名鉄面白路線・駅めぐり

2006年5月2日、ふと思い付いて日帰り旅行に出ることにしました。
今回は珍しく、高校時代の仲間を連れて行くことにしていました。
彼に身近な名鉄の魅力を伝えたいと思ったからです。
と言うのは建前で、一般人が鉄分濃厚なツアーに連れて行かれた場合どうなるのか、という実験台としてです(笑)。
その実験結果も参考までにお伝えしようと思います。

貴重になってしまった本線直通列車

私の地元は名鉄三河(海)線沿いにあるのですが、その線にはつい最近まで弥富行きの急行が走っていました。
1時間に1本あった便利な列車で、5500系や7700系に会える列車としても有名でした。
ずっと5500系に乗って名古屋まで行ったこともあります。
そんな列車も5500系と運命を共にするような形で消えてしまいました。
そして、この早朝の岩倉行きだけになってしまいました。
この列車に乗るという第一目的は達成できました。

相棒の遅刻とパノラマダブル(泣)

岩倉行きを見送った後、何かがおかしいことに気付きました。
なんと、相棒が遅刻していたのです!!!
鉄道の旅は時間厳守というのは言うまでも無い事なのに!!
そして、知立駅の5番ホームにはこんな列車が入ってきました。
そう!平日限定スペシャル列車である急行新鵜沼行き、通称「パノラマダブル」です!!
仕方ないので写真を撮りまくりました。
そして、無情にも発車時刻が来てしまいました。
あああぁぁぁぁ――(TдT)――!!!パノラマダブルがぁぁ〜…。
10分後にやっと姿を現した相棒を小一時間問い詰めたのは当然の成り行きです。

窓にサボをぶら下げた列車

しょうがないのでこの列車の先頭に陣取ることにしました。
気分がブルーになったら雨まで降ってきました。
しかし、このサボの位置は笑えますね。
サボ受けが無いとこんな風に窓の中にぶら下げるようです。
どうやら途中で何両か切り離すみたいです。
しばらく乗っていると、豊明駅を過ぎたあたりでパノラマカーとすれ違いました。
その前面には「準急 伊奈行き」と表示されていました。
これがパノラマカー同士のすれ違いだったら、とさらに気分がブルーになりました。

憧れの築港線!!

気を取り直して、大江駅の5番ホームに向かいました。
そう、ここが第2の目的、築港線の発着ホームです。
早起きしたのはこの路線に乗るためといっても過言ではありません。
この線は朝夕数本しか列車が無く、しかも休日は無いに等しいというとんでもない盲腸線だからです。
しかし、この線には特有の魅力がたくさんあります。
右写真のスターフもその一つです。
真鍮の三角形の中に「東名古屋港」と書いてあります。
これが無いと列車は築港線を走れません。
満員の通勤客を気にせずに最高のハイテンションになってしまったのは当然です!
鉄分の薄い相棒にはこんな基本的なすごさがわからなかったようです。
『フフフ、ここは普通の路線とは違うのだよ、普通の路線とは!!』(シャア風)

日本では有数のダイアモンド・クロッシング!!

大江を発車して数分後の終点間近にも名物があります。
いきなり列車は時速30km以下に減速し、床下から「ダダダダッ!ダダダダッ!」という音が車内に響きわたります。
そう、これが築港線の最大の魅力、「ダイアモンド・クロッシング」です。
こんな音は他の線ではめったに聞けません。
しかも、鉄道法で営業する路線同士の交差は日本唯一らしいです。
鉄道ファンにとって本物のダイアモンド以上の価値があるといっても過言ではないでしょう。
相棒にとっても、これは珍しいものに変わりなかったようです。
ここまでで一番強く反応していました。

