アムリィ・レイ

赤くショートのくせっ毛をした少女は、父の書斎で、軍のデータをこっそり盗み見ていた。
 パソコンのスクリーンに「CODE・RX−78:Simulation−program」の文字が浮かび、消えた後、コロニー内の市街地の、荒い映像が表示された。
 パソコンに接続されたゲーム機のようなコントロールパネルと玩具のようなフットペダルを動かすと、映像が、まるで歩いているように揺れる。
「へえ、モビルスーツを操縦するのって、こんな感じなのかぁ」
 目の前に、パッとザクが現れた。
「えーっと、武器は・・・これ?」
 パネルのボタンを押す。バルカンがザクに当たるが、効果がない。
「えー?どうするの?」
 そうこうしているうちに、ザクマシンガンが火を噴き、画面が真っ暗になった。さすがにゲームオーバーとは表示されなかったが、自分が撃墜されたことは分かった。
「あっれー、やられちゃった。もう一回やろ!」
 はじめは、開発の仕事にあけくれて自分にかまってくれない父に当てつけるつもりで、ちょっとしたイタズラ心でデータを盗み見てやろうと思ったのだが、少女は、そのシミュレーションに夢中になってしまった。
 だから、市街地に避難警報が出されたことも、家の外から学級委員のハヤト・コバヤシが呼んでいる声にも、まったく気がつかなかった。
柔道着を肩越しにぶらさげた少年、ハヤトはドアのノブに手をかけて回してみた。鍵はかかっていなかった。
「アムリィ!入るよ!」
 ドアを開けると、部屋の中は散らかり放題だった。
「まだ俺の部屋の方がきれいだよな・・・アムリィ!どこだい!」
「だぁれ?あら、おはやう、ハヤト」
 階段をトットッとゆっくり降りてきたアムリィの姿を見て、ハヤトは口をポカンとあけるほど驚いた。アムリィはブラとショーツしか身に着けていなかったからだ。
「な、な、なんてかっこうしてるんだ、アムリィ!」
 ハヤトが大声を上げたので、シミュレーションのやりすぎでしょぼつかせた目を眠そうにこすっていたアムリィは、改めて、自分の姿を確認した。
「あら、おや、こりはまずいね、へへ」
 アムリィはノンビリと笑い、トットッと階段を上がっていった。アムリィとしては最大級に慌てているつもりなのだが、動きがとろくさいので、なんとなく平然としているように見える。
「俺、外にいるから、早く何か着てこい!避難警報が出てるんだからな!」
 ハヤトは慌てて玄関の外に出た。目をつむると、網膜に焼きついたばかり、スポーツブラに包まれた小さな胸や、青と白の縦ストライプのショーツが思い出されて、心臓が喉からはみでそうなほどドキドキ鳴った。
 目をあけると、向かいの家から、避難警報を聞いて荷物をまとめて、家族と一緒に出てくるフラウ・ボウが見えた。
「フラウ!近所の君がアムリィの面倒みなきゃダメじゃないか。アムリィ、父子家庭なんだし、フラウは同じ女の子なんだから」
 しかしフラウはプイッと横を向いてしまった。
「アムリィたちがサイド7に来なければ、私たちが避難することなんてなかったのに」
「なんだよ、それ。アムリィの父親が軍属だからって・・・」
 ハヤトはわかっていない。フラウはヤキモチを焼いているのだ。

フラウは一度、ハヤトの告白を振っている。しかし、もう一度告白されたら、つきあってもいいと思っていた。
ハヤトは「ちっちゃくてかわいくて母性本能くすぐるけど、いざとなったらジュードーのサイド7チャンプの腕で守ってくれそう」なので、見た目ヘタレ気味の割には、意外と人気があるのだ。
しかし初回の告白は断るのが、自分を安くみせないテクニック・・・と、フラウのような女の子たちは思っている。
 だから、この間までフラウが好きだの、つきあってくれだのと騒いだいたハヤトが、今は、クラス委員だという理由だけで転入生のアムリィの世話をやいているのが、面白くない。
しかもアムリィは機械いじりが好きな「変な女子NO1」なくせに、赤いショートのくせっ毛がチャーミングなのが、より一層、フラウの神経を逆なでする。
「ハヤトもアムリィなんかにかまわず、さっさと避難しなさいよ!」
 そう言うと、フラウは家族と一緒にエレカで走り去ってしまった。

「おっまたせぇ」
 しばらくしてジージャンとジーンズ生地のミニスカートを着たアムリィが、球形マスコットロボ・ハロとバックパックを持って、エヘヘとバツが悪そうに頭をかきながら、家から出てきた。
「早く乗って!」
 ハヤトにせかされてエレカの助手席に座りながら、アムリィはノンビリと訊いた。
「避難勧告って、何があったの?」
「知らないよ。ザクでも攻めてきたんじゃない?」
 ハヤトが冗談のつもりでそう言ったとき、港の方で、ズズゥンと大きな音がした。コロニー全体が地震のようにゆれた。爆発の煙の間から、鉄の巨人が、小さく、見え隠れしていた。
「あれ・・・ジオンの、ザク?マジ?」
 ハヤトがつぶやく。アムリィも実物を見るのははじめてだった。
「あんなのがコロニーの中で暴れたら、壁に穴が開くぞ!」
「シェルターより、港の軍艦に避難した方がいいよね」
「できるのか、そんなこと?」
「パパに頼んでみる。新型戦艦とかと一緒に、もう出張から帰っているはずだから。港に急いで」
 ノンビリした口調だったが、アムリィは頭の回転が早かった。ハヤトはエレカのアクセルを思い切り踏んだ。
エレカから降り、不恰好なノーマルスーツを着た父のそばに近づいたアムリィは、父がガンダムを乗せた荷台の上で「避難民はいいから、ガンダムを運べ!」と叫んだのを聞いてしまった。
「パパ!」
「ん?アムリィ!こんなところで何をしてるんだ!早く避難せんか!」
「パパは私・・ううん、人の命より、モビルスーツの方が大事なの?」
「そんなことがあるか!お前はホワイトベースに逃げろ!」
「え?」
「港にある軍艦だ!急げ!」
 エレカから降りたハヤトがアムリィの腕をつかむ。
「急ごう、アムリィ!」
 背後の道から、フラウの声がした。
「ハヤト!」
 フラウが、道を離れて、ハヤトとアムリィのもとへ走ってくる。その背後の道からフラウの母の「危ないから戻ってらっしゃい、フラウ」という叫びが聞こえた瞬間、砲撃が着弾した。地煙が上がる。
「フラウ!」
 ハヤトが、転倒したフラウを抱き起こした。
「あ・・・母さん?」
 呆然とするハヤト、フラウ、アムリィの前に、ちぎれて吹き飛ばされた手首が、ゴロンと落ちてころがった。
「この腕時計・・・母さん!かぁさぁあああん!いや!いやよ!こんなのいやぁああ!」
 恐慌を起こすフラウの頬を、ハヤトが叩いた。
「泣いてたって、どうにもならないんだ!港に軍艦に急ごう!」
 ハヤトはフラウを抱きかかえると「アムリィ!君も急ぐんだ!」といって走り出した。
しかしハヤトは気がついていなかった。アムリィも転がる手首を見て、恐怖のあまり動けないでいたのだ。
「ま・・待って、ハヤトぉ・・・」
 よろよろと立ち上がり、慌てて、だいぶ離れてしまったハヤトたちの後を追おうとした。
しかし目の前に再び着弾、砂煙が視界をふさいだ。もうハヤトとフラウがどこにいるのか、いや、生きているのかさえも分からなくなってしまった。
「死にたくないよぅ・・パパ・・ハヤト・・」
 涙と砂煙でベトベトになった頬を手でこすりながら、そうつぶやいたとき、砲撃のショックで巨大な荷台から滑り降りた鉄の巨人が、ズズンと滑り落ち、荷台によりかかり右腕を下にして横倒しになった。
アムリィの目の前にハッチが開いたままの、ガンダムのコクピットがあった。

