女カミーユ

その7「ロザミィ」

 ダガールの議会を一時占拠し、エゥーゴの主張を全世界に訴える演説を行ったシャアは、カミーユと共に、宇宙のアーガマに戻った。
 その間、カミーユは、冷静で優秀なニュータイプ・パイロットを演じてみせた。しかし表面に見せない精神的負荷は、少しずつ、しかし確実に、彼女の精神を破綻へと導いている。
 その事に気がつくほど余裕のある人間は一人もいなかった。皆、ハマーン・カーン率いるアクシズの動きに気を取られていたからだ。
 アーガマは、中立の観光コロニー13バンチに入港した。

「私達、こんなところでノンビリしていていいのかな?」
 アルプスの山々を真似た湖畔を歩きながら、カミーユはつぶやいた。
「パイロットは休むのも仕事だって、ハサン先生だって言ってたろ?」
 ファン・ユイリィが屈託のない笑顔で応えたので、カミーユは曖昧に笑った。
 その時である。一人の女が、いきなり後ろからファンに抱きついた。
「お兄ちゃん!やっぱりお兄ちゃんだ!」
「え?君、誰?」
 ファンは狼狽した。もともと女性の扱いに慣れている少年ではない。しかも自分を兄と呼ぶその女は初対面であり、どう見ても自分より年上だろうと思えた。
「あなた、誰?」
 カミーユが険しい声で訊く。
「私、ロザミィよ。ファン兄ちゃんの妹」
「ファンは、あなたのことなんか知らないわ!」
 カミーユはヒステリックな大声を出した。
 ただ不審な人間が近づいてきたからだけではない。
 フォウの死によって何かが欠落したカミーユの父親代わりは、シャアにもブライトにもヘンケンにもできない。
 そのような状況の中で、ファンはカミーユにとって唯一の精神安定剤のようなものなのだ。
 そのカミーユに近づく、見知らぬ女・・・カミーユの兵士としての警戒心より、女としての警戒心が鋭敏に働いたのだ。

「僕には妹なんていないよ」
 そう言いつつも、ファンは、そのロザミィという女に腕を組まれてドギマギしながらも悪い気はしていない顔だった。
「ファン兄ちゃんは、また、そういうイタズラを言うのね。じゃ、証拠を見せてあげる」
 ロザミィが見せた一葉の写真に、二人は息を飲んだ。幼い日のファンとロザミィが笑顔で写っている。もちろんCGの合成なのだろう。しかしロザミィは、その写真を信じ込んでいるようだった。
「ファン、行こう」
 カミーユはファンの腕を取った。
「待ってよ、ファン兄ちゃん」
 ロザミィの、そのあどけない仕草に、カミーユは一瞬、目眩に似た感覚に襲われた。
 見た目よりも幼く振る舞うロザミィの姿が、キリマンジャロで再会した無垢なフォウの姿に重なったのだ。
 カミーユはファンの耳元で囁いた。
「地球で、記憶を操作された強化人間を見たことがあるわ。この娘、そういうのに似た感じがする」
「強化人間?」
「ファン、あなたはZの開発者なのよ。ティターンズが、こんな手を使って接触してくる可能性だってあるわ」
 そのカミーユの推測は正しかった。ティターンズのスパイとしてロザミィが受けていた指令は、Zガンダムに関するあらゆる情報の収集であったからだ。
 しかしカミーユは、それを冷静に判断していたわけではない。
 女なのにフォウを思い出させるロザミィの存在を本能的に嫌悪したのと、現在の精神のよりどころであるファンを、誰にも取られたくなかっただけだ。
「走ろう!」
 そう言うと、カミーユはファンの手を取って走り出した。
「あ、待って、ファン兄ちゃん!」
 カミーユはファンの声を無視して、振り返ったファンの腕を強引に引っ張った。

 港を出たアーガマの中で、密航者が見つかった。自称ファンの妹、ロザミィである。
「だって、ファン兄ちゃんの側にいたかったんだもん」
 医師ハサンの診察を受けていたロザミィは、ファンとカミーユの方へ向き直って、悪意もなくケロッと言った。
 ファンは慌てて目をそらした。診察中のロザミィは上半身裸だったのである。
「密航者なんて、宇宙に放り出してしまえばいいんだわ!」
「カミーユ、そりゃ可哀想だよ」
 密航者にも人権はあるから、現実問題として、カミーユの主張はブライト艦長にも却下されるだろう。
 しかし、カミーユにとっては、そういう問題ではない。ファンがロザミィをかばうのが気に入らない。
「ファン、鼻の下を伸ばしながら言っても、説得力が無いのよ!」
 剣幕で捲し立てるカミーユの方に振り向くと、ロザミィはニコッと笑った。
「あなた、ファン兄ちゃんの恋人?」
「え?」
「やっぱり!ファン兄ちゃんには、こんなステキな恋人がいたらいいなあって、私、前から思ってたの!」
 服を着ながら言うロザミィのセリフに、ハサンは
「これは一本取られたな、カミーユ」と言って笑った。
 カミーユはただ、胡散臭そうにロザミィを見つめることしかできなかった。
 アーガマは既に作戦行動に移っていた。グラナダ攻撃のために移動しはじめたコロニーレーザー・グリプスの動きをとめなくてはいけないのだ。
 だから、ロザミィ一人を降ろすために近くのコロニーに寄港している暇はなかった。

