第08MS小隊

 サイド−ジオン 01

「不覚!この私が、戦闘中にアイナ様を見失うとは!」
 深蒼のザクを駆るノン・パッカードは、自分の迂闊さを悔いていた。
 しかし、この場合、ノンを責めるのは酷というものだ。
 連邦にもMS「GM」が存在することなど、まだ誰も知らなかったのだから。
「アイナ様にもしもの事があれば、このノン・パッカード、死んでも死にきれない」
 自軍勢力宙域での試験飛行機体の護衛。簡単な任務だからといって、油断していた覚えはない。しかしノンは、安易に自分を許す性格ではない。
「あれは・・・発光信号?」
 光点に向かって、ザクを駆る。
 宇宙に2つの人影。映像拡大。白いノーマルスーツによりそう、アイナ・サハリンの姿。
「あの白いのは、連邦のノーマルスーツ?」
 ザクへと流れてくるアイナを、コクピットへ誘導する。
「ご無事でしたか、アイナ様」
「はい。ノン、来てくれたのですね」
 見ると、もう一つの人影にも、連邦の救援機体が来たようだ。
「仕掛けますか?」
「いいえ。あの兵士は私を助けてくれました。戦場でも、恩には義を持って返すのが、礼というものでしょう」
 もしもノンが男であったなら「そういうものかもしれない」と納得しただけだったろう。
 しかしノンは、遠く反対方向に流れていく連邦のノーマルスーツを見つめるアイナの視線の、その意味に気がついていた。
 アイナ様は、恋をしていらっしゃる。
「アイナ様、ギニアス様から連絡がありました」
「兄様から?」
「アプサラス試作機が完成したとのことです。つきましては、アイナ様に地球に降下して、テストパイロットを務めて欲しいと」
 ノンはザクの方向を変えると、自軍勢力宙域に向けて移動を開始した。

 コムサイに蒼いザクを搭載し、アイナとノンは地球に降り立った。
 アイナをそっと抱きしめ、迎えいれた基地司令ギニアス・サハリンは、MAアプサラス開発完成に執念を燃やす技術将校である。
 そして、ノンが想いを打ち明けられずにいる男性でもあった。妹アイナを抱きしめるギニアスの姿を見ても、ノンは、眉一つ動かさない。
 女を捨てた、戦場のブルーローズ。
 人は陰で、ノンを、そう呼んでいる。
 サイド−ジオン 02

 ジオン占領下とはいえ、地球圏の有力者の協力を得るには、貴族趣味な社交パーティを開くことも、基地司令ギニアスの仕事の一つだった。
 パーティドレスを纏ったアイナが会場に入ると、その美しさに、周囲から驚嘆のどよめきがあがった。ノンは軍服に身を包み、アイナの従者として側に立っている。
「さすが、我が自慢の妹だ。今宵も美しいぞ、アイナ」
 ギニアスが言う。
 その華麗なパーティに、土足で割り込む無頼漢がいた。
「よう!景気がいいな、天才クン!」
 無骨な大声で会場を静めてしまう男、皮肉を込めてギニアスを天才と呼ぶ、若くして少将の地位まで上り詰めた戦争屋、ユーリ・ケラーネ。
「ユーリ、場をわきまえたまえ」
 たしなめるギニアスの声など、この有能だが無神経な男は、全く気にしない。
「久しぶりだな、アイナ。別嬪になったじゃないか。こんな辛気くさい兄貴のもとでテストパイロットなんかやっているより、俺の秘書にならんか?愛人でもいいぞ」
 豪快に笑い、グッと手を伸ばしてアイナの細い腕を掴もうとしたユーリの前に、ノンが立ちはだかる。
「貴官は、この場にはそぐわない」
 仮にも少将であるユーリに、ノンは一歩も譲らず、軍隊必須の上官への敬語も使わなかった。
「それが上官に対する口の利き方か?」
「私の上官はギニアス様とアイナ様だ。貴官ではない」
 ユーリは口を曲げて笑う。
「あいかわらずだな、ノン・パッカード。お前も女なら、そんな色気の無い軍服なんかより、この会場の御婦人方を見習って、胸元や背中がガバーッとあいた色っぽいドレスでも着たらどうだ。真珠のネックレスが必要なら、俺がプレゼントしてやってもいいぞ」
「貝の異物を紐で連ねたものなど、私には必要ない。私はサハリン家に仕える士官であり、女ではない」
「そんな口をたたけないようにしてやるよ」
 ユーリは、その太い両腕をグッと伸ばして、ノンの軍服の胸元をグッと掴むと、一気に両側に引き離した。ブチブチと小さな音を立てて、前をとめる金具がはじけ飛ぶ。
 細い体に実る形のいい両胸を包む白いブラが、公衆の面前で露わになる。アイナが息を飲んだ。周囲がどよめく。
「かわいい下着だ。これでもまだ、自分は女ではないと言い張れるかな?」
 しかしノンは、眉一つ動かさず、冷めた視線のままユーリを見返し続けているだけだ。
「お前よお、悲鳴をあげたり胸を隠したり、いろいろあるだろうが!リアクションってやつが!」
「貴官は、男に胸をさらされたら、そのようにするのか?」
「つまんねえ女だよ、お前は!」
 ユーリはノンから手を離すと、吐き捨てるように言った。
「だから言っているだろう。私は女ではないのだと。アイナ様、失礼いたします。軍服を着替えてきますので」
 ノンは、道を開ける参列者の間を、さらけだした胸など気にもとめず、颯爽と歩いていった。
「お前の負けだな」
 唇を噛むユーリを、ギニアスが小声で笑う。
 サイド−ジオン 03

