増補 雅言集覽卷之上

いの部

寐。 古事記、上、卅三伊遠斯那世(イヲシナセ) 繼體紀、八于魔伊禰矢度儞(ウマイシネトニ)
いの
萬葉、一、廿七、乙麿やまとこひいのねらえぬに心なくこのすのさきにたづなくべしや 同、八、廿六六帖、五拾遺、夏、大伴坂上郎女郭公いたくななきそひとりこいていのねられぬにきけばくるしも 詞華、雜、上おもふ事はべりける頃いのねられず侍りければよもすがらながめあかして 赤染衞門歌云々
いを
古今、戀、五夢にだにあふ事かたくなりゆくはわれやいをねぬ人やわするる 躬恆集あはぬ夜もある夜もいをしまたねねば夢のただちはあれやしぬらん 六帖、三淀川のそこにすまねどことといへばすべていをこそねられざりけれ
いをやすく
新古今、夏、家持家持集躬恆郭公一聲なきていぬる夜はいかでか人のいかでかは人いをやすくぬるねん 夫木、卅、後法性寺入道まばらなる田庵にすこがいをやすみ月にもらしていく夜あかしつ
いも
土佐日記廿日云々いとわびしよるはいもねず 六帖、六、下打とけていもねられねば郭公夜ふかき聲はわれのみぞきく 新古今、春下、躬恆いもやすくねられざりけり春の夜は花のちるのみ夢にみえつつ
いやは
拾、戀、二君こふる涙の氷る冬の夜は心とけたるいやはねらるる
いこそ
拾、夏五月雨はいそこねられぬ郭公夜ふかくなかん聲をまつとて 道濟集よのほどに咲やしぬらん床夏の花のさかりはいこそねられね
いだに
源氏、空蝉、七あやしく夢のやうなる事を心にはなるるをりなき頃にて心とこたるいだにねられずなん
やすきい
竹取よるはやすきいもねずやみの夜にもここかしこよりのぞきかいまみまどひあへり
旅のい
拾、物名、石柳、輔相旅のいはやなき床にもねられけり草の枕に露はおけども
ねられぬい
榮花、見はてぬ夢、卅三いもねられでひとりごちけるが「夢ならで又もあふべき君ならばねられぬいをもなげかざらまし」 詞花、雜、下にも相如
あさい
源、末摘花、十九こよなき御あさいかな○猶あの部に出しつ。
蜘蛛の網。 蜻蛉日記露にても命かけたるくものいにあらき風をばたれかふせがん
ささがにのい
元眞集ささがにのいかにせよととかわが戀のたのもしげなきそらにしのぶる 後拾遺、戀三、馬内侍しもてさへかきたえにへるささがにのいのちを今は何にかけまし 同、戀四、元輔ささがにのいづに人はありとだに心ぼそくもしらでふるかな 同、雜二、和泉式部そらになる人の心はささがにのいかてけふまたかくてくらさん 千載、長歌、俊頼ささかにのいかさまにてもかきつかん
助字。上古語の下に付て云にて歌にも文にも多し。宣命にもあり。 萬、九ノ卅六長歌云々おくれたるうなひをとこ()あめあふきさけびおらひ云々 同、十二、卅五ありちがたありなくてさめてゆかめども家なる妹()いぶかしみせん ○後の歌にもあり 定頼集、物名、やいこめあなうやこめてぞただにやみなましかくつらからんものとしりせば
いろ
顏の色をいふ。 榮、きるはわびし、八御色は雪はづかしうて 宇治拾遺、二女うちみるままに色をたがへて
顏のいろ
源、少女、廿三宮けさうじ賜へる御顏のいろたがひて御目も大きになりぬ
いろに出
萬、四ノ四十二足引の山橘の色に出てかたらひつきてあふ事もあらん 古、戀三、友則わが戀を忍びかねては足引の山橘の色に出ぬべし 拾、戀一、兼盛忍ぶれどいろに出にけり我戀は物や思ふと人のとふまで
いろに出す
源、桐壺、廿なかなかあやふくおぼしはばかりて色にも出させ給はずなりぬるを 同、關屋、四すこし御心おきて年頃はおぼしけれど色にも出し給はず 同、胡蝶、廿四色に出し給ひてのちはおほたの松と思はせたる事なくむづかしく聞え給ふ事おほかれば
いろ
髮の色のうつくしきをいふ 上生經慈氏髮相紺瑠璃色
いろにて
源、竹川、十五御ぐしいろにて柳の絲のやうにたをたをとみゆ 狹衣、三上、十九髮は少しいろにてこちたうはあらずさばらかなるさがりばなどあてやかに 榮、きるはわびし、八くろきひとへの御ぞに御ぐしは御ぞよりいろにていとこちたくはあらでつやつやと御ぞにたまりたるほど
いろなる
源、椎本、四十四いろなりとかいふめるひすいだちていとをかしげに絲をよりかけたるやうなり 濱松中納言物語、四髮はすこしいろなるが筋もみえずこまごまと翡翠などいふらんやうにひろごりかかりていとこちたくはあらず
いろぎは
宇津保、國讓、中、二十これもいと花やかに髮つきいろぎはなどいとめでたし
いろ
好色の意。俗にいふアダ。
いろになる
伊勢物語、六十一段拾、雜、戀、業平染川をわたらん人のいかてかはいろになるてふことのなからん
いろなる
後拾、秋上、堀川右大臣をみなへしかげをうつせば心なき水も色なる物にぞありける 源、浮舟、四十九此宮のいとさわがしきまで色におはしますなれば心ばせあらんわかき人さふらひにくげになん 榮、花山、廿八御心おきてもいみじう色におはしましていつしかとさべき人々の御娘どもをけしきだちの給ふ 同、根合、卅六まだきより色におはしましてしのびありきいみじうせさせ給ふ
いろなる心
源氏、總角、六十三猶音にきく月草のいろなる御心なりけり
いろなる人
散木集、中、二十五いろなる人のしたしき人々をかぞへけるに
いろなる娘
宇津保、藤原の君、卅九をのこどもゐなみて色なる娘どもゐなみて
かりのいろ
夫木、廿七、藤原爲顯花をみる道のほとりの古狐かりの色にや人まよふらん
かれるいろ
同、定家つかふるき狐のかれるいろよりもかきまどひにそむる心よ
いろ
五色のいろなり。こきうすき萬にわたりていへり。ことごとく抄するにいとまあらず。 更級日記山のすがた紺青をぬりたるやうなるに雪のきゆるよもなくつもりたれば色こき衣に白きあこめきたらんやうにみえて
いろなる
是は殊にうつくしきをいふ。基俊のは聲にかけ好色をもかねてよめり。 千載、秋上、基俊宮城野の萩の牡鹿の妻ならん花さきしより聲のいろなる 同、同、俊頼あすもこん野路の玉川萩こえていろなる波に月やどりけり 續古今、春下、後鳥羽院玉川の岸の山吹かげみえていろなる浪に蛙なくなり
いろてる
曽丹集たくひれのさき坂岡のつづら原いろてるまでに花さきにけり
いろなき風
千載、秋下、加茂成保吹みだる柞が原をみわたせばいろなき風ももみぢしにけり 新古今、哀傷、久我太政大臣物おもへばいろなき風もなかりけり身にしむ秋の心ならひに 夫木、好忠秋霧のたちつるすから心あてにいろなき風の衣にしむ
いろ
喪服をいふ。今も京にて凶服あきなふ家をいろ屋といへるよし、人いひき。
いろかへぬ
源、幻、九女房などもかの御かたみのいろかへぬもあり
いろの御ぞ
榮、晩まつ蟲院の西のたいの南西にかけて齋院はおはしますいとうつくしげにていろの御ぞすぎすぎなるにいと黒き御ぞかさねて奉りて
いろになる
清輔集美福門院うせ給ひて後さるべき人々みないろになれることを思ひて俊成卿のもとへつかはしける「人なみにあらぬ袂はかはらねど涙はいろになりにける哉」
いろなる
顯輔集いろなりし年三月盡の心を歌云々 懷古、哀傷母の思ひに侍りけるにさきだちていろなる人のもとにつかはしける 同、同父卿の服ぬぎけるころ母又身まかりければよめる法印賀伊「ぬぎすつるかひこそなけれ藤衣今もいろなる袖の涙に」
いろ
榮、鶴の林、三くろつるばみの御こうちぎにけざやかなる御いろのほど 續千載、哀いろをばゆるしながら出家をばとどめけれども 平家物語、三小松殿熊野詣の所に大臣下向の時いはた河をわたられけるに嫡子權のすけ少將維盛以下のきんだち淨衣の下にうすきいろのきぬをきて夏のことなれば何となう水にたはふれ給ふほどに淨衣のぬれてきぬにうつりたるがひとへにいろのごとくにみえけるを筑後守貞能これを見とがめて何とやらんあの淨衣の世にいはまほしげに見えさせましまし候いそぎ召かへらるべもや候らんと申ければ云々
いろ
倚盧、喪の中こもり居る所をいふ。 禮記、間傳父母之喪居倚盧苫枕 文徳實録、一ノ一皇太子下殿御宜陽殿東庭倚盧 徒然草、廿八段諒闇の年ばかり哀れなる事はあらじ倚盧の御所のさまなど板敷をさげ葦の御簾をかけ布もかうあらあらしく御調度どもおろそかに皆人さうぞく太刀平緒までことやうなるぞゆゆしき
いろ
品といふ意。 新古、秋上、攝政太政大臣おしなべておもひしことの數々になほいろまさる秋のゆふぐれ 尾張家苞色は品といふ事一首の意常は一つにおしこめておきしものおもひの數々に秋は又猶さら色品か増ると也
いろいろ
俗におなじ又さまざまの色をもいふ。 源、夕顏、十二前栽のいろいろみだれたるを過がてにやすらひ給へるさま 同、御法、四いつほどにいとかくいろいろおぼしまうけけん
いろいろの
竹取旅の空にたすけ給ふべき人なき所にいろいろの病をして 古、秋上みどりなるひとつ草とぞ春は見し秋はいろいろの花にぞありける 源、澪標、廿四夜ひと夜いろいろの事をせさせ給ふ
いろいろに
源、浮舟、五十六猶さる物にてきたらん今はとて見ざらんはたいと戀しかるべしと人わろくいろいろ今本ナシ心の内におぼす 狹、一上、廿七いろいろにかさねてはきじ人しれず思ひそめてしよはのさころも 夫木、十五、能宣下紅葉いろいろになる鈴鹿山時雨はいたくふるにぞあるらし
いろいろ
なくさま。 宇治拾、十四僧都いろいろとうちなきて
いろは
假名の文字也。 壬生集、下淡路しま難波をかけて見わたせば浪のいろはのあしてなりけり 玉勝間六、卅六台記に、久安六年正月十二日今日今麿參御前以呂波と有り。此頃も童にいろはをかかせしなり。今麿は隆長卿のわらは名なり。 今川了俊、落葉顯露手書のいろはをばいかが學ぶべきぞや
いろは
母。 神代紀、上ノ十和名抄、二伊呂波 ○契沖云、母よく子を養て見るべきいろあらしむるゆゑにいふ。 ○眞淵云、いろは家のことにて萬葉東歌に家々にはといふをいろはにはともよめり。さていろせ いろと いろねといふも舍兄舍弟の意にて同居同胞をいにしへは實の兄弟とすれば母も同居してその母なる意にて家母といふことなるをはぶきていろはといへるなり
いろと
弟又妹。 神代紀、上、十七(イロト)
いろね
兄又姉。
いろせ
兄をいふ中に弟をもいふこと。 古事記上の廿二に見ゆ。 ○但いろは以下これらの詞は中つ世にはをさをさ用ゐず。
いろどる
彩。顏にもいへり。 古、秋上いとはやもなきぬる雁か白露のいろどる木々ももみぢあへなくに 後撰、秋上、業平秋荻をいろどる風はふきぬとも心はかれじ草葉ならねば
いろどり
源、末摘花、三十五繪などかきていろどり給ふ 同、總角、四十九額髮をひきかけつついろどりたる顏づくりをよくして打ふるまふめり 夫、廿三、爲家うすくこくいろどりわたる時雨哉ゑ島がうらの木々の梢を
いろをとる
夫、四、定頼もしほ草かきあつめたるゑじまには花さく春ぞ色はとりける
いろをもきらはず
色種(イロクサ)のいろ也。物ノエリ嫌ヒナキをいふ。 宇津保、俊蔭いかきものどもひと山にみちて目にみゆる鳥獸色をもきらはずころしくはへば云々
いろか
色香。 古、春上、素性よそにのみ哀れとぞ見し梅の花あかぬいろかはをりてなりけり
いろがみ
色紙。 夫、十二、三條入道左大臣雁がねのかきつらねたる玉づさはあさみどりなるそらのいろがみ
いろそふ
物事のかさなり加はるをいふ。 玉葉、雜、四都をすみうかれて後物申ける女のもとより前右近中將維盛はかくなりにける事を聞つたへて哀れもいとどいろそふさまにいひおこせて侍りけるかへりごとに資盛歌云々
いろづく。づき
萬にいふ。 (鼻に) 源、末摘、廿五さきの方すこしたりていろづきたる事云々 同、若菜、下、百六御はなのいろづくまでしほたれ給ふ (梅に) 同、末摘、卅六はしがくしのもとの紅梅いととくさく花にていろづきにけり 同、幻、八藤はおくれていろづきなどこそはすめるを (紅葉) 同、榊、廿九もみぢのやうやういろづきわたり (稻) 夫、廿二、爲家しがのうらをちの濱田のかりしほにいろづく見れば秋たちにけり
いろつや
今と同じ。 枕草紙、十一、四朝日はなばなとさしあがるほどに云々御こしのかたびらのいろつやなどさへぞいみじき
いろね
いろはの所に附す。
いろくづ
いろこに同じ。
いろくさ
湖月の師説色々種々也。 源、野分、初丁秋の花を植させ給へる事常の年よりも見所おほく色くさをつくして
いろふ
孟津取扱ふ心か 尺素往來國衞所務物任先規相綺 源、松風、五惟光の朝臣例の忍ぶる道はいつとなくいろひつかふまつる人なれば 源、若菜、下、十七なにごとにも目のみまがひいろふ ○廣足按に、此まがひいろふは、アレコレに目のうつりて一ツに見定められぬさま也。前書に引たる松風に、惟光の朝臣例のしのぶる道はいつとなくいろひつかふまつる人なればは、もはら其事とかかつらふをいへる也。まがひいろふは、一ツに目かかづらひ見定めがたき也。まがひよりつづきたる、其意と聞ゆ。本書に孟津取扱ふ心かといふを出せるは、松風のかたにはかなへれど、若菜なるにはかなはず。これを細流哢花にまがひ色めく也とあるは、いたくおもひあやまられしなり。
いろふし
晴なることをいふ。 宇津保、藤原の君、廿二道隆寺にかんつけのみこの大いなるわざし給ふなるを云々かくて此寺にはけふのいろふしにてけしからぬいとおほかり 蜻蛉日記、上ノ下儀式の車にてひきつづけりし物の具きたるしもづかへ契沖本てふりなどかくしいけばいろふしにいでたらんここちして今めかし 源、澪標、廿二かくくちをしききはのものだに物思ひなげてつかふまつるをいろふしに思ひたるに 枕、五ノ九五節の所に上ざうしわらはべどもいみじきいろふしと思ひたるいとことわりなり 徒然、百九十一段よろづの物のきらかざりいろふしも夜のみこそめでたけれ
いろこ。いろくづ
和名、十九以呂久都、伊呂古魚甲也 宇津保、梅の花笠、十一いろいろのあげばりをいろこのごとうちわたして 山家集見るもうきは鵜繩ににぐるいろくづをのがらかさでもしたむもちあみ 水ひたる池にうるほふしたたりを命にたのふいろくづやたれ
いろごろも
正月元日のさうぞくをいふ。 源、葵、五十二あまたとしけふあらためし色衣きては涙ぞふる心ちする
いろことになる
色異になる也。 殷宮門院大輔集秋風にうらみわたりし葛の葉の猶あかずとやいろことになる 續古今、秋下、順徳院秋風になびくあさぢは霜かれていろことになる嶺のもみぢ葉 續後拾、春上、在原棟梁いろことにさける梅枝うべしこそをる人からの袖にしむらめ
いろごのみ
好色の人をいふ。 竹取色好みといはるる五人 伊勢物、廿五段色このみなる女 同、卅九段あめの下のいろごのみ源のいたるといふ人 源、宿木、十六なまめかしうはづかしげにていみじうけしきだつ色好みどもになずらふべくもあらず 榮、樣々あまりすきずきしうなりし色このみになりにけるとなん
いろあはひ
いろあひにおなじ。 (朝顏の花に) 源、宿木、十九をり給へる花を扇に打おきて見ゐ給へるがやうやうあかみもて行くもなかなかいろあはひをかしう見ゆれば (顏に) 濱松、三何のつくろひもなく打とけ給へる御朝かほのけしやういみじうしたらん色あはひにて
いろあひ
俗におなじ。萬にいふ。 (顏に) 宇津保、國讓、下、四十二御年五つほど大きに御色あひ御ぐしの筋母君ぞ似給ひつれど云々 源、紅葉賀、初まちとりたる樂のにぎはしきに顏の色あひまさりて常よりも光ると見え給ふ 狹、三ノ上、一くるしうてよりゐさせ給へる御顏のいろあひけしきなど (衣に) 源、帚木、三十きるべき物當よりも心とどめたる色あひしざまいとあらまほしくて (花に) 枕、三、廿七りんだうは云々いと花やかなる色あひにて
いろさま
顏のいろをいふ。 狹、三中、廿九さばかりあかぬ所なくらうたげにうつくしかりし御色さまをだに
いろゆるさる
伊勢物語抄禁色をゆるさるる也。禁色の宣旨といふことあり。女も色ゆるされたるは綾織物をきる也 伊勢物、六十五段むかしおほやけおぼしてつかう給ふ女の色ゆるされたるありけり 榮、初花、卅六われもわれもとののしりつるしらさうぞくどもを見れば色ゆるされたるも織物の裳からきぬおなじう白きなれば何ともみえず。色ゆるされぬ人もすこしおとなびたるは三重いつへのうちきに無紋など白うきたるもさる方に見えたり
いろめく。めき
好色めく也。
いろめいたる
めきの音便。 源、末摘、七あまり色めいたりとおぼして
いろめき
體の詞。 榮、樣々、十六大納言殿は例の御心の色めきはむづかしき迄思ひ聞え給へれど宮の御前更に更にあるまじき事に制し申させ給ひけるを
いろめかしう
源、紅葉賀、八色めかしうなよびたまへるを女にて見んはをかしかりぬべく 榮、月の宴、十七かの北方は御かたちも心もをかしう今めかしうおはしける。いろめかしうさへおはしければかかる事はあるなるべし
いろめかしき
源、葵、卅三色めかしき心ちに打守られつつ 金葉、秋、藤原顯輔しらつゆや心おくらんをみなへしいろめく野べに人かよふとて
いろもなくなる
驚きおそれて色を失ふをいふ。 源、玉鬘、十二ゆくりかによりきたるけはひにおびえておとど色もなくなりぬ
いろせ
いろはの所に附す。
いは
岩。 和名、一磐大石也以波日本紀私記云千人所引磐石和名知比木乃以之 古、戀、一たねしあれば岩にも松はおひにけり戀をしこひはあはざらめやは
いはばいはなん
いふならばいへよ也。 後撰、春中、素性山守はいはばいはなん高さごのをのへのさくらをりてかざさん 續後撰、春下、藤原信實吹風をいはばいはなん櫻花ちりかふころの春の山守
いはばし
岩橋。 拾、雜賀、春宮女藏人左近岩橋のよるのちぎりもたえぬべしあくるわびしきかづらきの神 夫、廿一、頼氏くれゆけば木の下くらき岩橋のみたらし川に飛螢哉
くめのいはばし
壬生、下さりともといのりし中のたえしよりあふことかたきくめの岩橋
井出のいはばし
夫、廿一、顯季かよひこし井出の岩橋たどる迄所もさらずさける山吹
やそのいはばし
同、顯朝雪降は天の羽衣白たへに風さへわたるやその岩橋
いはほ
和名、一以八保 古、冬、秋峯白雪の所もわかずふりしけばいはほにもさく花とこそみれ 同、雜、下いかならんいはほの中にすまばかは世のうき事の聞えこざらん 源、須磨、十三すみはなれたるらんいはほのなかおぼしやらる
いはと
岩戸。 夫、九、俊成冬とぢしいはとあけども氷室守夏は通さぬ關路なりけり
天のいはと
(竟宴歌) 新拾遺、神祇、經覽思ひかねたばかりごとをせざりせばあまの岩戸はひらけざらまし 拾遺愚草、下天の川あくる岩戸も情しれ秋の七日の年の一夜を
いはとの關
八雲御抄空の事也 夫、廿一雲井なき海山こえてゆく秋をえやは岩戸の關もとどむる 同、後鳥羽院天つ空岩戸の關の明がたに風の吹しくさを鹿のこゑ 新拾、春上、爲藤あけわたるそらにしられて久方のいはとの關を春やこゆらん
いはとがしは
石をいふなりとぞ。 ○宣長云、岩常磐(イハトコシハ)なり。いはしはといふは稻をしねといふに同じといへり。 萬、七、十一よしの川いはとがしはと常盤なす我はかよはん萬代までに 千五百番たきつ浪たつかときけばよしの川いはとがしはに時雨ふるなり 新勅、戀一、頼氏つれなさのためしはありと吉野川いはとがしはをあらふ白波 續古、冬、爲氏吉野川たぎつ川風音さえていはとがしはに氷る白波 草庵集みよしのやいはとがしはもうづもれて川風さむみふれる白雲 新千載、冬、順徳院よしの川いはとがしはの初しぐれときはのいろはけさもつれなし 新後拾、雜春、頼英よしの川いはとがしはもいろかへて花ちりかかる岸の山吹 同、賀、定家よしの川いはとがしはをこすなみのときはかきはぞわが君の御代 萬代、戀一、宣經よしの川いはとがしはのいはでのみおもふこころの色ぞかはらぬ
いはとこ
岩床。 萬、一、長歌いはとこと川の()こごり
いはちどり
岩千鳥。 兼輔集いはちどりあやながるねは何ゆゑになかすのはまのなかずにあるらん 物思ふをなくさのはまのいはちどりなくさむまにぞなきまさりける
いはる
()(イハ)也。いはるるいはれての類。いふの所に出す。
いはかど
岩角の心也。 拾遺、秋、高遠あふ坂の關の岩かどふみならし山立出るきり原の駒 續拾、戀五、紫式部かへりてはおもひしらぬや岩かどにうきてよりけるきしのあだ波 隆信集ひく駒やちかくなるらんあふ坂の關のいはかど音ひびくなり
いはかど
岩門。 源、夕霧、六十一うらみわびむねあきがたき冬の夜に又さしまさる關の岩かど 袋草紙、爲仲東路のことづてやせし郭公關の岩かど今ぞすぐなる
天のいはかど
堀川百首、神樂、顯仲しらにぎてたくさの枝とりかさうたへばあくるあまの岩かど 拾玉しののめや關のいはかど霧とぢて鳥の聲にも猶あけぬかな
いはがね
岩の根なり。 萬、七、卅二岩がねのここしき山にいりそめて山なつかしみ出がてぬかも 夫、十三、後九條左大臣秋草の瀧をうけたる岩がねにこぼれてかかる月を見る哉
いはがくれ
岩のかげをいふ。 源、若紫、廿一いはがくれの苔の上になみゐてかはらけまゐる 萬、二、卅四神さぶといはがくれます是は皇子を葬り奉りし所をさして申せり
いはかげ
岩陰。 山家集、上つつじさく山の岩かげゆふはえてをぐらはよその名のみなりけり 榮、石蔭、十二辨資業云々「岩かげのけぶりを霧にわきかねてその夕ぐれの心ちせし哉」是は葬所の地名也 續後拾、戀一、顯輔しるらめやいはかげに生る白菅のねふかくおもふ心ありとは
いはがき
岩のおのづから垣のやうに立めぐれるをいふ。 源、總角、六十二見し人もなき山里のいは垣に心ながくもはへるくず哉
沼のいはがき
新古、戀一、高遠みこもりの沼の岩垣つつめどもいかなるひまにぬるる袂ぞ 堀川、師頼五月雨に沼の岩垣水こえてまこもかるべきかたもおぼえず 千、夏、攝政前右大臣五月雨にぬれぬれひかんあやめ草沼のいはがき浪もこそこせ
いはがきもみぢ
古、秋下、關雄奧山の岩垣もみぢちりぬべしてる日の光りみる時なくて
續古、戀五、小宰相いかでまたあかでやみにし奧山のいはがきしみづかけてだに見ん 萬代、土御門院あやめ草沼のいはがきかきくもりさもさみだるるきのふけふかな 新續古、雜中、公名さびしさをしのびぞかぬる奧山の岩がきしみづなれてすめども
いはだたみ
岩疊。 萬、七ノ廿二いはだたみかしこき山としりつつもわれはこふるかなぞらへなくに 風雅、旅、道全法師いはだたみのぼりわづらふ峰つづき雲にはつれて見ゆるかけはし
いはだおび
婦人着帶也。齋肌(イハダ)の義。 呉竹集いの部倭訓栞由の部擁書漫筆四ノ十三丁などに見えたる説を考合すべし。
いはたき
岩瀧。 萬代おく山の谷のいはたき身をさらずわれてくだけてこふとしらなん
いはれ
俗にいふいはれ因縁のいはれに同じ。 山家、下花見ればそのいはれとはなけれども心のうちぞくるしかりける
いはれなき
著聞集、一、廿三汝が恨所そのいはれなきにあらねども先世のむくいをしるべきなり 同、三、十三近代節會などにも上達部物をくはぬ事いはれなき事なり。古きにまかすべき由沙汰ありけるに云々
いはれぬこと
事か言か、いはれなき心なり。後の世にはいはれざるをこのふるまひなどいへり。 竹取國王のおほせごとをまさに世にすみ給はん人のうけたまはり給はでありなんや。いはれぬことなし給ひそ
いはれたり
イフ所モツトモヂヤ。
さもいはれたり
竹取猶これをやきてこころみんといふ。翁それさもいはれたりといひて大臣にかくなん申すといふ
尤いはれたり
著聞、二の卅件の承仕答ていはくもとより掘はじめてし水を掘とどめさせ給ふべきやう候はず。又かの僧の言申所尤いはれたり。水の末をば流さんずるぞとて
いはつぼ
岩壺。 新六帖、衣笠内大臣いはつぼにたたふばかりの山の井のつつがなくても世をすすがばや ○瀧の岩壺はの部に出。
いはづたひ
岩傳ひ。 夫、廿、光行岩づたひ駒打わたす谷川の音もたかしの山に來にけり
いはね
岩根。 千、賀、俊頼神代よりひさしかれどやうごきなきいはねに松のたねをまきけん
いはねふみ
萬、十一ノ七伊勢物、七十四段岩根ふみかさなる山はあらねどもあはぬ日あまたおほく伊勢戀わたるかもかな伊勢
きしのいはね
後拾、春下、實季水底に紫ふかくみゆる哉きしの岩根にかかる藤浪
いはね松
同、雜四、御製萬代の秋をもしらですぎきたる葉かへぬ谷の岩根松哉
いはねの松
堀川、苔、肥後おく山のいはねの松のかげにてや苔のみどりもときはなるらん
いはねのまくら
岩根枕。 新後撰、戀三、光俊しのぶ山いはねのまくらかはかともした行水のもらさずもがな
いはねすげ
岩根菅。 萬代、戀一、經家よそながらみむろの山のいはねすげいはねはいとどくるしかりけり
いはなみ
岩波。 續拾、夏、定家夏はつる御そぎもちかき川風にいは波たかくかかるしらゆふ
いはんかたなし
イハウヤウモナイ。殊の外なる心。 天徳歌合記左まさるままにくにてりの朝臣いはん方なしと思へり 源、帚木、卅一つまはじきをしていはんかたなしと式部をあはめにくみて 同、夕顏、廿九息はとくたえはてにけり。いはんかたなし
なく
同、帚木、十二いはんかたなくすごきこのとあはれなる歌をよみおき
いはんや
況。今と同じ。 宇津保、ただこそ人の上にだにいふ事なかりし人なり。いはんや更に親の上にはいひてんや 同、國讓、中、一ノ七おほせごとなくとも昔の事を更にわすれ侍らず。いはんやさらにかく仰せらるれば 竹取ただし此玉たやすくえとられじをいはんやたつの首の玉はいかがとらん 伊勢物、百七段わかければ文もをさをさしからず詞もいひしらず。いはんや歌はよまざりければ 加茂保憲女集わが身のごとかなしき人はなかりけり云々鳥蟲におとり木には及ぶべからず。草にだにひとしからず。いはんや人にはならはず
いはゐ
岩井。岩間よりわき出るをいふ。 拾、夏河原の院の泉のもとにすずみはべりて惠慶「松かげの岩井の水をむすびあげて夏なき年と思ひける哉」 源、榊、十五年くれて岩井の水も氷とぢ見し人影のあせもゆく哉 好忠集、十一月上夫、廿六風さむくなりにし日より相坂の山の岩井にみくさゐてけり關の
いはのと
岩戸におなじ。 月清集、下すみすてて人はあとなき岩のとに今も松風庭はらふなり
いはのかけみち
同かけぢ。 古今、雜下世にふればうさこそまされみよしののいはのかけみちふみならしてん 千載、春上、待賢門院堀川雪ふかきいはのかけみちあとたゆるよしのの里も春は來にけり 新千、秋上、一品法親王覺助わすれずよふみならしてしみよしののいはのかけぢの秋の夕ぐれ 續千、雜中、宣時山ふかき人のゆききやたえぬらん苔にあとなき岩のかけみち 新撰古、雜中、公泰尋ね來て又ふみならす跡もなしわがすむ山のいはのかけみち 同、同、義重山里はつま木こるをのおのれのみ通ひなれたるいはのかけみち
いはのした水
岩下水。 玉葉、夏、入道前太政大臣秋近き谷の松風音立て夕山涼し岩のした水
いはおろす
岩下す。 定頼集いはおろすかたこそなけれいせの海のしほせにかかるあまのつり舟
いはく
曰。 古、冬梅の花云々左注此歌はある人のいはく柿の本人丸が歌なり 土佐舟君のいはく 梶とりふなこどもにいはく 竹取かぐや姫翁にいはく 翁詞云々かぐや姫のいはく 云々といへばかぐやひめいはく 云々といふ翁いはく はしり入りていはく 文をみるにいはく文詞云々 大臣答ていはく 竹とりの翁に告げていはく かぐや姫なくなくいはく
いはくら
磐座。 永久百首、榊、兼昌いこま山手向はこれか木のもとにいはくらうちて榊たてけり
いはや
和名、十伊波夜土屋也一云掘地爲
天のいはや
古事記、上、廿天之石屋(イハヤ)汗氣
いはや
月清、上うき世かなひとりいはやの奧にすむ苔の袂も猶しぼるなり
みほのいはや
萬、三、廿九はたすすきくめのわくごがいましけるみほのいはやは見れどあかぬかも
あかしのいはや
源、若菜、上、八十九かのあかしのいはやより忍びて侍りし御いのりの卷數
蜑のいはや
同、明石、十四すまはいと心ぼそくてあまのいはやもまれなりしを
濱のいはや
四條大納言集あまのすむはまのいはやの佛には浪の花をやをりてよすらん
神のいはや
夫、卅大堂神童子いはやにて前權僧正宗懷「雲間より立出て見れば霞けり神のいはやの春のあけぼの」
山のいはや
源、橋姫、卅二さまざまの御とぶらひの山のいはやにあまりし事などの給へるに
苔のいはや
拾遺愚草よしさらばともなひはてよ秋の月苔のいはやに世はそむくとも
峰のいはや
夫木、卅、衣笠内大臣あはれなりみねのいはやの冬ごもりのぼるけぶりのたたぬばかりぞ
いはやの洞いはやの床えぞがいはやよしの山奧のいはやなど夫木に見ゆ。 新拾、秋下、道濟たれすみてあはれしるらんときは山おくのいはやの有明月 月清、一山ぶしのいはやの洞にとしふりて苔にかさぬる墨染の袖
いはま
岩間。 伊勢物、七十五段岩間よりおふるみるめしつれなくはしほひしほみちかひもありなん
いはまほし
いはましのたぐひ次のいふの所に出す。
いはまくら
岩枕。 夫、廿六、家隆あづまぢやしるはの磯の岩枕しげくもとひてかへる浪哉 同、廿五、光行沖つ潟磯ねに近き岩枕かけぬ浪にも袖はぬれけり左注此歌次記云此關遠からぬほどに沖津といふ所あり。海に向ひたる家にやどりて留りたればゆふべによる浪の音身の上にかかるやうに覺えてと云々 千載、秋上、俊頼たなばたのあまのかはらのいはまくらかはしもはてずあけぬ此よは 新拾、羇旅、定家ふしなれぬ濱松が根のいはまくら袖うちぬらしかへるうらなみ
いはけなき
イトケナキ也。 源、若紫いはけなきたづの一聲ききしよりあしまになづむ舟ぞえならぬ 宇津保、樓の上、五十二いと此おとなどもいはけなしやとていで給ひぬ 落窪、十いはけなきものからをかしければアコギガワビシガルヲイトケナキト云也
いはけと
源、夕霧、卅四なほいといはけれてつよきき御心おきてのなかりけることと 同、螢、廿三まだいはけたるひひなあそびなどのけはひの見ゆれば 同、紅葉賀心なげにいはけて聞ゆるはなどさふらふ人ども聞えあへり 榮、輝く藤壺をさなかるべきほどにいささかいはけたる事なく
いはふ
二樣あり。祝する事又神を祭る事にいふ。 神代紀、下、十六齋主此云伊幡毘
いはふ
後撰、賀、貫之いはふ事ありとなるべしけふなれど年のこなたに春も來にけり
いはひ
古、序又鶴龜につけて君を思ひ人をもいはひ 同、賀、素性萬代をまつにぞ君をいはひつる千とせのかげにすまんと思へば 枕、一ノ二正月一日は云々世にあるとある人はすがたかたち心ことにつくろひ君をもわが身をもいはひなどしたるさまことにをかし 源、葵、十二髮そぎの所にそぎはててちひろといはひ聞え給ふを 同、松風、十六あら磯かげに心ぐるしう思ひ聞えさせ侍りし二葉の松も今はたのもしき御おひさきといはひ聞えさするを 伊勢物、百十七段むつましと君はしら波みづがきのひさしき世よりいはひそめてき 後拾、神祇、長能白妙のとよみてくらをとりもちていはひぞそむる紫の野に 同、同石清水に參りてはべりける女の杉の木のもとに住吉の社をいはひて侍りければ云々
いはひ
體の語。 源、初音、初齒固のいはひして 散木、中、四撫子にいはひの心をよせてよめる
いはひ事
源、初音、初年の内のいはひごとどもしてそほれあへるに 同、三いとしたたかなるみづからのいはひごとども哉 孟津いかめしき祝言と也 によらば祝言なるべし
いはひの事
同、總角、四十三三日にあたる夜は云々さるべきいはひの事にこそはとおぼして
いはひ歌
古、序六つにはいはひ歌
いはひの和歌
榮、樣々、十九此舞人の中に六位あるに云々源兼澄舞人にてかはらけとりたるに攝政殿御覽じてまづいはひの和歌ひとつつかうまつるべして仰らるるままに
いはひの杖
枕、六、廿六卯槌の頭つつみたるちひさき紙に「山とよむ斧のひびきをたづぬればいはひの杖の音にぞありける」 夫、卅二つきもせぬいはひの杖は龜山の尾上にゆきてきるにぞありける 同、同、肥後わが君をいはひこめつつ竹の杖千とせ限るうぞうれしかりける 後撰、賀百とせといはふをわれは聞ながらおもふがためはあかずぞありける 萬、十二ノ十五こまにしき紐のむすびもときさけずいはひてまてどしるしなきかも是は齋ひつつしむ意也
いはひおき
拾愚、上いはひおきてなほ長月とちぎるかなけふつむ菊の末のしらつゆ 伊勢物、眞名本、八十六世の中にさらぬわかれのなくもかな千代もと(イハ)人の子のため古今はなげく今本はいのる
いはふ藻
伊物わたつみのかざしにすとはいはふ藻も君がためにはをしまざりけり
いはひ子
萬、九、廿四にしきあやの中につつめる齋兒(イハヒゴ)云々 月詣、戀中、前齋院右衞門佐いはひつつ立ぞかへつる夏衣あかぬなごりのなみだかかれと
いはぶち
岩淵。 萬、十一、卅四六帖、三、淵神なびの打(マフ)さきの岩ぶちにかくれれてのみやわが戀をらん
いはこすげ
岩小菅。 萬、十一三諸の山のいはこすげ云々 新後撰、冬、順徳院しきしまや御室の山の岩こすげそれとも見えず霜さゆる頃 續後拾、戀一、頓阿數ならぬみむろの山のいはこすげいはねばしたになほみだれつつ
いはき
岩木。 萬、四、四十九かくばかり戀つつあらずは石木にもならまし物を物思はずして 伊勢物、九十六段いは木にしあらねば心ぐるしとや思ひけんやうやう哀れと思ひけり 宇津保、樓の上、七十いみじき岩木鬼の心なりとも聞ては涙おとさざらんや 源、夕霧、七十岩木よりげになびきがたきは 同、東屋、卅あはれなる御心ざまを岩木ならねばおもほししる 濱松、四いみじうもてない給ふさまをいかばかりの岩木かは見しらざらん 千載、戀二、政平あふことのかくかたければつれもなき人の心や岩木なるらん 夫、十五、光俊岩木にも物の心はありといへばさぞなわかれの秋はかなしき
いはきりとほす
岩をきり通してゆくごとく流れのするどきをいふなりとぞ。 古、戀、一吉野川岩きり通しゆく水の音にはたてじ戀はしぬとも 壬生、中もみぢばはさそひもとめず立田川岩きり通す水のはやさに
岩きる波
夫、二十四、有伸小忌衣みもすそ川の早き瀬に岩きる浪もたえぬ御代哉 拾遺員外瀬をはやみ岩きる浪のよとともに玉ちるばかりくだけてぞふる
いはきりたつる
新後撰、冬、實伊よしの川いはきりおつる瀧つせのいつのよどみにこほりそむらん
いはきし
岩岸。 續古、春下、爲家はや瀬川なみのかけこすいはぎしにこぼれてさける山ぶきの花
いばゆ
和名、十一以波由俗云以奈々久馬鳴也 堀川、河内冬枯になづみし駒も春くればいばゆばかりになりにける哉 夫、三、行家もえわたるこやのあしべにあさりてやつの國がひの駒いばゆらん
いばゆる
後拾、春上、靜圓あはづののすぐろの薄つのぐめば冬たちなづむ駒ぞいばゆる 源、總角、十四御ともの人々おきてこわづくり馬どものいばゆるをも
いばえ
同、須磨、四十七風にあたりてはいばえぬべければなんと申たまふ 堀川、隆源うべしこそなづみし駒もいばえけりつのぐみにけり萩のやけ原 萬代、後徳大寺あだちのの野ぎはのますげもえにけりいばゆる駒のけしきしるしも 同、惠慶法師よどのなるみつの御牧にはなちかふ駒いばえたり春かきぬらし 同、小侍從いばえつつ野澤にあるる春駒はなへてあしげと見ゆるなりけり 拾愚、上をちうかちや花にいばえて行駒のこゑも春なるながき日ぐらし
いばへ
濱松、一、上御供の人の中にいばへたるものありていざこころみむとて夜中ばかりにとりのこゑにいみじうにせてはるかになきいでたるに關の人々おどろきて其戸をあく ○廣足云、此いばへはいかなる意にか外に例を見あたらず。いばゆる意ならばいばえと書べし。猶考ふべき也
いはゆる
世ニイフ 古事記、上、十一所謂(イハユル)黄泉比良坂者云々 宇津保、藤原の君うたてもの給ふ哉。いはゆるあて宮ぞかし 同、吹上、下、廿五守詞おほやけごとはなぐさむ潟もなきに見給へ煩ひていはゆる田舍人になんなりにて侍る 同、四十三吹上の事をとまりて見給へしにいはゆる西方淨土に生れたるやうになん 源、紅梅、九あはれ光る源氏のいはゆる御さかりの大將などにおはせしころ云々
いはひ
いはひの杖のたぐひは已にいはふの所に出せり。
いはもとすげ
岩本菅。 續千、戀一、法印頼舜おもひ川いはもとすげをこすなみのねにあらはれてぬるるそでかな
いはもとこすげ
新千、戀一、衣笠内大臣こひわひぬあふよもかたしおく山のいはもとこすげねのみなかれて
いはもるみづ
岩漏水。 源、胡蝶、十二思ふとも君はしらじなわきかへりいはもる水に色し見えねば 壬生、上月はさえ岩もる水は秋の聲夏のよそなる廬のうたたね
いはす。いはせて
人にいはしむる也。
いはず。いはじ
不言。○これらのたぐひ次のいふの所に附す。
いはず
さしおいて論ぜざる心也。 源、繪合、廿一もんざいをばさる者にていはず
ともいはず
かまはず差別なしにの心也。 貫之集あら玉の年より先に吹風は春ともいはず氷ときけり 源、東屋、四なほなほしきあたりともいはずいきほひにひかされてよきわか人どもつどひさうぞくありさまは
といはず
同、朝顏、卅一よなか曉といはず御心にしたがへるものの
いはすすき
岩薄。 壬二、中よしの川一もとたてるいはすすきつりする人の袖かとぞ見る
いにしへ
古。 古、序いにしへの代々のみかど いにしへをあふぎて今をこひざらめかも 伊勢物、卅二段いにしへのしづのをだまきくりかへし昔を今になすよしもがな 源、宿木、三いにしへよりつたはりける寶物ども
いにしへの事
同、末摘、十四いにしへの事かたり出て打なきなどし給ふ
いにしへの人
同、桐壺、三母北方なんいにしへの人のよしあるにて
いにしへがたり
同、横笛、十一そこはかとなきいにしへがたりにのみまぎらはさせ給ひて
いにしへいま
古と今也。 同、若菜上、廿六いにしへ今の御物がたり
いにしへゆくさき
こしかた行末也。 伊勢物、廿二段いにしへゆくさきの事どもなどいひて
後拾、雜一、範永いにしへをこふるねざめやまさるらんききもならはぬみねのあらしに 續古今、戀五、小侍從たのめつつこぬよを待しいにしへをしのぶべしとは思ひやはせし 續拾、雜下、兼氏老ぬればしのぶべしともしらざりしわがいにしへぞさらにこひしき 同、同、俊成いにしへの雲ゐの月はそれながらやどりし水のかげぞかはれる 續後拾、雜下、宣時おもひ出のあるにはあらぬいにしへのとほざかればやこひしかるらん 同、同、秀貴いにしへはおなじ月日をへだてにて心にかよふ世々のおもかげ 源、御幸、十七いにしへはげにおもなれてあやしくたいだいしきまでなれさぶらひ 同、椎本、廿八としごろうちわすれたりつるいにしへの御ことをさへとりかさねて
いにしとし
過し年也。 白氏文集、十七ノ七(イニシ) 拾、戀五、安倍廣庭いにし年ねこじてうゑしわが宿の若木の梅は花さきにけり 源、須磨、四十四いにし年京をわかれし時いにけりの類いぬの所に出す
いほ
和名、十庵室、庵草庵伊保草舍也 續後撰、春中、菅家けさ櫻ことに見えつる一枝はいほの垣根の花にぞありける 月清、下初瀬山花にうき世やのこるらん庵あはれなる春の木のもと 夫、卅、爲家行くれて宿かる庵の杉柱一夜のふしも忘れやはせん 同、卅二、爲相山人の樊をかけてすむ庵はからぬ眞柴をまがきにぞゆふ
柴いほ
同、卅、季經秋風になびく稻葉のたえ間よりほのかに見ゆる賤が柴庵
まつのいほ
をばなのいほなど夫木に見ゆ。
下いほ
千首、耕雲山のはに夕日のかげはのこれどもまづくれそむる松の下庵
いほ
和名、十廬、農人作廬以便田事伊保 山家、上小萩さく山田のくろの蟲のねにいほもる人や袖ぬらすらん
田いほ
夫、卅、田家月、後法性寺入道まばらなる田庵にずこがいをやすみ月にもらしていく夜あかしつ
いほはた
五百機。 たなばたのいほはたたてておるぬのの秋さりごろもたれかとりきん 新千、秋上、後伏見院たなばたのいほはた衣まれにきてかさねもあへぬつまやうらみん
いほり
いほにおなじ。庵廬ともにいほりといへり。
いほりつくる
萬、十六、卅おしてるやなにはの小江にいほりつくり
いほりむすぶ
夫、卅、小侍從よそにてやかすむと見ましよしの山峯にいほりをむすばざりせば
いほりさす
同、知家しの原やさても心はとまらねどみくさかりふきさすいほり哉
いほり
源、松風、七年頃だにおなじいほりにもすまずかけはなられつれば
賤のいほり
狹、四下、廿五ひさしく御覽ぜざりつる賤のいほりどももしは又たまさかに立より給ひしいもがすみかの槇の戸ども
いほり
伊勢物、四十三段いほりおほきしでの田をさは猶たのむわがすむ里に聲したえずは 夫、十二、寂蓮山田もるすこがいほりのうたたねに稻づまわたる秋の夕ぐれ
草のいほり
柴のいほり
の部。
谷のいほり野べのいほりささのいほりささのいほりなど夫木に見ゆ。 曽丹集山ざとの梅のこはらに春ばかりいほりてをらん花も見がてら 萬代いほりつくるとてよめる惠秀法師「まがりするひだのたくみが云々 詞花、冬、西膽いほりさすならの木かげにもる月のくもると見ればしぐれふるなり 拾玉、一いほりさすかた山きしのみみづくもいかがききなすみねの松風 同、二いほりさす野べふく風にむらぎえて尾上のかねの聲ぞものうき 同、三いほりさす野路も山路も月さえてをりよき旅の草まくらかな 同、五いほりさす野澤の夏の夕すずみもの所せき秋にぞありける いほりさす野べの旅ねのかなしきはをぎに夕風萩に朝露 千載、雜上、長眞ますげおふる山した水にやどる夜は月さへ草のいほりをぞさす 續古、旅、信實まだしらぬ野原のすゑの夕つく日しばしなくれそいほりさすまで 新拾、旅、六條入道前太政大臣いほりさすはやまの原のかりねにはまくらになるるさをしかの聲 山家いほりさす草のまくらにともなひてささの露にもやどる月かな 新千、秋下、槇豪いほりさす山田のをしねかりしほに稻葉いろづく秋のむらさめ 玉葉、雜上、實泰いほりさす外面の小田に風過てひかぬなるこの音ぞ聞ゆる 新千、雜上、垣雲法親王足引の山田にさせるささのいほ夜を重ぬればふしなれにけり 新後拾、秋上、家隆かりにさす庵までこそなびきけれ野風にたへぬをののしの原
いほり
和名、十伊保利軍營也 ○用語にもいへり。上に出す。
いほえさす
五百枝さす也。さすはサシ出シゲリ合フ意。 萬代木枯も時雨もしらじいほえさす神なび山のときは木のかげ
いほしろをだ
五百代小田。 拾芥抄、中、七十一方六尺爲一歩云々七十二歩十代 ○是にていほしろのひろきをおしはかるべし 萬、八ノ四十五五百代小田を苅みだり田ぶせにをれば都し思ほゆ 堀川、苗代、仲實谷水をせくみな口にいぐしたていほしろ小田にたねまきてけり ○今の十町ばかりにあたるか。
いぼじり
かまきりをいふ。 新猿樂記、九蟷螂(イボジリ)舞之(クビ)
いぼむしり
和名、十九蟷螂、以保無之利
いぼうじり
散木、下、五十三ひきかへの牛のことの外にちひさくやせてえひかざりしかばいぼうじりとつけて笑ふほどにかたはしざまにたふれぬべくよろぼへばうしろざまにあゆませてたふすなと人々あるを聞て「くびほそくいぼうじりして立直れ」
いへ
家。 古、春上家にありける梅の花ちりけるをよめる 後拾、秋上家の萩を人のこひ侍りければよめる 詞、秋家に歌合し侍りけるによめる 源、玉鬘、廿九右近が家は六條院に近きわたりなりければほど遠からで 同、浮舟、卅八はかなうつくりたる家なりけり
御いへ
竹取翁詞わが御家へもより給はずしておはしましたり
いへいへ
家々。 源、夕顏、十八隣の家々あやしき賤の男の聲々 同、若菜、上、七十七つぎつぎのみこたち大臣の家々其頃いとなみにて
いへいへ
良家の家々也。 枕、十ノ十二女房どもを御覽じわたして關白詞云々ひとりわろき人なしや。これ家々の娘ぞかし。云々よくかへりみてこそさふらはせ給はめ
いへ
いへばいへりのたぐひいふの所に出す
いへばよのつね
イヘバ一トホリコレハコトノホカ也との心也。 枕、七ノ十九臨時祭の所にかいねりのしたがさねなどみだれあひてこなたかなたにわたりなどしたるいで更にいへばよのつねなり
いふもよのつね
同、二ノ十こと笛二つして高砂をおりかへしふかせ給へば猶いみじうめでたしといふもよのつねなり
いへばおろか
前に同。 蜻蛉日記、中上すべていへばおろかにいみじ 宇津保、藏開下、四十三思ふといへばおろかなり。あはせし夜よりかいつきてあはれにいみじき契りをす 源、明石、七いと心ぼそしといへばおろかなり
いふもおろか
枕、二ノ十七月ばかり云々月の頃はねおきて見出すもいとをかし。やみも又をかし。有明はたいふもおろかなり
いへばえに
いへば不得(エニ)の心にて、えいはれずといふことなりとぞ。 六帖いへばえにいはねばくるし世の中を嘆きてのみもつくすべき哉 伊勢物、卅四段いへばえにいはねば胸にさわがれて心ひとつになげく頃哉 源、須磨、七中納言の君いへばえにかなしう思へるさまを人しれずあはれとおぼす 新勅、戀、五いへばえにふかくかなしき笛竹の夜聲はたれととふ人もがな 新千、戀三、隆教いへばえにこがるる胸のあはでのみ思ひくらせるけふの細布 拾愚、中いへばえにおさふる袖も朽はてぬ玉の緒琴秋のしらべに
いへばさらなり
イフモ事アタラシキ也。 蜻蛉日記、上身の秋を思ひみだるる花の上に露の心はいへば更なり 源、薄雲、七つらつきまみのかをれるほどなどいへば更なり 同、鈴蟲、三軸へうし箱のさまなどいへばさらなりかし 同、若菜、上、卅九わたり給ふぎしきいへば更なり 同、下、十六目もあやにかざりたるさうぞくありさまいへば更なり
いへとうじ
妻をいふ。 伊勢物、四十四段うとき人にしあらざりければいへとうじに盃ささせて女のさうぞくかづけんとす 同、六十段昔男ありけり。宮づかへいそがしく心もまめならざりけるほどのいへとうじまめに思はんといふ人につきて人の國へいにけり 宇津保、祭使、廿七わかき時にたくはへわたらひ心ある人につきていへとうじつき家の打になき物なくしてある人なんゆくさきたのもしき 源、帚木、十耳ははさみがちにびさうなきいへとうじらひとへに打とけたるうしろみばかりして 保憲女集かしこき玉のうてなのいへとうじともなりて
いへぢ
家路。 萬、五、廿一まつらなる玉島川にあゆつるとたたせるこらが家ぢしらずも 源、帚木、廿これかれまかりあがるる所にて思ひめぐらせば猶家路も見えず尋ねこし槇のを山は霧こめてけり 後拾、夏好忠集きて見よと妹が家路へ告やらんわれひとりぬる床夏の花 新古、哀傷、後徳大寺左大臣花見てはいとど家路ぞいそがれぬまつらんとおもふ人しなければ 兼盛集鷹狩したるところ「つまこふるきぎすの聲もたえなくにはかなくけふは家ぢくらしつ」
いへをいづる
出家するをいふ。 源、御法、三ひとたひ家をいで給ひなばかりにも此世をかへり見んとはおぼしおきてず 續古、雜下、顯家さても又いづくをつひのすみかとて家を出んと思ひたつらん 續拾、信實いつはりのなからん世をぞそむくべき家を出るもまことならねば 續千、旅、蓮生今更にわかると何か思ふらん我こそさきに家は出しか
いへかぜ
家風。 萬葉、廿、廿三いへ風は日に日にふけどわぎも子がいへごともちてくる人もなし
いへかまど
家竃。 源、玉鬘、廿六あたらしくかなしうて家かまどをもすてをとこをんなのたのふべき子どもに引わかれてなん
いへよりほか
家の内の物ならぬをいふ。 源、少女、八家よりほかにもとめたるさうぞくどもの打合はずかたくなしきすがたなどをも
いへたかし
高家貴人をいふ。 源、御幸、十二家たかう人のおぼえかろからで
いへづと
家土産。 古、春上、素性見てのみや人にかたらんさくら花手ごとにをりて家づとにせん 萬、三、廿五家嚢爲(イヘヅトニセム)
いへづかさ
家事を司る人をいふ。 源、若菜、上、十七女三宮の勅別當をのぞむ事をいへる所に大納言の朝臣の家づかさのぞむなる
いへづく
家近づく也。 萬、十五わきも子をゆきてはや見むあはぢしまくもゐに見えぬいへづくらしも
いへづくり
家作。ヤヅクリ。 源、蓬生、四此頃受領どもの面白き家づくり好むが云々 夫、廿七、行家うらやまし軒端にかくるささがにのさもことやすき家づくり哉
いへらく
いひけらくの約也。
いへうつり
轉宅也。 蜻蛉日記、中上、二家うつりとかせらるる事ありてわれはすこしはなれたる所にわたりぬれば 貫之三月つごもりの日家うつりするに「わが宿を春のともにしわかるれば花はしたひてうつろひにけり」
いへゐ
家居。 遊仙窟、十七(イヘヰシテ)於此 源、帚木、十六目に近き人の家居のありさま 同、須磨、廿三行平の中納言のもしほたれつつわびける家居ちかきわたりなりけり 同、匂宮、四いけるかぎりの世に心をとどめてつくりしめたる人の家ゐのなごりなく打すてられて 古、春上のべちかく家ゐしをれば鶯のなくなる聲は朝な朝なきく 山家、上わが物と秋の梢を思ふ哉小倉の里に家ゐせしより見つる夫、卅一
いへのぬし
家のあるじなり。 枕、十ノ六遠き所人の國などより家のぬしののぼりたる
いへぬし
宇治拾、五、十一家ぬしゑみて
いへのかぜ
家風(カフウ)。俗にイツカヲタフルといへるも此心也。 拾、雜上、菅原大臣母久方の月の桂もをるばかり家の風をもふかせてしがな 源、若菜、上、百四家の風のさしも吹つたへ侍らんに 後拾、雜四後三條院の御時云々わきて歌よめと仰ごと侍りければ越前「いにしへの家の風こそうれしけれかかることのはちりくと思へば」 金葉、雜上、顯輔家の風ふかぬ物ゆゑはづかしの森のことのはちらしはてぬる 新後撰、雜上、俊定家の風かはらずともにつたへ來てむかしの跡ににほふたちばな 讚岐集詞書云々「花の香の身にしむばかりにほふかないかなる家の風とかはみる」かへし「春のうちににほひばかりの花の香をいかなる家の風とかは見る」 山家家の風つたふばかりはなけれどもなどかちらさぬなげのことのは 家の風ふきつたへけるかひありてちることのはのめづらしきかな 家の風ふきつたふともわかのうらにかひあることのはにてこそしれ
いへのつたへ
家傳。 源、若菜、上、百四何事も人にことなるけぢめをばしるしつたふべきなり。家のつたへなどにかきとどめいれたらんこそ興はあらめ
いへにつたふる
夫、卅、爲家いかにせん家につたふる名のみしていふにもたらぬ大和ことのは
いへのぐ
家の具。 宇治拾、四ノ四鍋釜鋤鍬からすきなどいふ物にいたる迄家の具を舟にとりつみて
いへの具足
家の物のぐ
同、二、廿九家の具足どもおほせもたせて云々家の物の具一つも失はずして
いへのこ
家の子。契沖云、日本紀に良家子と書て、うまひとのことよめり。縉紳をうまひととよみたり。高家なれば家の子といへり。 萬、五、卅一家の子とえらび給ひて 宇津保、ただこそただ君のおり給ふ所に五位六位ひざまづきかしこまる山伏見て是はいとかしこき人哉。家の子なるべしと思ふに 蜻蛉日記、上の下、十九いとやんごとなきにはあらねどいやしからぬ家の子ども何のぞうの君などいふものども云々あなたの岸に家の子衞府のすけなどかいつれて見おこせたり 源、紅葉賀、初舞のさまてづかひなん家の子はことなる 同、東屋、十故大將殿にも云々家の子にて見奉りしに 枕、二ノ廿一實方の兵衞の佐なかあきらの侍從など家の子にて今すこし出入りたり 同、六ノ十六内外などゆるされたる若き男ども家の子など云々
いへのひと
家の内の人也。召つかふ人をもいふべし。 竹取ここかしこよりのぞきかいま見あへり云々家の人どもに物をだにいはんとていひかくれどもことともせず 六衞のつかさ合せて二千人の人を竹とりが家につかはす云々ついぢの上に千人屋の上に千人家の人々いとおほくありけるにあはせて云々
いへこと
家言。 萬、廿、廿三いへ風は日に日にふけどわぎもこがいへこともちてくる人もなし
いへで
是は他出するをいへるか。萬葉のは出家の心也。 詞、雜上、道濟さびしさに家出しぬべき山里をこよひの月に思ひとまりぬ 萬、十三、十三世の中をうしと思ひて家出せしわれやかへりて何にかならん
いへあるじ
家ぬし也。 源、蓬生、八かの家あるじ大貮になりぬ 同、玉鬘、十八家あるじの法師 後拾、秋上家あるじはほかに侍りて
いへひろし
家族の多きをいふ。 竹取左大臣あべのみうしは寶ゆたかに家ひろき人におはしける
いへびと
家人。召つかふ人、又家にしたしく出入する人をもいふ。 伊勢集前栽うゑて砂こひける家人にもあらぬ人の奉らんとてすなごおこせたるにあきかたの少將なりけり 順集一條大納言石山にまうでて七日さぶらひ給ふ家人の詩作り歌よむあまた侍り云々侍從成信さはりありてつかうまつらず 源、關屋、四むかしのやうにこそあらねど猶したしき家人のうちにかぞへ給へけり