「たかが陽動のために、コロニーに毒ガス攻撃を使うなんて!」
 ファンのメタスが撃ったビームが巨大なボンベを破壊した。しかし既にG3ガスはコロニーに充満した後だった。
「こっちだって、好きでやってんじゃないんだよ!」
 嫌な作戦にストレスのたまっていたヤザンのハンムラビが、それを解消するようにメタスを襲う。しかし、そのメタスをかばうように一機のネモがヤザンの前に立ちはだかった。
「死にに来たか・・・何!」
 ヤザンは、ネモの動きに驚愕した。メタスを押しのけビームを回避すると、ハンムラビに正確な射撃を打ち込む。右脚被弾。ヤザンでなければコクピットを直撃されていただろう。
 反撃したヤザンのビームがコロニーに穴をあける。その穴から筒内に待避するメタスとネモを見失ったヤザンは、迷うことなく撤退を決意した。
 コロニー内に浮かびながら、ファンはメタスの損傷をチェックした。その横にロザミィのネモが寄り添う。
「ファン兄ちゃん、大丈夫?」
「ロザミィ、君・・・MSの操縦が出来るの?」
 カミーユが言った通り、ロザミィは強化人間なのだろうか?そう考えつつも、ファンは、自分が少しずつロザミィに魅かれていっているのを自覚した。
 その時、ネモの前を、いくつかの子供の死体が浮かび、横切った。
「ファン兄ちゃん、これ・・・何?」
「毒ガスにやられると、こうなるんだ・・・酷いよな」
 メタスのコクピットで、ファンは目を背けた。
 しかし、その無惨で理不尽な光景に、ロザミィの目は釘付けになった。
「これ・・・これが、戦争?」
 その時、2体の間にZの機体が割り込んだ。
「撤退するわよ、ファン!このネモ・・ロザミィが乗ってるの?」
 ロザミィの中の催眠が目覚める。
 目の前の子供の死体。その直後にあらわれたZ。光る複眼。
 これは?子供達を死なせたのは、こいつ?Z?敵?Zは敵。敵はZ。

 ネモの腕が動く。ライフルがZに狙いをつけた。
「ロザミィ!何をするんだ」
 ファンが叫んだ。ネモの腕から伸びた閃光を、Zがかわす。メタスがZをかばうように移動し、ネモと、ロザミィと対峙した。
「ロザミィ!どうしたんだ!」
「Zは敵。だからZをかばう貴様も敵だな?」
「ロザミィ!僕だよ!ファン兄ちゃんだよ!」
「あれは・・まるで、キリマンジャロでのフォウの様子と同じだわ!ファン!あれは強化人間よ!間違いない!」
 カミーユが怒鳴る。しかしファンはロザミィに向かって叫び続けていた。
「ロザミィ!僕が分からないのか?うゎ!」
 衝撃が走る。Zがメタスを押しとばさなかったら、ファンはロザミィの2射で焼かれていたかもしれない。
「Zとメタス・・・まずい!ネモでは、相手にもならない!」
 戦闘因子に支配されたロザミィはコロニーの穴を見つけると、躊躇無く脱出した。
「待ってくれ、ロザミィ!」
「追ってはダメよ、ファン!今、ロザミィを追いかけたら、フォウと私がたどった運命と、同じ結果しか待っていないのよ!」
 メタスの腕をZが掴む。カミーユが直感に頼ってファンに言ったことは、間違ってはいない。しかしカミーユがファンを止めた本当の理由は、別のところにある。
 ファン、あなたまでいなくなったら、私は誰の胸に頬をうずめたらいいの・・・だから、いつまでも私の側にいて!
 しかしカミーユとファンは、互いに、そのようなことを素直に言えるような関係ではなかった。

「結局、カミーユの言うことが正しかったってことだね・・・」
 アーガマに戻り、メタスから降りたファンは、カミーユに向かって力無く言った。
 その瞳は目の前のカミーユではなく、ロザミィの残像を追っていた。
「パパ、もう、誰も私を見てくれないのね・・・」
 カミーユのつぶやきは、誰の耳にも届かなかった。
 欠損を埋めてくれるはずのファンの優しさを、ロザミィに奪われたと思ってしまったカミーユの精神的負荷だけが、ただ、音もなく増えていった。
その8「ハマーン・カーン」