哀愁漂う東名古屋港駅

これが築港線の終点、東名古屋港駅です。
今はコンクリートの上屋が付いたホーム一面だけの駅ですが、その上にはかつてすごい物がありました。
そう、愛・地球博輸送にも一役買ったあのHSSTの試験線があったのです!!
ダイアモンドクロッシングのすぐ脇にも高架橋があり、急勾配と急カーブがある路線でした。
実は、私は小学生の頃にこの試験線に乗ったことがあります。
レールの音が全くしないことにとても驚いた記憶があります。
大江までの列車も、今は亡きパノラマDXの団体専用個室車両でした。
実用化されたHSST(リニモ)はいつでも乗りに行けます。
21世紀を実感する瞬間ですね。
けれど、実験線が撤去されたおかげで築港線が昔の姿に戻ったのは喜ばしいです。
こんなトワイライトな雰囲気の路線はいつまでも残って欲しいものです。
右写真はダイアモンドクロッシング周辺のデルタ線の合流地点です。
ここからたくさんの新車が名鉄線内に送り込まれました。
私は新車は嫌いです。
新車が入ってきてしまうと名鉄を象徴する名車たちが消えてしまうからです。
パノラマカーの一族も、6000系の初期車も、そして唯一の吊り掛け電車・6750系も…。

この列車たちが消えたら、私は名鉄ファンをきっぱりと辞めるでしょう。

大江駅

大江駅の駅舎は結構新しい感じの建物です。
最近の名鉄の駅舎の中では結構気に入りました。
他の建て替えられてしまった駅は味気が無さすぎて大嫌いです。
最低限こんな感じにして欲しいものです。
ベンチが室内に無く、改札通路だけの駅舎なんてもってのほかです。
最近、最寄り駅である吉浜駅の駅舎がそんな形に建て替えられてしまい、超絶級に凹みました。

大江駅の特徴的なところは、東名古屋港駅の改札口を併設していることです。
たった一区間しかない築港線ならではの方法です。

パノラマ天国・知多半島!

大江駅でとても嬉しいことに気づきました。
平日は、6両編成のパノラマカーが知多半島内に大量に居ることがわかりました!
しかもこの駅の待ち時間の間に3編成も現れてくれたのです!!
それぞれルックスが微妙に違って面白かったです。
列車を決めてなかったら、どれに乗るか迷ってしまいますね。
私達は内海行きの急行に乗ることに決めていました。
それがパノラマカーで、しかも先頭に近い席が取れたのですから嬉しいことこの上なしでした。

野間野間イェイ!!(*´∀`*)ノ

2005年に一世を風靡したO-ZONEの「マイアヒ」を知らない人は居ないでしょう。
その曲中で連呼された駅がこの野間駅です(笑)。
同じ知多新線には上野間駅もあります。
この駅に到着するとき、車掌さんは「のま、のまです。」と言うのです(爆笑)!
誰も居ない車内なら「イェイ!!」と合いの手を入れてみるのも良いかもしれません(壊)。
もしかしたら、「マイアヒ」はこの駅からあのフレーズを取ったのでしょうか?
↑『んなわけないやろ!』嘉門達夫風
しかし、この駅は本当に寂れている感じでした。
駅前に立っていた民宿一覧の看板がとても淋しそうに見えました。
昭和40年代ごろの夏はさぞかしにぎわったのでしょう。

内海駅で見つけたもの

内海駅でこんな懐かしい物を見つけました。
名鉄特有の電照式列車案内板です。
他の大きな駅にもあったのですが、改築などによって姿を消しつつあります。
懐かしい物が残っているのも名鉄の魅力です。

富貴駅

内海から折り返し、分岐駅の富貴駅に戻りました。
この駅は良い感じの木造駅舎が現役です。
羽目板のクリーム色がくすんでいるのもレトロな感じで素敵です。
構内踏み切りも現役で、そこに至る通路には藤棚があります。
ちょうど藤の花が満開になった時に来れたようで嬉しい限りでした。
この駅の硬券入場券は出世守りとしても知られています。
こんなすばらしい駅舎はいつまでも残してもらいたいものです。

モノレール線の全駅制覇!

知多半島からの直通列車で向かったのはこのモンキーパークモノレール線です。
この線は日立アルヴェーグ跨座式モノレールの最初の営業線です。
そのせいか急勾配と急カーブの連続した路線で、駅も3駅しかありません。
こことほとんど同じ方式の車両は東京モノレールで使われています。
今回やっと中間の成田山駅に降りられました。
この駅はこんなに小さいのに有人駅でした。
硬券入場券も売っていたので買いました。
この駅にモノレールが発着する様子はまさに「40年前の近未来」と言った感じでした。

