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鉄路の彼方へ

秋の旅路〈1〉

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都会のローカル線
都会のローカル線 《平成30年8月中旬》
東海交通事業:味美〜比良

名古屋駅周辺の貨物輸送改善の
一連の迂回路として計画された
城北線は紆余曲折で奇跡的開業
税制上の理由等々で設備は節約
非電化ながら複線超高規格 〜



都会のローカル線
都会のローカル線 《平成30年8月中旬》
東海交通事業:小田井

〜 小田井駅は計画段階から交差する
名鉄の高架化を想定していたのか
遥か四層の巨大高架橋上にホーム
そもそも構想は貨物線だったので
作りは堅牢も走る汽車は実に華奢 〜



都会のローカル線
都会のローカル線 《平成30年8月中旬》
東海交通事業:勝川駅
及び
中央本線:勝川〜新守山

〜 当初の計画では地平を走る
中央本線に下って合流のはずが
時流の要請で計画練り直しに
城北線は勝川駅の合流遥か手前で
敢え無く終点 乗り換えは至極不便!



神の路
神の路 《平成25年8月中旬》
一畑電車:高浜〜遥堪

抜けるような青空を
区切るように続く真紅の通路
最奥を横切る鋼の路も
出雲の社へ導く神の僕
ここは神の国・神の路



デハ二52
デハ二52 《平成25年8月中旬》
一畑電車:出雲大社前

下降式の大きな窓に
日除けの木製鎧戸
さりげない装飾の真鍮製金具類
大正から昭和初期にかけてのモダニズム
平成の今なお輝きを放つ・・・

銀幕の一コマ 「RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語」平成22年



最後の夏
最後の夏 《平成26年8月中旬》
名古屋鉄道:こどもの国〜東幡豆

その儚さを嘆くなかれ
彼らにとっての一生は
土の中でのくらしそのもの
命尽きるその前に
出会いを求めた最後の夏



高野線の旅
高野線の旅 《平成29年8月中旬》
南海電気鉄道:紀伊神谷〜極楽橋

半径100mの曲線と
50‰の急勾配
特急と言えどレールを軋ませ
そろりそろり確実に
高野線は山岳路線



紀伊神谷駅
紀伊神谷駅 《平成29年8月中旬》
南海電気鉄道:紀伊神谷駅

周りは緑以外何もない
駅名の由来の集落は
林道を登った山の上
ここに鉄道員が常駐するのは
ひとえに安全上の理由のみ



高野線の旅
高野線の旅 《平成29年8月中旬》
南海電気鉄道:紀伊神谷〜極楽橋


高野線車窓

(2300系電車)




高野線の旅
高野線の旅 《平成29年8月中旬》
南海電気鉄道:紀伊神谷〜極楽橋


高野線車窓

(2000系電車)




行灯アナログ式
行灯アナログ式 《平成29年8月中旬》
南海電気鉄道:極楽橋駅

案外レトロな南海電車
極楽橋駅構内も
昔懐かしのアナログの世界
行灯式ののりば案内と
掛札式の列車情報盤



昭和の香り
昭和の香り 《平成28年8月中旬》
飯田線:牛久保駅

愛知県内飯田線に残る
昭和の香り残す貴重な駅
古ければよいというものでもないけれど
日本人はいつからなんだろう
使い捨てを美徳にしたのは・・・



上諏訪行き
上諏訪行き 《平成28年8月中旬》
飯田線:豊橋駅

豊橋駅十六時四十二分発上諏訪行き
一日数本ある直通列車
お世辞にも便利な列車とは言い難いけれど
このご時世には稀有な存在
終着駅に到着は六時間後の夜十一時



豊橋駅一番線
豊橋駅一番線 《平成28年8月中旬》
飯田線:豊橋駅

豊橋駅の一・二・三番ホームは
行き止まり式のターミナル型
国鉄時代はテルファーが印象的だったけれど
近代化されてからは屋根の下
この雰囲気は嬉しい誤算



船町駅
船町駅 《平成28年8月下旬》
東海道本線:豊橋〜西小坂井
飯田線:船町駅
及び
名古屋鉄道:豊橋〜伊奈

豊橋駅のお隣 船町駅界隈
下町風とも新興住宅地ともちょっと違う
貨物線が放棄されて少々うらぶれたけれど
それでも今なお鉄道好きには楽しいところ
何もかもが風変りでかえって新鮮



船町踏切
船町踏切 《平成28年8月下旬》
東海道本線:豊橋〜西小坂井
飯田線:船町
名古屋鉄道:豊橋〜伊奈
及び
豊橋オフレールステーション(旧船町貨物駅)