「この中なら・・・安全だよね」
 アムリィは必死でコクピットの中にもぐりこんだ。ハッチの閉め方は、シミュレーションで知っていた。
しかし、ハッチを閉め、メインカメラのスクリーンをオンにしたアムリィは、自分の考えが間違っていたことを知った。
 ザクの銃砲が自分に向けられていた。
 考えてみれば当然のことなのだ。敵の狙いは、この新型モビルスーツなのだから。
「うそぉ!ちょっと待ってってばぁ!」
 バルカンを撃った。きかない。
 ザクが余裕を持ってせまる。その動力パイプを握り引きちぎると、ザクは狼狽したように背をそらした。
「ほら!怖いでしょ!私だって、怖いのよぅ!」
 アムリィは半泣きで叫んだ。
ザクが背を見せて逃げようとする。その先に、フラウを抱きかかえたまま走るハヤトが、退避ブロックに入っていくのが見えた。
「そっちに行っちゃ、ダメぇ!退避ブロックを、ハヤトたちを踏み潰しちゃう!」
 シミュレーションに「ビームサーベル」という武器があったのを思い出す。後ろからザクを叩き切った。
 一瞬、時が止まり、ザクは巨大な火球となってコロニーの壁に穴をあけた。
 ハヤトたちが入っていった退避ブロックが無事だったことを確認して安心しながらも、アムリィは慌てた。
「これじゃ、空気が流れていっちゃう!」
 しかし、敵はまたない。2機目のザクが迫る。
「エンジンだけじゃなくて、コクピットだけ・・・そんなこと、私にできるのぉ?」
 シミュレーションでは、一回も成功しなかった。
 しかしアムリィのサーベルは、正確にザクのコクピットだけを貫いた。モノアイが消えた。
「こんな怖いの、もういやだぁ・・・」
 荒い呼吸をくりかえすたびに、肩と、小さな胸が上下した。
 しかしアムリィは、ホワイトベースに収容されてからもガンダムのコクピットから降りることを許されなかった。いつムサイが追撃してくるか分からない状況で、ガンダムを操縦できるのは、テストパイロットが死亡した今、アムリィただ一人だったからだ。
 ノーマルスーツを着る暇さえ与えられることなく、アムリィのガンダムは、迎撃のためにホワイトベースから発進させられてしまった。
 そのアムリィに、赤い彗星のシャアが迫る。

「ザクを相手にするより簡単ね」
 アムリィはビームライフルで2発のミサイルを迎撃してみせた。
「シューティングゲームと同じだもん」
 そう呟くアムリィは、間違いなくガンダムの操縦に慣れてきていた。そこに油断があった。深紅に色彩られたザクの接近に気がつかなかった。
「見せてもらおうか、連邦のモビルスーツの性能とやらを!」
 ザクのコクピットで、赤い彗星、シャアが叫ぶ。
右肩に直撃が当たる。搭乗機体がガンダムでなくザクであったならば、アムリィは死んでいたはずだ。
「馬鹿な!直撃のはずだ!」
 無傷のガンダムを見て叫ぶが、まだシャアには接近戦に持ち込むだけの余裕があった。赤ザクの脚がガンダムのボディをなぶる。コクピットが激しく揺れる。
「げ・・ぇ」
アムリィは激しく揺れながら、少し吐いた。吐瀉物が無重力のコクピットに浮いた。
赤ザクが離脱する。アムリィは無我夢中でビームライフルを乱射した。その1斜が赤ザクの脇を抜け、援護のザクを直撃した。1発で霧散する部下のザクを見たシャアは、今度こそ本当に驚愕した。
「奴は、戦艦並みのビーム砲を持っているのか」
 シャアのザクは後退し、アムリィは無事にホワイトベースに戻ることができた。
「あれが・・・赤い彗星・・・こんな怖いの、もうやだぁ!誰か、パイロット代わってよぉ!」
 メソメソと泣きながら、アムリィはガンダムのコクピットから這い出てきた。
後にアムリィが恋焦がれ、しかし敵ゆえに傷つけあうシャア・アズナブルとの、これが、ファーストコンタクトであった。
 ブリッジに上がったアムリィに、ホワイトベースの若き艦長代理ブライト・ノアは、冷たく言い放つ。
「ガンダムの性能を当てにしすぎている。戦いはもっと有効にするべきだ」
「ふぇ?な・・なぁに?」
 半泣きのまま、アムリィは聞き返した。
「女だからと甘えるな!ガンダムを任された以上、貴様はパイロットだ。この艦を守る義務がある!」
「ぎ・・義務?」
 小難しい議論ができるほど、アムリィは賢くない。所詮は父親と同じように機械バカなのだ。そこにつけこむように、ブライトは続けた。
「やれなければ、今からでもサイド7に帰るんだな!」
 黙って聞いていたハヤトが、アムリィをかばうように立ちはだかった。
「ブライトさん、それは言いすぎなんじゃないですか!」
「ハヤト、あなたがアムリィをかばうことなんて・・・」
 フラウがそういい終わるまえに、ブライトの平手が、ハヤトの頬を叩いた。
「無力な人間が口を挟むな!こう言わざるをえないのが、今の我々の現状なんだ。それとも、君がアムリィの代わりにガンダムに乗るか?今すぐにだ!」
 何も言い返せず、ハヤトはブライトを上目遣いに睨みつけるだけだった。
「憎んでくれていいよ。その代わり、君もアムリィを守れる男になりたいならモビルスーツの操縦くらい学んでおくんだな。機体はガンダムだけじゃないんだ」
 ブライトは、今度はアムリィを睨んだ。若いとはいえ軍人の厳しい視線に、アムリィはビクッと肩をすくめた。
「ガンダムを整備しておけ。アムリィ、君が中心になってやるんだ。人を使ってもいい」
「それって、つまり・・・また私に、ガンダムに乗れってことぉ?」
 半泣きのアムリィの後ろでフラウ・ボウが「いい気味よ」とつぶやいたのに、アムリィは気がつかなかった。そういうことには、気がつかない方がいい。
「アムリィ、発進後4分以内でWBに戻って。必ずよ」
 オペレーター、セイラの声がコクピットの中に聞こえた。アムリィは不安そうに聞き返す。
「戻れないと、どうなるんですかぁ?」
「そりゃ、黒こげだな」
 セイラを押しのけて、モニターに割り込んだカイ・シデンがヘラヘラと笑いながら言った。
「えぇ?黒こげ?」
「そ。黒こげ子豚のアムリィちゃんの出来上がりってわけ」
「私、子豚みたいに太ってなんかないですぅ!」
 アムリィのふくれっ面を見て、カイがまた、ヘラッと笑う。
「ほら、そうやって頬を膨らませると、ホントに子豚ちゃんみたいだぜ。なあ、アムリィ、無事に帰ってきたら、俺とやらない?」
「何をやるんですか?」
「決まってるじゃん、一発やろうぜ」
 その意味が分かって、アムリィは顔を真っ赤にして怒鳴った。
「ずえっっっっったぃ、イヤ!」
「へへへ、その元気がありゃ、大丈夫さ。お前さんなら無事に帰ってこれるって」
「・・・いまさら、おだてても、ダメです」
 カイが気を使って、軽い冗談を言って緊張をほぐそうとしてくれるのは、鈍いアムリィにも分かる。それにしたって、子豚とか一発とか、なんて悪質な冗談だと思うけど。
 男の人って、皆、ガサツなんだから!
「私、まだバージンなんだから。初めては白馬にのってむかえに来てくれる王子様と・・・って決めてるんだもん」
 我ながらバカな妄想を口走っているとは思うが、そんなことでも言わなければ、また、あの赤いザクと対峙する恐怖をごまかすことができない。
「アムリィ、行きます!」
 カタパルトが走る。Gが、心臓をわしづかむ。
「アムリィ!ザクはもういいから、戻れ!」
 ブライトがセイラからヘッドセットを奪って叫ぶ。ブリッジに戻ってきたハヤトやカイも、セイラのそばで通信機に向かって怒鳴っていた。
「アムリィ!戻れ!」
「おい、一発やるって言ったろうが!」
 その後ろで、フラウだけが唇を噛みながら、冷ややかな目をしていた。
「男の人って、皆、アムリィのことばっかり・・・」

「赤いヤツ・・・シャアが退いていく?何で?」
 そう思ったときには、もう遅かった。アムリィの乗るガンダムは、既に大気圏突入を開始していた。
「このままじゃ、ホントに黒こげ子豚になっちゃうよう・・・」
 半無き状態でマニュアルをモニターに映すと・・・あった。大気圏突入の方法。
 姿勢制御。冷却シフト。耐熱フィルム。
 青い地球が、眼下に広がる。