 カミーユのZが単身、停戦信号を打上ながら、アクシズ艦隊の旗艦グワダンに着艦した。
「コロニーレーザー攻撃と引き替えにザビ家再興の援助をする」というエゥーゴの出資者メラニー・カーバインの親書を、ハマーン・カーンに届けるためである。
 カミーユがグワダンの謁見室に通されるのは、2度目であった。
 アクシズ艦隊とのファーストコンタクトは、シャアとハマーンの確執が原因で、上手くいったとは言い難かった。
 だからこそエゥーゴは、その時にハマーンが興味を示したニュータイプ、カミーユを単身、密使として派遣したのだ。
 しかしハマーンは、交渉とは関係ないことを言った。
「食事をしていくか、カミーユ・グローディア?」
「は・・・しかし私はノーマルスーツしか持っていませんので」
「私の服のサイズが君に会えばよいのだがな、カミーユ・グローディア。彼女はニュータイプだ、丁重にお持てなしをするように」
 周囲の士官に命令するハマーンを見ながら、カミーユは、妙なことになったと思った。
 自慢ではないが、フォーマルなパーティドレスを着たことなど、一度もない。
 それなのに、今、敵とも味方とも知れない艦の中で、シルクのフォーマルに身に纏い、遠慮気味に開いた胸元にネックレスまでして、ささやかな晩餐の席にいる。
 ザビ家の末裔、まだ幼子のミネバ・ザビの代わりに同席しているのは、漆黒のドレスに身を包んだ若き女摂政ハマーン・カーン。
 この空間を
「妙」と言わずして、何を妙と言うのだろうか。
「メラニーという男は、剛胆だな。敵か味方か知れない我々に、グリプスを撃ってくれと依頼してくるとは。カミーユは、メラニーに会ったことはあるのか?」
「い、いえ。それに、大人の男の考えることは、よくわかりませんから」
「それでは、いかにニュータイプと言えども、世を渡っていけないな」
 カミーユは、自分とさほど年の離れていないハマーンという少女を、あらためて見つめた。
 若くしてアクシズの実権を握り、エゥーゴとティターンズの間を巧みに泳ぐ自信を見せつける少女に、カミーユは圧倒されていた。自分が、ただの子供に思えた。

「それで、グワダンは動いてくれるのでしょうか?」
 慣れないフルコース料理に手間取りながらも、カミーユは話の確信に触れた。腹芸じみた大人の会話など、カミーユに出来るはずもない。
「そうだな・・・シャア・アズナブルがアクシズに原隊復帰するのであれば、考えてもいいな」
 そう言いながら、ハマーンは微笑み、それを聞いたカミーユは眉をひそめる。
「おかしな話ではないだろう?シャアは元々、ジオンの、アクシズの兵士であり、少々長い間、地球圏を偵察していたに過ぎないのだ。
 そしてザビ家再興のための素地を地球圏に築くのが、彼の使命だったのだよ。
 ならば、彼が思想的リーダーとなったエゥーゴが彼の原隊復帰とともにアクシズの配下につくのも、不自然とはいいきれないだろう?」
 もしもブライトやウォンがこの言葉を聞いたならば
「本気か?なんと傲慢な女なのだ」と、唾の一つも吐いたかもしれない。
 しかしカミーユは、彼女の見え隠れする本心を想像し、感じ取った。それはカミーユがハマーンと同じ少女だから出来たことだ。
 ハマーンは、ただ、シャアに戻ってきて欲しいだけなのだ。彼女は、未だに淡い初恋の傷をひきずる一少女に過ぎない。
 カミーユは、その自分の想像に安堵した。ハマーンも、その本質は自分とあまり変わらないと思えた。
 しかし、そんなカミーユの表情の変化を読みとったハマーンは、自分を隠すように言葉を続けた。
「冗談さ。アーガマの艦長には、グリプスの件、引き受けたと伝えて欲しい。あれでグラナダを焼かれては、我々の後々の戦略にも支障を来すからな」
 カミーユは、それさえも、ハマーンの強がりに思えた。
 ハマーンはシャアに、自分の得た力を見せつけたいのだ。貴様などいなくても、私はやっていけるのだと、声を大にして叫びたいのだ。

 エゥーゴとの密約通り、ハマーンはグリプスを攻撃し、ティターンズには
「誤射を詫びる」の一言で済ませようとした。
 しかしジャミトフとの交渉は決裂に終わり、小惑星アクシズをティターンズの拠点ゼダンの門にぶつけて破壊した。
 グワダンを訪れ、唇をかみしめながら謝辞を述べなくてはならないシャアを、ハマーンは見下し、嘲笑した。
 そのシャアがグワダンに滞在している間に、ティターンズ総帥ジャミトフと、あのパプティマス・シロッコがハマーンとの会談のためにグワダンに来た。
 しかし混乱に乗じてシロッコはジャミトフを暗殺し、脱出を試みた。
 シロッコが乗るジ・オ、カミーユが乗るZとシャアが乗る百式、それを追跡するハマーンが乗るキュベレイが同一宙域で火線を開いた時
「それ」は起こった。
 キュベレイ、ジ・オ、Zから放たれた3本のビームが1点で交わりスパークした瞬間、ハマーンとシロッコ、シャア、それにカミーユの4人は、奇妙に煌めく同一空間上に浮かんでいた。
「これは・・・なんだ?」
 ハマーンが呟く。シャアとシロッコの幻の間で揺れる自分が見える。
 遠くにシャアとカミーユが見える。カミーユの姿が過去の自分と重なる。それは黄ばんだ記念写真のようだった。
 かつてシャアに恋いこがれ、寄り添う自分の姿が見えた。あの頃の、微笑むシャアの姿も見える。
「これは・・・私の思い出?」
 同じ頃、シャアは遠くに見えるハマーンに妹アルテイシアを、シロッコにアムロを、側にいるはずのカミーユにララァ・スンを重ねて見ていた。
「これは・・・あの時の再現なのか?」
 シャアの目の前で再現される、辛い思い出。ララァ・スンが宇宙から消えた瞬間が、今、また目の前で繰り返されていた。
 そしてカミーユは、シロッコに父を、ハマーンに母を重ねて見ていた。
「これは、何?パパ?ママ?どうして、そんなに遠くにいるの?」
 カミーユの目の前を通り過ぎる人々。それは生きている者も死んでいる者も、何の区別もなかった。
 ハマーンに重なる母、エマ、ロザミィ・・・
 シロッコに重なる父、シャア、ヘンケン、ブライト、アムロ、ファン・・・そして、フォウ。