 アイナと、予備の軍服を着たノンはバルコニーに出た。背後では、まだパーティが続いている。
「嫌な思いをさせてしまいましたね、ノン」
「アイナ様がお気になさることではありません」
「でも、ユーリ様がおっしゃることも、一理ありますわ」
「は?」
「私、ノンがドレスを着たら、よく似合うと思うの。私など、かすんでしまうほど」
「滅相もありません。そんなことは・・・」
 考えたこともなかった。
 サハリン家はダイクン家、ザビ家、両家の分家筋にあたる由緒正しい家柄だ。
 そのサハリン家に仕えてきたパッカード家に生まれたノンは、女としての教育を、何一つ受けていない。ただ、サハリン家に仕える忠実な軍人として育て上げられた。
 淑女のように髪を長く伸ばすなど、もっての他だと教えられてきた。
 だからノンも、自分を女だと思っていない。自分を女扱いする男など、相手にする価値もない。そう思うことにしている。
 まして、ドレスを身に纏うなど、夢に思ったことさえない。
「兄様は、アプサラス開発に取り憑かれてしまっているわ」
「アイナ様が辛いのであれば、私がテストパイロットを代わりましょうか?」
 ノンの申し出に、アイナは首を横に振る。
「戦場のブルーローズと呼ばれるあなたがテストパイロットをしてくれるならば、アプサラスの性能は十二分に発揮されることでしょう。
 でも、自らの手で兄様の願いを叶えるのが、若くして他界した両親に代わって私を育ててくれた兄に、私が、唯一報いる方法なのです。だからテストパイロットは私でなくては」
 ノンは考える。
 アイナはギニアスの役に立たなくてはいけないと思っている。
 しかし自分は、ギニアスの役に立ちたいと思っている。
 もしかすると、人は、この気持ちを恋と呼ぶのかもしれない。
 誰にも言えないことだが、ギニアスを想い、火照る体を自らの指で湿らし、高ぶる感情を沈めた夜も、無くはない。
 しかし自分はサハリン家に仕える士官。君主に想いを寄せるなど言語道断。自分は、女であってはいけない。

