それは遠い昔の出来事

 

殺し合うことしかできなかった獣達の

 

それは滅びの出会い

 

森の獣皇と完全なる造魔の

 

それは望み無き夢

 

繰り返す刻の螺旋

 

それは滅びの記憶

 

そしてそれは

 

「愁いの森<グラスフォレスト>の想い出」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遠い遠い昔

 帝都の北に愁いの森<グラスフォレスト>と呼ばれる森がありました。

 その森にはお姫様がいて、森の中の花園で静かに暮らしていました。

 花園にはお姫様が一人だけ、遊ぶ相手もおしゃべりをする相手もいません。

ある日、その花園に一人の少年がたどり着きました。

 お姫様はたいそう喜んで、その少年を花園の中に招き入れました。

 二人はすぐにうち解け、偶然の出会いを喜びましたが・・・

 けれどそれは、けして祝福されることのない悲しい出会いだったのです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少年は森の中を歩いていた

あたりは暗く、まるで光を嫌うかのように木々が生い茂っている

結晶質の幹を持つ愁いの森の木々

いつもと変わらない風景だと少年は思った

彼の五感が何も感じなかったからだ

ただ森が続くだけ

そんな中を少年は歩いていく

それもいつもと変わりのないこと

けれどひとつ違うことがあった

その日、少年は珍しく人に出会った

すり切れた服を着た髪の長いの女

その女は正気ではなかった、正気だったのかも知れないが今の少年には何の関係もない

女は少年に死を望んだ、そして少年は女の願いを叶えた

それだけのことだ

少年は足の動きを止め、血の滴る剣と右手を眺める

今までにも幾度か人を殺したことはある、けれど少年は思い出す

自分の持つ剣が女の腹を貫き、手を握る柄まで食い込んだ感触を・・・

手に残る女の腹の暖かさと、生まれることの無かった腹の中の命を・・・

少年はまた歩き始めた

手に握る剣に意味はない

こんなモノが無くても少年には人を殺すことが出来る

だから意味はない

何かを期待していたわけでもなく、けれど自分に言い訳することもできない

周りの風景も変わらない

今は歩くことしかできなかった

ふと、少年の右手が寒さを訴えた

たいした寒さではなかったが、手がしびれ剣が落ちる

空気の流れ、少年は初めて風を感じた

 

 

光が射し込んでいた

ここが今までいたのと同じ森の中だと、少年には信じられない

目がくらむほどに白く、視界が埋め尽くされていた。

少しの間目を慣らしてから、少年は辺りを見回した

中央に泉がある、そこから周囲150メルテに渡って森が切り取られ

変わりに真白い花が咲き乱れていた

生き物の気配はしない

その場所が少年には自分以外の誰かのために用意された物のように感じた

目に映る全てが白すぎて、血にまみれた自分には余りにも不釣り合いだった

足を踏み入れるのをためらって、ただ立ちつくす

見上げれば日の光が少年の身体を照らし出していた。

少しして少年はその場に背を向けた

ここは自分のいるべき場所ではない、そう思って歩き始めたとき

ふいに、何かが聞こえた

振り返っても先ほどと変わらない風景があるだけだった

少年はもういちどその場に背を向けて歩き出す

それを引き留めるように少年の頬を優しい風がなでて

今度ははっきりと聞こえた

「何処へ行くんですか?」

すぐ耳元で声がして、少年は少女の腕に包みこまれた

びくりと、少年の身体がふるえる

怯えるその身体をあやすように少女の手が優しく首にまわされる

首筋にかかる暖かい少女の吐息

寄せられた暖かい身体

生まれて初めての経験に速まる胸の鼓動を押さえながら、少年は少女の中に流れる自分と同じ血の巡りを感じていた

人とは外れた自分の命の鼓動と同じモノを・・・

動悸が収まるまで待っている少年に少女が問いかける

「もしかして・・・

 言葉、通じてませんか?」

一気に胸の奥の動悸と不安が収まり、少年は笑い出した

突然笑い出した少年にあっけを取られながら、少女もまた笑い出す

ホッと一通り息をついてから首に回された手をほどき少女の方を向き直った

少年には身体に残る感触がいささか名残惜しくもある

少女はその行動を言葉が通じたととったのか、ゆっくりと笑顔をこぼした

思わず少年は息を飲む

人の笑顔を見るのも少年にとって初めての経験だった

 

 

不意に少女は少年の手を取った

とっさの事に少年は手をはらい、身をすくめてしまう

いけない事をしてしまったかのような怯え

怖かった、汚れた自分、純白の少女、それ自体が罪のような気がして・・・

少女はそんなこと気にもしていないような様子で微笑み

もう一度少年の手を取ろうとする

ふるえる指先をそっと追いつめて、傷つけないように両手で包み込む

白い指先が血で汚れるのも気づかないように

その手の罪を二人で分かち合うように

手を取って少女は走り出す

 

 

「何を考えてらっしゃるんですか。」

 

 

「もしかして、私のこと?」

 

 

「これでもう汚れても構いませんよ」

 

 

「ここは私だけの場所、お父様が私に用意してくれた箱庭

 でも今日からは、あなたと私の場所。」