アムリィ・レイ Z編

 左の手のひらで小さな胸を包み、その中指と人差し指で、乳房に比例して小さな乳輪から硬く突き出た感じやすい先端をくすぐると、声にならない吐息が震えた。
 右手の細い指はヘソをなでたあと薄い茂みの中に潜り、腿と腿の間、最も敏感な、色の薄いそこへと滑り下りていく。
「ん・・・く・」
 細く、声がもれる。
 どこを、どのように触れたら自分が堕ちていけるのか、自分自身が、一番よく知っている。
 桃白色にぼやける意識の奥で、アムリィはボンヤリと思う・・・きっと、この部屋にも監視用の隠しカメラがあるだろう。
 1年戦争の英雄・・・唯一、連邦軍から正式にニュータイプと認められた赤毛の女、あのアムリィ・レイの一人エッチを隠し撮りした映像が、監視役を任命された低俗な連邦の一兵士の手でブラックマーケットに流出したが、誰も実物を見たことがない・・・
そんな噂が有線ネットワーク上を駆けめぐっていることも、アムリィは承知している。
 かまうもんか。どうせ私には、守るべきものなど何もない。
 広いベッドの上で一糸まとわぬ姿で、自分の指が自分を濡らしていく感覚に酔いしれながら、アムリィは唇を噛んだ。
「んぁ・・くうぅぅ・・・」
 潜る右手を、太股でギュッと挟む。いくときには声をあげ身を広げるのでなく、声を殺し身を縮めるのが、アムリィのクセだ。
「ふ・・・くぁ・・・・・ぃ・・・く・・・・・・・!」
 はるか高いところへ堕ちる、その瞬間、いつも脳裏をかけめぐるのは、あの男の面影。
 ウェーブのかかった金髪。蒼白い満月のような冷たい瞳。人を見下したアルカイックスマイル。
 シャア・アズナブル。
 忘れようと思っても忘れられない。
 胎児のようにうずくまった姿勢から虚脱した四肢をノロノロと伸ばし、しばらく、ベッドの上で放心する。
 絶頂の残滓を漂わせる熱く荒い息づかいが、やがて、冷静さを取り戻していく。
 ゆっくり上体を起こすと、手近にあったタオルと、脱いだまま床に投げておいた下着を拾って、バスルームに行く。
 熱いシャワーをあびながら、どこかで聞いた、前世紀の流行歌を口ずさむ。
「優しそうな表情は、女達の流行♪崩れそうな強がりは、男達の流行♪」
 シャイアンの山間の豊かな緑の中にある、本来なら高官の別荘用に立てられた広大な一軒家の官舎が、今のアムリィの住居だ。
 一年戦争後、アムリィに与えられた、とびっきり贅沢な牢獄。
 戦後、勝利のプロパガンダに利用され、さまざまな戦勝セレモニーや講演会で他人に脚色された偽りの想い出を語った後、アムリィは閑職にまわされ、半軟禁状態に押し込まれた。
 反連邦勢力に突出したニュータイプ能力を利用されることを恐れた、終戦直後の連邦軍上層部の判断であった。
 週四日、近くの訓練基地にヘリで向かい、新兵にMS操縦技術と整備方法の基本をレクチャーするのがアムリィの仕事だ。
 それ以外の日は、広大で退屈な屋敷の中で自堕落に過ごしていた。
「さみしかった♪さみしかった♪夢の続きをはじめましょう♪」
 細い声で歌いながら、短い赤毛を、丁寧にふく。
 ショーツとブラだけを身につける。青と白の、縦のストライプ。下着のデザインの好みは、何故か昔から変わらない。
 冷やしたワインを持ってリビングに行き、フカフカのソファーに座る。以前、ウイスキーに飽きて「何でもいいから高いワインがたくさん欲しい」と軍からあてがわれた執事夫妻に言ったら、翌日には飲んだこともない高級ワインが5ダース届いた。
逃げようとさえ思わなければ、全てが手に入る。自由以外の全てが。
それはそれで、心地いい。私は鳥かごの中の鳥のままで充分。もう戦場はイヤ・・・
 アムリィはコルクを抜くと、ビンから直接、ワインを一口グビッと飲んでからテーブルに置いた。
唇の端からこぼれた赤ワインの一筋を手の甲でグイッとふき取り、ソファに深くよりかかってボンヤリと天井をながめる。
派手で悪趣味なシャンデリアの光が、大きくなったり小さくなったりしているように見える。
アルコールに強いわけではない。一口飲めば、酔うには充分だ。
自分がアル中のギリギリ手前で踏みとどまっている状態であることは、いちおう、理解しているつもりだ。
 ボンヤリとした頭の中に、ノックの音が響く。
 ドアの向こうから執事の声がする。
「アムリィ様、よろしいでしょうか?」
 連邦軍から派遣された監視役のくせに、よろしいも何も、ないじゃない・・・
 そんなグチを言ってみても、しょうがない。
「なぁに?」
 アムリィはトロンと寝むそうな目で、ノンビリと返事した。
「お客様です」
 ・・・客?