 ギニアス様に想いをよせるなど、私には許されない・・と言うより、ありえない感情なのだ。
 サイド−ジオン 04

「アイナ様が消息を絶った?」
 だから試作機のテストパイロットなど私ごときに任せておけばよかったのだ。ノンは舌打ちした。

 度重なる捜索にもかかわらず、アイナは、あの巨大はアプサラス試作型とともに姿を消してしまった。
 第3次捜索から戻ったノンは、ギニアスの個室の扉をノックした。返事がない。
「失礼します」
 入ると、ギニアスが虚ろな目で、ノンを見つめた。
「アイナは、見つからないのか・・・」
「はい」
「そのような報告をするために、戻ってきたのか!」
 ギニアスは机上の花瓶を投げつけた。ノンの頬をかすめ、壁にあたった花瓶が砕ける。花が散り、真紅の絨毯に水が染みていった。
 激昂したギニアスの体を、激痛が走る。口を押さえ咳き込む彼は、引き出しからカプセルを取り出すと、水も使わずに飲み込んだ。
 病。もう長くはない。まだ命の日が消えぬうち、アイナの乗るMAアプサラスを完成させるのが、ギニアスの夢だ。
「私が・・・」
「なんだ、ノン」
「いえ、何でもありません」
 ノンはノーマルスーツを脱ぎ、その肢体をギニアスの前に晒したい衝動にかられた。
 私がアイナ様の代わりになりましょう。
 私ならばアプサラスを自由自在に操れる。
 妹君であるアイナ様にはできないことも、私にはできる。あなたの慰み者になっても構わない。いや、むしろ、私はそれを望んでいるのです。
 そんなことは、口が裂けても言えるはずがない。
 ギニアスにとっての心の支えは、妹アイナしか、あり得ないのだ。
「再度、捜索のために出撃いたします」
「当然だ。アイナを連れ戻すまで、帰投してはならぬ」
 ノンは表情を殺したまま敬礼し、踵をかえして部屋を出た。
 サイド−ジオン 05

 ノンは蒼いザクに乗り込むと、ケーブルを接続し、無人のドダイの操縦系をMS側に移行した。
 同じようにドダイに乗った2体のザクを引き連れて、再び、雪山へと急いだ。

 雪原に、小破した連邦のMSが見えた。ならば、近くにアプサラス試作型があるはずだ。
「見つけた・・あれは?」
 単眼の焦点をしぼり、映像を拡大する。アイナに寄り添う連邦の兵士。宇宙の再現。
「性懲りもなく、また敵方の兵士と・・・アイナ様はサハリン家の名誉を、どう考えていられるのだ」
 その苛立ちが、百戦錬磨のローズマリー・ノンのカンを鈍らせた。熱源接近の警告音がコクピットに響く。
「なんだと!?いつの間に!」
 ノンでなければ機体そのものが直撃を受けていただろう。ギリギリで避けたが、ドダイが半壊した。
「く・・迂闊!」
 転んでも、ただでは起きない。ドダイを特攻させる。衝突直前にドダイを捨て、ザクは雪原に不時着。上空ではドダイが戦闘機を巻き添えにして爆煙と化した。
「右脚損傷?これしきのことで!」
 敵影確認。上空では2体のザクが、連邦の戦闘機と空中戦を繰り広げている。
 ノンはあせった。重力下での空中戦は、MSには不利だ。部下が撃墜される前にアイナ様を回収しなくては。
 一度見失ったアイナを、再度探す。意外と近くにいた。ザクに寄ろうとするアイナを引き留める男の顔も、判別できる。
「別れさえ決然とできぬ女々しい男に、心を奪われるとは!」
 ノンはハッチを開くと、銃を抜いて構えた。
「そこの男!アイナ様から手を離せ!」
「ノン!シローを撃たないで!」
 アイナは男をかばうように手を広げる。
「俺はアイナを愛している!だから連れて行く。それだけだ!」
 なんて場違いな台詞を吐く男なのだ。ノンは容赦なく引き金を引いた。シローの足下の雪が跳ねる。
「貴様だけを撃ち殺すことなど簡単だ。愛などという寝言を吐きながら死ぬか、アイナ様に助けられた命を抱いて連邦に戻るか、選べ!」
「ノン!あなたも女であるならば、私の気持ちを察して!」
 ノンは唇を噛んだ。
 何を今更・・・あなたに仕えたその日から、私は女であることを捨てたのです。私が女を捨ててまで仕えている娘は、男恋しさに敵兵とともに逃亡するような女であってはならぬ!
「お戻りください、アイナ様。ギニアス様のためを思うならば、早く!」
 アイナが、病の冒され余命幾ばくも無いギニアスを捨てられるはずがない。
 シローを捨て、サハリン家の娘であること選んだアイナを乗せ、ノンは蒼いザクのハッチを閉じた。
 サイド−ジオン 06