「なんだ、これは?この闇が、ニュータイプの共感というものなのか?」
 シロッコがつぶやく。彼には誰も見えなかった。
 いや・・・遠くに見えるハマーンの影に、彼が唯一心の隙を見せる少女サラ・ザビアロフの姿が見えたが、それはすぐに消えた。
 かと思うと、今度はカミーユがいるはずの方向に、サラの姿が小さく見える。
 見えては消え、見えては消えるサラの姿を、追いかけているような感覚に襲われた。
 そんな、シロッコさえも飲み込みそうになった空間を四散させたのは、ハマーンの叫びだった。
「俗物どもが!易々と人の心に土足で上がり込むなどと!」
 その叫びが、四人を
「それ」から一気に現実空間に引き戻した。
「それ」は時間にしてコンマ一秒にも満たない一瞬だった。
 ハマーンのキュベレイが、狂ったように乱舞し、ジ・オとZに迫る。
「サラと同じような年頃の少女達のヒステリーに巻き込まれて、死ぬわけにはいかん」
 苦笑を浮かべると、シロッコは、合流したサラのパラスアテネと共にジ・オを急速離脱させた。
「我々も逃げるんだ、カミーユ!」
 シートの横に立ちながら、シャアが叫んだが、カミーユには聞こえていなかった。
「やめて、ハマーン!人は・・・人は分かり合えるって、初めて信じられる瞬間だったのに!」
 それはカミーユが、この長い戦いの中で、初めて見いだした希望だった。しかしハマーンには、それが分からない。
「カミーユ・グローディア!貴様は優れた資質を持つニュータイプかもしれないが、無礼を許すわけにはいかない!私はお前を殺す!」
 それはハマーンの羞恥心が言わせる言葉だった。
 キュベレイのファンネルがZに狙いをつけた。その瞬間、増援に来たファンのメタスがZをかばう。その右脚が被弾する。
「ファン、大丈夫!?・・・ハマーン!やっぱり、あなたは敵なのね!」
 カミーユの照準がキュベレイを捉える。その瞬間、カミーユの耳元で、何かが何かを囁いた。
 カミーユのビームはキュベレイの左腕装甲を吹き飛ばしただけだった。
「シャア・・・今、私を殺せなかったことを、いずれ後悔させてやる」
 ハマーンは唇をかみしめると、傷ついたキュベレイを撤退させた。

 カミーユは周囲を見回した。キュベレイを撃とうとした瞬間、フォウの声を聞いたような気がしたからだ。
「人は分かり合えるって・・・今の戦闘を見たら、そんなこと言えないでしょう・・・フォウ・・・」
 それは、ニュータイプとしての感受性が災いしオーバーロードしはじめたカミーユの精神が感じた、単なる幻聴に過ぎなかったのかもしれない。

 ジャミトフが暗殺され、事実上バスク・オム大佐が実権を握ったティターンズのドゴス・ギアに眠るのは、ジェリドのバウンド・ドッグと・・・ロザミィのサイコガンダムmkU。
 ジュピトリスの格納庫にはジ・オとパラス・アテネ。そして覇権を狙う時を待つシロッコと、それに寄り添うサラ。
 旗艦をグワダンからグワンバンに移したアクシズ艦隊には、ミネバ・ザビを擁立しザビ家復興を目論む、キュベレイのハマーン・カーン。
 メールシュトルーム作戦でコロニーレーザーグリプスを手中に収めたエゥーゴ艦隊を、これだけの勢力が取り囲んでいた。
 最終局面は、目前に迫っていた。
その9「生命散って」