船町駅前は時空を超えた異空間
フイルム時代からこの雰囲気にほれ込んで
撮り始めたら止められない
犬の散歩のおじさん曰く
「踏切を撮るなんて想定外!」



豊川橋梁の歴史
豊川橋梁の歴史 《平成28年8月下旬》
東海道本線:豊橋〜西小坂井
飯田線:船町〜下地
及び
名古屋鉄道:豊橋〜伊奈

大きな河川を渡る鉄道橋は架設以来
大抵数度の架け替えの歴史がある
豊川橋梁に残る煉瓦積みの橋台
駒止めが美しい役目を失った小道
日常の隣には隔絶された異空間



砥鹿神社へのオマージュ
砥鹿神社へのオマージュ 《平成28年8月下旬》
飯田線:三河一宮駅

近年堰を切った様に伝統の駅舎が取り壊されて
多くがセンスを理解しかねる“不思議な箱”に生まれ変わる中
三河一宮駅は珍しく従来の木造のまま平成初期に修繕
既に意匠は痛み始め蜘蛛の住処にもなっているけれど
砥鹿神社の最寄り駅を最大限にアピール



緑の朝
緑の朝 《平成28年8月下旬》
飯田線:東上〜野田城

ひと雨降った雲は切れ
東の稜線から鋭い日差し
刻一刻と色彩は溢れ
緑の朝に包まれる
街へ向かう心も洗い



銀河鉄道
銀河鉄道 《平成28年8月下旬》
飯田線:湯谷温泉〜三河槙原

夏らしい夏の予報のはずが
天候不順は彼岸も続き
七夕の時期は見逃した
半月ちょっと遅れの天の川
銀河鉄道の夜はこれから

季節の一枚 ページ



県民の森最寄り駅
県民の森最寄り駅 《平成28年8月下旬》
飯田線:三河槙原駅

県民の森の思い出は
中学二年の林間教育
無邪気で楽しかった青春の日々
今はみんなおじさんおばさん
あの頃の旧友はどうしているかな



望月街道
望月街道 《平成28年8月下旬》
飯田線:三河槙原〜柿平

飯田線の三河大野から
三河川合にかけての宇連川沿い
線路に寄り添い絶えず続く
自動車一台が何とか通れるだけの
何とも頼りなさげな道がある 〜



望月街道
望月街道 《平成28年8月下旬》
飯田線:三河槙原〜柿平

〜 実はこの道 鉄路が引かれる以前から
それまで道などなかった渓谷に
明治初頭 私財を投じて街道を通した
偉人が残した歴史の痕跡
彼の偉業を称え呼ばれた名は「望月街道」 〜



三河川合
三河川合 《平成28年8月下旬》
飯田線:三河川合

〜 今ではほとんど忘れ去られ
人の往来も限りなく皆無
歴史の残像 望月街道
荷車の道は役目を鉄路に受け渡し
目的の地 川合まで快適な旅



奮闘の季節
奮闘の季節 《平成25年8月下旬》
湖西線:近江今津〜近江中庄

何処か気怠く無表情も
何事にも動ぜず任務遂行
頼れる?彼は今年も参上
収穫待ち望むご主人様へ
孤軍奮闘の季節到来 〜

季節の一枚 ページ



奮闘の季節
奮闘の季節 《平成25年8月下旬》
湖西線:近江今津〜近江中庄

〜 と思いきや奥にも
子分と思しき仲間連れ
いやいや彼の連合いか?
素朴な風情が偲ばれる
奥深きは昔ながらの風俗



絶滅危惧風景
絶滅危惧風景 《平成30年8月下旬》
太平洋セメント藤原工場四日市出荷センター

国鉄末期頃の地元東海地方では
飼料貨車とセメント貨車の専用列車が
毎日極一般に走っていた記憶
前者はもはや絶滅して久しい
後者の輸送も全国で此処位か・・・



絶滅危惧風景
絶滅危惧風景 《平成30年8月下旬》
関西本線(四日市港線)

子供の頃見ていた踏切風景は
この様な物だったのだろうか
昼夜稼働の踏切守は多分国鉄職員で
駅員風の制服を着ていた様な記憶
小屋の中で鋼鉄製のハンドル廻し・・・ 〜



絶滅危惧風景
絶滅危惧風景 《平成30年8月下旬》
関西本線(四日市港線)

〜 いずれにしても今や相当珍しい
ワイヤー式の古風な遮断機
電気嫌い機械好き人間としては
実に懐かしい旧友に合った様
改めてその風貌に視線投げかける 〜



絶滅危惧風景
絶滅危惧風景 《平成30年8月下旬》
関西本線(四日市港線)