「通信回復、ガンダムは健在です。アムリィも無事です!」
 セイラの声がブリッジに響くと、皆が歓声をあげた。ブライトはどさりと艦長シートに身を沈め安堵のため息をつき、リュウとハヤトとカイは、NBAプレーヤーのように手を叩き喜んだ。
 喜びに沸くブリッジの中で、誰にも聞かれないようにフラウがつぶやく。
「なんだ、生きてたのか・・・」
 そして、ガンダムのコクピットにいるアムリィも、一人つぶやいていた。
「もう・・・絶対、ガンダムなんか乗らない。こんな怖いの、もうヤダよぉ・・・」
 アムリィはノーマルスーツも着ないで、下着姿のまま、毛布にくるまって、一人、おびえていた。
 時々、個室が揺れる。WBが襲撃を受けているのだ。民間人のハヤトさえ、ガンキャノンに乗って戦っているらしい。自分もガンダムに乗らなきゃ・・・それは分かっている。でも、体が動かない。
 怖いのだ。
 その時、部屋が空いた。ハヤトが入ってくる。彼のノーマルスーツを着ていた。
「アムリィ、どうしたんだ?」
「もうイヤ・・・」
「え?」
「もう、ガンダムなんか乗らない」
「どうしたんだ、アムリィ。カイだってガンキャノンに乗ったし、僕もこれからガンタンクで出撃する。だから・・・」
「もう、怖いの、イヤなの!」
 下着姿であるのもかまわず、アムリィは毛布をバッと払うと、ハヤトに向かって怒鳴った。
 ハヤトは怒鳴られたことよりも、アムリィの青と白のストライプのパンティとブラが目に飛び込んできたことに驚いて、言葉を失った。後ろを向かなきゃと思ったけど、どうしても視線がアムリィの小さな胸の谷間や太股の間に向いてしまう。
 アムリィは、そんなハヤトの気持ちには気がつかず、メソメソと泣き続けた。
 その時、扉がバンッと開いた。入ってきたのはブライトだった。
「アムリィ!貴様、なぜ戦おうとしない!」
「戦うのは、男の仕事なんじゃないですか?ボクみたいな女の子に頼ってばかりで、恥ずかしくないんですか?」
「なんだと!?」
 ブライトの顔色が、赤から蒼白に変わる。
「ブライトさんは気楽ですよね。ブリッジでわめいていればいいんだから。私みたいな女の子に戦えって言うくらいなら、ブライトさんがガンダムに乗ればいいのに・・・」
「甘えるな!」
 ブライトはアムリィの赤いくせっ毛を掴むとムリヤリ立たせて、その頬に平手打ちを食らわした。吹き飛ぶアムリィの目に涙がたまる。切れた唇の端から、細く血が流れた。
「殴った・・・パパにもママにも、殴られたことなんてないのに・・・」
「甘えるな!拳でないだけ、マシだと思え!」
「やめてください、ブライトさん!」
「ハヤトは黙っていろ!」
 間に入ったハヤトの頬に、ブライトは、今度は握り拳を容赦なく叩きつけた。
「俺がガンダムに乗れるなら、とっくにやっている! しかしそうしたら、全体の指揮は誰が取るんだ!
 貴様みたいな女子に頼らなくてはいけない不甲斐なさをかみしめることが、男にとって、どれだけ悔しいか、分かるまい!」
「そんなこと言われても・・・」
「俺はブリッジに行く・・・アムリィはシャアにも勝てる力があると思っていたんだがな。やはり、女はダメか」
 最後の一言が、アムロのプライドに触れた。
 ドアを叩きつけて、ブライトは出て行った。
「アムリィ、君は休んでいろ。俺達が何とかするから」
 ハヤトの優しい言葉に、アムリィは応えなかった。
「ハヤト、あなたも、女はダメだと思う?」
「え?」
「私、べつにキャリアウーマンとか女の自立とか、そんなことを目指しているつもりはないけど・・・あの白目無し男、誰のおかげで、ここまで来られたと思ってるのよ!」
 普段はホゲラ〜としているかメソメソないているしかないアムリィが、こんなに激しく怒りをあらわにしているのを、ハヤトは、初めて見た。
「アムリィ・イクノカ?」
 転がるハロの電子声音に、アムリィは応えた。
「私、もう一度ガンダムに乗る!でも、これが、ぜっっったい、最後なんだから!」
 下着姿のままであるのにも気にせず、アムリィは部屋を出ると、格納庫に向かってダッシュした。
 戦闘は終わり、ガウ編隊は退いた。
 WBの窮地を救った補給機のウッディ大尉は、アムリィに言った。
「君の出撃が無ければ、我々もやられていた。感謝するよ。これからは君のようなニュータイプの可能性がある女の子が、軍を・・いや、この時代を支えていくのかもしれないな」
 ニュータイプという言葉の意味はわからなかったが、まだ若く狭量な心のブライトに比べ、余裕のある懐の広い男を感じさせるウッディの言葉に、アムリィは、頬を薄赤く染めた。
 そんな二人の間にわりこんで、フラウはウッディに微笑みかけた。
「また会える時を楽しみにしてます、大尉」
「ああ、私も君のようなチャーミングなお嬢さんに、また会いたいね。それまで互いに、この戦いを生き残ろう」
 アムリィと同じようにフラウにも微笑みかけるウッディの姿を見て、アムリィは、今まで感じたことがない、胸がチリチリとするような感覚をおぼえた。それがフラウに対する嫉妬であると自覚するには、アムリィはフラウに比べて、まだ幼かった。
 ウッディは去った。アムリィに、淡い憧れと軽い嫉妬という、初めての感情を残して。

 この後、WBはジオン軍北米指令でありジオンの末弟ガルマ・ザビを撃墜し、ランバ・ラル隊の猛追を受けることになる。
 アムリィは疲れていた。
 赤い彗星の追撃をふりきり、ガルマ・ザビの北米包囲網を突破したと思ったら、今度は見慣れない青いMSの攻撃・・・
 もう、ガンダムから降りたい。それがアムリィの本音だった。
 だからアムリィは眠い目頭を押さえながらも、MSデッキの片隅で対ザク・グフ用OSの改造に余念がなかった。
 キーボードを叩く手を休めて、満足そうにうなずく。
「これで完成っと。このOSがあれば、誰が乗っても、ガンダムは理想的に動いてくれる・・・私が乗る必要なんて、ないもんね。ブライトさんに、パイロットをリュウさんに代わってもらうように言おうっと。
 でもリュウさん、大きいから、ガンダムのコクピットに収まるかなぁ?」
 そんなとき、デッキの向こうに浮かんだ2つの影から、声が聞こえた。
「どう思う、ミライ?」
 ブライトの声だ。もう一つの影は、どうやらミライらしかった。
「ガンダムからアムリィを降ろすのね・・・」
 え?ホントに?アムリィは、咄嗟に物陰に隠れた。
 ラッキー!私、ガンダムから降りられるのね。もう怖い思い、しなくてすむんだ。
「そうだ。やっぱり女の子にガンダムは、荷が重すぎる」
「代わりのパイロットは、どうするの?」
「リュウがいる。カイやハヤト、ジョブにもシミュレーションをやらせてある」
「でも、アムリィと同じような戦い方ができるかしら?」
 ブライトは口をつぐんだ。正規の軍人である彼の目から見ても、アムリィの戦い方はスペシャルだ。カイやハヤトはもちろん、パイロット候補生であったリュウにさえ、アムリィのレベルを要求するのは、無理である。しかし、ブライトにも、ある思いがあった。
「賛成してもらいたいな、ミライ」
「ブライト、あなたは男のメンツにこだわっているのではなくて?」
 自分の思いを見透かされて、ブライトは再び口をつぐむしかなかった。
「ガンダムを女の子が操縦して、それに守られていることが悔しいのでしょう?でも、皆をまとめる立場の人が、そんなことに拘っていては、いけないわ」
「しかし・・・」
「私、アムリィは特別なような気がするの」
「特別?」
「上手く言えないけど・・・とにかく、アムリィをガンダムから降ろすのには、賛成できないわ」
 アムリィは思わず立ち上がった。イスがガタンと音を立てて倒れる。二人が振り向く。その視線がアムリィをとらえた。
「アムリィ・・・聞いていたのか」
「私・・まだガンダムに乗らなきゃいけないんですか?」
「・・・そうだな」
 ミライの反対にあい、ブライトはアムリィの問にうなずくしかなかった。
「私、誰がガンダムに乗っても大丈夫なように、OSを改造する計画だってつくったの。試してみてよ、ブライトさん!これがあれば、リュウさんだって、ハヤトやカイさんだって・・・ううん、ひょっとしたらセイラさんだってガンダムを私みたいに扱えるはずなんだから!」
「アムリィ、パイロットによってザクの動きが変わるのは、前の戦闘で分かったでしょう?」
「ミライさんは、優しいふりして、私をまたガンダムに乗せようとしてる!私を死なせたいの!」
「そんなことは言ってないわ」
「言ってるよ!自分は安全なブリッジにいるから、平気でそんなことが言えるんだわ」
 二人の女の間に、ブライトが割り込む。
「アムリィ!戦ってるのは、自分だけだと思うな!」
 その怒声に、アムリィは一瞬、ひるんだ。
「なによぉ・・・ブライトさんまで!ばかあああ!」
 アムリィはパっとふりむくと、逃げ出すようにかけだした。
「待て、アムリィ!」
 追いかけようとするブライトの腕を、ミライが押さえる。
「追いかける必要はないわ。落ち着けば、アムリィも覚悟を決めてくれる」
「そう、かな・・・」
 アムリィは泣きながら荷物をまとめた。そして、ボストンバックをよいしょっとかついで、廊下を、重い荷物にふりまわされながらヨタヨタと歩いていくのを、ハヤトに見つかってしまった。
「どうしたんだ、アムリィ」
「ホワイトベースを降りるの」
「なんだって?」
「ミライさんとブライトさんが、また私をムリヤリ、ガンダムに乗せようとするの。でも私、もう怖いのはイヤだから」
「ちょ、ちょっと待てよ、アムリィ」
「止めないでよ。もう決めたことなんだから!」
 アムリィは泣きながらかけだした。女に泣かれて、すぐにそれを追いかけられるほど、ハヤトは、そういう場面になれていなかったので、ただ、呆然と立ちつくすしかなかった。