 ヤザンのハンムラビがラーディッシュに迫る。そのブリッジではヘンケン艦長が怒声を上げていた。
「アーガマがグリプスに取りつけば勝機はあるんだ!ここで沈むわけにはいかん!撃ち落とせ!」
 ヤザンの銃口がラーディッシュのブリッジに照準を合わせた瞬間、mk2のビームがハンムラビを威嚇した。
「エマ中尉!なぜ戻ってきた!mk2はアーガマの援護に行けと言っただろう!」
「修正ならば、後で受けますから!」
 エマが言う。ヤザンのハンムラビが態勢を整えなおし、再度、ラーディッシュのブリッジを狙う。
「ヘンケン艦長、後でプロポーズの返事を聞かせてあげる!」
 エマは、その言葉を最後まで言うことはできなかった。
 ハンムラビのビームが、ラーディッシュとの間にわりこみ盾となったmk2の左腰を大きく抉る。
 コクピットのモニターパネルが数枚はじけ飛び、エマの体を激しく打った。
「エマ中尉!」
「これで終わったと思うな!」
 吠えたヤザンのハンムラビが損傷したmk2の横を通り過ぎようとしたとき、瀕死のエマが、最後の力を操縦桿に込めた。
 跳ね上がるmk2の右腕がビームサーベルを握り、ハンムラビを両断した。
 ヤザンが脱出ポッドを作動させたかどうかは、もう、エマには確認できなかった。
 しかし敵は一機だけではない。右舷から接近するジェリドのバウンド・ドッグの連弾がラーディッシュに打ち込まれ、小さな火球が連鎖した。
 ブリッジ右の爆発がヘンケンを襲い、キャプテンシートから体が飛んだ。
 ラーディッシュのブリッジが半壊するのを、Zでかけつけたばかりのカミーユは発見した。
「ヘンケン艦長!お前か?お前がラーディッシュを!」
「これが戦争ってもんだろう、カミーユ!貴様こそマウアーの仇だろうが!」
 しかし次の瞬間、Zを取り巻く光にジェリドは驚愕した。
「な・・・なんだ、あの光・・・バリアになっているのか?サーベルが異常な長さに伸びて・・・うぁあああ!」
 ヘンケンは、薄れゆく意識の中で、光につつまれたZのサーベルがバウンド・ドッグを両断したのを見た。

 Zから離れたカミーユがmk2のコクピットを覗くと、エマ・シーンは既に死んでいた。きれいな女性は、死に顔もきれいだと、カミーユは思った。
『甘えられる相手がいなくて、拗ねているんでしょう』
 そう言ってカミーユを諫めたエマの姿を思い出す。
 カミーユはエマのことが好きではなかったが、男に振り回されず自分の理想を信じるその生き方には、憧れていた。
 ママにも、エマ中尉のように生きて欲しかったのに、ママは仕事が生き甲斐だったくせに、男に媚を売ってばかりいて・・・
 そういう思いが、エマの生き方に、理想の母の姿を見いだしていたのかも知れない。
 カミーユは巨大な鉄屑と化したラーディッシュの中に入ると、半壊した戦闘ブリッジに辿り着いた。
 ヘンケンが浮かんでいた。まだ息があったが、しかし、それも時間の問題だった。
「ヘンケン艦長」
「カミーユか・・・」
 ヘンケンが呻いた。
「俺はもうダメだな・・・お前は、俺達の命を吸収して、生きるんだ」
「命を・・・吸収?」
「俺は見た・・・Zが大勢の人の意思を吸って、光り輝くのを・・・」
 武骨で、繊細な感性とは程遠いヘンケンが、そのようなことを言うのが、カミーユには意外だった。
「だから、カミーユ・グローディア、お前は生きて、人の意思を集めて、それを具現化して見せるんだ。
 Zには・・・そしてお前には、その力がある。そして・・・勝て。お前を苦しめてきた全てに、勝つんだ・・・
 そうすれば、この戦いは終わる。俺達も報われるってもんだ・・・」
 それがヘンケンの最後の願いだと分かったから、たとえヘンケンの言葉の意味が分からなくても
「分かりました」と応えるしかなかった。
 涙が、こぼれた。

「カミーユ・・・mk2は、どうした?」
 ブリッジの外に、損傷激しいmk2の背中が見えた。しかしヘンケンの目は既に視力を失っていた。
「健在です・・・エマ中尉も、元気に闘ってます」
「カミーユ・・・お前はやっぱり、まだガキだ。いい女ってのは、もっと上手に嘘をつくもんだ。
 大人の女になるには、まだまだ修行が必要だな・・・」
 ヘンケン・ベッケナーは唇の端を片方だけ上げて、微笑した。それが最後の言葉になり、彼はエマのところに逝った。
『俺には、父親代わりはできんぞ』
 ヘンケンは、かつてカミーユに、そう言った。それは、確かにその通りだった。
 しかしヘンケンの豪放かつ温厚な性格に、カミーユは
「理想の父親像」を重ねていた。
 パパは浮気したママから逃げて、あてつけに、自分も他に女なんか作ってみせる小さな男。だから私を振り向いてくれる余裕もなかったんだわ・・・
 実の父が持っていなかったものを、ヘンケンならば持っていると思ったのだ。それは、いかにも少女らしい錯覚の仕方だ。

 カミーユは、しばらくボウッとヘンケンの遺体の前にいた。
 ヘンケンとエマの死が、父と母の死に重なる。
「命を吸収するとか・・・分からないよ・・・私、どうしたらいいの、パパ?ママ?」
 少し離れたところで起きた爆発が、ラーディッシュを、小さく揺らした。
 だからカミーユは、ハッと顔を上げた。正気に戻ったわけではない。ただ、混乱した意識が外に向いただけなのだ。
「パパとママを見つけなくちゃ・・・」
 そう呟きながらZに戻るカミーユの瞳の中で、少しずつ、狂気が正気を浸食していった。
その10「猿芝居」