いと
古事、上、九(イト)久難 遊仙(イト) 白文最の字をよめり。 萬、七、卅二思ひあまり(イト)もすべなみ 伊勢物、初段いとなまめいたる女云々いとはしたなくてありければ 同、七段浪のいと白くたつを見て 源、桐壺、初いとやんごとききはにはあらぬが いとあつしくなりゆき 後撰、雜三、小町大和物語岩の上に旅寢をすればいとさむし苔の衣をわれにかさなん
いとも
源、松風、八いともゆゆしやとて 同、少女、二かたちのいともきよらなるにそへて
いとなん
同、廿六いとなんくちをしき
いとこそ
拾、戀四思ふとていとこそ人になれざらめしかならひてぞみねばこひしき
いとしも
源、常夏、十三いとしもうらみ聞え給はず
いとかく
古、戀五忘れ草たねとらましをあふことのいとかくかたき物としりせば
いとせめて
古、戀二、小町いとせめてこひしき時はぬば玉のよるの衣をかへしてぞぬる
いとよく
源、空蝉、三いとよく見いれらる
いともいとも
同、松風、七若君はいともいともうつくしげに
いとはし
いとふの所に出す。
いといたく
いたくの所。
いともかしこし
次に出す。
萬、三、四十四わぎも子がやどの橘(イト)近くうゑてし故にならずはやまじ 萬、八、卅四天の川いと川なみはたたねども云々 後撰、戀二、貫之涙にも思ひのきゆるものならばいとかくむねはこがさざらまし 萬代、戀四、崇徳院ひれふりしまつらの山のをとめ子もいとわればかりおもひけんかも 千載、戀二、雅光玉藻かる野島の浦のあまだにもいとかく袖はぬるるものかは 同、別、和泉式部わかれてもおなじみやこにありしかばいと此たびのここちやはせし 隆信おもひわくかたもなぎさによる浪のいとかく袖をぬらすべしやは 萬代、和泉式部をしとおもふをりやありけんありふればいとかくばかりうかりける身を 玉葉、戀三、丹後つらからぬ心ぞつらきよそにてはいとこれほどの嘆きやはせし 新千、春下、忠朝花だにもちらでわかるる春ならばいとかくけふはをしまざらしを
いとはやも
甚早。 續後拾、春上、爲家いとはやも春立くらし朝霞たなびく山に雪はふりつつ 風雅、秋下、隆朝いとはやもをしね色づくはつしものさむき朝けに山風ぞふく 新千、春上、後照倉院關白いとはやも春來にけらし天の原ふりさけみればかすみたなびく 同、夏、法皇御製いとはやも里なれにけり郭公卯花かきにをちかへりなく 萬代續古、秋上、關白前左大臣いとはやも咲にほふら續古小山田のかりほのやどの秋はぎの花 新千、秋上、後伏見院今朝のあさけ袂すずし風たちていとはや秋のしられぬるかな
いとこそ
後撰、戀一、貫之曉と何かいひけんわかるればよひもいとこそわびしかりけれ 中務雲ゐにて君を見るべきたづなればちよもいとこそはるけかりけれ
いとはし
いとふの所に出す。
いとほし
ただカハユシと又キノドクカハユサウナル意といささかのけぢめあり。 崇峻紀、九哀不忍聽(イトホシガリタマヒテ)下符稱曰
いとほしう
落窪物語、一かの君かくておはしますをいかがおぼす。いとほしうおぼすや 源、帚木、十四見そめし心ざしいとほしう思はば
いとほしく
同、初音、十二末つむの事をかかる方にもおしなべての人ならずいとほしくかなしき人の御さまとおぼせばあはれに
いとほしげ
同、手習、十七尼になしたまひてよ云々いとほしげなる御さまをいかでかさはなし奉らん
いとほし
同、帚木、卅()うせなん時に立より給へと高やかにいふを聞過さんもいとほし。しばし立やすらふべにはた侍らねば 同、空蝉、六かく打とけたる人のありさま云々何心もなうさやかなるはいとほしながら 同、御幸、廿四あないとほし。ろうじたるやうにも侍る哉とくるしがり給ふ
いとほしく
宇津保、樓の上、下、六十八醉たる所にのむまねにて打こぼしつればいとほしくてえ又もしひず 源、帚木、四十四猶いとかきたえて思ふらん事のいとほしく御心にかかりて
いとほしげ
枕、一ノ十かくな笑ひそ。いときすくなるものをいとほしげにと制し給ふ
いとほしき
源、帚木、卅四ひさしうほどへてわたり給へるに方ふたぎてひきたがへほかざまとおぼさんはいとほしきなるべし
いとほしさ
同、五十小君いといとほしさにねぶたくもあらでまどひありくを
いとほしけれ
同、卅四男も女もわろものはわづかにしれる方の事をのこりなく見せつくなんと思へばこそいとほしけれ
大和物これもかれもいとほしきわざなりといふ 宇治拾、九ノ廿一うたせん事いとほしくおぼえければ
いとほしむ
山家、下われのみぞわが心をばいとほしむあはれむ人のなきにつけても
いとほしみ
體の語。 白文、十ノ十恩愛(イトホシミノ)とよめり 源、若菜、下、八十六女君きえのこりたるいとほしみにわたり給ひて
いとど
いよいよ甚しきこころ也。 古、雜下、業平伊勢物、百廿三段年をへてすみこし里を出ていなばいとど深草野とやなりなん 後撰、戀、六こえぬてふ名をなうらみそ鈴鹿山いとどまぢかくならんと思へば 源、桐壺、五いといたう思ひわびたるをいとどあはれと御覽じて 同、蓬生、三もとよりあれたりし宮の内いとど狐のすみかになりてうとましう 同、玉鬘、廿わがよはひもいとどおぼえてはづかしけれど 同、椎本、卅七くれはてなば雪いとど空もとぢぬべう侍りと云々
いとどなほ
續千、哀傷いとどなほ泪のいろの深きかなふたたびきつる墨染の袖 新拾、雜上、範空いとどなほゆきもたえて世をいとふ山のかひある庭のしらゆき
いとどや
赤染おきなかの水はいとどやぬるからんことはまなるを人のくめかし 散木あだにおきししもとにだにもぬれしかばいとどや袖のくちはてぬらん
いとどまた
新後撰、秋上、法皇御製いとどまたをりてぞまさる秋はきの花のにしきの露のたてぬき 同、雜上、國助いとどまたひかりやそはん白露に月まちいづるゆふがほの花 新拾、冬、爲子いとどまた雪には跡もなかりけり人めかれにし庭の冬草 同、同、後嵯峨院いとどまたかぎりも見えずむさしのやあまぎる雪のあけぼのの空
いとどしく
意はいとどに同。 伊勢物いとどしく過ゆく方のこひしきにうらやましくもかへる波かな 六帖、六上後撰、秋上いとどしく物思ふ宿の荻の葉に秋と告つる風のわびしさ 同、秋中、近江更衣五月雨にぬれにし袖にいとどしく露おきそふる秋のわびしさ 源、橋姫、五あれまさるをつれづれとながめ給ふ云々草青やかにしげり云々いとどしくさびしくよりつかん方なきままに
いとどしう
同、帚木、十九つかさ位はいとどしう何につけてかは人めかん
いとどしき
同、夕顏、四十道いと露けきにいとどしき朝霧に 同、榊、五十五宮はいとどしき御心なればいと物しき御けしきにて 同、藤裏葉、十四思ふやうなる御なからひなめれば水ももらんやは。あるじのおとどもいとどしきちかまさりをうつくしき物におぼして
いとども
躬恆集月見つつをるすべもなきわがやどにいとどもきなくほととぎすかな 散木ほととぎすなかぬなげきのもりに來ていとども聲をほほめつるかな 後拾、秋上、師賢さらでだに心のとまる秋ののにいとどもまねく花すすきかな 輔親君が代のつくべくもあらぬ長はまにいとどもおふる松のちよかな 壬二集かりにだにたづねに人の跡たえていとどもしげる深草の里
いとたけ
八雲管絃 いとたけ 夫、十八、爲兼立かへる雲井の庭の神あそび絲竹のねも月にすみけり 同、入道前太政大臣神風やみもすそ川のさざ波に聲をあはするよるのいとたけ
いとなむ
みづから其事をするをいふ。 同、若紫、四十四物ぬひいとなむけはひしければ
いとなみ
同、椎本、十四心ゆきたるけしきにて物ぬひいとなみつつ 源、若紫、十九御くだ物何くれと谷の底迄ほり出いとなみ聞え給ふ 同、宿木、三いにしへよりつたはりける寶物ども此折にこそはとさがし出つついとなみ給ふに
おぼしいとなみ
同、桐壺、廿六ゐたちおぼしいとなみて限りある事に事をそへさせ給ふ
かしづきいとなみ
同、紅葉賀、十二見奉り給ふ時うらみも忘れてかしづきいとなみ聞え給ふ
赤染夕ぐれはくものいとなむすがきかなやどもなき身の心ぼそさに 月清千世經べき松さへ山を出にけり春をいとなむ賤にひかれて
いとなみ
狹衣、上ノ下いつしかと此御いとなみをこそはおぼしまうけしに 源、梅が枝、二いとなみ給ふにそへてかたがたにえりととのへて 玉葉、雜一、西行年くれしそのいとなみはわすられてあらぬさまなるいそぎをぞする 同、雜二おききてけさまた何事をいとなまん此夜明ぬとからすなく也 月清、下日をへつつすがくささがに一すぢにいとなみくらすはてをしらばや
いとなませず
宇治拾、十五、十七食物下人どもにもいとなませず
いとなみ
體の詞。シワザ職分をいふ。 源、夕顏、十八あやしき賤の男の聲々云々おのがじしのいとなみにおき出てそそめきさわぐも
世のいとなみ
同、橋姫、廿九あやしき舟どもに柴かりつみおのおの何となき世のいとなみどもに行かふさまの
常のいとなみ
同、澪標、廿御行ひくどくの事を常の御といとなみにておはします
朝夕のいとなみ
狹、四ノ下、四十一あしたゆふへのいとなみには此二所の御事おぼしめしたり
いとなき
いとまなきをいふ。ヤスムマノナキ也。 後撰、春中、宮道高風春の池の玉藻にあそぶ鳰鳥のあしのいとなき戀もするかな
いとなく
兼盛集後撰、春上一とせにふたたびもこぬ春なればいとなくけふは花をこそ見れ 躬恆すぐしこし年をいくらとかぞふれば指いとなくも老にけるかな 源、空蝉、七春ならぬこのめもいとなくなげかしきに
いとなかりける
謙徳公集よるはさめひるはながめにくらされて春はこのめぞいとなかりける 古、戀、五哀ともうしとも物を思ふときなどか泪のいとなかるらん
いとなげ
枕、十二、十五いとなげにてここかしこにやんごとなきおぼあるこそ法師もあらまほしきわざなれ
後撰、秋下、貫之日ぐらしの聲もいとなく聞ゆるは秋夕ぐれになればなりけり 貫之なげきこる山とわが身はなりぬれば心のみこそいいとなかりけれ 萬代、夏、仲實時くれば民もいとなしすが原やふしみの里にさなへとりつつ
いどむ
あらそふ也。 古事、中、廿三各中挾河而對立相挑故號其地伊杼美(イドミ)今謂伊豆美也 崇神紀、七各相(イドム) 源、蓬生、八人にいどむ心にはあらで
いどみ
同、紅葉賀、卅一はかなき事につけてもいどみ聞え給ふ 同、朝顏、十四いどみ給ひし女御更衣 同、竹川、十八人々皆いどみねんじ聞ゆ
いどみ
體の詞。 榮、花山、十八女房たり其雙六のほど御いどみもいとをかしくて 同、若枝、五おとらんまさらのいどみむねさわがしかるべし
いどみ顏
源、螢、十二おのおのいどみがほなるもてなし見所あり
いどみ所
同、藤裏葉、十九殿上人などもめづらしきいどみ所にてとりどりにさぶらふ人々もこころをかけたるに云々
いどましき
源、御幸、十六よそよそにてこそはかなき事につけていどましき御心もそふべけれ
いどましさ
同、末摘、初ここもかしこも打とけぬ限りのけしきばみ心ぶかき方の御いどましさに
枕、十ノ十八何くれといどむ事に勝たる
いとのきて
いとどしくに同じ。 萬、十二ノ七いとのきてうすきまゆねをいたづらにかかしめつつもあはぬ人かも 同、十四、卅二なるせろにこづのよすなすいとのきてかなしけせろ人さへよすも
いとくらべ
絲競。琴にいへり。 宇津保、吹上、下ノ四十四それも感じたる手侍るなり。侍從の朝臣と絲くらべしてそれをなんひき持ちずなりにし
いとま
閑暇の暇也。ヒマ。 古、序よろづのまつりごとを聞しめすいとまもろもろの事をもすて給はぬあまりに
いとまある
萬、十、十二新古、春下、赤人百敷の大宮人にいとまあれや梅をさくら新古今かざしてここにつどへるけふもくらしつ新古今
いとまなく
落窪、一落くぼの君ましていとまなくくるしき事まさる
いとまなき
源、帚木、卅二かたき詩のこころを思ひめぐらしいとまなき折に 同、末摘、廿一いとまなきほどぞやわりなしと打なげい給ひて
心のいとまなき
同、明石、四十四猶よとともにかかる方にて御心のいとまぞなきや
いとまなみ
萬、三、廿しがのあまはめかりしほやきいとまなみ云々
いとまもみえぬ
夫、三天延二年云々谷風の吹上にたてる玉柳枝のいとまもみえぬ春哉
いとまいる
宇津保、樓の上、上、十一云々それにいとまのいるべく侍るぞ 源、梅枝、十七好みかき給へるひらもあめり。目も及ばずこれはいとまいりぬべき物なりと興じめでさせ給ふ
目のいとまいる
同、若菜、上、七十九かなぶみ見給ふるはめのいとまいりて
いとまのひま
七日さぶらひ給ふ家人の詩つくり歌よむ侍りいとまのひまにから歌つくりやまと歌よむ 源、若菜、上、百五けふのやうならんいとまのひままちつけて 枕、十二ノ廿一あすも御いとまのひまには物せさせ給へ
いとまのひまびま
狹、三上、十八此頃ばかり御いとまのひまびまに此ひがことどもを直させ給ひてんや
萬代、春上、和泉式部狩人のいとまもいはじ草わかみあさるきぎすのかくれなければ 隆信とし月すみわたる人にいとまを乞て 濱松、四下いとまきこえ給ひて 源、薄雲、十一のどかなる御いとまのひまなどには
いとま
俗にいふ暇をねがふ、暇をやるなどの暇也。又常のいとま迄にもいへり。 源、桐壺、六まかでなんとし給ふをいとま更にゆるさせ給はず
いとま申し
いとま乞也 景行紀、十六諸叛者辭之(イトママウシス) 竹取おほやけには筑紫の國にゆあみにまからんといとま申て 玉葉、雜五鳥羽院に出家のいとま申侍るとて西行歌云々
いとまきこゆ
源、蓬生、十七忍びてたいの上に御いとま聞えて出給ふ
いとま文
病などにて辭職の願書也。 宇津保、藏開、下、十一大將のぬし志かしこし例煩ひ侍るかく病煩ひてなん日頃いとまぶみ奉りて參らず侍り 同、田鶴の村鳥、一いとま文出されひさしくなりぬと聞つるは何事ぞ
いとま
忌服の忌也。仕ふる身の引籠り居るを暇といへり。を見るべし。 宇津保、國讓、中一、十二御ぐにおろし給ひてかくれ給ひぬ。云々かくて殿のきんだちおとども御いとまになり給ひぬれば藤壺もよさりまかで給ひなんとす
いとけなし
ヲサナキ也。 續千、釋教、法印定爲しらでこそむすびおきけめあげまきのいとけなかりしほどのちぎりを 後拾、賀、公任いとけなき衣の袖はせばくともこうの石をばなでつくしてん
いとげのくるま
絲毛車。 宇津保、藏開、中、四十九民部卿の御方になんあたらしきいとげのくるまつくりてあんめるを
いとふ
厭。 拾、雜戀あやまちのあるかなきかをしらぬ身はいとふに似たる心ちこそすれ
いとふにはゆる
宣長云、はゆるは夕ばえなどいふはえ也。 後撰、戀二拾遺、戀五あやくもいとふにはゆる心哉いかにしてかは思ひやむべきたゆ 源、常夏、廿五くれにも參りこんと思ひ給へたつはいとふにはゆるにや侍らん 同、早蕨、十二いとふにはえてのひ侍る命のつらく
いとひ
夫、八、慈鎭人またばいとひやませに庭の草にあな所せの雨のけしきや 金葉、春、雅定ちりはてぬ花のありかをしらすればいとひに風ぞけふはうれしき
いとひ出
千、雜中、圓位いづくには身かくさましいとひ出て浮世に深き山なかりせば
いとひはなる
源、橋姫、十四ただいとひはなれよとこと更に佛とどのすすめのおもむけ給ふやうなるありさまにて
いとひすて
同、柏木、廿九まことに御心とといとひすて給ひけるとはづかしう
いとひ
體の詞。 同、明石、十四人しげきいとひはし給ひしかどここは又さまことに哀なる事おほくて
いとへ
新古、戀二、俊成うき身をばわれだにいとふいとへただそをだにおなじ心と思はん
いとはん
同、雜中、西行山里にうき世いとはん友もがなくやしく過し昔かたらん
いとはる
古、戀五、友則六帖、四雲もなくなぎたる朝のわれなれやいとはれてのみ世をばへぬらん 後撰、戀四、源善朝臣いとはれてかへりこしぢの白山はいらぬにまどふ物にぞありける
いとはしき
源、榊、卅二常はいとはしき夜の長さも 後拾、春上、永源櫻花さかばちりなんと思ふよりかねても風のいとはしき哉 新古、雜中、家衡いとひても猶いとはしき世なりけりよし野のおくの秋の夕ぐれ
いとはしく
源、手習、四十六などて身をいとはしく思ひはじめけん
新古、冬、慈圓年のあけてうき世の夢のさむべくはくるともけふはいとはざらまし 廣足云、此いとはざらましは俗にクルシウゴザラヌ、カマヒマセヌと云をイトヒマセヌとも云。則其意地年ををしみもせずなげきもせずキラハズニあらぬといふ意也。是本義の一轉したるにて此頃よりいひならへるならん 美濃の家裏云々又いとふともいへるも叶はずすべていとふとは物にても事にてもあるをにくみてなかれと廣足云、コレイトフノ本義也おもふをこそいへ 尾張家苞世をいとふとは世界のあるをにくみて劫火にてやけもうせねとおもふにはあらず世中をあぢきなう廣足云、ウトミキラフナリ。少シタガヘリおもふ事なればいとふの説叶はず廣足云、然ラズ。いとふとは俗にいやなといふ詞にあたる世をいとふとは世上がいやな也廣足云、キラフ 美濃年のくれゆくをいとふ廣足云、一轉シタルナリとはいひがたし。年ならば來るをいとふ廣足云、本義とはいふべし。これよく人の誤る事也。心得おくべし 尾張いとふといふ詞を心得あやまられ廣足云、本義ノミヲ思ハレタルナリたる故此論みなかなはず 美濃此結句はなげかざらましとあるべきを 尾張しかいひては迫切なり。いとはざらましとのどやかによみたるが作者の本意也 美濃後撰花しあらば何かは春のをしからんくるともけふはなげかざらましといふ歌ある故にすこしかへられたるにや 尾張正明は此歌には心もつかかでよませ給へるなるべしとおもふ也 美濃もししからずをしまざらまとこそあるべけれ 尾張なげかざらましよりはややゆるらか也。されど猶のどやかにいとはざらましといへるなんよき廣足云、コレハ一轉ノ方ニテ思ヘル心也。後撰集頃ノ人ナラバ花しあらばノ如ク必なげかざらましと云ベシ一首の意は年があけて浮世の夢が覺てさとりをひらく物ならばことしのくるるもいやでもあるまい廣足云、カマハザラマシ何トモ思ハジと也 新古、旅、西行世中をいとふまでこそかたからめかりのやどりををしむ君かな 同、同、遊女妙世をいとふ人としきけばかりのやどに心とむなとおもふばかりぞ 同、雜下、寂蓮身のうさをおもひしらずばいかがせんいとひながらもなほすぐすかな
いとふにはゆる
源、早蕨、十二いとふにはえてのび侍るいのちのつらく云々 河引歌にくさのみます田のいけのねぬなははいとふにはゆるものにぞありける
いとこ
和名、二從父兄弟爾雅云兄之子弟之子和謂爲從父昆弟伊止古 古事、八千矛神歌伊刀古(イトコ)夜能いものみこと 萬、十六、廿九伊刀古名兄乃君(イトコナセノキミ) 古、誹諧いとこなりける男によそへて人のいひければ 伊勢物、六段これは二條の后のいとこの女御の御もとにつかうまつるやうにてゐ給へりけるを
いときなし
幼。 源、桐壺、廿九いときなき初元結に云々 同、夕顏、卅五いときなきよりなづさひしものの 四條大納言命をぞつぐといふなるいときなき袂にかかるけふのあやめは
いとけなし
夫、卅一、基俊いとけなきわが子を奈良の里におきてこよひの月におもかげにたつ
いとゆふ
遊絲。 六百番、隆信春くればなびく柳の友顏にそらにまがふやあそぶいとゆふ
あそぶいと
同、季經つの國のこやのわたりのながめにはあそぶいとさへひまなかりけり
圓珠庵雜記和訓栞さよしぐれなどの説考ふべし。 狹衣、一の上いとゆふか何ぞと見ゆるうすき衣を中將の君に打かけて
いとめ
絲目。 躬恆青柳のいとめも見えず春ごとに花のにしきをたれかおるらん
いとみづ
絲水。 八雲軒の玉水也 堀川、顯仲五月雨のはれせぬころはあしのやの軒のいとみづたえせざりけり 新續古、春一、堯仁春雨に軒のいとみづながき日のかたぶくほども見えぬ空かな
いともかしこし
コトノ外にオソレイル。 拾遺、雜春遍照まてといはばいともかしこし花山にしばしと鳴かん鳥のねもがな花の山
いともかしこき
源、末摘、卅心をつくしてよみ出給へらんほどをおぼすにいともかしこき方とはこれをもいふべかりけりとほほゑみて見給ふ 同、明石、廿四いともかしこきはゐなかびて侍る袂につつみあまりぬるにや
いとすぢ
絲筋。 長方集春雨のいとすぢよわみ云々
いち
市。 萬、七ノ卅五西の市にただひとり出て目ならばずかへりし絹のあきじこりかも
いちの中
濱松、四市の中にてこそまことのひじりは無上菩提はとりけれ
いちのみぞ
散木、下、九下臈にこえられて敍位のおくにかきつけ侍りける「數ならぬわが身は市のみぞなれや行かふ人のこえぬなければ」
いち
一。 枕、五ノ廿六思ふべしや第一ならずばいかがと問はせ給へり。云々すべて人には一に思はれずは何にかせん。云々二三にては死ぬともあらじ。一にてをあらん云々第一の人に又一に思はれんとこそ思はめと仰せらるるもいとをかし
一は
宇津保、初秋、上ノ七只今の琵琶の一は頭少將こそはべめれ
一にて
同、藤原の君ふみを一にてよむ。それならぬ物もかしこき人のするわざせぬなし 同、菊の宴、上、十二かの人はの只今の世の一にて内にもここにも雲井よりふりたるありもことに思ひ聞え給ふを
一なり
同、祭の使、四十二作りはたいたせるふみそこばくの中にすぐれたり。衆の中に只今一なり
一のざえ
源、繪合、廿一きんひかせ給ふ事なん一のざえにてつぎには横笛びはさうのことをなん云々 狹、一上、十六こよひの宴にはさぶらふ限りの一の(ザエ)を手の限りをしまでひとつづつこころみん
一のもの
源、若菜、上、六十七ふるき代の一の物と名あるかぎりは皆つどひ參る御賀になるあめる
一の后。一の大臣
濱松、一一の后の父一の大臣
一の大納言
江次第、二ノ七公卿等參集云々大納言來云々 狹、四ノ下、卅九宰相の中將は此頃一の大納言にて春宮の大夫かけて物し給ひける
一ねぎ
續後撰、神祇大神宮の一禰宜にて年ひさしくつかへまつる事を思ひてよめる
一の内侍
禁祕抄、下、二堂侍六人正四人權二人自上古内侍勾當スル一二云々
一の御臺
雲開抄、弓場始次第藏人頭爲陪膳先取御臺云々 一の上卿一の導師など同書に見ゆ。
一の寶
宇治拾、十四ノ十三あしき波風にあひぬれば船の中に一の寶とおもふ物を海に入なるに
一のみこ
これらの類猶次に出す。
いぢ
意地。 大鏡心いぢにておはせし殿にて
いちいち
一々。 雲圖、弓場始次第所堂一々唱 榮、若枝、十七かうでいかにぞやきのふの宮の大饗いかがありしととひ聞えさせ給へばはべしやうしかじかといちいちに申させ給へば云々
いちばん
一番。 八雲、一歌合子細一、一番左は可然人得之云々 枕、七ノ二十四なぞなぞ合の所に左の一番はおのれいはん 同、八ノ廿たのもしげなき物。一番にかつ雙六是ら初の一番也。次に出したるは碁也
三番に數ひとつ
源、竹川、十八三番に數ひとつかち給はん方に三番に二番勝たる也 同、宿木、六三番に數ひとつまけさせ給ひぬ
いちは
一半。 拾遺、雜戀すぐろくのいちは一半にたてん人のつまのあはでやみなんものにやはあらぬ 東鑑、四一半錢目勝(メマシ)以下云々
いちはやき
スルドイ、キビシイ、ケハシイ、ハゲシイなどのこころなり。 延喜式、鎭火祭御心一速比(イチハヤビ)波志止 欽明紀、廿嚴忌(イチハヤシ) 古事、上、卅八道速振荒振國神等(チハヤブルアラブルクニツカミタチ)とあるも同言なり。 伊勢物、初段むかし人はかくいちはやきみやびをなんしける 蜻蛉日記、下中、廿四見れば文詞此月日あしかりけり。月たちてとなん。暦御覽じて只今もの給はするなどぞかいたるいとあやしういちはやき暦にもある哉。云々此文かく人のそらごとならんと思ふ 源、須磨、五今は世の中はばかるべき身にも侍らねどいちはやき世のいとおそろしう侍るなり 同、廿一さしあたりてはいちはやき世を思ひはばかりて參りよる人もなし
いちはやく
宇津保、嵯峨の院、八十九大とこたちちかうさぶらへど加持高うもせさせ給はずよわき人はそれにまどひ給ふ物ぞとみそかによませ給ふ。眞言院の律師一人いちはやくよむいとたふとし 蜻蛉日記、下ノ上、十八家にかへりて打ねたるほどに門いちはやくたたく。むねつぶれてさめたれば 同、下ノ中、三蝉のこゑいとしけうなりにたるを云々俄にいちはやうなきたれば 同、廿四此時すぎたる鶯のなきなきて木のたちからしにひとくひとくとのみナシいちはやくいふにぞすだれおろしつべくおぼゆる 源、榊、十七院のおはしましつるよこそ憚り給ひつれ后の御心いちはやくかたくおぼしつめたる事どものむくいせんとおぼすべかめり 大和物、二平仲にくからず思ふわかき女をめのもとにゐてきておきたりけり。にくげなることどもをいひてめつひに追出しけり。云々、妻いちはやくいひければ女ニ近くだにえよらで 宇治拾、三ノ十九其頃熱田の神いちはやくおはしましておのづから笠をもぬがず馬の鼻をむけ無禮をいたす者をばやがてたちどころに罰せさせおはしましければ
いちはやき
盛衰、十七天性入道は善事にも惡事にも前後をばかへりみずいちはやき人にて心の中に舞のをはるをおそしおそしとぞまち給ひける
いちはや
散木、下、廿六えち川に岩こそ棹のとりもあへずおとす筏のいちはやの世や
いちにち
一日。 源、夢浮橋、十四僧都文の詞一日の出家(スケ)のくどくははかりなき物なれば
一にち一夜
同、御法、十四一にち一やにてもいむ事のしるしこそはむなしからず侍るなれど 河海觀音經云一日一夜受持八戒齋
いちど
一度。 宇津保、田鶴の村島、十八かくて御使の君一度にかへり給へり 枕、五ノ九ましてさと一度に笑ひなどしたるいとおそろし 濱松、四一目も見奉りわりなき御文もいちどかよひぬる人必すぐい給はず 榮、花山、廿二二三度が中に御かへりは一度などぞ聞えさせ給ひける 大鏡、四でう六出ことてうたせ給ひけるにただ一度に出くる物か
一二度
宇治拾、四ノ十一二度ひとやにいらんだに人としてよかるべき事かは
いちぢ
市路。 夫、卅一、寂蓮大和なる三輪の市路にいそぎてもいつ迄世にはふるの山こえ
いちぢやう
一定。たしかなる意也。 宇治拾、五、九其人の一定子とも聞えぬ人ありけり。云々此子といふ人こそ一定のよしいひて親の家にゐたなれと聞て 同、十ノ一一定もなき事なればゆるし給ふよし
いちぢやう
一丈。 枕、十ノ廿一櫻の一丈ばかりにて 宇治拾、三ノ十二一丈ばかり濱になげあげられぬ
いちり
一里。 拾芥、中、末自京陸奧際、行程三千五百八十里、六町爲一里定 竹取天竺に二つとなき鉢を百千萬里の程いきたりとも
いちをなす
市を成す。 夫、卅一、權僧正公朝引かへて雀の網をかけてけりこや市をなす門と見えける 新六帖、六、蓬、知家世にしあらば行かふ人もいかばかり逢の門に市をなさまし 宇治拾、五ノ十四市をなしてぞつどひける
いちがふ
一合。量數又器の數にいふ。 三代實録、四十九ノ十六白米三升二合、鹽三合、味噌二合 延喜神祇式、四時祭鳴雷神祭一座云々明櫃二合折櫃四合 春日神四座祭、筥八合、鹽九合
いちだい
一代。 更科さるべき人々一代に一度の見ものにて
いちねん
一念。 源、横笛、十五今はのとぢめに一念のうらめしきにももしは哀とも思ふにまつはれてこそ長き夜のやみにもまどふべきわざななれ
いちらふ
一臈。
いちらふ藏人
雲圖、十一月五節事一臈藏人爲行事故障之時二三臈勤 同書に二臈三臈四臈など見ゆ。 新勅、雜二一臈藏人にてかうぶりのほど近くなり侍りけるによみ侍りける源爲相
いちう
一宇。 宇治拾、四ノ十九此村の在家ことごとくえやみして云々此魚の主が家ただ一宇其事をまぬかる
いちゐん
一院。ここは朱雀院を申奉る也。 源、若菜、上、七十内春宮一院后宮つぎつぎの御ゆかりいつくしきほどいひしらず見えわたる事なれば
いちのはし
一の橋。 枕、七、廿一加茂の事をいふ所に少將といひける人の云々なくなりて上の御社の一の橋のもとにあなるをきけば
いちのところ
一の所。 職原抄執抦物必蒙一座之宣旨故稱一人又云一所 枕、八ノ七くるしげなる物。一の所に時めく人もえやすくはあらねどそれはよかめり 源、手習、六十四世の中の一の所も何とも思ひ侍らずただ此殿をたのみ聞えてなん過し侍りぬる
いちの人
枕、五ノ三めでたき物。一の人の御ありき。春日詣 徒然、初段一の人の御ありさまは更なり
いちのたな
一の棚。 枕、五ノ十一おまへにさぶらふ物は琴も笛もみなめづらしき名つきてこそあれ云々宜陽殿の一の棚にといふことぐさは頭中將こそ給ひしか 宜陽殿は樂器書籍等をおかるる所也
いちのくに
一の國。 枕、九ノ七したり顏なる物。除目に其年の一の國えたる人の云々
いちのくるま
一の車。 枕、十一ノ三御車ごめに十五四つは尼車一の御車はからの車なり
いちのま
一の間 雲圖、五節事皇后宮入内時童女居同書に一間、二間、第二間、第三間など見ゆ
いちのまひ
一の舞。 枕、七ノ十九臨時祭の所に一の舞のいとうるはしく袖を合せて云々此たびやがて竹のうしろからまひ出て
いちのみや
いちのみこ
一の親王。共に皇子を申奉る。二の宮二の御子(ミコ)など順をおひて稱する也。 枕、五ノ三めでたき物。今上、一の宮 源、桐壺、三一のみこは右大臣の女御の御腹にて
一の人
一の所の傍に出す。
一の物
一の寶一の才一の后一の大臣一の内侍。 これらはいちの所に附す。
いちくわん
一貫。 雲圖、弓場始進出取錢一貫一拜置歸入云々 宇津保、國讓、下、卅錢廿貫
いちぐら
肆。 和名、十唐令云諸市毎肆立表題伊知久良
いちまい
一枚。 江次第、五ノ四十七布施袈裟一條供養下文一枚 宇津保、藏開、上ノ一、二一枚も文見えず 源、須磨、廿九白きからの紙四五まいばかりをまきつづけて ○又雲圖抄執筆座一枚、疊一枚、小筵二枚、葉薦一枚、圓座一枚、短册三四枚など見ゆ。 ○まいの所合せみるべし。
いちぶ
一部。よろづの書籍にいふべし。 源、若菜下、七十五日ごとに法華經一部づつ供養せさせ給ふ
いちぶつじやうど
一佛淨土。 落窪、二少納言一佛淨土にうまれたるにやあらんとおぼゆ
いちご
和名、十七、十二覆盆子。爾雅注云蒛盆覆盆也。本草云覆盆子和名以知古 枕、三ノ十二あてなる物。いみじううつくしき兒のいちごくひたる
くちなはいちご
枕、八ノ四名おそろしき物。くちなはいちご ○くちなはいちごの季吟の傍注地楊梅とあり。 ○しばくさ、雀の枕と俗にいへる物也とぞ。
著聞、連歌もる山のいちごさかしく成にけり
いちご
一期。 徒然、五十九段大やう人を見るにすこし心あるきはは皆此あらましにてぞ一期はすぐめる
いちこく
一斛。俗に一石とかけり。 宇治拾、四ノ三とくとく一石誦經にせよ 宇津保、國讓、下、卅よね十石
いちこく
一刻。 雲圖、御佛名次第初夜亥一尅打 ○此頃は晝夜を四十八刻にわかちたる也。同書に二尅半三尅四尅など見ゆ。
いちでふ
一帖。一册一卷をいふ。 源、繪合、九かたはなるまじき一帖づつさすがに浦々のありさまさやかに見えたるを 江次第、五、四十五上紙卅帖但馬是は紙にいへり ○又雲圖四方拜立廻御屏風四帖往古或八帖云々とあり。
いちざ
一座。 八雲、一すべて一座の連歌にいたく同事のおほかるは惡事なり 宇治拾、十三、廿二諸僧一座より次第に鉢をとばせて物をうく
いちめ
市女。女商人をいふ。 源、玉鬘、十六あやしきいちめあきびとの中にて 宇津保、藤原の君、廿四とくまちといふいちめのとめるあなり 六百番、寄商人戀、經家立くらすいちめもさこそなげくらめ心をかへて思ひしる哉 夫、卅三しかまなる市女がもてるかち布の云々 兼盛京の人の家にいちめきたりさけうる「なよ竹の末のよおそきわたらひは市女もわれもかはらざりけり」
いちめがさ
市女笠。 枕、八ノ六えせ物の所うる折の事、雨ふる日のの市女笠 散木、下、四十九、時房市見れば市女笠こそつきもせね
いちみのあめ
法華經譬如大雲雨シテ一味雨諸草木各得生長和泉式部の思ひの家とよめるも火宅をかねたる也 夫、十九、家集、和泉式部物をのみ思ひの家を出てふる一味の雨にぬれやしなまし 後拾、雜六、釋教もろともにみつの車にのりしかどわれはいちみの雨にぬれにき
みつの車
の部に注す。てらし見るべし。
いちじるし
ハキトワカル意也。 安閑紀、三顯號(イチジロキミナ)(ミナ)白文四十一ノ三に(イチジルキ)とよめり。萬葉の後はいちじるしといへり。 萬、十二、二十かくれぬのしたゆこひあまりしら波の灼然(イチジロク)いでぬ人のしるべく 小大君みづがきのあたりになれぬきねよりも神にいちじるし今はかざさじ
いちじるき
貫之いちじるきしるしなりけりあら玉の年のくるるは雪にざりける 源、椎本、十かの老人をばあはれなる物に思ひおきていちじるきさまならずとかくまぎらはしつつ心よせとぶらひ給ふ 同、手習、五十二一品の宮の御なやみげにかの弟子のいひしもしるくいちじるき事どもありておこたらせ給ひにければ
いちじるく
躬恆雲の上に思ふ心はいちじるくつれなき人の目にもみえなん
いちじるからぬ
枕、八、一例の所などにてことにまたいちじるからぬ人の聲聞つけたるはことわり人などの其うへいふにまづこそ胸つぶるれ
金葉、雜上、實光みかさ山神のしるしのいちじるくしかありけりときくぞうれしき
いちひ
櫟。 和名、十七、七櫟子(イチヒ)以知比相似而大於椎子ヨリ者也 同、十七、十櫟梂(イチヒノカサ)其實、梂以知比乃加佐 萬、十六、卅此片山に二つたつ伊知比がもとに 夫、廿九、爲家大井川しぐるる秋のいちひだに山や嵐の色をかすらん 實の名にて木をもいふ也とぞ 枕、七おそろしき物。つるばみのかさとあるを季吟云、和名十四櫟實也。ドングリノカサの類なるべしといへり。猶つるばみの所に注す。萬葉のいつ柴を、契沖いちひ柴也といへり。今も山里にていちひ柴といへる物ありとか。又萬葉、十二櫟柴(ナラシバ)のなれはまさらで、とよめり。
いちびと
和名、二市郭兒伊知比止一云市人 夫、九、法印定圓かきくらし思ひもあへぬ夕立に市人さわぐみわの山本
いちひめ
市姫。市を守る神なりとぞ。 夫、卅一或所の屏風市ひめのかたなどをかける所爲頼「市ひめの神のいがきのいかなれやあきなひ物に千代をつむらん」
いちもち
一物、逸物。衆にぬけ出たる物をいふ。 本朝文粹、八ノ卅三三月三日、江匡衡、天下一物已上連賓榻於林頭 宇津保、梅の花笠、一舞人は殿ばらのきんだち殿上人わかきんだちよりはじめて世の中に名だかきいちもちのものども 同、藏開、下、廿六内の御神樂のめし人左近のじようまつかた云々信濃のすけかなみきなどすべて三十人のものどもこそは只今の一もちには侍るなれ。これらは内の召ならではたはやすく罷りありかず 同、卅八結願の御佛名けふは此えの塵()只今のいちもちをなん讀經の禪師たちも僧綱たちも馬に 宇治拾、一、廿七のりたる馬いとかしこしとも見えざりつれどいみしき逸物にてありければ 盛衰、十四馬のふとくたくましきが曲進退にして逸物なり
いちたつ
俗に入りコム又入りヒタルなどいふほどの意なり。したしきをもいふ。
いりたたず
古事記、下、卅三大君の心をゆらみをみのこの八重の柴垣いりたたずあり
いりたつ
元眞こよひより荻の葉風の音すらし秋の境にいりやたつらん
いちたち
宇津保、藤原の君、一學問に心いれてあそびの道にもいちたち給へる 源、野分、十一御參りのほどなどわらはにていりたちなれ聞え給へれば女房などもいとけうとくはあらず 同、蜻蛉、五十二大將の君はいとさしもいりたちなどし給はぬほどにてはづかしう心ゆるびなき物に皆思ひたり 同、五十六さやうなる心ばせある人ここらの中にあらんや。いりたちてふかくみねばしらぬぞかし 枕、十ノ十四おほやけ所にいりたちする男家の子などはあるが中によからんをこそはえりて思ひ給はめ
いりたたぬ
源、椎本、十都にはまだいりたたぬ御せうとにてもいとよくおはすかし 別腹にてしたしからぬ也
いりうみ
入海。 新撰六帖、三、爲家入海のせとの崎なる高岩にうは波こしてあるる汐風 玉葉、秋下、大江茂重はし立やまつ吹わたる浦風に入海遠くすめる月かげ 新拾、冬、寶超まののうらや入海さむき冬がれのを花の何にこほる月かげ
いりふす
入臥。 源、末摘、十六めのとだつおい人などははざうしにいりふして 狹、三上、卅八姫君のお前に男いりふして侍り
いりこ
熬海鼠。 和名、十九、十三海鼠()和名古本朝式加熬字伊里古
いりこもる
入籠。 新六帖、磯、爲家朝夕に汐みついその岩根松世にいりこもるほどぞかなしき 夫、卅三、同山のをの行あひにせく池水のいりこもりしやわが身なるらん 月詣、雜下なげくこと侍りていりこもりにけるによめる
いりえ
入江。 古事、下、廿五くさか江の伊理延のはちす云々 後拾、雜五、伊勢大輔こも枕かりの旅寢にあかさばや入江のあしの一よばかりを 新古、冬、式子内親王見るままに冬はきにけりかものゐる入江のみぎはうす氷りつつ
入江の澤
拾遺愚草
いりあや
河海舞有綾手故云入綾 花鳥更に取てかへして面白く舞ふ事也 源、紅葉賀、五けふは又なき手をつくしたる入あやのほどそぞろ寒く此世の事ともおぼえず 同、若菜、上、六十五らくそんのまひ出たるほど云々衞門督おりていりあやをほのかにまひて紅葉のかげに入りぬる 散木ほととぎす二むら山をたづね見むいりあやの聲やけふはまさると 顯注舞にはいりあやとてさらにとてかへしておもしろくまふことによせて云々
いりあひ
入相。 伊勢物、四十段けふのいりあひばかりにたえいりて又の日の戌の時ばかりになんからうじていき出たりける 詞、秋、兼昌夕霧に梢もみえず初瀬山入相のかねの音ばかりして 夫、卅四、西行入相のおとのみならず山寺はふみよむ聲もあはれなりけり 六百番、秋夕經家歌云々判云入相は必しも鐘とすゑずとも鐘とこそはと聞ゆらん云々
いりしほ
入汐。 新六帖、鷺、知家いりしほのひがたにきゐるみと鷺をいさりに出るあまかとやみん ヒキシホ也 夫、十七、二品のみこあらしふくとしまがさきの入しほに友なし千鳥月になくなり 新後撰、雜中、觀意おくれてもあし分をぶねいりしほにさはりしほどを何かうらみん 萬代、秋下、後久我太政大臣秋風ににしの浦こぐ舟人の入しほ寒き有明月 新千、冬、爲重いせのうみのをのの港のいりしほにながれ江とほくなく千どりかな 新拾、秋下、爲藤難波がたいりしほちかくかたぶきて月よりよする沖つしらなみ 續古、冬、光俊しもがれによこのの堤風さえて入しほとほく千どりなくなり 玉葉、春上、實伊難波がたおぼろ月夜のいりしほに明がたかすむあはぢしま山 同、雜二、範秀浦あれて風よりのぼるいりしほにおろさぬ舟ぞなみにうきぬる
いりひ
入日。 源、花宴、三やうやう入日になるほどに 金葉、雜上、顯季ひぐらしの聲ばかりする柴の戸は入日さすにまかせてぞみる 風雅、春下、花山院足引の山にいり日の時しもぞあまたの花はてりまさりける 新續古、釋教、頓阿山のはの入日をかへす袂にも西に心をかくるとぞ見し 同、同、具行山のはの入日をいかでかへしけん我だに西にいそぐ心を
いりもむ
もみにもむ事也。
いりもみ
源、明石、七ひねもすにいりもみつる風のさわぎに 同、野分、六道すがらいりもみする風なれど 宇治拾、三ノ十三此人をめにせばやといりもみ思ひければ 同、十一ノ十二いかなる先世のむくいなりともただすこしのたより給候はんといりもみ申て
いりもまれ
狹、四ノ下、卅九宰相の中將は云々西の國のじゆ領とて母代にいりもまれ給ひしかど
榮、鶴の林みづをあみ人しれぬぬかをつき佛をいりもみたてまつる 宇治拾、十一ノ十二觀音をうらみ申て云々いりもみ申て御前にうつぶしふしたりけるよの夢に
いりずみ
煎炭 ○しめりをいり取りし炭にや 枕、八ノ四名おそろしき物。いり炭 同、八ノ十一心もとなき物。とみにいり炭おこすいとひさしも心もとなし
いぬ
犬。 源、浮舟、六十九夜いたくふけゆくに此物とがめする犬の聲たえず人々おひさけなどするに 枕、一ノ十四此ねたる犬ふるひわななきて涙をただおとしにおとす。云々さは翁丸といふにひれふしていみじくなく 同、二ノ七忍びてくる人見知りてほゆる犬は打も殺しつべし 同、二ノ九又犬のもの聲にながながとなきあげたるまがまがしくにくし 拾玉、七夫、廿七おもひくま人はなかなかなき物をあはれ犬のぬしをしる哉しりぬる
家の犬
宿もる犬里の犬など夫、廿七にみゆ。
風雅、雜中、院御歌あともなきしづか家居の竹の垣犬の聲のみおくふかくして
いぬ
去。行き去る也。年月の過去るにもいふ。
いぬる
いねいなんいにけり。 これらの類皆おなじ。
いぬ
枕、一ノ九よしよし又おほせかくべき事もぞ侍るまかりたちはべりなんとていぬ 千載、雜上、基俊ちぎりおきしさせもがつゆを命にてあはれことしの秋もいぬめり
とりもていぬ
源、蜻蛉、七鬼やくひつらん狐めく物やとりもていぬらん
たちていぬ
拾遺、物名とりのこはまだひなながらたちていぬかひのみゆるはすもりなりけり
遠くいぬ
四條大納言すけあきら遠くいぬべき事などいひて
いぬる
貫之ゆく月日川の水にもあらなくに流るるごともいぬる年哉 源、夕顏、廿八火あやふしといふいふあづかりがざうしの方へいぬるなり
出ていぬ
同、帚木、四十八小君が出ていぬるほどに
かへりいぬ
萬、六ノ四十五みかの原國の都はあれにけり大宮人のかへり(イヌ)れば
とりていぬ
飛びていぬいひていぬいれていぬおとしていぬるなど宇治拾に見ゆ。 ○此餘例してしるべし。
いぬる
過し日をいふ。
いぬる十よ日
源、若紫、十一いぬる十よ日のほどよりわらはやみに煩ひはべるを
いぬるついたち
同、明石、九いぬるついたちの日のゆめに
いね
白文、十七、八(イネ)ゆけよと下知の詞也 古今、戀五、素性秋の田のいねてふこともかけなくに何をうしとこ人のかるらん 枕、四ノ九使に向ひて清詞いね今聞えんとて懷に引入れていりぬ
いねいね
同、四ひたりの尼が所に笑ひにくみていねいねといふもをかし
いなん
古、雜上、小町わびぬれば身をうき草の根をたえてさそふ水あらばいなんとぞ思ふ 枕、三ノ十六大辨見えば打すて奉りていなん物をといへば
いでていなん
伊勢物、廿一段出ていとんと思ひて
いなば
古、別、行平立わかれいなばの山の峯におふるまつとしきかば今かへりこん
いでていなば
伊勢物、百廿三段年をへてすみこし里を出ていなばいとど深草野とやなりけん
いにけん
源、葵、十八身をすててやいにけんとうつし心ならずおぼえ給ふ 古、雜下、躬恆身をすてていにやしにけんおもふより外とる物は心なりけり
いにけり
古、秋下、躬恆道しらばたづねもゆかんもみぢばをぬさと手向て秋はいにけり 伊勢物、初段奈良の京春日の里にしるよししてかりにいにけり 源、末摘、十八しらず顏してわが方へいにけり 大和物、五ノ十五ぬすみてかきいだきて馬に打のせてにげていにけり
いにし年
過し年也。前に出しつ。
いぬる
萬、三ノ五十一たまづさのことだにつけず(イヌル、イニシ)君かも
隆信よをかさねなひきはてにし秋の田のいねとはさらにいとふべしやは 萬代、貫之こんとしのためにはいぬる春なれどけふのくるるはをしくぞありける
いぬばしり
犬走。築地と堀との間をいふ。 新六帖、二、かきほ、信實くづれそふやぶれついぢの犬ばしりふまへ所もなきわが身かな 保元物語門より西築地の犬ばしりに打て出
いぬる
寐。 源、若紫、四十六かかる朝霧をばしらでいぬる物か 枕、一ノ七法師の事をいふ所にいぬるをも若き物もゆかしからん
いぬかひびと
犬飼人。 山家集夫、十八あはせつるこゐのはし鷹をきととし本ノママ犬かひ人の聲しきるなり招逸(ヲキソラシ)なるべし
いぬゐ
西北の間。乾。 宇津保、俊蔭此屋のいぬゐのすみの方に
いぬくひ
鬪犬の事也。 増鏡、九高時が事をいへる所に朝夕好むこととては犬くひ田樂などをぞ愛しける
いぬふせぎ
犬防。佛前の格子をいふ。 枕、六ノ十七初瀬詣の所に犬ふせぎの中を見いれたる心りはいみじくたふとく云々犬ふせぎの方より法師よりきて 更科清水にゐてこもりたり。云々御帳の方の犬ふせぎの内に 雲圖、季御讀經事四ヶ日間問不格子犬防於橋間 つぼねに出て犬ふせぎにすだれをさらさらとかくるさまなど 宇治拾、十一犬ふせぎのうちにさし入ておきぬ
いる
入。月日をはじめ家に入る、門又山に入る、物の中へ物のいるなど抄しつくしがたし。おしてしるべし。
いる
枕、六ノ七日のいるほどにおきさせ給ひて 金、秋、公實くもりなき影をとどめば山のはにいるとも月ををしまざらまし 夫、三、躬恆青柳をかざしにさして梓弓春の山べに入る人やたれ 源、若紫、初北山の所にまだ曉におはすやや深ういる所なりけり
いりぬ
同、空蝉、三すだれのはざまにいりぬ
いりぬる
拾、戀五、坂上郎女しほみてばいりぬる磯の草なれや見らくすくなく戀ふらくのおほき
いりといりぬる
六帖、四いかばかり戀てふ山のふかければいりといりぬる人まどふらん
いりなん
枕、一ノ八女房の車ども陣屋のゐねばいりなんやと思ひて
いりね
同、一ノ十あけぬとならばただまづいりねかし
いりにし
古、冬、忠峯みよしのの山の白雪ふみわけていりにし人の音づれもせぬ
いりにけり
拾、雜下、爲頼盜人のたつたの山にいりにけりおなじかざしの名にやけがれん
いりて
枕、二ノ五にくき物。硯に紙のいりてすられたる
いりたり
竹取翁持ていりたり
いりそむ
新勅、戀一、顯仲戀の山しげき小笹の露わけていりそむるよりぬるる袖かな
いりくる
玉、雜一、下野露わけし蓬の宿のひかりにもいりくる月のかげをこそ見れ 山家、上梅がかを山ふところにふきためていりこん人にしめよ春風
いりはてて
枕、一ノ一日いりはてて
いりもてゆく
源、橋姫、十七いりもてゆくままに露ふたがりて道も見えぬしげ木の中をわけ給ふに
いりもておはす
同、若紫、初いりもておはするままに
いり方
同、蓬生、廿三月いりがたになりて
いる方
同、末摘、八もろともに大内山は出つれどいる方みせぬいざよひの月
いらん
伊勢物、九段わがいらんとする道は
いらで
同、五段門よりもえいらで
いらず
いらぬ
いらね
枕、一ノ八門ちひさければさはりてえいらねば云々さてもかばかりなん家にくるまいらぬ門やはあらん云々車のいらざりつる事いひ侍る
いれる
中務集よとともにもしほたれつつたがために火にも水にもいれる心ぞ
いり給ふ
源、若紫、四十六門打たたかせ給へば云々君いり給へば
いらせ給ふ
いり給ふをいよいよ敬する詞也。 同、桐壺、十八よるのおとどにいらせ給ひてもまどろませ給ふ事かたし ○ただ來らせ給ふ事をもいらせ給ふといへり。末に別に出す。
内にいり給ふ
入内の事也。 同、葵、十八齋宮はこぞ内にいり給ふべかりしをさまざまさはる事ありて此秋いり給ふ
續拾、雜五、重之つねならぬ山の櫻に心いりて池のはちすをいひなはなちそ
いる
同語なれど是は他よりの詞也。
さしいる
枕、一ノ八これ參らせんとて御硯などさしいる
いるる
枕、七ノ廿八きたなげなき物。油いるる物いれるといへるは俗なり。
いれて
竹取玉の枝は長びつにいれて
いれたる
源、若紫、廿その國よりいれたる箱のからめいたるを
さしいれさす
竹取つばくらめの巣に手をさしいれさせてさぐるに物もなしと申す
いれらる
からびつのふたにいれられ給ふべくもあらず御腰はをれにけり
いれず
古、雜下、業平あかなくくにまだきも月のかくるるか山のはにげていれずもあらなん
とりいれぬ
枕、六ノ五いそぎ立給ひぬ云々まだ御しとねも取りいれぬほどに
後拾遺、雜五人のかめに酒いれて盃にそへて歌よみ出し侍りけるに
いる
俗にいふ入用の入なり。 落窪、一三尺の御几帳ひとつぞいるべかめる。いかがせん。誰にからまし 宇津保、藤原の君はらへすともうちまきによねいるべし 後拾、雜上神祇云々歌二つなんいるべきといひければ云々長能歌云々 後拾、雜四、顯綱おぼつかなつくまの神のためならばいくつかなべのかすはいるべき 宇治拾、九ノ十二おのづからいる事もやあるとてくれなゐのすずしのはかまぞ一つあるを
いる
射。 仁徳紀、四あづさゆみ伊枳羅牟(イキラム)
いる
萬、一ノ廿六いるまとかたは見るにさやけし 古、春下、躬恆梓弓春立しより年月のいるがごとくおもほゆる哉
いつる
萬葉、三ノ卅四いつる矢を
い給ふ
榮、歌合、七權大納言左衞門のかうなどの射給ふほどはかたがたに心よせの人ねんじけり
いころす
いらる
いん
竹取露も物そらにかけらばふとい殺し給へ云々あの國の人え戰はぬなり。弓矢していられじ。云々ねんじていんとすれどもほかざまへゆきければ
いふせらる
蜻蛉日記、中、下おふなおふなといふせられぬとて
いさす
源、若菜、上、九十八例の小弓いさせて見るべかりけり
いちらす
宇治拾、十二、廿四射ちらされてにげていにけり
いはらふ
同、廿五ここにてかくいはらひてひとり參らせて候ひつるなりいちらす事也
いる
鑄。 夫、卅二祝部成仲てる月を浪の上にて見る時ぞますみの鏡いる心ちする
いさす
拾、賀鏡いさせ侍りけるうちに鶴のかたをいさせ侍りていせ歌 新勅、雜三なき人の鏡を佛にいさせ侍りにけるに忠夏歌
いる
沃。 儒門事親、一ノ廿七沃以寒水 長秋記元永二十一廿二日自宮御使來云々二禁(ニキミ)有増氣令加炙治給者云々自今夜可奉沃水云々 蜻蛉日記、中下夢にわが腹の内なるくちなはありきて肝をはむ。是を治せんやうはおもてに水なんいるべきと見る
いれ
文粹盡露ハシ其膽(イレヨ)朕心
いさせ給ふ
い奉る
榮、根合、一内の御にきみの事猶怠らせ給はねばいかにとむづかしうおぼしめす云々日頃のすぐるままに猶水などいさせ給ひてよからんと申せば其作法の御しつらひしてい奉るいと寒き頃たへがたげに見えさせ給ふ
いかく
枕、十一、廿三白き水いかけさせよともいはぬにしありくさまの云々 源、槇柱、十五俄におきあがりて大きなるこのしたなりつる火とりをとりよせて殿のうしろによりてさといかけ給ふほど云々俗にいふアブセル也
いる
煎。
いり
宇津保、國讓、上、七十藤壺にも鮎ならぬいをいりて參り給ふ
いるめで入たえいるきえいるなどのたぐひ の部に出す。餘もおしてしるべし。
いるか
江豚。 和名、十九、二伊流加一名江豚
いるさの山
いるは、ゆく、く、かへるなどのに同じ。 新古、春下、公經春ふかくたづねいるさの山のはにほの見し雲の色ぞのこれる
いを
魚。 和名、十九、一宇乎俗云伊遠水中連行スル蟲之總名也 源、帚木、十六あら海のいかれるいをの姿 兼盛集わがこひはいをなき淵の釣なれやうけもひかれでやみぬべらなり 榮、衣の珠さまざまのいをどもしてまゐりたれどすべて御ぞをひきかづきてきこしめすべき御けしきもなし 同、晩待星うのいを鵜魚をくひてさふらひけるを 職人畫歌合いをうり魚賣
いわけ
をさなきをも又物事に思慮なきをもいふ。
いわけて
源、紅葉賀、廿心なげにいわけて聞ゆるはなどさぶらふ人々も聞えあへり 同、夕霧、卅四猶いといわけてつよき御心おきてのなかりける事と云々
いわけたる
同、繪合、同ゆめにもいわけたる御ふるまひあらばこそ云々 同、螢、廿三まだいわけたるひひなあそびなどのけはひのみゆれば 榮、輝く藤壺いわけたる事なく
いわけなし
前に同。
いわけなき
六帖、三あふ事のかたよせにする網のめにいわけなきまでこひかかりぬる 夫、卅五、知家世中はいわけなき子のおもぎらひ見しがなきにはねこそなかるれ 源、桐壺、十二いわけなき人もいかにと思ひやりつつ 同、澪標、四などてわが心いわかくいわけなきにまかせてさるさわぎをさへひき出て
いわけなく
同、桐壺、廿四いはけなくておはしましし時より見奉り 同、若紫、四十三いわけなく打出聞えさせ給ふな 同、若菜、上、四十姫君は云々わかび給へりかの紫のゆかりたづねとり給へりし折おぼし出るにかれはざれていふかひありしをこれはいといわけなくのみ見え給へば
いわけなかりける
同、夕顏、五いわけなかりけるほどに
いわし
鰯。 和名、十九、五以和志 著聞、十六ノ七いわしあはせて煑て
いか
五十日。子生れて五十日めにいはふ事也。又百日にもいはふ也。 拾、雜、賀大貳國章うまごのいかにわりごてうじて歌を繪にかかせ 後拾、賀故第一親王のいか參らせけるに 源、澪標、十四五月五日にぞいかにはあたるらんと人しれずかぞへ給ひて 同、柏木、廿八御いかにもちひ參らせ給はんとて 榮、初花、四十九いかにいかがかぞへやるべき八千とせのあまりひさしき君が御代をば 枕、八ノ十一心もとなき物。いつしかと待出たる兒の五十日ももかなどのほどになりたる行末いと心もとなし 榮、花山、十五御いかやももかなど過させ給ひていみじううつくしうおはします