 オデッサ陥落。
 あの豪腕の野蛮人、ユーリ・ケラーネがギニアスのアプサラス開発基地まで敗走を重ねてくるとは、誰が予想しただろうか。
 彼の第一声に、ギニアスは青ざめた。
「ギニアス以下の者は、オデッサ残存兵力の宇宙脱出に全力をそそぐべし。その任務遂行のためには、アプサラス開発断念もやむを得ず。キシリア閣下の勅命だ、天才クン」
 戦場を駆け抜けた、泥にまみれた顔でユーリは言った。
 その直後から、アイナは変わった。いや、あの雪山から戻ってからというもの、彼女は兄の手を離れた、一人の女だった。
 アイナは失意にくれるギニアスに代わり、基地の陣頭指揮を取って、ザンジバル級戦艦「ケルゲレン」に敗残兵を乗せ、宇宙に射出する準備に取りかかった。
 しかし、連邦のオデッサ掃討部隊の足音は、すぐ近くまで聞こえつつあった。
 その混乱の最中、ギニアスからノンに、極秘で、ある命令が下った。
 それは屈辱とも言える指令であったが、サハリン家の者の言葉に、ノンが逆らえるはずもなかった。

 いや、本当に、そうだろうか?
 ノンは誇りを捨ててでも、ギニアスの礎となりたかっただけなのかもしれない。

「ユーリだ!入るぞ!」
 激しく、ドアがノックされる。野蛮人にも、多少の礼儀があるのかと、ノンは声を殺して笑った。
「オデッサ兵の回収部隊を援護するのは、貴官の役目だろう!そんな時に、俺を個室に呼びつけるなど・・・」
 扉を開き、ズカズカと入室してきたユーリは、その行き場をなくし、途方にくれた。薄暗い部屋には誰もいない。ただ、シャワールームからの音だけが響く。
「何のつもりだ、ノン・パッカード」
 返事はない。シャワーの音が消える。バスロープを纏ったノンが髪を拭きながら、シャワールームから出てくる。
「戦場で、明日にでも命が果てるとも知れぬ女が、強い男に抱かれるのに、理由が必要なのですか?」
 戦士の衣を捨てた女。その魅力に、ユーリは冷静さを失いかけた。
「お前はサハリン家に仕える身ではなかったのか?」
「ユーリ様は、女という生き物を、意外と知らないのですね」
 ユーリはピクリと眉を動かした。男のプライドが、くすぐられる。つまらぬプライドだと自覚していても。
「アプサラス開発を断念されたギニアス様は、ただの病人。弱い男に縛られる女の一生など、私は、いりませぬ」
「クククク・・・天才クンは再起不能。その従者は、男のナリをしていても、やはり女だったか」
 ユーリはノンに近づくと、野蛮人の別称にふさわしく、ノンのバスロープを素手で引き裂いた。右手の指輪だけを残し、露わになるノンの肢体。
「勇将は、性急なのですね」
「いい体だ。しかし眉一つ動かさないのが、気にくわない。頬の一つでも染めれば、可愛げがあるものを」
「そんな女を自分の色に染めてみせるのが、男の甲斐性というものでしょう」
 挑戦的に、ノンは微笑む。ユーリは、その挑発に乗った。豪腕で彼女を抱きかかえると、ベッドの上に放る。
「お前のパーソナルカラーは青だったな、ブルーローズ。だが、女はやはり、血のような赤が似合う」
「では、今日から私を、ブラッディローズに変えてみせてください」
 ユーリはクククと笑うと、ノンの上にのしかかり、その腹部に舌を這わせる。
「ユーリ様・・・やはりギニアス様とは違う。偽りの命令に力無く崩れる天才とは」
「偽りの命令・・・知っていたのか、ノン」
「もちろんです」
 それは、ノンの嘘だ。しかしユーリがニヤリと笑った瞬間、ノンは自分の嘘が真実であることを確信した。吐息を漏らしながら、言葉を続ける。
「キシリア閣下の勅命など・・・ユーリ様も嘘が上手い」
「だまされるギニアス坊やが悪いのさ。アプサラスなどというオモチャに労力を費やすヒマがあるならば、オデッサ残存兵力を宇宙にあげる方が、よほど、ジオンに取って有益だ。技術バカは、大局が見えないから困る」
 自らの謀略を暴露しながらも、ユーリの指はノンの秘部を探り続けた。それに溺れるふりをしながら、ノンはユーリの首に手をかける。
 チクリ。
 首に走った些細な痛みを、ユーリは気にしなかった。しかし毒は、ゆっくりとユーリの脳に伝わる。
 ノンの脚を大きく開き充分に濡れていることを確認し、男の先端が触れようとしたとき、ユーリの脳を、血管を巡った毒が犯しはじめた。
 呼吸が苦しい。喉をおさえる。かきむしる。
 朦朧とする意識の中、ユーリはノンの指輪に気づいた。
 一糸まとわぬ姿になりながらも、決して外さなかったリング。その意味。ささやかな首筋の痛みを思い出す。
「これで、アプサラス開発は・・ギニアス様の悲願は、何者にも阻まれないだろう」
「ノン・・・貴様・・・その指輪に、針が・・・」
「貴官は本当に、女という生き物を知らない」
 その言葉は、ユーリの耳に、すでに届かなかった。
 泡を吹き、すでに命の果てた男の体を蹴りとばし、ノンは、もう一度シャワールームに戻った。