 キュベレイとジ・オの追撃をかわしたシャアは、コロニーレーザーの居住区に逃げ込むと、百式を降りた。
 まだ自分を自陣に引き込みたいと思っているはずのハマーンと、決定的に傲慢で物見高いシロッコならば、この誘いに乗ってくると考えたからである。
 シャアは、廃墟と化した劇場の舞台に立った。そのシャアを、被告人のようにライトが照らす。
「拳銃を捨てろ、シャア!」
 ハマーンの銃口が、客席からシャアを狙う。シャアは銃を手放した。
「世界を手に入れたがる男と女か。面白い見せ物だ」
 シャアとハマーンは、声がした方に視線をずらした。ハマーンとは逆の客席に腰を降ろし、優雅に脚を組んだシロッコがいた。
「それは、貴様も同じだろう」
「私は歴史の立会人に過ぎない」
 ハマーンの言葉に、シロッコは薄笑いを浮かべて応じた。
「私は、ただ、世界を謝った方向に持っていきたくないだけだ」
 シャアが言う。ハマーンはもう一度、銃口をシャアに向けた。
「ザビ家を再興するのが、分かりやすく人に道を示すことになる」
「それは、同じ過ちを繰り返すだけだ」
「ならば、ザビ家もティターンズも倒した後で、お前は何をする?」
「私が何もしなくても、ニュータイプへの覚醒で、人は変わる。その時を待つだけだ」
「戯言を。お前のような男が、じっとしていられるわけがない!」
 そのハマーンの言葉には、明らかに、自分を捨て地球圏に逃げたシャアへの憎しみがこめられていた。

 二人の会話を聞いていたシロッコが、唐突に笑った。
「まるで猿芝居だな。お前達の会話は、痴話喧嘩と同じだよ。所詮、貴様達は凡人なのだ。世界は、一握りの天才によって導かれなくてはならない」
「それが自分だというのか?」
 シロッコの傲慢を、ハマーンは笑う。しかしシロッコは動じない。
「そうだ。だからお前達のような凡人は、排除されなくてはいけない」
 シロッコの銃がハマーンを狙おうとした瞬間、劇場に銃声が響いた。
 シャアは銃を拾い舞台袖に、シロッコとハマーンは身をかがめて客席に隠れた。
 銃をかまえ、舞台にあがったのはカミーユだった。

「本当に排除しなきゃいけないのは、重力に縛られた人達でしょ!でも、そのために大勢の人間が死ぬなんて、間違ってる!」
 それは、まだカミーユに残された一握りの理性が言わせる言葉だった。
「たくさん人が死んで、その上に、人の心を大事にしない世界を作って、何になるっていうのよ!」
「その小さな感傷は、世界を混乱に陥れ、破滅に導くだけだ」
 冷徹なシロッコの哲学が、カミーユの理性を打ち砕く。
「お前達は・・・ここで死んじゃえ!」
 カミーユは、客席に向かってデタラメに連射した。
 シロッコとハマーンは、カミーユとシャアに向かって威嚇射撃をしながら、別々の出口を目指した。
 そしてシャアも、シロッコとハマーンの銃弾をかわすのに精一杯で、カミーユのことを考える余裕はなかった。二人の敵を牽制しつつ、やはり別の出口から外に出た。
 誰もいなくなった劇場で全弾を撃ち尽くしたカミーユは、ボソリとつぶやいた。
「ここにも、パパとママはいないの・・・?」
 ジ・オに乗ったシロッコを、パラスアテネのサラが見つけた。
「パプティマス様、御無事で」
「当然だ。ジュピトリスから向かえにきてくれたのか、サラ」
「パプティマス様のいる場所ならば、わかります」
「そういうところが、お前の可愛いところだ。グリプスから離脱するぞ!」
 百式に乗ったシャアを、ハマーンのキュベレイが襲う。
「私と一緒に来てくれるならば、これで終わりにしてやってもいいのだよ、シャア!」
「そんな決定権は、お前にはない!」
 シャアはキュベレイのファンネルを全て撃ち落し、接近戦を仕掛け体当たりをした。
「これでキュベレイの戦力は半減以下だろう!」
「このキュベレイをなめてもらっては困る!」
 逆に、キュベレイが百式を組み伏せようとする。2体が、まるで男女のように絡み合い、宙を流れ、グリプスの外に出る。