いか
烏賊。 和名、十九ノ十二烏賊伊加
いかのくろみ
同、十四烏賊墨背有一大骨腹中有以加之久呂美
いが
栗刺。
くりのいが
和名、十七栗刺久利之伊加 枕、七ノ廿八おそろしき物。くりのいが
いか
衣袈。 拾愚、上からころもいかくるいかほのぬま水にけふは玉ぬくあやめをぞひく 此歌は字音にてよめり。和名抄には衣袈ミソカケとよめり
いかばかり
ドノクラヰ又カギリモナキ心也。 六帖、六、上いかばかり風のつらさに花すすき吹くる方をまづそむくらん 後拾、冬、國房いかばかりふる雪なればしなが鳥ゐなのしば山道まどふらん 源賢法眼集いかばかりなげきをつめる身なればかよをへてもゆる螢なるらん 源、帚木、十きんだちのかみなき御えらびにはましていかばかりの人かはたぐひ給はん 同、玉鬘、廿四今は天下を御心にかけ給へるおとどにていかばかりいつかしき御中に 同、夕霧、十一いかばかりちぢにくだけ侍る思ひにたへぬぞや 新六帖、六、知家世にしあらば行かふ人もいかばかり蓬の門に市をなさまし
いかばかりかは
カギリモナキ也。 源、夕顏、四十七とはぬをもなどかととはでほどふるにいかばかりかは思ひみだるる 同、東屋、十七人數にもおぼさざりしかばいかばかりかは心うくつらかりし
いかに
ドウ、又ドノヤウニの心也。 古、物名、貫之足引の山べにをればしら雲のいかにせよとかはるる時なき 源、桐壺、十一いかにすべきわざにかともとひあはすべき人うだになきを 同、帚木、四十九君はいかにたばかりなさんと云々 同、夕顏、廿九まづ此人はいかになりぬるぞとおぼす御心さわぎに 同、卅九いかになり給ひにきとか人にもいひ侍らん 古、春下、躬恆雪とのみふるだにあるを櫻花いかにちれとか風のふくらん 拾、戀、五うらみての後さへひとのつらからばいかにいひてかねをもなかまし 同、戀四、道綱母なげきつつひとりぬる夜のあくる間はいかにひさしき物とかはしる 千、雜上、顯方たえずたつ室の八島の煙哉いかにつきせぬ思ひなるらん
いかに
ドノヤウニカサゾの心也。 重之集花の上にちりくる雪のわれならばいかにうれしき命ならまし 源、夕顏、廿六内にいかにもとめさせ給ふらん云々六條わたりにもいかに思ひみだれ給はん 同、卅八右近は屏風をへだててふしたり。いかにわびしからんと見給ふ 同、榊、十二まして旅のそらはいかに御心づくしなる事おほかりなん 枕、三ノ廿四瀧た、とどろきの瀧はいかにかしましくおそろしからん 大和物、一ひさしくせうそこなども物せざりけるいかにおぼつかなく思ひつらん 源、若紫いかにはかばかしき御いらへきこえさせ給はんとてうちわらひてゐたり 同、若菜、下云々わが心とつみあるにはなさずなりにしなどいまおもへばいかにかどあることなりけり拾遺云、今案にいかにといひてけりととめたるてにをは心得がたし。いかにもといへばかなへば其心と見るべき歟。いづくの露のかかる袖なりの類歟。 ○小櫛に云、此てにをはの事拾遺にいへるさること也。ただし是は別に一種のいひざまにて例あること也。いかには俗にいかばかりかといふ意也。 ○廣足云、此てにをはの一格の事詞玉緒補遺附録に多く例を出していへる説を考ふべし。是は轉語にててにをはの結びをたたみこみて轉り行語也。
いかに
ドウヂヤといひかくる詞也。 萬、七ノ廿一大海の波はかしこししかれどもかみをいはひて舟出せばいかに 後撰、戀五、俊千思ふてふことのはいかになつかしな後うき物と思はずもがな 拾、雜春、大伴像見故里のならしの岡に時鳥ことづてやりきいかにつげきや 枕、十二ノ廿いかにさわやかになり給へりや 古、雜下、小野貞樹都人いかにととはば山高みはれぬ雲ゐにわふとこたへよ 枕、三ノ廿一いかにととへばさはる事ども申すに
いかに
何故ナゼニの心也。 六帖、一、上春だにもありし心を夏衣いかにうすさのけふまさるらん 玉、雜四、謙徳公郭公こぞ見し君もなき宿にいかになくらんけふの初聲 源、若菜、上ノ八いかにの給はする事にかとあやしく思ひめぐらすに 同、夕霧、十三忍びやかに打ずし給へるもかたはらいたくいかにいひつる事ぞとおぼさるるにげにあしう聞えつかしなど云々
いかにいかに
ドウヂヤドウヂヤ也。 源、椎本、十八いかにいかにと人奉り給へど 枕、一ノ十そこにさぶらはんはいかにいかにといへば 同、一ノ廿三いかにいかにと誰もとひたまへどもいはず 榮、若枝、廿一かんのとののただにもおはしまさねばいかにいかにといみじき事どもをぞさせ給ひける
いかにとかや
(ナン)トカの心也。 源、幻、十六葵の事をとり給ひていかにとかや此名こそわすれにけれとの給へば 枕、五ノ十無名といふ琵琶の御ことを云々これが名よいかにとかやなど聞えさするに 源、鈴蟲、九いかにとかやいておもひの外なる御ことにこそ 狹衣しりめに見おこせ給ひていかにとかやのこりゆかしきひとりごとかなとのたまふを
いかにか
ドウの心。 萬、五ノ六家にゆきていかにあがせん枕つくつまやさぶしくおもほゆべしも 新古、別、實方とどまらんことは心にかなへどもいかにかせまし秋のさそふを
いかにかは
次に出せる詞をふくめたるいかがはに同。 枕、九ノ五我をば思ふやと問はせ給ふ御いらへにいかにかはと啓するあはせて
いかにぞ
ドウシテ又ドウヂヤゾ也。 後撰、春上、中納言長谷雄春雨にいかにぞ梅や匂ふらん我見る枝はいろもかはらず 後拾、哀傷、相模とはばやと思ひやるだに露けきをいかにぞ君が袖はくちぬや 榮、衣の玉いかにぞやさむくやものし給ふとのたまはすれば
いかにぞや
是ハドウヂヤゾヤ也。 後撰、戀二あひしりて侍りける人のもとよりひさしくとはずしていかにぞやまだいきたるやとたはぶれて侍りければ 榮、若枝、十七かうでいかにぞやきのふの宮の大饗はいかがありしととひ聞えさせ給へば
いかにぞや
ドウデアラウヤラ又イカガシキ心也。 源、花宴、八父おとどなど聞てことごとしうもてなされんもいかにぞや。まだ人のありさまよく見定めぬほどはわづらはしかるべし 同、葵、十七いかにぞやもある世哉 同、廿三六條御息所の心をいへる所にいとほどへにけるも心ぐるしくまたけぢかくて見奉らんにはいかにぞやうたてあらんとおぼゆべきを人の御ためいとほしう 同、若菜、下、四十四はじめつ方あなたにてほの聞しはいかにぞやありしをいとこよなくなりにけり
源、螢、九五日にはうまばのおとどに出給ひけるついでにわたり給へり。いかにぞや宮は夜やふかしたまひし。いたくもならし聞えじ 齋宮いかにぞやなのりこれかととはんにもわすれるさとやあまはつげまし 落窪たちはき大將どのにまゐりたれば大將詞いかにぞやかのことは是ハタダイカニト問フコト也 少將しばしゐたれいかにぞやいきやせんとする是も同 山家、下いかにぞやいひやりたりし方もなく物をおもひて過るころ哉是はただドウトモいひやり方もなくの意也
いかにぞや
イカガシキ心也。 榮、月の宴みやす所もきよげにおはすれどものおいおいしくいかにぞやおはして 隆信かきつたふるにつけてことざまいかにぞやうちまかせぬさまなれど 散木此歌はいかにぞやある。男女のうらみたるに似たりとてつかはさざりける 枕、七ノ廿四いひいでられぬはいかにぞやなどいふをききて是ハドウ云コトゾの心
いかにやいかに
ドノヤウニを重ねてつよくいへる也。 拾、雜上世中をかくいひいひのはてはてはいかにやいかにならんとすらん
いかにして
疑の心。ドウシテ也。 古、秋下、敏行白露のいろはひとつをいかにして秋の木のはをちぢにそむらん 枕、九ノ六いかにしていしかしらまし僞をそらにただすの神なかりせば 同、一ノ三粥杖の所にいかにしてけるにかあらん打あてたるは 夫、廿六いかにしていかによからんをの山の上よりおつる音なしの瀧
いかにして
願ふ心。ナニトゾシテ也。 後撰、戀二、忠峯ひとりのみ思ふはくるしいかにしておなじ心に人ををしへん 拾、戀一いかにしてしばし忘れん命だにあらばあふよのありもこそすれ
いかにしてかは
ドナイニシテ也。 後撰、戀二拾、戀五あやしくもいとふにはゆる心かないかにしてかは思ひやむべきたゆ 源、藤裏葉、十七今ひとたび見奉るよもやと命をさへしうねうなしてねんじけるをいかにしてかはと思ふもかなし
いかにしても
願ふ心也。 狹、一下、卅五いかにしても死ぬるわざもがなと思へば五六日にもなれど水をだにとりよせず
いかにもいかにも
ドノミチニモドノミチニモ(ナン)ニセイの心也。 源、椎本、十二みづからのことにてはいかにもいかにもふかう思ひしる方の侍らぬを 同、東屋、十七物思はしげにおぼしたるを見ればいかにもいかにも二心なからん人のみこそ云々 榮、楚王の夢、卅一ただいかにもいかにも心ざしのかぎりをつかうまつりぬべかんめるなんうれしき
いかにせん
ドウセウ。 萬、四ノ廿六目には見て手にはとられぬ月の内のかつらのごときいもをいかにせん 齋宮集はかなくて雲となるとも山彦のこたへばかりはそらにいかにせん 愚案抄、十三、催馬樂、山城瓜つくり我をほしといふいかにせん云々 萬、十一、廿七、作者不詳拾、戀二、人丸すき板もてふける板間のあはざらばいかにせんとかわがねそめけんそぎ 續拾遺、雜下、鴨長明いかにせんつひのけぶりの末ならで立のぼるべき道もなき身を美濃の家裏折添に云、新古今集の頃は初句にいかにせんとおける歌いと多きをおほくはかなへりとも見えざるを此歌などは此詞よくかなへり。 ○廣足按に、いかにせんと初句にいへる歌 新古、藤原家隆朝臣いかにせんこぬよあまたのほととぎすまたじとおもへばむらさめのそら 女につかはしける實方朝臣いかにせんくめぢの橋のなか空にわたしもはてぬ身とやなりなん 同、戀三、相模いかにせん葛のうら吹秋風に下葉の露のかくれなき身を 同、増賀上人いかにせん身をうき舟のにをおもみつひのとまりやいづくなるらん 新古今には此四首のみ也 拾、戀一いかにせんいのちはかぎりあるものをこひはわすれず人はつれなし 新勅、戀五、式子内親王いかにせん夢路にだにもゆきやらぬむなしき床の手枕の袖 同、雜二、和泉式部いかにせんあめのしたこそ住うけれふれば袖のみまなくぬれつつ 新後拾、戀一、頼兼いかにせんほどなき袖のしがらみにつつみなれてもあまる涙を 續後拾、雜下、慈鎭いかにせんかさねし袖をかたしきてなみだにうくは枕なりけり 同、戀三、鎌倉右大臣いかにせんいのちもしらずまつ山のうへこそ浪にくちぬ思ひを 同、雜中いかにせん身をうき雲の山のはに思ひさだめぬ夕ぐれの空 玉葉、戀二、俊成いかにせんいかにかせましいかにねておきつる今朝のなごりなるらん 新葉、春上、中院入道いかにせんさらでもかすむ月影の老のなみだの袖にくもらば 同、神祇、宗良親王いかにせんたのむ日吉のの神無月てらさぬかげの袖のしぐれを 續後撰、戀二、定家いかにせんあまのもしほ火たえず立けぶりによわる浦風もなし 拾玉いかにせんなぐさむやとて見る月のやがて泪にくもるべしやは 狹衣いかにせんいはぬ色なる花なれば心のうちをしる人ぞなき ○此詞廣足が説は窓の小篠にいへるを見るべし。
いかにせんいかにせん
狹、三上、四十二いかにせんいかにせんとまどひ死いりて泣いりてふせり
いかにせよ
いかにすべき
いかにの所に附す。
いかにせまし
いかにせんをのべていふ也。 源、明石、初いかにせまし。かかりとて都にかへらん事も云々人わらはれなることこそまさらめ
いかほかぜ
上野いかほの風をいふ。 萬、十四、十四いかほ風吹日ふかぬ日ありといへどあが戀のみし時なかりけり
いかり
碇。 和名、十一、四碇、海中以石駐舟曰伊加利 萬、十一ノ八大舟のかりとの裏に(イカリ)おろしいかなる人か物思はざらん 夫、卅三、中務卿みこけふの日はいかりそへよと舟人のつしまのわたり風もこそまて
いかり繩
拾、戀一湊出るあまの小舟の碇なはくるしきものと戀をしりぬる
いかりのつな
新六帖、三、信實沖つ舟おろす碇のつなつよみあやふからぬも猶ぞあやふき
いかる
怒。 拾、物名躬恆ことぞともきききききだにわかずわりなくも人のいかるかにげやしなまし
いかり
源、夕霧、十九僧詞惡らうはしうねきやうなれどごつしやうにまつはれたるはかな物なりと聲はかれていかり給ふ。云々すくずくしき律師にて
いかり
體の詞。 同、廿人の御いかり出來なばながきほだしとなりてん
いかれる
同、紅葉賀、廿七ただいみじういかれるけしきにもてなして太刀を引ぬけば 同、帚木、十六あら海のいかれるいをの姿 同、常夏、廿五いとさうがちにいかれるての()
いからかし
宇治拾、八ノ十二目をいからかししたなめづりをし 同、九ノ十六こそこそと入くるままに目をいからして
いかるが
班鳩。鳩の一種也。 和名、十八ノ五伊加流加貌似鴿而白喙者也。兼名苑注云班鳩和名同上觜大尾短者也 萬、十三、六末枝(ホツエ)にもち引かけ中つ枝に伊加流我かけしづえにしめをかけ云々いかるが、しめ共に枝にかけ置て媒鳥とする也 夫、廿七、寂蓮春の日ののどかにかすむ山里に物哀れなるいかるがの聲 拾、哀傷いかるがやとみの小川のたえばこそわが大君のみなをわすれめ 是は太子の宮所をいへる也とぞ
いかが
ドウの心也。 古、誹諧、興風身はすてつ心をだにもはふらさじつひにはいかがなるとしるべく 源、帚木、廿いかが思へるとけしきも見がてら 竹取御心ちはいかがおぼさるると問へば いかがすべきとおぼし召わづらふに 宇津保、樓の上、下ノ十三人しれぬむすぶの神をしるべにていかがすべきとなべく下ひも 竹取いかがしけんはやき風ふき世界くらかりて 枕、十二鷄をとらへてもちて云々゜かくしおきたりけるがいかがしけん犬の見つけて 同、二ノ廿二いかがいひやるべき 同、二ノ廿三いかがいひつる 土佐歌云々とぞいへる海にて子の日の歌にてはいかがあらん 狹、二ノ下、廿さてはいとどゆかぬ三河の八橋はいかがあらん 貫之人に文やりける女のいかがありけんあまたたびかへりごともせざりければ云々
いかがせん
ドウセウゾ、ママヨ。ドウシテマア、サウハセウゾ兩樣。 源、夕顏、卅七馬にて物せんとの給ふをいとたいだいしき事とは思へとおぼされんにはいかがせんはやおはしまして夜ふけぬさきにかへらせおはしませ 同、末摘、四あないみじや人の聞思はん事もあり。いける世にしか名ごりなきわざはいかがせん
いかが
ドウカとあやぶむ心也。 古、戀四、素性秋かぜに山の木のはのうつろへば人の心もいかがとぞ思ふ 源、葵、卅五秋霧に立おくれぬと聞しよりしぐるるそらもいかがとぞ思ふ 同、若紫、廿三御むかへにもと思ひ給へつれど忍びたる御ありきにいかがと思ひはばかりてなん
いかが
ドウマアの心也。 古、物名、兼賢王梶にあたる波の雫を春なればいかがさきちる花と見ざらん 後撰、戀六うらむともこふともいかが雲井よりはるけき人をそらにしるべき 源、帚木、八いかが思ひの外にをかしからざらん 同、若紫、十七かくまでの給ひ聞えさするもあさくはいかがとの給ふ
いかが
ドウヂヤ也。 同、柏木いかが御心ちはさわやかになりにたりや 枕、八ノ十六碁ばん侍るや。まろもうたんと思ふはいかが。手はゆるし給はんや
いかがは
ドウマア、ドウシテマア也。 源、帚木、五それしかあらじとそらにはいかがはおしはかり思ひくださん 同、十一いかがはくちをしからぬ 同、四十六たがふべくもの給はざりし物をいかがはさは申さん 同、夕顏、十三いかがはおろかに思ひ聞えん
いかがは
右におなじ。但▲の所にドウマア▲ありかざらん。ドウシテマア▲思はざらん。ナニシニ▲つつまん。▲うれしからざらん。▲せざらん。▲おぼえざらん。▲めでざらん。などやうの心を含めたるなり。餘も前後の文にて心得べし。句にして讀なり。 落窪、一などしづ心もなくありき給ふぞといへばいかがは▲ほどもなき所に人をすゑ奉りたれば人やふとくるとて騷ぎありくぞかしといらふ 同、一いとほしうおぼすやといへばいかがは▲といらふ 源、帚木、卅七伊よの介はかしづくや。君と思ふらんな。いかがは▲わたくしのしゆうとこそ思ひて侍めるを 同、末摘、廿九我にはつつむ事あらじとなん思ふとの給へばいかがは▲みづからのうれへはかしこくともまづこそは 同、玉鬘、十一わが君をば后の位におとし奉らじ物をやなどいとよげにいひつづくいかがは▲かくの給ふをいとさいはひありと思ひ給ふるを云々 蜻蛉日記、上、下御禊のいそぎちかくなりぬ。ここにし給ふべき事これこれとあればいかがは▲とてしさわぐ 同、中、下むかしここは見給ひしはおぼえさせ給ふやと問へばいかがは▲。いとたしかに覺えて云々 枕、九ノ一かぎりなくめでたしと見しらぬさとびごこちにはいかがは▲ 同、七ノ七もしじやう官のうちにてえさせ給へるかといへばいかがは▲といらふ 同、六ノ一しげい舍に參り給ふほどの事いかがは▲めでたからぬ事なし 宇治拾、八ノ十八いかにぬし殿はをがみ奉るやといひければいかがは▲このわらはもをがみ奉る
いかがはあらん
ドウシテサウハセウゾ也。 源、若紫、卅八くるしげに思ひたれば源詞さりともかかる御ほどをいかがはあらん。猶ただ世にしらぬ心ざしのほどを見はて給へ
いかがはせん
ドウセウゾ、ママヨ、シカタガナイの心也。 竹取ただむなしき風にまかせてありく命しなばいかがはせん。いきてあらんかぎりかくありきて蓬莱といふらん山にあふやと云々 さらばいかがはせんかたきなりとも仰ごとにしたがひてもとめにまからん 源、若紫、一老かがまりてむろのとにもまかんでずと申たればいかがはせん忍びて物せんとの給ひて 同、蓬生、五思ひあさづりていひくるを例の女房いかがはせんそこそはよのつねの事とてとりまぎらはしつつ 同、夕霧、五十五いかがはせん。なき人にすこしあさきとがはおほせていつありそめし事ぞともなくまぎらはしてん
いかがはせんは
伊勢物、十五段女かぎりなくめでたしと思へどもさるさがなきえびす心を見てはいかがはせんは
いかがはせんに
右におなじ。 源、空蝉、八ほいの人をたづねよらんもかばかりのがるる心あめればかひなくをこにこそ思はめとおぼす。かのをかしかりつるほかげならばいかがはせん古本如此おぼしなるも例のわろき御心あささなめりかし 同、蓬生、廿一いとなつかしき香したるを奉りければいかがはせんにきかへ給ひて 同、總角、卅八いとほしく思給ふるにかなはぬ身こそおき所なく心うく侍れ。猶いかがはせんに思しよわりぬ 更級、七十あづまぢよりはちかきやうに聞ゆればいかがはせんにてほどもなく下るべきことどもいそぐに
いかがはせまし
初のいかがはせんにおなじ。 拾、雜、戀世の中はいかがはせまししげ山の青葉の杉のしるしだになし
いかがはすべき
ドウモシカタガアルマイなり。 千、秋下、右大臣山おろし浦づたひする紅葉哉いかがはすべきすまの關守
いかだ
筏。 和名、十一ノ二論語注云々大曰筏小曰桴以加太 萬、一ノ廿二ももたらず五日太(イカダ)作泝須(ツクリノボス)らん 榮、疑ひ、十二かも川の方を見ればいかだといふ物にくれ材木をいれて棹さして
いかだおろす
元眞、三夫、卅三よしの川おろす筏のをりごとに思ひもよらず波の心をやまず 夫、卅三宇治網代あはする所に筏おろす歌云々
いかだくだす
同、花山院よとともに筏をくだす川なればかもめも人におもなれにけり
いかだおとす
同、俊頼風ふけばとなせにおとそいかだしの麻の衣ににしきおりかく
いかだくむ
同、俊平遠近のしげき宮木を引よせて杣山川にいかだくむなり
いかだ繩
同、爲家杣木ひくゆけの河原のいかだ繩くだるをいそぐ世こそつらけれ
榮、疑ひ、十二磐石といふばかりの石をはかなきいかだにのせてゐてくれどしづまず
いかだし
筏士。 夫、廿三、能宣大井川うけるもみぢのいかだしの棹の雫を時雨とやおもふ 同、久安百首、安藝となせ川こすいかだしのつなて繩心ぼそきは年のくれ哉 新古、冬、資宗いかだしよまてこととはんみなかみはいかばかりふく山の嵐ぞ
いがた
鎔。 和名、十五ノ十三漢書注云鎔鑄鐵形也伊加太
いがたうめ
狐をいふ。東屋のは、なかだちの人を欺くをいへるなるべし。 新猿樂記野干坂伊賀專(イガタウメ)之男祭 源、東屋、五十七心しらひのやうに思はれ侍らんも今更にいがたうめにやとつつましくなん
いかづち
和名、二ノ三雷公一名雷師伊加豆知 源、明石、六なきとよむ聲いかづちにもおとらず 同、九入道詞いかめしき雨風いかづちのおどろかし侍りつれば
くもいかづち
同、若菜、下、卅九くもいかづちをさわがしたるためし雲と雷也
いかなりけん
ドノヤウナ也。 濱松、三いかなりけんたがひめにてにごりおほかる世に生れ給ひけん
いかなりし
ドウシタ也。 新勅撰、戀三、小侍從いかなりし時ぞや夢に見しことはそれさへにそこそわすられにけれ
いかなりつる
イカニアリシ也。 宇治拾、三さてもいかなりつることぞとて
いかなる
ドノヤウナ、ドウイフ、ドウシタの心也。 拾遺、雜上、順ほどもなくいづみばかりにしづむ身はいかなる罪のふかきなるらん 後拾、秋上、長能いつもみる月ぞと思へど秋のよはいかなる影をそふるなるらん 枕、二ノ廿五ありがたくめでたく心にくくいかなる人ならんいかでいらんと問ひけるを 狹、二ノ上、四十いかなるもののふとも 源、夕顏、卅九いかなる昔の契りにかありけん 枕、一ノ四いかなる心にかあらん 源、若紫、廿九御心ち例のやうにもおはしまさぬはいかなるにかと人しれずおぼす事もありければ 同、桐壺、廿三いかなることにかとおぼしうたがひてなんありける
いかなるべき
ドウナルの心。 同、明石、卅五いかなるべき御ありさまどもにかあらん
いかなれば
ドウシタコトデの心也。 後拾、秋下、堀川右大臣いかなればおなじ時雨に紅葉するははその森のうすくこからん
いかなれや
右に同。 拾遺、雜春貫之六帖、三春くれば瀧の白絲いかなれやむすべども猶あはに見ゆらん ○又ドウイフワケヂヤゾの心なるは 新古、雜中、四行山かげにすまぬ心はいかなれやをしまれている月もある世に
いかならん
ドノヤウナの心。 古、雜下いかならんいはほの中にすまばかは世のうき事のきこえこざらん 狹、二ノ上、十九げにいかならんあやまちをだにし給ふべきに
いかならん
ドウデアラウカとあやぶむ心。 枕、十ノ十六いかならんと夢を見ておそろしとむねつぶるるにことにもあらず合せなどしたるいとうれし ○ドノヤウデアラウサゾカシとおしはかる心。 源、帚木、四十四ましてかの人の思ふらん心の内をいかならんんと心ぐるしくおぼしやる 千、秋上、攝政右大臣たなばたの心の内やいかならんまちこしけふの夕ぐれのそら 枕、十一ノ廿三少納言よ香爐峯の雪はいかならんと仰られければ 新後撰、冬、法皇御製かぎりあればふかきみやまもいかならんけふ九重につもるしらゆき 同、同、後京極雲深きみねの朝けのいかならん槇の戸しらむ雪の光に
いかならん
ドウナラウの心。 狹、三ノ下祭の折の事をいへる所にまして都の内の賤の男は云々明くれの身のいとなみのくるしけさにそへていひなげきおもひまうくるなり。すがたはいかならんとすらんと心もとなし 源、夕顏、卅一右近は物もおぼえず君につとそひ奉りてわななきぬべし。又これもいかならんとこころそらにてとらへ給へり
いかん
行。いくの所に出す。
いかう
ヒタスラの心にて一向の字音也。多くは僧又は無骨なる人の詞也。 無量壽經、下其上輩者捨家弃欲而作沙門菩提心一向專念無量壽佛諸功徳彼國 三代實録、十七、廿一府司一向交易奉 落窪、二典藥詞御やまひもふとやめ奉りてこよひよりは一向にあひたのみ給へとてむねかいさぐりて 四の君なん思ふ人すくなきやうに物し給ふなるをおのれいかうに知り聞えんと思ふ 宇津保、祭の使、四十二一かうにあひつかうまつらん 同、嵯峨の院、中、四十二いかうに此事をうしろみ奉らんだにいとうれしき事なん 源、玉鬘、十さる心ざしをも見せ聞えず侍りしほどにいとかなしくてかくれ給ひにしを其かはりにいかうにつかうまつるべくなん 同、夕霧、廿僧詞修法をなん故大宮のの給ひつけたりしかばいかうにさるべき事今にうけ給はる所なれど 盛衰、十八今より後は一向に文覺が教訓によりて佛道に心をかけ給へ 同、廿ノ十三明日は一向三浦に向て勝負すべきと申す
いがぐり
刺栗。 行宗集いがぐりは心よわくぞおちにけるこの山ひめのゑめるかほ見て
いかやう
ドナイニ、ドノヤウの心。 源、榊、四十一いかやうにおぼしたたせたまひてかう俄にはと聞え給ふ 同、浮舟、五十四そのかへりことはいかやうにして出しつるぞ 枕、五ノ廿七御扇奉らせ給ふに隆家こそいみじき骨をえて侍れ。云々いかやうなるにかあるととひ聞えさせ給へば
いかけぢ
沃懸地。今いふイツカケ也。 夫、四、仲正おもしろや風の蒔繪にふぶかれて庭のひまなき花のいかけぢ 平治物語、一ノ下沃懸地の金覆輪の鞍
いかけ
いるの所に出す。
職人畫歌合いかけぢのとろとろのきり金の云々
いかで
ドウシテ也。 清愼公集木のはさへふりとふるめる故郷にいかでのこれるもみぢなるらん 源、桐壺、十八雲の上も涙にくるる秋の月いかですむらん淺ぢふの宿 同、帚木、八いかではたかかりけんと思ふよりたがへる事なん 枕、五ノ廿いかで女官などのやうにつきなみてはあらん
いかで
ドウゾシテの心。 齋宮、一いかで猶春の霞になりにしか思はぬ山にかかるわざせじ 敦忠いかでと思ふ人のこと人に定りたる 後撰、離別いかで猶笠とり山に身をなして露けき旅にそはんとぞ思ふ 新勅、賀公忠、廿四皆人のいかでと思ふ萬代のためしと君をいのるけふ哉 伊勢物、九十段むかしつれなき人をいかでと思ひわたりければ哀れとや思ひけん 源、帚木、十七もとより思ひいたらざりける事にもいかで此人の爲にはとなき手をいだし 同、末摘、初いかでことごとしき覺えはなくいとらうたげならん人のつつましき事なからん見つけてしがなとこりずまにおぼしわたれば 枕、四ノ廿七雪山の所かちぬる心ちしていかで十五日待つけさせんとねんずれど七日をだにえすぐさじと猶いへばいかでこれ見はてんと皆人思ふほどに
いかでいかで
ドウゾシテドウゾシテ也。 拾、戀五、能宣いかでいかでこふる心をなぐさめて後の世までの物を思はじ
いかでか
ドウシテマア也。 拾遺、雜下、能宣梓弓はるかに見ゆる山のはをいかでか月のさしているらん 源、若紫、十はつ草のおひゆく末もしらぬ間にいかでか露のきえんとすらん 同、夕顏、廿いかでか俄ならんといとおいらかにいひゐたり 同、空蝉、六われにかいまみせさせよとの給へばいかでかさは侍らんかうしには几帳そへて侍り 竹取家にいり給ひぬるをいかでか聞けん 枕、一ノ四わかき人はまねをし笑へどいかでかしらん 同、五ノ廿二いざ給へかし。内へなどいふそれもえぼうしにてはいかでか 同、六ノ二しげい舍は見奉りしやと問はせ給へばまだいかでか
いかでか
ドウゾシテ也。願ふ心。 拾、戀一いかでかと思ふ心のある時はおぼめくさへぞうれしかりける 伊勢集、四十四いかでかと思ふ心は堀兼の井よりも猶ぞふかさまされる此初の句夫木、廿六にはいかでもとあり。もしは夫木のあやまれるにや 源、玉鬘、十一いかでか人に御覽ぜられんと人しれずなげき侍めれば 同、浮舟、十六いかでかこれをわが物にはなすべきとわりなくおぼしまどひぬ 狹、一ノ下、一いかでさる耳だにきかじと用意し給へば
いかでかは
ドウシテマア也。 詞、戀上、實方いかでかは思ひありとはしらすべき室の八島のけぶりならでは 源、夕霧、六十七今思ふにもいかでかはさありけんと我心ながら云々と思ひしらるるを 狹、二ノ上、廿四萩の上の露ばかりにてはいかでかはなどおぼしつづく
いかでもいかでも
ドウシテナリトモドウシテナリトモ也。 源、常夏、廿二ただいかでもいかでも御方々にかずまへられ奉らん事をなんねてもさめても
いかさま
いかさまに
ドウ、ドノヤウニの心。 萬、二ノ廿六、長歌いかさまにおぼしめしてか
いかさまにか
ドウ、何トの心。 源、若紫、四十七宮のわたらせ給はんにいかさまにか聞えやらん ○ドウセウの心。 同、桐壺、七我かのけしきにてふしたればいかさまにかとおぼしまどはる 同、若紫、四十七御車よせさせ給へばいかさまにかと思ひはへり
いかさまにせば
ドウシタナラバ也。 金葉、戀上、大江公資しのすすきうは葉にすがくささがにのいかさまにせば人なびきなん
いかさまにして
ドノヤウニシテ也。 源、玉鬘、七いかさまにして都にゐて奉りてお父おとどにしらせ奉らん 同、藤袴、十六忘れなんと思ふも物のかなしきをいかさまにしていかさまにせん
いかさまにせん
ドウセウ也。 宇津保、藏開、下、卅四あなわびしいかさまにせんなどいふ 源、夕顏、廿七女君いみじくわななきまどひていかさまにせんと思へり
いかさまにせんいかさまにせん
ドウセウドウセウ也。 同、蜻蛉、三めのとはなかなか物もおぼえでただいかさまにせんいかさまにせんとぞいはれける
いかさまにも
ドノミチニモの心也。 狹、三ノ中、廿今はいかさまにもそれによるべき御事ならねば心やすく
いかき
アラアラシクタケダケシキ也。 舒明紀嚴矛此云伊箇之保虚(イカシホコ) 萬、十三ノ七劔刀鞘從拔出而伊香胡山(ツルギタチサヤユヌキイデテイカコヤマ)これらひとつの詞か
いかきもの
宇津保、俊蔭かかるほどにあづまの國より都にかたきある人むくいせんと思ひて四五百人のつはものにて云々おそろしげにいかきものどもひとやまにみちて目に見ゆる鳥けだもの色をもきらはずころしくへば
いかきひたぶる心
源、葵、十八かの姫君とおぼしき人のいときよらにてある所にいきてとかく引まさぐりうつつにも似ずたけくいかきひたぶる心いで打かなぐるなど云々
いかきさま
同、手習、六()鬼にやあらんとむくつけきをたのもしういかきさまを人に見せんと思ひて云々
いがき
和名、十三、祭祀部瑞籬俗云美豆加岐一云以賀岐 萬、十一ノ廿九千早ぶる神のいがきもこえぬべし今はわが名のをしけるもなし 源、榊、五かはらぬ色をしるべにてこそいがきをもこえ侍りにけれ
いがき
蛛網。 小大君集ひこぼしのくべきよひとやささがにのくものいがきもかけて見えけん
いかめし
キツパリトシタル心、嚴重なるをいふ。 宇津保、藏開、下、四十一かくて年こえて朔日にきんだち御さうぞくいとめでたくしておとどをがみ奉りに參り給へり。いといかめし
いかめしき
源、澪標、廿一住吉にまうで給ふ願どもはたし給ふべければいかめしき御ありきにて
いかめしきわざ
源、御法、四いかめしきわざどもをせられたり
いかめしき堂
同、明石、十一山水のつらにいかめしき堂をたてて三昧行ひ云々
いかめしき橋
宇津保、吹上、下の十七馬場殿大なる池大きなる山の仲にいかめしきそり橋あり
いかめしく
同、吹上、上ノ三六位の衞府諸大夫品々いかめしくてあるじしたり
いかめしう
源、桐壺、八いかめしう其作法したるに 同、三十春宮の御元服の折にも數まされり。なかなか限りもなくいかめしうなん 同、紅葉賀、八かの御法事などし給ふにもいかめしうとぶらひ聞え給へり 同、葵、五儀式など常のかんわざなれどいかめしうののしる
いかめしき
是はただキビシクハゲシキ心也。 源、明石、九いかめしき雨風いかづちのおどろかし侍りつれば
源、若菜、上、卅三いかめしき事はむかしよりこのみ給はぬ御心にて 宇治拾、九ノ廿四天井をひしひしとふみならしていかめしくおそろしげなる
いかし
重。 皇極紀重日此云伊柯之比 天神壽詞伊賀志御世志女 ○鈴屋翁云、イカシは事物の太く盛なる意也。
いよいよ
今と同。 古事、上、五十四自爾以後稍兪(イヨイヨ) 六帖、六上秋風の荻の葉を吹く音きけばいよいよわれも物をこそ思へ 古、雜上、伊豆内親王伊勢物、八十四段老ぬればさらぬ別れ伊勢物ありといへばいよいよ見まくほしき君哉 源、桐壺、廿三いよいよ道々のざえをならはさせ給ふ 同、帚木、十九かかる疵さへつきぬればいよいよまじらひすべきにもあらず 同、總角、十一あはめ給へるさまのいよいよをかしければ 同、手習、五十二いちじるき事どもありておこたらせ給ひにければいよいよいとたふとき物にいひののしる 濱松、二いよいよ白ううつくしげに光るやうに
いよだつ
毛髮ことごとく立をいふ。 堀川、俊頼夫、卅二琴の音のことぢにむせぶ夕ぐれは毛もいよだちぬすずろさむきに
いよす
伊豫簾。 新猿樂記伊豫手箱又砥又鰯又簾 源、浮舟、十三やをらのぼりてかうしのひまあるを見つけてより給ふにいよすはさらさらとなるもつつまし 枕、八ノ一いやしげなる物。いよすの筋のふとき
いよすだれ
同。 宇津保、藤原君、廿五いよすだれかけて 夫、卅二、惠慶あふ事のまどほにあめるいよすだれいよいよ我をわびさするかな 同、光俊年をへて世にすすけたるいよすだれかけさげられて身をばすててき
いた
板。板敷、板縁をいふ。 落窪、二夜ふくるまで板の上にゐて云々板のひえのぼりて腹こほこほとなれば 枕、二ノ廿六つややかなる板のはしちかうあざやかなる疊一ひらかりそめに打しきて
槇のいた
夫、卅、爲家閨の内の槇の板さへ苔むしてやつれはてたる草の故郷
いたはり
體の詞。勞の字の意にて大事に思ひ心を用ゐるをいふ。
なまいたはり
ロクニ心ヲ用ヰヌ也。 枕、四ノ五遠きありきする人のつきつぎ縁たづねて(フミ)えんといはすればしりたる人のがりなほざりにかきてやりたるになまいたはりなりと腹たちてかへりごともとらせで
玉葉、神祇、敦良神代より三くさのたからいたはりてとよあしはらのしるしとぞなる。
いたはりなき
源、初音、十三此いたはりなき白妙の衣は七重にもなどかさね給はざらんヲシゲナキ心也 同、松風、六何のいたはりもなくたてたるしんでんの事そぎたるさまも骨ヲラズ手ガルナルをいふ 狹、三ノ下、七何のいたはりさき僧都の御ここちにもことわりにかなしくおぼされて出家ノ世ノコトニ、クツタクナキをいふ
いたはり
體の詞。是はアハレミの心也。 源、葵、廿五秋の司召云々君たたちもいたはりのぞみ給ふ事どもありて云々皆引つづきて出給ひぬ
御いたはり
同、須磨、廿奏し給ふ事のならぬはなかりりしかばこの御いたはりにかからぬ人なく御徳をよろこばぬやはありし 同、澪標、十一めのとにもありがたうこまやかなる御いたはりのほど淺からず 宇津保、國讓、下、四十四ては人々私の御いたはりあり
いたはる
大事にする也。愛するにも又病をやしなふにもいへり。 文徳實録、七ノ十四與利(イタハ)(ツクロ)波世去閏四月奴止
いたはりて
宇津保、俊蔭角力のかへりあるじの所に北方にむかひて詞此度の事ここにてはじめてする事なるを心ことにまうけの物などもいたはりてし給へ
いたはれ
伊勢物、六十九段かの伊勢の齋宮なりける人の親常の使よりは此人よくいたはれといひやれりければ親のことなりければいとねんごろにいたづきけり
いたはり
宇津保、藤原君御かうぶりし給ふ夜聟とりて限りなくいたはりてすませ奉り給ふ 落窪、一やがて藏人少將あはせ奉りていたはり給ふこと限りなし
思ひいたはり
又なく思ひいたはり藏人少將よりもまさりてきよげなれば
いたはりかしづく
源、桐壺、三右のおとどのいたはりかしづき給ふすみかは
いたはらん
宇津保、國讓、上、四十一いざかかる所にてかくびやういたはらんとの給ひをかしき鞠のかかりかなと興ありとてまりあそばす
顯輔集いたはる事ありてえまゐらぬを 宇津保、樓の上、上ノ上、四十二みだりかくびやういたはり侍とて 榮、月の宴おいおいさなりさなりとのたまふほどいたはり所なう心うく見えさせ給ふを
いたはる
アハレム心也。
いたはり
宇津保、俊蔭此奉れる琴のあ所ありしはしばし引ならして奉れとの給ふ。云々其ほどはいたはりてさぶらはせんとの給へば 源、手習、六十六かうぶりしたるは藏人になしわが御つかさのぞうになしなどいたはり給ふ 宇津保、國讓、下、四十四ひとりは伊よの介いとかたかりけるをいたはりなしたまふ
いたはる
病に煩ふをいふ。
いたはるところ
宇津保、祭の使いたはる所ものし給ふとなん承る
いたはらるるところ
らるるは敬語也。 同、藏開、下、十七かんな月の衣がへにもいたはらるる所あるとありしかばいとほしがり申しつるを
いたはらるる事
同、五十五嵯峨の院に若菜參る事あるをおはせでいとあしくなんあるべきいたはらるる事物し給ふなるをなんいとほしがり申侍るをけしう物し給はずはいかにうれしからん
いたはりける
續千、旅同行のいたはりける人にあづけおくとて
いたはしく
大事に思ふ心也。心を用るにも大事大事に心のおかるるにもいへり。
いたはしく
源、橋姫、二大君の事をいたはしくやんごとなき筋はまさりて 狹、一ノ上、五雨風のあらきに月日の光りさやかなるにもあたり給ふをばいたはしくゆゆしき物に思ひ聞え給ひつつ
いたはしう
宇津保、樓の上、下、四十六かの内侍のかみを父母のかなしがる人にて限りなくいたはしう又なきものに思ふと聞て 源、夕顏、五なづさひつかうまつりけん身もいたはしうかたじけなく覺ゆべかめればすずろに涙がちなり 同、紅葉賀、十七わが身ながらこれに似たらんはいみじういたはしう覺え給ふぞあながちなるや 枕、十ノ十四げすなどのほどもおやなどのかなしうする子は目だり見たてられていたはしうこそおぼゆれ 狹、一ノ下、廿うき身とのみ思ひいられつるをすこしいたはしうなるもあはれなり
いたはしき
續紀、三ノ廿五奉仕奉(ツカウマツル)所念坐御意坐(オモホシマスミココロマシマス)
いたはしく
宇津保、國讓、下ノ十二わが世にいたはしくかたはらいたかりつる事のめやすき哉
いたはしう
榮、見はてぬ夢、十七人しれずまめやかにやんごとなき方には宣耀殿をおぼしたり。いたはしうわづらはしき方には淑景舍を思ひ聞えさせ給へれば
いたはしければ
是は病をいふ。 萬、五ノ廿八おのが見し伊多波斯計禮婆(イタハシケレバ)
いたばし
板橋。
槇のいたはし
夫、十六、爲家谷の戸もあくるもふかき霧の内に霜をわたせるまきの板はし
いたど
板戸。 古事、上、三十をとめの那佐ト同韻須夜伊多斗(イタド) 萬、五ノ九、長歌をとめらがさなす伊多斗をおしひらき
槇のいたど
萬、十一ノ十五おく山の眞木乃板斗(マキノイタド)をおしひらきしゑやいでこねのちは何せん 古、戀四君やこんわれやゆかんのいざよひに槇の板戸もささずねにけり
ねやのいたど
好忠、十二月初君まつと閨のいたどをあけ置てさむさもしらず冬のよなよな
いたどり
和名、七ノ十本草疏云、虎杖一名武杖伊太止里 反正紀、八井曰瑞井則汲之洗太子時太遲比花落在干井中因爲太子名也多遲比花者今虎杖(イタドリ)花也 枕、八ノ四いたどりはまして虎の杖とかきたるとか。杖なくてもありぬべき顏つきを
いたち
和名、十八ノ十八爾雅集注云、鼪鼠状如鼠赤黄而大尾能食鼠今江東呼爲伊太知 宇津保、國讓、上ノ卅四いたちのなきまの鼠はしもつかまつれとてなん 盛衰、卅三、廿七いたちのなきまの貂誇(テンボコリ)
いたちのまかげ
鼬の目蔭(マカゲ)源、東屋、四十七いたちの侍らんやうなるここちのし侍れば云々 同、四十八うしろめたげにけしきばみたる御まかげこそわづらはしけれとてわらひ給へるか 同、手習、四十二いたちとかいふなるものかさるわざするひたひに手をあててあやしこれはたれぞとしうねげなる聲にて見おこせたる
いたり
本の詞。俗にいふユキワタリの心にていたり深きは事情によく行わたり少きは行わたらぬ也。
ふかきいたり
同、帚木、十一わが心と思ひうる事なく深きいたりなからんはとくちをしく
いたりふかく
同、廿八心おきてを思ひめぐらさんにもいたり深く 同、若紫、四何のいたり深きくまはなけれど 同、野分、四いたりふかき御心にてもしかかる事もやとおぼすなりけり
いたりすくなく
同、若菜、下、九十七いたり少くただ人の聞えなす方にのみよるべかめる御心には
いたりかしこく
枕、十、二此中將わかけれどざえありかしこくしと時の人におぼすなりけり
心のいたり
源、明石、十二木だちたて石前ざいなどのありさまえもいはぬ入江の水など繪にかかば心のいたりすくなからん繪師はかき及ぶまじと見ゆ
いたらず
源、帚木、卅一世にある事のおほやけわたしにつけてむげにいたらずしもあらんユキワタラヌ心也。今も劣りて及ばぬ事をイタラヌといへり
いたらぬくまなき
スミズミマデモユキワタリタル意也。 原本書名脱いたらぬくまなき心にてまた思ひよらざりけるよと思ふに
いたりて
俗にはイタツテといふ。甚の心なり。 著聞、二ノ八しかれども慈悲いたりて深き故にあひ忍びて病者のいふにしたがひて其はだへをねぶり給ふに
いたる
到。
いたりて
古、旅すみだ川のほとりにいたりて 土佐守のたちよりよびに文もて來りよばれていたりて
いたりぬ
伊勢物、八十二段天の川といふ所にいたりぬ
いたれる
古、秋下仙宮に菊をわけて人のいたれるかたをよめる
いたれりける
古、春上初瀬にまうづるごとにやどりける人の家にひさしくやどらでほどへて後にいたりければ
いたらぬ
後拾、春上、元輔鶯のなくねばかりぞ聞えける春のいたらぬ人の宿に
いたりいたらぬ
古、春下春の色のいたりいたらぬ里はあらじさけるかさかざる花の見ゆらん 新古、秋上、長明秋風のいたりいたらぬ袖はあらじただわれからの露のゆふぐれ
いたりつく
源、玉鬘、五かしこにいたりつきてはまいてはるかなるほどを思ひやりて
いたる
心は同じ。官途にいふ。 著聞、一ノ廿六汝必大夫史にいたるべきものなり。云々其後祐繼も禰宜にいたり淳方も先途をとげてけり
貫之集いたるまにちりもぞはつるいかにして花の心は行としられむ
いたるまで
及ぶ迄の心。今と同。 宇津保、吹上、下、四十四種松は十六の大國よりはじめてぞくさん國にしたるまで寶をたくはへて侍るものなり 濱松、四あざあざとうつくしげにわけめかんざし額のきはなどにいたるまでのめでたきを
いたがき
板垣。 源、蓬生、廿四いたがきといふ物打つくろはせ給ふ
いただく
戴。 夫、十六、顯昭のこりゐて霜をいただく翁草冬の野もとなりやしぬらん
いただきて
萬、廿、廿九あもとじも玉にもがもやいただきてみづらの中にあへまかまくも
いただきにいただき
カサネテ強クイフ也。 宇津保、藤原君いただきにいただき奉らん
いただきまつる
後拾、神祇、輔親おほぢちちうまごすけちかみよまでにいただきまつるすめらおほん神 夫、知、家彦星の行合の空に手向していただききまつる此ゆふべ哉
いただかまほしく
源、槇柱、初石山の佛をも辨のおもとをもならべていただかまほしく
いただかす
濱松、四いただかせ聞え給ふ
新後拾、秋下、基任いつまでに老せぬ秋とかざしけんいただく霜のしら菊の花 萬代掘次きさらぎの初さるなれや春日山みねとよむまでいただきまつる俊頼 拾、雜下老はてて雪の山をばいただけどしもと見るにぞ身はひえにける
いただき
和名、三ノ一。陸詞曰顚伊太々岐頂也。頭上也 神代紀、上、廿一髻鬘及腕(ミイタダキトタブサ) 宇津保、藤原君白きいただきの上にすゑ奉りていただきにいただき奉らん 源、若菜、下、七十五いむ事の力もやとて御いただきいるしばかりはさみて 同、玉鬘、十一いただきになんささげ奉るべき 同、廿六いただきをはなれたるひかりやおはする 堀川、霜、仲實年ふればわがいただきにおく霜を草ばの上と思ひつる哉 新六帖、祝、信實夫、卅五をさなげの春のはじめのいただきにつかさ位はそなへあげつつ次に出せるいただきもちひの事にや 著聞、十二ノ廿此法師が(イタダキ)におちて 宇治拾いただきはげたる大童子
いただき
和名、一ノ六嶺、山頂也以太々木 竹取駿河の國にあなる山のいただきにもていくべき由仰給ふ。峯にてすべきやうをしへさせ給ふ 宇治拾、二ノ廿七その山のいただきに大なるそとば一つたてりけり
いただき
(ウヘ)の心。右に同。 枕、十一ノ廿二火桶引よせたるに云々中に火をあらせたるはよし。皆火をほかざまにかきやりて炭をかさねおきたるいただきに火どもおきたるがむづかし
いただきもちひ
正月元日をさなき人の頭に餠を置ていはふ事也。 古事談、六安藝守基明俊憲男嬰子之時正月戴餠間少納言入道祝言才學者如祖父文章者如父 榮、布引、十七年かはりぬれば承保四年といふ。云々中宮には男宮女宮御いただきもちひのほどなどいみじうめでたし 同、廿八年かはりて御いただきもちひの折も 同、初花、十七乙姫君二つ三つばかりにておはしませば殿のお前御いただきもちひせさせ給はんとするに御さうぞくまだ奉らねばしばしとの給はす 濱松、四小姫君云々大將膝にすゑてかいなでつつもちひかがみ見せ奉り給ひてこちたういはひ給ふけしきは云々中納言殿いだき奉り給うて大將殿いただかせ聞え給ふ 爲頼集うまごのいただきもちひを見せければ 榮、初花うるはしき御よそひにていとわかきみの御いただきもちひせさせ給ふ
いたつがはしく
わづらはしき心也。 白文、十九ノ十九(イタツガハシウス)五指分明ルコトヲ 徒然、九十二段おろかなる人此樂みを忘れていたつがはしく外のたのしみをもとめ
いたづら
ムダ、ヒマ、アリガヒナキ、不用、などの心也。 萬、一、廿三たをやめの袖吹かへすあすか風都を遠み無用(イタヅラ)にふく 古今序繪にかける女を見ていたづらに心を動かすがごとし 土佐舟も出さでいたづらなれば 夫、卅、信實かり小田にたてるそほづはかひもなしいたづらならば門まもりせよ 古、誹諧六帖、四何をして身のいたづらに老ぬらん年の思はん事六帖やさし六帖 源、玉鬘、卅五南のまちはいたづらなるたいなどもなし 枕、十一ノ十三神は平野はいたづらなる屋ありしをここは何する所ぞと問ひしかば御こしやどりといひしもめでたし 更級日記入江のいたづらなるすどもにことものもなく松ばらのしげれる中より浪のよせかへるも
いたづら
是は死ぬる事也。
いたづらになる
伊勢物、廿四段そこにいたづらになりにけり 拾、戀五、一條攝政哀れともいふべきひとはおもほえで身のいたづらになりぬべきかな 源、夕顏、廿九さりともいたづらになりはて給はじ 同、浮舟、五十竿さしはづしておちいり侍りにけるすべていたづらなる人おほかる水に侍りと人々もいひあへり 同、紅葉賀、十三此事により身のいたづらになりぬべき事
いたづらになす
古、戀一夏蟲の身をいたづらになすこともひとつ思ひによりてなりけり
いたづらいね
思ふ人にあはで獨寐するをいふ。又實ならぬ稻をもいへばかよはしてよめる也。 後撰、戀四、藤原成國六帖、二秋の田の苅そめぶしもしてけるがいたづらいねを何につままし槇の戸六帖 六帖、五ノ下、秤わがつめるいたづらいねの數ならばあふはかりなく何にかけまし
いたづらね
戀する人の獨寐する也。 兼盛女のもとにまかりていたづらにねてかへるに「あふ事のなきつつかへるよなよなはいたづらねにもなりにけるかな」 伊勢集中務集まちてなきつつあかすよなよなはいたづらねにもなりぬべき哉まつと中務
いたづらぶし
右に同。 拾、戀三いかなりし時くれ竹の一夜だにいたづらぶしをくるしといふらん 源、帚木、卅八君はとけてもねられ給はずいたづらぶしとおぼさるるに
いたづらびと
用ニタタヌ人をいふ。 宇津保、俊蔭若子君なくなりしに尋あひたる所に御供につかうまつりたりりし人々は皆はなつき放たれぬ忠政らもいたづら人になりぬべくてなんヤクニタタズイヒガヒナキモノの心也 源、明石、廿二いたづら人をばゆゆしき物にこそおもひすて給ふらめど流人をばと源卑下の詞也 同、槇柱、廿四よしかのさうじみはとてもかくてもいたづら人と見え給へばおなじ事也北方の物ぐるひになりしをいふ
いたづく
大事にする也。
いたづき
伊勢物、六十九段常の使よりは此人よくいたはれといひやりければ云々かくてねんごろにいたづきけり
思ひいたづき
源、浮舟、五十九さばかりうへの思ひいたづき聞えさせ給ふ物を
おぼしいたづく
同、桐壺、卅一おぼしいたづく
おぼしいたづかまし
同、繪合、五あはれおはせましかばいかにかひありておぼしいたづかまし
蜻蛉日記かくてとかうものすることなどいたづく人おほくてみなしはてつ 三部抄人身をいたづらはしく
いたづき
體の詞。身を勞するをいふ。
いたづきのいる
古、序拾、物名、黒主さく花に思ひつくみのあぢきなさ身にいたづきのいるもしらずて
いたづきいれず
宇津保、祭の使、廿八殿の御いたづきいれず子の世うまごの世うしろやすくておはしまさんいたづきのいるとは苦勞のカカルにていれずとはカケヌ意也
いたづき
和名、十三、征戰具平題箭(イタヅキ)、楊雄方言云鏃不鋭者謂之平題以太都岐郭璞云題猶頭也今之戲射箭也 延喜式、十五、卅六内藏寮梓弓一張矢四具一具太角伊太豆伎、一具角伊太豆伎、一具太木伊太豆伎、一具萬々伎 さくはなに云々前のいたづきの所に出す。射るをもかねてよめる也。 宇治拾、十五ノ九はやく左の目にいたづきたちにけり
いたらぬくまなき
いたらず
前のいたりの所に附す。 ○常のいたらぬ。前のいたるの所に出す。
いたむ
痛。
いたみ
古事、上、廿五裸菟伏セリ云々其身皮悉風吹折痛苦泣伏者(イタミクルシミナキフセレバ)
いため
萬、八ノ五十二胸こそいため
いたむ
かなしむ心。 神代紀、上、卅六哀傷(イタム) 萬、三ノ五十七世の中の常かくのみとかつしれどいたむ心はしのびかねつも
いたみ
顯宗紀、六億計王惻然歎(イタミテ)云々 萬、八、五十二、長歌いたみいたみ物を思へばいはんすへせんすべもなし
月清、三霜むすぶ秋の末にもなりぬればすそのの草も風いたむなり
いたもすべなみ
萬、十三ノ卅此九月の過まくをいたもすべなみ 同、十七ノ卅二いたもすべなみ
いたゐ
板井。今の板にてかこひたるをいふなるべし。 古、大歌所六帖、廿わが宿六帖の板井の清水里遠み人しくまねはみくさおひにけりにナシ六帖 水さびにけり古本神樂歌譜 好忠夫、二わが宿板井の水やぬるむらんそこの蛙の聲すだくなりこぞ
いたく
事の切なるにいふ詞也。キツウの意也。 萬、七ノ卅六はなはだもふらぬ雨故にはたづみ(イタク)なゆきそ人のしるべく 古、秋上、藤原忠房きりぎりすいたくななきそ秋の夜の長き思ひはわれぞまされる 同、雜上かぞふればとまらぬ物をとしといひてことしはいたく老ぞしにける 公忠行かへり舟路はいたくなれにけり年をつみてぞはこぶべらなる 兼輔たなばたに人も物かすこよひさへ出てはいたくいそがざらなん 源、帚木、十七物ゑんじをいたくし侍りしかば心つきなう 同、廿二此男いたくすずろぎて 同、廿三男いたくめでて
いたく
同、廿一いたくつなびきて見せしあひだにいといたく思ひなげきて 竹取、十三かぐや姫いといたくなき給ふ。人目も今はつつみ給はず
いたう
伊勢物、六段雨もいたうふりければ 源、若紫、八夕ぐれのいたう霞みたるにまぎれて 同、十五そやといひしかども夜もいたうふけにけり
いといたう
同、榊、廿三女君は日頃のほどにねびまさり給へる心ちしていといたうしづまり給ひて
いたく
コトニヨキ心。
いたく
痛。共に次のいたしの所に出す。
いだく
抱。
いだき
源、夕顏、卅三此人をえいだき給ふまじければ
いだきて
いだきこめ
落窪、一いだきてふしければあなうたてあなわびしといとほしくて腹だてどうごきもせずいだきこめられてかひなし
かきいだき
源、帚木、四十いとちひさやかさればかきいだきてさうじのもとに出給ふにぞ 同、若紫、卅八御帳の内にかきいだきていり給へば
いだきいる
同、手習、七此大とこしていたきいれさせ給ふを
いだきとる
同、柏木、廿九あはれのこりすくなき世におひ出べき人にこそとていだきとり給へばいと心やすく打ゑみて 枕、六ノ五松君もゐて參り給へり。殿いつしかといだきとり給ひてひざにすゑ給へるいとうつくし
いだきかくす
源、鈴蟲、四若君らうがはしからん。いだきかくし奉れ
いだきもつ
同、夕顏、卅二われひとりかさしがりいだきもち給へりけるに 同、竹川、卅五かんの君つといだきもちてうつくしみ給ふに
いだかす
枕、六ノ廿一つきづきしきをのこにさうぞくをかしうしたる餌袋いだかせて
いだかる
源、浮舟、廿七つとつきていだかれたるもいとらうたしとおぼす
いだかれず
枕、三ノ廿九おぼつかなき物。物いはぬ兒のそりくつがへりて人にもいだかれずなきたる
雅亮裝束抄まゐりのよは云々き丁さしたるうちにひめ君をごぜ御前いだきてのぼる一の前の五せちのひめ君をばところのざうしき雜色いだきてのぼる 源、東屋、六十一かきいだきて車にのせ給ひつ 榮、鳥邊野わか宮いだき奉りてあはれに 濱松、二、下いだかれたてまつりて