 ギニアス様にためならば、他の男に肌をさらすことなど、女を捨てた私には造作もないことだ。
 そう思う私は、連邦の士官に恋慕するアイナ様と、さして変わらないのかもしれない。
 やはり、私は、女なのだろうか・・・
 思考がからむ。シャワーの水が、幾つもの流れとなってノンの体を流れ、汚れを落とす。しかし混乱する感情までは、流れ落ちてくれない。

 ノーマルスーツに身を包み、格納庫に戻ったノンを待っていたのは、深蒼の機体、グフ−カスタムだった。
 サイド−ジオン 07

連邦の戦闘機部隊が基地上空を旋回する。気休め程度の対空放火も止んだ瞬間、パイロット達は制空権を手に入れたと確信した。
「ジオンに兵なしってのは、本当だな。連邦の物量の前には、かなわないってことだ」
 そうつぶやいたパイロットの目の前に、フッと出現する、蒼いグフカスタム。
「何?MSが空を!」
 そう思った瞬間、死んだ。戦闘機を切断したグフがタイミング良く飛来するドダイに着地する。
 うろたえた一機にヒートロッドを打ち込むと、再びドダイから跳ね上がる。
 地上射を、戦闘機を盾にしてかわす。返す反動で、さらに高く、2機を墜とし、ドダイに戻る。
 わずか4機の撃墜で、戦闘機部隊は混乱に陥り、撤退を余儀なくされた。
 たった1機のMSで、制空権を奪い返す。
 重力化の空中戦でMSをあやつり、足場であるドダイも同時に遠隔操作する。そんな離れ業を演じられるのは、ブルーローズ・ノンだけである。
「ギニアス様のアプサラス完成・・・連邦などに邪魔はさせない!気をつけろ!艦砲射撃、くるぞ!」
 味方機と一緒に、基地内に撤退する。
 山の麓の鉱山街から射撃は、かなり正確だった。
 陸に軍艦があるわけがない。かと言って市街地までビッグトレーが侵入することはできない。おそらく連邦のタンクもどきだろう。それを潰さないことには、制空権を奪還しても、意味はない。

弾薬補充を兵に任せると、ノンは第3格納庫から、第1格納庫に移動した。
 そこにはギニアスが完成を夢見た、アプサラスが眠っていた。
 巨大な鉄の塊を見上げ、病的に笑うギニアスの頬は、痩せこけていた。もう長くない。それでもギニアスは笑う。
「フフフ・・・ハハハハハ!このアプサラスがあれば、連邦など一溜りもない!ジャブローなど、一瞬にして灰にしてくれる!」
 その口元から、血が滴る。病巣が肺に広がっているのだろう。
「ギニアス様、大丈夫ですか?」
「ノンか。アイナを呼んでこい。アイナが乗れば、アプサラスは無敵だ!」
 アイナ様か・・ついに最後まで、ギニアス様は私を女として見ては下さらなかった。
 ギニアス様の望みのために、ユーリのような俗物の前で痴態さえさらしてみせたのに。
 私は・・・何のために戦っているのだろう。何のために、生き残ってきたのだろう。