「アムリィが、脱走した?」
 ハヤトから報告を受けたブライトは、急いでブリッジに戻った。
「ボクがアムリィを探してきます」
「そんな必要はないわ」
 ハヤトの提案を、フラウは否定する。
「アムリィじゃなくたって、ガンダムは操縦できるんでしょ?だったら、アムリィがいないことより、アムリィ一人のためにWBが進むのをやめる方が危険よ!」
「フラウ・・・しかし・・・」
 操舵しながら、ミライが口をはさむ。
「でも、アムリィはガンダムという軍事秘密を知ってしまっている。ジオンにつかまったら面倒よ」
 そう言って、ブライトの方を見る。しかし、本気でそう思っているわけではない。アムリィの脱走のきっかけをつくってしまったことに対する負い目が、ミライに、そう言わせるのだ。
「そうだな・・・よし、リュウとハヤトは手分けをして、アムリィを探しに行ってくれ。それまでWBは、あの谷間に隠れよう」
 ブライトの決断を聞きながら、フラウはボソリとつぶやいた。
「皆・・・・アムリィに甘いんだから」
 どのくらい歩いただろう?WBの皆は、私のことを心配してくれているだろうか?
 でも、もうWBには戻りたくない。だって、またガンダムに乗って、怖い思いをしなくてはいけないから。
 砂漠の小さな町にたどり着き、小さな店のカウンターに座ったアムリィは、WBの思い出を忘れようと、グイッと水を飲んだ。
 そのときだった。店の木扉がバン!と大きな音をたてて開いた。やせっぽちの貧相なマスターが、カウンターの奥でビクッと体をすくませる。アムリィも思わず、入口の方を振りかえった。
「親父、まずは冷たい水をくれ」
 腹から響く、低い声で、その男は言った。髭、鋭い眼光、そしてジオンの軍服。その男に続いてジオン兵たちがドヤドヤと店に入ってくる。その中に、女のアムリィから見ても、その美しさにおもわずため息をもらしてしまうような細い女性が、髭の男によりそうようにしていた。
 アムリィはボロボロの日よけマントで体を覆いながら、髭の男と目線を合わせないようにうつむいた。
「何を食ってもいいぞ。作戦前の最後の食事だ」
 作戦前?
 髭の男の言葉に、アムリィは眉をピクッとあげた。
 このあたりに、ジオンの標的になるような連邦軍など、WBの他にいるはずがない。それに、ドアの向こうに止まったトレーラー。シートをかぶせてあるけれど、あの青いMSを載せているんじゃないの?
 アムリィは首を横にふった。
 何を考えているんだろう。私はもう、WBとは関係ないんだから。
 髭の男はドカッと椅子に座ると、岩のような手でメニューをつかんだ。
「何もないな・・・マスター、できる食事を、14人分だ!」
「あら、一人多いのではなくて?」
 髭の男に、女が問う。
「あの娘にもだ」
 私のこと?アムリィは思わず振り返った。少し頬が上気しているのが、自分にも分かる。髭の男と、そして、細い女と、目が合う。視線が絡む。女が、自分を値踏みするような目で見る。
「いつから、趣味が変わったのかしら?」
「意地が悪い言い方だな、ハモン」
 ニヤリと笑い、男はハモンという女の腰に手をまわし、グッと自分に近づけた。
 何のことはない。男女の会話の戯れに利用されただけだ。そう思ったアムリィはムッとして、立ち上がった。
「あの・・・せっかくですけど、私、食事、いりません」
 男の眉がピクリと上がる。ハモンが微笑を浮かべた。
「男の好意は、黙って受けるのが女というものよ」
「男の好意には、必ず下心が隠れているって、昔、ママが言っていたわ」
 彼の部下たちが、ガタリと立ち上がる。
「このアマ、ラル大尉を侮辱するのか」
「いい気になってんじゃねえぞ」
「やめんか!」
 髭の男・・ラルの一声で、部下たちが黙った。彼の人望が厚い証拠だ。
「いい度胸だな、娘。俺に、そこまではっきり物を言えるヤツは、なかなかいない。本気で気に入ってしまいそうだよ。どうだ、ハモン?」
「お好きなように」
 男の気まぐれには慣れているのだろう。ハモンは、余裕の笑みを浮かべてアムリィを見下した。
 そのとき、ドアがバンと開いた。ジオン兵たちが一斉に振り向く。
 そこに、あきれたことに連邦の見習い兵の制服を着た小兵、ハヤトが立っていた。
 男たちの銃口が、一斉にハヤトに向けられる。
「ハヤト!」
 アムリィは思わず声に出してしまった。ラルの目が油断なく光る。
「アムリィ、帰るよ」
 幾つもの銃口にかまわず、ハヤトが言った。
「ぼうや、いい度胸だといいたいけれど、勇気と無謀の区別はつけた方がいいわよ」
「この町は中立地帯のはずです。僕は戦う気はない。アムリィを連れ戻せれば、それでいいんです。その証拠に、銃も持っていません」
 ハモンに言い返すハヤトの声は、少し裏返っていた。強がってみたところで、いつ撃たれてもおかしくない状況なのだ。その緊迫した状況を、ラルの大笑いが打ち破った。
「ハハハハハ。女を助けに、無手で敵中に飛び込むか。俺もハモンも、そういうのは嫌いではない。だがな、坊主、お前より、この娘の方が生き残るための術を知っているぞ」
 そう言いながら、アムリィの日よけマントをバッとめくった。
 アムリィは、とっさのことで動けなかった。マントの中に隠し持った拳銃を握っていた右手に、ジワリと汗がにじんだ。
「アムリィと言ったな。ますます気に入ったよ」
 そう言うと、大きな手のひらでアムリィの背中をグイッと押しやった。2,3歩よろけたアムリィの体を、ハヤトが抱きとめた。
「戦場で会うのを楽しみにしているぞ、娘」
「でも、戦場で会ったら、こうはいかないわよ、アムリィちゃん。がんばってね」
「は、はぁ・・・」
 私はもう、戦場なんかに出る気はこれっぽっちもないんですけど・・・と言おうとしたアムリィの声を、ハヤトがさえぎった。
「行こう。アムリィ」
ラルとハモンの声を後ろに、アムリィはハヤトに引きずられるようにして店を出た。
 どのくらい歩いて、どのくらい泣いたろう。
 ふと顔を上げると、意外と近くに、閃光が見えたような気がした。
 涙のあとに砂がついてベタベタになった頬を拭うと、WBが交戦しているのが見えた。
「ハヤトが、尾行されちゃったんだ・・どうしよう?」
 そう言いながらも、アムリィは迷わずWBに向かって走り出した。

 ランバ・ラル隊の猛攻にさらされるWBのブリッジで、指示に吼えるブライトに、ミライが言った。
「あれ・・アムリィじゃないかしら?」
「なに!?」
 艦橋から、こっちに走ってくるアムリィが見える。
「よし!アムリィのいる方角に向かって、ガンダムを射出しろ!」
「誰が乗るの?」
「無人で出すんだ!ガンダムを下に落とせば、アムリィは乗る!」
 その場にいる誰もがメチャクチャな指示だと思ったが、案外、そんなものだろうとも思える。何よりも、この戦況下でアムリィを回収するために着地することなど、不可能だ。
「無事に生きて帰ってきたら・・・それなりの罰を与えないと、皆は納得しないでしょうね」
 ブライトは、ミライの独り言を聞こえないふりをした。そんなことは、生き残ってから考えればいいことだ。