いたや
板屋。 源、夕顏、十八八月十五日くまなき月かげひまおほかる板屋のこりなくもりきて 同、卅八いたやのかたはらに堂たてて 同、榊、四物はかなげなる小柴を大垣にて板やどもあたりあたりいとかりそめなり 枕、六ノ廿二わびしげに見ゆる物。ちひさき板屋の黒うきたなげなるが雨にぬれたる 枕、十ノ五ふる物は、霰は板屋。霜も板屋 同、十ノ六さわがしき物。板屋の上にて鳥のときのさばくふ
いたま
板間。屋のふき板のひまをいふ。 萬、十一ノ廿七、作者未詳拾、戀二、人丸すぎ板もてふける板間のあはざらばいかにせんとかわがねそめけん 源、手習、卅三山はにいるまで月をながめ見ん閨の板間もしるしありやと 後拾、雜四、定頼雨ふればねやのいた間もふきつらんもりくる月はうれしかりしを
いたけく
痛。 萬、十七ノ廿三同ノ廿六いたけくの日にけにませば
いたぶろ
板風呂。板もてつくりたる風呂なるべし。 今物語、卅三いたぶろといふ物をして人々入けるに
いたぶね
板舟。かりそめに作りたる舟なるべし。 夫、七、匡房苗とる深田にわたすいた舟のおりたつことのさもかたき哉板橋堀川 同、同、知家けふもまた田子のいた舟さしうけて沼江をふかみとる早苗哉
いたぶき
板葺。 萬、四ノ五十八板蓋之(イタブキノ)黒木乃屋根者 源、蓬生、六八月野わきあらかりし年廊どももたふれふししもの屋どものはかなき板ぶきなりしなどは骨のみわづかにのこりて立とまるげすだになし 新六帖、鼠、信實しどろなるねやの板ぶき音たててあらしをきくは所がらかも
杉いたぶき
夫、卅、爲家東路や杉いたぶきのひまをあらみあはぬ月日もさてすぐせとや
金葉、連歌かはら屋のいたぶきにても見ゆる哉
いたて
(イツ)サンニといふ心か。又風の名か。可考。 堀川、公實夫、廿三かざはやの沖つ潮さゐ高くともいたてにはしれむこの浦まで 夫、廿一、堀川院御時百首、永縁追風にいたてにはしれつくし舟しきなみの關せきとどむとも
いたで
痛手。 神功紀、十二、長歌伊多氐於破孺破(イタデオハズハ) 平家物語、四ノ卅一鎧に立たる矢めをかぞへたれば六十三うらかく矢五所されどもいたでならねば 著聞、十二ノ廿一いた手をおひていかにものぶべくもおぼえぬに
いただきいで
榮、鳥邊野わかみやいだきいで奉りてあはれに
いたみ
いたさに也。風ガキツサニ日ノテリガキツサニの心也。 古、戀、四すまのあまの鹽やくけぶり風をいたみ思はぬ方にたなびきにけり 夫、九、惠慶集あかねさすあをみな月の日をいたみ扇の手風ぬるくもある哉
いたし
痛。 和名、三ノ廿四伊太之通也通在膚脉中 皇極紀、十九心痛(ココロイタシ) 萬、十七ノ四十二そこもへば心しいたし
いたき
萬、十三ノ卅意之痛(ココロノイタキ)吾こひぞ日にけにまさる
いたく
源、夕顏、卅五かしらいといたくてくるしく侍れば
いたかりけり
同、葵、廿四しいたかりけり
いたげ
同、末摘、廿五肩のほどなどはいたげなるまできぬのうへまで見ゆ
いたさ
宇治拾、三ノ廿八蜂むかでとかげくちなはなど出て目はなともいはずあ身にとりつきてさせども女いたさも覺えず
むねいたく
此たぐひ上の詞の部。
萬、廿ノ十三秋といへば心ぞいたきうたてげに花になぞへて見まくほりかも
いたきやつ
行宗集もちひこそいたきやつなれみな人のふくだとのみも名づくとおもへば
いたし
すぐれてよき也。俗にほむるにコレハキツイ、キツイモノヂヤなどいへり。同心か。 源、澪標、十歌云々なれて聞ゆるをいたしとおぼす 同、御幸、廿二古代なる御文かきなれどいたしや此御手よ。むかしは上手に物し給ひけるを 同、竹川、十二女の琴にて呂の歌はかうしもあはせぬをいたしと思ひて
いといたし
同、若紫、二かの國のさきの守しぼちの娘かしづきたる家いといたしかし 同、野分、十四御さきおふ聲のしげければ打とけなえばめる姿にこうちきひきおとしてけぢめ見せたるいといたし 同、槇柱、十七なごりなき御もてなしは見奉る人だにただにやはと口おほひていたるまみいといたし
いたき所
同、明石、卅つくれるさまこぶかくいたき所まさりて見所あるすまひなり
いたきぬし
同、藤裏葉、十少將のすすみ出しつるあしかりのおもむきは耳とどめ給ひつや。いたきぬしかな
いたきもの
同、蜻蛉、卅六小宰相の君といふ人かたちなどもきよげなり。云々此宮も年頃いといたきものにし給ひて
いたく
同、浮舟、五十七さすがにいたくもしたる哉。かけて見及ばぬ心ばへよとほほゑまれ給ふも云々
いたけれ
同、東屋、五十二此君さすがに尋おぼす心ばへのありながら打つけにもいひかけ給はずつれなし顏なるしもこそいたけれ
いたがる
土佐此歌をこれかれあはれかれどもひとりもかへしせずしつべき人もまじれれどこれをのみいたがり物をのみくひて夜ふけぬ
いたじき
板敷。 江次第、五ノ四十八掃部寮、鋪筵道於講道四面板敷上 百錬抄替板敷先例壞改隨儉約之儀 伊勢物、四段あばらなる板じきに月のかたぶくまでふせりて 同、八十一段いたじきの下にはひありきて 枕、六、十六初瀬のくれはしの所にわがのぼるはいとあやふくかたはらによりて勾欄おさへてゆく物をただ板敷などのやうに思ひたるもをかし 宇治拾、四ノ七下ざまに行とまりて家あり。云々板敷のあるにのぼりて
ほそきいたじき
枕、一ノ廿戸口の前なる細きいたじきにゐ給ひて物など奏し給ふ
こいたじき
小板敷。 禁祕抄殿上、小板敷西有()小庭時(フダ)膳棚燈樓 古事談、一仰候於小板敷 千、折句歌二條院の御時こいたじきといふ五字を云々
いだしぐるま
出し車。 源、榊、十一出給ふを待奉るとて八省にたてつづけたるいだし車どもの云々齋王の御供の女車也。
いたびさし
板庇。 新古、雜中、後京極人すまぬふはの關屋の板びさしあれにし後はただ秋の風 爲家卿千首、四十七かげ深きは山の庵のいたびさしそらのままなる月をやは見る 夫、三、光明峰入道攝政初瀬山たにそばかけていたびさし下ふく風に梅のかぞする
いたす
致。心をつくすのつくすに同くや。
いたし
伊勢物、四十一段心ざしはいたしけれどさるいやしきわざもならはざりければうへのきぬの肩をはりやりてけり
心をいたす
の部。
いだす
出す。 伊勢物、六十九段女かたより出す盃のさらに歌をかきて
見いだす
同、卅三段云々といひて見出すに ○これらのたぐひとりいだすなどすべて上の詞の所に出す。
いだし
土佐、上舟を出してこぎゆく 伊勢物、廿四段歌をなんよみて出したりける
いだせる
土佐、下此間にある人のかきて出せる歌云々
いだしはなつ
源、澪標、廿七入道もさて出しはなたんはいとうしろめたう
いだしたつる
伊勢物、六十九段あしたには狩に出したててやり云々 源、桐壺、十夕月夜のをかしきほどに致したてさせ給ふ御使に也 同、十三ただかの遺言をたがへじばかりに出したて侍りしを宮づかへに也
いださせたまふ
伊勢物、百段わすれ草をしのぶ草とやいふとていださせ給へりければ
いださん
宇治拾、一ノ十七しいださんをまちてねざらんもわろかりなんと思ひて
おしいださる
枕、六ノ四みなみすのそとにおし出されたれば
いださず
土佐、上かぜふき波あらければ舟出さず
更科えさらずいだしたつるにひかされて
いだす
是はうたひ出し吟じ出すをいふ。
いだし
源、梅枝、九辨少將拍子とりて梅がえ催馬樂呂歌也出したるほどをかし
打いだし
枕、八ノ十四露は別れの涙なるべしといふ事を中將打出し給へれば 同、十七打出でればともいへり
いれかくす
入隱。 源、總角、四十五みぞびつあまたかけごにいれて云々いとおほくもとりあつめ給はざりけるにやあらんただなるきぬあやなどしたにはいれかくしつつ
いれかへ
入替。 玉葉、戀四、忠峰わがたまを君が心にいれかへて思ふとだにもいはせてしがな
いれこむ
入籠。
いれこめたる
同、東屋、卅七屏風の袋にいれこめたる所々によせかけ云々
いれひも
入紐。裝束の時めひも をひもとてとり合せてさいしれ結ぶ事也といふ。 古、戀六帖、五ノ下よそにしてこふればくるしいれ紐のおなじ心にいざむすびてん 六帖、五ノ上いれひものさしてきつれどから衣からくいひてもかへしつる哉 廣足云、いれひもの形は結び玉したるを輪にさし入て懸置紐也。いにしへはなへて結び紐なりけん。後入紐となりても猶ぬすひといふは詞のみなるべし。狩衣直衣袍など入紐也。
いれもじ
入文字。 中務村上の天皇の御時にいれもじのおほせごとありて上たきといふもじしもあわといふことをいれさせ給ひて「世々をへておちくる瀧の白絲はぬける玉とはあわやみるらん」「つきもせずおちくる瀧の白絲もむすびしあわや數もしるらん」 いれていれずのたぐひいるの所に出す。
いそべ
磯邊。 後拾、戀一、頼光かくなんとあまのいさり火ほのめかせ磯邊の波のをりもよからば 夫、十四、知家浪かくるいそべの松の松蟲はねにあらはれて聲うらむなり
いそぢ
五十。よはひ也。 拾遺愚、上海わたるうらこぐ舟のいたづらにいそぢを過てぬれしなみ哉磯路をかねてよめり
いそぢあまり
續古、釋教、崇徳院かぞふればとほちの里におとろへていそぢあまりの年ぞへにける
いそわ
磯囘。いそべ也。 萬、七ノ廿二汐はやみ磯囘にをればあさりりするあまとや見らん旅ゆくわれを 夫、四、忠盛淡路しまいそわのさくらさきにけりよきてをわたれせとの汐風 同、廿、顯仲郭公なくしほ山のいそわには棚なし小舟出ぞわづらふ
いそがはし
白文、廿四、二(ナンゾ)(モチテ)最劇(イトシソガハシ)(サヅケ)ヘタル(ハナハダ)(モノウ)
いそがへり
五十返。 六帖、一下岩の上の松のこづゑにふる雪はいそがへりふれ後までも見ん
いそがくれ
磯隱。 萬、六ノ廿見わたせばちかき物か(イソ)隱かがよふ珠をばとらずはやまじ 源、御幸、廿五うらめしや沖つたまもをかづくまで磯がくれけるあまの心よ 新古、釋教、寂蓮浮草の一葉なりとも磯がくれ思ひなかけそ沖つしらなみ
いそがしく
俗と同。 伊勢物、六十段むかし男ありけり。宮仕へいそがしく心もまめならざりけるほどの云々
いそがしう
枕、二ノ十七藏人の五位とてそれをしもぞいそがしうつかへど
いそがしき
源、澪標、七おほやけわたくしいそがしきまぎれに云々 同、少女、廿いそがしき御まつりごとどもをばのがれ給ふなりけり
いそがしげ
同、末摘、十九やがてかへり參りぬべう侍るといそがしげなれば
いそがひ
磯貝。石决明(アハビ)なりとぞ。 萬、十一ノ四十二水くくる玉にまじれる磯貝のかたこひにのみ年はへにつつ
いそがす
()急也。
ただいそがしにいそがし
源、浮舟、廿六ただいそがしにいそがし出ればわれにもあらで出給ひぬ
いそがせ給ふ
同、帚木、四十二夜ぶかくいそがせ給ふべきかは
いそがせば
同、玉鬘、廿二みあかしの事どもしたため出ていそがせば
聞えにいそがせば
同、桐壺、七こよひよりと聞えいそがせば
いそがしやる
蜻蛉日記、下ノ下、十八かしこへ參れとていそがしやりたりければ
いそがす
右に同。これは支度する心なり。
いそがしたて
源、澪標、十よろしき火なりければいそがしたて給ひて
いそがせ給ふ
大和物、三御はての月になりて御わざの事いそがせ給ふころ云々
いそね
磯根。 夫、廿五、光行沖津潟いそねにちかき岩まくらかけぬ浪にもそではぬれけり
いそね松
拾玉、四田子のうらに藤さきぬらしいそ根松梢そめゆく紫の浪
いそね
磯寐。岩枕磯枕などに同。 月清、上清見潟ひとり磯寐の秋の夜に月も嵐の頃ぞかなしき 夫、卅六、後京極松島や浦風さむきいそね哉あまのかるもをひじき物にて 月清、一秋の夜のあはれもふかきいそねかな苫もる雨のおとばかりして
いそな
磯菜。契沖云、磯邊におふる菜也。萬葉に濱菜つむともよめり。眞淵云、磯に生る若和布(ワカメ)などの事也。 古、廿、相模こよろぎのいそ立ならしいそなつむめざしぬらな沖にをれ浪 重之いそなつむあまならばこそわたつ海の底の物めくこともゆるさめ
いそな草
夫、廿八、順家歌合、讀人しらずすまのあまの朝夕つめるいそな草けふかちむちは浪ぞうちける
いそなるる
後拾、雜二、成章いそなるる人はあまたに聞ゆるをたがなのりそとかりてこたへん
いそなみ
磯波。 夫、廿六、雅有たかし山松なきかたの松風や梺のうらのいそ波のこゑ
いそのかみ
ふるといふ枕詞也。 和名抄大和國山邊郡石上伊曾乃加美 ○ここにふるといふ地あればつづけいへる也。石上は奈良に近き所也といへり。契沖云、崇神天皇の御時初て布留の社はいははれさせ給ひて瑞籬のひさしき所なれば昔より古き心にいひなし來る也。 武烈紀、三伊須能箇瀰賦屢鳴須擬底(イソノカミフルヲスギテ) 萬、四、四十いそのかみふるとも雨にさはらめやいもにあはんとちぎりしものを 六帖、二いそのかみふりにしならの都にもいろはかはらず花咲にけり 古、夏、素性いそのかみふるき都の郭公聲ばかりこそ昔なりけれ 大和物、二しら露のおきふしたれをこひつらんわれは聞おはずいそのかみにて冠注云、いそのかみはもとふるの枕辭なるをふるきことに取なしいへるを又一轉して君にふるされたればききおはずといへるいとされたるこのころの口つき也
いそのたちはき
猿の異名也。 袖中抄、十三ノ十猿には異名おほし。或はたかといふ日吉社にはたかのみこといふ。或ものには匡房卿はいそのたちはきといはれけり。俊頼歌云「たかのみこいともかしこくみましける猿丸をしもひきたててとや」
いそぐ
急。 源、蓬生、六おのづからいそぐ事なきほどはおなじ心なる文かよはしなども打してこそ若き人は木草につけても心をなぐさめ給ふべけれど 玉葉、春三條右大臣にともなひて花見侍りにいそぐ事ありてかへるとて
いそぎ
源、桐壺、三いそぎ參らせて御覽ずるに 同、空蝉、十一御硯いそぎめして 同、夕顏、廿三御かゆなどいそぎまゐらせたれど
いそぎゆく
枕、二ノ十七さやうの所にいそぎゆくを
いそぎおきて
同、廿露とともにいそぎおきて
いそぎて
夫、廿二、爲家小倉山ゆふべいそぎて出つれどうさ野ののべはくれはてにけり
いそげ
後拾、夏、好忠みたやもりけふはさつきになりにけりいそげや早苗老もこそすれ 枕、十二しばし云々などとどむるをいみじういそげば
いそがぬ
後拾、秋下、伊勢大輔小夜ふけて衣しでうつ聲きけばいそがぬ人もねられざりけり
いそがで
新拾、夏、津守國冬さと遠き山田の早苗かへるさをいそがでとるやいそぐなるらん
いそがす
急。別に已に出す
いそぐ
支度するをいふ。 夫、卅、西園寺入道太政大臣くれぬとて民のかまどもいそぐめり年のこえゆく峯の山里
いそぎつつ
蜻蛉日記、上ノ廿六盆などするほどになりにけり。見ればあやしきさまに荷ひいただきさまざまにいそぎつつ集るをもろともに見て
いそぎはてて
いそぎ給ふ
大和物、一その物ども九月つごもりに皆いそぎはててけり。云々その物いそぎ給ひける時はまもなくこれよりもかれよりもいひかはし給ひけるを
いそぎたち
源、東屋、十四北方は人しれずいそぎたちて人々のさうぞくせさせしつらひなどよしよししうし給ふ
いそぎ
體の詞。 好忠、二月終わさ苗を宿もる人にまかせ置てわれは花見るいそぎをぞする 夫、十八、越前年くれておくりむかふる人ごとにいづれをいそぐいそぎなるらん 蜻蛉日記、上ノ下、廿一月たちては云々われも物見のいそぎなどしつるほどにつごもりに又いそぎなどすめり 源、少女、五十一御賀の事云々さやうの御いそぎも云々世中ひびきゆすれる御いそぎなるを 同、若菜、上、廿四此御いそぎはてぬれば三日過してつひには御ぐしおろし給ふ 枕、二ノ五たゆまるる物。日遠きいそぎ
おもひいそぐ
心じたく也。 源、玉鬘、六いつしかも京にゐて奉りて云々と思ひいそぎつるを
枕、五ノ廿一車をとくやれといとどいそがしくてつちみかどにきつきぬるにぞ 新古、冬、入道左大臣いそがれぬ年のくれこそあはれなれむかしはよそにききし春かは 美濃家裏すべて歳暮の歌にいそぐとよむは來ん年の始のまうけをいとなむ事なり。春を早く來よかしと待事と心うるは誤也 尾張家苞物語の類に元服女御入内などやうの事ありて其まうけをいとなむを御いそぎといふ體の語也。ここはそれを用にいそがれぬといひて何の儲する事もなき也 源、玉鬘、廿二日くれぬといそぎたちてみあかしのここどもしたためいでて
いそや
磯屋。 千、旅、仲綱玉藻ふく磯屋がしたにもる時雨旅寐の袖もしほだれよとや 新古、戀二、秀能もしほやくあまのいそやのゆふけぶりたつ名もくるしおもひたえなで 新後拾、旅、十佛法師風さむきいそやのまくらゆめさめてよそなる浪にぬるる袖かな 萬代、戀一、攝政前太政大臣わだつみのあまのいそやに立けぶりこれやおもひのたくひなるらん
いそやかた
磯屋形。 夫、廿六、増惠法師あれはてて人もなぎさのいそやかたいつよりあまのすみうかれけんいそやに同。やかたといへるも常の家也
いそま
磯廻。 貫之集しらなみのよするいそまをこぐ舟のかずをはまなくおもほゆるかな 千載、戀一、長能もくづ日のいそまをわくるいさり舟ほのかなりしにおもひそめてき 續千、戀二わがこひはいそまをわくるいさり船ほのかにかよふ浪のまもがな
いそまくら
磯枕。 堀川、顯仲彦星の天の岩船ふな出してこよひやいそに磯まくらする岩枕に同 萬代、雜四、家長いほ原やすみだかはらのいそまくらたびたび見れどあかぬ浦かな
いそぶり
岸根の波をいふ。契沖云、相模國風土記曰見越崎毎一月速崩石國人名號伊曾布利所謂石振也。 萬、廿ノ十七大君のみことかしこみいそにふりうのばらわたる父母をおきてとよめるは海わたりゆくさまのかしこきをいふなりとぞ。いそぶりは體の語にてこれとはたがふべくや。 土佐、上いそぶりのよする磯には年月をいつともわかぬ雪のみぞふる 惠慶集波の聲を聞て「いそぶりにさわぐ浪だに高ければ岑のこのはもけふはとまらじ」
いそし
契沖云、よく役などつとむるをいそしといふ也。 仲哀紀、五天皇即(ホメ玉ヒテ)五十迹手伊蘇志 續紀、十七、十九伊蘇之美宇牟賀斯美 同、十八ノ二勝寶二年三月戊戌駿河國守從五位下猶原造東人等於部内蘆原郡多胡浦濱黄金之於是東人等賜勤臣姓
いそしく
源、御幸、廿九いとかやすくいそしく下臈わらはべなどのつかうまつりたへぬざふやくをも立はしりやすくまどひありきつつ
萬、四ノ五十八くろ木とり草もかりつつ仕へめと(イソシキ)わけとほめむともあらず 山家、下あま人のいそしくかへるひしきものは小にしはまぐりかうなしたたみ歴朝詔詞解一ノ十九に此詞の例多く擧ていはれたるを見るべし。
いつ
俗に同。イツ何時のイツ也。過去にも未來にもいふ。 源、紅梅、十いつ參りつるぞなどの給ふ 後拾、雜、齋宮女御夢のごとおぼめかれゆく世の中にいつとはんとかおとづれもせぬ 金、秋、大江公實山のはにあかでいりぬる夕月夜いつ有明にならんとすらん 山家、下山おろす嵐の音のはげしきをいつならひける君がすみかぞ 續古、戀四、時清みちのくにありてふ川の埋木のいつあらはれてうき名とりけん
いつに
後撰、戀三、元方夢にだにまだ見えなくに戀しきはいつにならへる心なるらん
いつと
拾遺、戀二、人丸思ふなと君はいへどもあふ事をいつとしりてかあが戀ざらん
いつとか
古、離別すがるなく秋の萩原朝たちて旅ゆく人をいつとかまたん
いつを
拾、哀傷、公任後拾、雜三思ひしる人もありける世の中をいつをいつとてすぐすなるらん 新古、雜下、俊頼數ならで世に住の江のみをつくしいつをまつともなき身なりけり 山家、上春をまつすはのわたりもある物をいつを限りにすべきつららぞ
いつより
後拾、秋上、家經いそぎつつわれこそきつれ山里にいつよりすめる秋の月ぞも
いつよりの
新續古、戀五、法印定爲きくもうし心の種のわすれぐさいつよりか世に名をのこしけん
いつはた
新古、離別、伊勢忘れなん世にもこしぢのかへる山いつはた人にあはんとすらん
いつまた
後拾、哀傷、和泉式部立のぼるけぶりにつけて思ふ哉いつ又われを人のかくみん
いつか
いつも。のたぐひ多し。別に出す。
いづ
出。水の出る、色に出るなど迄萬にいふ。 土佐、下みな人々の舟いづ 宇津保、嵯峨院、卅九いづとせし身だにはなれぬ火の家を君水の尾にいかですむらん 續千、雜體、頼政青柳のうちたれ髮を見せんとやいづべき門にまちたてるらん
いづまじう
源、浮舟、十八只今いでおはしまさばまことにしぬべくおぼさるれば云々。匂宮詞けふはえいづまじうなん
いづる
後撰、旅、貫之てる月のながるるみればあまの川いづる湊は海にぞありける 枕、三ノ三水なしの池、春の初に水なんおほく出るといひしなり
いづれば
金、夏、親房玉くしげふたかみ山の木のまより出ればあくる夏のよの月
いでて
萬、十一ノ廿八馬の音とどともすれば松かげに出てぞ見つるもしは君かと 土佐都にて山のはに見し月なれど浪より出て波にこそいれ
いでぬ
土佐、下、廿七月出ぬ
いでぬる
續古、戀一、隆房千しほにもあまるばかりや染てまし出ぬる色の君にうつらば
いでけん
新千、雜上、公蔭うき世には我すみわびぬ郭公出けん山のおくををしへよ
いでつる
山家、下ほととぎす月のかたぶく山のはに出つるこゑのかへりいるかな
いでし
古、旅、仲麿天の原ふりさけ見れば春日なる三かさの山に出し月かも 拾玉、六草枕かりねの夢にいる物は出し都の有明の月
いでにけり
土佐はつかの月いでにけり
いでにし
伊勢物、百十段思ひあまり出にしたまのあるならん夜ふかくみえば玉むすびせよ
いでん
詞、別、甲斐くればまづそなたをのみぞながむべき出ん火ごとに思ひおこせよ
いでなん
枕、二ノ廿四いづべき方もなし云々いかで出なんとて 宇治拾、一ノ十生死のさかひを出なんと思ひとりたる聖人に候
いでば
後拾、雜一、江侍從月見れば山くのはたかくなりにけりいでばといひし人に見せばや
いでさせたまふ
源、末摘、廿四はやいでさせ給へ
いでませり
土佐馬のはなむけしにいでませり
いでず
源、早蕨、四をる人の心にかよふ花なれや色には出ずしたに匂へる
いでじ
萬、十ノ五十八もみぢばにおく白露のいろはにもいでじと思へばことのしげけく 宇治拾、八ノ六われさらに京へはいでじ
いでぬ
不也。 拾玉、二五月雨のはるればとてもたのまれずいでやらぬ雲は猶山のはに 續後拾、雜上、承仁法親王さもこそはねまちの月の頃ならめいでもやられぬ雲の上哉
いでいるいでたつの類別に出す。かへり出よび出の類上の詞部に出す。
いづ
いとなみいづ
源、鈴蟲、五われもわれもといとなみ出給へる御ほうもちのありさま ○此たぐひも皆上の詞の部に出す。
いつは
古今、秋上いつはとは時はわかねど秋のよぞものおもふことのかぎりなりける 風雅、春中、伏見院いつはとも心に時はわかなくにをちの柳の春になるいろ
いつはり
僞。 古、戀四、素性いつはりと思ふ物から今更にたがまことをかわれはたのまん 同、同いつはりのなき世なりせばいかばかり人のことのはうれしからまし 萬、十二ノ十一わがいのち長くほしけく僞乎よくする人をとらふばかりを
いつはりびと
僞り人。虚言する人をいふ。 拾、春告やらん間にもちりなば櫻花いつはり人にわれやなりなん 壬生、下淺ち原をののしめゆひ契るともいつはり人をいかがたのまん
いつはる
僞。 白文、十九ノ十九(イツハリテ)
いつはりなれ
源、螢、十七げにいつはりなれたる人や。さまざまにもさもくみ侍らんくみおしはかりてそれとくむ也
いつばかり
イツゴロ也。 源。宿木、四十三さてもいつばかりにおぼしたつべきにか 古、雜、下貞觀御時萬葉集はいつばかり作れるぞととはせ給ひければ 躬恆白雪もまだきえはてぬ山里はいつばかりかは夏をしるらん
いつほん
一品。 一品の宮と内と御碁あそばさる 枕、十ノ九宮づかへ所は、一品の宮 親王は敍品の後一品二品三品四品など申也。一位二位とは不申也。ここは内親王の御事なるべし
いづへ
イヅコの意也。 萬、二秋の太のほのへにきらふ朝霞何時邊乃方(イヅヘノカタ)にわが戀やまん 同、十九ノ廿二わがここだしぬばくしらにほととぎす伊頭敝能(イヅヘノ)()なきかこゆらん
いつへう
一俵。 宇治拾、八ノ五此鉢に一俵をいれてとばすれば云々のこりのたはらども云々
いつと
一斗。 宇治拾、十五ノ十四これは二斗と候へども一斗を奉れとなん候ひつるなる
いつとなく
イツマデモ、イツトカギリモナク、イツモイツモ、イツト云フ定リモナクなどの心也。 落窪、二せう少輔いつとなくふしたりければ云々手洗はせ物くれよ 源、關屋、五とし頃のとだえもうひうひしくなりにけれど心にはいつとなくただ今のここちするならひになん 永久百首、仲實いつとなく葉かへぬ山の椎柴に人の心をなすよともがな 源、松風、五惟光の朝臣例の忍ぶる道はいつとなくいろひつかうまつる人なれば
いつとなき事
同、花散里、初人しれぬ御心づからの物おもはしさはいつとなきことなめれど 後拾、戀一、隆季吟本あふことのいつとなきには織女のわかるるさへぞうらやまれぬる
いつと侍らぬ
源、宿木、六十五いつと侍らぬ中にも秋の風は身にしみて
金、賀、肥後いつとなく風ふく空にたつちりの數もしられぬ君が御代かな
いつともなく
イツモイツモ也。 源、宿木、五十八胸はいつともなくかくこそは侍れ
いつともわかぬ
風雅、冬、貫之みよしのの山より雪はふりくれどいつともわかぬわが宿の竹
いつともしらぬ
拾、雜秋、公任後拾、別天の川後のけふだにはるけきをいつともしらぬ舟出かなしな 源、夕顏、十七いづ方にもうつろひゆかん日をいつともしらじとおぼすに
いづち
ドコ、ドコヘの心。
いづちならん
源、少女、廿二見すててうつろひ給ふや。いづちならん。とおもへばいとこそあはれなれ 伊勢物、六十二段すててにげにけり。いづちいぬらんともしらず 枕、十ノ廿五あなあさまし。かの花はいづちいにけると仰らる 古、夏、友則五月雨に物おもひをればほととぎす夜ふかく啼ていづちゆくらん
いづちか
後撰、夏なきわびぬいづちかゆかん郭公猶卯の花のかげははなれじ 拾玉、四頃は秋ひとりぬる夜の鐘の音をいづちかさそふ庭の松風
後拾、旅、能因蘆のやのこやのわたりに日はくれぬいづち行らん駒にまかせて 月詣、五、重政よもすがらたたく水鷄のあまの戸をあくるをりしもいづち行らん 同、七、元忠をちこちのみぎはにまねなびく花すすきいづのいけの波はよるらん 新古、雜上、西行世の中をおもへばなべてちる花の我身をさてもいづちかもせん 美濃家裏いづちかもせんとはいづちへ行ていかにかもせんといふ意とは聞えたれど 尾張家苞此意にはあらずただいかにかもせんといふ意也。されどいかにかもせんといふ事をいづちかもせんとよまん事いかにぞやとおぼゆる也 美濃これも詞たらでととのはず 尾張いかにといふべきをいづちといへるのみにて詞たらぬ事はなし。一首の意世の中をおもひまはしてみればなべてちる花の如くはかなきもの也さればとて我身をいかにすべきものぞただ死をまつのみ也となり ○廣足按、いかにかもせんを、いづちかもせんといふこと、もとよりあるべきことにもあらねば、いかに西行なりとても、さはいふべきにもあらず。こは異本に、いづちとかせんとあれば、いづちのものとかせんの意にて、さればとて、我身をいづちのものとかせん、此ままにあるより外の事なしと云意なるべし。いづちのものとかせんを、いづちとかせんといはむも、あまり略き過たることばなれど、さばかりの事は、いひもかねぬ法師なるべし。
いづちともなく
ドコトサシタル所モナキナリ。 新千、旅、道命故郷のすみうかりしにあくがれていづちともなき旅のそら哉 後拾、別、頼成ものいひける女のいづちともなくとほき所へなんいくといひければ「いづちともしらぬわかれの旅なれどいかで涙のさきにたつらん」
いづちもいづちも
ドコヘナリトモドコヘナリトモ、ドコヘモドコヘモの心。 宇津保、俊蔭何かはわが子のいません方にはいづちもいづちもゆかざらん 竹取たつの首の玉とりえずはかへりくなとの給へばいづちもいづちも足のむきたらん方へいなんず 落窪、一いづちもいづちもまかりなんとて打なげけば 源、玉鬘、十六いづちもいづちもまかりうせなんにとがあるまじ 同、若菜、下、六十二いづちもいづちもゐてかくし奉りて 同、夕霧、六十五めでたきさまになまめい給へらんあたりにありふべき身にもあらねばいづちもいづちもうせなんとす 枕、十八ノ十世の中の腹だたしうむづかしうかた時あるべきここちもせでいづちもいづちもいきうせなばやと思ふに 大和物、四かくはかなくていますがめるを見すててはいづちもいづちもえいくまじ
いつちよう
一張。 延喜式、十五内藏寮、卅六梓弓一張矢四具 宇治拾、四ノ十八義家朝臣にめされければまゆみの黒ぬりなるを一張參らせたりけるを
いつちやう
一町。 宇治拾、三ノ七風もふかぬに此ゆく舟の云々一町ばかりがうちによりきたり
いつか
一荷。 宇津保、國讓、下、三十炭十荷
いつか
心は前のいつに同。過去はイツノマニカの心、未來に待心なるもあり。 古、秋下、素性ぬれてほす山路の菊の露の間にいつか千とせをわれはへにけん 新拾、戀一、慈鎭しばしこそ卯花垣の郭公いつか袂は五月雨の空 枕、四ノ十四しきへなんまゐることづけやある。いつか參るなどの給ふ 詞、雜下人をとふかねの聲こそ哀れなれいつかわが身にならんとすらん 古、夏上わが宿の池の藤浪咲にけり山郭公いつか來なかん 詞、別東路のはるけき道をゆきめぐりいつかとくべき下ひもの關 月清、下かくれぬにけふひきのこすあやめ草いつかとしらでくちやはてなん是は五日をかねたり
いつかは
ただいつの心なり。 拾、賀かつ見つつ千とせの春はすぐすともいつかは花の色にあくべき 枕、二ノ六いつかは若やかなる人のさはしたりし
いつかる
いつきの所に出す。
いづかた
何方。ドチラ也。 拾、春、貫之風ふけばかたも定めずちる花をいづ方へゆく春かとは見ん 後拾、夏、大江嘉言いづかたとききだにわかず郭公ただ一こゑのこころまひに 源、夕顏、五いづかたにと思ひまどへどそのままにえ尋ね聞えず 同、帚木、卅一いづ方によりはつともなくてはてはてあやしきことどもになりてあかしたまひつ
いづかたにつけても
同、廿五いづ方につけても人わろくはしたなかりける御物語哉とて打笑ひおはさうず
いづかたか
是則集いづかたかとまりなるらん山風のはらふ山ぢに舟まどひして山ぢもしはもみぢの誤か
いづかたよりか
拾玉、六君と我行あふ坂の道もあらばいづかたよりかあきの初風
いづかたもいづかたも
源、浮舟、卅五しるべの内記は式部の少輔なんかたりけるいづかたもいづかたもことごとしき司ながらいとつきづきしう云々
萬代、雜六、清輔わかざかりやよいづかたへ行にけんしらぬ翁に身をばゆづりて
いつかう
一向の字音也。前のいかうに同。 源、夕霧、二十法師の詞一かうにあるへきこと今にうけ給はる
いづかたざま
ドノミチの心也。 源、浮舟、初ほかよりつたへ聞給はんはいかがはせん。いづかたざまにもいとほしくこそはありとも云々
いつかしき
嚴重の心。 源、玉鬘、廿四今は天下を御心にかけ給へるおとどにていかばかりいつかしき御中に云々 同、少女、四十六むかしのためしよりも事そへていつかしき御ありさまなり 同、御法、十六そらをあゆむここちして人にかかりてぞおはしけるを見奉る人もさばかりいつかしき御身をと云々
いつかしう
同、藤裏葉、十夢かとおぼえ給ふにもわが身いとどいつかしうぞおぼえ給ひけんかし
いつがる
つながる意也。 萬、九ノ廿五とよくにのかはろはわきへひものこに伊都我里(イツガリ)をればかかはるわぎへ 同、十八ノ廿六さぶる其兒にひものを移都我利(イツガリ)あひて
いつたい
一體。 宇治拾、五ノ一地藏ぼさつを一體作り奉りけるを
いつたん
一端。 持統紀、卅一布二十瑞 延喜神祇式春日祭四座云々曝布一端八尺云々
いづれ
ドレガ、ドコガの心。 伊勢物、五十段行水を過るよはひとちる花といづれまててふことをきくらん 拾、戀五戀わびぬかなしき事もなぐさめんいづかなかずの濱邊なるらん 新古、雜上、赤染衞門跡もなく雪ふる郷はあれにけりいづれの昔のかきねなるらん 拾、戀四八百日ゆく濱のまさごとわが戀といづれまされり沖つしま守これははいはずとうけたり。文には見えず歌には猶おほし
いづれ
ドチラ、ドウ、ドレなど心。
いづれと
源、帚木、廿七琴のねすすめりけんかどかどしさも云々此心もとなきも云々いづれとつひに思ひ定めずなりぬるこそ云々 同、花宴、八いかにしていづれとしらん
いづれを
古、冬、友則雪ふれば木ごとに花ぞさきにけるいづれを梅とわきてをらまし 源、帚木、六いづれを三つの品におきてかわくべき
いづれとなく
ドレトイウコトナキ也。ドレモドレモの心。 宇津保、上、下、卅四若君もおはしたり。いづれとなくさまざまにきよらにうつくしげにおはする 同、上、廿中納言の君といふは云々これは云々いづれとなくきよげに目とまりぬばかりなり 源、野分、十一いろいろなる姿はいづれとなくをかし 濱松、一いづれとなくおも白し
いづれとも
ドチラトモ也。 源、浮舟、六十一猶われを宮に心よせ奉りたると思ひて此人々のいていとはづかしくここちにはいづれとも思はずただ夢のやうにあきれて
いづれともなし
いづれとなくに同。 拾。雜下、貫之大方の秋に心はよせしかど花みる時はいづれともなしドチラトイフコトモナキ也
いづれともなき
後拾、春上、右大臣北方袖かけてひきぞやられぬ小松原いづれともなき千代のけしきに 枕、二ノ廿二色あひ花々といみじく匂ひあざやかにいづれともなき中のかたびらを
いづれともなく
後撰、春、下ちりぬべき花の限りはおしなべていづれともなくをしき春哉 源、榊、四十七御子どもはいづれともなく人がらめやすく世に用ゐられて 同、少女、卅九五節の參るぎしきはいづれともなく心々になくし給へるを
いづれか
ドチラカの心。 後撰、戀四、道風かへるべき方も覺えず涙川いづれかわたるあさせなるらん 新古、夏、忠岑夏はつる扇と秋の白露といづれかまづはおかんとすらん 源、夕顏、十八げにいづれか狐ならん。ただはかられ給へかし
いづれがいづれ
ドチラガドウ、ドレガドウの心。 源、帚木、卅七いよの介の子もあり。あまたある中にいづれがいづれと問ひ給ふに 同、椎本、廿三いづれがいづれならんと打もおかれず御覽じつつ
いづれぞ
ドチラゾの心。 源、花宴、六いづれぞと露のやどりをわかぬまに小ざさが腹に風もこそふけ
いづれの
ドノ年ドノ人の心也。
いづれの世
後撰、雜四うつろはぬ名にながれたる河竹いづれの世にか秋をしるべき
いづれの時
源、桐壺、初いづれの御時にか
いづれの年
新古、秋上、重家月みれば思ひぞあへぬ山高みいづれの年の雪にかありけん
いづれの春
後拾、雜四、爲善君が植し松ばかりこそのこりけれいづれの春の子日なりけん
いづれの方
後撰、戀三、兼茂朝臣女夕さればわが身のみこそかなしけれいづれの方に枕さだめん
いづれの空
同、哀傷故郷に君はいづくとまちとはばいづれのそらの霞といはまし
いづれの人
古、誹諧秋くればのべにたはるるをみなへしいづれの人かつまでみるべき
いづれの日
玉葉、雜四、選子内親王いづれの日いかなる山のふもとにてもゆる烟とならんとすらん
いづれも
ドレモ、ドチラモ也。 後撰、秋上心ありてなきもしつるかひぐらしのいづれも物の秋はうければ 枕、三ノ廿五つまとりの里人にとられたるにやあらん我とりたるにやあらんいづれもをかし 續後撰、釋教、有仲のべごとのちぢの草葉にむすべどもいづれもおなじ秋の白露
いづれもいづれも
同。かさねていへる也。 源、末摘、十其後こなたかなたより文などやり給ふべし。いづれもいづれもかへりごと見えず 枕、七末きぬのなえたるはいづれもいづれもきたなげなる中にねり色のきぬこそきたなげなれ
いつぞや
俗と同。 源、帚木、卅七いかになりにけんといつぞやもの給はせし 同、總角、六十二いつぞやも花のさかりに一目見し木のもとさへや秋はさびしき 榮、鳥邊野、廿九ことしも大方いとさわがしういつぞやのここちして
いつつのにごり
五濁。 阿彌陀經流道分云五濁惡世トハ劫濁見濁煩惱濁衆生濁命濁トナリ 源、蓬生、十二いつつのにごり深き世になどて生れ給ひけんといひて
いつつのとを
五十。 散木、下、卅一、長歌千、雜下、短歌へにける年をかぞふればいつつのとをになりにけり
いつつのをしへ
五教。五常の事なるべし。 夫、卅六、述懷、爲家人ごとのいつつのをしへたえはてぬ神も佛も何を守らん
いつつのたなつもの
五穀。 神代紀、上、十五穀(イツツノタナツモノ) 和名、十七周禮注云五穀禾稷菽麥稻也。一説云稷麻豆麥禾也。見月令注
いつくさのたなつもの
八雲、三ノ下云々 夫、卅一、兼仲いつくさのあひみだれたるたなつ物池田の里に雲をなしつつ
いつつのなにがし
五障をいふ。 源、匂宮、九いつつのなにがしも猶うしろめたきを
いつつのむつ
仕へ奉る年の數三十年をいふ也とぞ。よはひ五十六歳のやうにも聞ゆ。 古、長歌、忠岑つもれる年をしるせればいつつのむつになりにけり
いつつのさはり
五障。 法花經、提婆品、十二又女人身猶有五障。一者不得作梵天王。二者帝釋。三者魔王。四者轉輪聖王。五者佛身也 新勅、釋教、大僧正觀修ねんごろに十のいましめうけつれば五のさはりあらじとぞ思ふ 夫、卅五、尼、知家一筋にいつつのさはりいとひてや思ひすてても道にいるらん
いつつのしな
五品。 拾玉、四いそぎゆく宿しかはらぬ道なれや五のしなの四のまことを 大藏法數、廿七、初法花文句五品、隨喜、讀誦、解脱、兼行六度、正行六度 ○四のまことといへるは同、十九ノ廿三起信論云、四種信。眞如、佛、法、僧同、廿三ノ九四信。佛、法、僧、戒とあり。此事なるべし。
いづら
ドコニ、ドコニアル、ドウヂヤと問ひかくる詞。句にしてよむ。 源、若紫、卅七少納言よ直衣着たりつらんはいづら。宮のおはするかとてよりおはしたる御聲云々 同、初音、七さうじみはみえず。いづらと見まはし給ふに 大和物、六ノ八見れば此良少將の手に見なしつ。いづらといひてもてこし人を世界にもとむれどなし 土佐あるものと忘れつつ猶なき人をいづらととふぞかなしかりける 枕、一ノ十二翁丸いづら。命婦のおとどくへといふに 伊勢物、六十二段いにしへの匂ひはいづら櫻花こけるからともなりにけるかな 古、雜上、敏行玉だれの小かめやいづらこよろぎの磯の浪わけ沖に出にけり 源、帚木、四十六いづらとの給ふにしかしかと申すに 同、花宴、三頭中將いづら。おそしとあれば 同、松風、十八いづらなどもろともに出てはをしみ給はぬ 枕、五ノ廿二さていづら歌はと問はせ給ふ 宇治拾、二ノ九あなひさしいづらこぬやなど心もとながりゐたり 更科姉おどろきていづらねこはこちゐてことあるに 萬、十五ノ廿四いはた野にやどりするきみ家人のいづらとわれをとはばいかにいはむ 源、蓬生、十六いづらくらうなりぬとつぶやかれて 同、夕霧、卅一そのふみよいづらとの給へどとみにもひき出給はぬほどに 同、御幸、廿九いづら此あふみの君こなたにとめせば 同、手習、卅三いづらくそたち琴とりてまゐれ 宇津保、樓の上、五十四いづらおそしとたびたびおほせらるれば 和泉式部集うかりけん人ごとこそはわすられめいづらさまざまいひしちぎりは 源、柏木いづら此見し人 宇治拾いづらこれまゐらせよといふ 酒のみあそびていづら翁はまゐりたるかといひければ すきずきしくてひとりずみする人のよるはいづらにありつらん曉にかへりて 萬代、雜六、小侍從そむきにししるしはいづら立かへりうき世にかくてすみぞめのそで 同、雜五、善珠有爲の世はいづらつねなる草のはにむすべる露の風まつがごと 宇治拾いづら湯はといへば 新拾、戀四、中園入道初瀬川又あひ見んとたのめてししるしやいづら二もとの杉 新後拾、戀五、爲明うらみのみ深き難波のみをづくししるしやいづらよる舟もなし 萬代、雜六、知家そのかみもいづらわが身のおもひいてあなうやかくて年のへにける 後拾、詞書齋院にまゐりて侍りけるに女のいづらつけしひもはとおとづれて侍ければ 枕、四いづら御ときやうあぶらおそしなどといひて 狹衣、二ノ下殿の御聲にていづらおそしや大將はなど見え給はぬとのたまはすれば 同、三ノ上いづらこれをやかれをや奉るべきとて 同、三ノ下たのめこしいづらときはのもりやこれ人だのめなる名にこそありけれ 同、四ノ上にしおもてにいきていづらなどたづぬれど 躬恆いづらなる山にかあるらんかりがねのおとききたかくきこゆなるかな 千くさにもほころぶ花のにほひかないづら青柳ぬれし絲すぢ
いづらは
右に同。 古、誹諧、躬恆むつごともまだつきなくにあけぬめりいづらは秋のながしてふ夜は 後撰、戀二、本院右京ともかくもいふことのはの見えぬかないづらは露のかかり所は 萬代、具平親王世中にいづらは夢とおもはねどうつつすくなき頃にもあるかな 金、戀下、讀人しらず近江てふ名は高しまに聞ゆれどいづらはここにくりもとの里 新勅、雜三、俊惠とりべやまこよひもけぶりたつめりといひてながめし人もいづらは 拾遺員外たが里のいづらは秋の鐘の音をつきより後もなかめてぞきく 新續古、戀二、公蔭走井の水をば袖にかけながらいづらは人にあふさかの關
いづらいづら
ドコニドコニ也。 榮、楚王の夢、十三われをすててはいづらいづらとなきまつはせ給ふ事限りなし 宇治拾、十四とくわらはかし給へ。いづらいづらとせめられて 狹、四ノ上何となく心ゆきて見どころある事なりなどのたまひていづらいづらとのたまへば 宇津保、樓の上、上ノ上、十九いづらいづらとのたまへば
いづらや
宇津保、國讓、九いづらや此をりにこそかのあふぎひやうしはとてそこしかい引てたち給へば
いつの
いつほど
枕、二ノ廿八文の事をいへる所にいつのほどにかと見えて萩の露ながらあるにつけてあれどここはいつの間の心也
いつの折
同、八ノ八經など習ひて云々男も女もくるくるとやすらかによみたるこそあれかやうにいつのをりとこそふと覺ゆれ
いつの世
宇治拾、五ノ十三つま戸にあかり障子たてたり。すすけ通りたる事いつの世にはりたりともみえず
いつのま
いつの間。俗と同。 伊勢物、廿段いつの間にうつろふ色のつきぬらん君が里にははるなかるらし 古、夏いつのまに五月きぬらん足引の山郭公今ぞなくなる 拾、戀二あひ見てもありにし物をいつのまにならひて人のこひしかるらん 枕、四ノ八なにがしさぶらふといと花やかにいへば清詞あやしくいつのまになにごとのあるぞと問はすれば
いつのひとま
いつの人間。 古、春上、貫之くるとあくとめがれぬ物を梅の花いつの人まにうつろひぬらんいつのまと心同
いつく
一句。 八雲、一旋頭歌、三十一字に今一句をそへたる也。普通歌は五句。是は六句也
いづく
ドコ、ドチラ也。 源、玉鬘、十四浮島をこぎはなれても行かたやいづくとまりとしらずもある哉ドコガの心
いづくに
壬生、上四方の山都も花になりはてぬいづくに春の宿をさだめん
いづくにか
新古、旅、定家いづくにかこよひは宿をかり衣ひもゆふぐれの峯の嵐に
いづくにても
源、帚木、三をさをさ立おくれずいづくにてもまつはれ聞え給ふほどに
いづくを
續後撰、夏、行宗天の戸をおし明方の郭公いづくをさしてなきわたるらん
いづくか
千、秋下、清輔立田山松のむらだちなかりせばいづくかのこるみどりならまし
いづくより
詞、戀下、元輔夜をふかみ歸りしそらもなかりしをいづくよりおく露にぬれけん
いづくよりかは
續後撰、秋下、素性もみぢばに道はうもれて跡もなしいづくよりかは秋のゆくらん
いづくなるらん
千、戀三、俊成たのめこしのべの道芝夏ふかしいづくなるらんもずの草ぐき
いづくのかは
源、若菜、下、八十二さしはさみしを忘れにけりとの給ふにいと聞えん方なし。よりて見れどいづくのかはあらん文の事也
いづくのつゆ
同、六十五おきてゆくそらもしられぬあけくれにいづくの露のかかる袖なり
いづくのかた
新後拾、雜下、源頼貞すみわびぬわが身ともなへ秋の月いづくの方の野山なりとも
いづくも
源、幻、十四なくなくもかへりにしかなかりの世はいづくもつひのとこよならぬに 古事、中、五十四この蟹や伊豆久(イヅク)のかに云々伊豆久(イヅク)にいたる
いづくの
榮、月宴それをわすれず申たるはいづくのあしきぞとの給ふをいみじとおぼしいりためり
いづくはあれど
ドコトイフ中ニモワキテの心也。 古、二十みちのくはいづくはあれど汐がまの浦こぐ舟のつなでかなしも 草庵、二さくらさくいづくはあれど春ごとにたづねてぞいるみよしのの山
いづくにも
新古、雜下そむけどもあめの下をしはなれねばいづくにもふる涙なりけり
いづくにもいづくにも
源、若紫、廿七心もあくがれまどひていづくにもいづくにもまうで給はず 狹、一ノ下、廿五今はまいていづくにもいづくにもさやうのすぢなどおもひたつべきにもあらずかし
いづくともなく
ドコトモシレヌ心也。 山家、上五月雨はいさら小川の橋もなしいづくともなくみをにながれて
いづくともなき
新拾、雜上、爲世朝あけの窓吹いるる春風にいづともなき梅がかぞする
いづくぞや
ドコヂヤゾヨの心。疑のやにあらず。 拾、物名、高岳相如いさりせしあまのをしへしいづくぞや島めぐるとてありといひしは
いつくさのたなつもの
いつつのたなつ物の所に出す。
いつくしき
嚴重の心也。 萬、五ノ卅一そらみつやまとの國はすべ神の伊都久志吉(イツクシキ) 日本靈異記儼然(イツクシビ) 源、葵、廿八齋宮の左衞門の司に入り給ひにければいとどいつくしきかんだからをもてつづけたり 同、御幸、十四おほきおとどわたりおはしましたるよし聞給ひていかにさびしげにいつくしき御さまを待うけ聞え給らん 同、總角、五十一いつきすゑたらん姫君もかばかりにこそはおはすべかめれ。思ひなしのわが方ざまのいといつくしきぞかし 同、五十六世の人のなびきかしづき奉るさまかく忍び給へる道にもいとことにいつくしきを見給ふにも
いつくしく
同、若菜、上ノ九うるはしだちてはかばかしき方にみればいつくしくあざやかに目も及ばぬここちするを
いつくしう
宇津保、樓の上、上、廿八四月祭の日葵かつらいといつくしううるはしきさまにてねぎのたいふかんの殿の御方にもて參りたり 源、澪標、廿院司ともなりてさまことにいつくしう
いつくしかりける
同、匂宮、初いにしへの御ひびきけはひよりもやや立まさり給へる覺えがらなんかたへはこよなういつくしかりける
源、澪標、卅五大極殿のいつくしかりしぎしきに 同、御幸、四思ひなしのすこしいつくしうかたじけなくめでたきなり 同、藤裏葉、廿さまことにいつくしさそひ給へば 枕、十一ノ四あさましういつくしうなほいかでかかる御前になれつかふまつるらん 源、若狹、下、六十二そよの思ひやりはいつくしくものなれてみえ奉らんもはづかしくおしはかられ給ふ 和泉契りしをたがふべしやはいつくしきあらいみまいみきよまはるとも
いつまで
いつ迄。 古、戀一夏なれば宿にふすぶるかやり火のいつまでわが身下もえにせん 壬生、上もみぢばは風にまかする山ざとにあはれいつまであらんとすらん
いつまでの
後撰、戀五いつまでのはかなき人の言のはか心のあきの風をまつらん
いつまでかは
源、夕霧、六十一ぬりごめにおましひとつしかせ給ひて内よりさしておほとのごもりにけり。これもいつまでかは
いつまでぐさ
草の名。 八雲 枕、三ノ廿五いつまで草はおふる所いとはかなく哀れなり。云々まことの石ばひなどにはえおひずやあらんと思ふぞわろき 堀河百首、山家、公實かべにおふるいつまで草のいつまでもかれずとふべきしのはらのさと 月詣、暮秋蛬、覺延法師秋ふかきかべの中なるきりぎりすいつまでぐさのねをやなくらん かべにおふるいつまで草のきりぎりす秋まちがほの露やしのばん
いつけ
一家。 宇治拾、二ノ十一一家の君おはしけるをしり奉らで 同、十三ノ十二したしき一家の一類はらからあつめて
いつけん
一間。 同、四ノ廿いり豆をなげやるに一間ばかりのきてゐ給ひて一度もおとさず
いづこ
いづくに同。 宣長云、萬、五竝十四伊豆久とかけり。云々奈良の朝迄はいづこといへることなし。 古、春上春霞たてるやいづこみよしののよしのの山に雪はふりつつ 土佐、下ここやいづこととへば土佐のとまりとぞいひける
いづこに
後撰、戀下、中務ありしだにうかりし物をあはずとていづこにそふるつらさなるらん 源、夕顏、廿六いづこにたつぬらんとおぼしやりて
いづこにか
同、卅九にはかにわかれ奉りていづこにか歸り侍らん 拾、秋躬恆いづこにかこよひの月のみえざらんあかぬは人の心なりけり
いづこを
古、雜下なにはがたうらむべきまもおもほえずいづこをみつのあまとかはなる
いづこなるらん
拾、戀二戀わびぬねをだになかんこゑたてていづこなるらん音なしの瀧
いづこの
新古、戀三、謙徳公かぎりなくむすびおきつる草枕いづこの旅を思ひ忘れん 源、帚木、卅いづこのなる女かあるべき 同、澪標、十八例のいづこの御ことのはにかあらん。つきせずぞかたらひなぐさめ聞え給ふドコカラとり出給ふ御ことのはなるかの心 同、薄雲、卅三いづこの御いらへかはあらん。こころえずとおぼしたる御けしき也御答いひ出給ふ方もなき心也
いづこのか
同、明石、十八あそばすよりなつかしきさまなるはいづこのかはべらん
いづこも
後拾、秋上、赤染衞門こよひこそ世にあるひとはゆかしけれいづこもかくや月をみるらん
いづこはかり
ドコヲアテドの心也。 後撰、秋下、源濟あかからばみるべき物を雁がねのいづはかりになきてゆくらん
いづこはか
いづ方をの意。 寛平歌合わがやどは雪ふる野べに道もなしいづこはかとか人のとめこん
いづこはあれど
いづくはあれどに同。 拾遺愚、中霞とも花ともいはじ春のかげいづこはあれど汐がまのうら
いづこともなく
源、夕顏、四十いとどしき朝ぎりにいづこともなくまどふここちし給ふ
いづこをはか
いづこはかりに同。大方墓にかけてよめり。 後撰、戀二、中將更衣けふすぎはしなまし物を夢にてもいづこをははかと君がとはまし 小大君われしなばいづこをはかと尋ねてか此世につきぬこともかたらん 源、浮舟、七十一からをだにうき世の中にとどめずはいづこをはかと君もうらみん 菅萬、下ノ十六わがやどは雪ふりこめて道もなしいづこをはかと人のきたらん 榮、鳥邊野しらゆきのふりつむのべはあとたえていづくをはかときみをたづねん
いづこをはかり
右に同。 伊勢物、廿一段門にいでてと見かう見見けれどいづこをはかりともおぼえざりければ 源、夕顏、十六君もかくうらなくたゆめてはひかくれなばいづこをはかりとか我も尋ねん 宇津保いづこをはかりともおぼえざりければ
いづこをおもて
面目ナキ心也。 源、榊、廿六いづこをおもてにかは又も見え奉らん
いつこん
一獻。 雲圖、臨時祭次第一獻云々二獻云々三獻云々四獻云々、近代不五獻式文者可七八巡 同、御神樂次第初獻云々二獻云々三獻云々
いつてん
一點。貝原翁五更の注に一更毎にかぞふるに五點五更凡二十五點といへり。 宇津保、嵯峨院、九十五辰の一てんばかりに云々辰の二てんばかりに内のみかど行幸し給へり 同、九十七午の二てんばかりに
いつてんが
一天下。 榮、月宴、十九いつてんがの人いづれかは宮になびきつかうまつらぬかあらん 同、四十二一天下をしろしめすべき君の出給へると悦びをがみ奉る
いつてぶね
いつて舟。櫓を五つ立たる也とも又或説に五手は十人にて櫓十挺立たる早舟也ともいへり。 萬、廿、十九さき守の堀江こぎ出るいつて舟梶とる間なく戀はしげけん 夫、卅三、順徳院いつて舟追風はやくなりぬらしみほのうらわによする百舟
いつさいきやう
一切經。 枕、十ノ廿一法興院の釋泉寺といふ御堂にて一切經くやうせさせ給ふ
いつさう
一雙。一對也。 大鏡、七かかれば明理(アキマサ)行成と一雙にいはれ給ひしかども
いつき
神に申すはいはふに同じくあがめ奉る心。すべては大事ニスル心也。 古事、上、四十六此之鏡者專爲我御魂而如吾前伊都岐(イツキ) 神代紀上、卅伊勢崇祕(イツキマツル)之大神也 源、若紫、十三故大納言は内に奉らんなどかしこういつき侍りしを
いつきかしづく
同、紅葉賀、十二宮腹にひとりいつきかしづき給ふ御心をごりいとこよなくて
いつき立