 どこをどうやって戻ってきたのか分からない。しかしカミーユは、再びZのコクピットに座ることが出来た。
 グリプスから脱出し、全周囲モニターに映る蒼い宇宙を見回す。索敵のためではない。両親を探すためだ。
「パパとママには、言いたいことが、いっぱいあるのよ・・・いた、ママ!」
 カミーユが見つけたのは、キュベレイだった。その白く曲線的なシルエットが母を連想させた。
 そのキュベレイが百式ともつれ合う姿は、見知らぬ男と抱き合う母の姿、そのものであった。
「ママは・・・また、そんなことして!だからママのこと、嫌いなのよ!」
 カミーユはビームライフルを連射した。その一発が、キュベレイと百式の背後に浮かんでいた廃艦にあたる。
「く・・・爆発に巻き込まれるわけにはいかない!」
 キュベレイは百式を手放した。火球に、百式が巻き込まれる。その赤い影に隠れながら、ハマーンはカミーユの射程距離から逃れた。
「シャア・・・私と一緒に来てくれたならば・・・」
 ハマーンは唇を噛み、グワンバンへの帰艦を急いだ。そして、シャア・アズナブルは消息を絶つ。
その11「宇宙を駆ける」

「ママ?どこに行ったの?ママは、私のママなんだから、知らない男なんかと一緒に逃げないで!私を捨てないで!ちゃんと、ママをやってよ!」
 母を象徴するキュベレイを見失い、求め、グルッと旋回したZのモニターに、小さく、ジ・オが見えた。モニタを拡大する。そのダルマのようなシルエットに、今度は父の姿が重なる。
「パパ、そんなところにいたの?ママは酷いんだよ!私達を捨てて逃げちゃったんだよ!」
 一直線にジ・オへと向かうZの前に、サラのパラスアテネが立ちはだかった。
「パプティマス様を、やらせない!」
 しかしZはサラのビームを全てかわし、パラスアテネに体当たりをする。衝突する2体。
「誰よ、アンタ!パパの何なのよ!」
「パパ?いったい、何を言っているの?」
「パパもママの真似をして、外で女を抱いたりしていたの?アンタ、私からパパを奪うのね!」
 カミーユはZのサーベルの柄をパラスアテネの胸に当てた。
 ブォウン・・・
 一気に伸びたサーベルの熱で、サラの体は一瞬にして蒸発した。
「サラ!」
 シロッコが何を言おうとも、彼にとって、サラはまぎれもなく恋をする人だった。
 だからシロッコは、生まれて初めて動揺という感覚を憶えた。それがジ・オの動きを止めてしまった。
 その隙に、Zはジ・オを撃墜できたかもしれない。しかしZは、幼子が父に抱きつくように突っ込んできて、ジ・オをつかまえた。
「パパ!昔みたいに、その腕で私を抱きしめて、良い子だよって言って頭をなでてよ、パパ!」
「パパ?父親?いったい、何のことだ!」
「私、パパに振り向いて欲しかっただけなんだよ!明日から髪の色も戻す。ピアスも外す。ヘソが出るような服だって、もう着ない。
 良い子になるから、私を見てよ!私を捨てて、知らない女に夢中になんかならないで!」
 シロッコはメチャクチャに操縦桿を動かした。ジ・オの両腕がZの肩をつかみ、突き飛ばした。2体の間に距離が開く。
「サラのところに逝くがいい、カミーユ・グローディア!」
 ジ・オが発するビームの雨を、しかしZはかわした。カミーユは錯乱していても、その能力は失っていなかった。

「パパ・・・パパも私を見捨てるの?あんたなんか、パパじゃない!」
 Zのビームが、ジ・オに伸び、その手足を次々と打ち砕いた。
「う・・うぉおおお!そんなバカな!動け、ジ・オ!」
 ジ・オは、撃破された勢いでグルグルと回転しながらグリプスの発射口へと流された。
 その瞬間、グリプスの基底がズゥゥと光り、コロニーレーザーが発射され、光の中にジ・オは溶けていった。
 その光の矢は、彼方にある、バスク率いるティターンズ艦隊も飲み込んでいった。
「パパ!本当のパパは、どこにいるのよぉぉ!?」

「カミーユ?」
 ファンはカミーユの声を感じ、メタスの方向を変えた。しかし、もう一人の女の気配も感じていた。
「この感じ・・・ロザミィ?」

「パパ?そんなところにいたのね。私を待ってくれていたのね」
 Zの前に浮かんでいるのは、すでに、かなり激しい戦闘をくぐり抜け、損傷激しいサイコガンダムmkUだった。
 その巨大なシルエットに、カミーユは父を見たのだ。
 そのコクピットの中で、度重なる記憶改変と戦闘による精神負荷で、もはや自分が誰だか分からなくなっているロザミィは、それでも生きのびようとしていた。
「もうエネルギーが残っていない。バーニアも壊れて動かない。これでは、鉄の棺桶に乗っているようなものだ!」
 その、両腕を広げたサイコUの胸に、Zが飛び込んできた。
「これは・・Z!敵じゃないか!」
 ロザミィは慌てた。しかしZは攻撃する気配を見せなかった。
「パパ!こんなところにいたのね!」
 Zのパイロットの声は、接触回線を通して聞こえてきたのか、それともロザミィの頭の中に、直接聞こえてきたのか。
 Zのハッチが開く。カミーユの体が流れてきて、サイコUの頭部にしがみついた。
「パパ!外に出て、私に顔を見せて!」
「パパ?私が・・・?だって、私は女だよ?」
「私ね、ガンダムを操縦して、がんばったんだよ。フォウが死んで、皆、死んで、それでも、がんばってパパのところまで来たの。
 だから、褒めてくれる?よく来たねって言って、頭を撫でてくれるでしょ?お前は私の可愛い娘だって言ってよ!」
 ロザミィは、もはや自分が誰だか分かっていないのだ。だからカミーユに誘われるままに、頭部ハッチを開いて、コクピットの外に出た。