〜 幹線鉄道では一昔前に
多分完全廃止されているはず
日に数度の稼働に留まる
専用線だからこそ新たな
投資を免れ生き続けて来られたのだろう

季節の一枚 ページ



絶滅危惧風景
絶滅危惧風景 《平成30年8月下旬》
関西本線(四日市港線)

ここへ来たなら取り敢えず立ち寄る
どうやって撮ろうか悩むのだけれど
結局何とも平凡な画角でお茶を濁す
背後に残る風情ある古風な倉庫群も
貨車を横付け出来た時代を知る遺産



絶滅危惧風景
絶滅危惧風景 《平成30年8月下旬》
関西本線(四日市港線)

勤めを終え下げられたままで佇む
臨港線のランドマーク末広橋梁
北勢のシンボル御在所山を背に
まっすぐと伸びる貨物線には
かつては四方八方へ分岐線があった



ふるさとの赤い電車〈次の世代へ〉
ふるさとの赤い電車〈次の世代へ〉 《平成28年8月下旬》
名古屋鉄道:西幡豆〜三河鳥羽

そんなに広くもない我が故郷
けれども暫く縁のなかった反対側
土地改良以来持て余し気味の
数十年来の元芦原がいつの間にか
広大な太陽光発電所に様変わり



日本的都市近郊風景
日本的都市近郊風景 《平成26年8月下旬》
東海道本線:用宗〜焼津
及び
東海道新幹線:静岡〜掛川

立秋を過ぎても眩しい日差しに
青々と輝く田園風景
その中に散らばる工場や民家
線路の向こうには街の渋滞
ざっくばらんな日本的風景



貨物ホーム
貨物ホーム 《平成30年8月下旬》
東海道本線:美濃赤坂駅

其処に降り立つ事はないけれど
其の大抵は古ぼけた佇まいに感じ取る
哀愁は何故か幻想の遥かなる旅情
美濃赤坂の其れも今や使われる事無く
空虚な眺めが返って孤高の存在感



終着駅
終着駅 《平成30年8月下旬》
東海道本線:美濃赤坂駅

ほとんどの愛知県民にとっては無縁の地
美濃赤坂はしかし古くから馴染みの駅名
東海道線のみかん電車に頻繁にあった行先
大抵先頭に二両の郵便荷物車がくっついて
あの懐かしい“国鉄音”響かせた終着駅



西濃鉄道
西濃鉄道 《平成30年8月下旬》
西濃鉄道:赤坂本町駅跡(美濃赤坂〜乙女坂)

今は貨物専用鉄道の“西鉄”も
一時期旅客列車を走らせていた
赤坂本町駅はかつての宿場中心地
美濃赤坂乗り換えならば需要は皆無も
大垣直通なら便利で喜ばれた事だろう



いつもの時間
いつもの時間 《平成30年8月下旬》
西濃鉄道:美濃赤坂〜乙女坂

一日三往復で日曜お休み
宿場を縫って走る鉄道には
小さな踏切がいくつもある
そこに掲げられた手作りの掲示
鉄道がある何気ない日常



掲げ残った啓発
掲げ残った啓発 《平成30年8月下旬》
西濃鉄道:美濃赤坂〜乙女坂

木造の朽ち果てそうな踏切小屋
脇にはワイヤー式の遮断機遺構
踏切守と言う仕事があった時代
不効率が不幸だったとは思わない
掲げ残った啓発に前世代の確かな職跡



池田山
池田山 《平成30年8月下旬》
養老鉄道:北神戸〜池野

池田山山頂へは舗装林道が整備されている
作品とは全く無関係だけれどこの道が良い
中腹までの荒れた路盤の1,5車線区間は
適度なうねりとそこそこの直線で気持ち良い
九十九折れもある後半新敷路は閉口だけれど



板敷渓谷
板敷渓谷 《平成30年9月上旬》
飯田線:湯谷温泉〜三河槙原

久し振りの飯田線撮影は“重役出勤”
お天気もいまいちで探訪中途切り上げ
国道沿いの板敷渓谷でこれまた久し振り
スパイクゴム長靴履いての水辺探索
些細な落差も間近に接すれば自然への畏怖



蕎麦の花咲く丘
蕎麦の花咲く丘 《平成25年9月上旬》
飯田線:七久保〜伊那本郷

天竜川の段丘上を
律儀になぞる飯田線
谷越え丘越え右に左
曲がった先の車窓いっぱい
季節の香りが広がった



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