同、鈴蟲、十六春宮の女御の御ありさまのならびなくいつきたて給へるかひがひしさも
いつきやしなふ
竹取几帳の内よりも出さずいつきやしなふ程に
いつきすゑ
源、總角、五十一いつきすゑたらん姫君もかばかりにこそほ云々
いつかる
同、花宴、十二いつかれ入り給へる御さまげにいとことなり
萬、十九ノ廿九わたつみのかみのみことのみくしげにたくはひおきていつとふ玉にまさりて 同、三ノ四十五神さびていつきいますと
いつきむすめ
祕藏娘也。 宇津保、初秋、下、九十四仁壽殿はさる大將殿のいつき娘といふ所なんさいへどとうで給ひける 源、若紫海龍王の后になるべきいつき娘ななり。心たかさくるしやと笑ふ 同、少女、廿五限りなきみかどの御いつき娘も 源、少女、卅七朝臣のいつき娘いだしたてたらん。なにのはぢかあるべき
いつきのみや
齋宮。 延喜神祇式凡天皇即位者定伊勢大神宮齋王云々入於伊勢齋宮 萬、二ノ卅五渡會乃齋宮(イツキノミヤ) 伊勢者、六十九段國のかみいつきの宮のかみかけたるかりの使ありとききて 拾、雜春、順ひともとの松の千とせもひさしきにいつきの宮ぞ思ひやらるるこれは五木をかけしか
いつきのいもひ
夫、廿一、長明うしほくむいつきのいもひ年ふりてややくちにけりをののえの橋 左注伊勢記云、御禊の橋といふ所あり。これは霜月のにひなめの祭にいつきの宮御しほあみ給ふとて濱へ出給ふ故にかくなづけたるなり。もとはここをばをのの江といふはをののえ橋といふをききてよめると云々
いづみ
泉。 拾、夏、惠慶河原院のいづみのもとにすずみ侍りて「松かげの岩井の水をむすびあげて云々 後拾、夏泉の聲夜に入りて涼し季吟本ナシといふ心をよみ侍りける師賢「小夜ふかきなかに難後拾岩井の水の音きけば云々 源、帚木、卅五わた殿より出たるいづみにのぞきゐて酒のむ 同、少女、五十三泉の水遠くすまし
いづみどの
泉殿。泉水に作りかけたる貴人の家をいふ。 宇津保、樓の上、上、廿八しづかにひきあはせ給ひつるいと面白しこなたかなたの人はいづみどのに出てきく
いつしか
イツノマニカの心。 新古、雜下、慈圓たのみこにわがふる寺の苔の下にいつしかくちん名こそおしけれ 拾玉、六ほに出る門田のいなばけさみればいつしかおもき秋の白露 源、紅葉賀、十いつしかひひなをしすゑてそそきゐ給へり
いつしかと
同、末摘、卅六いつしかと霞わたれる梢どもの 同、初音、初雲間の草いろづきそめいつしかとけしきだく霞にこのめも打けふり云々 夫、三、能因春まちしかひもある哉いつしかとわが花園の梅さきにけり
貫之秋萩の下葉を見つつ夕さればいつしかのねになきわたるかな 金葉、春、顯仲いつしかと明ゆく空のかすめるは天の戸よりや春はたつらん 同、同、長實いつしかと春のしるしにたつ物は朝のはらの霞なりけり 千、戀一、筑前おもふよりいつしかぬるるたもとかな泪ぞ戀のしるべなりける 同、戀三、顯輔よそにしてもときし人にいつしかとそでのしづをとはるべきかな 玉葉、秋上、紫式部しののめの空きりわた家集いつしか秋のけしきに世はなりにけり 赤染衞門集いつしかとかすめる空のけしきかな春まつ人はいかが見るらん
いつしか
是はイツカ、ハヤウと待心也。 宇津保、國讓、中ノ一、廿九ここにいつしかとくとこそ思へ 枕、四ノ廿九雪山の所いみじくうれしくいつしかあすにならばいととう歌よみて物にいれて參らせんと思ふも心もとなうわびしう云々 後撰、春上、左大臣松もひき若菜もつまずなりぬるをいつしか櫻はやもさかなん 新古、秋上、人丸さを鹿のいるののすすき初尾花いつしか妹が手枕にせん
いつしかと
萬、七、卅七やみの夜はくるしき物をいつしかとわが待月もはやもてらぬか 古、秋上、忠岑けふよりは今こん年のきのふをぞいつしかとのみ待わたるべき 源、桐壺、二いつしかと心もとながらせ給ひていそぎ參らせて御覽ずるにめづらかなる兒の御かたちなり 同、紅葉賀、十四男みこ生れ給ひぬ。云々上のいつしかとゆかしげにおぼしめしたる事限りなし 枕、六ノ三三位の中將松君もゐて參り給へり。殿いつしかといだきとり給ひて
いつしかも
拾、別、人丸あまとぶや雁の使にいつしかも奈良の都にことづてやらん 源、若紫、卅四手につみていつしかもみん紫のねにかよひけるのべの若草 同、玉鬘、六いつしかも京にゐて奉りてさるべき人々にもしらせ奉らんにも
萬、四ノ十七大原の此いちしばのいつしかとわがもふ妹にこよひあへるかも 拾、雜下、小野宮太政大臣いつしかとあけて見たればはま千どり跡あることにあとのなきかな 枕、六ノ五殿いつしかといだきとり給ひてひざにすゑ給へるいとうつくし
いつしかも
拾、雜戀、讀人しらずいつしかもつくまのまつりとくせなんつれなき人のなべの數見ん 六帖いつしかもけふはくらしつ明日香川わたりて早くたまもかづかん詞の玉緒云六帖のは四の句の上にうつして心得べし。いつかも渡りてと待意也。 ○廣足云これらは待つ意にあらざるが如く聞ゆれどなほ待つ意也。拾遺の歌はいつかとまちてあけて見たればなり。六帖のも待意なること下句にてしらる。 萬、三ノ卅九いつしかも此夜あけんと 玉葉、春上、前關白太政大臣いつしかもかすみにけらしみよしの←だふるとしの雪もけなくに是ハイツノマニカの意也
いつしよう
一升。 沙石集、八ノ下、十一升いる瓶はいづくにても一升いるぞといひける
ひとます
枕、六ノ十ひとますかめにふたますはいるや
いつしやう
一生。 竹取かくて此みこ一生の耻これには過るはあらじ 宇津保、樓の上、下ノ卅三是こそは一生の大きなる大事に思ひ侍れ 大和物一生にをとこせでやみなんといひけれど
いつしやく
一尺。 枕十一ノ二舟の事をいふ所に物いとつみいれたれば水きはは只一尺ばかりだになき云々大なる松の木などの三尺ばかりにて
いつひき
一匹。絹又毛物にいふ。 宇津保、國讓、下、三十きぬ五十疋俵にいれて 宇治拾、十三、廿大きなる犬一疋出きて
いつも
俗と同。フダンの心。 後拾、秋上、長能いつも見る月ぞとおもへどふにあきの夜はいかなるかげをそふるなるらん 源、胡蝶、五いつも春の光をこめ給へる大殿なれど
いつもいつも
是も同。又イツナリトモイツナリトモ也。 枕、一ノ廿二汐のみついつもの浦のいつもいつも君をば深く思ふやはわが 源、東屋、廿七いつもいつもかくてさふらはまほしく思ひ給へなり侍りぬれど 濱松、一見奉らまほしがり侍るをいつもいつも尋ねしらせ給へ 萬、二、四十一いもが家にさきたる梅のいつもいつもなりなん時にことはさだめん
いづもむしろ
出雲筵。其國の産物也。 枕、八ノ一いやしげなる物。まことのいづもむしろの疊
いづもやへがき
出雲八重垣。 古事、上、廿三速須佐之男命宮可造作地求出雲國云々茲大神初作須賀宮之時自其地雲立(ノボル)爾作御歌曰夜久毛多都伊豆毛夜弊賀岐都麻碁微(ツマゴミ)()日本紀爾夜弊賀岐都久流曾能夜弊賀岐袁八雲はいくへもかさなる雲也。やへ垣は、雲の垣のごとく、いくへもかさなれるをいふ。つまごめには妻をこもらす也。下の句は同ことを、うちかへしてよみ給へる也とぞ
いつせ
一世。
一世の源氏
源、薄雲、廿七一世の源氏又納言大臣になりて後に更にみこにもなり位にもつき給へるもあまた例ありけり源姓給はり給ふ皇子の一代なるをいふ。河海に其例多く引り
いつすん
一寸。 枕、四ノ十八めを一寸ばかり紙につつみてやりつ
いね
稻。 古、戀五、素性秋の田のいねてふこともかけなくに何をうしとか人のかるらん
いね
去。いぬの所に出す。
いぬ
去。 枕、四、八ただ今いそぎ見るべきにあらねばいね今きこえんとてふところに引いれていりぬ
いねにまどふ
寐に惑。宵まどひのまどひに同。睡中前後もしらぬをいふ。 中務田まもる家にししのはむもしらでねたり「まもりくるやま田のいねにまどふ夜はゆめとぞしかの音をばききける」
いねがて
寐がたき也。 續後撰、秋中、法印耀清よもすがら庵もる賤は秋の田のいねがてにのみ月やみるらん 續拾、秋下、前内大臣ひとりすむ門田の庵の月かげにわがいねがてをとふ人もなし 同、同、四條風の音も吹まさるなりさらでだにわがいねがての秋の夜の月 秋萩のうつろふ野べのかり庵にたれいねがての衣うつらん 續後拾、秋上、爲子今よりやいねがてにせん白露も袖におきゐる秋は來にけり
いねつきうた
稻舂歌。 榮、日蔭葛悠記のかたのいねつき歌云々 千、賀大甞會主基方稻舂神田の郷をよめる 新古、賀大嘗會悠記歌奉りけるに稻舂歌俊成「あふみのやさかたの稻をかけつみて道ある御代のはじめにぞつく」 ○大嘗會に神供の稻をつく時の歌を稻舂歌といへりとぞ。
いねさわがし
寐騷。 枕、三ノ卅からすのねてよなかばかりいねさわがしくおぢまどひ
いねず
不寐。 後撰、夏卯花のさける垣根のつき清みいねずきけとやなくほととぎす
いねもせず
宇治拾、八ノ十七ひじりのうしろにいねもせずしておきゐたり
いな
イイヤ、イヤ也。 拾、雜下、壽玄法師いな折らじ露に袂のぬれたらば物おもひけりと人もこそ見め 同、物名、輔相住吉の岡の松笠さしつれば雨はふるともいな蓑はきじ
いなにはあらず
重之信濃なるいな郡名にはあらずかひがねにつもれる雪のとけんほどまで
いなといふ
竹取かぐや姫のやもめなるを云々よき人にあはせんと思ひはかれどせちにいなといふ事なればえしひぬはことわりなり 萬、三ノ十二不聽跡雖云(イナトイヘド)しひるしひ能かしひがたり云々 六帖、四いなといはん人をもしひじしきしまの云々 拾、別、能宣をみなへにわれにやどかせいなみののいなといふともここをすぎめや
萬、十いなもうもほりするままにゆるすべきかたち見ゆるもわれもよりなん 伊勢物、百廿一段鶯の花をかぬふてふかさはいなおもひをつけほしてかへさん 宇津保、國讓、下、卅二大將さていかが御らんぜしにくげにや侍りし宮いないとうつくしかりき 後撰、戀五いなせともいひはなたれずうき物は身を心ともせぬよなりけり 源、野分いなこれはかたはらいたし 同、藤裏葉わづらはしきずゐじんはいなとてかへし給ふ 千、戀四、清輔あふことはいなさほそえのみをつくしふかきしるしもなき身なりけり
いないな
イヤヂヤイヤヂヤイヤイヤ也。 六帖、五上あしのやのこやの篠やの忍びにもいないなまろは人のつまなり 同、同美作やくめのさら山いなみののいないな君はさらにならさじ
いなや
別に出す。
いなば
稻葉。 古、秋上きのふこそ早苗とりしかいつの間にいなばそよぎて秋風のふく
いなばの雲
續拾、賀、覺宣民やすき田面のいほの秋風にいなばの雲は月もさはらず 新拾、秋上、後醍醐院風わたる門田の末に霧はれていなばの雲を出る月かげ雲とはしげれるさまをいふなるべし
いなばの風
いなばの露
いなばが末
これら抄するに及ばず。
いなば
いなん
去。いぬの所に出す。
いなはた
夫、十二、經信霧はるる門田の上のいなはたのあらはれわたる秋の夕風
いなぼ
稻穗。 夫、十二、範光いろいろに門田のいなぼ吹みだる風におどろくむら雀哉
いなともうとも
信明集けふのうちにいなともうともいひはてよ人だのめなることなせられそ
いなともせとも
是も同心也。いなせの所に出す。
いなをさ
稻長にて農民のことなるべし。 夫、卅三、久安百首、隆季ふりつもるしらねの雪はいなをさのかひの毛衣ほすとみえけり
いなをかも
否ヲカモ也。サウデハナイカ。 萬、十一ノ十六あひ見ては千とせやいぬるいなをかも我やしかもふきみまちがてに 同、十四ノ三つくばねに雪かもふらるいなをかもかなしき子ろがにぬほさるかも
いなかへじ
否不(イナジ)替。笙名。 江談抄唐人賣ラバ之千石ント云。伊奈加倍志介禮波之爲云々 枕、五ノ十一おのれがもとにめでたききん侍り。それにかへさせ給へと申給ふを云々宮のおまへのいなかへじとおぼいたる物をとの給はせけるが云々
いながた
鳥の名歟。 小町集、萬代秋の田のかりほにきゐるいながたのいなとも人にいはましものを
いなだき
頂。 萬、三ノ四十四いなだきにきずめる玉は云々
いなづま
稻妻。 六帖、一ノ下稻妻はかげろふばかりありし時秋のたのみは人しりにけり 秋の田のほの上てらすいなづまの光りの間にも君ぞ戀しき
いなつきがに
稻舂蟹。 和名、十九ノ十三蟛蜞。海濱稻舂蟹之類也 神樂歌、篠浪あし原田のいなつきがにのやおのれさへよめをえずとてやささげてはおろしやおろしてはささげやかひなげをするや 夫、廿七、仲正あし腹の刈田のおもにはひちりていなつきがにも世をわたるらん
いなつるび
電。 和名鈔、鬼神部和名以奈比加利一云以奈豆流比又云以奈豆末雷之光也 圓珠庵雜記いなびかりいなつるびともいふ。いなづまの異名か。歌にはいなづまとのみよめり
いななく
嘶。いばゆに同。 和名いばゆの所に出す。 蜻蛉日記、中ノ下大門の方に馬のいななく聲して
いななかん
同、上、長歌かたかひの駒やこひつついななかんと
いななけ
拾、戀四わがかへる道の黒駒心あらば君はこずともおのれいななけ
いななき
宇治拾、七、廿いななきたる聲
いなむ
多くはいなぶといへり。 狹、二ノ上、廿三えこそいなみ侍らざりつれ 夫、十一、大夫典侍あふ事をいなみ野にさくをみなへしをらぬ物故袖ぞ露けき
いなむら
稻村。 夫、五雁鳴てうちつみわたるいなむらの秋のたねこそ春にまくらめ
いなむしろ
舊説稻もてつくれるむしろといへり。荷田東麿の説には寢席(イネムシロ)といへり。眞淵は寢席(カハ)といひかけたる枕詞也といへり。後世にはただ稻の事としてよみたるおほし。 顯宗紀、八伊儺武斯盧(イナムシロ)川ぞひ柳水ゆけばなびきおきたちそのねはうせず 私記師説稻之被于水折臥之形似席故云稻席云々 萬、八ノ卅二伊奈牟之呂河向立(ムキタチ) 同、十一ノ廿六玉ぼこの道ゆきつかれ伊奈武思呂敷而毛(シキテモ)君をみんよしもがな 夫、卅二、住吉社歌合、旅宿時雨、清輔いなむしろきつの浦の松風はもりくる折ぞ時雨ともしる 夫、十二、西行夕露の玉しく小田のいなむしろかへすほずゑにつきぞやどれる 同、師光いなむしろしくや門田の秋風に民のみつぎをいそぐ頃かな 新古、秋上、定雅秋の田のかりねの床のいなむしろ月やどれともしげる露かな 新勅、賀としあれば秋の雲なすいなむしろかりしく民のたたぬ日ぞなき 新拾、雜中、二品法親王尊胤もりあかす門田のおものいなむしろ吹しく風をまくらにぞきく 風雅、秋中、前内大臣小山田の露のおくてのいなむしろ月をたかしく床のひとりね 續千、戀三、入道前太政大臣秋田もるしづかかりほのいなむしろいなてふよはぞ床はつゆけき 續後拾、秋上、如願法師小山田に風吹しくいなむしろよるなくしかのふしどなりけり 同、秋下、俊光衣うつ鳥羽田の里のいなむしろ夜寒になりぬ秋の山風 新續古、秋上、後鳥羽院やど近き山田のいほのいなむしろたれしきなれて月をみるらん 金葉、戀上、公實これにしくおもひはなきを草まくらたびにかへすはいなむしろとや 拾愚はるさめのしくしくふればいなむしろ庭にみだるる青柳のいと
いなのめ
袖中抄曉をばいなのめともいへり。しののめと同こと也。云々 ○眞淵の説に寢目(イネメ)といふ解あり 萬、十ノ廿七あひ見らくあきたらねども稻目のあけゆきにけり舟出せんいも ○或云六帖赤人集共にしののめとあるも同心也。いねしねといひ共に韻通じておなじき也。稻葉のほそきごとく山の端の細くしらむをたとへて名づくるならん。又小竹の目か。 永久百首、春曙、俊頼夫、廿一いなのめ永久イ岩のかけはしほのぼの同イ散木しばしやすらへまほならずとも
いなおほせどり
稻負鳥。たしかにしれざる鳥なり。順の序に鳥有稻負名とあれば常は山にすみて秋に至りて山田などに出る鳥にや。 古、秋上わが門にいなおほせ鳥のなくなへにけさふく風に秋はきにけり 同、秋下、躬恆山田もる秋のかり庵におく露はいなおほせ鳥の涙なりけり 里とほみくれなばのべにとまるべしいなおほせ鳥に宿からまし 兼盛かりくらしからくしていそぎかりつる山田哉いなおほせ鳥のうしろめたさに 足引の山田のこすげあすまでといなおほせどりのおふもてだゆし 能宣かりにとてわが宿のへにくる人はいなおほせ鳥にあはんとや思ふ 和泉式部あふ事をいなおほせ鳥のをしへずは人を戀路にまどはましやは 狹、四ノ中、三稻葉の風も耳ぢかく聞ならひ給はぬにいなおほせ鳥さへおとなふもさまざまにさまかはりたるここちして 堀百、初度山田もるをしねのひたははへたれど稻負鳥の來なくなるかな 板倉のはしをばたれもわたれども稻負鳥ぞすぎがてにする 二條皇太后宮大進秋くればいなおほせどりの涙かも草の葉ごとに露ぞこぼるる 新續古、戀二、道助逢事はいなおほせどりのなきしより秋風つらき夕ぐれの空 同、雜中、讀人しらず秋の田のいなおほせどりもなれにけりかりほのいほをもるとせしまに 萬代大和物語、二千兼を待けるにこざりければとしこ「さよふけていなおほせ鳥の鳴けるを君がたたくとおもひけるかな」
いなぐき
稻莖にて刈りたる跡をいふなり。 後拾、戀一、顯季鴫のふすかり田にたてるいなぐきのいなとは人のいはずもあらなん 萬代、戀四、俊頼秋かへすさやだにたてるいなぐきのねごとに身をもうらみつるかな 隆信夢さむるねやよりやがてしぐるなりかり田のおものいなぐきのおと 新葉、冬、爲忠あさなあさな霜おく山のをかべなる苅田の面にかかるいなぐき
いなや
イヤイヤ、イヤモウの心。 古、誹諧思へども思はずとのみいふなればいなや思はじ思ふかひなし 大和物、六いなやきじ人にならせるかり衣わが身にふればうき香もぞつく 宇津保、國讓、上ノ八今よき日とりて御むかへにと聞え給へば北方答いなや今更にうかりし里にも何か若き人のおはしまさん所にも云々
いなや
イヤモウケシカラヌゾ扨モ扨モと打なげく心。 落窪、一父君北方の讒言を信じて部やへ來り給ふ所にの給ふやういなや此落くぼの君のあなたのの給ふことにしたがはずしてあしかんなるはなぞ 狹、三ノ上、卅八今姫君の所へ宰相の忍び來りし所にちかうふしたる母代驚きあひていなやここに男のけはひこそすれ。そら耳かいでいでけふあす御門のうつくしみ愛し給ふべきあが佛を云々 榮、月宴いなやをちのさいしやうの云々ただころるしにこれされよとのたまはすればいなやいかに侍りつることぞと聞え給へば いなやともかくものたまはぬはまろがあしういひたるとか 同、初花ものくるほしとはぢさせ給ふにとのまゐらせ給へるをりいなやものはしり給はぬかと申させ給へば 同、本の雫いなや御たうよりほかにいづこにてかつかうまつらんと申させ給へば
いなや
イヤカ、ドウヂヤと問ひかくる詞也。 枕、五ノ廿六あけてみれば思ふべしやいなや第一ならずはいかがと問はせ給へり
いなぶ
辭退、モドク、又承知せぬ心也。 遊仙室不推辭(イナブ)
いなぶる
源、若菜、上、廿七右衞門督のかたくいなぶるをせめ給へば
いなびぬ
同、末摘、十五さすがに人のいふ事はつようもいなびぬ御心にて
いなびで
同、總角え聞えいなびで
いなび所
同、御幸、十五いとどいなび所なからんが云々
いなびはてじ
同、宿木、七しぶしぶなりともまめやかにうらみよらばつひにはえいなびはてじとおぼしつるを
いなびがたき
順集天祿歌合序、爲憲おほせごとのいなびがたさに
いなび聞ゆ
落窪、四殿のしかの給はせんんはいなび聞えさすべきにもあらず
いなぶね
稻舟。貢の稻をのせたる舟をいふ。 古、二十六帖、五上最上川のぼればくだるいな舟のいなにはあらず此月ばかり 萬代、夏、匡房早苗とる深田にわたすいなふねのおりたつことのさりがたきかな
いなごまろ
俗にはいなごとのみいへり。 和名、十九ノ十六蚱蜢以奈古萬呂本草云蚱蜢貌似螇蚸而色小蒼在田野間者也 狹、三ノ上、十一いなごまろは拍子うつ
いなみ
いなむの所に出す。
いなしき
八雲、三ノ上ひな、ゐなか也。いなしき同とあり。 堀川、田家う、肥後いなしきのふせやを見れば庭もせに門田の稻をかりほしてけり 永久、ひつぢ田、兼昌いなしきやそともの小田にふす鴫のかくれぬばかりひつぢおひにけり 同、貢調、大進いなしきや民のいとなく道もせにつきせずはこぶみつぎ物哉 夫、卅いなしきや山田もるをのかりほにてねぬ夜の數をいく夜へぬらん
いなびかり
電。 神武紀、十四流電(イナビカリ) 宇治拾、八ノ四眼を見ればいなびかりのやうにひらめき云々おそろしきけしきしたる軍の鎧冑きて
いなせ
奧儀抄せとは諾する意也 後撰、戀五親の守りける女をいなともせともいひはなてと申ければ「いなせともいひはなたれずうき物は身を心ともせぬよなりけり」伊勢集には詞書かはりたり。
いなすずめ
稻雀。 堀川、田家、師時むれてくる田中の宿のいな雀わがひくひたに立さわぐなり稻の雀也
いら
苛。草の莖などにあるトゲ也。 和名、廿ノ十三伊良玉篇云、苛小草生刺也
いらいらしく
十訓抄、八ノ三いまだ來らざらん報をいらいらしくねがひもとめていらるに心同。
いらへ
答。いらふの所に附す。
いらる
()(イラ)胸をやく、こがすなどに同。せきたつ也。俗のセカセカスル意也。
いられ
宇津保、藏開、下八えあるまじくわりなき事深く思ひいれていられありき給へばかくかたちもそこなはれほれたるやうにて 源、浮舟、六十一ただ夢のやうにてあきれていみじくいられ給ふをば
いられん
同、夢浮橋、九いと心もとなけれどなほなほと打つけにいられんもさまあしければ
いられず
同、常夏、十六おとどもねんごろに口いれかへさひ給はんにこそはまくるやうにてもなびかめと覺すを男方はた更にいられたまはず
いられ思ふ
同、螢、廿三さうじみばかりにはおろかならぬ哀れをつくしみせて大方にはいられ思へらず
おぼしいらるる
同、朝顏、十八あながちにおぼしいらるるにしもあらねど
まどひいらる
宇津保、菊宴、下、五十六いみじくまどひいられ給ふめるをこたみばかりはただ一くだり聞え給へ
いられがまし
源、胡蝶、十一兵部卿の宮のほどなくいられがましきわごごとどもをかき集め給へる御文を
大和物なきいられて 落窪、一おきふしなきいらるればつかふ人もやすからず見る ○文雄云、所煎の意にて、胸をやく、こがす、などに同じといへる説はわろし。こはもと草の莖などにある苛より出たる語にて、苛はあたり難き物故に、性急なるをいらち、いらだつ、などいひ、さて轉じては物をいそぐ事にもいへるなるべし。俗にせきこむ、といふに同じ。 ○廣足云、肥後の俗言に、せきこむ事をいれ氣になるといふ。いれも同言なるべし。又腹立やすき人を、氣のいらいらするともいへり。さて煎といふ語も、火勢にこがして、其物の氣を強くするなれば、同言なるべくおぼゆ。
いらか
甍。 和名、十七伊良賀釋名云屋背曰甍言在上覆家屋也 萬、十一ノ十一我屋戸甍(ワガヤドノイラカ)瓦ぶきをいふ 榮、駒競、六行幸高陽院應制和歌序爲政あたらしき花のいらかを作りつづけ
いらなく
大和物語の抄に、ことごとしきさまなりとあり。 大和物、四蘆刈の段此男まもればわがめに似たり。云々わがさまのいといらなくなりにけるをおもひはかるにいとはしたなくて蘆も打すててはしりにげにけり 同、六きさいの宮もいといたうなき給ふ。さぶらふ人々もいらなくなんなきあはれがりける 宇治拾、十ノ十二大なる猿の云々むしりわたをきたるやうにいらなく白きが毛はおひあがりたるさまにて 大鏡、二文はさみに文はさみていらなくふるまひて 徒然、五十四段印ことごとしくむすび出などしていらなくふるまひて
いらなき
宇津保、藤原の君、廿天下のいらなき軍なりとも打かちなんや
文雄云、俗に云ことの外なる意也。 萬、十七ノ廿六かなしけくここにおもひ出いらなけくそこにおもひ出云々 宇治拾明くれいらなき大刀をみがき刀をとぎ劔をまうけつつ
いららぎ
鼻にいふは俗にいふシシハナの事にや、ツツハリタル意なり。又猪のししのは怒り毛のさまを云也。 落窪、二御鼻なん中に見ぐるしうおはする鼻打あふぎいららぎて穴の大きなる事は ただ駒のやうにて鼻のいららぎたる事限りなし 源、橋姫、卅いとさむげにいららぎたる顏 同、手習、廿四袴もひはだ色にならひたるにや光りも見えず黒きをきせ奉りたれば云々いららぎたる物どもき給へりしもいとをかしき姿なり
いららがす
宇治拾、九ノ五ばかりなるゐのししの出來て石をはらはらとくだけば火きらぎらといづ毛をいららがしてはしりかかる
いらふ
答と同。 枕、一ノ八家のほどにて合せて侍るなりといらふ 同、七ノ七いかがはといらふ
いらふる
同、四ノ二十いかでまだきにはといらふる 同、八ノ卅三詞云々など云々いらふるに
いらへ
同、四ノ八云々と人々かたれど世にあらじなどいらへてあるに 落窪、二三の君詞云々といらへ給へば
いらへさせ奉る
枕、五ノ十一聞もいれ給はで猶こと事をの給ふをいらへさせ奉らんと云々
さしいらへ
同、八ノ十八云々とさしいらへたりとて
いらへ
體の詞。 落窪、二云々といへば典藥がいらへ詞云々 云々といへばせう少輔のいらへは詞云々 枕、十二ノ十云々といひけるいらへに歌云々 同、九ノ七云々など人のいふいらへに云々などいふも 同、九ノ十いらへ打して
御いらへ
同、九ノ三后宮詞云々とぞ御いらへあなる 同、九ノ十云々と問はせ給ふ御いらへにいかにかはと啓するにあはせて是は清の答奉る也
打いらへ
濱松、四いかでか女のそひゐたらんはふと打いらへさわやかにおはせん
いらめく
いらなくに意かよへり。 宇治拾、十一ノ廿くびほそく胸骨はことにさし出ていらめきはらふくれて
いらせ給ふ
入御の意也。外より來給ふ事を敬していふ也。 源、榊、卅三藤つぼ中宮御子の春宮の御方へおはしましたる事を源より命婦への文詞いらせ給ひにけるをめづらしき事とうけ給はるに 同、若菜、下、八十二小侍從詞。源のいらせ給ひしほどはすこしほとへ侍りしを云々。女三答いざとよ文を見しほどに入り給ひしかば云々いらんいらぬの類いるの所に出す。
いむ
忌。 神代紀、上、十三(イム)一片(ヒトツ)()又夜(イム)擲櫛(ナゲグシ) 萬、四ノ卅四歟禁良武(カイムラム) 竹取月の顏見るはいむ事と制しけれども 小町集月のいとあはれなるを見てねん事こそくちをしけれとすのこにながむれば男いなむなる物をといへば
いむ五月
六帖、五上聞ことをながくと思はじ郭公いむさつきをばすぐしやはせぬ 檜垣嫗集五月ばかり云々此月たててなどいふついでに「人のいむ此月なみをたててこそ思はずならん事もうらみめ」
いむさみだれ
信明「神代よりいむといふなるさみだれのこなたに人を見るよしも哉」かへし「五月雨のこなたかなたもあふ事はいつもいむとぞ人はいふなる」 伊勢集玉葉、戀四いむといへば忍ぶ物からよもすがら天の川こそうらやまれ 夫、十、西行天の川けふの七日は長きよのためしにもひきいみもしつべし
いむ長月
宇津保、吹上、下、廿三なが月はいむにつけてもなぐさめつ秋はつるにぞかなしかりける
いみ
源、紅葉賀、十十にあまりぬる人はひひなあそびはいみ侍る物を 枕、十二ノ十四そこにて物くふこそいとわろけれ。くはする人もいとにくし。云々いみたるやうに口をふたぎて顏をもてのくべきにあらねば云々
いまで
いまぬ
狹、一ノ下、廿四(ツチ)いまでもありなん。云々ただなる人だに土いまぬや侍る土用のことなりとぞ
萬、十二ノ十二應忌鬼乎(イムベキモノヲ) 小町集ひとりねのわびしきままにおきゐつつ月をあはれといみぞかねつる 齋宮女御集いむなれどけふしももののかなしきは年をへだつと思ふなりけり
いむこと
齋事。受戒するをいふ。 源、夕顏、四いむ事のしるしによみがへりてなん 同、卅五かしらそりいむ事うけなどしてそのしるしにやよみがへりたりしを 同、榊、四十山の座主めしていむことうけ給ふべきよしの給はす 同、柏木、十七さらばかく物したるついでにいむ事うけ給はんをだに結縁にせんかしとの給はす
いん
印。
いんつくる
源、手習、四狐の變化したるかにくし見あらはさんとて云々さやうの物しぞくべきいんつくりつつ云々 同、五いにさるべき眞言をよみいんをつくりてこころみるに
いんむすぶ
徒然、五十四段印ことごとしくむすび出などして
いんぢうち
印地打。 尺素往來印地喧嘩候者小兒の石を打合ふたはぶれ也 秦時消息さればとて又すつべきにあらず。打すておく物ならばかはらいんぢなり
いむしろ
射筵。 年中行事歌合射塲筵(ユミバノムシロ)「名のみきくけふのまとゐの射むしろも今はむかしとしき忍ぶ哉」
いう
優。ヤサシクシトヤカナル意也。形にも藝能にもいへり。夕顏の卷に花の名は人めきてとかけるも貴人は優なるおももちなればいへり。 竹取かぐや姫のかたちいというにおはすなり。よく見て參るべきよしの給はせつるになん參りつる 源、帚木、五とる方なくくちをしききはというなりとおぼゆばかりすぐれたるとは 天徳歌合小臣奏云左右歌倶以優也云々 源、葵、廿九常よりもいうにかい給へるかな 同、繪合、十八おとどもいうにおぼえ給ひて所々の判ども心もとなき折々にときどきさしいらへ給ひけるほどあらまほし 同、若菜、下、卅四いとよく物にひびきあひていうになりける御琴の音かな
いうれふ
遊獵。 宇津保、國讓、上、五十七極熱に此つり殿へこそはたいうれふしに參りしか
いうそく
花鳥形より藝能にいたる迄の事をいへり ○在滿云、有職とかける文字義もなく覺ゆ。もし有識をいふにや。 ○雅望按前漢文翁傳郡縣小吏開敏有材者親自餝厲遣詣京師受業博士數歳皆成就還歸爲右職師古云郡中高職也とあり。もし此文字にや。 宇津保、俊蔭俊かげのなき後御門詞中納言になるべかりし身を沈めてし人なり。さるはいみじきいうそくなり 同、吹上、下ノ四十三種松が事を父こそ下人なれ。子はいうそくにていと心にくかりしものぞとも云々 同、嵯峨院、七十六女御の申しなし給ひて司を得たる所にかの女御いうそくにてさやうの事をおぼしていたはられたるにこそはあらめ 源、少女、廿三まことに天の下ならぶ人なきいうそくには物せらるめれど 同、繪合、十一右には大貳の内侍のすけ中將の命婦兵衞の命婦を只今の心にくきいうそくどもにて心々にあらそふ 同、初音、十とりはなちていうそくおほく物し給ふ頃なれど 同、十八男踏歌の所に中將の聲は辨の少將にをさをさおとらざめるはあやしくいうそくどもおひ出るころほひにこそあれ 同、若菜、上、九十一入道の事を手などもすべて何事もわざというそくにしつべかりける人の云々
よのいうそく
宇津保、俊蔭左大將殿にこそさるべき世のいうそくはこもりためれど云々
時のいうそく
源、榊、五十五時のいうそくと天の下をなびかし給へるさまことなめれば
いうそこ
宇津保、菊宴、百九かのぬしいうそこなれど此道に男女の道也なればかくこそはあれ
○すべて道にあきらかなる人をいふ。 源、若菜、下、百九さるときのいうそくのかくものし給へば世中をしみあたらしがりて
いのち
命。
いのち長し
源、夕顏、四いのちながくて猶位たかくなども見なし給へ 同、朝顏、三命ながさのうらめしき事おほく侍れど
いのちのぶる
同、東屋、十六大將殿の御かたちのほのかに見奉りしにさも命のぶる心ちのし侍りしかな 同、朝顏、四時々見奉らばいとどしき命やのびはべらん
いのちのさかり
宇津保、梅の花笠、十四命のさかりは人のすそ呪詛なども出侍らぬ物なり。こふのつきぬる時なん物のたたりなどはある物なる
いのちある
同、田鶴の村島、四命あらばかかる折にもあふ物になん 續古、離別、重之女わすられぬわが身なりせば別路に命あらばといひもしてまし
いのち侍る
源、東屋、十二なにがし命侍らんほどは
いのち一つ
風雅、戀四、徽安門院うきにいとふまたおなじ世をおしむとて命一つを定めかねぬる
いのちの内
新後拾、離別、宗尊親王さらぬ世のならひをつらき限りにて命のうちはわかれずも哉
いのちの限り
是も命あらん内はの心也。 續後拾、戀三、素性いかりおろす舟の繩手はほそくとも命のかぎりたえじとぞおもふ
のこりのいのち
源、若菜、下、十六のこりの命うしろめたくて
いのちの後
新葉、戀三、正三位國夏さきの世はしられぬ物としりながらいのちの後を猶やちぎらん
いのち終る
源、若菜、上、八十一命をはらん月日も更になしろしめしそ
いのちつく
源、松風、十命盡ぬと聞しめすとも後の事おぼしいとなむ 狹、四ノ下今本ナシながらへてあらばあふ夜をまつべきに命はつきぬ人はとびこず
いのち絶
新續古、戀三、頼輔あふ事を今は限りと思ふには命もともにたえぬべきかな
いのちしなば
竹取命しなばいかがはせん
いのちは殺さじ
落窪、一さすがに日に一たび物くはせん物ぬひにより命は殺さじとおもひ
いのちを助く
宇津保、菊宴、下、五十人の命をたすくとおもほして此事なしたばかり給へ
いのちもろし
宇治拾、二ノ五その岩の筋にむかひてすみける僧ども命もろくして多くしにけり
いのちまつ間
續拾、雜秋、忠兼いつまでと思ふに物のかなしきは命まつまの秋の夕ぐれ
いのちにかふる
續後拾、雜中、興龜白波ををりかけあまのこぐ舟は命にかふるみるめかりにか 源、東屋、十いとらうたしと思ふわらは侍りあまたの中にも是をなん命にもかへんと思ひ侍る
いのちをかくる
同、藤袴、十六數ならばいとひもせまし長月に命をかくるほどぞはかなき 同、夕顏、卅一命をかけて何の契りにかかるめを見るらん
いのちにむかふ
續後撰、戀二、定家よもすがら月にうれへてねをぞなく命にむかふ物思ふとてむかふは對するにてひとしき也
いのちにまさる
續千、戀一、爲子もらぬ間に戀しなばやと思ふこそ命にまさるうき名なりけれ
いのちをし
拾玉、七誰もみなわが身をつみて思ふべし命はをしき物としらずや
いのちをゆづる
源、東屋、四北方詞守こそおろかにおもひなすともわれは命をもゆづりてかしづきてん 此君のゆかりと思はんひとのためには命をゆづりつへつこそおもへ
いのちをすつ
竹取命をすててかの玉の枝をもちてきたりとて云々
いのちくらべ
安法集松もおひいはをも苔のむすぶまで命くらべにとはぬ君かな
いのちの露
山家、下鳥部野を心のうちに分けゆけば命の露にそでぞそぼつる
いのちの水
夫、廿六、行家いつとだにしられぬ世こそかなしけれ命の水のながれひる間を
源、浮舟、五十九御命までにはあらずとも云々しぬるにまさる恥なる事もよき人の御身には中々侍るなり 萬、四ノ四十四ただにあひて見てはのみこそたまきはるいのちにむかふわがこひやまめ 同、八ノ廿玉きはるいのちにむかひこふるゆは君がみふねのかぢつかにもか 萬代、戀三、家隆たまきはるいのちにむかふかげろふのかげ見るまでも君をしぞ思ふ 玉葉、戀四、院御製いくたびの命にむかふなげきしてうきはてしらぬ世をつくすらん
いのち
命。
いのちにて
命をつなぐ料にたのみにする心也。 後撰、雜五、女の母今こんといひしばかりを命にてまつにけぬべしさくさめのとじ 千、雜上、基俊契りおきしさせもが露を命にてあはれことしの秋もいぬめり
いのちに思ふ
重之あしたか蜘の手ひとつおちたるが二三日さてをごくに「ささがにのくものはたてのをごく哉風を命に思ふなるべし」
いのちにたのむ
山家、下水ひたる池にうるほふしただりを命にたのむいろくづやたれ
いのちとたのむ
後撰、夏つねもなき夏の草葉におく露を命とたのむ蝉のはかなさ
いのちとなる
ながらへあるをいふ。是も身のながらへんをいふ。
いのちとなれる
續後撰、戀一、土御門院小宰相人しれむ心にふるす年月の命となれるほどぞつれなき
いのちとならん
千、戀二、顯輔今はさはあひ見ん迄はかたくとも命とならんことのはもがな
いのちをねんず
命ながらへてあれと念じこひねがふ心也。 宇津保、俊蔭俊かげがみなしごの娘に侍女のいふ詞神佛にたひらかに御子となし給へと申給へ。又おんなの命をねんじ給へおんなは嫗にて若き娘に向ひて侍女の自稱也。女とかける本はかなを誤れる也
いのちぞしらぬ
命の事も思はれぬ心也。 信明ながらへん命ぞしらぬ忘れじと思ふ心はつきそはりつつ 源、初音、十五命ぞしらぬなどなつかしくの給ふ
いのちもしらぬ
續千、戀二、平宣時あふことを猶さりともと思ふこそ命もしらぬたのみなりけれ
いのちなりけり
古、春上春ごとに花のさかりはありなめどあひみん事は命なりけり 新古、旅、西行年たけて又こゆべしと思ひきや命なりけりさよの中山命のありなしによるとの意也 源、桐壺、七限りとてわかるる道のかなしきにいかまほしきは命なりけり是はただ命なりとの心也
いのちごひ
命乞。 榮、楚王の夢、十九世のかためにておはしませばいづれの民もただ殿の御いのちごひをのみ申思へり
いのちもみをも
命も身をも。 續後撰、釋教、法性寺入道上もなき道をもとむる心には命も身をもをしむものかは
いのる
祈。 神代紀、上ノ廿八(イノル)(ミチ) 萬、六ノ十三天地の神をぞいのるかしこけれとも 枕、四ノ廿四雪山の所しら山の觀音これきやさせ給ふなといのるも物ぐるほし
いのり
古、序あふさか山にいたりてたむけをいのれり 竹取はや神にいのり給へといふ 源、紅葉賀、九御行ひにもいのり聞え給ひし佛の御しるしにやとおぼゆ
いのりおく
長能集いのりおきし神の心もいちじるく昔の人にあへるけふかな
いのりかく
後拾、別、選子内親王ゆく春とともに立ぬるふな道をいのりかけたる藤浪の花
いのれば
續千、神祇、法眼慶宗みな人のたのみをかけて神垣にいのればなびくまつの白ゆふ
いのらば
新葉、雜上、後醍醐天皇此里は丹生の川上ほどちかしいのらばはれよ五月雨のそら
いのらん
濱松、三後生いのらんと思ひ給ふ心の云々
いのらぬ
千、戀二、俊頼うかりける人をはつせの山おろしはげしかれとはいのらぬ物を
いのらる
枕、八ノ十うらやましき物の部三昧堂たてて宵曉にいのられたる人
いのり
體の詞。 竹取物を思ひいのりをしぐわんをたつ 源、夕顏、廿一何をむさぼる身のいのりにかと聞給ふに 夫、十八君が代のいのるいのりの宮人はゆふかけてこそ庭火たきけれ
いく
生。
いくやう
源、手習、十七尼になし給ひてよ。さてのみなんいくやうもあるべき
いくべき
新古、別、道命別路はこれや限りの旅ならん更にいくべきここちこそせね是は行にかけたり
いくまじ
源、夕顏、卅六それなんえいくまじう侍める
いきてあらん
竹取命しなばいかがはせん。いきてあらんかぎりかくありきて
いきたらん
源、澪標、十二いとどよわれるここちにいきたらんとも覺えざりつるを
いきて侍り
同、手習、五さてその兒はしにやしにしといへばいきて侍りき
いきなん
枕、一ノ十三翁丸の所にそれは打殺してすて侍りぬとそ申つれ。さるものどもの二人してうたんにはいきなんや
いかん
後拾、戀三云々おもく煩ひて云々惟規「都にもこひしきことのおほかれば猶此たびはいかんとぞおもふ 兼澄集命をばけさこそたけく思ひつれくるるを見ればいかん方なく
いかまほし
源、桐壺、七限りとてわかるる道のかなしきにいかまほしきは命なりけりいかん以下行をかねたり
いけり
萬、二ノ四十三思ひつつあればいけりともなし
いけらば
拾、春、長能身にかへてあやなく花をおしむ哉いけらば後の春もこそあれ
いけらじ
後拾、雜二ねぬなはのねぬ名のいたくたちぬれば猶おほさはのいけらじや世に
いきて
是も生に行をかねたり。 後拾、雜三、小式部しぬばかりなげきにこそはなげきしかいきてとふべき身にしあらねば
いけるいける身いけるかひの類竝いけみ殺しみいけながらいき出いきとしいけるいきてはたらくなど生の字の類皆別に出す。
小式部集いかにせんいくべきかたもおもほえずおやにさきだつみちをしらねば
いきたらじ
源、玉鬘、十三いとこころぐるしくていきたらじとおもひしづみ給へる
いく
行。ゆくと同。 萬、廿ノ卅八つくしのしまをさして伊久(イク) 源、玉鬘、四折々に母の御もとへいくかと問ひ給ふにつけて 重之番にかはりてうまごのよりこで京へいくをうらみて いくべきいかまほしいかんいきて これらの生をかねたるは生の所に出す。
いかん
枕、十二ノ六あす里へいかんといひて
いきけり
伊勢物、五段いと忍びていきけり 古、羇旅あづまの方へ友とする人ひとりふたりいざなひていきけり
いかじ
竹取さらば御供にはゐていかじ
いきといきて
間のと文字つよく切にいへる也。 源、蜻蛉、十八いきといきて立かへらんも心ぐるしなどおぼしわづらふ
いき所
いき通ふ
いきかくる
此たぐひ別に出す。
いけば
萬、廿ノ十九伊田弖伊氣婆(イデテイケバ)
いけども
伊勢物、五段いけどもえあはで
源、少女、廿九かの御かたざまにもえいかず 落窪、一われもいかんとの給ふ ○幾を兼たるは 金葉、雜上、小式部大江山いく野の道のとほければまだふみも見ずあまのはしだて
いく
幾。
いく春
續千、雜上
いく秋
新古、秋上
いく春風
玉、春下、定家わが身世にふるともなしのながめしていく春風に花のちるらん
いく秋風
詞、秋、好忠みよしののきさ山かげにたてる松いく秋風にそなれきつらん
いく野
拾愚、下村雨の玉ぬきとめぬ秋風にいく野かみがく萩のうへの露
いく浦
新續古、雜中
いく浦づたひ
月清、下
いく山本
續古、春上
いく村
夫、十六
いく曉
新續古、戀三、高範身をしれば是を限りのわかれとぞいく曉かしたひきぬらん
いく有明
續拾、戀三、宗尊親王今こんとたのめし人のいつはりをいく有明の月に侍らん
いく霞
夫、五、千五百番、季經はるばると雲路にかへる鴈がねをいく霞までながめやるらん
いく村雨
玉、雜三、九條左大臣女庭の面の一木の松を吹風にいくむら雨の聲を聞らん
いく朝露
詞、夏、顯季種まきしわが撫子の花ざかりいく朝露のおきてみつらん
○すべていくの下きるる詞の などにてむすびたるも見ゆ ○此條いくついくらの類 いく代いく日いく瀬いく木の類あまたかなの順をおひて次に出す。
いくいく
ゆくゆくに同じ。ユツクリの意なるべし。 宇治拾、二ノ二白米十石ばかりをお物にしてあたらしきむしろこもに折敷桶ひつなどにいれていくいくと置てくはさせければ
いくばく
何ホド、ドノクラヰの心。
いくばくか
萬、八ノ五十八吾せことふたり見ませば幾許(イクバク)か此ふる雪のうれしからまし
いくばくの
白文、四西去都門幾多(イクバク) 枕、四ノ十六西の方都門をされる事いくばくの地ぞと口すさびにしつ事など云々 古、誹諧、敏行いくばくの田を作ればかほととぎすしでの田長を朝な朝なよぶ
いくばくも
何ホドノ間モの心。
いくばくもなくて
伊勢物、七十八段御隨身舍人してとりつかはす。いくばくもなくてあけぬ 枕、六ノ一夜なかばかりにわたらせ給ひしかばいくばくもなくてあけぬ 宇治拾、六ノ五攝政殿いくばくもなくてうせ給ひにければ
いくばくもあらぬ
榮、峰の月、廿一生いくばくもあらぬに
いくばくも侍るまじ
源、葵、卅九いくばくも侍るまじき老の末に
いくばくもおはせじ
同、野分、十今いくばくもおはせじ。まめやかにつかうまつり見え奉れ
いくばくもへず
濱松、三又いくばくもへず立かへり來て
萬、九ノ卅五幾時毛(イクバクモ)いけらぬものを
いくほど
いくばくに同。
いくほどの
濱松、二われも人もいくほどの年もつもらぬに いくほどの年をへだてず
いくほどもなき
玉、雜一、慈鎭春の花をながむるままの心にていくほどもなき世をすぐさばや
いくへ
幾重。 拾、戀四、兼盛さしながらひとの心をみくまのの浦の濱ゆふいくへなるらん 千、離別、定家わかれても心へだつな旅衣いくへかさなる山路なりとも
いくへか
同、春下、匡房堀川春ふかみ井出の川水かげそへばいくへか見えん山吹の花
いくとしつき
幾年月。 新後撰、戀一、後嵯峨院心のみ限りしられぬみだれにていくとし月をしのぶもぢずり
いくとしなみ
幾年次。 續拾、雜春、澄覺法親王住吉の松のしづえの藤の花いくとしなみをかけてさくらん
いくとせ
幾年。 續古、秋上、定家袖の上枕の下にやどりきていくとせなれぬ秋の夜のつき 狹、一ノ上、廿九髮の事をいくとせを限りにおひゆかんとすらん
いぐち
兎缺。 和名、三ノ十五兎缺俗云以久知辨色立成云缺唇也
いくちとせ
幾千年。 土佐日記その松の數いくそばくいく千とせへたりとしらず
いくちよ
幾千代。 元輔藤崎の軒の岩間におふる松今いくちよの子日過さん
いくちよ
幾千夜。 拾、戀二、貫之あひみても猶なぐさまぬ心哉幾ちよねてか戀のさむべき
いくちしほ
幾千入。 拾遺員外、下山めぐる時雨のおくのもみぢばはいくちしほとかこがれはつらん
いくか
幾日。
いくかばかり
枕、六ノ十七いくかばかりこもらせ給ふべきなど問ふ
今いくかある
古、春上春日野のとぶひの野守出て見よ今いくかありて若菜つみてん
いくかもあらじ
同、春下、業平ぬれつつぞしひてをりつる年の打に春はいくかもあらじと思へば 新六帖、衣笠内大臣夫、一くれはてていくかもあらぬ年の内に猶いそぎける春は來にけり
いくかになりぬ
拾玉、四春の山に霞の袖をかたしきていくかになりぬ花の下ふし
玉、戀二、院御製くらしがたきけふのながめの心にてまたぬいくかをいかですぎけん 同、雜一、和泉式部つれづれとながめくらせば冬の日も春のいくかにことならぬかな
いくかへり
幾返。イク遍也。 源、松風、十一いくかへり行かふ秋をすぐしつつ浮木にのりて吾かへるらん 狹衣、二上、四十一今はかうだに聞えじといくかへり思ひねんじはべりつれど 夫、十四、家隆いそのかみふる野の眞葛いくかへりうつろふ秋の風うらむらん
いくよ
幾代。 新古、雜中、匡房槇の板も苔むすばかりなりにけりいく代へぬらんせたの長橋
いくよか
古、雜上住吉のきしの姫松人ならばいく代かへしととはまし物を
いくよも
續千、神祇、津守國助わかの浦にたてしちかひの宮柱いく代も守れ敷しまの道
いくよ
幾夜。 金葉、夏、顯仲鹿たたぬは山のすそにともししていくよかひなき夜をあかすらん
いく夜か
壬生、上
いく夜も
續千、秋上
いくよろづよ
幾萬代。 月清、下春といへば八重たつ霞かさねてもいく萬代をそらにこむらん
いくたり
幾人。 源、宿木、卅二いくたりもいくたりもえ給はん事ももどきあるまじければ
いくたび
幾度。 千、戀四、頼政山城のみづのの里に妹をおきていくたび淀に舟よばふらん
いくたびか
拾、戀四つの國のいく田の季吟本のいくたびかつらき心をわれに見すらん
いくたびといふ事なく
狹、二ノ下、五日にいくたびといふ事なく御使立かはりつつ參れど
いくたびばかり
後拾遺、冬、増基冬のよにいくたびばかりねざめして物おもふやどのひましらむらん 拾玉打なげきあはぬよかずのつもるかないくたびばかり夢に見つらん
いくそ
そ文字未詳。何ホド、ドノ位、カギリモナキ心也。
いくそ月日
好忠、九月中夫、卅五あじろもる宇治の川長年積りいくそ月日をかぞへきぬらん
いくその世々
後撰、雜二、枇杷左大臣みこし岡いくそのよよに年をへてけふのみゆきをまちて見つらん
いくその春
後拾、春上、道信行かへるたびにとしふる雁がねはいくその春をよそにみるらん
いくその夏
好忠、四月終夫、廿五すくもやく三穗の里人舟なれていくその夏をこがれきぬらん
いくその秋
堀川、駒迎、紀伊數しらぬ君がためにとひく駒はいくその秋かあふ坂の關
いくその稻
夫、十二、前中納言秋の田を見れば萬のこの車いくそのいねをつみわたすらん
いくその人
拾、戀四金葉、戀下あさうと金葉ましやこの下かげのいは清水忘水いくの人の影を見つらん
いくその煙
拾、戀五、有時限りなき思ひのそらにみちぬればいくそのけぶり雲となるらん
いくそばく
いくそに同。 白文、廿九芳情郷思知ソメ多少(イクソバクゾ) 古、物名花ごとにあかずちらしし嵐なればいくそばくわがうしとかは思ふ 六帖、六上夕かげにきなくひぐらしいくそばく日ごとにきけどあかぬ聲哉 土佐日記その松の數いくそばくいく千とせへたりとしらず
いくそばくか
榮、鶴林、廿九長き夜のやみをたどる人いくそばくかある
○詩に多少といへるもただ多きをいへる也。 宇治拾、四いくそばくのおかしことをして
いくそたび
幾度も數もしられぬ心也。 源、末摘、十七いくそたび君がしじまにまけぬらん物ないひそといはぬたのみに 玉葉、戀一、業平朝臣あしべこぐたななしをぶねいくそたび行かへるらんしる人をなみ
いくつ
源、葵、四十七さてもねのこはいくつをつかうまつらずべる侍らん 後拾、雜四、顯綱おぼつかなつくまの神のためならばいくつかなべのかずはいるべき
いくつら
幾行。 風雅、秋中、伏見院朝ぼらけ霧の晴間のたえだえにいくつら過ぬ天つ雁がね
いくら
何ホド也。又イササカスコシの心にもいへり。 拾玉、六旅枕しぎのはねがきかきもあへずいくら落ぬる涙なるらん
いくらばかり
拾、賀、元輔青柳のみどりのいとをくりかへしいくらばかりの春をへぬらん
いくらの千代
元輔千早ぶるいつきの宮の庭の松いくらの千代をとどめかぞへん
いくらの年
狹、三ノ中いくらの年のつもりならねど思ひしられ給ふ事おほかれば
いくらの涙
伊勢集六帖、四あふ事の君にたえにしわが身よりいくらの涙流れ出ぬらん
いくら大きさ
落窪、一四の君はいくら大きさにかなり給ひぬるかとの給へば十三四のほどにてをかしげなりといへば
いくらひささ
永久、經年戀、仲實立わかれいくらひささのたけれどもあはでも年のすぎにける哉
いくらも
古、戀三ぬば玉のやみのうつつはさだかなる夢にいくらもまざらざりけり
いくらしも
好忠いくらしもあらじと思ふ世中のえしも心にかなはぬぞうき
いくらのほども
伊勢集くれはてて春の別れのちかければいくらのほどもゆかしとぞ思ふ
いくらもさらざる
散木、上、五十八にしの宮の月のかつらのひんがにのいくらもさらざるほどにさもやさしきすみかあり
いくらばかり
枕、十二ノ八物いくらばかりにといへば 元眞君によりいくらばかりかおちぬらんつきぬは人のなみだなりけり はかもなきあととみるからうれしきはいくらばかりの涙なるらん
萬代、躬恆すぐしてし年をいくらとかぞふればゆびもいとなくおいにけるかな
いくらもいくらも
濱松、二子どもの事をいくらもいくらも見集め見あつかはまほしう云々 ○萬にいふべし。
いくむかし
幾昔。 夫、六、西行廣澤の汀にさけるかきつばたいくむかしをかへだてきぬらん
いくむすび
幾結。 夫、卅三、後九條内大臣山もとの雲の下帶ながき世にいくむすびして雁もきぬらん
いくうつり
幾移。 玉葉、雜九、爲子人も世もおもへばあはれいくむかしいくうつりして今になりけん
いくのちのよ
幾後世。 拾玉、一かねて思へ限りしられぬ恨み哉いく後の世かむくいはつべき
いくくもゐ
幾雲井。 後拾、別いかばかりそらをあふぎてなげくらんいく雲ゐともしらぬ別を 千、春上、成仲かへる雁いく雲居ともしらねども心ばかりをたぐへてぞやる
いくくすり
生藥。 拾遺、別、戒秀法師龜山にいくくすりのみありければとどむるかたもなきわかれかな 夫、家隆卿君がためよもきがしまもよりぬべしいくくすりとる住吉のうら
いくこゑ
幾聲。 風雅、春中、尊氏人もなき深山のおくの呼子鳥いくこゑなかばたれかこたへん
いくさ
軍。士卒をいふ。 萬、二ノ卅四あづまの御軍士(ミイクサ)をめし給ひて 夫、卅五いくさ見て矢はぎの浦のあればこそやどをへだてて人はいるらめ
たけきいくさ
萬、廿ノ十八いさみたるたけきいくさとねぎ給ひ
いらなきいくさ
宇津保、藤原の君、廿天下のいらなきなきいくさなりとも打かちなんや
こはきいくさ
神武紀、十三勁軍(コハキイクサ) 宇治拾、八ノ十おそろしきけしきしたる軍の鎧冑きて
いくさよばひ
軍塲にときをつくるをいふ。 盛衰、四十八耳に聞ゆる物は矢さけびいくさよばひの聲のみなり 同、をめきさけぶ事おびただし。軍よばひにもおとり候はず
いくさのその
軍園。 増鏡正成は聖徳太子の御墓の前を軍のそのにして
いくき
幾木。 長秋詠藻おしてるや濱の南の松原もいくきの千君を代にそふらん
いくき
幾寸。馬のたけにいふ。 詞、秋、匡房あふ坂の杉間の月のなかりせばいくきの駒といかでしらまし
いくめ
幾目。はかり目也。 露をおもみたえぬばかりの青柳はいくめかけたるこがねなるらん
いくめぐり
幾囘。 玉葉、秋下、俊成哀れとはわれをも思へ秋の月いくめぐりかはながめきぬらん
いぐし
