフォンノイマンの議論で、 すでに確立されている。 オザワは、それを連続スペクトルや混合スペクトルに拡張した。 この節の残りの部分では、離散的なオブザーバブルしか議論しないが、 測定がフォンノイマンが記述したようなものである必要があるとは仮定しない。 測定されるべきオブザーバブルAは、縮退n(a)である固有値aを持ち、 前に記したように、固有ベクトル{xai}の直交基底を持つ。 値を示すオブザーバブルBは、その空間では縮退していなく、 同じ点スペクトルを持ち、対応する直交基底{ya}をもつ。 器具の基底状態を純粋状態y0としましょう。 以降のベクトルは、断り書きがないかぎり単位ベクトルである。 それまで、含まれている仮定は、単に単純化のためと一般にみなされている。 しかし、次のように仮定しよう。 1.全体系の展開は、全体系から全体系への、統計演算子のconvex構造や   ほかのものを保存した写像である。 これは次のことを意味する。 全体の初期状態ViがV'iに発展するとき、 (a)Viが純粋ならV'iも純粋である。そして、 (b)それは、混合状態ΣpiViをΣpiV'iにかえる。 これは次の結論を導く。 2.その展開は、次の形の写像Bの連続線形拡張である。 3.B(xai*y0)=zai*ya ここで、{zai:i,...,n(a)}は、二番目のインデックスにおいて直交している 単位ベクトルの集合である。 すなわちzaiがzajが直交しているが、zbiとは直交しないということは可能である。 フォンノイマン−リューダース測定が、 この一般的スキームの中のどこに位置するかは明らかだ。 それらは、3が次のような特殊な形を取っているものだ。 4.V(xai*y0)=xai*ya この演算子Vをリューダース写像と呼ぼう。 それはユニタリーである。しかしここではさして特殊なものではない。 同じことから、次の定理がでてくる。 5.xai*y0=zai*yaという写像は、次のような場合にかぎり、 ユニタリー演算子Uに拡張する。 {zai}が第二のインデックスにおいて直交している単位ベクトルの集合である。 演算子Uは、U=U'Vのように分解できる。 そして、U'はユニタリーで、Vはリューダース写像である。 我々が今まで考えていた測定セットアップのクラスは全て、 フォンノイマン−リューダース測定の見かけを持つ。 それは、固有の終わりの段階を少しこえて展開させることを許している。 この見かけはおそらくはフィクションであろう。 それが起こったことであるなら、その終わりは同一であろう。 この場合の対象系の状態への変化は次のようなものだ。 6.対象系の初期状態がx=Σcaixaiなら、その終状態はΣpa2Iz(a)である。 ここで、pa2=Σ|cai|2で、z(a)=pa-1Σ{caixai:i=1,...,na} しかし、我々の意味で、それらの測定セットアップすべてが、 リューダース正しいと見做したものとはいくらか違った対象の初期状態を持つ、 測定であろうか? Noである。 なぜなら、器具に関する還元状態は、 値を示すオブザーバブルの固有状態の基底において、 一般にはdiagonalではない。 そうすると、全体としてのこのクラスは、我々のメタ基準を満たさない。 4.6.繰り返し可能な測定と相関 フォンノイマン−リューダース測定は二つの性質を持つ。 フォンノイマンの考えた重要な役割を演じているお互いの性質は関係がないことはない。 ひとつは次のようなことだ。 測定の終わりで、測定されるオブザーバブルと値を示すオブザーバブルが、 お互いにつよく相関している。 単純な場合終状態は次のようなものである。 (1)Σci(|ai>*|bi>) 今までに書いたように、これは次のことを意味している。 A*Bを測定するし、その一致(+)不一致(−)を記録する器具を構成し、 それをはじめの測定セットアップに適応すると、 確実に(+)の結果を得る。 第二に、Aを(もしくはX+Yに対してA*Iを) もう一度、第一の測定の終状態から始まる測定をする器具を構成するなら、 二度目も同じ結果を得る。 