懐かしい車内設備

左はモノレール車両、MRM100型の運転席です。
砲金製のハンドルやパノラミックウインドウ、そして小さな扇風機が懐かしさを盛り上げます。
しかも、運転席と客室の仕切りはアルミの棒一本しか有りません。
製造年次からかパノラマカーと同じスピリットを感じます。
しかもこの列車は非冷房車で、天井にはファンデリアが付いています。
屋上にダブルルーフみたいなルーバーつきの出っ張りがあるからラインデリアですね。
これも懐かしい私鉄車両の特徴的な部品の一つです。

木造駅舎の三柿野駅

犬山遊園駅から各務原線に乗り換え、次は三柿野駅を目指しました。
各務原線はトランパス対応工事の魔の手がまだ及んでおらず、良い感じの駅が多数存在しています。
この三柿野駅もその一つで、とてもきれいな木造駅舎が健在です。
駅前すぐに道路の高架橋があり、駅のすぐ裏手は航空自衛隊という特異な環境の中にあります。
それでも日中はとても落ち着いた雰囲気に浸ることが出来ます。
緑のトタン屋根が白塗りの下見板ととても良く調和しています。

自動改札機なんて無粋な物はこの駅にはありません。
昔ながらの改札ラッチと出札口、そして座布団が置かれた木のベンチが迎えてくれます。
この駅には2本の本線のほかに駅舎側に1本側線があり、6両編成のパノラマカーが昼寝していました。
側線側のプラットホームの上屋には、これまた懐かしいオレンジのビニールテント屋根が残っていました。
次の岐阜行き列車と中部国際空港行きの列車を含めて3編成のパノラマカーに会えました。
各務原線はこんなにもすばらしい魅力を持っていることを改めて実感しました。

シンプル・イズ・ザ・ベスト!!

次に降りたのは高田橋駅です。
各務原線内の駅で一番シンプルと言って良い駅でしょう。
この駅の魅力は何といっても岐阜方面のホームに建っている待合室です。
白く塗られた木造で、嵩上げされたホームのせいか斜めになってしまっています。
けれど、昔ながらの木のぬくもりは格別です。
空気が澄んでいれば高山本線まで見渡せる眺望のよさも素敵な駅です。
駅の名前の由来はすぐ隣の小川に架かっている道路橋の名前のようです。
ホームと踏み切りとスルーガーター橋がこんなにも隣接した様は後述する木曽川堤駅を思わせます。
SR車と呼ばれる5700系やパノラマカーがのんびりと発着する様子もとても魅力的でした。

淋しさ際立つ新岐阜駅


ちょうど昼ご飯の時間になったので、新岐阜まで出て駅のうどんを食べることにしました。
電車に乗って新岐阜に着いたとき、淋しさがこみ上げて来てしまいました。
7番線の低床ホームがすっかりなくなっていて、乗降台がぽつんと建っていたのです。
あの日からもう1年以上も経っているのでしょうがないことではありますが、淋しいのには変わりありません。
日本にあった路面電車の中で唯一、架線電圧1500Vの本線系統に直通できたハイテク路線だったのに…。
部分低床車も導入して復権を狙っていたのに…。
大切にすべき産業遺産である丸窓電車ことモ510が元気に走っていたのに…。
岐阜の軌道線が無くなってから、岐阜はもう二度と行きたくない街ワースト1になってしまいました。

二度と降りたくない駅の代表例(#`д´)

うどんを予想以上に早く食べ終えてしまったため、一駅余分に降りることにしました。
その結果、降りたのがこの岐南駅でした。
しかし、この駅に降りたとたんテンションが一気に下がってしまいました。
最近の名鉄の悪行がこの駅にまで及んでしまっていたのです。
一応ドーム型の屋根でデザインに気を配った形跡はあります。
しかし、何よりも不満なのは駅舎内に椅子の一つも置いていないというふざけた仕様です!!
台風のときでも雨宿りが出来るという駅舎のある駅のメリットが全くありません!!
それに自動改札機の音が異常にうるさくて落ち着けません。
窓も開閉不能で暑いことこの上ありません。
駅は地元の顔だということは前から何度も書いていますが、こんな駅舎にされてしまったら魅力は丸潰れです!!

最近の名鉄は自社の魅力を削るのに精一杯のようですww。
平成22年にはパノラマカーと全席指定特急が消えるようです。
私の名鉄ファン人生も平成22年までのようです。
(模型はずっと作り続けますけどね。)

シンプル・イズ・ザ・ベスト2!!

