7     合成系、相互作用、そして測定 1 合成 ある系は、他のもので構成されている。もしくはそのようにモデル化されている。 固体や気体は分子で構成され、分子は原子で、原子は素粒子でという具合にである。 すべての物理理論は複合系の表現ができなければならず、 さらには、全体の状態が部分の状態とどのように関係づけられるかということについての、 あるガイダンスを与えなければならない。 このことに対する厳しい制限があるべきかどうかは、 長い間自然哲学において謎だった。 論理的、もしくは哲学的原子主義者は、次のことを主張する。 部分の性質が完全に全体の性質を決定する。 一方、全体主義者は、全体のある独立性を認めている。 その問題は論理的に巧妙に処理される。: 部分の間の関係は、それ自体が全体の部分ではないのか? さもなくば、あるやり方で関係づけるなら、部分の性質そのものではないのか? しかし、物理理論は一般に系の状態の特殊な表記を持つから、 表現されたような全体の状態が、そのように表現されている部分の状態により、 決定されるかどうかの問題は残っている。 量子力学の扱い方は、上記の用語を使うと、原子主義というよりはむしろ 全体主義であることがわかるだろう。今日のアトムはかつてのアトモスではない。 二つの系XとY、そして複合系X+Yを考えましょう。 XとYの純粋状態はヒルベルト空間H1、H2の中のベクトルで表現される。 同様に、X+Yの純粋状態はより大きなベクトル空間H12の要素で表現される。 このことは少なくとも次のような場合の余地を残している。 XとYが物理的には互いに関係ないが、思考上はつながっている。 その場合、X+Yの状態は、XとYが持つもの(xとy)によって記述される。 このX+Yの状態をx*yと表現しよう。 そうすると、我々が描くことのできるH12の規約的な描像は次のようなものだ。 1.次のようなH1、H2のH12への写像*がある。 (a)ベクトルの集合{x*y:x∈H1,y∈H2}が空間H12を張る。 (b)*はbilinear:x*(y+z)=(x*y)+(x*z)           (x+y)*z=(x*z)+(y*z)           b(x*y)=(bx*y)=(x*by) (c)*はスカラー積の積をとる。    (x*y)・(x'*y')=(x・x')(y・y') 規約主義は(a)にある。 なぜなら、H12もまたヒルベルト空間でなければならないと認める一方で 原子主義のポリシーを要求するようになっているからだ。 (b)と(c)は次のことを言っている。 内積を持つベクトル空間で定義された演算はpointwiseに、 古い文脈から新しい文脈へと繰り延べられる。 このことは、再び規約的である。 古いものから導出されない新しい構造の出現を禁止している。 H1とH2に対しH12のようなものは本質的にひとつしかないという公理がある。 これをテンソル積と呼ぶ。x*yをxとyのテンソル積と呼ぶ。 多くのテキストは*について単に省略している。 この節の終わりで詳細をのべましょう。 上の1で示された性質で、直観的議論をするのには十分である。 規約主義をとっても、x*yの形を取らないX+Yに対する状態を持つことは明らかだ。 たとえば、重ねあわせ(x*y)+(x'*y')。 条件1(b)は一見すると、 この重ねあわせを(x+x')*(y+y')に還元するように見える。 しかし、そうはならない。 後者を展開してみよう。 (x+x')*(y+y')=[(x+x')*y]+[(x+x')*y']             =(x*y)+(x'*y)+(x*y')+(x'*y') これは(x*y)+(x'*y')より二つ項がおおい。 複合系に絡み合った統計を与える混じりあった状態をもっている。 規約主義に対する我々の主張は、数学的必然性をもって、 部分の状態の単なる寄せ木細工的な組合せではない全体の新しい状態を生み出す。 同様にオブザーバブルを持つものにも起こる。 我々はX+Yにたいし、以下のような質問をする。 XとY各々の運動量はいくらであるか? さらに違った問いもするだろう。 X+Yの全運動量はいくらか? Xの運動量とYの運動量の和はいくらか? だから、全体系に対するオブザーバブルの余地が残っている。 そして重要な問題は、部分系に対するオブザーバブルと それらがどのように関係しているかだ。 この問題は二つの部分からなる。 一つは、エルミート演算子に関するもの。 もう一つは、測定結果の確率に関するもの。 AとBが、各々、H1とH2に対するエルミート演算子なら、 テンソル積A*Bを次のように定義する。 A*B(x*y)=Ax*By 線形性によって、それを、H12の中のすべてのベクトルに拡張する。 A1、A2がエルミート演算子なら、実数abに対し aA1+bA2もまたエルミート演算子である。 それゆえ、我々は直感的なやり方で全体の状態に対し作用する演算子を持っている。 H1で定義されたMは、M*I2(I2はH2の恒等作用素)と同一視できる。 そして同様にH2で定義されたM'とI1*M'も同一視できる。 