祇園祭への思い

 

神社には大祭といって、年に3回の重要なお祭りがあります。そもそも神社は神様をお祀りするところであり、神様をお祀りするとは、日々境内を整備し、お祭りを重ねることであると云えます。その重要な三大祭の中でも、最も重要で尊いお祭りを例祭(例大祭)と称します。伊文神社の例祭は祇園祭です。祇園祭は伊文神社が存在する限り、連綿と続き紡がれていくべき祭であり、祭がなくなれば、それは神社が無くなる事と同義であると云っても過言ではありません。


30年前までの祇園祭は神社での祭礼に始まり、西尾城下を渡御するお神輿(みこし)に六ヶ町の神賑わいの催物(天王町の獅子舞・肴町の大名行列など)が続く、それはそれは盛大なお祭でした。お祭の週間も前となれば、西尾の町は祭り化粧を始め、夜店が開き、町に住む人たちの気持ちも祭に向けて1つに盛り上がって行ったそうです。

 

祇園祭は、神社での祭礼の後、大神様をお神輿へお遷しし、街中を御幸(移動するの意)して、あらゆる穢れや厄を祓い清めるお祭です。六ヶ町を中心とした氏子は、お神輿の御幸に随行して街中を盛り上げたり、お旅所に鎮座した大神様に奉納するために様々な神賑わいの行事を催しました。
この神賑わいの行事は盛大かつ特徴的で、往時は西尾の人だけではなく、各地から見物客が訪れたりしていたそうです。

しかし近年、交通事情などの理由により、神社が単独でお神輿を出すことが困難になり、西尾祭の開催に合わせて行うようになりました。
 

そして年月は経ち、今では伊文神社のお神輿も西尾祭の参加行事の1つとして見られるようになり、そこに本来の神祀りの姿を見出すことは難しくなってしまいました。昔のことを知っている人たちの中には、今でも「祇園さん」と親しみを込めて呼んでくれている方もいらっしゃいますが、大勢の事情を知らない人にとっては、西尾祭に合わせて出るお神輿としてしか認識してもらえなくても仕方ないのかもしれません。



 

今までもそういう現状を嘆いてくれる人、或いは声を上げてくれる人もいらっしゃいました。ところが一度廻り始めた歯車を止めるのは容易ではありません。それでも「西尾の祇園さんを取り戻そう」という声はあちこちから神社に届けられ、ここ数年富にその声が大きくなって参りました。これが一つの大きな流れになればきっとお祭は戻ってくると大きな声を出してくれる人も現れました。

単なるイベントではなく、お祭を取り戻すという事は、西尾の町にとっても大変意味深いことだと思います。1人でも多くの人が、この事実を知り、協調してくれる事を祈ります。

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