「ええ?うそぉ?」
 WBから射出されたガンダムが、そのままの姿勢で落ちてくる。
「ブライトさん、こんなのメチャクチャだよぉ!」
 派手に砂を撒き散らせて落ちたガンダムのコクピットを開きシートに座る。怖くて、でも懐かしい、この感覚。
 アムリィはガンダムをジャンプさせた。


 カイのガンキャノンを圧倒したランバ・ラルのグフが、そのモノアイに、太陽を背に襲いかかるガンダムの姿を捕らえた。
「今まで、どこにいたのだ、あのMSは!」
 ガンダムの掃射をさける。
「正確な射撃だ、それゆえ、予測はたやすい」
「もうエネルギーがない?」
 アムリィはビームライフルをグフに投げつけた。
「思い切りのいいパイロットだ。しかし、慣性落下の最中にこれがよけられるか!?」
 グフのハンドマシンガンがガンダムの盾を直撃する。
「何?」
 盾の向こうにガンダムが見えない。
「空中で姿勢を変えただと!」
 ガンダムのビームサーベルがグフのコクピットハッチを溶かす。あと一歩踏み込みが深ければラルは死んでいた。いや、ラルだからこそ、よけられたのだ。そしてグフのヒートソードが相打ちの形でガンダムのハッチをはがす。
「こわいよぉ!もうやだぁ!」
 距離をおいた、グフとガンダムがにらみ合う。
「もう、終わりにしようよぉ・・ひきわけってことでいいじゃん、ね?」
 そんなアムリィの声が、聞こえるわけがない。グフから立ち上る殺気に、アムリィは覚悟を決めるしかなかった。
 二体の巨人が、相対し、同時に踏み込む。グフのヒートソードの下をかいくぐり、ガンダムのビームサーベルがグフの両手を斬った。
「なにぃ!」
 ラルが叫んだのは、グフが負けたからではない。コクピットの隙間から見えたガンダムの操縦席に座っていたのが、店であった小娘であったからだ。
「・・・時代が変わったということか。貴様のような小娘が、MSのパイロットとはな」
「私だって、好きで乗ってるわけじゃないんですぅ!」
 離れるガンダムに向かって、ラルがロープを放つ。コクピットから脱出したラルの声がアムリィに届く。
「しかしな、娘!貴様が勝てたのは、そのMSの性能のおかげだということを忘れるな!」
「でしょ?そう思うでしょ?だったら、私が乗らなくてもいいってことだよね?リュウさんやカイさんや、ハヤトと代わってもいいってことよね?」
 ラルはその声を聞かず、砂漠に着地すると姿を消した。
「どうして、こんなところに入らなきゃいけないんですか?」
 アムリィは独房の内側から、泣きながら言った。
「軍では、脱走は罪になるんだ」
 ブライトの言葉は、歯切れが悪い。
「軍?私、いつ軍人なんかになっちゃったんですか?好きでガンダムなんかに乗ってるわけでもないのに・・・」
「あなたは、ガンダムのパイロットです」
 言葉を濁すブライトの代わりに、ミライが言いきった。
「あなたは、皆を守る義務を怠った。だから罰を受けるの」
 その言葉を最後に、皆、独房の前から去った。ただ一人、ハヤトをのぞいて。
「そんな・・・こんなの、メチャクチャだよ・・・ハヤトなら、私の言いたいこと、わかってくれるでしょ?」
「わかるけど・・・今さら、ガンダムからは降りられないよ。もし僕が乗ってたら、青いヤツにやられていたと思う・・・」
 それだけ言って、ハヤトもドアの前から姿を消した。
「ハヤトの、バカァ!」
 アムリィはひざを抱えて、うずくまった。とまらない涙が、いつまでも頬を汚した。
「どうせ、また、敵がきたらガンダムに乗せられるんでしょ・・・もう、怖いの、イヤ・・・」
 廊下の影にかくれていたフラウにも、アムリィの泣き声は聞こえた。
「・・・いい気味よ。今まで、チヤホヤされすぎてたんだから」
 ぼそりと、呟く。

 ギッと嫌な音をたてて、独房のドアが開く。膝をかかえたアムリィが視線を上げると、巨漢のリュウ・ホセイが食事を持って立っていた。
「・・・ドアを閉めて」
「飯くらい、ちゃんと食え」
「閉めないと、そこから逃げ出しちゃうから」
 アムリィの強がりに、リュウは大きな腹をゆすって笑った。
「俺の体が入り口を塞いでいる。そんなことはできないさ」
 その豪快な笑い声に、アムリィは、少しだけ気が休まる思いがした。
「・・・あのランバ・ラルって人、また来ますよ」
「ザクやグフは、もう無いんだぜ」
「だったら、なおさらです。あの人は、そういう男だと思う」
「女のカンか?」
「そんなんじゃ、ないですぅ・・」
「そしたら、またアムリィの出番だな」
「私・・・もうガンダムには乗りません」
「いじけていても、かわいくないぞ」
 アムロはムッとして睨んだが、リュウはかまわずに言葉を続けた。
「以前、ウッディ大尉が言っていたろ。アムリィはニュータイプなのかもしれんって。俺もそう思う」
「ニュータイプ?なんですか、それ」
「俺もよくわからんが、エスパーみたいなもんらしいな」
「だとしても・・・私、もう、怖いのイヤなんです」
「そうか・・・ま、それはそれで、いいのかもしれんがな」
 リュウはため息をついただけだった。彼はガンダムに乗ることを強制しない。その茫洋な表情に、アムリィは甘えられなかった父親像を重ねて。少しドキッとした。
「あのな、アムリィ・・・」
 リュウが何かを言いかけたとき、警報が艦内に響いた。
「来た・・・ランバ・ラル!」
「アムリィ、ガンダムに乗るかどうかは、自分自身で決めろ」
「・・・でも・・」
「グチなら、生き残ってから聞いてやる。俺でよければな」
 ニカッと笑ってから、リュウは独房のドアを開けっ放しにしたまま、走っていった。その去り際の笑顔が、リュウの魅力でもある。
「好みのタイプとは、違うんだけどなぁ・・・」
 まるで場違いなことを考えながら、それでもアムリィはMSデッキに向かって走った。リュウが話を聞いてくれるなら、もう一度だけガンダムに乗ってもいいと思える自分がいた。
「アムリィ、第2ブリッジが占領された!撃破してくれ!」
 コクピットに、ブライトからの通信が響く。
「えぇ?ガンダムで?どうやって?」
「外からホワイトベースを壊しても、かまわん」
「ブライトさんの言うことは、メチャクチャなんだから」
 聞こえないように呟くと、アムリィはバルカンの標準をWBの外壁にあわせた。いかに頑強なWBの装甲も、この至近距離からなら破壊できる。
「どうなっても、しーらない!」
 バルカンが外壁を破ると、第2ブリッジに立つ男の姿が見えた。
「あ・・・ランバ・ラルさん!」
 彼が何かを叫んだように見えた次の瞬間、その体が第2ブリッジから飛び降りた。とっさに差し伸べたガンダムの手のひらで、手榴弾を抱えたランバ・ラルの体が小さな火球となって跡形もなく飛び散った。
「戦いに負けるって・・・こういうこと?」
 アムリィは呆然と、一人の男が消えた手のひらを見つめるしかできなかった。
 こんなところには、いたくない。早くWBに戻って、リュウと話をしたい。小さな火球とともに胸の中に生まれた、このモヤモヤした不安感を、リュウに打ち明けて楽になりたい・・・
 アムリィはまだ、ランバ・ラルの銃弾によってリュウが瀕死の重傷を負ったことを、知らない。
 ドアの向こうに人が来た気配がしたので、横になって疲れを取っていたアムリィは、重そうに頭を上げた。
「・・・誰?」
「・・・ブライトのヤツ、またお前を独房にいれたのか」
 苦しそうな息づかいの中から、絞り出すように出された低い声が帰ってきた。
「リュウさん!休んでなきゃ、ダメなんでしょ?」
「俺のことは、いい。それより、ブライトの立場も分かってやれ」
「分かってる。ミライさんやセイラさんの前で、私だけ特別扱いするわけにはいかないっていうことでしょ?」
「大人になったな、アムリィ」
「えへへへ」
 父親にほめられたようで嬉しくなったアムリィは、照れ隠しに頭をかいて笑ってみせた。それを独房の鉄格子ごしに見たリュウも微笑んだ。
「いい笑顔だ。きっと、いい女になる。ハヤトが羨ましいな」
「えぇ?何言ってんの、リュウさん!ハヤトは、そんなんじゃないんだってば」
 頬を赤になって否定したアムリィに「そうなのか?」とリュウは怪訝そうな顔をした。
「じゃあ、どんなのがタイプなんだ?」
「それは・・・」
 もっと頼りがいがあって、安心できる人・・たとえばリュウのような・・・
「・・でも、見た目は好みじゃないんだよねぇ」
 リュウに聞こえないようにボソッと呟いた。
「なんだって?」
「なんでもない!なんでもないよ!」
 頬どころか顔全体をトマトのように赤くしたアムリィが慌てて首を横に振ったとき、艦内にアラームが鳴り響いた。
「ドアの鍵を開けて、リュウさん!私、ガンダムに乗る!」
「アムリィ・・お前・・・いいのか?」
「リュウはベッドにいて。早くケガを治すの。ね?」
 アムリィは思う。リュウが待っててくれるなら、私は強い女の子になれる・・と。
 爆薬満載のカーゴを、アムリィのガンダムが受けとめる。WBを守るため身動きの取れないガンダムの背後に、ハモンの乗るマゼラ・トップがピタリと砲口をあわせた。
「ガンダムの装甲が厚いといっても、この至近距離ならば」
「誰?ハモンさん?」
「あなたのような小娘を気に入ってしまった気まぐれが、あの人の不運だったのかもしれないわね」
「やられる・・・!」
 そう思った一瞬、脳裏にリュウの顔が浮かんだ。
「戦場で会ったらこうはいかないと、あの時、言ったはずよ・・さよなら、お嬢ちゃん」
 しかしハモンは、その引き金を引くことが出来なかった。
「うおぉぉぉぉ!」
 その時、アムリィは確かに、マゼラ・トップに突っ込んだコア・ファイターのパイロットの咆吼を聞いた様な気がした。その特攻が、マゼラ・トップを炎と屑鉄の棺桶に変え、ハモンを焼いた。
「コア・ファイターが・・・そうだ、エンジンの片方をやれば!」
 小さく呟いてから、アムリィはホバーカーゴの右エンジンを撃破した。回転するカーゴをガンダムに蹴らせ、充分に離れたところでビームライフルで撃ち抜く。
「も、もう敵はいませんか?」
 通信機に叫んだ。セイラの声が帰ってくる。
「戦いは終わったわ。ガンダムは大丈夫?」
「ええ。それより今のコア・ファイター、誰が乗っていたんですか?
「・・・リュウよ」
 え?
 セイラの言葉が耳に、脳に届いても、その意味を理解できないアムリィは、ただ呆然としただけだった。
「リュウが・・・体当たりをして」
 突然、アムリィは笑い出した。
「アハハハ・・・やだなあ、セイラさん。悪い冗談だよぅ。リュウさんはケガしてるんだから、出撃してるわけないじゃない。
あ、わかった!誰も乗ってなかったんでしょ?私を助けてくれるために、無人のコア・ファイターをミサイルがわりに射出するなんて、ブライトさんも、なかなかやるよね」
「アムリィ・・事実を認めろ」
 セイラに代わり、ブライトの声が通信機から聞こえてくる。アムロは黙るしかなかった。ブライトの声が続く。
「リュウは・・・死んだんだ」

