[第9回]・「第2日・平成7年1月14日(土)」 晴れ午後曇り
                              (参照地図・第34図第35図第36図)

 スタ−ト・7時20分 清水寺ユ−スホステル 兵庫県河東郡社町

 
昨日の登山口まで下り、南西方向に歩く。
途中左手に平木鉱山がある、更に西方向へ歩くと鴨川小学校が二又交差点角にある。左手の道に入り南下、途中鴨川に架かる小橋を渡る。


社町鴨川付近の旧道の建つ人家・合掌屋根?が多い

更に南下するとここの部落の、人家の屋根がちょっと変わった構造になっているのが目につく、合掌屋根だろうか?、がある。
町境に出るが、境界には目につくものはない。

町境・社町→東条町
東条町・
町の北東部から南西部にかけて加古
      川の支流東条川が貫通している。
      東条川の沿岸は古来、良質の酒造米
      産地として知られている。
      鴨川ダムが出来てからは、観光の町
      として転進している。
      また、釣針の生産高は全国の75%を
      占めているそうである。
東条町に入ると左手に東条湖が見えてくる。
東条湖・東条川の支流鴨川を堰き止めて造った湖で、昭和26年完成した灌漑用人造湖で、南北
      5km、東西2kmある。湖上遊覧船が常時発着し、夏はキャンプ場としても賑わう。

東条湖ランド付近が町境で再び社町に入る。
町境・東条町→社町

町境から1kmで廻渕部落の三差路交差点に出る。ここで一寸寄り道をして朝光寺へ寄ることにする。
三差路交差点を北へ山間の道を2km強歩いて10時15分着。

「鹿野山・朝光寺 (高野山真言宗)」 兵庫県加東郡社町畑
 
 室町時代はこの地の豪族赤松義村が、また江戸時代は姫路城主池田輝政が深く崇敬して寺運も隆盛した。
現在、塔頭は吉祥院・総持寺を残すのみで、わずかに国宝・本堂と、重文・鐘楼が面影を残している。

(国宝)本 堂・
 桁行7間・梁間7間・一重寄棟造り、向背3間・本瓦葺きの堂々たる建物である。
内部に付指定の3間厨子は、応永20年(1413)、本尊奉安の墨書があり、本堂の建立もこの頃と推定される。
和様を基調とし、徳島県勝浦町・鶴林寺とともに和様折衷様式の終わりを飾るものとして国宝に指定されている。
 本尊・十一面観音

(重文)鐘 楼・鎌倉時代後期の建立

 ほかに慶長6年(1601)、池田輝政建立の多宝塔・仁王門・不動堂がある。
なお、当寺は白雉2年(651)、法道仙人の開創という古刹。創建当時は背後の山上にあったが、
文治5年(1189)、現在地に移った。

   朝光寺・(国宝)本 堂  右(重文)鐘 楼

    朝光寺・(重文)鐘 楼

 朝光寺・(国宝)本 堂  本尊・十一面観音

  朝光寺・本堂・ 堂々とした梁の本組み立て
   
    朝光寺・多宝塔
  
  朝光寺・多宝塔・説明板

   朝光寺・塔頭 総持寺

   朝光寺・塔頭 吉祥院

   朝光寺・(国宝)本 堂・説明板

    朝光寺・(重文)鐘 楼・説明板

朝光寺を出て再び廻渕交差点まで戻る。ここからは西へ歩くが、両側丘陵地で点々と部落がある。
途中、池之内部落を越すが左手に大池がある。上久米部落の三差路を右折してすぐ第二の三差路に出る、ここを左折して千鳥川に架かる水谷橋を渡り、中国自動車道路を越し南下すると再び東条町に入る。
相変わらず道の両側は丘陵地でのどかで静かな山村風景である。

町境・社町→東条町

町境を越す辺りから巡礼道は、南の松沢部落県道合流地まで丘陵地の狭い道を歩くが、いかにも静かな田舎道なので気持ちがいい。
県道合流地の脇には八幡神社があり、ここから西へ歩くが平地が開け人家が点在している。
なお、県道に入り西へすぐ東条川に架かる新橋がある。この橋が市町境で小野市に入る。