第3格納庫に戻る。
「出航まで時間がありません!負傷兵は重力ブロックに!」
 アイナがいた。ノンが近寄ると、微笑んだ。
「ノン、あなたも早く、ケルゲレンに乗り込んで」
 アイナは、もうギニアスの人形ではない。恋、それが彼女を変えた。ノンは、その事実が羨ましかった。
「アイナ様、ギニアス様がお呼びです。アプサラスに乗るように、と」
「そうですか・・・わかりました」
 てっきり断るかと思っていたので、ノンは意外に思った。もしもノンがアプサラスを否定すれば、ギニアス様の意に反しても自分が乗ろうとさえ思っていたのだ。
「よいのですか?」
「はい・・・兄には兄の、妄執に似た思いがあるでしょう。ですが、私はそれを利用させてもらいます」
「利用?」
「アプサラスを囮にして、ケルゲレン脱出のための制空権を保持するつもりです」
「それでは、アプサラスは破壊されるかもしれません」
「そうなっても、かまいません」
 アイナの目には、一点の曇りも迷いもなかった。
「ノン、あなたも、いつまでもサハリン家の呪縛に縛られている必要はありません。ケルゲレンに乗って、脱出してください」
アイナ様、あなたは、それで満足かもしれなません。
 サハリン家やギニアス様の手のひらからこぼれ落ち、自らの意志に従って、自らが見いだした理想の実現に邁進する。それは、何と魅力てきな生き方なのだろう。
 だが、私はどうなるのだ?
 サハリン家に仕えるパッカード家の者。それこそが、私のアイデンティティ。そのために、私は女さえ捨ててきたのだ。
「いえ、私は出撃します」
「そんな・・・今から出撃しては、ケルゲレンに合流できなくなるかもしれません」
「しかし、麓の鉱山街には連邦のタンクもどきが潜んでいます。それらを殲滅しない限り、ケルゲレン出航も危険です。ですから、それらを、私が確実に殲滅します」
「ノン・・・」
 何かを訴えようとしたアイナを置いて、ノンは振り返り、主を待ち立ちつくすグフカスタムへと向かう。
 ギニアス様は私をふりむいてはくれなかった。そして、その命も、もう長くはないだろう。
 アイナ様は、サハリン家から離れ、自立した一人の女へと成長なさった。
 私が女を捨ててまで仕えてきたサハリン家は、もう、どこにもないのだ。
 そして、私が生きていく理由もない。私に必要なのは、死に場所だけ。ならば、せめて意味のある死を迎えたい。
 ギニアス様のアプサラスを、アイナ様のケルゲレンを守るために死ぬ。
 それが私の、最後の奉公。そして、今まで自分の意志を持たずに生きてきた私の、最初で最後の意志と意地。
 サイド−ジオン 08

 高速エレベーターを発射台がわりに使用し、地下から一気に、市街地上空に躍り出るグフカスタム。
 単眼移動。索敵。
「情報収集車両1、人型3、タンクもどき3。タンクに人型の護衛がついているのか」
 表情を押し殺し、冷徹に、ノンはつぶやいた。
 落下するグフを、人型のビーム兵器が狙う。ノンでなければ直撃だった。しかし空中でも器用に姿勢を制御する方法はある。ノンにとっては空中で射撃をよけるなど、造作もない。
「ケルゲレンにとっては、タンクだけでなく、人型のビーム兵器も驚異だな」
 建築物の上に落下する。衝撃で天井がくずれる。吹き抜けの風洞の下には、タンクが潜んでいるはずだ。