「僕が、リュウさんを死なせてしまったんだ・・・あの時、機銃の動かないコア・ファイターでの出撃なんて、体を張ってでも止めていれば・・・」
 オレンジ色の夕闇にそまるリュウの墓前で、ハヤトが呟いた。
「言うな、ハヤト。ヤツが勝手に、強引に出撃したんだお前が責任を感じることじゃない」
 ブライトが言う。しかし、その言葉が本心ではないことを、皆、知っている。ついさっきまで、ブライトは地に膝をつき「お、俺が未熟な指揮官だから・・勘弁してくれ、リュウ」と、恥も外聞もなく泣き続けていたのだ。
「いつまでも泣いていても、リュウが生きかえるわけではないわ」
 涙をぬぐったセイラの言葉を最後に、皆、ただずむ墓の前から去り始めた。
 WBに戻る足をとめて、アムリィはリュウの墓を振り向いた。
「私・・・リュウがいなくても、やっぱりガンダムに乗り続けなくちゃ、いけないのかなぁ」
 木片を十字に組んだだけの簡素な墓は、何も応えてはくれなかった。
 乾いた風が運ぶ砂が、リュウの墓に積もる。初めての恋が、砂漠に埋もれていく。アムリィは滲む涙に汚れた頬を何度もゴシゴシとこすると、皆の後についてWBに戻っていった。
「君たちに助けられるのは、2度目だな」
 ミデア補給部隊長、ウッディ大尉は、その厚い手の平を差し出した。アムリィが、少し頬を赤く染めながら握手に応じる。しかし、実際にはミデアの補給物資によって助けられたのはWBの方だ。

「ウッディ大尉って、カッコイイよね。そう思わない、アムリィ?」
 厨房の奥でリンゴの皮をむくアムリィのそばで、フラウがうっとりとした感じで言った。包丁を握る手がとまっている。
「へぇ。フラウはハヤトが好きなのかと思ってた」
「ハヤトなんて、ガキよ、ガキ」
「ガキで悪かったね」
 厨房から食堂に面したカウンターから、ハヤトの拗ねた声が聞こえた。
「あら、いたの?だって本当のことじゃない」
 大して悪びれた様子もなく、フラウがサラッと言ってのける。
「それに、あんたはアムリィに夢中でしょ?」
 自分の目の前で、そういうことをサラッと言ってしまうフラウの気持ちが、鈍いアムリィには分からない。フラウはアムリィに妬いていて、ウッディをネタにしてハヤトにあてこすりをしているだけなのだが。
「あのねぇ、フラウ!」
 何かを言いかけたハヤトを制して、フラウは聞こえよがしに言った。
「あーあ、ウッディ大尉みたいなステキな大人の人が恋人だったら、最高なのになぁ」
「嬉しいセリフだね」
 え?とアムリィとフラウが顔を上げ、ハヤトが後ろを振り向くと、視線の先に、ウッディの穏やかな微笑みがあった。フラウが口を大きく開けて、頬を真っ赤にそめる。
「た、大尉!いつからそこに?」
「いつか、君にもステキな恋人が現れるよ」
「あ、あの、大尉。恥のかきついでに、お願いします。一緒に写真を撮ってもらえないでしょうか?」
 フラウの言葉に、ウッディは笑って「いいよ」と応えた。
「ほら、ハヤト、カメラ持ってきて」
「俺は、パシリじゃないぞ・・・」
 そう言いながらも、どこかからカメラを探してきたハヤトは、もはや「ただのいい人」に成り下がってしまっていた。
「アムリィ君も、一緒に映るかい?」
 ウッディの、他意のないセリフに、ウッディと並んで立ったフラウと、カメラをかまえたハヤトの眉が、違う理由でピクッと上がる。
「ふぇ?わ、私も、ですか?」
「遠慮することは、ないよ」
 ウッディの右に並び、緊張しているアムリィを、ウッディの左に並んだフラウが睨む。
「アムリィもフラウも、表情かたいよ。笑って」
 そう言いながら、ハヤトはファインダー越しに、二人の少女にはさまれたウッディの姿に妬いていた。まったく、なんで俺がこんな写真をとらなきゃいけないんだよ・・・
 出撃直前、アムリィはノーマルスーツのポケットから、ハヤトからもらった写真のコピーをとりだした。大人の微笑を浮かべるウッディの左右に、ニコリと笑うフラウと、笑顔がぎこちなくひきつっている自分の姿がある。
こんなとき、自然な笑顔をつくれるフラウ(その笑顔は、かぎりなく演技に近いのだが)がうらやましいと思う。
「いつか君にもステキな恋人が・・・って言ってたけど・・・ってことは、大尉には、もうステキな恋人がいるのかなぁ?」
 少し残念に思ってから、軽く首を横に振って「私ったら・・・リュウが死んだばかりだっていうのに、我ながら軽い女の子だなぁ」とつぶやいた。
「アムリィ、ぼーっとしてないで!」
 通信機から、セイラに代わり通信士になったフラウの声が聞こえてきた。アムリィは慌てて我に返る。
「は、はいはいはいはい!アムリィ、いきます!」
「まだよ。あんたは、セイラさんのコアブースターが出撃してから!敵は新型MS3機!わかった!?」
「う、うん、わかった」
 うなずいたアムリィは、写真を再びポケットにおさめた。その写真がウッディに遺影になってしまうなどとは、いかにニュータイプとしての兆候をあらわしはじめたアムリィにも、予想もつかないことであった。