これをもう少し正確に表現しよう。そして、いくつかのやり方でそれをすることが出来る。 まず第一に、第一の結果と第二の結果の間の 一致(+)不一致(−)をチェックするさらなる測定器具を 構成するものとして、我々自身を考える。 それは確実に(+)を示す。第二のやり方は少し説明を要する。 Davies、Ludwig、Mielnikにしたがって、operational量子力学で導入された 道具の考えかたに目を向けると便利である。 測定のプロセスにおいて、複合状態は、 還元された初期状態と終状態に関する条件によって限定されるやり方で、展開する。 WがW'にかわる。対象の初期状態TはT'にかわる。 後者の変化を一般的なやり方で特徴づけるために、 この測定プロセスに関係する「道具」と呼ばれる関数を定義する。 それをJと表記しよう。これはAとUに依存する。 対象の初期状態Tとボレル集合Eにたいして、 対象の終状態T'であるJ(T,E)を、 Aの値がEの中にあるという命題に対して条件付けて、 その関数は与える。 多くの議論された測定の相互作用の性質は、関係する道具を用いて議論するのがいい。 ここで、T'とJの関係を強調しなければならない。 もし、Tが何であるかを知り、かつ、 すべてのボレル集合Eに対しJ(T,E)の値を知ってるなら、 T'が何であるかを演繹できるし、逆もそうである。 この点では、その道具は単なる形式的概念である。 それの関心は使うようになると出てくる。 繰り返し可能性を調べるために、 連続測定において何が起こるかを調べる。 その測定で、状態Tにある系は、Aの測定をされ、 その終りで、状態T'にある同じ系が、同じ測定をもう一度される。 二段階プロセスの終りでの、終状態は、遷移し条件付けられた状態の族によって 特徴づけられる。 (2)J(J(T,E),F):E,Fはボレル集合 は、同じ道具の連続的適応に従う。 次のようなとき、「測定が繰り返し可能」と言うことにしよう。 第二段階が違ったボルン確率を生み出さない。すなわち、 (3)J(J(T,E),F)=J(T,E∩F) 系としてもちろん、任意のT、E、Fに対し (4)J(J(T,E),E)=J(T,E) 同時に次のようにも言える。 道具も繰り返し可能だ。 明らかに、測定プロセスのすべてがこの性質を持つ訳ではない。 フォンノイマンによって議論された測定のクラスは、 この意味で繰り返し可能であると彼によって言われている。 フォンノイマン−リューダース測定に関する道具Jは、前の議論から見て、 状態Tとボレル集合Eに対し、次の関数のように特徴づけられる。 (5)J(T,E)=Σb∈E:IAbTIAb これは繰り返し可能である。 なぜならJ(T,E)=T'とすると、 (6)J(J(T,E),F)=J(T',F)     =Σ{IAdT'IAd:d∈F}     =Σ{IAd(Σb∈E:IAbTIAb)IAd:d∈F}     =Σ{Σb∈E:IAdIAbTIAbIAd:d∈F} いま、もし、b=dなら、IAdIAb=IAb b≠dなら、それはヌル演算子で、全てのベクトルをゼロベクトルにする。 そうすると、IAdIAb=IAbIAd=δ(b,d)IAb 我々は次のように計算を続けれれる。     =Σ{Σb∈E:δ(b,d)IAbTδ(b,d)IAb:d∈F}     =Σ{IAbTIAb:b∈E∩F}     =J(T,E∩F) このように既に見たものである。 フォンノイマンが強調したような繰り返し可能性は、 測定相互作用のこのクラスに対して証明可能である。 量子力学の範囲の中で記述される測定のプロセスの理論は、次のことを帰結する。 フォンノイマン−リューダース測定が二度繰り返されたなら、 結果に対する統計的予測は単一の適応に対してなされたものに似ている。 しかし、フォンノイマン−リューダース測定は、離散スペクトルをもつ オブザーバブルに対して定義されている。 オザワは次のことを明らかにした。 (7)オブザーバブルが離散である場合にかぎり、繰り返し可能である測定を、 そのオブザーバブルが許している。 