 落下をよまれ、射撃される可能性。
 グフのヒートロッドが伸びて天井の貯水塔にからみ、落下を妨げる。一瞬、とまるグフ。その下を外にいる人型の射撃がかすめる。ビーム兵器ではなかった。
「ビーム兵器は1台だけか・・・まずタンク、1台」
 再び落下したグフの連射バルカンに貫かれるガンタンク。
 倒壊する建築物。煙から出るグフ。
「次は、ビーム兵器を持った人型」
 敵はまだ、煙に隠れたこちらに気がついていない。側面に周り、ビルの隙間からヒートロッドを射出する。
 はじけとぶビームガンをバルカンで打ち抜く。一瞬気を取られた人型にショルダーアタック。よろめく人型が胸部バルカンを連射。しかし、既にその場所にグフはいない。
 人型が気がついた時には、すでにタンクのコクピットをヒートサーベルが貫いていた。撥ねるオイルが、まるで返り血のようだ。だが、ノンは眉一つ動かさない。
「あと、タンクは1台」
 人型のバルカンをさけ、再び、市街地の死角にまぎれながらハイウェイに乗る。
 残りのタンクの重射撃がハイウェイに迫る。
「向こうから場所を教えてくれるとは、ありがたい」
 ハイウェイを走る。急制動。狙いをつけた敵の射をかわし、瓦礫と化すハイウェイから降りる。
 人型、接近。
 MSの2倍の大きさの、巨大な瓦礫を盾にして、敵に向かって押し倒す。怯む連邦の人型、ガンダムEz−8。
「動きが止まるのは、怯えている証拠だ!MSの性能を活かせずに死ぬがいい!」
 連射バルカンでは、盾を使われる。しかし、こちらにも盾はある。Ez−8ノンはビーム兵器を持っていない。近づける!
 ノンは接近戦を選び、盾を前に出して突進する。
 Ez−8のハンドガン、連射。ザクの装甲ならば打ち抜けたかも知れない。しかし弾は左腕の盾にはじかれる。
「なめるな!ザクとは違うのだ!」
 ヒートサーベルがEz−8の左腕を直撃する。2撃目をかわすEz−8。
「反射神経がいいな。だが、これはどうだ?」
 ヒートサーベルを横に放りなげる。Ez−8の目線が、とっさに中を舞うサーベルを追う。それが囮だと気がつき、目線を戻したときには、グフはもういない。
 死角からヒートロッド。胸部を直撃。電撃がEz−8を襲う。両眼の光が消え、機能が停止する。
 かけつける、もう2体の人型。
 ノンはEz−8を盾にした。パイロットは機能停止した機体のコクピットで、恐怖に怯えているだろう。
 幸福を勧告し、他の2体の撤退させるか・・・ノンは通信回路を開いた。Ez−8の通信も、生きているらしい。
 ボソボソと、小声で呟いているのが聞こえる。
『こんなところで、死んでたまるか・・・俺は、アイナと添い遂げるんだ!』
 この男が、アイナ様の想い人・・・!宇宙で、雪山で、アイナ様に寄り添っていた男だというのか?
 動揺。油断。Ez−8の両眼が光を取り戻したことに、ノンは気がつかなかった。
 盾にしたはずのEz−8が、壊れた左手を自ら引きちぎり、急にふりまわした。はじきとばされるグフ。
「く・・・不覚!」
 戦場で『添い遂げる』などと叫ぶ恥知らずな男に、遅れをとるとは!
 3対1では分が悪い。再び市街地の死角に逃げる。
「ケルゲレン出航まで、あまり時間がないぞ・・どうする、ノン・パッカード」
 自問したその時、山頂からアプサラスが発進するのが見えた。
 