とてもがっかりした気持ちを引きずりながら乗ったステンレスカーからこの駅に降りた途端、
テンションが再びMAXになってしまいました!
この木曽川堤駅は名前の通り木曽川の名古屋側堤防上にあります。
トランパス未対応ということで降りたこの駅でしたが、予想以上のすばらしいロケーションに感動しました。
すぐ脇にそびえる木曽川橋梁のトラス、そして板切れホームの向こうに見える町並み…。
ここまで雄大な景色の中に存在し、その上こんなにもシンプルな駅は名古屋近辺ではここだけでしょう。

雄大な木曽川橋梁

木曽川堤駅から歩いて1分足らずでこんな写真が撮れます。
河川敷がすっかり木で覆われていて、まるで森の上を走っているようです。
つい4年ほど前まで、この橋の対岸にはカーブホームが特徴的な東笠松駅がありました。
右写真で2200系が小さく見える辺りが東笠松駅の跡地です。
今では車内から確認できる遺構は鉄骨トラス架線柱の根元のコンクリートの塊だけです。
晩年は競馬の開催日以外の乗客はほんの僅かだったようです。
せめて木曽川堤駅だけでも現状のまま末永く存続することを願うことにしましょう。

懐かしさ満点!西幡豆駅

木曽川堤から一気に西尾線に向かいました。
西尾線の駅が3駅廃止されることが決まりかけていて、その前にお別れを言いに行こうと思ったからです。
その前に、思ったより時間が余ったので、西幡豆駅に寄ってみることにしました。
そして、ワンマン化された2連の6000系から降りた私の目に、たまらなく懐かしい風景が飛び込んできました。
思わず通学中の多数の学生を物ともせずにカメラのシャッターを押し続けていました。
相棒はちょっと唖然とした様子でした(笑)。

この駅は全体がとても懐かしい空気に包まれていました。
下見板張りの小さな片流れ屋根の駅舎、構内踏切、木造の小さなトイレ、オレンジテントのホーム上屋、
そしてめったに見なくなってしまった構内売店まで!
昭和時代の名鉄の小駅の役者が完全にそろっているのです!

この風景を見ていて、あることに気付きました。
そう、ちょっと前までの吉浜駅の雰囲気にそっくりだったのです。
吉浜駅の旧駅舎も、ちょっと間取りは違っていましたがこんな雰囲気でした。
それに、もっと昔は吉浜駅も島式ホームで、オレンジテントのホーム上屋だってあったのです。
今は岐南駅に似た最悪な駅舎に「改悪」されてしまいました。
上屋もふつうのトタン屋根になってしまいました。
こんな日常的な風景がとても貴重なものになってしまったことがとても悲しいです。

郷愁の三河荻原駅

しばらくしてやって来た西尾行きのワンマン列車に乗って、三河荻原駅に向かいました。
この駅は吉良吉田から西尾行き普通列車に乗って一駅目の駅です。
この駅の脇にある踏み切りは何度もクルマで通っていた道でした。
しかし、駅に降りてみて初めてこの周辺が住宅地しかないような土地だということに気付きました。
駅舎があったであろうスペースはコンクリートの板になってしまっていました。
駐輪場はありますが、その他はホーム一本と待合室だけの簡素な駅です。
ホームから見える昔ながらの小さな木造の薬局が郷愁を誘います。

しかし、こんな駅でもちゃんと地元の高校生達が通学の足として使っているようでした。
少ないとは言え、ちゃんと使っている人がいる駅を廃止するのは経営上得策ではないと思うのですが…。
こんな簡素な駅の一つや二つ、残しておいても損失は少ないはずなのに…。
そんなことを思ってしまい、ちょっと悲しくなった駅でした。

哀愁の鎌谷駅

次の鎌谷駅に着いた時はちょうど夕焼けが始まるところでした。
この駅は田園風景の真ん中にあり、右写真左端の踏切脇につながる出口の他にもう一つ、あぜ道につながる出口があります。
この駅も、少ないながらも日常的乗降客が居るようでした。
片流れ屋根の待合室はドアが付いていてちゃんと閉めることが出来ます。
中に作り付けられた木の長椅子と相俟って、昼寝には最適な駅です。
ちょっとのんびりしていると、乗る列車まではまだ時間があるのに警報機が鳴り出しました。
外に出てカメラを構えていると、全席指定の1600系特急列車がすごい勢いで通過していきました。
この型式から名鉄特急は「パノラマ」なのに前面展望が楽しめない「看板に偽りあり」な列車になってしまいました。
しかし、この1600系全席指定西尾特急も平成22年には無くなってしまいます。
その意味では貴重な記録になりました。