だから、位置や運動量のような連続量は繰り返し測定を許さない。 ベルトラメッティによって引用されている文献において、 繰り返し可能性は、一般的にも強い相関についても研究されている。 相関係数の一般的考えは、より素直なやり方で、古典確率論から引き継がれている。 状態Wにある二つのオブザーバブルAとBの間の相関係数は、 WにあるA*Bの期待値から #WにあるAとW#にあるBの期待値の積を引いたものである。 それが1なら、相関は完全である。 フォンノイマン−リューダース測定の終状態において、 それが見いだされる。 ここではそのような完全な相関があるので、 対応する固有値を持つ離散オブザーバブルAとBに対して、 それを非常に単純に説明できる。 (8)AとBは状態Vにおいて、次のような場合、完全に相関している。    a≠bの時いつでも、Tr((IAa*IBb)V)=0 前のセクションから離散オブザーバブルAの一般的な測定の結果を考え、 使われている表記法をもう一度用いると、次のようになる。 (9)xai*y0=zai*yaという写像は、次のような場合にかぎり、 ユニタリー演算子Uに拡張する。 {zai}が第二のインデックスにおいて直交している単位ベクトルの集合である。 (10)対象系の初期状態がx=Σcaixaiなら、その終状態はΣpa2Iz(a)である。 ここで、pa2=Σ|cai|2で、z(a)=pa-1Σ{caixai:i=1,...,na} ここで、次のものに関する完全な相関が存在するかどうかを問うことが出来る。 全終状態において、値を示すオブザーバブルの固有値と、 測定されるオブザーバブルの固有値または、 対象の終状態直交分解であらわれる状態z(a)との相関 それらの問いは次のような定理によって解かれる。 (11)演算子Uが(9)のようなものであるとすると、 {zai}が直交している集合である場合にかぎり、 射影演算子Iz(a)とIBaは全終状態で完全に相関している。 (12)演算子Uが(9)のようなものであるとすると、 Aのa固有空間のなかのzaiをもち{zai}が直交している集合である場合にかぎり、 射影演算子Iz(a)とIBaは全終状態で完全に相関している。 (13)どちらの場合も、器具の還元された終状態は、 値を示すオブザーバブルの固有状態の混合である。 (12)において、その種の測定とフォンノイマン−リューダース測定の違いはない。 加えて、 (14)ユニタリー測定は第一種の測定である。すなわち、 (12)の完全な相関条件が成立している場合にかぎり、 Aに対するボルン確率は、対象系の終状態と初期状態において同一である。 第一種の性質は、もちろん、繰り返し測定の粗雑なバージョンである。 前の節で述べたように、我々は次のことを見いだした。 離散オブザーバブルの測定に関するかぎり、 フォンノイマン−リューダース測定は完全に見える。 4.7.測定に対する近似 両立不可能なオブザーバブルが測定できるような意味合いが存在する。 それらが同時に測定されるが大雑把である。 そのような大雑把な測定は、両立可能なオブザーバブルの普通の測定でも同じである。 Aの全ての固有空間がA'の固有空間の部分空間であるなら、A'をAの区分け (舟注:この訳は悪い。意図しているのはA'がAに区分けされているという意味である) と呼ぼう。 私が大雑把な測定と呼ぶものは、区分けの測定である。 たやすく次のことがわかる。 A'は二つの別々の両立不可能なオブザーバブルの区分けされたものになりうる。 そしてより一般的に、A’は 両立不可能なオブザーバブルの両立可能な区分けの族に属している。 最後に、この引き出された意味において、 二つの両立不可能なオブザーバブルはともに大雑把に測定できる。 なぜなら、恒等写像Iは全てのオブザーバブルの区分けだからだ。 この問題は興味深い側面を持つ。 ハイゼンベルグの不確定性関係は、どれくらいの区分けが大雑把なjoint測定に 必要であるかということに関係している。 