新橋(東条川)・市町境・東条町→小野市池田町
小野市・古くからの土地で、古代には大伴氏・巨勢氏が権力争いを行った所で、当時の名残
      が多く残されているという。
      現在は良質の酒造米の特産地として知られている。また古くから、算盤・金物・針等
      の産地としても有名で、算盤は”播州そろばん”として全国の80%を占めている。

市境を過ぎ、池田町・曽根町・小田町を過ぎ、船木町船名橋(東条川に架かる)を渡り、菅田町・住吉町で再び東条川に架かる誉田川を渡り南下する。
高山町の大工場・大小の池を左に見て、北丘町の四差路を南へ歩くと2km余で浄土寺へ着く。
14時50分着。


「極楽山・浄土寺 (高野山真言宗)」 (新西国番外寺) 兵庫県小野市浄谷町

 聖武天皇の勅願で行基が開創した広渡寺の遺跡に、建久4年(1193)、東大寺を再興した俊乗坊重源が開創した古刹である。
加古川東岸のこの辺りは、大部分東大寺領で、東大寺再興に当たりその財源になった。

(国宝)浄土堂 (本堂)・
 建久5年(1194)、上棟。3間四方・宝形造り・本瓦葺きの堂々たる建物。東大寺南大門と共に純粋な天竺様建築の数少ない遺構として貴重なものである。

本尊・(国宝)阿弥陀三尊像・
 内部の円形の須弥壇にたつ。阿弥陀如来立像は、高さ5.15m、脇侍の観音・勢至の両菩薩は2.42m。天井に届くほどの巨像で、堂内を圧倒している。鎌倉時代を代表する傑作で、快慶といわれる。

本堂背面の蔀戸(しとみと)から射し込む夕日を背景に西方浄土からの阿弥陀如来を真っ赤に彩る様は有名である。
太陽が真西に沈む頃が一番の見ごろで、秋のお彼岸ごろが最適という。

(重文)薬師堂・
 5間四方・宝形造り・本瓦葺きで、天竺様を基調とし、外見は浄土堂に似ているが、和様・唐様が加味されており、構造・様式の細部は随分違っている。
建久5年(1194)、上棟であるが、明応7年(1498)、に火災で焼失、永正14年(1517)、に再建された。

(重文)銅製五輪塔・
 
東大寺再興後、重源が数基造り、東大寺と関係深い寺院に奉納したうちの一基。

開山堂・(重文)木造重源坐像を安置する。薬師堂と共に焼失したが、再興された。

ほかに、木造阿弥陀如来立像・木造菩薩面25面・鉦鼓・八幡神社本殿・拝殿など。

    浄土寺・遠望

    浄土寺・(国宝)浄土堂(本堂)

  浄土寺・浄土堂前の梅ノ木

   浄土寺・浄土堂前にて 右手は鐘楼

  浄土寺・境内 正面・左 (重文)薬師堂・右 開山堂

   浄土寺・境内にある小野市特産刃物店

  浄土寺・浄土堂・阿弥陀如来三尊像・説明板

   浄土寺・(重文)薬師堂・説明板

浄土寺を出て、浄谷町門前町を見ながら県道を南西方向に歩くと、大小幾つかの池が点在している。
小野市周辺は池の多いところで、代表的池が市の西端にある”男池”だそうで、鴨の飛来することで有名で、播磨観光百選に選ばれ、現在は鴨池と呼ばれている。

国道175号を横断して、黒川町には薬師堂があるそうだが所在不明で通過する。
やがて小野市市街地に入り、南端にある小野駅(神戸電鉄粟生線)に到着する。16時30分着。

 本日の行程はここまで。(泊)小野駅前・「B・H修 ジャパン」
   L=30.9km  51,700歩  今日の行程はかなりの強行軍でかなり疲れた。