 人型たちがアプサラスに気を取られている間に、最後のタンクを索敵する。
 いた。
 その前に、Ez−8が立ちはだかる。
「どこまでも、目ざといヤツ・・・勝負!」
 激突する2体。
 Ez−8のビームサーベルがグフの右腕を切断する。
「いい腕だな。しかし、私の勝ちだ!アイナ様の心を盗んだ、軟弱な男!」
 残る左手の連射バルカンが、Ez−8の背後のタンクを直撃した。
 炎上するタンク。
 これでケルゲレン出航を妨げる地上戦力はなくなった。
「アイナ様、あとは、あなた次第です」
 グフの右肩がボゥンと爆発する。コクピット右がスパークする。バランスを失い、倒れるグフ。
 その衝撃か、緊張が切れたのか、機能停止したグフのコクピットの暗闇の中で、ノンは気を失った。
 サイド−ジオン 09

 うっすらと目をあける。
 私は一体、どうしたのだろう?
 そうだ。アイナ様の男と対峙したのだ。
 ヘルメットをしていなかったのは失敗だった。右の額を切ったらしい。なま暖かい血を拭った。
 暗闇の中、グフの計器を探る。スクリーンがうつる。
 大丈夫だ。一時的にシステムダウンしただけで、まだ動く。
「私も、悪運が強い。今さら生き残っても意味などないのに」
 山の中腹に、アプサラスが連邦を牽制するように、ただずんでいる。その開かれたハッチの先端には、ノーマルスーツ姿のアイナが立っていた。
「あんなところで、何を・・・
 振動。
 逆の山から、ケルゲレンが飛び立つのが見えた。そのケルゲレンのエンジン部分に、地上からのビームがあたる。
 ノンはジム・スナイパーカスタムの存在を知らなかったのだ。
「バカな!まだビーム兵器が残っていたなんて!」
 グフカスタム軌道。ビームの発信源に向けて、機体を急がせるが、間に合うはずもない。
 上空で、エンジンを焼き尽くされたケルゲレンが轟音と共に爆発、火球と化した。
「私は・・・私は何のために・・・」
 それでも、ノンは、すでに消えたビームの発信源を探した。
 上空を見上げると、アプサラスから、アイナが落ちるのが見えた。その体をEz−8が受けとめる。
「願いは叶わなかったが、アイナ様は、巣を見つけたのだ・・・」
 そう呟いたとき、アプサラスの細い脚部をビームが襲った。
「あの光・・・!」
 発信源に急ぐ。ノンはジム・スナイパーを見つけた。
「ケルゲレンを狙い、今、またアプサラスを破壊するなど・・・サハリン家に仕える私が、許すわけにはいかない!」
 右腕のないグフで体当たりをかける。よろめき倒れるジム。そのコクピットに、残る左腕のバルカン残弾を打ち込んだ。
 脚部を損傷し、バランスを崩すアプサラス。
 しかし、その主砲部分はキラキラときらめき、発射の前兆を見せていた。
「アイナ様がいないのに、稼働している?ギニアス様が乗っていらっしゃるのか!」
 そのアプサラスのコクピット部分に、左腕のちぎれたEz−8が迫る。
「やらせない!」
 グフカスタムが、最後のうねりをあげてジャンプする。アプサラスとEz−8の間に割り込む。
 破砕してハッチのとれたEz−8のコクピットに乗っていたのは、あの男と、もう一人・・・
「アイナ様!あなたは・・・!」
「どいてください、ノン!」
「あなたが恋に生きるのは自由です。しかし、なぜ実の兄に向かっていくのですか!」
「兄は・・・ギニアスは、妄執に取りつかれた狂人なのです!だから、その暴走を止めなくては!」
「身勝手な!あなたが恋に生きるように、私は、ギニアス様を殺させはしない!」
 その瞬間、ノンはサハリン家に仕える者としてではなく、一人の女としての意志を持ったのだ。それをノンは自覚していない。
「アイナ様!たとえあなたでも、ギニアス様を殺めるつもりならば、撃ちます!」
 バルカンの照準を、むき出しのコクピットに向ける。
 アイナの顔が見える。引き金を・・・・引いた!
 しかし、弾は出なかった。
「なぜ!最後の最後で私を裏切るのか、グフよ!」
 ジム・スナイパーに全弾を打ち込んでしまったことに、ノンは気がついていなかった。
「うぉおおおおお!」
 アイナによりそう男の叫び声が聞こえたような気がした。
 Ez−8に突き飛ばされ、バランスを失ったグフが落下する。
 バランスを取り戻そうと、あせる。機体が、山の向こうの湖の方に流れていく。
 そのノンの目にうつったのは、アプサラスのコクピットを直撃するEz−8の右拳だった。
 同時に、発射されたアプサラスの主砲が連邦の本陣を直撃した。
 
 どうをどう敗走してきたのか、あまりよく覚えていない。燃料がつきるまで、戦場から一歩でも遠くへ行こうと、グフを走らせた。
 連邦の追求の手から逃れるというよりも、ギニアスの記憶が残るアプサラス開発基地から、逃げたかったのだ。
 傷ついたグフが一歩も動けなくなったところは、連邦により陥落させられたアプサラス開発基地から遠く離れた、とある湖だった。
 もう一歩も動けず倒れたままうずくまるグフのコクピットから出てきたノンは、ただ、荒野と化した戦場を見つめるしかなかった。
 ケルゲレンは落ち、アプサラスは破壊された。
 ギニアスは死に、アイナも、行方が知れない。

 皆、私を置いていってしまった。ギニアス様も、アイナ様も。
 私には、何一つ残らなかった。
 サハリン家のために女を捨てて生きてきた私は、今日、死んだのだ。
 ここにいるのは、ノン・パッカードという、生きる意味を失った一人の女に過ぎない。

 なんだか、おかしくなった。笑いがこみあげてくる。
 これまでの私の人生には、何の意味もなかったのだ。
「フフフ・・ハハ・・・アハハハハハ」
 涙が、頬を流れた。なぜ泣いているのか、自分でも分からなかった。

 ノンはノーマルスーツを脱いだ。アンダーウェアも鬱陶しかった。
 一糸まとわぬ姿になり、素足を水にさらすと、冷たくて気持ちが良かった。
 今まで、心の中に積み上げてきた垢を、全て落そう・・・そう思う。
 ノンには何も残らなかった。それは事実だ。
 そして、ノンを縛りつける呪縛も、もう何一つない。

fin

作:プロト ◆xjbrDCzRNwさん


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