鳥羽パールレース

佐藤敬太


 僕は7/22日の昼に出た。お母さんと村上さんと車に乗って五ヶ所にいった。安城を2時にでて4時くらいについた。予定よりだいぶ早かった。五カ所についてからまず、プールに入った。プールは浅かった。30分くらいで出て、夜ご飯を食べに行った。食べに行った場所は「やまぐち」というところだ、去年このやまぐちにいってごはんをたべたらおいしかったから今年は予約してここに着た、予約してきたら、鯛があった、とてもおなかがいっぱいになるくらい食べた、パクリとしたらとてもおいしかった。そして、みんなとしゃべっていたら、8時になった、すると、長尾さんがやまぐちに来た。スーツ姿だった。ここへ来るまで仕事とやっていたことがわかった。このあと、佐藤家はみんなと違うホテルにいった。だけどそれが山奥で迷った夜の道は暗くてお母さんはスピード出しすぎでますます怖かったそれで電話して場所がわかった。ついてからお風呂に行ったお風呂はちょっと遠かった。ゆっくりしていた。泊まる場所にきて、すぐ寝た。これで、1日目は終わった。

 次の日朝から買出しにいった。フルーツをたくさん買った。こんなにかってどうするのだろうと思った。ダンボール4個もって船が停泊している五ヶ所にいった。その日は朝から疲れた。その後船にダンボールを乗せたら海に飛び込んでヨットを洗ったそのときは貝がついてなかった。その日は朝からプールや海で遊びくたびれるまで遊んでいた。夜前夜祭があった。だけど僕は緊張してごはんをあまり食べなかった。主催者の岩瀬さんの息子そら君と花火やボートにのってあそんでいた。そのときから下痢しっぱなしだった。パーティは終わりホテルに帰った今日は明日のレースのために早く寝た。                             

 次の日4時に起きた。だいぶ緊張していた。朝もご飯を食べなかった。その後ヨットのおいてある五ヶ所にいった。すぐ五ヶ所をでた。お母さんが手を振っていた。テレビ局の人がいた。スタートの場所に来た。1回目は良いスタートだとおもったのにほかのヨットがでてゼネリコだった。なんだよとおもった。2回目はスタートが遅れてしまった。そのまま走っていたら急に風がなくなってしまった。3時から5時半まで風がなかった。その間、僕は寝ていた。いきなり風はふいてきて、びっくりした最初はいい風だったけど、いきなり大風になった、僕はお父さんに危ないと言われて、中で寝ていた「音からしてとてもこわかった。」

 台風の風や波で大変だった。だいぶ揺れていて頭がガンガン壁にあたった。そのあと11時30分まで、我慢したがみんなの体力がなくてリタイアした、あの波でリタイアはとうぜんだとおもう。そこから、また10時間かけてかえらなければならない朝の4時くらいまで大波だった。そこから、波と風がだいぶ収まってきたので、僕は外に出た、空気が気持ちよかった。浜松のおきからヒコウキをながしたら、な、なんとカツオが釣れた。カツオとはぜんぜん思わなかった。50センチくらいだった、それが二匹も釣れたとてもうれしかった。それで、三匹目とおもって流したら、今度は餌が食いちぎられた、ショックだった。僕が餌になろうと思った。だいぶデカイ魚が来たことがわかった。まだ下痢をしていた。船の上では下痢を8回ぐらいした。ヒールしていてやるのが苦しかった。それで食いちぎられて餌がなくなったから、ヒコウキをもうやめた。西浦に着いた厳しい海のたびが終わった。ついてからカツオの刺身や塩焼きを食べた美味しかった。そのあと、船を洗った。船は貝がついていた。ぜんぜんとれなかった。洗い終わったあと、すぐに家にかえった。帰ったらお母さんは徳島にいっていた。なんかさびしかった。それでおばあちゃんの家にいってご飯を一緒に食べた。久しぶりのご飯美味しかった。