それらは、実際には部分系の一つにしか関係してないオブザーバブルを表している。 測定結果の確率はを、いまは、前に述べたように形式的に計算できる。 しかし、それらの確率が、合成系の部分間の相関をどのように含む事が出来るのかを、 見てみなければならない。 議論を完成させるために、テンソル積の抽象的な定義と、その帰結を述べましょう。 しかし、後になっても、それらはほんの少ししか役に立ちません。 テンソル積空間中のベクトルにはギリシャ文字を使う。 H1、H2がヒルベルト空間として、H1*H2をH2からH1への供役線形写像の集合とする。 それは次のような写像φの集合を意味する。 (i)φ(x+y)=φx+φy (ii)φ(ax)=a*φx そのような写像のひとつは(x*y)で、次のように定義される。 H2の中の任意のzに対して(x*y)(z)=(z・y)x (xはH1の中で、yはH2の中) 写像(x*y)は、(H1*H2のベクトルと呼ばれる) ベクトル空間と見做される集合を張る。 このテンソル積空間のスカラー積は次のように定義される。 (ψ・φ)=Σr(ψ(yr)・φ(yr)) ここで、{yr}はH2の基底である。 この定義と1(a)−(c)から次の性質がリストアップされる。 2.テンソル積の定理 (a)もし{xi}と{yi}がH1とH2の基底なら、{xi*yi}はH12の基底である。 (b)|x*y|=|x||y| (c)ax*by=ab(x*y) (d)(x+y)*z=x*z+y*z    x*(y+z)=x*y+x*z (e)Σi,j[aibi(xi*yi)]=Σi[ai(xi*Σjbjyj)]                  =Σj[(Σiaixi)*bjyj]                  =Σi,j(aixi*bjyj) (a)は1(a)と(b)から演繹できる。 (b)(c)(d)は1(b)と(c)から演繹できる。 (e)は1(b)の可算和への一般化である。 上で書き出さなかった他の基本的性質を理解するために テンソル積空間のオフィシャルな定義も使う。 3.一意性の性質:もしベクトルxiがお互いに直交し、 Σxi*yi=Σxi*ziなら、 各々のインデックスiにたいし、yi=zi テンソルの項の左右が逆でも真である。 定義によって次のようになる。 [Σ(xi*yi)](w)=Σ(w・yi)xi [Σ(xi*zi)](w)=Σ(w・zi)xi wがH2の中にあるなら、H1の中の同じベクトルのふたつの記述だ。 しかし、H1の中の直交分解は一意だ。 それ故、次のように結論づけられる。 H2の中のwに対して(w・yi)=(w・zi) それから、yi=ziと推論する。 証明と描写 David FinkelsteinとJeffrey Bubによって提出された 測定確率と合成についての整合性の問題がある。 古典確率論の大数の法則は次のことを述べている。 もし、同じタイプの独立した試行をする。 そのとき、そのタイプの可能な結果a、b、c........は 確率pa、pb、pcをもつ。 もしそうだとすると、 結果aの相対頻度の極限がpaに等しい確率は、1である。 結果として、構成を単一の試行からそれの系列へと拡張する拡張すると、 確率の第2の現れは、ここでは同じ関数pを指している。 もしボルンの規則が量子力学に対する可能な確率の付与であるなら、 テンソル積の構成は同様の結果をそれに結びつけなければならない。 これは事実そうだ。 Aをオブザーバブルとし、その領域の状態xに対し、N重の状態を考慮しましょう。 xN=x*.......*x これをNかい取った積とする。 この複合状態に対応するオブザーバブルは、 AN=A*.......*A で、これもN回取る。 しかし、次のような平均値に興味がある。 A(i)=I*.....*A*.....*I <A>=(1/N)ΣA(i) はじめの式のN番目にAがでてくる。そしてi=1,....,N 次のような一意の数が存在すると主張する。 r=(x・Ax) 状態xにある時のAの期待値はつぎのようになる。 lim N→∞|<A>xN−rxN|=0 その証明はBubの生徒のDavid Devineによって次のように定式化された。 (xN・(<A>−r)2xN)   =(xN・[(1/N2)ΣA(i)2+(1/N2)Σi≠jA(i)A(j)     −2(r/N)ΣA(i)+r2]xN) A(i)xNがx*....*Ax*....*xをあらわしているから、 この表現を次のように簡単にできる。 =(1/N)(x・A2x)+[(N1)/N](x・Ax)2−2r(x・Ax)+r2 =[(x・Ax)−r]2+(1/N)[(x・A2x)−(x・Ax)2] Nを無限大にすると、[(x・Ax)−r]2=0になる。 2.還元 複合系X+YがH1*H2上の状態Wにあるなら、 要素XとYについてはどうであろうか? 状態は、我々に測定結果の確率を与える。 そうすると、次のことが要求されなければならない。 Xの状態にあるAの期待値は X+Yの状態にあるA*I2の期待値に等しい。 ここでI2はH2上の恒等作用素である。 