ちょっと寄り道・碧海桜井駅

次は碧海堀内駅に行く予定でしたが、西尾で接続した列車がそこに停まらない急行列車でした。
そこで、西尾線沿線で数少ない有人駅である碧海桜井駅に行くことにしました。
この駅は屋根の形が特徴的なモルタル・タイル張りの木造駅舎が昔のままに使われています。
自動改札も当然無く、券売機もちょっと古い物が一つ置いてあるだけです。
出札口からは暖かい光が漏れてきて、とても安らげます。
こんな良い駅はいつまでもこのままで残って欲しいものです。
あの最悪な岐南駅風の駅舎には絶対「改悪」して欲しくありません!!

祝・存続決定!! 碧海堀内駅

2本に一本ある普通列車が来たので、碧海堀内に移動しました。
先の碧海桜井駅と同じ「碧海」の文字からわかるように、ここは昔「碧海台地」と呼ばれた地方の一角です。
そして、堀内の駅名は隣接する「堀内公園」から取ったと言われていて、公園専用出口も最近になって造られました。
堀内公園には子供の頃に遊びに行ったことがあり、つい最近もミニ鉄道が開通したと聞いて乗りに言ったばかりでした。
今でも結構多数の家族連れがこの堀内公園を訪れているようです。
右写真の奥のほうにも観覧車が見えるように、結構大規模な公園なのです。
住宅地も飲食店もそこそこ有る場所です。
そんな立地条件の駅ですから、今年の3月に廃止が打診されたのが不思議なくらいでした。
しかし、地元の熱意が実り、8月には廃止が撤回されたのです!!
やっぱり地元に愛される駅はここのように生き残れるのです!
しかし、ここと引き換えに「布土(ふっと)駅」、「椋岡駅」、そして「弥富口駅」の3駅が追加されてしまいました。
悲喜こもごもとはまさにこの事です。
その3駅にも早いうちに列車に乗ってお別れを言いに行きたいと思っています。

旅の最後に諏訪町駅


旅の締めくくりとして、豊川線に唯一遺されたトランパス非対応駅である諏訪町駅に向かいました。
しかし相棒はさすがに疲れてしまったようで、電車に乗った途端、ぐったりと眠りに堕ちてしまいました。
やっぱり早朝から夜間まで電車に乗りまくる旅は初心者には過酷な試練のようです。
私はすっかり慣れているのでどうってことありません。
この辺りも一般人とテツの違いのようです。
空はすっかり暗くなり、半分の月が上っていました。
そんな風にして辿り着いた諏訪町駅は、とても大きな踏切の脇にあり、さらに道路に挟まれているとても特徴的な駅でした。
「かろうじて付けられた」といった感じのホームは2メートルほどの幅しかありません。
こんなコンパクトな駅では自動改札や券売機はとても付けられないでしょう。
さっきまで寝ていた相棒もちょっと驚いていたようです。
しかし、この豊川線が元は軌道法に則って作られた路線だということを知っていれば納得できる立地条件です。
この駅は西尾線の廃止予定駅と比べてかなり多くの人が使っているようですから廃止の危険性は薄そうです。

これで今回の一日丸ごと名鉄旅行は終わりを迎えました。
この旅を終えて痛感したことは、何と言っても一人旅がいかに気ままなものかということです。
今回は相棒に地元の身近な鉄道である名鉄の魅力を紹介するという大義名分がありましたから二人旅という方式にしたのです。
しかし、私の旅にとってありえないミスである遅刻など、誤算が大量にあったのも確かです。
それに、私は人と一緒に居ると疲れる体質のようです。
私の前世はネコ科の動物かもしれません。
そのせいか、自由気ままに一人で鉄道の魅力を味わう旅行のほうが性に合っているようです。
そんな私が部活に所属して得られるメリットは何なのか…と、今、とても迷っている最中です。


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