「オデッサ作戦の戦死者に追悼の意を表し、敬礼!」
 ブライトの号令のもと、WBのクルー達が見つめる、夕闇の眼下に広がる大地には、無惨につぶれたミデアとドムの残骸が転がっていた。
「ウッディ大尉・・・」
 アムリィは、小さく呟いてから、隣で、ハヤトに肩を抱かれながら声を上げてなくフラウを横目で見つめた。
フラウのように、泣き叫ぶことが出来たなら、どんなに楽になれることだろう。リュウが死んだときは、私も、あんな感じで泣いたのに・・・
所詮は、単なる憧れだったのだ・・・アムリィはそう思い、どこか哀しみに熱くなれない、冷めた自分を見つめていた。
もしもウッディの「ステキな恋人」に会うようなことがあったら、自分は、ウッディの最後を、どう伝えたらいいのだろうと、ふと思った。
WBは、地球連邦本部のあるジャブローに、その進路を向けた。
「身体検査が、こんなに手間のかかるものだったなんて」
 セイラが物静かに、しかし不満をかくさずにつぶやいた。
「そうね・・」
 服を着ながら、ミライは、まだアムリィが出てこない部屋のドアを見つめた。
「アムリィは、特別、時間がかかっているようね」
 そう呟いたとき、ドアが開いた。出てきたのはアムリィではなく、フラウだった。
「様子は、どう?」
「私は身体強健、精神に異常なしだって」
 フラウが応える。まだ中にいるアムリィの様子を聞いたつもりだったミライは、小さく「そう・・よかったわね」と返事をするしかなかった。
 ジャブローに着いたWBクルーは、皆、身体検査と健康診断を受けていた。
今は亡きウッディの報告書にニュータイプの可能性ありとあったアムリィの検診が長引くのは、当然のことであった。

「あなたのような少女が、ガンダムのパイロットだとは・・」
 ドクターの横に立ち、診断結果をファイルしていた女性士官・・・マチルダ中尉は、あらためて、驚きを隠さずにつぶやいた。
 診断を終えブラをつけていたアムリィは「はぁ・・・」と曖昧に応えるしかなかった。
 背に手を回してブラをつけるという女性としてあたりまえの仕草でさえやたらと遅い、この不器用というか・・・はっきり言ってトロそうな小娘が、ガンダムのパイロット?
「ウッディから聞いてはいたけれど、驚きね」
 その言葉に、アムリィは、ピクッと顔をあげた。ウッディ大尉の方が上官のはずなのに、呼び捨てにするってことは・・・この人、ウッディさんの恋人さんなのかなぁ?
 ドクターが部屋を出て行く。マチルダと二人きり、気まずい沈黙に耐えられず、アムリィは服を着ながら口を開いた。
「あの・・・この後、私たちは、何をすればいいんですか?」
「身体検査と健康診断は、もう終わりよ」
「そうじゃなくて・・・ガンダムの整備とか」
 マチルダはクスリと笑った。
「ジャブローにいる時くらい、私たちバックアップ部隊に任せて欲しいわね。今はウッディの代わりに、私がバックアップの責任者だから、困ったことがあったら私に言いなさい」
「は、はい・・・あの、マチルダ中尉は、ウッディ大尉とは・・・」
「フィアンセだったわ」
 まるで何事もなかったかのように、マチルダは言う。やっぱり、と思う反面、聞かなければよかったかもと、アムリィは思った。そして、マチルダのことを強い女性だとも思う。それでも、なぜか頭を下げずにはいられなかった。
「あの・・すみません」
「・・・なぜ、あやまるの?」
「変なことを聞いてしまって・・・それに、大尉が死んでしまったのは、私のせいだから・・・私がもっとガンダムを巧く使えたら、ウッディ大尉は私をかばって死ぬなんてこと、なかったはずだから・・・」
 マチルダが冷静な女性士官の仮面をつけていられたのは、その時までだった。
「うぬぼれないで!」
 鋭い声の一閃に、アムリィはハッとして顔をあげた。
「ウッディが死んだのが、あなたのせいですって?他の女のせいで、他の女をかばってフィアンセが死んだなんてことを聞かされる私の気持ちを、あなたは考えたことがあるの?」
 何も言い返せない。一瞬の沈黙のあと、マチルダは既に、女の顔から士官の顔に戻っていた。
「ウッディは軍人として全力をつくした。それは、あなたも同じ」
「で、でも・・・」
「死にたくなければ、その時の戦いに全力をつくしなさい。あなたはパイロットなのだから」
「・・・」
「ウッディが手をかけたものだから、私は、WBを愛している。だから、そのバックアップに全てを捧げるつもり・・・それが、お互いの任務よ」
「は・・はい」
 やっぱり、強い女性だ・・・いつか、こんな女性になれたらと、アムリィは思った。
 一機のズゴックがジムを貫く。その機体の色は・・・赤。
「ザクじゃない。でも・・・あれ、シャア?」
 ガンダムのコクピットにいるアムリィがそう呟く一瞬にも、シャアは距離を詰める。
「クッ!!!」
 盾を目くらましに、その内側からズゴックをライフルで撃ち抜く。しかし壊れたのは盾だけだ。
「さらにやるようになったな、ガンダム!」
 ビームを避けたズゴックのコクピットで吠えるシャアは、また最前線でガンダムと一戦を交える楽しみに笑っていた。
 バッと接近するズゴックの爪が、今度はガンダムを貫こうと迫る。
「久しぶりにあったのに・・その程度か、ガンダム!」
「や・・・やられる」
 その刹那、二体の間にホバークラフトが割り込む。そのコクピットにいるマチルダの姿を、アムリィは、まるでスローモーションを見つめるかのようにとらえた。
「ウッディが愛したWBを・・あの子のガンダムを、やらせはしない!」
「マチルダ中尉!ムチャですぅ!」
「このホバー、冗談ではない!」
 ズゴックの爪がホバーを貫いた。その隙にガンダムのサーベルの先端がズゴックのモノアイを破壊する。
「マチルダ中尉!」
「く・・・メインカメラがやられたか」
 退却するズゴックをガンダムが追う。しかし、ズゴックのビームが破壊した岩盤が目の魔に落ち、ガンダムの追跡を防ぐ。
「私、また・・・また、誰も助けられなかった・・・」
 ガンダムは、アムリィはただ、呆然と立ちつくすしかなかった。

