[第10回]・「第4日・平成7年3月20日(月)」 快晴 参照地図
                                 ・第45図第46図第47図


スタ−ト・7時35分・JR上夜久野駅←JR下夜久野駅・駅前「八額亭」・兵庫県夜久野町平野

 JR上夜久野駅(標高130m)を出て、平野部落水上・平野・中田・上町・門垣地区を過ぎる。この辺りは、左手は山裾が道路まで接近し、右手も山裾が近くまで来ているが、牧川を挟んでわずかに平坦地が開けているだけで、巡礼道は駅からは緩やかな登り勾配で、これから長く続くので疲れそうな道である。

直見部落に入ると、山中・大岶(おおさこ)・西垣・宮垣・栗尾・才谷地区とも両側は山裾が接近しまったくの山間の道であるが、人家も点在し、平地もわずかに見られる。

才谷地区がバスの運行はここでの様で才谷バス停がある。9時着。標高は300m。
ここからは人家もなく、道も急峻になり登りきると小坂峠で再び県境で兵庫県但東町に入る。

   夜久野町直見山中部落の巡礼道

   夜久野町直見山中部落脇にある地蔵堂 

  夜久野町直見山中部落の地蔵堂のお地蔵さま 

    夜久野町直見西垣部落の巡礼道

  夜久野町直見栗尾部落巡礼道から見た大師岳

 夜久野町直見才谷部落・小坂峠に一番近い部落

  県境・小坂峠(H=380)・兵庫県但東町に入る

 県境・小坂峠(H=380)・から見た夜久野町才谷部落

   小坂峠の残雪・3月末だがまだ見られる

小坂峠(H=380)・県境・京都府夜久野町
               →兵庫県但東町

但東町・地勢は高峻で、500〜600m級の山岳
      が連立している。
  専業農家は少なく、林業や但馬ちりめんの
  織物と兼業が大部分を占めている。
  高原や傾斜地は放牧に適し、良質の但馬
  牛を産出する。





 小坂峠を下り、小坂・東中・久畑部落出石川に沿い下る。
ここら辺りも両側急峻な山並みで、全くの山間の道である。人家は点在するが歩いていても人一人出会わない。

薬王寺川を渡ると、すぐ国道426号と合流する。すぐ右手に久畑バス停・久畑関所跡がある。

久畑関所跡・山陰京街道の交通の要衝として、江戸時代に設置された。蛤御門の変に敗れた桂
         小五郎は、この地に匿われて難を免れた。


国道を右手方向に2km余下ると大河内部落で、県道・三叉路に出る。
左手の県道を薬王寺川に沿い、薬王寺部落を越す辺りから道はつづら折の難所となる。

四国・西国・秩父・坂東納経塔・薬王寺部落にある。文政5年(1822)の建立。
また、途中左手に大生部兵主神社がある。まもなく神懸峠県境。再び京都府に入る。


    但東町久畑部落・久畑関所跡


      久畑関所跡・広場と句碑

   久畑関所跡・説明板(少々読みずらい)

     久畑部落の地蔵堂

 但東町薬師寺部落・四国・西国・秩父・坂東納経塔

    
        納経石塔

    神懸峠手前にある大生部兵主神社

  神懸峠手前・大生部兵主神社付近の民家と残雪


 神懸峠・県境・
  先 京都府福知山町雪原−手前 兵庫県但東町


神懸峠(H=408)・県境・兵庫県但東町→
             京都府福知山市雪原

福知山市・
 中心市街は、由良川と土師川の合流点、天正7年(1579)、明智光秀が築いた福知山城の城下町であった。
周辺には弥生時代に遺跡や古墳が見られるように、古くから山陰道の要衝として開けた。

山陰家畜市場は、日本三大牛市の一つで、年間1万頭の但東牛が取引される。

市内見どころは、福知山城・三段池公園・養老水公園・天寧寺・御霊神社・久昌寺・醍醐寺・長安など。

 県境の神懸峠を下る、こんな山間の道でも家屋は点々としてあり、右手から県道が合流すると間もなく雲原市場部落国道176号と合流する。

左折して国道と旧道を交互に歩き、雲原久保小杉野・同仏谷部落を過ぎるとすぐ国道は与謝トンネルで越すが、旧道歩きはかなりの勾配で、山道を汗を流して登ると、やがて与謝峠(H=370)にたどり着く。14時25分着
峠が市町境で加悦町に入る。
なお、峠の麓の雲原部落は、昔の落人の村といわれ、寺内首相の私設秘書は”西原借款”で有名。


 神懸峠を下った市場部落の”西国巡礼道・記念道標
   左 しょしゃ山  右 なりあい山

 福知山市仏谷付近・左 176号 与謝トンネル坑口
   


  与謝峠付近・巡礼街道  左手の看板が町境


  福知山市仏谷・与謝峠手前にある石像道標


   福知山市仏谷・176号旧道と家並み 
与謝峠(H=370)・市町境・京都府福知山市雲原→同 加悦町与謝
加悦町(かや)
背後に大江山が連なる山岳地帯が続く。早くから”ちりめん織”が盛んで、丹後ち
         りめんの中心地である。町の西方には、多くの古墳や遺跡が見られる。


与謝峠の下りは、ジグザクの下りで、右手には大江山(H=832・千丈ヶ岳)が見られる。旧道もジグザクの下りで、与謝部落・峠・二ツ岩地区と続く。
峠部落には、”一本杉”が聳え、”ご神水”があり疲れた喉を癒してくれる。

    
    与謝峠を下った峠部落にある”一本杉”

    同 峠部落にある”ご神水” 

与謝峠を下った峠部落から見た大江山
                    (832m・千丈ヶ岳)


   同・国道76号高架橋・橋下は峠部落

与謝部落より見た・大江山・峠部落・国道176号高架橋

大江山・源頼光の鬼退治で有名な、酒呑童子の住屋
       ”鬼の窟”がある



   加悦町内の着色と手の込んだ地蔵尊像
与謝部落ニツ岩地区を過ぎ、金屋部落口滝地区に入る。町並みは、白壁にしっかりした家が多く、手入れの行き届いた庭の松の古木を良く見る。
また、ちりめん織の機械の音が静かな町に絶えず聞こえてくる。

国道176号から分岐する金屋・後野部落の辺りが加悦町の中心部で、野田川町まで続いている。

本日の行程はここまで、
  L=32.9km  50,700歩 (泊)加悦町中心部・「井筒屋」 昔の加悦駅前 
                   昔ながらの旅館で、よく気がとどき気持ちの良い宿であった。