 こんなところにお客様なんて、初めてじゃない?
「・・・だぁれ?」
「フラウ・コバヤシさまと仰る御婦人ですが」
 アムリィはガバッと立ち上がった。
「フラウが?」
 よく・・・よく来られたものだ。軍の監視は振り切れたのだろうか?
 いや、執事も、フラウが元WBのクルーだと気づいていない・・・どういうことだろう?
 アムリィ自身がシャイアンに押し込まれてから数年が経っている。
 軍の監視が、いい加減になってきたということなのだろうか?
「ま、考えても、しょうがないかぁ」
 アムリィは下着姿のまま、タタッと玄関に向かって走った。
「ひさしぶりね、アムリィ」
 玄関の扉をあけると、そう言って微笑むフラウだけでなく成長したカツ、レツ、キッカもいた。三人とも、戦後、結婚したハヤトとフラウの養子になっていたのだ。
「きゃあ!ひっさしぶりぃ!」
 下着姿のまま、アムリィはフラウに抱きついた。
 レツは下着姿のアムリィに頬を赤くして横を向いたが、カツは冷たい眼差しでアムリィを睨んでいた。そんな、自分を軽蔑するような視線に気がつかず、アムリィは笑顔で言った。
「お腹、大きいのね。ハヤトの赤ちゃん?」
「ええ」
 幸せそうに、フラウがうなずく。
「いいなぁ!とにかく、家の中に入ってよ」
 アムリィにせかされて家に入ると、フラウ達は執事に案内され、リビングのソファに座った。
「再会を祝して、乾杯しない?これ、さっき開けたばかりのワインだよ」
 上機嫌のアムリィが言うが、フラウは首を横に振る。
「お酒は飲まないようにしてるの」
「あ、そうかぁ。お腹に赤ちゃんがいるんだもんね。ごめんね、気がつかなくて。じゃあカツ達は?」
「未成年に飲酒を勧めないでよ」
 フラウが苦笑し、アムリィが「あ、そうかぁ」と、くさい芝居をしているみたいに大声を上げてカラカラと笑う。
「じゃ、飲むのは私だけだね」
 アムリィはいつものように、ビンに口をつけてグイッと一口飲み、唇の端から頬にこぼれたワインを手でふきとった。
 そのスレた仕草を見てキッカは目を丸くし、カツは、ますます軽蔑した目でアムリィを見下していた。レツだけが、あいかわらず下着姿のアムリィをまともに見られなかった。
「ねえアムリィ、せめて服くらい着ない?」
 フラウが言う。
「ああ、そうね。ついつい、いつもの習慣でさ」
 またカラカラと笑い、アムリィは「待っててね」と言って部屋を出た。一瞬、部屋の中に音が無くなってから、カツが呟いた。
「あんなアバズレみたいな女・・・僕たちの英雄だったアムリィさんじゃない」
「今日は、皆、泊まっていくんだよね?」
 無駄に豪勢な夕食にナイフとフォークを運びながら、アムリィが訊いた。
「そうね・・・それで、アムリィお願いがあるんだけど」
 フラウが食事の手を止めて、言いにくそうに答える。
「なぁに?私にできることなら、何でもするよ」
「実は・・・日本行きのチケットが欲しいの」
「・・・いろいろ、事情があるんだね。分かった、4枚ね!」
「迷惑かけるわね。私、昔はあなたの事を嫌っていたのに・・・」
 フラウが呟く。
「迷惑なんて、とんでもない!昔のことなんて気にしないでよぉ。私、嬉しいよ、皆が来てくれて」
「アムリィさんは、何もしないんですか」
 唐突に、カツが言った。
「・・・え?」
「宇宙ではブライトさんがエゥーゴに合流したって話です。養父はカラバに参加した。アムリィさんだけが、軍の鳥かごの中で安穏として・・・」
「カツ、やめなさい!」
 フラウが鋭い声で言うが、カツは反抗的だった。
「どうしてやめなきゃいけないのさ。僕は思っていることを口にしただけだよ!」
