第39巻:巡礼の年第1年−スイス お勧め度:C

一度ならず、この曲集を「評価しない」と書いた手前、意地でもCです。真ん中3曲は素晴らしいと思いますが、それこそ耳あたりがいいだけの曲の方が多い曲集と思っています。リスト作品としては弾くのに難しくないというだけで有名になるのでは本末転倒です。

リストの作品としては「端正」である、とは言えると思うのです。ショパンからの距離が小さいとは思います。でもそれは逆にいうと、それならショパンを聴いたほうがいい、というのにつながります。ショパンと比較されながら、「リストもこれなら悪くないですね」とお目こぼし的に認められる曲集だとしたら、リストファンとしてはむしろつまらない。「端正」は時代感覚的にも個性的にも、リストの得意領域ではありません。

「端正」な「第1年」になくて、「超絶技巧練習曲」や「巡礼の年第2年」にある感覚、というと、私自身の言葉では、「陶酔」ということになるかと思います。生年はショパンと一年違いではあっても、ハイパー古典主義者ショパンとロマン派の真っ只中に生きたリスト、です。後年の傑作群につながるのは「第1年」ではありません。

巡礼の年第1年−スイス」として1855年にまとめられる以前のいきさつは第20巻の紹介も参照ください。全9曲中7曲の前身が第20巻に収められています。第1〜3曲「ウィリアム・テルの礼拝堂」「ヴァレンシュタットの湖畔で」「パストラール」、冒頭から3曲続けて、槍玉に挙げたくなる曲が並びます。悪い曲ではない、耳を引くきれいさもある、でもそれがどうした?、、、と言いたくなるのです。

第4曲「泉のほとり」は文句無しの名曲だと思っています。得意領域ではないながら、端正を極めてしまったというところでしょうか。この曲ならショパンだって誇りを持って自分のエチュード集なりに組み込んだと思うのです。きらめく泉のしぶきの表現として、後年の「エステ荘の噴水」のはるか先駆をなしています。ただし、演奏は私の趣味では今ひとつ。私が最初に聞いたのがホロヴィッツのLP(RCA)、CDではブラームスの協奏曲第2番といっしょにされている演奏で、背景ノイズレベルは思い切り高いですが、それこそ端正を極めた演奏です。弾こうとしてみましたが、ただ端正に弾くというのがいかに難しいかを思い知らされて、すぐ撤退しました。

第5曲「」だけは1855年の作曲、そう言われれば確かに様式が他の曲と違う気がします。これも一流のエチュードと言えると思います。そう簡単には音にするわけにもいかないらしい難易度の点でも他の曲とは一線を画します。

第6曲「オーベルマンの谷」もいい曲です。こちらは正しくロマン派を指向した曲で、その意味では整理する前の姿(第20巻)の方が徹底していますが、出来上がりとしてはこちらを取ります。セナンクールの小説「オーベルマン」に霊感を得た、青年の悩みがそのまま音になったような、こっぱずかしい一歩手前の曲ですが、ハワードは例によってそっけなく弾いています。それがいいのか悪いのか微妙な所。私はもっと派手に弾いていました。手さえある程度大きければ、聴き映えする割には意外と簡単な曲なのです。

第7曲「牧歌」は1836年に作曲されていたけれどお蔵入りになっていたようです。第8曲「郷愁」と共に、最初の3曲に対するのと同じことを繰り返したくなります。しかし、第9曲「ジュネーヴの鐘」まで一緒に片付けては多少申し訳ない気がします。やや退屈な所はあるのですが、傑作と呼ぶに値すると思います。

3つのスイスにちなんだ作品」(1876)は第20巻の「旅人のアルバム」第3集の随分後年の改訂版です。「F.フーバーの牛追歌による即興曲」、「山の夕暮れ」(E. Knop原作)、「F.フーバーの山羊追歌によるロンド」、の3曲で26分かかります。こちらも「第1年」の上を行くということはなく、さして名曲とは思いませんが、特に「第1年」を聞いていた気分のままではうまくいきません。新鮮な前向きの気分、オペラファンタジーでも何でもどんと来いと言う気分で仕切り直して欲しいのです。元曲とどちらがいいかというと、そう決定的には違わないようです。

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