串は玉幣などを作る料のなかきと小竹(シノ)也。いぐしは齋串(イミグシ)の畧也とぞ。はらへに用る也。 萬、十三ノ四五十串(イグシ)たてみわすゑまつる神ぬしのうずの玉かげみればともしも 堀川散木、上ノ卅三初苗にうすのたまへままをとりそへていぐしまつらんとしつくりえに 堀川、基俊夫、九みな月の清き河原にいぐしたてはらふ事をぞ神うけつらしはらふる事を神はうくらん 夫、五、師光ますらをがうなての道にいぐしたて水國まつるほどはきにけり 萬代、基俊から衣たつたの川にいぐしたて神さびわたるわがこひぢかな 隆信みそぎするいぐしのしでの風すぎてすずしくなりぬみなづきの空 さほ川のたえぬながれにいぐしたていのるみそぎも君が代のため
いくしほ
(シホ)。一入二入など物染る事也。萬にいへり。 松に 拾、雜上伊勢集にのみひちたる松の深みどりいくしほとかはしるべかるらん波。ひたれる伊勢 小大君染かへしいくしほへてかいそのかみおふる松葉をむすびおく哉 藤に 中務住吉の岸の藤なみ春深みいくしほにかはいろまさるらん
いぐひ
延喜式伊具比魚
いくひろ
幾尋。 枕、一ノ十六ならの木のはるかに高きがたてるを常に見ていくひろかあらんなどいふに ○尋は八尺なりとぞ。
いくひささ
幾久。ドレホドノ久シサの心也。 萬、十一ノ廿二、作者未詳拾、戀二、人丸あひ見ではいくひささにもあらねども年月のことおもほゆるひさしさ。なくに。かも 六帖、五上いくひささ我ふりぬるや身にそへる涙ももろくなりにける哉 壬生、上夕ぐれは猶たのむ哉忘られていくひささにもならぬわかれを
いくせ
幾瀬。 金葉、戀下、橘俊宗女めづらしや岩間によどむ忘れ水いくせを過て思ひ出らん
いや
彌の字の心也。
いやはるばる
後撰、戀三見ぬほどに年のかはればあふ事のいやはるばるとおもほゆる哉
いやはかな
古、戀二、業平伊勢物、百三段ねぬる夜の夢をはかなみまどろめばいやはかなにもなりまさる哉
いや遠ざかる
古、戀五あしべより雲井をさしてゆく雁のいや遠ざかるわが身かなしも
いやかたまれる
古、長歌、躬恆六帖、四あられみだれて霜氷いやかたまれる庭の面に
いや高き
拾、長歌、人丸此川のたゆる事なく此山のいやたかからし 元輔夫、廿一さざれ石いはほとなれば播磨なるいやたかの峯いやたかになる
いやつもる
紫式部集春なれどしらねのみゆきいやつもりとくべきほどのいつとなき哉
いやふきいやたち
土佐いやふきにいやたちに風波のあやふければ
いやふり
夫、三春雨はいやふりにけり川邊なるゐくひの柳なはへするまで
いやまさり
落窪、一雨はいやまさりにまされば 同、四すべき事はすごさずいかめしうし給へば御徳はいやまさりにまされば 伊勢物、四十段思ひはいやまさりにまさる 拾、戀二わが戀は猶あひ見てもなぐさまずいやまさりなる心ちのみして
いやまし
三代實録、卅ノ十五天下愈益(イヤマシ) 伊勢物、三十三段あしべよりみちくる汐のいやましに君に心を思ひます哉 夫、二十三、中務親王いやましに夜寒にもあるか浪のうつ衣の島の秋の浦風
いやますます
宇津保、俊蔭時にあすらいやますくすに怒りていはく かかるほどに此母君わびしき事はいやますますに覺えて
いやさかゆ
續後拾、賀、俊光君が代は千とせ五百とせかさねてもいやさかゆべき益原の里
いやめづらし
風雅、春上人ごとに折かざしつつあそべどもいやめづらしき梅の花かも
いやはかな
萬代、冬、知家あだなりとうつろふ秋を見しほどにいやはかなにもちる木の葉かな
いやとほざかる
源、玉鬘、八京のことはいやとほざかるやうにへだたり行
いやまし
萬、十二、十一霜の上にあられたばしりいやましにあれはまゐこむとしのをながく 玉葉、冬、前大僧正道玄あまをぶねさしてみちくるゆふしほのいやましになく友千どりかな
いやまさり
萬代、戀三、法印良印なにはがたあしべをさしてみつしほのいやまさりにぞひとはこひしき 伊勢物いやまさりにのみおぼえつつ
いやをこ
古事記いやをこにして云々 傳、三十二ノ七十一いやは(イヤ)なり。(イヨ)の意とは少異也。最を伊夜と訓べきこと六、二十八葉にいへり
いやしきふる
續拾、冬、頼氏眞柴かる道やたえなん山がつのいやしきふれるよはのしらゆき
いやいとこ
和名、二ノ十五九族圖云再從兄弟和名伊夜伊止古 ○俗にいふ又いとこ也。
いやとこしへ
イヨイヨ長久ニの心也。 夫、卅四、知家世々かけていはふみむろの神やつこいやとこしへにいのりまつらん
いやとしのは
年のはは年ゴトニ也。 萬、十ノ十一春霞たつ春日野を行かへりわれはあひ見いやとしのはに 同、十七ノ卅六新勅、旅、家持ふせの海沖つ白浪ありかよひいやとしのはに見つつしばん 同、神祇、荒木田延成八重榊しげき惠の數そへていやとしのはに君をいのらん
いやつぎつぎ
萬、一ノ十六彌繼嗣爾(イヤツギツギニ)あめのしたしろしめししを 新後、神祇、法皇すべらぎの神のみことをけきつるいやつぎつぎに世を思ふ哉
いやめ
涙ぐみたる目つきをいふ。早蕨のも薫の涙がちなるさま也。 手習の抄中將の又來るに催されて娘の事を思ひ出る也
いやめになる
源、早蕨、四あたらしき年ともいはずいやめになんなり給へると聞給ひても
いやめに物す
同、手習、廿八いとどいやめに尼君は物し給ふ
いやめに思ひやる
榮、本の雫、廿四おく山の鹿もいとどいやめに思ひやられよろづ哀れに心ぼそき夕ぐれ云々
いやめなる
源、東屋、六十三つつむとすれど打ひそみつつなくを云々なぞかくいやめになるとにくくをこに思ふ。老たるものはすずろに涙もろにある物ぞとおろそかに打思ふりなけり
いやめなる兒
榮、淺緑、七北方ともすればいやめなる兒どものやうに打ひそまれ給ふ
いやめのけしき
源、蜻蛉、十三人にはただ御病の重きさまにのみ見せてかくすずろなるいやめのけしきしらせじと云々
いやし
賤。 萬、十九、四十四伊也之伎屋戸(イヤシキヤド) 神代紀、上ノ廿鄙矣(イヤシキカナ) 伊勢物、八十四段身はいやしながら母なん宮なりける
いやしき
竹取御子の君千日いやしきたくみらともろともおなじ所にかくれゐ給ひて 源、東屋、三守もいやしきひとにはあらざりけり
いやしく
同、十五いやしくことやうならんなにがしらが女子をこそ云々
いやしからず
同、十四いやしからずめやすきほどの人の 伊勢物、八十九段むかしいやしからぬ男 源、帚木、七もとのねざしいやしからぬがやすらかに身をもてなしふるまひたる
枕、十ノ廿二いかにいやしく物をしみせさせ給ふ宮とて
いやしきいさめ
賤諫。謙していふ詞也。 源、帚木、廿四なにがしがいやしきいさめにてすきたはめらん女には心おかせ給へ
いやしきな
賤名。罪せられて官位の下れる故にしかいへり。 後撰、別平のたかとほがいやしき名とりて人の國へ罷りけるに云々 同、旅ある人いやしき名とりて遠江の國へまかるとて云々
いやしうも
かりそめにてもなどいふ心なりとぞ。 源、東屋、十五いやしくことやうならん。なにがしらが女子をこそいやしうも尋ねの給ふめれ
いま
常いふ今也。 六帖、六下花櫻いまさかりなりと思ひこしかざしにしてばちらばちるとも
今は
二樣あり。
今はかくと
今は限り
今に
二樣あり。以上共に別に出す。
いまはた
新古、秋上、具平親王夕ぐれは荻ふく風の音まさる今はたいかに寐覺せられん
いまとなりて
源、總角、廿三年頃も人に似ぬ御心よせとのみの給ひわたりしを聞おき今となりてはよろづにのこりなくたのみ聞えて
いまをさかり
新後拾、春下、前右大臣時のまにうつろひやすき花のいろは今をさかりと見るそらもなし
いまか
續後拾、冬、越前有明の月のでしほの湊舟今かいるらん千鳥なくなり
いまから
源、松風、十八今からの御もてなしのおぼつかなう侍らんは心づくしに云々
いまより
狹衣、二ノ上、十六大方今より硯にもむかひさぶらふまじきにや 新古、賀、大貳三位相おひのをしほのやまの小松原いまより千代のかげをまたなん 後撰、秋中大かたにおくしらつゆも今よりは心してこそ見るべかりけれ
いまより後
白文、十九ノ一向後(イマヨリノチ) 源、總角、十五今より後もただかやうにしなさせたまひてよ 新葉、戀一色に出てくるしき物としりぬれば今より後や涙つつまん 神代紀、下ノ卅從今以往(イマヨリユクサキ)
いまだに
源、夕顏、卅四つきせずへだて給へるつらさにあらはさじと思ひつる物を今だに名のりし給へ 新葉、戀一、經高はては又いかに忍ぶの摺衣今だにかかる露のみだれを
いまぞ
源、明石、卅四今ぞまことに身もなげつべきここちする 古、秋上春霞かすみていにしかりがねは今ぞなくなる秋霧のうへに
いまの
源、浮舟、五十八女は今のかたに今すこし心よせまさりてぞ侍りける。それにねたみてつひに今のをば殺してぞかし 續千、戀三、基祐後とだにたのめもおかば別ぢの今のつらさはなぐさみなまし
いまのほど
源、少女、卅二今のほど内に參り侍りて夕つかたむかへに參り侍らん
いまの間
いまや
二樣あり。共に別に出す。
いままで
拾、戀五忘れぬる君は中々つらからで今までいける身をぞうらむる 伊勢物、百七段男いといたうめでて今までまきてふばこにいれてありとなん 狹衣、一ノ下、十二今まで參らざりつるをけふはかはるしるしも御覽ぜられんとてなん
いまこそ
古、雜上今こそあれわれもむかしは男山さかゆく時もありこし物を
いまさへ
拾遺愚、下たのみこししるしもみつの川よどに今さへ松の風ぞさびしき
いましも
源、横笛、廿一今しも事のついでに思ひ出たるやうにおぼめかしうもてなして 續古、五、堀河女御すぎにける年月何を思ひけん今しも物のなげかしき哉
いましは
しは助字今は也。 萬、四ノ卅一あら玉の年のへゆけば今しはとゆめよわがせこわが名のらすな 古、戀五六帖、六上今しはとわびにし物をささがにの衣にかかりかけて六帖われをたのむる
いまも
古、夏五月まつ山郭公打はぶき今もなかなんこぞのふる聲
いまもかも
同、春下今もかもさき匂ふらん橘の小島のさきの山吹の花二ツのも文字助字也
今の代
竹取今の代にも昔の代にも此河はたはやすくなき物なりけり
今の上
當今を申奉る。 源、少女、四十八帥の宮と聞えし今は兵部卿にて今のうへに御かはらけ參り給ふ
今后
同、葵、初今きさきは心やましうおぼすにや内にのみさぶらひ給へば
今宮
同、竹川、卅八年頃ありて又男みこうみたまひつ。云々御門まして限りなうめづらしと此今宮をば思ひ聞え給へり
今姫君
同、螢、十五玉かづらの事をその今姫君はようせずばじちの御子にもあらじかしすべてただ古きにむかへていへる也
今内裏
枕、一ノ十六今内裏のひんがしをば北の陣とぞいふ燒亡の後の新造内裏をいふ也とぞ
今やう
今參り
今さら
今めく
これら別に出す。
いまより
續古、秋上、覺仁法親王今よりは雲ゐの雁も聲たてて秋風さむくなりまさるなり 同、雜秋、教定今よりはすずしくなりぬ片岡のしのの葉分の秋の初風 新後撰、春上、入道前太政大臣今よりはわかなつむべきふる里のみかきが原に雪はふりつつ 玉葉、秋下、後二條院御製いまよりは衣うつなり秋風の寒きゆふべの岡のべの里 萬代、秋上、延喜御製秋風も吹立にけりいまよりはくる雁がねのおとをこそまて 同、同、爲綱今よりのねざめの空の秋風にあはれいかなるものかおもはん
いま
是は添へ加ふる心、俗のモットに同く、今少はモチツト、今一度はモウ一ド也。又コノ上、コレカラ、の心もあり。 古、離別六帖、四えぞしらぬ今心みよみん六帖命あらばわれやわするる人やとはぬと 竹取あたひのこがね少しとこくし使に申ししかばわうけいが物はくへて買ひたり。今こがね五十兩給はるべし 源、松風、二十あさましうおぼゆれど今こと更にと打けざやぎて參りて
いまいちど
狹、二ノ下、五今一度見んともおぼさぬにや
いまいつ迄
新葉、雜下、信賢壁のうへにおふなる草の名を聞も今いつ迄の露のやどりぞ
いまいくほど
續拾、戀二、爲家たのまじなあふにかへんと契るとも今いくほどの老の命は
いまいくへ
玉、冬、經平した氷る深山の雪のけぬがうへに今いくへとかふりかさぬらん
いまいくとせ
新古、雜上、讚岐むかし見し雲ゐをめぐる秋の月今いくとせか人にかたらん
いまいくか
千、夏、資方をちかへりぬるともきなけ郭公今いく日かは五月雨のそら
いまいく夜
拾、哀傷朝ごとにはらふちりだにある物をいまいくよとてたゆむなるらん
いまいくたび
六帖、四伊勢集露かかる菊の中なるあしたづは今いくたびの千代そふらん伊勢
いまいく秋
金葉、雜上、基長ますら男は山田の庵に老にけり今いく秋にあはんとすらん
いまいくしほ
玉、秋下、教良染やらぬみむろの山のうす紅葉いまいくしほの時雨まつらん
いま一時
新後、戀三、國信心ある鳥の音ならばいかばかり今ひと時もうれしからまし
いま一とせ
拾、雜春、躬恆春たつと思ふ心はうれしくて今一とせの老ぞそひける
いま一たび
源、帚木、十六うはべの筆きえて見ゆれど今一たびとりならべて見れば猶じちになんよりける 同、蜻蛉、五此けがらひなど人のいみ侍るほど過して今一たび立より給へといひてなく
いま一ふし
風雅、戀四、俊冬いかにせんつねのつらさはつらさにて今一ふしの更にそふころ
いま一聲
拾、夏公忠六帖、六下行やらでやま路くらしつ郭公今一こゑのきかまほしさに
いま一枝
新拾、春下、源道濟又見せん人しなければ櫻花今一えだををらずなりぬる
いま一坂
續千、神祇、定資のぼるべき跡をもすてじ春日山今ひとさかは神にまかせん
いま一さかり
續後拾、雜上、景綱老が世の昔にかへるはるならば今一さかり花は見てまし
いま一きは
拾玉、三つきもせず物おもふことはたえねども今一きはは有明のそら
いま一しほ
古、春上、宗于常磐なる松のみどりも春くれば今一しほの色まさりけり
いまひとつ
源、手習、五十九きしかたの忘れがたくてかやうに參りくるに又今ひとつ心ざしをそへてこそなどの給ふ
いまひとり
同、浮舟、五十八侍從とふたりして右近詞云々といふに今ひとり侍從詞云々 宇治拾、十一ノ十五二人ありければ今ひとりが云々
いまひとへ
源、明石、四十一御身になれたるどもつかはすげに今ひとへ忍ばれ給ふべき事をそふるかたみなめり 同、浮舟、七十よべ一ことだに聞えずなりしは猶今ひとへまさりていみじと思ふ
いま千重
宇津保、俊蔭ましてちかく見ては今ちへまさりてあはれにかなしくおぼえて
いま千とせ
後拾、春上、和泉式部引つれてけふは子日の春に又いまちとせをぞのべに出つる
いま萬代
拾、賀、能宣位山みねまでつける杖なれば今萬代の坂のためなり
いま二夜
新續古、戀三、重家戀しさはつかのまだにもわりなきを今ふた夜迄ひとりねよとや
いま一よろひ
いま二つ
宇津保、初秋、下、九十五今ひとよろひには云々二つには御くしの調度すゑ云々
いまこん年
新拾、秋上、内大臣たなばたのあかぬ別れのかへるさに今こん年をまた契るらん
いま少し
宇津保、國讓、上、四十七いとあつければほど遠くては物せず今すこしすずしくなりなん時など云々 同、下、廿すだれのもとに木丁たてしとねさし出てある大將今すこしちかくよらせ給へ 源、花宴、三ひとをれけしきばかり舞ひ給へるに云々頭中將云々柳花苑といふまひを是を今すこし打すぐして 同、澪標、卅三うへの今すこし物おぼししるよはひにならせ給ひなば 枕、五ノ六五せちの所にまことめづらしき中にわらはは今すこしなまめきたり
いま二日
萬、八ノ五十わが宿の萩の花さけり見にきませ今二日(バカリ)あらばちりなん
いましばらく
宇治拾、八ノ十三汝はもとうけたる所の命は今しばらくあるべけれども
源、玉鬘、卅九今すこしひかり見せんや 新古、戀三、入道前關白太政大臣我ばかりつらさをしのぶ人やあると今世にあらば思ひあはせよ
いま
是はヂキニ アヒモナク オツツケなどの心也。 宇津保、國讓、下、廿二仲忠侍る所も今いとひろくなりぬべし今そこに御むかへせん 同、藏開、中、四十一今廿五日ばかりに御むかへに參りこん 源、蜻蛉、七今御みづからもおはしましなん 六帖、二つの國のまちかね山の呼子鳥なけど今くといふ人もなし 古、戀四、素性六帖、五ノ上今こんといひしばかりに長月の有明の月を待出つる哉 古、戀四云々いままうでく。あめのふるをなん見わづらひはべる云々 同、別、行平たちわかれいなばのやまのみねにおふるまつとしきかばいまかへりこん
今や今や
いま行末
二樣あり。
いま只今
以上別に出す。
千載、戀三、上西門院兵衞よひのまもまつに心やなぐさむと今こんとだにたのめおかなん 新古、戀四、通具今こんとちぎりしことは夢ながら見しよに似たる有明の月
いまいま
今々ヂキニヂキニの心。俗の今ニ今ニ也。 落窪、四うたて物うくおぼえて今々といひて更に思ひもたたねば
いまいま
是はハヤクハヤクモウカモウカの心。次の今や今やに同。 六帖、五上今々とわがまつ妹はすずか山吹こす風もはやもきななん
いまいま
是は死ぬるきはに時をまつ詞。次の今はに同。 古、哀道中にて俄に病をして今々となりにければ云々 宇津保、ただこそよるひる思ひ侍らふナシ人の今々とする迄云々ましてかの遺言を思へば 故君の今々となり給ふ迄にの給ひ置しことにしたがはましかば
いまいまし
本語はイミイミシ也。次のいみじに同。
いまいましう
源、桐壺、十三いまいましうかたじけなくなどの給ふ
いまいましき物
狹、一ノ上、廿一月日の光りにもあてじとあやふくいまいましき物に思ひたるを
いまいましげ
原本書名脱中將の君中納言になり給ひにけり。大殿これをいまいましげにおぼしたれど ○此以下いみ嫌ふわろき事にいへり。
いまいましう
源、葵、四十四日ごろの御物語のどかに聞えまほしけれどいまいましうおぼえ侍ればしばしこと方にやすらひて參りこん 榮、みはてぬ夢、廿九御讀經御誦經など只今あるべきならず事のはじめなればいまいましうおぼされてせめてつれなうもてなさせたまひて
いまいましく
源、松風、八ゆゆしきまでかく人にたがへる身をいまいましく思ひながら
いまいましき身
同、桐壺、十五かくいまいましき身のそひ奉らんもいと人聞うかるべし凶服の身をいふ
いまいましき日
同、葵、四十七あすのくれに參らせよけふはいまいましき日なりけりと打ほほゑみての給ふ
いまいましきありさま
同、御幸、廿一聞えんにもいまいましきありさまをけふはしのびこめ侍れどさる方にてもながきためしばかりをおぼしゆるすべやとてなん
源、柏木、廿八なにか女にものし給はばこそおなじすぢにていまいましくもあらめ 宇治拾、十二ノ十三さまにも似ずいまいましといひければなどかかならずさまに似ることかとて 著聞、五ノ五十五いまいましきえせものにてなんはべりけれども 同、十一ふるき繪のいまいましげにやぶれたるを 同、十五もし不慮の事もあらば公私いまはしかりぬべし
いまは
今は。 宇津保、藤原君かく人のいましむる五月はいぬ。今はかの事なし給へ 拾、戀四、人丸ちはやぶる神のいがきもこえぬべし今はわが身のおしけくもなく 後撰、戀六たえざりし昔だに見し浮橋を今はわたると音にのみきく 源、末摘、十三今は淺茅わくる人も跡たえたるに
いまは
今ハ限リの限りをはぶきたる詞也。心同。
いまはと
貫之つなでとき今はと舟をこぎ出ば我は浪ぢをこえやわたらん 源、榊、初大將の君さすがに今はとかけはなれ給ひなんもくちをしうおぼされて
いまはとゆく
伊勢物、十六段今はとゆくをいと哀れとおもひけれど貧しければするわざもなかりけり
いまはとてまかる
同、同友だちのもとにかうかう今はとてまかるをなにごともいささかなる事もえせでつかはす事とかきて
いまはとて
古、戀五、小町今はとてわが身時雨にふりぬればことのはさへにうつろひにけり 六帖、五下今はとてかへすことのはひろひおきてわが物からやかたみと思はん 源、總角、初いまはとてぬぎすて給ふほどの御とぶらひ服のあきたる折の事なり
いまはの心
六帖、五上あけぬとて今はの心つくからになぞいひしらぬ思ひそふらん
いまはてふ心
後撰、戀二かれ方になりける人に云々「今はてふ心つくばの山見れば梢よりこそ色かはりけれ
いまはの露
新後拾、戀四、太上天皇たのみこし淺茅が末に秋くれて今はの露を袖にかけつつ
玉葉、雜一、忠良はかなくてわが世すぎぬとながむれば月も今はか西の山のは
いまは
是も心は同。死にのぞむ折をいふ。
いまはとなる
源、桐壺、十三故大納言今はとなる迄ただ此人の宮づかへのほいかならずとげさせ奉れわれなくなりぬとてくちをしう思ひくづほるなと云々
いまはのきざみ
同、夕顏、卅五今はのきざみにつらしとや思はんと
いまはの夕
同、幻、五かく今はのゆふべちかき末にいみじき事のとぢめを見つるに
いまはのかぎり
同、同、十二末の世に今はの限りのほど近き身にてしも
いまはかくと
今は斯と也。今は限りに同。 榮、本の雫、一かくはてさせ給ひぬれば院は聞召ていそぎわたらせ給へれど今はかくと聞召て御顏にひとへの御ぞの袖をあてて云々 宇治拾、十一ノ十五おこしたてず頭を又打わりてけり。今はかくと思ふほどに三人ありければ今一人が云々しふねくはしりかかりて來ければ
いまはかうと
同、十三、廿一水門のあるより引出しつ。外に出れば犬はうせぬ。今はかうとおぼして足のむきたる方へはしり給ふ
いまはかぎり
今は限り。モハヤコレギリ也。死ぬるきはにもいへり。 古、秋下ちらねどもかねてぞをしきもみぢばは今はかぎりのいろと見つれば 詞、戀下元輔うきながらさすがに物のかなしさは今は限りと思ふなりけり 源、夕顏、卅六惟光もなくなく今は限りにこそは物し給ふめれ 同、蓬生、九更に思ひ出給ふけしき見えで月日へぬ。今は限りなりけり 古、哀傷、滋春大和物かりそめのゆきかひぢとぞ思ひこししを今は限りのかどでなりけり
いまはじめたる
今初めたる。事アタラシキ心也。俗の今ニハジメヌコトナガラといへるにも語意同。 源、少女、三今はじめたる御心ざしにもあらず 濱松、四いみじういまだあえかなりと見ゆれど子などありけるは今はじめたる事にはあらねども打見奉ごとに猶たぐひもあらじと見えたまふ御ありさまのうつくしさは
いまはじめたらん
源、榊、八あさましき見のありさまを今はじめたらんやうに
いまに
今に。 伊勢物、卅二段いにしへのしづのをだまきくりかへしむかしを今になすよしもがな
いまに
是は今モツテの心也。 源、槇柱いかなりける事ならんと今に心得がたく思ひける 同、横笛、廿一今に其故をなんえ思ひ給へより侍らねば 同、浮舟、五十九ままも今に戀なき侍るは云々 著聞、二ノ廿六御影像を等身に圖繪して今に勝林院に安置せられたるなり
いまかいまか
萬、十二ノ四わがせこをいまかいまかとまちをるに 同、廿ノ十四秋風にいまかいまかとひもときてうらまちをるに月かたぶきぬ
いまから
源、葵、廿三いまからいとさまことにもてかしづき聞え給ふさまおろかならず
いまだ
未。 繼體紀、八はしけくも伊麻娜(イマダ)いはずてあけにけりわぎも 萬、九ノ十未冬(ナリ) 同、廿ノ五十七伊麻太(イマダ)冬なり 古、春上梅がえにきゐる鶯春かけてなけどもいまだ雪はふりつつ 同、夏、讀人しらず伊勢集けさ來なきいまだ旅なる郭公花たちばなに宿はからなん 宇津保、國讓、中一ノ八宰相もいみじうなき給ふおまへにはいまだ出給はず 枕、十ノ廿一今作らせ給へれば木立などの見所あるはいまだなし 同、廿五いまだくらくてよくも見侍らざりつるを 萬、十七ノ四伊末太見ぬ人にもつげん
いまただいま
今只今。今ヂツキニの心。 源、空蝉、十今ただ今立ならび給ひなん 落窪、一今只今とりに奉らん 今ただ今して奉らん
いまぞしる
古、雜一伊勢物、四十三段今ぞしるくるしきものと人もまた里をばかれずとふべかりけり 後撰、戀一今ぞしるあかぬわかれの曉は君もこひぢにぬるるものとは 新古、戀四、西行今ぞしるおもひ出よとちぎりしはわすれんとてのなさけなりけり 萬代、戀三、仲綱今ぞしるあひそめ川の水上はたえずながるる涙なりけり 同、戀五、土御門院、伯耆今ぞしるうらみおこせしことの葉はならひてわれにかけとなりけり 月詣、四、爲業いまぞしる袂の色のくれなゐはつれなき人のそむるなりけり
いまのま
今の間。サシアタツタ、今シバシノ内の心。 後撰、戀一あはざりし時いかなりし物とてかただ今のまも見ねば戀しき 源、夕霧、廿八いとほしさに今の問いかにと聞えたりつるなり 同、宿木、四十六今のまも戀しきぞわりなかりける 續古、雜下、通氏ながらへてものはおもはじいまのまのうきにかぎれるいのちなりせば
いまや
常の今や也。 拾、秋、貫之あふ坂の關の清水に影見えて今やひくらん望月の駒
いまや
是はモウカと待心也。 後拾、冬、慶尋法師こし道もみえず雪こそふりにけれ今やとくると人はまつらん 玉葉、夏、前大僧正道潤なきぬべき雪のけしきに待なして今やと頼むほととぎすかな
いまやいまや
モウカモウカ也。 枕、八ノ十心もとなき物。見にいそぎ出て今や今やと苦しうゐ入りつつあなたを守らへたる心ち 詞、戀下たのめたりける男を今や今やと待けるに云々。和泉式部歌 玉葉、戀一、躬恆あふことをいまやいまやとまつの紀のときはに人をこひわたるかな
いまやう
今樣。俗には今當世と云り。
いまやうは
蜻蛉日記、中ノ中、十三あはれいまやうは女もずず引さげ經引さげぬなしと聞しとき 枕、一ノ七法師の行のくるしき事をいへる所に、云々是はむかしの事なり。今やうはやすげなり
いまやうの三とせご
同、十ノ七さかしき物。今やうのみとせご
いまやうの人
狹、三ノ上、十七今やうの人はをさなうよりあるべかしうこそあれ。是はいかなるにか
いまやうの事
源、東屋、七人のをさをさゆるさぬ事なれど今やうの事にてはとがめあるまじう云々 同、胡蝶、十三今やうのことのびんない事し出などするをのこのとこにしもあらぬ事なり
いまやうだつ
同、手習、廿三山ごもりの御うらやみは中々今やうだちたる御物まねびになん
いまやうはながくてくせつきたる
いまやう
是はうたひ物也。 禁祕抄、中ノ十一諸藝能事云々又後白河今樣無比類御事也 平家物、一ノ十一まづ今樣ひとつうたふべしとの給へば佛御前承りさぶらふとて今やうひとつぞうたふたる。「君をはじめて見る時は云々
いまやういろ
今樣色。染色也。紅梅のこきをいふ也とぞ。 源、末摘、三十今やういろのえゆるすまじうつやなうふるめいたる直衣の 同、玉鬘、四十四紅梅のいと紋うきたるえび染の御こうちぎ今やういろのいとすぐれたるとは此御料紫上の召給ふべき料也
いまやううた
今樣歌。ハヤリ歌なるべし。 狹、四下、十此ごろわらはべの口のはにかけたるあやしの今やう歌どもをいとしらじらしき聲にてうたひてすぐるけしき云々 紫日記わかやかなる君たちいまやううたうたふる
いままゐり
今參。新參也。 延喜隼人式、廿七番上隼人四人及今來(イママヰリ)隼人十人 源、東屋、卅五西の方に例ならぬわらはの見えつるをいままゐりのあるかなどおぼしてさしのぞき給ふ 同、蜻蛉、八下すなどをうたがひ今參りの心しらぬやあると問へば 同、浮舟、五十一今參りはとどめ給へ 枕、二ノ九今參りのさしこえて物しり顏にをしへやうなる事いひうしろみたるいとにくし 同、十一ノ一まだうひうひしきほどなる今參りどもいとつつましげなるに
いまさら
今更、今トナツテの心。 源、若菜、卅七今更など忍び給ふらん 續古、雜下、基良ますかがみしらぬ翁は見なれにき今さらたどるおもかげはうし
いま更に
萬、四ノ十五今さらに何をか思はん打なびき心は君によりにし物を 古、夏今更に山へかへるな郭公聲の限りはわが宿になけ 同、秋下かれる田におふるひつぢのほに出ぬ世を今さらにあきはてぬかと 同、戀四六帖、四いつはりと思ふ物から今さらにたがまことをかわれはたのまん 六帖、五上今さらに思ひ出じと忍ぶれどこひしきにこそ忍びわびぬれ 元輔みなかみにいのりかくとも今さらにたちかへらめや沖津白浪 忠見飛鳥川淵瀬かはらぬ今さらにむかしがたりの名ぞ流れぬる 源、夕顏、十今更に見ぐるしかるべしと思ひはなれたり 同、柏木、七今更に此御事よかけても聞えじ 同、蜻蛉、七今更に人のしり聞えさせんもなき御ためには中々めでたき御すくせ見ゆべきことなれど
いまさらなる
紅葉賀、廿三今更なる身の耻になんとてなくさまいといみじ
貫之年たてば花てふべくもあらなくに春今さらに雪のふるらん
いまゆくすゑ
今行末。コレカラ行末也。 拾、賀、朝忠萬代の初とけふをいのり置て今行末は神ぞしるらん 源、澪標、八相人のことむなしからずと御心の内におぼしけり。今行末のあらましごとをおぼすに 六帖、四貫之あふことを月日にそへてまつ時は今行末になりぬとぞ思ふ此今はハヤウ ヂキニの心也
いまめく
今めく。當世メカス、風流ニ當世メイタルなどをいふ。 源、葵、十二かの源内侍のすけなりけり。あさましうふりがたくも今めくかなとにくさに云々
いまめき
同、帚木、廿三今めきたる物の聲なれば清くすめる月に折つきなからず 同、紅梅、三北の方いとはればれしう今めきたる人にて 同、手習、卅一尼君はやうは今めきたる人にぞありけるなごりなるべし 同、末摘、十四(キン)の事をすこし今めきたるけをつけばやとぞみだれたる心には心もとなく思ひゐたる
いまめける
宇津保、藏開、下、卅四いと哀れに今めける御ことありける物を云々
いまめかし
右に同。 源、若紫、十六あな今めかし此君や世づいたるほどにおはするとぞおぼすらん
いまめかしく
宇津保、樓の上、下ノ七十おぼろげにはたいなどにもつれづれに人々おぼすらんに今めかしく物し給へ 源、空蝉、七碁うちつる君こよひはこなたにと今めかしく打かたらひてねにけり
いまめかしう
源、鈴蟲、十七中宮は中々まかで給ふ事もいとかたうなりてただ人の中のやうにならびおはしますに今めかしう中々昔よりも花やかに御遊びもし給ふ 枕、九ノ五いと今めかしう身のほど年にはあはずかたはらいたし
いまめかしき事
宇津保、樓の上、下、卅四いかでむかしの世中の事をかけじとの給へばただ今めかしき事の限りもおぼえ給ふなるかなとて云々 源、鈴蟲、六そぐとおぼししかどよのつねならざりけるなまいて今めかしき事どもくははりたればゆふべの寺におき所なげなるまで所せきいきほひになりて 同、紅梅、十五世の人も時による心ありてやさし。むかひたる御方々には心をつくし聞えわび今めかしき事多かれどこなたは萬につけ物しめやかに 同、花宴、十四おくまりたるけはひたちおくれいまめかしきことを好みたるわたりにて
いまめかしき手本
源、若紫、五十一ふくよかにかい給へり。故尼君のにぞ似たりける。今めかしき手ほんならはばいとようかい給ひてんと見給ふ
いまめかしきに
同、帚木、十五時につけつつさまをかへて今めかしきに目うつりてをかしきもあり
いまし
儒書に乃の字をよむは是か。或は今といふ意也といへり。 土佐日記いましはねといふ所にきぬ いのるしるしありて波風たたずいましかもめむれゐてあそぶ所あり 遊仙窟向來(イマシ)(ベシ)漫劇(タハブレタル) 向來知道徑是はコノ上の心の今なるにや 風雅、秋中、關白右大臣いましはやまたるる月ぞにほふらしむら雲しろき山のはの空
いまし
(イマシ、ミマシ)古事記傳、四ノ二十丁、六ノ六丁萬、十四ノ五するがのうみおしへにおふるはまつづらいましをたのみははにたがひぬ
いましむ
教戒の戒、制禁の禁也。心をつけよと教へさとす意、又忌み禁ぜる意也。 源、帚木、廿四すきたはめらん女には心おかせ給へ。あやまちして見ん人のかたくななる名をもたてつべき物なりといましむ
いましむる
宇津保、藤原君かくて人のいましむる五月はいぬ。今はかの事なし給へ忌禁する意也
いましめ
枕、四ノ廿八木守に雪山守らする所にこれがうしろめたきままにおほやけ人すましをさめなとしてたえずいましめにやり七日の御せつくのおろしなどをやりたれば云々 同、十ノ廿六さてもねたく見つけられにける哉。さばかりいましめつる物を 狹、二ノ上、十九若無比丘と佛のせちにいましめ給へるよ 源、繪合、八すぐれたる上手どもをめしとりていみじういましめて又なきさまさる繪どもをになき紙どもにかきあつめさせ給ふ 同、竹川、七若きをのこどもはさるべき事には召つかはせ給へ。必そここころざし御覽ぜられよといましめ侍るなど聞え給ふ
いましめ
體の詞。 源、桐壺、廿一宮の打にめさん事は宇多の御門の御いましめあればいみじうし給ひて制禁の心也 同、明石、九物の告しらする事侍りしかば云々此いましめの日をすぐさず此よしを告申侍らんとてつつしめよと教諭の心也
著聞、十二ノ廿ぬす人とらへてとひいましめて置たりけるに 宇治拾、九ノ廿一罪にまかせておもくかろくいましむる事ありければ云々おもくいましめんとて 源、浮舟さてな見えそやといましめ給ふ 枕、八ノ十五ありし曉の詞いましめらるるはしらぬかとの給ふに
いましめととのへ
いましめは禁錮の禁にて、ととのへは調する意にや。 源、若菜、上、九十六御らんじゆるしつついましめととのへさせ給はす
いましむ
是は後世縛する事にいへると同意也。
いましめ
宇治拾、十五ノ廿人やにすゑられぬ。ふかくとぢこめておもくいましめておけと宣旨くだされぬ體の詞にもいふべし
いましき
續紀、十五之紀乃 萬、七今敷者見目屋(イマシキハミメヤ)とおもひし
いまひと
今人。 金葉、戀下うらめしき人のあるにつけてむかしおもひ出らるる事ありて前齋宮甲斐「今人の心をみわの山にてぞ過にしかたはおもひしらるる
います
アル、居ル、來ル、行クなどの敬語にて、おはす、おはしますと同意也。
います
いまし
竹取されば歸りいましにけり。カヘリ行玉ヒシ也世の人々あべの大臣火鼠のかはきぬもていましてモテ來玉ヒテ也かぐや姫にすみ給ふとな。ここにやいます居玉フ也など問ふ
いませば
古事、上、卅二遠邇伊麻世婆(ヲニイマセバ)アレバの敬語。マシマセバの心也 源、東屋、十六かく心くちをしくいます君なればマシマス也
います
神功紀、十四此みきはわがみきならずくしの神とこよに伊麻輸(イマス)云々
いまする
枕、十ノ廿二皆人々笑ひぬ。關白詞まことぞをこなりとてかく笑ひいまするがはづかしなどの給はする程に
いまし
源、松風、七入道例の後夜よりふかうおきて鼻すすり打して行ひいましたり 同、宿木、七十六ことごとしげなるさまして何しにいましつるぞとよとむづかり給へど 同、手習、四十五たちてこなたにいましてここにやおはしますとて木丁のもとについゐ給へば
いまする
伊勢物、九段かかる道はいかでかいまする 源、浮舟、九右大將の宇治へいまする事たえはてずや
いまし
竹取みそかに司にいまして云々かの司におはして見給ふに
萬、十五ノ五たくぶすましらきへいますきみがめをけふあすかといはひてまたむ
いますがる
すべていますに同。
いますがる
いますがりける
大和物、六、十五俗にいますがりける時の子どもありけり。云々かく世にいますがるときく時たにとて母もやりければ 伊勢物、六十五大御息所とていますがりける
いますがり
源、梅枝、十四けしきばみいますがりともえかきならべじやとわれぼめをし給ふ
いますがりけり
宇津保、ただこそいささか立ならぶ人なくひとり子にいますがりけり 大和物、一ノ廿二おほつふねといふいますがりけり
いますがれば
いますがらず
いますがらぬ
宇津保、忠こそ父おとどのいますがればこそかくあなづり給へいますがらば何かつつまん 大和物、一ノ卅六うせにける年の秋云々いますがらぬ事のあはれれれれなる事をまらうどもあるじもこひけり
いますがらふ
源、竹川、四十五世中を心の儘におごりてつかさ位をば何とも思はずすぐしいますがらふやかるをのべたる也
いまそがりけり
同意也。 伊勢物、卅九段たかい子と申すいまそがりけり
いまそがりける
いまそがりて
伊勢物、七十七段右大將にいまそがりける藤原の常行と申すいまそがりて云々 撰集抄、上ノ一むかし増賀聖人といふ人いまそかりける
みまそがりけり
伊勢物、七十七段昔田村のみかどと申すみかどおはしましけり。その時の女御たかき子と申すみまそがりけり拾穗本眞名本御在計利契沖本は猶いまそがりけりとあり
榮、祭の使、廿八さいはひなき君にもいますがるかな 宇治拾申すにしたがひていますがるべきなり
いますこし
今少。已にいまの所に出す。
いけ
生。
いく
いけらじ
已に出す。
いけて
イカシテ也。 宇津保、藤原の君ひばりのほし鳥これらをいけてをとりにてとらばおほくの鳥出來ぬべし 狹、二ノ下、廿二いけて見んと思はば
いけはてて
イカシオホセテ也。おやのわづらひ給ふよりも此人をいけはてて見まほしうをしみて。
いけながら
イキナガラ也。 宇治拾、四ノ十二いけにへといふ事に猪をいけながらおろしけるを見て
いけみころしみ
イカシツ殺シツスルをいふ。 源、螢、九いけみころしみいましめおはする御さま云々
いけ
池。
いけべ
池邊。 堀川、山吹、仲實蛙なくくまのの池べを見わたせば岸の山吹花咲にけり
いけのかがみ
源、藤裏葉、八七日の夕月夜影ほのかなるに池のかがみのどかにかすみわたれり 山家、上たぐひなき花のすがたををみなへし池のかがみにうつしてぞ見る
いけの底
古、秋下、友則ひともとと思ひし花を大澤の池の底には誰かうゑけん
いけのつつみ
拾、物名、輔相わぎもこが身をすてしより猿澤池のつつみや君はこひしき
いけのつらら
拾玉、四哀れにもなきてぞかよふよはのをし池のつららのひまを尋ねて
いけのなぎさ
玉、雜三、赤人むかしべのふるきつつみは年ふかき池のなぎさにみくさおひにけり
いけのおもて
壬生、上春風に今は氷もたまさかの池のおもてははさざ波ぞたつ
いけのこころ
躬恆ちりぬともかをやはとめぬ藤の花池の心のあるかひもなし 源、桐壺、卅二もとの木だち山のたたずまひ面白き所なるを池の心ひろくしなしてめでたく作りののしる 詞、賀、惠慶誰にとか池の心も思ふらん底にやどれる松の千とせを
山家、上見さひゐぬいけのおもてのきよければやどれる月もめやすかりけり 榮、歌合舟ふたつにのりてふえけしきばかりふきすさびていせのうみうたひていけのこころにまかせてさをさしてまゐるを見れば
いけにへ
生贄。 和名、十三、祭祀具犧牲訓伊計邇倍 宇治拾、四ノ十二いけにへといふ事に猪をいけながらおろしけるを見て 同、十ノ七年ごとの祭に必いけにへを奉る人の娘の形よく髮長く云々すがたらうたげなるをぞえらびもとめて云々 宇治拾かうかうのいけにへにさしあてられ侍れば
いけどり
生捕。體の詞。 萬、十六ノ廿九から國の虎とふ神をいけどりにやつとりもちき 著聞、一ノ十六隆覺が方の軍兵多く命を失ひけり。廿よ人はいけどりにせられたり 平家物語、四ノ十九いかにもして競めをいけどりにせよ 同、十一いけどりには前の内大臣宗盛公云々 平氏のいけどりども烏羽に着て 同、十ノ九ひとりしんぞくにはなれてすでにいけどりとなる
いけるかぎり
生る限。(イキ)テアル内一生をいふ。 源、少女、卅いけるかぎりのかしづき物とおもひて 續拾、雜下、隆博思ひねの身のあらましに見る夢をいける限りのうつつともがな
いけるかひ
生る甲斐。 貫之あけたてばまづさすひもの絲よわみたえてあはずはなどいけるかひ 源、澪標、十八かかる折はいけるかひもつくり出たることわりなりと見ゆかひをつくるにかねたり 新續古、雜中、顯昭人數にあらずなるみのあまなればいけるかひをもえこそひろはね
いけるかひあり
源、紅葉賀、十二かしづきたてて見奉り給ふにいけるかひあり 狹、四下、二なる事のあらばしもまことにいけるかひありける身とは覺えなんかし
いけるかひなし
後撰、戀五年をへていけるかひなきわが身をば何かはありと人にしられん 拾、戀四ねぬなはのくるしかるらん人よりもわれぞますだのいけるかひなき
いけるよ
生テアル折の意也。 源、蓬生、四いけるよにしかなごりなきわざはいかがせん 同、薄雲、卅二いけるよの限り思ふ事のこさず後の世のつとめも心にまかせて云々
いけるみ
生る身。 源、蓬生、十四いける身をすてて 拾、戀一、大伴百世戀しなん後は何せんいける身のためこそ人は見まくほしけれ
いけるじやうど
生る淨土。 源、蓬生、十二いとかしこういけるじやうどのかざりにおとらず此世の極樂の意也
いけらぬ
萬、九ノ卅五いくばくもいけらぬものを
いけごひ
活鯉。イカシテタクハヘオクをいふ。 新六帖、三夫、廿七、光俊水舟にうきてひれふるいけごひの命まつ間もせはしなの世や
いけみころしみ
已にいけの所に出す。
いけす
籞。 和名、十五ノ七唐韻云籞池水中編竹籬魚也 新六帖、三夫、廿七、知家世中の淀のいけすのつなぎ鯉身を心にもまかせやはする 夫、廿七、寄池戀、仲正戀しなばこひもしねかしなぞもかくこやのいけすになぶられてふる
いふ
言。此詞常ざまの人の上にいふ詞なり。天子には奏す院親王后などには啓す貴人には申す 聞ゆなどいへり。又何といふ 何といふ物など釋するにも貴き人にむかひ又貴き人の上をば申す 聞ゆといへり。 竹取よき事なりといへば翁入りていふ 枕、一ノ十六今内裏のひんがしをば北の陣とぞいふ
いふに
同、四ノ八御かへりとくといふに 同、五ノ七辨のおとどといふにつたへさすれば
いふも
いふを
同、四ノ廿一いねいねといふもいとをかし。これに何とらせんといふをきかせ給ひて
いふぞ
同、四ノ廿あれは何事いふぞといへば
いふべし
同、七ノ九うへのきぬの袴さいふべし
いふべきこと
同、四ノ十二必いふべき事あり
いふべからん
同、四ノ廿帶より下五寸ばかりなるころもとやいふべからん
いふらん
竹取蓬莱といふらん山にあふやと 枕、八ノ廿五けふこん人をなどやうの筋をぞいふらんかし 同、二ノ十一大方さしむかひてもなめきはなどかくいふらんとかたはらいたし
いふめり
同、八ノ九集りてたはふれにねたがりいふめり
いふなり
古、雜下六帖、二、山、喜撰わがは都のたつみしかぞすむ世をうぢやまとひとはいふなり宿。らん六帖
いふなりし
枕、四ノ卅一雪山の所いと高くておほくなんありつといふなりしかば
いふなりけり
同、一ノ九さうじを五寸ばかりあけていふなりけり
いふなる
古、賀、業平伊勢物、九十七段櫻花ちりかひくもれ老らくのこんといふなる道まがふがに 後拾、戀一、道信近江にかありといふなるみくりくる人くるしめのつくま江の沼
いふな
後拾、雜四、清少納言枕、四ノ十八かづきするあまのありかをそこなりとゆめいふなとやめをくはせけん按ずるに此いふなは夕菜にかけていへるなるべし。と通ふ事は古くより例あり。
いふまじ
枕、八ノ十三いと天人などこそえいふまじけれど
いふなる物
竹取火鼠の皮といふなる物
いふ物
源、夕顏、初此家のかたはらにひがきといふ物あたらしうして 同、浮舟、六十八あふりといふ物をしきておろしたてまつる 枕、七ノ六べいだんといふ物を 同、八ノ十三むかでといふ物日ひとひおちかかり
いふもの
いふ者。 源、浮舟、六十此大將殿の御さうの人々といふものはいみじきふたうのものにて 同、六十二此おどしし内舍人といふものぞきたる 枕、八ノ十八うちふしといふものの娘左京といひてさぶらひけるを
いふ人
竹取小野のふさもりといふ人をつけてつかはす 枕、四ノ廿一小兵衞といふ人して 同、八ノ廿一大夫權のかみなどいふ人の
いふ所
土佐日記はねといふ所にきぬ 枕、二ノ廿小白川といふ所は小一條の大將の御家ぞかし
いふ鳥
土佐日記くろ鳥といふ鳥
いふ草
枕、八ノ十二くわん草といふ草を
いふ詩
枕、八ノ十六いまだ三十の期におよばずといふ詩を
いふもよのつね
いふもおろか
已にいへばよのつね いへばおろかの所に出す。
いふいふ
いふほどこそあれ
いふばかりなく
いふにもあまる
いふにもまさる
いふよりまさる
いふべくもあらぬ
いふべきにあらず
いふべきかたなし
いふかたなし
いふかぎりなし
いふかぎりにあらず
いふかひあり、なし
いふよし
いふやう
いふこと
四樣あり。これら順をおひて次に出す。
打いふ
枕、二ノ十四いかにわひしきここちしけんと打いふほどに 同、三ノ卅一たかやかに打いひうめきたるも
物いふ
枕、四ノ十九物の哀れしらせ顏なる物。鼻たるまもなくかみて物いふ聲 同、四ノ八又そこに集りゐて物などいふに
いひに
同、四ノ一さすがにさうざうしくこそあれ物やいひにやらまし
いはず
いはぬ
いはで
竹取物もいはずつら杖つきて 枕、八ノ一物いはぬ兒の泣入りて乳ものまず云々 同、四十八物もいはで硯のあるかみのはしに歌云々
いはれず
狹、三ノ下、四十七きく限りの人々目を見かはして物もいはれずあきれゐたり
物いひ
體の詞。 拾、雜秋、遍昭ここにしも何匂ふらんをみなへし人の物いひさがにくき世に 源、帚木、十一くまなき物いひもさだめかねて云々
物いふ
是は男女の事にいへり。 興風集、一親の守りける娘をいと忍びてあひて物いひけるほどに云々 ○猶多し。の部にも出しつ
といふは
狹、一ノ下、廿五といふは故中納言のらうぜし西山あたりなりけり
といふに
濱松、一三日といふに
といふ年
同、一たぐひなきわが娘を奉りて云々十四といふ年云々
いはん
古、春上、元方年の内に春はきにけり一とせをこぞとやいはんことしとやいはん 源、浮舟、十一わがいはん事はたばかりてんやなどの給ふ 同、十九人のもどかんもいはんもしられず 枕、四ノ廿八私にもいみじきよろこびいはん
いはんからに
源、帚木、廿一などかは女といはんからに世にある事のおほやけわたくしにつけてむげにしらずいたらずしもあらん
いはめ
枕、七ノ八からぎぬはみじかききぬとこそいはめ
いはまし
いはんをのべたる也。 大和物、三くやしくぞ後にあはんと契りけるけふを限りといはまし物を
いはましごと
源、夕顏、四十八いけるかひなきや。たがいはましごとにか
いはませば
イフタナラバの意。 後撰、離別、伊勢さらばよとわかれし時にいはませばわれも涙におぼほれなまし
いはまほし
源、帚木、卅二いはまほしからん事をもひとつ二つのふしはすぐすべくなんあべかりける 狹、一ノ下、八心に思ふこともいはまほしき事もつつましくはづかしくて 枕、十一ノ廿五つららの事を水晶のくきなどいはまほしきやうにて 同、七ノ六歌云々といはまほしけれど
いはまくほしき
夫、六、匡房、家集山城のいはたの岡の岩つつじいはまくほしき花の色かな
いはんかたなし
いはく
いはゆる
これら已にいはの順に出す。
いはれ
體の詞。
いはれぬ事
いはれたり
これらも已に出す。
萬代、秋上、小大進風のおとにのきばの荻のこたへずは秋のあはれをたれといはまし
いはる
()言也。わが事を人にいはるるをも又我ながら思はずに物のいはるるをもいふ。
いはるる
竹取色好みといはるる五人 枕、二ノ十二いはるる人も聞く人も笑ふ
いはれ
枕、二ノ十三あな見ぐるしなどいはれて 同、八ノ十八のぶかたはわびしういはれにたり 源、帚木、卅何とかいはれ侍らん。ただ承りぬとて立出侍るに 狹、上ノ廿七歌云々とぞかへすがへすいはれ給ふ
いはれほのめく
土佐日記守のたちの人々の中に此くる人々ぞあるやうにいはれほのめく
いはれぬ
イハレザル也。 枕、五ノ廿六その人の後といはれぬ身なりせばこよひの歌はまづぞよままし
いはす
()(イハ)。イハシムル也。
いはする
枕、八ノ十七上にどいはするに云々
いはすれ
同、四ノ廿四歌云々とかたはらなる人していはすれば
いはせ
竹取玉の枝とりにまかるといはせて 枕、四ノ十二あさましう何のいはせける事にかと覺えしが
いはせ給ふ
の給ふにあらず御詞を人にいはしめ給ふ也。 源、桐壺、十五かごとも聞えつべくなんといはせ給ふ 狹衣、一ノ上、十二今わざと參らせんといはせ給ひて
いはせまほし
源、浮舟、廿四おのづからそれは聞出てんとおぼす物からいはせまほしきぞわりなきや
いはず
言。 枕、二、十二云々いふはいとかたはなるをげによくさいはず
いはじ
狹、二ノ下、五十八人々のきくにのこりなくはいはじ
いはで
大和物、五ノ十三いはでおもふぞいふにまされる 枕、四ノ九かへりごともいはで 同、同ノ十二つかさ名をばいはでせうととぞつけたる
いはず
別に一樣あり。已に出す。
いはぬ
同、五ノ七ともかくもいはぬを
いへ
いへかし
枕、一ノ十一しづかに局などにあらんにもいへかし
いへど
同、五ノ七ねたうとこそはいへどつまはじきをして
いへど
同、四ノ八見つけていへど
いへども
古、春上、忠岑春たつと人はいへども鶯のなかぬ限りはあらじとぞ思ふ
いへば
竹取よき事なりといへば 六帖、五ノ下しらねどもむさし野といへばかこたれぬよしやこそは紫の故 興風集うすくこく色はまがへど花といへばひとつ顏にも見えわたる哉
いへばよのつね
いへばおろか
いへばえに
いへば更なり
これら已に出す。
いへり
いへる
抄するに及ばず。
いへりける
伊勢物、九十段さらばあす物ごしにてもといへりけるを
いひ
枕、一ノ十三それぞといひあらずといひ口々に申せば
いひに
同、八ノ廿三又いつか參り給ふなどもいひにさしのぞく
いひて
源、若紫、四十四ことずくなにいひてをさをさあへしらはず
いひ侍る
枕、八ノ十六誰かいひ侍らんとする 同、同ノ十九更にさやうのことをなんいひ侍らぬ
いひつ
同、七ノ八きぬの名にほそながをばなもいひつべし
いひつる
同、二ノ十四夜一夜いひつることののこりを
いひたり
同、四ノ十八よそにてもさぞなどは見給へといひたり
いひけり
四ノ卅手をすりていひけれど
いひけん
山家、下大原やまだ炭がまもならはずといひけんひとを今あらせばや
いひし
後撰、戀二、右近大和物思はんわすれじ大和とたのめし人はありときくいひしことのはいづちしにけん
いひてし
枕、四ノ十四されどもかねてさいひてしかば
いひながら
源、浮舟、廿九ひじりだつといひながらこよなかりける山ぶし心かな
いひやらず
枕、五ノ七きえいりつつえもいひやらず
ないひそ
源、末摘、十七いくそたび君がしじまにまけぬらん物ないひそといはぬたのみに
いひ出
いひはなついひ合すなど下に詞をそへたる類多し。竝いひいひいひけらくいひもてゆくこれらいひの順に出す。
いふ
是は詩歌を吟じいひ出るをいふ。 土佐日記かぢの歌ども時ににつかはしきをいふ
いひて
古今、序歌をいひてぞなぐさめける 土佐やまとうたあるじもまらうどもこと人もいひあへり
いはず
いへる
此わらはさすがにはぢていはず。しひてといへばいへるうた云々
いへ
よみてんやはよみつべくははやいへかしといふ 枕、二ノ廿三とくいへ。あまり有心すぎてしそこなふな
いふいふ
俗のイヒイヒ、イヒナガラ也。 源、空蝉、十今只今立ならび給はんといふいふわれも此戸より出ゆく 同、夕顏、廿八火あやふしといふいふあづかりがざうしの方へいぬるなり 狹、四ノ中、廿かういふいふもなごりとまれる日數のほどは日々にあらはれ出給ふ。經ほとけなどをかたみに見奉りなぐさめ給ふを 枕、一ノ廿二春の歌花の心などさいふいふも上らふ二つ三つかきて
いふばかりなく
イヒモツクサレヌ心也。 宇津保、あて宮、十少將いふばかりなくなきまどひて 同、樓の上、下ノ六十一かういふばかりもなくめでたさ。大將の御さまよ
いふばかりなき
拾玉、二ながむれば袖こそかさね時雨ぬれいふばかりなきそらのけしきに
宇治拾、三いふばかりなくおそろしくおぼえて 榮、田鶴の村鳥、九おもしろくいかめしき事いふばかりなし
いふにもまさる
いふにもあまる
狹、四ノ下、十七車つむともつきじ思ふにもいふにもまさるあまるわが戀草を 新拾、戀五、爲世いとど猶うきにつけてぞ思ふにもいふにもあまる人のつらさは 枕、十一ノ廿五水晶のくきなどいはまほしきやうにて云々いふにもあまりてめでたきたるひに
いふほどこそあれ
枕、十二ノ十五そこどもすこしされなどいふほどこそあれあゆみ出ぬれば云々
いふべくもあらぬ
イハウヤウモナキ也。 竹取内々のしつらひにはいふべくもあらぬあやおり物にゑをかきて間ごとはりたり
いふべきにもあらず
イフニモ及バヌ心也。 枕、三ノ二橘の云々郭公のよすがとさへ思へばにや猶更にいふべきにあらず
いふべきかたなし
前に出したるいはん方なしに同。 枕、三ノ十一郭公は猶更にいふべきかたなし
いふかたなし
是も同。共にイハウヤウモナキ心也。 源、帚木、四十二あながちなる御心ばへをいふ方なしと思ひて 枕、十一ノ四めでたう興あるありさまいふ方なし
いふかたなく
源、桐壺、六おぼつかなかをいふ方なくおぼさる
いふかたなう
蜻蛉日記、下ノ上、十志賀の山をしりへに見たる所のいふ方なう心ぼそげなるに
和泉日記秋風はけしきふくだにかなしきにかきくもる火はいふかたぞなき