我々は単に専門用語を振り回しているのではない。 次のように述べることによって、IAEが値1を持つということを表現できる。 AがEのなかに値を持つ、もしくは、Aがぼんやりした値Eを持つ。 疑いなく、IAEの測定は対象系の初期状態に関する情報と、Aについての情報を与える。 しかし全ての近似的測定が、このやり方で構成されるべきであろうか? センチメートル単位の定規を使って、テーブルの一辺をはかり、 その1/10までの結果を記録するなら、要求(M1)すら満たさない。 うえでもっともらしく扱ったこの例を次のように考える。 メートル単位で書き下ろすならその1/10まで記録しても、(M1)を満たす。 これをフォンノイマン測定として考えてみよう。 しかし、相関は信用できない。 テーブルが存在し、定規が存在し、記録する人間が存在する。 期待するこのようなことに起こりうることは、次のことだ。 |1.1>*y0*z0 → |1.1>*y1.1*z0          → |1.1>*y1.1*z1.1 しかし、人間が二日酔いで、1.2と記録したらどうなるだろう? これは極端な例だが、実際にそのようなエラーが存在する。 読みの有限集合の分布を、信頼性のある確率分布に移す目的で、 18世紀から19世紀にかけて、そういった統計学の分野が発展した。 この後者の統計が、結果固有の結論として取るべきものである。 すなわち、(M1)が満たされているかどうかを見るための場所である。 しかし、これは原理上の問題は取りのぞいてはいない。 そのようなエラーの可能性のため、ボルンの規則が測定結果を予測するとは言えない。 このような場面ではその規則は次のようなことをいっているからだ。 測定が実行されたなら、結果1.1は確実に起こる。 それゆえ酔っ払いのお話は測定ではないから、 起こることについてのいかなる予測が出来るのだろうか? ボルンの規則を通しては何も出来ない。 そのような測定の不完全な試みに対する予測をするために、その理論を用いるのを だれが疑うのだろうか? これは原理上の問題だ。(T)測定に対する厳密な基準を用いると、 測定として扱っているプロセスに対するいかなる予測も出来ない。 (U)測定に対する寛大な基準を用いると、 両立不可能なオブザーバブルが一緒に測定できるということを含意しなければならない。 これは全くもってジレンマだ。 そのジレンマをだす別のやり方がある。 測定の理論的議論において、普通次のように仮定する。 対象+器具が孤立系である。もしくは、環境によって器具が撹拌されない。 現実には、そのようにはなっていない。 理論によって与えられる事象の確率だけが、ボルンルールによって与えられるから、 普通いかなる予測も出来なくなる。 これは、我々が受け入れることの出来ない見掛け上の結論である。 解釈に敵(舟注:矛盾だとかパラドックスなど) を寄せ付けないようにすることがだんだん困難になってきている。 答えを進めましょう。 理論的に我々が議論しているのはモデルである。 次のようにするのが良いだろう。 自然が、それらのモデルのあるものに一致する現象を含む。 我々が指している現象は、我々が構成しているモデルとは一致しない。 量子力学が真である可能世界において、 ボルンの規則は測定の特定のクラスに入るプロセスに対しての 値を示すオブザーバブルの値の確率を与えるのであって、 両立不可能なオブザーバブルのjoint測定に対してではない。 理論の解釈は、そのような可能世界を理解しなければならない。 理論の受容は、次のような決定を含んでいる。 理論が現象に対する卓越した予測機械として機能する。 われわれは、そのやり方で、選ばれた信頼度での近似の選ばれた度合いにたいしては、 それが機能する。 そのような資格を与えることを法として(舟注:私にはここの英文は理解不能) ボルンの規則は地球のゆれや酔っ払った観測者に支配される道具へと拡張される。 この答えは次のように主張する人々には開かれていない。 ある量子力学の言明が真であるという信念のみに基づいて、 量子力学の確率が我々の期待を導き出す事が出来る。