 カツの大声に動じず、アムリィは微笑を浮かべたまま、テーブルの上にあるメモ用紙に走り書きしてフラウに渡した。
 フラウがメモを見てハッと息を飲み、カツに渡す。
『盗聴の可能性あり。執事夫婦も軍の監視員』
 カツは、さっき自分たちをリビングに案内した好々爺然とした執事の顔を思い浮かべた。
「食事が済んだら、庭を散歩しない?けっこう広いから散歩するだけでも30分くらいかかるよ」
 笑顔で言ってから、アムリィは声のトーンを落とした。
「外でなら、いろいろ、話ができるし」
「もう、話すことなんかありません!」
 カツはそれっきり、一言も口をきかなかった。
「男の子って、皆、戦うのが好きだよね」
 夜の林を歩きながら、アムリィが呟いた。
「ホントね・・・ハヤトも、カラバなんかに参加してしまって」
 膨らみかけた腹を撫でながら、フラウがアムリィの後についていく。
「ねえ、アムリィ・・・こんなこと、頼めた義理ではないのだけど」
「なぁに?」
「カツを・・・止めてくれる?」
「え?」
「あの子、ハヤトの元に行きたがってるの。それこそ、このまま一家で空港に行ったら、ハイジャックしてでも、ハヤトのところに行きかねない」
「まっさかあ!」
 アムリィは笑ったが、フラウは真剣だった。
「あの子なら、やりかねないわ。その時は、あの子を止めてほしいの・・・ううん、止められないときは、せめて無事に、ハヤトのところに送り届けて欲しい」
「ねえフラウ、ウソはやめよう?」
 フラウは脚を止めて、うつむいた。まともに、アムリィの顔を見ることができない。
 アムリィは微笑みを浮かべて言った。
「フラウは私に、カツを守って欲しいんじゃない。ハヤトを守って欲しいんだよね」
「アムリィ・・・しばらく会わないうちに、意地悪な女になったのね。昔は違ったわ。昔のあなたは・・・」
「素直に、何も言わずフラウに騙され、利用されていた?」
 フラウは黙った。返す言葉がなかった。
「7年も軟禁されれば、疑り深くもなるし、一言多くもなる。恨み言の一つだって、一人前の女のように、言えるようになるよ」
 その声に、暗さはなかった。ただ少し、微笑む瞳の中に哀しさが混じっただけだ。
 フラウは何も答えない。アムリィのガマンも限界だった。笑みが崩れて、泣き顔に変わる。
「ねえフラウ、私、1年戦争で充分に戦ってきたと思わない?これ以上、私に手前勝手な都合を押しつけて、戦えだなんて言える人、いないと思わない?」
 一度口を開くと、滲む涙と一緒に、とめどなく言葉があふれた。
「私・・・もう、怖いの、イヤなんだよ・・・」
「ごめんね・・・アムリィ・・・でも、あの人を守ってくれる人は、きっと、あなたしかいない・・・」
 フラウにそう言われて、アムリィは返す言葉を思いつくことができなかった。

 3日後。
 日本行きの切符を手にしたフラウ、キッカ、レツはシャイアンを後にした。
 一人、アムリィの元に残ったカツは・・・
「カツ・・・後悔はしないのね」
 輸送機のコクピットで、アムリィが訊く。コ・パイに変装したカツは返事をしない。ただ「今さら、分かりきったことを訊くな」と言わんばかりに、冷たい視線を戻しただけだった。
 アムリィは、勤務地であるシャイアン・ベースから訓練のためと偽って手配させた輸送機を離陸させた。もう、シャイアンに戻ることはない。
 情報管理がいい加減になっているシャイアン・ベースで手に入れた情報によれば、ジャブローを発ったアウドムラがケネディ空港に向かっている途中に、合流できるはずだ。
 それに、ハヤトも乗っているに違いない。

作:プロト ◆xjbrDCzRNwさん


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