いぶかる
不審する意、又いぶかしと同意なるもあるか。 白文、廿六ノ三雪の詩にニハ(イブカリ)霜凝カト 宇津保、吹上、下、四十二日頃内にも參り給はず此わたりにも今は物し給はざりつれば訝り申つるになん
いふかぎりなき
いふばかりなしに同。 濱松、二今行末もおなじ蓮の上にといふかぎりなき御契りをつくし給ひつ 長秋詠草、上うき見なりかけて思はじなかなかにいふ限りなき君が千とせは
いふかぎりなく
源、若菜、下、五十三いふ限りなくおぼしなげきて
いふかぎりもあらず
是も同。 蜻蛉日記、中ノ中、十八又かかるめを見つるかなとばかりいひて胸のこがるることはいふ限りもあらず
いふかぎりにあらず
いふにもあまる心也。 宇津保、藏開、上ノ一、十九御ぐし云々いとめでたし御ぐしつきすがたいふ限りにあらず
いぶかし
シノバシク又ユカシク思ふ意なり。遊仙窟に未審をイブカシと點したるは俗に不審なる事をいへるにおなじけれど物語ぶみに其意なるは管見には未見及ばず、ここに出したるは 萬、十二ノ卅あひ見まくほしけくすれば君よりもわれぞまさりて伊布可思美する 同、卅六ありちがたありなぐさめてゆかめども家なる妹はいぶかしみせん などよめるいぶかしみと同意也。
いぶかしく
源、夕顏、九かやうのなみなみまではおもほしかからざりつるをありし雨夜の品定めの後いぶかしくおもほしなる品々のあるに云々 同、若菜、上、廿二いづ方につけても此姫宮おしなべてのきはにはよもおはせじをなどいぶかしく思ひ聞え給ふべし 同、横笛、十一笛をそへて奉れ給ふ。これになんまことにふるき事もつたはるべく聞おき侍りしを云々御さきにきほはん聲なんよそながらもいぶかしく侍る 同、紅葉賀、廿二源内侍の事をかうさだ過る迄などさしも思ふらんといぶかしく覺え給ひければたはぶれごとなどいひふれてこころみ給ふににげなくも思はざりけりこれは不審するやうに聞ゆれど猶ゆかしき意なるべし
いぶかしう
同、鈴蟲、十六院も常にいぶかしう思聞え給ひしに
いぶかしき
蜻蛉日記、中ノ下、九何かはかばかりぞかしと思ひはなるる物から物忌はてん日いぶかしき心ちぞそひて覺ゆるに 源、少女、七あざなつくる事は云々上達部殿上人めづらしくいぶかしき事にしてわれもわれもとつどひ參り給へり
いぶかしさ
宇津保、國讓、下、十四此兒にはいかがある。いぶかしさにさいつ頃云々見に物したりしかど
いぶかしけれ
同、上、五十五かの子持も久しくなりにけや。おとなしくなられたらんこそいぶかしけれ 伊勢物、六十五段男いとかなしくてねずなりにけり。つとめていぶかしけれど我人をやるべきにしあらねば心もとなくてまちをれば
いぶかしがらす
源、常夏、十五猶姫君の御事あかずくちをしくかやうに心にくくもてなしていかにしなさんとやすからずいぶかしがらせまし物をとねたけれど
萬、十一ノ廿三まゆねかきしたいぶかしみ思へるにいにしへ人をあひ見つるかも 同、四ノ卅九あひ見ずてけながくなりぬこのごろはいかによけくやいぶかしわぎも 公任卿集きのふまでをしみとめてし山ざくらよのまの風のいぶかしきかな 千、雜上いぶかしくおぼされける人のむすめの女房のつぼねにゆかりありて 萬、九ノ廿二、長歌いぶかしき國のまほらをつばらかにしめし給へば 源、紅梅ほのきき給ひしことのをりをりいぶかしうおぼつかなくおもひわたれど問ふべき人もなし 源、宿木、六十八めづらしくおはしますらん御ありさまをいぶかしきものにおもひきこえさせ給ふめりし 同、紅梅、七いとどいぶかしうおもひきこえ給ふ 源、御幸、廿おとどいとうちつけにいぶかしうゆかしう心もとなうおぼえ給へど 萬、十ノ四十いぶかしみつまこひすらし 同、十一、廿三下いぶかしみおもへるに下いぶかしみおもへりし妹がすがたを
いふかひなし
今の俗にヤクニタタズ又センノナキコトをいひがひなしといへるに同。をさなきもの賤きもの又さとからぬ事又とり所なきにもいへり。 新古、雜下、和泉式部しほの間に四方の浦々たづぬれど今はわが身のいふかひはなし
いふかひなき
源、須磨、廿九いせじまやしほひのかたにあさりてもいふかひなきはわが身なりけり 蜻蛉日記、中ノ上、廿ゆきかふ舟どもを引あげつついく云々歌つかうまつりてまかれといへばいふかひなき聲引出てうたひてゆくひなびたる聲のとり所なきをいへり 源、夕顏、四十五いふかひなきかごとおひなん所センモナキ心也
いふかひなく
元眞、廿四住吉の岸の白浪袖ひぢて今はいふかひなくぞなりぬる 源、帚木、七何をしてかくおひ出けんといふかひなくおぼゆべし 蜻蛉日記、下ノ上、十三年よりもいとちひさくいふかひなくをさなげなり 宇津保、あて宮、八侍從が病今はになりたる所にかの君はいふかひなくなり給ひぬる物をと聞ゆ 源、夕顏、廿九いふかひなくなりぬるを見給ふに 同、卅五心のうちにはいふかひなくかなしき事をおぼすにこれらイフテモカヒナキをいふ
いふかひなげ
宇津保、樓の上、上ノ六十七いふかひなげなる姿したるものもあはれがりおもしろがりゐたり賤しきものをいふ
いふかひなければ
源、葵、四あまりつつまぬ御けしきののいふかひなければにやあらん深くしもゑんじ給はず源の年をさなければおとどのうらみ給はぬ也
いふかひなからず
宇津保、藏開、中ノ廿八さまざまにいふかひなからず出はしり所に打むれておはしますを見奉れば女子もち奉りたる心ちこそすれ 源、夕顏、四十八さすがにいふかひなからずは見え奉りてやみなんと思ふなりけりとり所のある心也
いふかひな
源、帚木、四十六いふかひなのことやあさましとて又も給へりセンナイコトゾとの心也
大和物せいすべきやうもなくていふかひなし
いふかひあり
いふかひなからずと同。 後撰、雜三紀の國の名草の濱は君なれやことのいふかひありと聞ゆる 源、宿木、五十六さぶらふ人々もすこし物のいふかひありぬべく若やかなるは 同、浮舟、十八匂の似せておはしましたる所に浮舟心はじめよりあらぬ人としりたらばいささかいふかひもあるべきを夢のここちするに
いふよりまさる
源、螢、七聲はせで身をのみこがすほたるこそいふよりまさる思なるらめ
いふよしなく
源、榊の昭にいふかひなきと注したるはわろし。宣長云、いはん方なきにてほめたる詞なり。 源、榊、廿六歌云々はかなくいひなさせ給へるさまのいふよしなきここちすれど 同、匂宮、十あまたのからびつにうづもれたるかうのかども此君のはいふよしもなき匂ひをくはへ
いふよしなく
同、須磨、四十九ゐ給へるさまさるはれにいでていふよしなく見え給ふ 同、槇柱、卅月のあかきに御かたちはいふよしもなくきよらにて
いふよしもがな
よしはシカタの意也。 後拾、戀三、道雅今はただ思ひたえなんとばかりを人づてならでいふよしもがな
いふやう
竹取翁をよびとりていふやう 源、玉鬘、廿三此三條がいふやう 同、東屋ちかうゐよりていふやう
いふこと
いふ事。 竹取まうのぼるといふ事を聞て 枕、七ノ五二月くわんのつかさにかうぢやうといふ事するは 同、八ノ十二六月卅日御はらへといふ事に出させ給ふべきを 同、九ノ卅文といふ事なからましかばいかにいぶせくくれふたがるここちせまし
いふことは
いふ事は。イフワケハ也。 後拾、旅重之、十七あづまぢにここうるまといふ事は行かふ人のあればなりけり 元眞、十六世の人の打出の濱といふ事は涙のさきにたつ名なりけり 枕、四ノ十八常にいふ事はおのれをおぼさん人は歌などよみてえさすまじき云々今は限りありてたえなんと思はん時さる事はいへといひしかば是はイフコトニハの意也
いふこと
いふ言。 枕、一ノ廿二年ふればよはひは老ぬしかはあれど花をしみれば物思ひもなしといふことを君をしみればと書なしたるを
いぶきおろし
伊吹山よりおろす風なるべし。 山家、下おぼつかないふきおろしの風さきにあさづま舟はあひやしぬらん
いぶせし
契沖云、萬葉に鬱悒と書ていぶせくともおぼつかなしともゆかしともよめり。何れも同意也といへり。 ○今按るに、おぼつかなく、ゆかしく、又なげかしき意もありて、俗語のフサグといへる意におなじかるべし。又ゆかしき意にのみ聞ゆるもあり。又ただウツトウシキ意なるもあり。前後をよみ見て心に味ひてしるべし。 萬、十二ノ十二うたがへるこころいぶせしことばかりよくわがせこあへるときだに
いぶせく
萬、十二ノ十六拾、戀四、人丸人丸、下ノ十一六帖たらちねのおやのかふこのまゆごもりいぶせくもあるか人丸あはずてまかせで六帖 源、明石、廿五いぶせくも心に物を思ふ哉やよやいかにととふ人もなみ 同、玉鬘、十六人のすみたるわたりにもあらずあやしき市女あきうどのなかにていぶせく世中を思ひつつ 同、朝顏、三年頃の御物語をだに聞え承らぬをいぶせく思ひ給へわたりつつなんなどきこえ給ふ 同、宿木、四十七すこし世中をもしり給ふ。げにやさばかりあさましうわりなしとは思ひ給へりつる物からひたぶるにいぶせくなどはあらで
いぶせかり
萬、四ノ五十六久方の雨のふる日をただひとりやまべにをればいぶせかりけり 土佐日記六帖、三いつしかといふせかりつる難波がた蘆こぎわけてみ舟きにけり
いぶせき
源、少女、十一つとこもりゐ給ひていぶせきままに 同、東屋、十八さかしらに屏風どももてきていぶせきまでたてあつめて 同、葵、四十六いたいよ御ぞ引かづきてふし給へり。云々などかくいぶせき御もてなしぞ。思ひのほかに心うくこそおはしけれな 同、竹川、廿六兄弟の姫君の事をいへる所によるひるもろともにならび給ひて中の戸ばかりへだてたる西東をだにいといぶせき物にし給ひてかたみにわたりかよひおはするを 新千、戀一、顯仲しらせばやにひ桑まゆのかきこもりいぶせきまでに忍ぶ心を 沙石集、一上十二三ばかりなる女子申けるは母にて候ものわろき病をして死して侍るが父は遠くあるきてさぶらはず人はいぶせき事に思ひて見とぶらふものもなし
いぶせさ
源、桐壺、八御使の行かふほどもなきに猶いぶせさを限りなくの給はせつるを 同、末摘、廿夕霧のはるるけしきもまだ見ぬにいぶせさそふる宵の雨哉
萬、八ノ廿五こもりのみをればいぶせみ 同、四十雨ごもりこころいぶせみいで見れば 同、九ノ三十五こもりてをれば見てしかどいぶせむ時の 同、十一ノ三十四水鳥の加茂のすむ池の下樋なみいぶせき君をけふ見つるかも 同、十八ノ廿九手まくらまかずひもとかずまろねをすればいぶせみとこころなぐさに 同、四ノ三十九言借吾妹(イブカシワギモ) 同、十ノ四十いぶかしみつまこひすらし 同、十一ノ廿三したいふかしみおもへるにしたいぶかしみ妹がすがたを 著聞、十七ノ三いぶせながら其冠をとりて着てけり
いこふ
息。 白文、六ノ十(イコ)ヒテ賓位亭 萬、一ノ廿九、長歌川の()こごりさゆる夜を(イコフ)ことなくかよひつつ 寛平歌合夏艸もよのまはつゆにいこふらんつねにこがるるわれぞかなしき
いて
射手。 夫、一、有家心あるいてのとねりのけしき哉玉しく庭にともねひびきて 年中行事歌合、賭射、薀堅梓弓いてのつかさかひきつれてかへりあるじぞけしきことなる
いてし
氷にいふ。 堀川、氷室、隆源冬さむみいてし氷を埋おきてはや氷室とはいふにぞありける
いで
契沖云、いでは詞のかかりにいふ出る詞也。云々又允恭紀云々是はいでそれ一つ給へといふ意也。萬葉に乞とも欲得ともかきていでとよめるも同意也。いでわれを人なとがめそも乞ふ意もある也 あゆひ抄あつらへこふ詞の上におけり。かたくこひて異儀をさせぬ心あり 古、戀一いでわれを人なとがめそ大舟のゆたのたゆたに物思ふころぞ 此いでを同書にドレヤァコレと譯せり。今按ずるに時にのぞみて心のすすむ折の發語にいへり。俗にドレといふ意也。 允恭紀、三壓乞戸母(イデトジ)其蘭一莖焉壓乞此云異捉 枕、七ノ廿七木のもとにたちてわれによき木きりていでなど乞ふに 源、夕顏、七いかてさはしるぞいで見んとてはひわたる 同、若紫、十一いで御せうそこ聞えんとてたつおとすれば 同、廿五まだおどろかい給はじな。いで御目さまし聞えん 同、五十いで君もかき給へ 同、紅葉賀、廿八いで此なほしきんとの給へど 同、御幸、廿四いで此かへりごとはさわがしくともわれせん 同、紅梅、八いであそばさんや。御琴參れとの給ふ 宇治拾、九ノ三いで何ぞとてとりて見れば 水鏡いでの給はせようけたまはらんといふに 萬、十二ノ六(イデ)いかにわかしたこふるわきも子があはじといへることもあらなくに 枕、四ノ十一なにになり給へるそととへばいでまことにうれしきことのよべ侍りしを 同、卅一いであはれいみじきよの中ぞかし
いでいで
ドレドレ也。 源、空蝉、四いで是は次のイヤモウの心也此たびはまけにけり。すみの所々いでいでとおよびをかがめて 宇津保、樓上、上ノ上、廿二いでいでとておはすれば
いで
是も發言ながら俗にいふイヤモウの心也。二樣のいであゆひ抄にいづれも我心をもて人のただ今すべき琴をおさへたる詞なれば極意はおなじかるべしといへり。 源、帚木、四十七小君にいふうつせみの詞いでおよすげたる琴はいはぬぞよき。よしさばな參り給ひそとむづかられて 源、夕顏、十四よろぼひたふれて橋よりも落ぬべければいで此かつらきの神こそさかしうしおきたれとむづかりて 同、横笛、十八なきこがれ給ふにきかせ奉らざらん。罪えがましさなど思ふもいでいかでさはあるべき事ぞと猶心えず思ひよる方なし 枕、一ノ六いでいとわろくこそおはしけれ。などてかその物せばく作りてすみ給ひけるぞ 古、戀四いで人はことのみぞよき月草のうつし心は色ことにして 兼輔集いで人のおもふといひしことのはは時雨とともにちりやしぬらん 千、誹諧、俊頼卯花よいでことごとしかけしまの浪もさこそは岩をこえしか
いでそよ
イヤモウソレヨ也。 後拾、戀二、大貳三位有馬山ゐなのささ原風ふけばいでそよ人を忘れやはする
いであな
源、若紫、九いであなをさなやいふかひなう物し給ふ哉 源、若菜、上、百五云々とかたり給へばいであなかま給へ皆聞て侍り 同、同、百六いであなあじきなの御物あつかひや 同、柏木、廿一とぶらひ物せさせ給へと母上にも聞え給ふ母君詞いであなゆゆし。おくれ奉りてはいくばく世にふべき身とて云々 同、廿九なまめかしうをかしげなり。いであな心う墨ぞめこそ猶いとうたて目もくるるいろなりけれ 枕、七ノ十六いであなうこれおぼされよ。あな頭いたや。いかで聞侍らんと云々
いであはれ
枕、四ノ卅一いとどつらく打もなきぬべきここちぞする。いであはれいみじき世の中ぞかし 同、六ノ廿四いであはれ又あはじと思ふ人にあへば心もなき物なめりと見えてもはづかしくもあらぬ物ぞかし
○すべて此いではいささかなげきの意をこめたり。 大鏡序いでいとけるある事いふ老者たちよな。さらにこそしんぜられねといへばおきなふたり見かはしてあざわらふ 源、常夏、十四いでそれはかのおとどの御むすめとおもふばかりのおぼえの云々いでは少しもどく意也 枕、七ノ十九こなたかなたにわたりなどしたるいでさらにいへばよのつねなり 落窪、一いでそらごとにこそあらめ
いでや
イヤモウのいでをつよくいへる也。 古、誹諧六帖、四我をのみ顯注思ふといはばあるべきをいでやいなや顯注心はおほぬさにして右のいでや顯注にいなやとあるをもていでや いなや語意同じきをしるべし 續古、戀四、知家さても又猶やうらみん梓弓いでやと人を思ふ物から 宇津保、俊蔭かの木のもとにおはしつきてしはぶき給へば云々、女詞いでやあなはづかし何人におはすらん 源、帚木、八いでや上の品と思ふだにかたげなる世をと君はおぼすべし 同、若紫、六いでやさいふともゐなかびたらん 同、榊、三云々とたびたび御せうそこありければいでやとはおぼしわづらひながら云々人しれず待聞え給ひけり 同、若菜、上、八十九いでやさればこそさまざまためしなきすくせにこそ侍れとて悦ぶ 同、上、百三いとはしぢかなりつるありさまをかつはかろがろと思ふらんかし。いでやこなたや物げなしとあなづり聞えさせ給ふに侍めりかし。なりともげにわが君や人におとり聞えさせ給ふと聞しめしあはせよ 同、横笛、十九さかし人の上の御をしへばかりは心づよげにてかかるすきはいでやと見奉り給ふ
いでや
廣足云、もどく意もあり。 續古、冬、俊惠いでや此時時雨おとせぬ曉も老のねざめは袖やぬらさん 新千、戀一はじめて人につかはしける西宮左大臣「われひとりおもへばくるしかぎりなき心をいでやかけてしらせん」廣足云、此いでやは後世誤つかへる意とおなじき也。イザヤといふ意になれり 萬代續後撰、春中、基俊たのめどもいでやさくらの花心さそふ風あらばちりもこそすれ 狹衣、三ノ上いでやことのほかにたどたどしげに聞え侍りし 宇津保、藤原君、十一いでやものいふらんわざもしらず 萬代、雜六、資忠行末はしかすがにこそゆかしけれいでやさぞとはおもふ身なれど 源、柏木、八いでや此けぶりばかりこそは此世の思ひ出ならめ 榮、岩陰いとわづらはしうこそはとおしはかり聞えさせたり。あるひはいでやなどおしはかり聞えさせたり 狹衣うへときどき見給ふにいでやとものしく見給へど 榮、浦々別承香殿にすみ給ふよのおぼえいでやけしうはあらむ 同、淺緑おぼしとまるべきにしもあらぬをひめぎみいでやあまにやなりなましなど人しれずおぼしみだるれど 同、衣の玉かやうにおぼしのたまはせてもいでやもののおぼゆるにこそあめれ 同、日蔭葛いでや今はぬのをこそとまでぞおぼしめしける 紫日記人の中にまじりてはいはまほしきことも侍れどもいでやとおぼえ 月詣圓位家集にはなし「ありとてもいでやさこそはあらめとて花ぞうき世をおもひしりける 源、葵いであらず此いひなしにていでやの意しらるる也
いでやいでや
ただかさねていへる也。 源、常夏、廿五近江君文詞くれにも參りこんと思ひ給へたつはいとふにはゆるにやいでやいでやあやしきはみなせ川にをとて
いで
出。 萬、廿ノ廿五波麻爾伊泥弖(ハマニイデテ)
いでいる
出入。萬にいふ。人の行かよひデハイリスルにもいへり。 新勅、戀五、和泉式部さもあらばあれ雲井ながらも山のはに出いる宵の月をだに見ば 風雅、雜下、俊惠後の世といへばはるかに聞ゆるを出いる息のたゆるまつほど 源、柏木、卅四かすかに出いるを見給ふも
いでいり
同、帚木、三君の出いりし給ふに打つれ聞え給ひつつ 同、若紫、八さてはわらはべぞいで入あそぶ中に 同、東屋、六人聞もおとりたる心ちして出入せんにもよからずなんあるべき 枕、二ノ八もかうのすはまして云々それもやをらひきあげて出入するは更にならず 同、二ノ廿一實方の兵衞の佐なかあきらの侍從など家の子にて今すこし出いりたり
いでいらん
源、東屋、七うけはりたるけしきにて出いらんに
いではなる
出離。人ト引ハナレテの心也。 源、若菜、下、四十琴などまなぶ事をいへる所にげに萬の事をおとろふるさまはやすくなりゆく世中にひとり出はなれて心をたててもろこしこまと此世にまどひありき云々
いでばえ
俗にシタテバエなどいへるごとくさし出てはえある也。 源、帚木、十一常はすこしそばそばしく心づきなき人の折ふしにつけて出ばえするやうもありかし 同、若菜、下、四十五聞あつかはぬ御ことの音の出ばえしたりしも面ぼくありり 同、葵、八人の見るもはしたなけれど目もあやなる御さまかたちのいとどしう出ばえを見ざらましかはとおぼす是は體の詞にいへり
いでがて
出難げの約也。 源、榊、七出がてに御手をとらへてやすらひ給へるいみじうなつかし 清愼公集人しれぬ思ひしなくばほととぎす何かみやまを出がてにする
いでたち
體の詞。立身する事又旅にもいへり。 源、若紫、五大臣ののちにて出たちもすべかりける人の云々 同、玉鬘、七ただ京の出たちをすれど 後拾、別源の頼清朝臣みちのくにのかみ拾穗本はてて又肥後守になりて降り侍りけるを出たちの所に誰ともなくてさしおかせはべりけるさがみ 兼盛すはうの女のくだるところかはづらに馬わたして物くふ所「白雲の山べはるかにきこゆるをなどか日たかくいでたちはする
いでたちいそぎ
旅だちの事にも世をそむく事にも此世を去る事にもいへり。いそぎは支度の心のいそぎ也。 土佐日記此ころの出たちいそぎを見れど何事もえいはず 源、御幸、十さべき人々にも立おくれ世の末にのこりとどまれるたぐひを人のうへにていと心づきなしと見侍りしかば出たちいそぎをなんもよほされ侍るに 同、椎本、九世に心とどめ給はねば出たちいそぎをのみおぼせばすずしき道にもおもむき給ひぬべきを云々
いでたちがた
起出て仕へにも又いとなみにも立出る頃をいふ。 好忠、三月上夫、廿七ねやのうへに雀のこゑぞすだくなる出たち方に夜やなりぬらん
いでたつ
出立。すべてこころざす所に立出るをいふ。宮仕へに出るにも旅だつにもいへり。 源、夕顏、卅四くくり引あげなどして出たつ 新古、戀五、到平親王おもひやう心もそらに白雲の出たつ方をしらせやはせぬ 新葉、雜上、實爲くものうへをさまるはるのまつりごと出たつ庭にまづしられつつ
出たち
萬、十二ノ十八月夜よみ門に出たち足占してゆく時さへや妹にあはざらん 源、帚木、七宮づかへに出たちておもひかけぬさいはひとり出るためしどもおほかりかし 源、榊、初齋宮下向の所に萬のあはれをすててひたみちに出たち給ふ 同、明石、卅七思ひの外にかなしき道に出たち給ひしかど
出たたん
萬、十七ノ廿七出たたん力をなみとこもりゐて君にこふるに心もとなし
萬、六ノ四十三なつきにしならのみやこのあれゆけばいでたつごとになげきしまさる
いでそむる
出初。 枕、九ノ五家の内出そめけんほどは云々ここは宮仕の事也。萬にいふべし
いでむかふ
出向。 源、若紫、五十二物よりおはすればまづ出むかひてあはれに打かたらひ 萬、廿ノ十とりがなくあづまをとこはいでむかひかへり見せずて云々
いでゐ
出居。でゐともいへり。おとどは殿也。出居は表ムキの一間をいふ。 延喜齋宮式出居殿御裝束之類給主神司中臣 江次第、五ノ四十六式部彈正着出居(デヰ)行事 蜻蛉日記、中ノ上、十四舞ならずとて日々にがくをしののしるいでゐにつきてかけ物とりてまかでたり 同、下ノ中、廿五よべいでゐの所より夜ふけて歸りてねふしたる人をおこすほど 源、柏木、卅九おとどの御いでゐの方に入り給へり 金葉、雜上いでゐにおきたりける小弓をとりて 宇治拾、五ノ十御出居へ參らせ給へ云々
でゐ
源、東屋、廿一まらうどの御でゐさぶらひとしつらひさわげば云々 宇治拾、五ノ十見參らせば御でゐのさま云々
同、九ノ十七出ゐをはきてゐたり
いでゐ
出居る也。 竹取七月十五日の月の出ゐてせちに物思へるけしきなり 源、若紫、五さる海づらに出ゐたるひがひがしきやうなれど 同、榊、五わかわかしう出ゐんが今更につつましき事とおぼすに
いでく
出來。
いでこ
いでき
出まうでく
此まうではそへていふ詞也。
出おはす
來るの敬語也。共に此所に出す。歌のデキル、子のデキル又物事ノデキテクル、又人ノ其所ヘデテ デテキテ又スギシ事のデテクル、これらのたぐひ又日なみなどにいふはマハリキタリシ意也。動かしいふ詞皆おなじかるべし。
出くる
源、榊、四十三かうやうの折こそをかしき歌など出くるやうもあれ
出まうでこん
枕、五ノ廿六千歌なりともこれよりぞ出まうでこまし
出おはします
源、松風、九若君のかう出おはしましたる御すくせのたのもしさに
いでく
出くる
同、若紫、五十二わがここちもすこしたがふふしもいでくやと心おかれ人もうらみがちに思ひの外の事もおのづから出くるを
出き
伊勢物、廿三段かふちの國たかやすの郡にいきかよふ所出きにけり 源、明石、卅五つひに后の御いさめをもそむきてゆるされぬべきさだめ出きぬ
出こん
伊勢物、六十三段三郎なりける子なんよき御男ぞ出こんとあはするに
出まうでくる
源、若菜、下、八十三ほどだにへずかかることの出まうでくるよ
出まうでき
落窪、二みだりがはしき事の出まうできにしかば
出おはする
源、蓬生、三おぼえず神佛のあらはれ給へらんやうなりし御心ばへにかかるよすがも人は出おはする物なりけると云々
出きて
宇津保、俊蔭しはぶき給へば子出來て見て 伊勢物、六十二段もと見し人の前に出きて 源、夕顏、四をかしげなるいで來て 同、十三又よろしきおとな出きて
出きたる
同、四惟光の朝臣の出きたるして奉らす
出こぬ
同、若紫、四十又人も出こねば
出こし
玉、春上、人丸春ののに心やらんと思ふどち出こしけふはくれずもあらなん
出まうでき
源、若菜、上、七十四あやしき昔のことども出まうできつらんはや
出きて
土佐日記かぜもふかずよき日出きてこぎゆく
出くる
宇津保、藏開、下、四十廿九日に出くるおとね乙子は大宮の御ももかにあたりけり
出きたる
同、下、五十二大將殿には廿七日出きたるおとねになんさがの院に御賀參らんとし給ひける 源、須磨、四十八やよひのついたちに出きたる巳の日 同、總角、七十五五節などとく出きたる年にて
出きたり
拾、雜春東三條院御四十九日の内に子日出きたりけるに
いでく
源、藤裏葉、十一御かへしいといできがたければ
いでや
いでの所。
いでやらぬ
いづの所。
いでこ
いでくの所。共に已に出す。
いでてつかふる
出て仕。 新拾、雜中、爲氏めぐりあふ雲井の月にいく度か出てつかへし秋をこふらん 新千、雜中、前大僧正慈慶三そぢ迄ただいたづらに杉の門出てつかへん事をしぞ思ふ
いであふ
出逢。 源、玉鬘、十心をやぶらじとおばおとど出逢ふ 竹取御使に竹とり出あひて 後撰、雜二河原に出てはらへし侍りけるにおほいまうち君も出あひて侍りければ
いでぎえ
さし出てみるにはえなき也。 源、若菜、下、十九かかる折ふしの歌は例の上ずめき給ふ男たちも中々出ぎえして松の千とせたりはなれ今めかしき事しなければうるさくてなん 同、御幸、四いでぎえどものかたはなるにやあらん。おなじ目鼻とも見えず 同、東屋、五十二出ぎえはいとこよなかりけるに
いでゆ
出湯。温泉の事也。 後拾、戀一、相模つきもせず戀に涙を季吟本かす哉こやななくりの出湯なるらん 千、神祇、資賢めづらし季吟本御幸をみわの神ならばしるし有馬の出湯なるべし
いでしほ
出汐。サシシホ也。
いさ
不知。いなと意同。ドウヂヤヤラ也。 落窪、一、少將詞何の名ぞ落くぼとはといへば女いといみじくはづかしくいさといふ 伊勢物、廿一段人はいさ思ひやすらん玉かづらおもかげにのみいとど見えつつ 古、春上、貫之人はいさ心もしらず故郷は花ぞ昔の香ににほひける 同、戀三、元方六帖、五下人はいさわれはなき名のをしければ昔も今もしらずとをいはん 古、墨けしの歌六帖、五下犬上六帖とこの山なるなとり川いさや川イ本いささ川六帖いさとこたへ六帖わが名もらすな 宇津保、國讓、下一まことにここに見しやうなるわらはのありしはたれにか中納言詞いさあまたあればしらず 大和物、六いかで少將の君に物聞えんといへば云々いさ殿上などにやおはしますらん 拾玉、五すぎにけり都のうちに住ながらよしののおくをあさしとはいさ 月詣、二、小侍從とへど此賤男は過ぬ我身にもおはぬさくらの花はいさとて廣足云、いさとのみいひて不知のこころなり。萬葉、三不知代經浪(イサヨフナミ)と借字せるにて知るべし。清てよむべし 源、若紫人にかたはらいたしとおもひてあなかまときこゆいさ見しかばここちのあしさなぐさめきとの給ひしかばぞかしと廣足云、此いさいさやと大かた同じ 風雅、雜下、前大僧正道玄世のうさにおもひたちぬる山里はいさいつまでとほどもさだめず 拾玉、三外はいさ問くる人もあとたえてわがやどにのみつもるしらゆき 枕、七何とかこれをばいふととへどとみにもいはずいさなどこれかれ見あはせて 拾愚、上月もいさ槇のはふかき山のかげ雨ぞつたふるしづくをも見し 拾玉、五杉の屋のあはぬすきまの霜はいさむすばぬ夢の月をしぞ思ふ 新拾、春上、伏見院御製われはいさなれもしらじな春の鴈かへりあふべき秋のたのみは 貫之われはいさ君が名のみはしら雲のかかる山にもおとらざりけり 後拾金、別、實繼人はいさわが身は末になりぬれば又あふ坂もいかでまつべき 續古、春下、入道前太政大臣人はいさ老ぬる身には大かたの春のわかれもかなしかりけり 貫之人はいさわれはむかしのわすれねば思へどききて哀れとぞおもふ 金葉、戀下、讀人しらず人はいさありもやすらんわすられてとはれぬ身こそなきここちすれ 顯季卿人はいさふままくをしき雪なれどたづねてとふはうれしきものを 千、戀三、頼政人はいさあかぬよどこにとどめつるわが心こそわれをまつらめ 頼政われはいさむかしもしらずあかざりし名殘はそれにはじめてぞ思ふ 行家卿こひはいさ吹くる風の身にしみて扇をひつにいるかとをしれ 續千、戀五、入道前太政大臣人もいさつらきたかにやかこつらんわれはうらみてとはぬ月日を 新拾、戀五、後堀川院民部卿典侍人はいさあだちのまゆみおしかへし心の末をいかがたのまん 拾、冬、兼盛人はいさおかしやすらん冬くればとしのみつもる雪とこそ見れ 壬二、中風の音はいさとほ山の木のまよりめにはさやかに月ぞもりくる 宇治拾、一いさや侍りけんそのし給ふやうなる事はし給ひきといへば 玉葉、十八人はいさこひしからでやこしかたをむかしとばかりおもひいづらん 宇津保、忠こそ、六人はいさかれしとぞおもふたのめおきて露のきえにしやどのむぐらは 新續古、戀三、爲之人はいさかはらぬ色にちぎりおきてわが松風のおとぞふけ行 宇治拾、八ノ一右大臣どのいさ此事いかがあるべからんとて 同、九ノ十一御ともの人はいくらばかり候ととへばいさまことにやあらんあすの夕さりここにくべかんなる
いさとよ
俗のイナトヨの意也。 源、若菜、下、八十三女三答いさとよ文を見しほどに源の入り給ひにしかばふともえおきあへでさしはさみしをイイヤソレニモワケガアルの心也 拾玉、七打しぐれさびしき宮となりにけりいさとよ秋の鹿なかずともイヤモウ、イヤヂヤゾヨの心也
いさや
いさに同。あゆひ抄に何ガドウヤラと釋せり。イナヤ イデヤに同くイヤモウ イイヤなどの意なるもあり。 後撰、戀一淵瀬ともいさやしら波たちさわぐわが身ひとつはよる方もなし 同、戀五いさやまだ人の心も白露のおくにもとにも袖のみぞひつ 拾、戀四六帖、四いさやまだこひてふこともしらなくにこやそなるらんいこそねられね 宇津保、藏開、上、七十四大宮詞などかさおぼさるる。女御の君答いさや此御心にぞ見給へわびぬる 源、帚木、廿六さてその文の詞はと問ひ給へばいさやことなる事もなかりきや 同、早蕨、九はしたなしとおもはれたてまつらんとしも思はねどいさや心ちも例のやうにもおぼえずかきみだりつついとどはかばかしからぬひがこともやとつつましうてなん 拾玉、五いさや雪かしらの上にうつすまでやまのぬしとも思ふべき身か 詞花、雜下、宇治前太政大臣いさやまだたつきもしらぬたかねにてまづくる人に都をぞとふ 續古、戀三、今上御歌ながらへん人の心のいさや川いさわればかりこひわたるとも 同、同五、中務卿親王ちりをだにはらはぬ床のやま川のいさやいつよりおもひたえけむ 隆信こひせじのみそぎもいさや夢にだにみたらし川のわすれがたみを 新勅、雜一、光頼いさやなほ花にもそめじわがこころさてもうき世にかへりもぞする 續後拾、戀二、宣子ちぎりおく心の末はいさや川いさたのまれぬ瀬々のあだなみ 玉葉、旅、西行たのむらんしるべもいさやひとつよの別にだにもまどふ心は 新後撰、戀三、爲氏代々かけて浪こさじとは契るともいさや心の末の松山 榮、木綿しで此北のみかどよりこそはわたらせ給ふべかめれと申させ給へばいさやさやうに此人々はいふめれど 新古、雜上、師光いさやまた月日のゆくもしらぬ身ははなの春ともけふこそは見れ 榮、初花ただ御いのりのことをのみいそがせ給へどいさや世の中にすこし人にしられ 新拾、戀三、大江忠幸待人はこよひもいさや入日さすとよはた雲の夕ぐれの空 新續古、戀三、從一位宣子かならずといひしもいさやたのまれず待よふけ行とこの山風 萬代、雜六、相模思はじやくるしやなぞと思へどもいさやわびしやむつかしの世や 玉葉、戀四、和泉式部いさやまたかはるもしらず今こそは人の心を見てもならはめ 源、葵おぼしいづるに心うければいさや聞えまほしきこといとおほかれど 同、榊いさやここの人めも見ぐるしうてゐんか 李花いさやまたしるもしらぬもあふ坂の關路ときけばたのまれぬかな いさやまたこゆともこさじあふ坂もうき身のための關路なりせば
いさともいさや
イヤヂヤゾイヤヂヤゾ也。 後撰、雜四拾遺、雜、戀伊勢集、卅四世の中はいさともいさや風の音の秋に秋そふここちこそすれ
いさしらず
イイヤ、シラヌの心也。 枕、七ノ廿五なぞなぞ合せの所に左の一番はおのれいはん。云々ただまかせて物し給へ。云々いさしらずさらばなたのまれそ 濱松、二むげにたよりなき事にもあらずさはいふとも姫君などをいさしらずとおぼめき給ふべき事にあらじとおぼせば 續古、戀五、爲家いさしらずなるみの浦のひくしほのはやくも人はとほざかりにし 拾玉、五いさしらず松風ふかぬやどならばわがことの葉もおもひ出じを 玉、釋教、師季いさしらず此世をうしといとひても又なにの身にならんとすらん
いざ
イザイザサアサアと心のすすむ折の發語也。いでに似てすすむ心の甚しき也。いささかたがへり。神武紀天神子召怡奘過(イザワ)々々々とある同意にて誘引する詞也。 古事記、中、卅七伊奢(イザ)シト(タチ) 履中紀、一去來此云伊奘(イザ) 萬、一ノ廿六去來(イザ)子供はやもやまとへ大伴のみつの濱松まちこひぬらん 同、五ノ卅九ゆふべになればいざねよと手をたづさはり 古、雜上鏡山いざ立よりて見てゆかん年へぬる身は老やしぬると 萬、十九ノ四十五拾、春袖たれていざわが園に鶯の木づたひちらす梅の花見 後撰、雜二音にのみききてはやまじあさくともいざぐみ見てん山の井の水 同、雜三遍昭大和物、六世をそむく山ぶしの遍昭苔の衣はただひとへかさねばうとしいざふたりねん 大和物、三もろともにいざとはいはでしでの山などかはひとりこえんとはせし 後撰、戀三敦忠、十七あふ事をいざほに出なん花すすき忍びはつべき物ならなくに 源、夕顏、廿いざただ此わたりちかきき所に心やすくてあかさん 萬、四ノ四十玉ぬしに玉はさづけてかつがつも枕とわれはいざふたりねん
いざいざ
宇治拾、十四ノ廿四女房どもこれをかしき事にてあるいざいざ笑はんなどあざけるを
いざかし
ただかしを添へたる也。 源、若紫、卅七宮のおはするかとてよりおはしたる云々あしういひてけりと思して云々いざかしねぶたきにとの給へば 和泉式部日記うつろはぬときはの山のもみぢせばいざかし行てのどのどと見む
いざよ
濱松、三后のいとけなくて母君にわかるる所にいざよ母諸ともにと首をいだきてさそひしを
いざたまへ
われとともに行給への意也。 落窪、四いざたまへ。よさりにてと思ふとのたまへば云々 宇津保、俊蔭母の御もとに行ていふやうほかにいざ給へまろがまかる所へ云々 同、吹上、下、七あからさまにまかり下らんとするをいざ給へ行政答云々 源、若紫、四十六いざ給へ宮の御使にて參りきつるぞとの給ふ 同、葵、十一いざ給へ。もろともに見んよ 同、浮舟、六十八いざ給へ。ともにくはしく聞えさせ給へといざなふ
いざたまへかし
枕、五ノ廿二いざ給へかし。内へなどいふ
いざたまへよ
源、若紫、卅九いざ給へよをかしき繪などおほくひひなあそびなどする所にと心につくべき事をの給ふ 狹、一ノ下、十六音なしの里たづね出たらばいざ給へよ
著聞、十六ノ五十一いざ給へ人のもとへ酒のみにまかるにともなひ給へかし 同、十七ノ十五いざ給へといひて引出さんとしけり 宇治拾いざたまへ。あはせまゐらせんといへば云々此きたるきぬたてまつらんといへばいざたまへとてなりなる所へゐてゆく 源、手習、卅七いざ給へ人やはしらんとする 和泉式部物語いざときこゆるにいざ給へかしなどのたまはせて
いざさせたまへ
右に同。 宇津保、初秋、下、六十三仲忠母のむかへに内裏より來りし所に猶はやすこしよしあらん御ぞ奉り見所あらん御形見出ていざさせ給へ 同、嵯峨院、八十九いざさせ給へとてゐていりて 宇治拾、六ノ十七此女どもさらばいざさせ給へといひて前に立てみちびきてゆく 和泉式部物語いざさせ給へ。見むとのたまはすれば 宇治拾、二いざさせ給へ物こころ見んとて 同、六いざさせ給へゆあみに大夫殿といへば
いざさらば
新續古、雜下、八條院高倉いざさらばこん世をかねて契りおかん限りもしらぬ月の光に 著聞、十六ノ九いざさらば今一度とらんとて 萬代續古、雜上、稚成親王いざさらばわたりくらべん郭公われもうき世になかぬ日はなし 新後撰、春下、長方いざさらばよしのの山の山守と花のさかりは人にいはれん 壬二、中いざさらばゐで里人山吹の花いろごろもくれに重ねん 月詣、小侍從ほととぎすまてどなかずいざさらばおもひおもひにゆきてたづねん
いざさば
續後拾、雜五、寂蓮すみわびぬいざさばわれもかくれなん世はうきものぞ山のはの月
いざと
體の詞。此は寐成。共にメザトキ也。 夫、八、宗長よもすがらねぐら定めぬ聲すなりさもいざとなる郭公哉
いざとし
の抄、夜もねぬ也。
いざとき
源、末摘、廿四すごううたていざときここちする夜のさまなり 同、浮舟、六十七めのとのいざとき事などかたる 枕、六ノ十はづかしき物。いざとき夜ゐの僧
いざとげ
源、浮舟、六十七あれはたそといふこゑこゑいざとげなり
廣足云、肥後俗に夜打とこてねぬやうにといましむる事をイサトウと云。少し詞をつくろひてはヨサトクといへり。ヨを夜のことと心得ためれど、こはイの方よろし。そは宿()サトクといふ事にて物語文などに多し。今俗に寐る時のいとまごひのやうに心得たる誤也。 拾員外、四朝ぼらけよどのこのしものいざとさよけぶりをいそぐ冬の山がつ 宇津保、あて宮あさいざとやなどのたまふほどに
いさり
漁獵するをいふ。無名抄にあしたにするをあさりとなづけゆふべにするをいさりといへりとあり。今按ずるに此説は心得がたし。あしたにするもいさりといへる事例あり。 萬、廿ノ廿五をちこちに伊射里(イサリ)つりけり 古、雜下、篁おもひきやひなのわかれにおとろへてあまの繩たぎいさりせんとは 拾、物名伊勢集、四十八わたつ海の沖中に日のはなれ出てもゆと見ゆるはあまのいさりか 萬、三ノ十六むこの海のふなにはならしいさりするあまの釣船浪のうへゆ見ゆ此歌舟庭とあればなぎたる日の事にて夜の事にあらず 蜻蛉日記、中ノ下むねの外には鵜舟なりけれなどおぼえて猶見れば曉方にはひきかへていさりといふ物をぞする 夫、五、春海、爲家朝なぎのあまのいさりぞ思ひやる春のうららに日はなりにけり 廣足云、いさりいそなとりにて、すなどりと同語也。あさりは足探にて別なること縣居翁の説詳なり。 萬、十五ノ十七うなばらの沖へにともしいさる火はあかしてともせやまとしま見む
いさりび
漁火也。 後拾、戀一、頼光かくなんとあまのいさりびほのめかせ磯邊の浪のをりもよからば
いさる
字鏡篅、志太彌(シタミ)伊佐留(イサル)穀竹器也。伊佐留 ○今肥後俗にざるといふ竹器あり。是にあたるべし。
いさを
功。體の詞也。 日本紀竟宴和歌、矢田部公望草木みなことやめよとてあし原の國へたちにし夷裝鳴(イサヲ)なりけり 同、秦敦光あまのほひうけひもしるくあれまして神のいさをとなりにけるかな
いさをし
意は右に同。用の語也。 神代紀、上ノ卅九有功之(イサヲシノ) 仲哀紀伊蘇志(イソシ)は此詞を約めし也とぞ。
いそし
已に出す。
いさをしき
延喜民部式、十一郡司少領已上(イサヲシキ)于事
いさをしく
類聚國史延暦十一年十一月詔伊佐乎之久(イサヲシク) 竟宴歌、葛井清鑑伊佐遠志久ただしき道のおむかしさとてぞわが名も君はたまひし
○此いさを いさをし二つとも物語などにはをさをさ見えず。 宇津保、俊蔭、一ノ四としかげいさをしき心いちはやき足をいだして 類聚國史延暦十四年十月詔之久(イサヲシク)
いさかふ
俗と同。あらそふ意也。
いさかひ
源、東屋、四十一かの殿にはけふもいみじくいさかひ給ひけり 同、十七なげかしくうらめしき事もなくかたみに打いさかひても心にあはぬ事をばあきらめつ
大和物、四人のいさかひする音のしければ云々いみじうさきのごといさかふなり 月詣いさかひいへ出したりけるを
いさかひ
體の詞。 榮、後悔大將、六こときんだちはあそびいさかひなどせさせ給ふ 同、本の雫、四十六かたがたにとりこめられていさかひをのみす
いさよふ
やすらふ意也。 古事記、中ノ四十三宇美賀波海河伊佐用布(イサヨフ)とあるも此上の文のなづみといふに同く滯るなりとぞ。
いさよふ波
萬、三ノ十八六帖、三新古、雜中、人丸もののふの八十宇治川の網代木にいさよふ波のゆくへしらずもよるべ六帖新古
いさよひ
萬、三ノ卅六射左欲比(イサヨヒ) 古、戀四六帖、二君やこんわれやゆかんのいさよひに槇の板戸ささねにけりやすらひ。を。ささで六帖
いさよふ月
萬、六ノ卅二山のはに不知世經(イサヨフ)月の出んかと我まつ君が夜はふけにつつ出んとする月のやすらふ也 源、夕顏、廿二いさよふ月にゆくりなくあくがれん事を此夕がほのは、注、山の端へ入り兼たるをいふ
いさよひの月
八雲御抄、三上、天の部いさよひの月は十六日の月なり。是源氏歌故也。但いさよふ月はいさよひの月にあらざるか。萬葉歌云々是非十六日の月 源、末摘、四いさよひの月をかしきほどにおはしたり 山家、上いさよはで出るは月のうれしくて入山のはのつらきなりけり
いさつ
アガキ、ナクサマにや。 古事、上、十四啼伊佐知伎(ナキイサチキ) 神代紀、上、九哭泣(ナキイサツル) ○此詞延喜より後のふみにをさをさ見えず。
いさなとり
海濱奈太にいへる枕詞也。いさなは鯨魚也。 允恭紀、九いさなとり海のはまもの 萬、二ノ十八いさなとり海べをさして 萬、六ノ十五いさなとり濱べをきよみ ○其外あまた見えたり。
いざなふ
サソフ也。 源、浮舟、六十八いざ給へともにくはしくきこえさせ給へといざなふ
いざなひ
續日本紀、十七ノ十七衆人伊謝奈比仕奉心 萬、九ノ廿三率而(イザナヒテ) 同、十八ノ廿もろ人をいざなひ給ひよきことをはじめ給ひて 古、旅あづまの方へ友とする人ひとりふたりいざなひていきけり 狹、二下、四十七殿はさのみもいかがはといざなひ聞え給ふを
いざなはん
源、蓬生、八此君を猶もいざなはんの心ふかくて
いざなはる
古、戀三伊勢物、六十五段六帖、五上いたづらにゆきてはきぬる物故に見まくほしさにいざなはれつつ
いざなはず
源、手習、卅七しひてもいざなはず 萬、十七ノ四十五ますらひをのともいざなひて 月詣、戀中、大進待かねてこひなぐさめに見る月のやがて心をにしへいざなへ 拾玉、四よをかさね西にいざなふ月かげよいつもろともにいらんとすらん 續日本紀、十七ノ廿六教伊佐奈比(ヲシヘイサナヒ)
いさらをがは
いさら小川。淺き川をいふ也とぞ。 永久、曉月、兼昌岩間ゆくいさら小川のせはしきにわれてやどれる有明の月 拾玉、六わが門にうゑしもしるしかげ柳いさら小川にゆふ涼みせん 月詣、忠慶なはしろにせきやとむらんかきねなるいさらをがはの音よわる也 玉葉、夏、實家さみだれはいさらをがはをたよりにてそともの小田をみをとなしつる
いさらゐ
細流小井也 源、松風、十六いさらゐははやくの事も忘れじをもののあるじやおもがはりせる 同、藤裏葉、廿二なき人はかげだにみえずつれなくて心をやれるいさらゐの水 夫、廿六、千五百番、土御門内大臣せきとむる心もくるしいささらばいさらゐの水もらし出てん
いさらみづ
契沖云、いさら水にはたづみと同じ物也。 皇極紀、十八是已雨下潦水溢(イサラミヅイハメタリ)和名、一ノ四爾八太美豆雨水也とありて雨の後俄にたまりてしばしある水をいふ。
いさむ
制し禁ずる意也。諫の字も意同。 萬、十六ノ八禁屋迹女(イサムヲトメ)
いさむる
伊勢物、七十一段こひしくはきても見よかし千早ぶる神のいさむる道ならなくに 重之、二もみぢばをおのがものとも見てし哉見るにいさむる人はなけれど
いさめし
拾遺、戀四たらちねの親のいさめしうたたねは物思ふ時のわざにぞありける
いさめて
源、夕顏、卅よるの聲はおどろおどろしくあなかまといさめ給ひて 同、蓬生、五女房の調度賣らんといふ所にいみじういさめ給ひて末つむ詞見よと思ひ給ひてこそしおかせ給ひけめ云々との給ひてさるわざせさせ給はず 同、總角、十にもおほとなぶら參らすれど大君詞なやましうてむらいなるをあらはになどいさめて
いさめん
夫、廿、範重吹風を神やいさめん手向山をればかつちる花の錦に
いさめぬ
萬、九、廿三、長歌牛はく神のむかしより不禁(イサメヌ)わざぞ云々 拾遺愚草、上心からいきうしといひてかへるともいさめぬ關を出ぞわづらふ
源、若菜、上、廿二いさむることにしたがひたまふべきおのがどちの心よりおこれるけさうにもあらず 同、卅三えいさめかへしきこえ給はず 同、榊、五十つらゆきがいさめたうるるかたにて
いさめおく
源、桐壺、十三故大納言今はとなるまでただ此人の宮づかへのほい必とげさせ奉れわれなく成ぬともくちをしう思ひくづほるなとかへすがへすいさめおかれ侍りしかば
いさめかへす
同、若菜、上、卅二左大將殿の北方若菜參り給ふ。かねてけしきももらし給はでいといたく忍びておぼしまうけたりければ俄にてえいさめかへし給はず
いさめ
體の詞。 源、桐壺、四みこたちなどもおはしませば此御方の御いさめをのみぞ猶わづらはしく心ぐるしう思ひ聞えさせ給ひける 同、帚木、廿四なにがしらがいやしきいさめにて
いさむ
勇の字の意也。仁徳紀、九に幹をいさみとよめり。 拾玉、五、頼朝秋近くなりもてゆけば蟲のねもいさむ聲々あるかとぞきく
いさみたる
萬、廿、十八いさみたるたけきいくさとねぎたまひ 宇治拾、二ノ卅一此相撲人よりたけたかく大にわかくいさみたるをのこにて
いさみ
體の詞。 宇津保、俊蔭父母あひ見ずして長くわかれて悲はあまりありといへどもまねびつかうまつるいさみはなし 同、嵯峨院、廿九此事ゆるされず山林にまじりておほやけにもつかうまつらじ。何をいさみにてかと申さればさりともえいなび給はじ琴の事也 同、中、卅六世の中にまじらひ侍れど何のいさみも侍らぬに 日本紀竟宴、下卷くろかねのまとをとほせるいさみにぞそ名を賜はりて世に傳へける
いさや
いさの所に附す。
いさまし
宇津保、俊蔭俊蔭いさましき心早き足を出してゆくにからくして其山にいたりて
いさご
すなご又まさごといへる皆同。 和名、一ノ九砂水中細礫也和名以佐古又須奈古 神代紀、上ノ十七砂石(イサゴ) 神功紀、十一異佐誤(イサゴ)kfpdo 狹衣、三、下、十一裳は云々こがねのいさごに白かねの波よせて
いさごにまじるこがね
堀川、螢、隆源流れゆく川べにすだくほたるをばいさごにまじるこがねとぞみる
庭のいさご
源、若紫、四十八庭のいさごも玉をかさねたらんやうに見えて
いそのいさご
忠峰汐がまのいそのいさごをつつみもて御代の數とぞ思ふべらなる
萬代、冬、俊成白砂のいさごまきしく天の河月の都のみゆきなるらし
いささか
聊。俗と同。 土佐日記そのよしいささか物にかきつく 源、夕顏、卅八いとらうたげなるさましてまだいささかかはりたる所なし 枕、二ノ廿七かうしのあがりたればみすのそばをいささかあけて見るに
いささかも
源、桐壺、十四世にいささかも人の心をまげたる事はあらじと思ふを
いささかの事
同、夕顏、十五いささかの事も御心にたがはじと思ふに
いささかなる事
伊勢物、十六段いささかなる事もえせでつかはす事とかきて 同、廿一段いささかなる事につけて世中をうしと思ひて
いささかなる消息
源、澪標、廿五いささかなる御せうそこをだにして心なぐさめばや
いささかに
此詞に文字をそへていふ事俗なりと宣長のいへるはいかが。あまた例あり。 土佐日記十三日の曉にいささかに雨ふる 拾、哀傷いささかに思ひをのぶといふ題をよみ侍りける 源、槇柱、廿一姫君ひはだ色の神のかさねただいささかに書て
いささかにて
同、藤袴、十七宮の御かへりをぞいかがおぼすらんとただいささかにて
拾玉、四くれ竹にいささか風のおとづれてふくるまくらに木のはちるなり 萬、十九ノ廿三伊佐左可爾おもひてこしをたごの浦にさける藤見て一夜ねぬべし
いささけわざ
右に出したる伊勢物語いささかの事もえせでの意也とぞ。 土佐日記四日風ふけば出たたず。まさつら酒よき物奉れり。かやうに物もてくる人になほしもあらでいささけわざせさせす物もなし。にぎははしきやうなれどまくるここちす
いささめ
かりそめに同。 萬、七ノ卅四まきばしらつくるそま人伊佐左目丹(イササメニ)かりほのためとつくりけめやも 古、物名、紀乳母いささめに時まつ間にぞ日はへぬる心ばせをば人に見えつつ 大和物、六いささめに吹風にやは靡くべき野分すぐしし君にやはあらぬ 散木、中、四十六、釋教もしもやとたのみをかくる歌「いささめにあはれと見ませ時まつとみだをたのまん心ばせをば」
いさぎよし
潔。 文選、西都賦(イサギヨシトス)顥氣之清英
いさぎよき
千、釋教、顯仲いさぎよき池に影こそ浮びぬれしづみやせんと思ふわが身を 夫、十九、社頭雪、俊成いさぎよき光りにまがふ塵なれやおまへの濱につもる白雪
金葉、雜下、僧正行尊いさぎよき空の光をたのむかなわれまどはすな秋のよの月 月詣、釋教、寶仙いさぎよく心のしみづすみぬればはちすはよその花とやは見る 續古、神祇、高遠いさぎよきみたらし川の底ふかく心をくみて神はしるらん 玉葉、雜四、寂蓮いさぎよき心もしるし入月のなきかげをさへ君にまかせて 同、神祇いさぎよきひこの高嶺の池水にすまば心のすまざらめやは
いざめ
寢ザメ也。 六帖、一ノ上あづま路のいざめの里の初秋の長き夜をひとりあかす我なぞ 同、五ノ上われのみと思ふはやまのいざめ里いざめに君をこひしあかしつる共に里の名にかけてよめり
いさめのつづみ
諫鼓也。 夫、卅二、土御門内大臣君が代はいさめのつづみ鳥なれて風さへ枝をならさざりけり 土御門院御集音たえしいさめのつづみ鳥なれて苔むすまでに年ぞへにける
いさめ
いさむの所に附す。
いさみ
いさむの所に出す。
いさしらず
いさの所に出す。
いき
息。
出る息
詞花、拾穗本、雜下、新院出るいきいるをまつ間もたかき世を思ひしるらん袖はいかにぞ
はなちたる息
枕、十二ノ四あまものぼらんとては云々舟のはたをおさへてはなちたる息などこそ云々
息もやすめず
萬、五ノ五いきだにもいまだやすめず
息かよふ
源、夢浮橋、六此人もなくなり給へるなまさながらさすがに息はかよひておはしければ 濱松、四さぐり給へばいきのかよふけしきもなくかひなどもひややかにあたる
息たゆ
源、桐壺、七息もたえつつ聞えまほしげなる事はありげなれどいとくるしげにたゆげなれば
息をのぶる
同、夕顏、卅二此人にいきをのべ給ひてぞかなしき事もおぼされける息をやすむる事也。右近など來り少し心オチツキてかなしくなり給ふ也
息もせず
同、廿八かいさぐり給ふにいきもせず 同、手習、七なよなよとして物もいはず息もし侍らず
息つく
息のを
息の下
これら別に出す。
いきいづ
生出。よみがへる也。
生出る
源、玉鬘、十四川じりといふ所ちかづきぬといふにぞすこしいき出るここちする是はおはれてくるしき時の事
いき出て
いき出たり
伊勢物、四十段又の日の戌の時ばかりになんからうじていき出たりける 同、五十九段おもてに水そそぎなどしていき出て 源、手習、九いき出たりともあやしきふようの人なり
いきぼとけ
生佛。 宇治拾、五ノ十三御室戸をば隆明といふ。一乘寺をば僧譽といふ。此二人各たふとくていき佛なり 十調抄、十ノ中、八たへがたくをかしく覺えけれどさばかりのいき佛ねんごろにいひ出給ひける事なれば忍び給ひけるとなん云々
いきほひ
勢。 神代紀、下、卅六(イキホヒ) 源、桐壺、卅春宮の御おほぢにてつひに世の中をしり給ふべき右のおとどの御いきほひは物にもあらずおされ給へり 同、竹川、初さばかりいきほひいかめしくおはせしおとどの
水のいきほひ
同、梅枝、十六あしでのさうしどもぞ云々水のいきほひゆたかにかきなし
いきほひなし
伊勢物、四十段人の子なればまだ心いきほひなかりければとどむるいきほひなし 源、玉鬘、六ことなるいきほひなき人はたゆたひつ