 その、ノーマルスーツの上からも女性だと分かるロザミィのシルエットを見て、カミーユは目を見開いた。
「アンタ・・・パパじゃない!なんで?なんでパパじゃないの?
 わかった!アンタがパパを誘惑した女なのね!パパの寂しさにつけこんだ女なんだ!
 パパは・・・パパは、こんなところに女を隠していたのね!」
 カミーユの敵意を感じ取り、ロザミィは銃をかまえた。
「違う・・あなた、ママ?そうよね!パパの中にいるのは、パパに守られている女性は、ママしかいないよね?」
 それは、カミーユの願望でしかなかった。
 カミーユとロザミィの姿を、ファンのメタスが捉えていた。
「離れるんだ、カミーユ!」
 メタスがビームライフルを構える。
 ロザミィはサイコUのコクピットに戻るために、カミーユの肩をつきとばした。
「ママ、何をするの!?」
 カミーユはサイコUの頭部から離れ、偶然だが、Zのコクピットへ流れていった。
 ファンは、そのカミーユの姿を、自分の意思が彼女に通じたから敵から離れたのだと、誤解した。
 メタスの照準が、サイコUを捉えた。
 その瞬間、ファンは、サイコUのパイロットがロザミィであることに気がついた。正確には、感じ取ったのだ。だから引き金を引くのをためらった。
 Zのハッチが閉まる。しかし起動しない。ファンはサイコUが既に動かないことを知らない。だから、早く撃たないとカミーユが死ぬと思った。
「可哀想だけど・・・直撃させる!」
 
 メタスのビームがロザミィを焼き、サイコUの頭部を粉砕するのを、カミーユは見た。
 それはカミーユにとって、何度目かの、父と母の死の瞬間そのものだった。
「皆・・・お願い!パパとママを助けて!私の体を皆に貸すから、皆の意思の力で、パパとママを助けて!」
 それは、遅すぎたカミーユの意思であった。Zガンダムは、その意思に応え光り輝きはしなかった。
 目の前で何度も繰り返される父と母の死に、カミーユの精神は、戻れない闇まで落ちていった。

 いくつもの光の筋が、カミーユの周りを取り囲む。
『お前だって、人殺しだろう』
『パプティマス様は、寂しい人なのよ』
 ジェリドやサラ・・・今まで自分が殺めてきた敵達の声だ。
 いや、敵だけではない。ロベルトやアポリーの姿も見える。
『カミーユはもっと、大人にならなくてはダメよ』
『いつまでも、パパだのママだのと騒いでいては、いい女になれんぞ』
 分かったような口をきくのは、エマとヘンケンに決まっている。
『ファン兄ちゃんは譲ってあげる。だってカミーユは、兄ちゃんの理想の恋人だもの』
 ロザミィが笑う。
『人は分かり合えるって・・・信じられるかい?』
 フォウの問に、カミーユは応えられなかった。

 メタスの腕が、Zに触れる。
「カミーユ、大丈夫?」
 ファンは接触回線を開いて呼びかけた。
 本当は外部からハッチを開いて、直接、顔を見たかったのだが、受信した映像からカミーユがヘルメットをしていないのが分かったから、それは止めた。
「カミーユ、ヘルメットはどうしたの?」
 しかし、ファンの声はカミーユの耳には届いていても、意識には届いていなかった。
「わぁあ。大きな光・・・彗星かな?違うなぁ・・・彗星は、もっと、バァーッと長い尻尾があって・・・」
「カミーユ・・・?カミーユ!ねえ、カミーユ!返事をしてよ、カミーユ!」
「ここは暑いなあ。なんか息苦しいし。ねえ、誰か、出してくれない?」
 ハッチ開閉装置が壊れていたのは、幸運だった。
 カミーユが計器を適当にいじった拍子にハッチが開いてしまうと、ヘルメットをしていないカミーユは死んでしまう。
「パパとママはどこかなあ?エマさぁん、ヘンケン艦長ぉ、ねえ、皆、どこにいるの?
 一人じゃ寂しいなぁ。ほら、星がキレイだよ。皆も見てごらんよ・・・あ、フォウ、見つけた!」
 カミーユはファンが乗るメタスを見つけて、そう言った。
「カミーユ・・・」
 ファンは、これ以上呼びかけることを諦めた。
 今は、早くZをアーガマへ連れ戻すことだ。
 そして、MS用作業ブロックにエアを満たして、安全な状態でカミーユをコクピットから出さなくてはいけない。
 全ては・・・それからだ。そう思うようにした。
 そうでも思わなければ、今のカミーユ・グローディアの状態は、彼女を守るためにZを設計したファン・ユイリィには、あまりにも辛かったからだ。

fin

作:プロト ◆xjbrDCzRNwさん


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