「マチルダ中尉が、戦死したのか・・・」
 ブライトの問に、アムリィはうなずいた。
「はい。それに、シャアがいました」
 その一言に、ブリッジの皆が息を飲む」
「確認したのか?」
「赤いMSを・・でも、色だけじゃありません。あの動きは、まちがいない」
「苦しく、なるわね・・・」
 アムロの報告にミライがつぶやき、セイラは、ただ黙っているだけだった。皆にとっては、マチルダ中尉の戦死より、シャアの復活の方が重くのしかかっている。
既に誰もが、マチルダ中尉の死を気にしていない。
ただ「いい女が死んでいくのって、つらいよな」とカイが小声で軽口を叩いているのに、ハヤトが曖昧にうなずいているだけだった。
 アムリィはただ一人、マチルダ中尉のことを思っていた。
 恋人が愛したWBを同じように愛し、恋人がかばったガンダムをかばって、同じように死んでいく。
あの人は、それで、幸せだったのだろうか?自分は一人の女として、そんなふうに生きていこうと思える相手に、めぐり会えるだろうか?
 名前も知らない、やたらと居丈高な連邦士官が、ブライトやミライ、セイラ達の名を呼んでいく。もとから軍人であったブライトはともかくとして、ミライやセイラ達の名前の後に「少尉」だの「軍曹」だのという堅苦しい階級は似合わなかった。
「アムリィ・レイ曹長」
「はぁい」
「なんだ、その間の抜けた返事は!」
 士官の声が響き、アムリィはビクッと肩をすくめた。
「貴様は連邦軍人なのだ!気構えを持て!」
 私、いつから軍人なんかになったんだろう?
「もう一度呼ぶから、しっかり返事をするように。アムリィ・レイ曹長」
 私、ケーキ屋さんになりたいんだけど。あ、花屋でもいいなあ。でも本当に好きなのは、いろんな機械をいじくってみる事なんだよね。私にとっては、ハロもガンダムも、同じ、オモチャのようなものなのかも。
 そうだ。ハロをたくさん作って、オモチャ屋さんになるってのは、どうかなぁ?もうちょっと小さなピンクのハロなんか、かわいくて、売れると思うんだけど・・・
「アムリィ、早く返事しろよ。」
 カイが小声で囁いたので、アムリィはハッと我に返った。
「え?あ!はいはいはい、はぁい!」
「返事は一回でいいんだ!」
 顔を真っ赤にして怒鳴る士官から受け取った任命証書は、これまで戦い抜いてきた日々の重さにくらべて、あまりにも薄っぺらく軽かった。
 全員に証書を渡した士官が、わざとらしく咳払いをする。
「なお、名誉の戦死をとげたリュウ・ホセイは二階級特進、中尉に任命された」
 そう言われた瞬間、アムリィはハッと顔を上げた。自分が独房に入れられた時、優しく声をかけてくれたリュウの面影が瞼の裏によみがえる。
 二階級特進・・・それって、なに?何か、意味があるの?
「他の戦死者にも二階級特進が与えられている。以上」
「あの・・・それだけですかぁ?」
 その場にいる全員が、思わず口を開いてしまったアムリィの方を見た。士官が、ピクリと眉を上げる。
「そんなことされても、死んだ人が生き返ってくるわけじゃ、ないですよね?」
 決して反抗的な口調だったわけではない。思ったことが、不意に口からこぼれただけだ。
 しかし連邦士官は、そうは受け取らなかった。
「エースパイロットだからって、いい気になるな!」
 エースパイロット?私が?
 キョトンとしたアムロの前で、士官が唾をとばしながら怒鳴る。
「貴様には修正が必要だ!目をつぶり、歯を食いしばれ!」
「え?いや、あの、そういうつもりじゃ・・・」
 言いよどむアムロをかばうように、ハヤトが、一歩前に出た。
「貴様、何のつもりだ!」
 ハヤトは黙ったままだ。その袖を「ちょっと、やめなさいってば」と、フラウがひっぱったが、ハヤトは動かない。
「かぁっこいいねぇ。だいたい、士官殿が女を殴ろうなんて、大人げ無いんじゃねえの?」
 ひやかしたカイを、士官が睨む。カイは慌てて横を向き、冷や汗をかきながら惚けてみせた。
「そこをどけ、貴様!」
「どきません!どうしてもアムリィを修正するのであれば、僕が代わりに受けます!」
 そう言ったハヤトの頬に、士官の拳が容赦なく打ち込まれた。
「ハヤト!」
 倒れたハヤトにフラウがかけよる。
「軍を甘くみるな、ガキどもが!」
 呆然と成り行きにまかせるしかなかったアムリィの頬に、士官の平手打ちがパァンと響いた。
「だいたい、ハヤトはアムリィをかばいすぎるのよ。いい薬だわ」
 まだ血が滲むハヤトの唇の端を、フラウが、脱脂綿で拭い消毒する。
「・・・もういいよ。それより、アムリィの方を診てやんなよ」
「あら、ちょっと頬が赤くなっただけじゃない。あんなの、ケガのうちに入らないわよ」
 フラウはチラッと、赤くなった頬を押さえながら、ポケーッと窓の外を見ているアムリィを見た。
「いい気なもんよね。せっかくの任命式が、誰のおかげで、こんな大騒ぎになったと思ってるのかしら」
 聞こえよがしに言ったフラウのイヤミも、アムリィの耳には届いていなかった。
 自分をかばいながら死んでいったリュウのことをボンヤリと思い出していたアムリィは、窓の外、眼下の岩陰に、コソコソと走る数人の人影を見た。その中の一人が着ていたのは、赤い士官服のようだった。
「あれぇ?連邦軍の制服に、あんな赤いの、あったかなぁ?」
 一瞬、赤い彗星のシャアを連想した。
「まさかね・・・女性用のピンクを見間違えたかな」
 そう思った瞬間、ドアがバタンと開き、顔色を変えたミライが飛び込んできた。
「カツ、レツ、キッカが保育施設を抜け出したらしいわ。あなた達も探してくれる?」
「カツ、レツ、キッカー!どこにいるのぉ?」
 アムリィは岩陰を探しながら、大声でさけんだ。その時、遠くで赤く爆発する火花が見えた。
「何、あれ?」
 アムリィがキョトンと見つめる近くで「失敗だったか」と呟く小声が聞こえた。
「・・・誰?」
 身をひそめ、岩陰に身を隠しながら、声がする方を向いた。
 赤い士官服を身につけ、仮面に瞳を隠した男が立っていた。その士官服は・・ジオンのものだった。
「・・・あれ、赤い彗星の、シャア!?」
 直感的に、そう思っていた。
 彼は、自分には気がついていない。今なら彼を追いつめられる。
 ガチガチと震える歯を、グッと噛みしめる。
 よし、いこぅ!
 岩陰から身を出し、銃をかまえようとした瞬間・・・
「そこの人、両手を上にあげなさい!」
 セイラの、凛とした声が響いた。アムリィは思わず、再び岩陰に身をひそめてしまった。
「・・・アルテイシア」
 シャアがつぶやくのが聞こえた。
 アルテイシア?誰のこと?アムリィは首をかしげた。
「私の本名を知っている・・・?その仮面をとりなさい!」
 セイラの声に、シャアは黙って仮面を取った。その素顔が、岩陰に潜むアムリィからも見えた。
 金髪が揺れていた。その青い瞳に吸い込まれそうで、アムリィはドキッとした。
 心拍数が上がる。さっきまでとは種類が違う緊張が、体を硬直させる。
 かぁっこいい・・・ダメダメダメダメ!私ったら、何を考えてるの!あれは敵!しかも、たぶん、あの赤い彗星のシャア!
「・・・キャスバル兄さん」
 セイラが、そう言いながら銃を降ろす。
 ぇぇぇええええ?兄さん!?
 アムリィは、思わず声が出そうになった口を、慌てて押さえた。次から次へと驚きの波が押しよせる。
「まさか本当に、ジオン軍に入っているなんて・・あの優しいキャスバル兄さんが・・・」
「軍から身をひいてくれないか、アルテイシア」
 声もいいなぁ・・なんて、聞き惚れてる場合じゃないってば!
 アムリィはグッと銃を構えると、バッと岩陰から出た。
「動かないで、赤い彗星!」
 震える手で、銃口をシャアに向ける。
 シャアとセイラが同時に振り向く。シャアはもう、妹思いのキャスバルから、自信家の赤い彗星に戻り、余裕の笑みさえ浮かべた。その魅惑的なアルカイックスマイルは、アムリィの脳をクラクラさせた。
「連邦には勇ましい女性が多いようだな」
「動いたら、ホントに撃っちゃうんだからぁ!」
「お嬢さん、一つだけ教えてあげよう。安全装置を外さなければ、銃は撃てない」
「え?」
 セーフティを確認しようとして、アムリィは銃口をシャアから逸らした。その一瞬の隙をシャアは逃さない。
 ちゃんと外れてるじゃん!と思った時にはもう、シャアの銃が正確に、アムリィの銃を弾きおとしていた。
 衝撃にしびれる手首を押さえて、アムリィが銃を拾い構え直した時には、シャアは、既に狙いがつけられないほど遠くに走りさっていた。
「アムリィ・・・いつから、そこにいたの?」
 呆然と立ちつくすセイラが、聞く。
「え?あ、いや、その、来たばっかり。ホントだよ!遠くから、シャアがセイラさんを襲おうとしているのが見えたから、慌てて来たの!」
 セイラはクスッと笑った。ウソがヘタな子・・・でも、今は、そのウソに甘えよう。
「そう・・・それは気がつかなかったわ。危ないところだったのね、私」
「そうだよ。気をつけなきゃ、ね?」
「ねえ、アムリィ」
「な、なに?」
「赤い彗星の素顔を見つめたときの、あなたの瞳・・・気のせいかしら?ハートマークが浮かんでいたようだけど」
「な・・何言ってんの、セイラさん!そんなこと、ないってば!」
 思わず大声をあげたアムリィの頬が赤いのは、さっき、士官から頬を打たれたからではなかった。
 岩場を超えて、バギーに乗ったカイとハヤトが駆けつける。後部座席にはチビちゃん三人組もいる。
「アムリィ!たーいへんなのよぅ!」
「ジオンが潜入したらしいぜ!」
「設置された爆弾は、全部、始末したけれど、MSが何体か確認されている!」
 子供達と、カイとハヤトが口々にさけぶ。アムリィとセイラは互いにうなずくと、バギーの後部座席に飛び乗った。

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作:プロト ◆xjbrDCzRNwさん


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