いきほひて
いきほひたり
意右に同。用の詞にいへり。 宇津保、祭の使、廿七御方々はゆたかにいきほひて七の寶をやらん方なくこそおはしますめれ 同、藤原君民部卿のおなじ原の六の君年十八子ふたり又うみ給はんとするといと多くいきほひたり 源、玉鬘、廿三此國の守の北方もまうでたりけり。いかめしくいきほひたるをうらやみて
いきどほる
垂仁紀、五日夜懷悒(イキドホリテ)訴言 萬、十九ノ十一いきどほる心のうちを思ひのべ 字鏡伊支度保留又伊太彌宇禮不 文選、羽獵賦忼慨(イキドホリ) 同、北征賦於邑(イキドホル) ○按ずるに悒は字書に不安也又憂也と注せり。なげきうれふる也。今の俗に腹だつ事とはたがへり。此詞中つ世のふみにはをさをさ見えず。但今物語、廿三蓮花王院の寶藏に納りけるをわが所にこそおくべけれとていきどほり申けるとなんとあるは腹だつ意に聞ゆ。是は下りたる代の物語也。
いきどほしき
息タユマシキ也。 著聞、七ノ十八腹ふくれていきどほしきとて
いきどまる
生殘る意也。 源、夕顏、卅九いきどまるまじきここちすれとの給ふも 同、關屋、六うきすくせある身にてかくいきどまりて
いきどころ
行所。 狹、一ノ上、四十五いきどころをとひききて
いきとしいけるもの
此世に生ヲウケタルモノスベテの意也。 古、序いきとしいけるものいづれか歌をよまざりける
いきちる
行散。 源、蓬生、三さてありぬべき人々はおのづから參りつきてありしを皆つぎつぎにしたがひていきちりぬ 同、蜻蛉、四十九皆人ともいきちりて
いきをさめのおもの
山岡明阿云、息やすめの爲に聞召食物也。 宇津保、藏開、下、卅五右のおとどにはいきをさめのお物の事聞え給ふ
いきをはなつ
息ヲ放。 宇治拾、十一ノ十八ときどきそこにいきをはなつやうにして云々時々大いきをぞはなつ
いきわかる
行別。 源、夕顏、卅四見すてていきわかれにけりとつらくや思はんと云々
いきかへる
生かへる。蘇生をいふ。 源、夕顏、卅四いきかへりたらん時いかなる心ちせん 續世繼、六ノ五十四白川院位につき給ふべくはいきかへりたまへと仰せられけるほどに
いきかへる
行て歸る也。 後拾、哀傷、いせ大輔別れにし其日ばかりはめぐりきていきもかへらぬ人ぞこひしき此歌生に行をかねたり
いきかよふ
行通。 伊勢物、廿三段かふちの國たか安の郡にいきかよふ所出來にけり 同、六十五段よき事と思ひていきかよひければ
いきかくる
行隱。 源、蜻蛉、三ふかくうたがひたれば外へいきかくれんとにやあらん
いぎたなし
寢コキをいふ。
いぎたなく
宇津保、藏開、中、四ねいらでみじろぎしふし給へば頭中將むかしはいぎたなくおはせし殿の云々
いぎたなき
源、空蝉、八いぎたなきさまなどぞあやしくやうかはりて 同、須磨、八こころぐるしき人のいぎたなきほどは云々 同、九いぎたなき人は見たまへんにつけても中々うき世のがれがたう云々
いぎたなかりける
同、帚木、四十二人々おき出ていといぎたなかりける夜哉御車引出よなどいふなり 枕、十ノ廿六いかにかくは盜ませしぞ。いぎたなかりける女房たちかな
同、二ノ九わがもとにあるものどものおこしよりきてはいぎたなしとおもひがほに
いきつく
息をつく也。 竹取大納言南海の濱に吹よせられたるにやあらんと思ひていきつきふしたまへり
いきつく
行着。 源、夕顏、四十かかる道のそらにてはふれぬべきにやあらん。更にえいきつくまじきここちなんする 同、玉鬘、十五その所といきつくべき故郷もなし 更級日記、六むさしの國にいきつきにけり 宇治拾、一ノ廿八けふのうちにわが家にいきつきて云々もしけふのうちにいきつきていはずは
いきつむ
コラヘ、シンボウスウ心。 著聞、十六これを大事とおもふさまにいきつみてひられん屁の事也ごにひらせ給へ。いつもいつもかくのみいきつみならひ候ぬれば云々いきつみ候まじければ云々ないないにてよくいきつまて候て 同、廿九しと小便をいきつまま一定もろともに出ぬべく
いきうし
行事ノウイ也。 古、離別、源實人やりの道ならなくに大方はいきうしといひていざかへりなん
いきうす
行失。
いきうせ
枕、十ノ十八いづちもいづちもいきうせなばやと思ふに
いきのを
息の緒。命をいふ。 萬、七ノ卅五いきのをに思へるわれを山ちさの花にか君がうつろひぬらん 永久、王昭君、顯仲かきながすみくづになれるいきのををむすびとどむる世こそつらけれ 萬、十三ノ十いきのをにして 同、四ノ卅八同、十二ノ廿二おもひわたらんいきのをにして 同、卅九いきのをにわが思ふ君は
いきのした
息の下。物いふ聲のかすかなるをいふ。
いきのしたにて
竹取やしまの鼎の上にのけざまに落給へり。云々御ここちはいかが覺さるると問へば息のしたにて物はすこしおぼゆれど腰なんうごかれぬ
いきのしたに
狹、二、上、六云々とまれまれはいきのしたにの給はするを
いきのしたに引いれ
源、帚木、十はつかなる聲きくばかりいひよれどいきの下にひきいれことずくななるが
いきのしたなり
同、四十あさましく人たがへにこそ侍るめれといふもいきのしたなり
宇治拾、三ノ十いきのしたにおろおろいはれける
いきまき
契沖云、胸のほどはしる故に息の短なれば息を卷くといふ義なるべし。 徒然、百五段上人猶いきまきて何といふぞ非修非學の男 源、若菜、上、廿二故院の御時に太后の坊の初の女御にていきまき給ひしかどむげの末に參り給へりし入道の宮にしばしはおされ給ひにきかし
いきぶれ
息觸。今いふ蹈合のけがれ也。 源、夕顏、卅五いかなるいきぶれにかからせ給ふぞや
いきあふ
行逢。 伊勢物、六十三段狩しありきけるにいきあひて 落窪、二いきあひ相聞えふるる事もこそあれ云々北の方すやついづちゆくともよくありなんやいきあふともわれらが子どもいかがせんとの給ふ是は俗のメグリアフコトにいへるか
いきあがる
俗に同。 著聞、十ノ廿三一時ばかりありていきあがりにけり
いきざし
俗のモノゴシのさまをいふ。 遊仙氣調(イキザシ) 機關(イキザシ)雅妙(タヘナリ) 蜻蛉日記、下、中、五ぼにの事のふうなどさまざまになげく人々のいきざしをきくもあはれにもあり 源、玉鬘、四十二まして監がいきざしけはひ思ひ出るもゆゆしき事限りなし から物語楊家の娘をえ給ひてけり。其かたち秋の月の山のはより高くのぼるここちして其いきざしは夏の池にくれなゐのはちすはじめてひらけたるにやとみゆ云々
いきめぐらふ
生めぐるをのべたる也。生ナガラヘアル意也。 源、紅梅、九けぢかき人のおくれ奉りていきめぐらふはおぼろげの命ながさならじかし
いきみたま
生御靈。 親長卿日記文明八年七月十一日參内若宮御方以下有御祝之儀いきみたまと云々
いきしに
生死。 源、竹川、廿三哀れとて手をゆるせかしいきしにを君にまかするわが見とならば此歌碁にかけてよめり
いきしにのふたつのうみ
生死の二海。 華嚴經何能度生死海佛智海 萬、十六ノ廿二生死の二海をいとひ見て 新六帖、三、舟、光俊いきしにのふたつの海をわたすなりあやきさとこぐ沖のつり舟
いきしかくる
俗に同。 宇治拾、三ノ廿三此女いそぎてとりていきしかけなどしてものくはす
いきすだま
弄花生靈(イキリャウ) 遊仙、十二窮鬼(イキスダマ)調(ナヤマス) 和名二遊仙窟云、窮鬼師説伊岐須太萬 ○又和名、二ノ四魑魅(スダマ)、山海經云魑魅和名須太萬鬼類也云々とあり。 落窪、二いかでいきすだまにも出にしがなとて手がらみをしての給ふ 源、葵、十四物のけいきすだま 同、十七此いきすだま故父おとどの御らうなどいふものありと聞給ふにつけて
いきす
延喜式、内膳式伊祇須(イキス)
いゆ
愈。 徒然、九十六段めなもみといふ草あり。くちばみにさされたる人かの草をもみつけてぬればすなはちいゆとなん
いゆる
允恭紀(イユル)
いえん
著聞、二ノ七我病温泉の效驗をたのむといへども忽にいえん事かたし
いめ
夢。 萬、四ノ十三眞野の浦のよどの繼橋こころゆもおもふや妹が伊目(イメ)にし見ゆる 同、十七ノ卅六をとめらが伊米(イメ)につげらく ○萬葉の後はゆめとのみいひて、いめといへるはをさをさ見及ばず。 萬、十五ノ廿五伊米(イメ)のごと 同、廿九ノオ同、卅二ノオ同、十五ノ卅二ノウ濱松、二下なほいめのここちせられてなん 同、三下いめのうきはしのここちして 同、同いめのやうなるちぎりを
いみ
忌。忌服の忌也。
いみにこもる
源、御法、十七大將の君の御いみにこもり給ひてあからさまにもまかで給はず 後拾、哀傷左兵衞督經成身まかりけるその忌に妹のあつかひせんとて師賢朝臣こもりて侍りけるにつかはしける
いみ過て
源、若紫、卅五いみなどすぎて京の殿になんと聞給へば
いみの殘り
同、蜻蛉、廿二のこりの日もいくばくならず云々 同、廿四忌ののこりもすくなくなりぬ。過してと思ひつれど
いみ
忌。物忌。方たがへの忌也。 源、帚木、四十九さるべき方のいみ待出給ひて 同、東屋、五十六いみたがふとてここかしこになんあくがれ給ふめる
いみ
忌。俗の氣ニカカル、物イマヒの意也。 源、若菜、下、八十二小侍從詞人々の參りしに事あり。顏に近くさぶらはじとさばかりのいみをだに心の鬼にさり侍りしを此忌をさるといへるは氣ガカリナル疑ひをさくる意也
事のいみ
同、繪合、九長恨歌王昭君などやうの繪は哀れなれども事の忌あるはこたみは奉らじ
事いみ
同、松風、七門出の所にいみじう事忌すれどたれもたれもいと忍びがたし ○猶の部にも出しつ。
いみなきみ
忌なき身。貴賤の差別世間ノ遠慮モナク、ママニナル身の意なるか。 宇津保、吹上、下、十二東宮詞いかで對面給はらん。いみなき身なりせば其わたりにこそは物せめしか。えさあるまじき物をのぼりやはし給はぬ
いみな
諱。いけるには名といひ、死ぬる後に諱といへり。國史にはただのみなとも點じたり。今本榮花月の宴、花山、などにいみなとかけるは、おくり名の誤なるべし。
いみじ
善惡とも甚しき所にいへる詞也。ただ此詞のみいひても前後の文にて知らるる也。いみじううれし、いみじうかなし、など上にそへていへるは、いふに及ばず、下にそへたるもあり。動かしいふ詞、皆同例也。 源、夕顏、四十五あとはかなくいみじと思ふ御かたみに
いみじき
同、卅四御けしきのいみじきを見たてまつれば
いみじき人
枕、十四此中將をいみじき人におぼしめして何ごとをしいかなる位をか給はるべきと仰られければ
いみじきちぎり
源、帚木、十八いみじき契りふかくともたえて又見じ
いみじきかたは
同、玉鬘、八いみじきかたはありともわれは見過してもたらん
いみじき勢
同、十六われらいみじきいきほひになりても
いみじきありさま
同、蓬生、十一末つむ心我かくいみじきありさまを聞つけ給はば必とぶらひ出給ひてんと云々
いみじさ
同、松風、九親の御なきかげをはづかしめん事のいみじさになん
いみじからん
竹取ここにはかくひさしくあそび聞えてならひ奉れり。いみじからんここちもせずかなしくのみあるかぐやひめ詞かなしとは天へのぼる事也 源、須磨、三女君はいみじからん道にもおくれ聞えずだにあらば云々
いといみじ
同、桐壺、七女もいといみじと見たてまつりて 同、玉鬘、九いひおどせばいといみじと聞て
いといみじき
同、末摘、廿七かぎのあづかり尋出たれば翁のいといみじきぞ出きたる
いみじく
竹取いみじくしづかにおほやけに御文たてまつり給ふ
いみじう
源、帚木、廿いみじうみぞれふる夜 枕、十一ノ十四時奏するいみじうをかし。いみじう寒き夜中ばかりなどに
いといみじう
伊勢物、六段神さへいといみじう鳴り
いみじうゆゆし
枕、四ノ六地獄繪の所にいみじうゆゆしき事限りなし
いみじき
源、東屋、十五なかだちのかくことよくいみじきに女はましてすかされたるにやあらん 同、十五はかなき世中をみるにもうしろめたくいみじきを
いみじう
枕、三ノ十三蟻はにくけれどかろびいみじうて水の上などをただあゆみにありくこそをかしけれ
宇治拾、二ノ廿二むかしはかまだれとていみじきぬす人の大將軍ありけり
いし
椅子。御座の具也。 延喜式、卅四ノ八大椅子一脚高一尺三寸、長二尺、廣一尺五寸 和名、十四ノ十四椅子、本朝式云、紫宸殿設黒柿椅子
いしのおまし
天徳歌合記後涼殿のわたどのにあたりて西むきにいしのおましをよそひておはします
いしたてて
拾、雜春梅花の御もとに御いしたてさせ給ひて花の宴せさせ給ふに云々 源、桐壺、廿六おはします殿のひんがしのひさし東むきにいしたててくわんざの御座ひきいれのおとどの御座御前にあり 萬代、西行かはあひや槇のすそ山いしたてる杣人いかにすずしかるらん
いしばし
石橋又石階。今の石壇、石坂をいふ。 萬、二ノ卅二石橋におひなびかせる玉藻もぞ云々 宇治、四ノ六云々石橋ありける水のほとりを云々石ばしふみかへして過ぬるあとに 蜻蛉日記、中ノ中、廿二ゆきかへる事たびたびになりぬ。一町のほどを石ばしおりのぼりなどすれば寺ごもりの折の事也
いしばひ
和名、十ノ十二石灰、兼名苑云石灰一名堊灰伊之波比青白石熟冷ヤシ克澆之碎成灰也 枕、三ノ廿六いつまで草はおふる所いとはかなくあはれなり。云々まことのいしばひなどにはえおひずやあらんと思ふぞわろき 白壁の事なるべし
いしがみ
石神。 神名帳大和國大縣郡石神社 金葉、戀下、前齋院六條あふ事をとふ石神のつれなさにわが心のみうごきぬる哉此歌石占にかけてよめるか
いしだたみ
石疊。敷石也。 夫、卅二、皇太后宮大貳「石だたみありける物を君にまたしく物なしと思ひける哉」かへし、俊頼「名にしおはば身もひえぬべし石疊かたしく袖に衣かさねよ 發心抄、一ノ十八雨だりの石だたみの上にならべて打くだきすててけり 宇津保、國讓、上いしだたみのもと迄水せき入れて 金葉、雜下、詞書石だたみしかれてはべるめり 大鏡小一條の南かでのこうぢには石だたみをぞせられたりしが 續古、神祇、入道前太政大臣みくま野の神くら山の石だたみのぼりはてても猶祈るかな 二條皇太后宮いしだたみありてふ庭をきみにまた云々
いしづき
石突。 大鏡御たちのいしづきをとらへ
いしつぼ
石壺。 新後撰、神祇、荒木田延成榊もてやつの石つぼふみならし君をぞいのるうちのみや人
いしなとり
石の手玉あそびをいふ。 榮、月宴、四お前に召出て碁雙六うたせへんをつかせいしなとりをせさせ御覽じ云々
いしなとりの石
拾、雜賀東宮の石なとりの石めしければ三十一をつつみてひとつにひともじをかきてまゐらせける「苔むさばひろひもかへんさざれ石數をみなとるよはひいく代とぞ
いしなとりの石合
散木、中、五伊勢の齋宮に侍る事石なとりの石あはせといふ事せさせ給ひけるにちひさき草子の石なとりの石の大きさなるを作りて十の石にひとつづつかき侍りける歌十首云々
いしなごのたま
手玉石をいふ。 夫、卅二、西行石なごの玉のおちくるぼとなさにすぐる月日はかはりやする
いしなみ
石竝。 萬、廿ノ十四あきされば霧たちわたる天の川いしなみおかばつきて見むかも
いしうら
石占。 萬、三ノ四十六夕衢問石卜以而(ユウケトヒイシウラモチテ)足占(アシウラ)して石をふみかぞふる也とぞ
いしゐ
石井。いは井に同。 古、別志賀の山越にていし井のもとにて云々「むすぶ手の雫ににごる山の井の云々 後拾、雜五云々女の石井に水くみたるかた繪にかきたるを云々
いしゐづつ
石井筒。 散木、上、卅九夫、廿六ひさぎおふる山かた片山かけのいしゐづつふみならしてもなほすずむ頃哉 散木、同泉をよめる「石井づつひまもる水にたはふれてつてにも夏を聞わたる哉
いしのはし
石の階。 源、須磨、四十五石のはし松の柱おろそかなる物から 夫、卅、經平石のはし松の柱すみそめて老をおくりし山ぞゆかしき 白文、十六ノ十六五架三間新草道石階桂柱竹編墻
はし
の部。俗にアガリダンの事也。
いしのおび
石の帶。 和名、十二ノ廿革帶(カハノオビ)の注革帶以其所附金玉石角等名故有白玉帶云々紀伊石帶出雲石帶越石帶班犀帶云々云々革帶是惣名也 新六、五、光俊思ひきやわが身しづめる石の帶のうはてに人をかけてみんとは 宇津保ていしんこうのいしの帶云々
いしのゆか
石の床。 夫、卅、定家仙人もすまでいく代の石のゆか霞に花は猶匂ひつつ
いしく
いしう
ヨクコソの意也。 保元物語、三ノ三いしうも仕へつるもの哉 平治物語、一ノ十二汝いしく參りたり
いしやま
石山。岩にてたたみたる山をいふ。 狹、二ノ下、五十四高野の事をお前の松山のけしき谷の下水の流などただ石山とぞ覺ゆる
いしま
石間。 後撰、冬天の川ふゆは氷にとぢたれやいしまにたぎつ音だにもせぬ 源、朝顏、廿三氷とぢ石間の水は行なやみそらすむ月のかげぞ流るる 兼盛いしまよりいづるいづみぞむせぶなる昔をこふるこゑにやあるらん 源重之女うはごほりとくるなるべし山かげのいしまのしみづおとまさるなり 續千、戀二、祐世たえねただいしまづたひに行水の末もあふせのたのみなければ
いしふむみち
石蹈道。 夫、十七、權僧正公朝とね川のかはらをゆけば小夜千鳥石ふむみちにをちかへりなく
いしぶみ
碑。 夫、卅二、家集、清輔いしぶみやつがるのをちにありときくえぞ世の中を思ひはなれぬ 同、同、寂蓮みちのくのつぼのいしぶみありときくいづれの戀のさかひなるらん
いしぶし
䱌。 和名、十九ノ七伊師布之性状沈在石間者也 ○又(ナマヅ)の所に貌似䱌而大頭者とあり、今カジカといふ物也とぞ。 源、常夏、初ちかき川のいしぶし 夫、廿七、仲正たれかさば網の目見せてすくふべき淵にしづめるいしぶしの身を
いしもち
鯼。 和名、十九ノ三鯼、字指云音聰其頭中有石故又名クル石首魚和名伊之毛知
いしずゑ
礎。 夫、六、仲正すみれさくならの都のあととてはいしずゑのみぞかたみなりける 頼政木葉ちる志賀の都のにはの面はそのあととみるいしずゑもなし 更級日記らうのあととみるいしずゑなどあり
いひ
飯。 神代紀、下、十七渟浪田稻(ヌナタノイネ)(イヒ) 萬、十六ノ廿四いひはめどうまくもあらず 拾、哀傷、聖徳太子しなてるや片岡山のいひにうゑてふせる旅人あはれ親なし 竹取大炊つかさのいひかしぐ屋のむねに 枕、六ノ十いひ酒ならばこそほしうして人の盜まめ
いひ
楲。今いふ樋、俗にいふトヒの事也。 和名、一ノ十四楲、淮南子云决塘發楲、許愼云楲所ナリ防竇和名以比 拾、物名、輔相池をはりこめたる水のおほかればいひの口よりあまるなるべし此歌飯をかねてよめり 後拾、雜四、範永鳥もゐでいく代へぬらんかつまたの池にはいひの後だにもなし
いひはなつ
樋口をあけて水を通すをいふ。 後撰、戀三小山田の苗代水はたえぬとも心のいけのいひははなたじ 拾、雜戀ともかくもいひはなたれよ池水のふかさあささをたれかしるべき ともに言放にかねてよめり 後撰、戀六、讀人しらずいひさしてとどめらるなる池水の浪いづかたにおもひよるらん 新後撰、戀一、爲氏もらさばや山もとかけてせく池のいひ出がたき心ありとも 續千、戀四、定頼池水のいひたえぬとや思ふらんふかきこころはいつかかはらん
いひぼ
いをめ
今いふイボの事也。 和名、三ノ廿二肬目、病源論云肬目今案肬即疣字也和名以比保又以乎女 字鏡疣、小曰肬大曰贅伊比保
いひどよ
休留。 書紀休留(イヒドヨ) ○廣足云、今の布久呂布也。
いひがひ
飯匙。メシジヤクシ也。 伊勢物、廿三段てづからいひがひとりてけごのうつは物にもりけるを見て 宇津保、あて宮、廿三いひがひを笏にとり
いびき
鼾。 字鏡鼾嚊同。伊比支 源、朝顏、十三ほどもなくいびとか聞しらぬ音すれば 同、總角、廿九いびきなどかたはらいたくするもあり 同、手習、四十一おどろおどろしきいびきしつつまへにも打すがひたる尼どもふたりふしておとらじといびきあはせたり 同、四十三いびきの人はいととくおきて 宇治拾、一ノ廿四男のいびきするかたへやをらのぼりて
いひ
言。 いひていひけるのたぐひはいふの所に出す。
いひいる
言入。 枕、二ノ十四夜ひとよといひつることののこりを女の耳にいひいれ 後拾、雜一月あかく侍る夜はしとみに女どものたちて侍りけるを男參らんなどいひいれよとて侍りければいひいれさせ拾穗本
いひいづ
言出。 拾遺愚、上日にそへてます田の池のつつみかねいひいづとてもぬるる袖哉 後撰、戀四、敦忠池水のいひいづる事のかたければみごもりながら年ぞへにける 源、玉鬘、十四かくにげぬるよしおのづからいひ出つたへばまけじだましひにておひきなんとおもふに
いひいだす
新續古、戀一、權大僧正永縁池水のふかき心を年ふともいひ出さずはいかでもらさん ○歌には多は楲にかけたり。
いひいひ
言ひ言ひ。くりかへしておなじ事いふをも又かれこれとさまざまにいふをもいへり。 拾、雜上世の中をかくいひいひのはてはてはいかにやいかにならんとすらん 源、葵、卅二哀れなる世をいひいひて打泣などもし給ひにけり 枕、六ノ廿四いひいひてのはては打とけてねぬる後もはづかし 月詣、行家今見てんかくいひいひてこひしなば身にかふばかりおもひけりとは
いひはつ
言果。
いひもはてず
源、帚木、卅いかなることづけぞやといひもはてず
いひはてば
夫、廿四いなば川いなとしつひにいひはてば流れて世にもすまじとぞ思ふ
いひはなつ
言放。イヒキル意也。歌には池のいひにかけたる多し。前のの所にも出しつ。 元眞、廿四いひはなつ君にしあへる大澤のいけるかひなき身をぞうらむる 源、松風、十さらぬ別れに御心うごかし給ふなどいひはなつ物から
いひはなて
いひはなたれず
後撰、戀五親の守りける女をいなともせともいひはなてと申ければいせ「いなせともいひはなたれずうき物は身を心ともせぬよなりけり」
いひはなちそ
後拾、雜五重之常ならぬ山の櫻に心いりて池のはちすをいひなはなちそいれ
拾、雜戀ともかくもいひはなたれよいけ水のふかさあささをたれかしるべき
いひはやす
言はやす。俗に同。 源、帚木、廿一さるによりかたき世ぞとは定めかねたるぞやといひはやし給ふ
いひはげます
言勵。 源、帚木、十五にくげなることどもをいひはげまし侍るに 同、若菜、上、九十八常に此小侍從といふ御ちぬしをもいひはげまして
いひはじむ
言初。俗に同。又男女の中にもいへり。
いひはじめ
竹取これをなん玉さかるとはいひはじめける 壬生、下ことしよりうしとも物をかなしともいひはじめてたれふるしけん 拾、戀一まさただが娘にもいひはじめける云々
いひにくむ
言惡む。 枕、三ノ十七わかき人々はただいひにくみ見ぐるしき事などつくろはずいふに 若き女房たち清と行成との中をそねみにくむさま也
いひにくし
言難き也。 枕、五ノ七人の歌かへしする所に四人ばかりをへだててゐたればよく思ひえんたらんにもいひにくし
いひにくき
同、十二ノ十五いひにくき物。はづかしき人の物おこせたるかへりごと
いひとほる
言通。辯舌のよきをいふ。
いひとほれる
源、帚木、六世のすきものにて物よくいひとほれるを
いひとどむ
言留。トムル也。 同、蓬生、十五此人さへ打すててんとするをうらめしうも哀れにもおぼせどいひとどむべき方もなくて
いひとがむ
言咎む。 枕、八ノ廿三まね打するも聞てはいかにきびしういひとがめん
いひととのふ
言調。
いひととのへ
源、夕霧、七十二わづかなるしも人をもいひととのへ此人ひとりのみあつかひ行ふととのふは調ずるに同く制する意なるべし
いひちかふ
言誓。 狹、三、上、四十一おのおのえもいはぬちかごとたてつついひちかひなき腹だつさまどもも聞にくし
いひちらす
言散。 源、玉鬘、七人にも見せで尼になしてわが世の限りはもたらんといひちらしたれば 同、東屋、十五あやしうあぶなく人の思はん所もしらぬ人にていひちらしゐたり
いひちぎる
伊勢物、百十二段ねんごろにいひ契りける女のことざまになりにければ 狹、一、下、十八只今かくたのむ僧のいひちぎりたればえいなむまじうて
いひをり
言居。 枕、十二ノ八いささか物もとうで侍らずなどいひをる
いひゐ
源、總角、九云々いひゐ給へり 枕、八ノ十八いみじうまめにさぶらひなんなどいひゐ給ひつれば
いひをかす
言犯。 源、蜻蛉、十三浮舟の君の事をかくはなちおきたるに心やすくて人もいひをかし給ふなりけんかしと思ふにもをかすは他よりほしきままにする心也
いひわたる
言度。いひ及す意也。 源、東屋、四浮舟の君をのぞむ所にいとねんごろにいひわたりけり
いひわづらふ
言煩。 後撰、戀六いひわづらひてやみにける人に 源、蓬生、十五されどうごくべうもあらねばよろづにいひわづらひくらして いふべき方もなく心を勞するをいへり
いひわらふ
言笑。 枕、六ノ廿三わかき人の集りては人の上をいひ笑ひそしりにくみもするを 同、八ノ廿五萬の事をいひわらひ
いひわく
言別。イヒトリテ物ノ道理をワクル意也。 宇津保、俊蔭娘へいひおく詞我領ずるさうざうはた多かれど誰かはいひわく人あらん。ありとも誰かいひまつはししらせん 源、手習、廿一ただ侍從こもきとて尼君のわが人にしたりけるふたりをのみぞ浮舟のつかひ人にいひわたりける
いひわぶ
言詫。
いひわび
源、手習、四十よろづにいひわびていかがいはんとコマル意也
いひかはす
言交。 源、夕顏、十八隣の家々あやしき賤の男の聲々云々北殿こそ聞給ふやなどいひかはすも聞ゆ 枕、三ノ十七とほたあふみの濱やなぎなどいひかはしてあるに清と行成との中也 同、六ノ七まことに皆ゑひて女房と物いひかはす程
いひかへす
言返。人のいふ事をもどきて答ふる也。
いひかへし
源、若菜、下、五十九しばしこそいとあるまじき事にいひかはしけれ物ふかからぬわか人は人のかく身にかへていみじく思ひの給ふをえいなびはてて
いひかへさん
同、浮舟、卅六いひかへさん方もなければ云々もろともにいれ奉る匂宮の御出をあるまじき事といひかへさんやうもなければと也
いひかよふ
言通。 源、蓬生、七此姫君はかく人うとき御くせなればむつましくもいひかよひ給はず
いひかたらふ
言語らふ。 大和物、四ひと日ひと夜萬の事をいひかたらひて
いひがたし
言難。 枕、八末雪月花の時と奏したりけるこそいみじうめでさせ給ひけれ歌などよまんにはよのつねなり。かう折にあひたる事なんいひがたきとそこそ仰せられけれ
いひかく
言懸。
いひかけ
源、若紫、四十歌云々といひかけて入りぬ
いひかくる
竹取物をだにいはんとていひかくれども事ともせず
いひかくす
言隱。 源、帚木、五見る人おくれたる方をばいひかくさしてさてありぬべき方をばつくろひてまねび出すに
いひかまふ
言構。
いひかまへ
源、浮舟、六十七、時方かどかどしき人にてとかくいひかまへて侍從に尋ねてあひたり
いひよる
言寄。
いひより
源、帚木、廿八はかなきついでにいひよりてはべりしを
いひよれ
同、夕顏、九猶いひよれ
いひよらまし
同、末摘、五物やいひよらましとおぼせど
いひたはぶる
言戲。 正通が申やう「霜がれの翁草とは名のれどもをみなへしには猶なひきけり」けふの判を見ればといひたはぶれて 源、野分、十四わたどのの戸口に人々のけはひするによりて物などいひたはぶるれど
いひたつ
言立。物いふに立てあるをいふ。 枕、三ノ十六しきの御ざうしの西おもてのたてじとみのもとにて頭辨の人と物をいとひさしくいひたち給へれば
いひたづぬ
言尋。 源、玉鬘、十七そのわたりしれる人にいひたづねて
いひたつる
言立る。 同、空蝉、五いひたつればわろきによれるかたちを
いひたて
同、宿木、卅五見るかひあれば物語などにもまづいひたてたるにやあらん
いひたゆ
言絶。
いひたえ
詞、戀上いひたえて後年月をへて思ひあまりていひつかはしける
いひそむ
言初。
いひそめ
源、夕霧、七十六よしかくいひそめしとならば 枕、三ノ十八物など啓せさせんとても其はじめいひそめし人をたづね云々
いひそこなふ
言損。俗に同。 枕、十二ノ五下すにほめらるるは女だにわろし。又ほむるままにいひそこなひつる物をばここは詞にかたことある心也といへり
いひそし
言殺也といへり。本語はそすなるべし。すごす意か。 源、帚木、十八かしこくをしへたつる哉と思給へてわれたけくいひそし侍るにしひそし好みそしのたぐひ猶あり。
いひつかはす
言遣はす。 拾、雜下健守法師佛名ののぶしにて罷り出て侍りける年いひつかはしける經房歌云々 後拾、春上二月ばかりに人のもとにいひつかはしける
いひつたふ
言傳。昔の事をも又人のことづてにもいへり。
いひつたへ
源、桐壺、卅二云々とぞいひつたへるとなん
いひつたふる
同、帚木、四十一をさなき人のかかる事いひつたふるはいみじくいむなる物を
いひつづく
言續。
いひつづけば
同、桐壺、廿すべていひつづけばことごとしううたてぞなりぬべき人の御さまなり
いひつづけて
同、東屋、十五()より入り來てながながと滯る所もなくいひつづけて
いひつづくる
同、若菜、四又西の國のおもしろき浦浦いその上をいひつづくるもありて
いひつらぬ
言列。
いひつらぬる
千載、序心に思ふことを詞にまかせていひつらぬるならひなるが故にこそ云々
いひづらふ
論ずること也。 萬、十三ノ廿二ひこづらひありなみすれどいひづらひありなみすれど
いひつく
言付。いひよる意也。
いひつきて
古、別道にあへりける人の車に物をいひつきて別れける所にてよめる
いひつかん
後撰、戀二心かけて侍りけれどいひつかん方もなくつれなきさまに見えければ
大和物さればそのむさしなん後はかへりごとしていひつきにける 伊勢物かくねんごろにいたはりけるほどにいひつきにけり
いひつく。くる
言付。俗に同。人に命ずる也。
いひつけて
大和物、六宮の御かへりも人々のせうそこもいひつけて又やりければ是は名をつけ、よびつけぬるなどの意也 枕、八ノ十九人にはちがましき事いひつけたるとうらみて
後拾、雜五陸奧守則光くら人にて侍りける時いもせなどいひつけてかたらひ侍りける 榮、日蔭おほさいしやうの君などいふ人はおととなどいひつけ給ひ
いひつくす
言盡す。 源、夕顏、四十一祭はらへずほふなどいひつくすべくもあらず 枕、十ノ十いひつくすべくだにあらず
いひなほす
言直す。 枕、五ノ十四命婦ぬひ物ぬひたがへて猶疎じをる所にさいひてあらんやとて源少納言中納言などいひなほし給ひし
いひなる。るる
言馴。
いひなれ
源、末摘、十一此中將のいひありきけるをことおほくいひなれたらん方にぞなびかんかし男女なれしたしむにいへり 枕、三ノ廿一若くてよろしきをのこの下す女名をいひなれてよびたるこそにくけれ是は今と同
大和物、六きたれどもいひしなれねばうぐひすの君につげよとをしへてぞなく
いひながす
言流。
いひながし
源、藤裏葉、十あさき名をいひながしける川口はいかがもらしし關のあら垣 堀川、山吹、紀伊山吹の花みる人やむかしよりここを井手とはいひ流しけん
いひながさる
狹衣、三中、廿二此事により山林に入りにけりといひながされん世の音聞もいと物ぐるほしく
いひなだむ
言宥。 濱松、二わが御心もやすからざるべきおぼしさとりて云々世にしらぬ御ありさまなりとせめていひなだめて
いひならぶ
言雙。 源、宿木、卅六誰も誰も宮に奉らんと心ざし給へる娘は猶源う中納言にこそととりどりにいひならぶなるこそわがおぼえのくちをしくあらぬなめれ一雙のものにいふ意也
いひなぐさむ。むる
言慰。
いひなぐさめ
源、宿木、九十七世の中におはしける物をといひなぐさめまほし
いひなやむ
言惱。 狹衣、四上、卅六つひに院の女御ゐ給ひぬ。打つづき春日の神もいかが覺さんと世の人々はいひなやめど
いひなげく
言歎。 源、玉鬘、七さりともおろかには思ひすて聞え給はじなどいひなげく 枕、一ノ廿三などかつたなくはあるぞといひなげく
いひなす
言成す。コレハカウヂヤトソレニシテシマフ意なり。 源、東屋、七よその覺えなんへつらひて人のいひなすべき
いひなし
同、空蝉、九たびたびの御方たがへに事つけ給ひしさまをいとよういひなし給ふ 後拾、戀二天の戸をあけぬあけぬといひなしてそらなきしつる鳥の聲哉
いひなさる
源、少女、卅六あらぬ事とだにいひなされ
いひむかふ
言むかふ。逆ふ意也とぞ。
いひむかふる
源、紅葉賀、三十事のついでにいひむかふるくさはひなるをいとど物むづかしき人故とおぼししらるべし
いひむかへ
狹衣、三中、十九いたくまめだちてかくな常にいひむかへなし給ふぞ。時々はわれだに哀れとの給へ
いひうとむ
言疎む。
いひうとめ
濱松、四此宮の御ありさまくまなくあやにくにおはするよしをのみいひうとめ給へど
いひうごかす
言動かす。さそふ意也。
の給ひうごかし
源、關屋、五折々は猶の給ひうごかしけり貴人のいひうごかし給ふ也
きこえうごかせど
同、手習、四十猶ただいささか出給へと聞えうごかせど貴人にむかひていひうごかす也
いひのがる
言遁。 源、玉鬘、十一ゐなかびたる事をいひのがる俗語の身ノガレなどいふごとくイヒヌケル意也
いひののしる
言ののしる。 源、玉鬘、十一いよいよたふとき物にいひののしる ○ののしるはすべて打忍ばず、あらはしてことごとしき意也。腹だちていひはづかしむる意にあらず。
いひのこす
言殘。 源、夕霧、廿二かくまでいひつる法師ばらよからぬわらはべなどはまさにいひのこしてんやノコラズイフテシマフ意也
いひおとす
言落す。おとりたる方にいひ下す也。 源、竹川、廿心せばげにこそ見ゆめれなどいひおとす 重之、十みちの國にやまの郡といふ所あり。そこにて冬の月を「雲はれてそらにみがける月かげを山の氷といひなおとしそ」
いひおどす
言威。おどす意、今と同。 源、帚木、十九世をそむきぬべき身なめりなどいひおどして 同、玉鬘、九いひおどせばいといみじと聞て
いひおく
言置。
いひおき
貫之、下もとなつがもとにいたりてなかりければかくなんまうできたるといひおきて云々 源、明石、十しりぞきてとがなしとこそ昔のなかしきひともいひおきけれ 狹、二下、八げにすさまじき物にいひおきたるしはすの月もみる人がらにや云々
いひおくる
言贈。
いひおくれり
古、雜下うまのはなむけせんとてけふといひおくれりける時に
いひおこす
言おこす。
いひおこせ
枕、二ノ廿二物などいひおこせ給ふ
いひおこする
狹、一下、十九日に千たびいひおこすれば
いひおもふ
言思。 榮、花山、十七世人いかにはいひ思ふべからん 同、卅世人いひ思へり 源、澪標、卅五びんなき事聞召つけられじといひ思ひつつ
申思ひ
榮、月の宴、下世人申思ひたるに詞に出し心に思ふ意也
いひくたす
言朽す。いひさます意也。 枕、二ノ八昔物語などするにわが知りたりけるはふと出ていひたしなどするいとにくし
いひくらぶ。ぶる
言競。 枕、二ノ十八何がしにて其人のせし八講經供養などいひくらべゐたるほどに
いひくんず
言屈す。 枕、四ノ廿九雪山の所にきのふさばかりありけん物をよのほどにきえぬらん事といひくんずれば抄の説わろし。心のふさがる意也。屈しをくしといひ又くんじと轉じいふ也
いひくくむ
言くくむ。俗のイヒフクメル也。
いひくくめ
枕、四ノ廿九大きなる折ひつなどもたせてこれに白からん所ひたものいれてもてこきたなげならんはかきすててなどいひくくめてやりたれば
いひやる
言遣。 蜻蛉日記、上ノ上、十車よする程にかくいひやる歌云々
いひやり
伊勢物、廿五段あはじともいはざりける女のさすがなりけるがもとへいひやりける
いひやれり
同、六十五段常の使よりは此人よくいたはれといひやれりければ
いひやむ
言止。
いひやみ
枕、七ノ廿三ささめきさしつどひて物などいふにしもより參るを見てはいひやみはなちたてたるさまに見ならはず
いひやぶる
言破。もどきいひけしてとりあげぬなり。
いひやぶり
源、蜻蛉、卅六小宰相の事を此宮もいといたきものにし給ひて例のいひやぶりたまへと云々
の給ひやぶる
同、浮舟、廿九われはまめ人ともてなし名のり給ふをねたがり給ひて萬にの給ひやぶるを
いひまはす
言廻。
いひまはし
源、帚木、廿九せうそこ文にもかんかなといふ物をかきませずむべむべしくもいひまはし侍るに
いひまつはす
言纏。
いひまつはし
宇津保、俊蔭娘にいひおく詞我領ずるさうざうはた多かれど誰かはいひわく人あらん。ありとも誰かいひまつはしあらせんいひ聞せセハスル意也
いひまぎらはす
言紛はす。 枕、十二ノ十六物語りをもせよ昔物語もせよさかしらにいらへ打してこと人どものいひまぎらはす人いとにくし
いひまぎらはし
源、夕顏、十四ことあやまりしつべきもいひまぎらはして 同、若菜、上、百六こと事にいひまぎらはして
いひまず。ずる
言交。
いひまぜ
源、總角、六かかる事にはにくきさかしらもいひまぜて
いひけつ
言消。
いひけたる
源、帚木、初名のみことごとしういひけたれ給ふとがおほかなるに
○俗にはイヒケス、イヒケサルといへり。
いひけらく
いひけるをのべたる也。らくの約也。 古事、上、廿五海和邇(イヒケラク) 土佐日記そがいひけらく 古、旅みこのいひけらく狩して天の川原にいたるといふ心をよみて盃はさせといひければよめる
いひふる
言觸。觸は當る意にていひふるはいひより いひかくるに同。
いひふれ
源、夕顏、廿九いかにといひふれ給ふべき人もなし 源、紅葉賀、廿一はかなき事をもいひふれ給ふには
物いひふれ
後撰、戀二わざとにはあらで時々物いひふれ侍りける女の云々 同、宿木、十五なげのすさみに物をもいひふれ
の給ひふれ
同、浮舟、初さぶらふ人の中にもはかなう物をもの給ひふれんとおぼしたちぬる限りは
いひふるす
言舊す。 狹、一下、卅九心のつまとかいひふるしたる夕暮のそら霧わたりて 同、四ノ下、十兼てよりめづらしかるべき事に天の下いひふるしつれど
いひごと
言事。俗のイヒグサ、イヒ條の意也。 大鏡、七其頃のいひ事にしけるは 宇治拾、十二、廿六にくき男のいひごと哉とて 山家、下たのめおきし其いひごとやあだなりし浪こえぬべき末の松山
いひこしらふ
言拵。なだめて物をマツタウスル意也。
いひこしらへ
源、若菜、下、五十九はてはては腹だつを萬にいひこしらへて
いひあはす
言合す。今と同。 源、若紫、廿九かたみにいひあすべきにあらねば
いひあはせ
同、桐壺、十九すべて近うさぶらふ限りは男女いとわりなきわざ哉といひあはせつつなげく 同、帚木、廿一はかなきあだ事をもまことの大事をもいひ合せたるにかひなからず 枕、十一ノ十六いみじうたたく人のあるにうるさしなどいひあはせてねたるやうにてあれば 詞花、冬、隆頼風ふけばならの枯葉のそよそよといひあはせつつ見る人もなき
いひあはせず
源、浮舟、廿二此人々にもことにいひあはせず
後拾、雜三、國行いたづらになりぬる人の又もあらばいひあはせてぞねをばなかまし
いひあへり
言合ひけりの約也。 源、浮舟、五十云々と人どもいひあへり
いひあひ
濱松、二口々いひあひたり
いひあへず
言あへず。 源、浮舟、卅七わらはべの雪あそびしたるけはひのやうにぞふるひあがりける。いかでかなどもいひあへさせ給はずイヒオホセヌ意也
いひありく
言歩行。 源、末摘、十一かう此中將のいひありきけるをことおほくいひなれたらん方にぞなびかんかし
いひあがる
言揚る。いひつのる意也。 落窪、二うち杭打たて侍りし所に車たて侍りしををのこども所こそおほけれここにしもといひ侍りしをやがてただいひにいひあがりて車のとこしばりをきりて侍りけり
いひあかす
言明す。 源、若菜、上、八十五よもすがら哀なる事どもをいひあかし給ふいひつつ
の給ひあかし
同、浮舟、四十一萬の給ひあかして夜ふかくゐてかへり給ふ
いひあつ。つる
言當。
いひあて
狹、一上、卅四よくいひあて給へりと思ふに 枕、四ノ廿四雪山の所にむつきの十五日迄さぶらひなんと申すを云々 同、同、廿七おなじくいひあてて御覽ぜさせんと云々
いひあつかふ
言扱。 枕、十ノ十三いかでとこそ人は思ひこためりなどいひあつかふは云々 榮、見はてぬ夢、四十二伊周の事を世の人口やすからず云々さまざまいひあつかふもいかがと云々
いひあつむ。むる
言集。 源、若菜、下、五十一かく世のたとひにいひ集めたる昔語どもにも云々かやうなる事をいひ集めたるにも
いひあらはす
言顯はす。 源、葵、卅二さまざまのすきごとどもをかたみにくまなくいひあらはし給ふ 枕、四ノ末雪山の所にまことは四日の夕さり云々とりすてさせしぞ云々今はかくいひあらはしつれば云々
いひあらがふ
言あらそふ意也。 源、夕霧、廿二人にはいかにいひあらがひさもあらぬ事といふべきにかあらん
いひあやまつ
言誤つ。 枕、二ノ廿三歌などのもじをいひあやまちてばかりこそ呼かへさめ
いひあざむ
言あざむ。あざむは驚く意也。 宇津保、俊蔭時に一天下の人皆いひあざみて其たび俊蔭一人進士になりぬ
いひあひ
いひあへりの所に出す。
いひさわぐ
言騷。
いひさわぎ
枕、十ノ十三ある人のいみじう時にあひたる人に聟になりて一月もはかばかしうもこでやみにしかばすべていみじういひさわぎ云々
いひさわがる
源、夕顏、卅九人にいひさわがれ侍らんがいみじき事といひて 同、五十一右近はたかしましくいひさわがれんを思ひて
いひさわがす
同、浮舟、六十八猶とくとく參りなんといひさわがして
いひさまたぐ。ぐる
言妨。
いひさまたげん
同、槇柱、卅三あさがちにさばかりの事をいひさまたげんも人の心おくべしとおぼせば 同、手習、四十七かの尼君おはしなば必いひさまたげんとくちをしくて
いひさす
言さす。さすはすべてなかばにしてやむる事也。
いひさし
伊勢物、八十六段おのおの親ありければつつみていひさしてやみにけり
いひきる
言切。俗と同。
いひきり
源、浮舟、六十九右近はいひきりつるよしいひゐたるにこよひ浮舟の君にあはせ奉りがたきよしいひきりたる也
奏しきり
宇津保、俊蔭只今おとどの位を給ふともえつたへ奉らじと奏しきりてまかでにしより參らで
いひきかす
言聞す。 源、蓬生、八なまにくげなる詞どもいひきかせつつ 枕、三ノ十六たれかかる事をさせいひきかせん
いひみだる
言亂る。いひやぶり、いひ妨ぐる意也。 源、手習、四十九かばかりにしそめつるをいひみだるも物しと思ひて僧都いさめし給へばよりてもえさまたげず
いひしろふ
つきしろふといへる詞に此しろふも同く他に對楊する意にていひしろふは互にいひあふ也。 源、夕顏、七あまえていかに聞えんなどいひしろふべかめれど 同、末摘、卅二心もえずいひしろふ
いひしろひ
同、帚木、十九歌云々などいひしろひ侍りしかど 枕、二ノ十五物語のよきあしきにくき所などをぞ定めいひしろひずうじ仲忠が事など云々
いひしたたむ。むる
言認。認るは手ヌケナキヤウニ取調ぶる意也。
いひしたため
源、浮舟、六十六匂宮心浮舟のかへりごとさへたえだえになるはかの人のかをるの事也あるべきさまにいひしたためてすこし心やすかるべき方に思ひ定まりぬるなめり云々
いひしり
言知。いひざまを知りたる意也。 年中行事歌合、十一番、判の詞右もたけたかく詞いひしりてよろしく侍れども云々 同、三十番、判の詞右もをとめの姿本歌の心いひしり侍れども
いひしれる
同、十八番、同左夏引の麻の大ぬさなどいひしれる樣に侍るにや 同、四十五番、同左初元ゆひもいひしろやうなれども云々
いひしらぬ
前のいひしりのうら也。イフテモミズ一向ニシラヌ意也。 枕、二ノ七露ばかりの事もゆかしがりきかまほしがりていひしらぬをばゑんじそしり又はつかに聞わたる事をばわれもとよりしりたる事のやうにこと人にもかたりしらへいふもいとにくし
いひしらず
意右に同。イハウヤウモシラヌ意也。 伊勢物、百七段されどわかければ文もをさをさしからず詞もいひしらずいはんや歌はよまざりければ云々
いひしらぬ
是はいはん方なきに同く、イハウヤウモナキ意也。よき事にもわろき事にもすべて甚しき事にいへり。もとの意は前のに同。 宇津保、吹上、下四紀のまつりごと人かむなびの種松と申すいひしらぬ寶の王侍り 枕、三ノ四せちは五月にしくはなし。さうぶ蓬などの云々九重の内をはじめていひしらぬ民のすみかまでいかでわがもとにしげくふかんと云々 古、戀三、國經あけぬとて今はの心つくからになどいひしらぬ思ひそふらん 元眞、廿いひしらぬ思ひぞひなのしののめにおのが衣ぞ露けかりける 同、廿一いひしらぬ思ひのみこそまさりけれゆくさきいかでましてまどはん 千、戀五、攝政前右大臣をしみかねげにいひしらぬわかれ哉月も今はの有明のそら 續拾、戀三、前攝政左大臣つれなくてわかるるほどの月影もなほいひしらぬ有明のそら 新拾、夏、安喜門院大貳あかつきの思ひをそへて時鳥などいひしらぬ空になくらん
いひしらず
右に同。 古、誹諧そへにとてとすればかかりかくすればあないひしらずあふさきるさに 宇津保、吹上、下、廿八藤のはなの繪かきたる御屏風どもたてわたしいひしらずきよげなり 同、藏開、下、四十八かくいひしらずわびしといひながらわれらがやうなる人はあらじを 源、末摘、廿三いとさむげなる女房しろき衣のいひしらずすすけたるに 同、澪標、十家のさまもいひしらずあれまどひて 同、若菜、上、百二姿つき髮のかかり給へるそばめいひしらずあてにらふたげなり 同、少女、廿七宮例はいひしらず打ゑみて悦び給ふを 同、匂宮いひしらずなまめかし 同、橋姫、卅二いみじきかりのみぞどもいひしらず匂へるを
いひしらで
六帖、三いひしらで人目つつみにせかれにし池の水ともゆかぬ心か
いひしらす。する
言知ラシムル也。
いひしらせ
源、帚木、四十五いとよくいひしらせたまふ 同、夕霧、七十六いひしらせ奉り給ふ
いひひろぐ。ぐる
言ひひろぐ。ハツトイヒチラス意也。
いひひろげず
源、椎本、廿九おしなべてあはあはしうなどはいひひろげずとも
いひもよほす
言催。そそのかす意也。
いひもよほせ
源、蓬生、八此侍從も常にいひもよほせど人にいどむ心にはあらでただこちたき御物つつみなれば
いひもらす
言漏す。 源、御幸、十一世の人もいひもらすなるを
いひもらさん
同、帚木、卅六かやうのついでに人のいひもらさんをききつけたらん時などおぼえ給ふ
いひもてゆく
言もて行。段々トイフテミレバの意也。入りもてゆくなどもてゆくの意皆同。
いひもてゆけば
源、須磨、五いひもてゆけばただみづからのおこたりになん侍る
いひせむ
言責。
いひせむる
狹、三上、四十二いみじき盜人といへどもたより尋ねてこそいるなれ誰ぞとよとあるかぎりの人々をいひせむれば
いひすごす
言過す。 濱松、二哀れなるけしきを見ていひ過しもしつべくおぼえにければ
いひすつ
言捨。 源、藤裏葉まかり入りぬといひすてていり給ひぬ
いも
妹。歌詞に女をさしていへり。 萬、一ノ十四紫の匂へる妹をにくくあらば人妻故にわれこひめやも 同、四ノ卅あひ見ずは戀ざらましを妹を見て云々 拾、哀傷、元輔後拾、雜一思ひきや秋の夜風の寒けきにいもなき床にひとりねんとは
いもがり
妹が許へと意也。
がり
の部に出す。 好忠、十月終寒しとて道をやすらふ程こそあれ妹がりとだに思ひたちなば 新拾、冬、家持楸おふる河原の千鳥なくなへにいもがりゆけば月わたる見ゆ 拾、冬、貫之おもひかねいもがりゆけば冬の夜の川風さむみ千鳥なくなり
いもがゆ
和名、十六、十、水漿類薯蕷粥(イモガユ)、崔錫食經云千歳虆(アマヅラ)汁状如薄密甘美以薯蕷粉作粥食之補五臟和名以毛加由 雲圖抄、御佛名次第薯蕷羹(イモガユ) 江次第、廿、廿大將饗五獻同上此獻或勸大將次將公卿相撤居菓子薯蕷粥 續古事談、一一條院圓融寺へ行幸ありけるに御拜はてて御對面し給ふ時に御くだ物いもがゆなど參らせて 宇治拾、一ノ廿五いもがゆすすり舌打してあはれいかでいもがゆにあかん 雅亮裝束抄大將あるじの條かうふつ肴物とてつちたか土高つきをしき折敷にしたるさかなくだものをまゐらせ又いもがゆなどまゐらせてさいばらあなたうとなどうたひ 宇治拾、一ノ廿九いもがゆにいまだあかずとおほせらるれば云々きりくち切口三寸ながさ五尺のいもおのおの一すぢづつもてまゐれといふなりけり
いもづる
薯蕷葛(イモヅル)朱雀院瞿麥合云々そのませにはひたるいもづるの葉に
いもうと
妹。常いふイモウト也。 源、帚木、十四わがいもうとの姫君は云々
いもうと
妹。之は姉の事をいへり。 仁賢紀、十九、注古者不兄弟長幼男稱兄男女稱 源、帚木、卅八寢たりける聲のしどけなきいとよく似かよひたればいもうとと聞給ひつ 同、四十五いもうとの君の事もくはしくとひ聞給ふ小君が姉うつせみの君の事也
いもし。いもがら
今いふイモガラ也。土佐日記の抄にいもしを助字也と記ししは誤り也。 延喜式、卅九雜菜十九芋莖(イモシ)二把 和名、十七ノ十二以閉都以毛(イヘツイモ)以毛加良、一云以毛之、俗用芋柄二字芋莖也
いもじ
今の鑄物師の事也。 宇津保、吹上、下、卅二此ふみの繪のさまをいへる詞につくゑたてて物くふばんすゑて酒のみなどす。是はいもじの所 宇治拾、一ノ九あはれ七條町に江冠者が家のおほひんがしにあるいもじが妻をみそかみそかにいりふしいりふしせし程に云々男のいもじ歸りあひたりければ云々
いもひ
精進潔齋する也。いみをのべたる也。 白文、十四ノ一(イモヒ)ニハ往々(トコロドコロ)鐘笑
いもひして
源、幻、廿御正日には上下の人々皆いもひして
いもひをして
竹取此人々かへる迄いもひをしてわれはをらん
さうじいもひ
大和物、六ノ四よるひるさうじいもひをしてさうじは精進也
いもひさうじ
宇津保、忠こそ、廿七いもひさうじをし給ひてただこそにあひ見んとのみ行ひ給ふ
大きなるいもひ
夫、一、御齋會、爲家大きなるいもひの初けふこそは二つの法の世をまぼるらめ
いもひの御臺
源、椎本、卅九澤の芹峯のわらびなど奉りたり。いもひのみだいに參れる
いもひのたま
夫、卅四、爲家いましむるいもひのたまをえても猶つらき心のみがきやはする
いもせ
常いふ夫婦の事也。 源、末摘、卅六たはぶれ給ふさまいとをかしきいもせと見えたり
いもせ
是は同胞の事にいへり。 宗于集、十六はらからなる人のうらめしき所にあるを「君と我いもせの山も秋くれば色かはりぬる物にぞありける」此歌 後撰、秋下、讀人しらず同、雜三はらからの中にいかなる事かありけん常ならぬさまに見えければ「むつましきいもせの山の中にさへへだつる雲のはれずもある哉」兄弟の姉妹しいひ姉妹の兄弟にいへるなるべし
いもせやま
妹脊山紀伊國也。契沖云、脊の山は北に妹山は南にありて其中を紀の川といふ川の流るる也。其二つの山のあひ口を流るるほどをいもせ川といへりき。吉野川の末なれば流れてはいもせの山の中におつるとはよめり。 萬、七ノ十七せの山にただにむかへる妹の山ことゆるすやもうちはしわたす 同、七ノ十九人ならず母のまなこぞあさもよし紀の川のへのいもとせのやま 古、戀五六帖、四ながれてはいもせの山の中におつるよし野のたき六帖のよしや世中 源、藤袴、十四まどひける道をばしらでいもせ山たどたどしくぞたれもふみ見し
いせをのあま
後撰、戀三、伊尹すずか山いせをのあまのすて衣しほなれけりと人やみるらんただいせのあま也。は助字なるべし 新續古、戀一、重家玉藻かるいせをのあまの袖ならばぬるとも人はとどめざらまし 千、戀二、實國しほだるるいせをのあまやわれならんさらば見るめをかるよしもがな 玉葉、戀一、宗成わがこひはいせをのあまのかりてほすみるめばかりをちぎりなれとや 續後拾、戀四、前太政大臣しほだるるいせをのあまのうらみこそ見るめにつけてひまなかりけれ
いせのあま
抄するに及ばず。
いせをのみや
夫、卅四、兵衞内侍月かげもたえずやすまんすずか川いせをの宮の世々のふるみち是もは助字なるべし
いぜん
以前。 榮、莟花、廿四月みあれの日よりてをのはじめて來年の四月いぜんに作り出さざらんをばつかさをとり國をめしかへしなどせさせ給ひ云々
いせのはまをぎ
萬、四神風のいせのはま荻をりふせてたびねやすらんあらきはまべに 月詣、十、長方冬ふかみをふの浦風さえざえて霜がれにけりいせのはまをぎ ○濱臣云、濱荻は即濱に生たる荻也。後世蘆也といふは古意にあらず。されど此集の頃は蘆と心得てよみしなるべし。
いせびと
伊勢人。 風俗歌、古本いせ人はあやしきものをやなどてへばを舟にのりて波のうへをこぐや波のうへをこぐや