もし、BがYに関係しているなら、要素YとI1*Bにたいしても同様である。 Aが射影演算子の時、その期待値は確率そのものである。 同時に、グリーソンの定理から、次のことを演繹する。 そのような状態をXに割り振ることが出来る。 なぜなら、状態WにあるIs*I2の期待値は、 H1の部分空間Sに関する完全に良い確率である。 それゆえ、その定理は次のことを言う。 次のようによぶ、そのような状態を表現する統計演算子が存在する。 #Wもしくは#W[X]、#W[1] この状態をWの還元と呼ぶ。 もしくは、X+YのXに関して(ヒルベルト空間H1に関して) 還元された状態と呼ぶ。 この文脈で使われた、密度マトリクスの還元と呼ばれる標準的手続きから、 この専門用語が出てくる。 この手続きに関する詳細は、証明と描写で与えた。 しかし、それらをどのように導入するかということに基づいて、 還元された状態についていくらか述べることが出来る。 1.WがH1*H2の上の統計演算子なら、 #W[1]はH1上の次のような統計演算子である。 H1上の全てのエルミート演算子Aに対し、Tr(A#W[1])=Tr((A*I2)W) テンソル積空間H1*...*HN上の状態Wをもつ一般的系X1+...+XNと 部分系XK+...+XMに関するそれの還元#W[K,...,M]に対し 一般化することはたやすい。 1は全てのエルミート演算子がオブザーバブルを表現している文脈で、 もっともよく理解する。 もしそうではないなら、還元された状態を表現する統計演算子は、 そのように定義されるが、明らかに表記の役割はほかのものでも果たされる。 一意性が失われる。 2.混合の還元は、還元の対応する混合である。すなわち、 もしW=ΣpiIφ(i)なら、#W=Σpi#Iφ(i) #Iφを#φと省略すると便利ではある。 結果2は定義1に対する系である。なぜならトレースは線形であるからだ。 3.還元は推移的だ。 #(#W[J,...,M])[K,....,M]=#W[J,....,M]ここでJ≦K≦M 小さな複合系でこのことを見るのはたやすい。 X+Y+Zが、H1*H2*H3の中の純粋状態φにあるとしよう。 #φ[Z]にある時のA期待値は、φにある時のI1*I2*Aの期待値と、 #φ[Y+Z]にある時のI2*Aの期待値と同じである。 二つの期待値は一致しなければならない。 なぜなら、#φ[Y+Z]にある時のI2*Aの期待値は φにある時のI1*(I2*A)の期待値と同じだからである。 ポイントは、物理系の合成のようなテンソル積の構成は結合的である。 4.もしX+Yが完全に相関した状態φ=Σcixi*yiにあるなら、 (H1とH2に対する単位ベクトルの基底{xi}と{yi}をもつ) #φ[X]=Σci*ciIx(i) #φ[Y]=Σci*ciIy(i) 特殊な還元としてこの系を指す。それは非常に重要な事例である。 なぜなら、測定の議論や、量子力学の多くのパラドックスの議論は、 そのような完全な相関の状態のなかにあるからだ。 この場合、還元された状態がなんであるかがすぐにわかる。 この系は次のように証明される。 YについてのBの期待値は次のものに等しい。 (φ・(I1*B)φ)=(φ・(I1*B)(Σcixi*yi)) =(φ・Σcixi*Byi) =Σci(φ・xi*Byi) =ΣciΣck*(xk*yk・xi*Byi) =Σcici*(yi・Byi) これは、要素ci*ciで重みづけられた、純粋状態yiにある Bの期待値の平均である。 しかし、これは、混合状態Σci*ciIy(i)の期待値でもある。 この特殊な還元の結果は明らかだが重要な二つの系を持つ。 5.φ=x*yなら#φ[X]=Ix で#φ[Y]=Iy 6.系全体が純粋状態であったとしても、 一般に、還元された状態は純粋ではなく混合状態である。 この6は、合成の議論で見た全体主義と同じものに立ち戻ることになる。 全体系の「もつれ合った統計」は、 それの部分系に純粋状態を割り振ることを不可能にする。 シュレディンガーは、この事を、 量子力学の「真の(舟注:theの訳)」特異性と呼んだ。 次のことを理解するのはたやすい。 結果として、部分の(混合)状態は全体の状態を一意には決定しない。 7.純粋状態Σcixi*yiは、 混合状態Σci2Ix(i)*y(i)と同じ還元を持つ。 これは簡単にチェックできる。 一方に特殊還元の結果4を用い、他方に2と5を用いる。 フォンノイマンは次の一般的な命題を証明した。 8.H1上の任意の状態W1とH2上のW2に対し、 H1上の還元された状態W1とH2上のW2を各々もつ H1*H2上の状態Wが存在する。 少なくともW1かW2のうち一つが純粋である場合に限り、 Wは一意である。 これは証明しない。しかし、証明と描写で、 フォンノイマンにしたがって他のものを証明する。 9.H1*H2の中の全てのベクトルは、 言明4で記述される完全に相関した形で書かれる。 フォンノイマンが注目したように、 この事は次のことを意味する。 H1*H2上の純粋状態は、それらの空間上で表現される ある量の間の一対一対応に影響している。