平成24年11月分はこちら。そろそろ起きましょうか。


11月2日 「君は僕たちの希望」

 此処に至ってタイトルの真意に気付く。ああ、そういうことね。

 倦怠感がこんもりと盛られた「ブレイブリーデフォルト」との共同生活にピリオドを打ちました。「飽きた」という感情に「果てれ」なんて呪詛が加わって「呆れ果てた」に進化していた感情を押し殺しつつ、どうにか漕ぎ着けた真終章及び真(?)エンド。どの辺りを指して真などという大層な言葉を冠したのかはとうとうと問い詰めたいところではありますが、もう興味も失せているので不問に付して差し上げます。どれくらいかと問われれば、二度とプレイしないだろうなー

どころか封印の次元回廊を制覇すらしなかった程度には。

あまりの反復作業っぷりに嫌気が差し、もうどうにでもなーれとラストハルマゲドンに準備もへったくれもないまま突入。そのまま全戦闘を初見でどうにか切り抜け、エンディングを見終わってセーブを済ませた後にそっと電源ボタンを押しました。以後、彼らの姿を見たものは居なくなると推測されます。私の存在する世界の私脳内で。ただまあ、前提条件はさておくとして、真終章に限って言うなら酷評する必要性は皆無かなといった感想。

主に戦闘難易度的な意味で。

よもやラストエリクサーを使う羽目になるとは正直思わなんだ。手の内がばれている今ならもうそこまでの苦戦は強いられないはずですが、既に二回目は有り得ないのであまり関係のないお話。人生は一度きりなのだから!(意味不明) 尤も、このお陰でほんの少し穴を掘って埋めるだけな強制指先労働の意図が分かったという収穫も。恐らくですけど、この過程を経ていないとラスボス倒せずに投げていたプレイヤー数が盛られる結果になっていたのではないかと。

結果的に後半の章にて別の意味で投げた人の数より少なかったかどうかはさておき。

前者だとパッシブで反骨心が発動しますが、後者は意図的にガッツを呼び覚まそうとしない限りゲームオーバーですもの。これが精神へ直接響くメンタルアタックというヤツか……!(違うと思います) 要するに強制レベリングを行うという側面があったんだろうなあというのが私の推測。トリは歯ごたえのある戦闘でしめたい、でも「ラスボス倒せねーとか何このクソゲー」呼ばわりは避けたい。こんな葛藤の末に採った苦肉の策だったのかも知れませんが、

寧ろ皮肉の策だったと思うの。

レスター卿を早い段階で倒すに至った人ほど、真最終戦までのモチベーションを保つのに苦心したことは想像に難くなく。ドロップアウトの誘惑に耐えることこそ最大の試練。逆に無理な戦いを避け、平々凡々と流されるままに辿り着いた人はそこまでの不満もなかったはず。この部分の評価如何で、個々のプレイスタイルや考え方が露見したりすると考えてみたり。言うなればリトマス紙。低評価であったならば、「挑むレベルくらい自分で調整させろ! パラメータの差を戦術で埋めるからこそ面白いんじゃねーか!」と

「自分は苦しんで恍惚に浸るドMです」宣言をしていると同義。

そしてもし高評価であったなら……んー、あえてコメントは差し控え。察して。いいから察して。といったところで、ここらで総評をば。序盤〜中盤までなら紛れもない名作です。ただし、後半で一度「ん?」と思ったが最後。坂を転がり落ちるようにグダグダな展開、矛盾に満ちた物語へと突入し、6章辺りからはあからさまに「こっちが正解ね」なんてプラカードをあちこちに用意した挙句、

その道が間違っているという悪質なトラップ完備。

6章以降で気付く→終章、製品版での真終章ルート→バッドエンド、5章の最初の最初で看破する→トゥルーエンドが正しい流れだと思うんですけどねえ。救済措置ならクリア後みたいに巻き戻しすればいいだけだし。この辺りと後半部分のダレさ加減は0点を付けても異論はないはず。しかしながら、最終戦の展開や演出に関しては、これまで多くのフレンドと共に歩んできたプレイヤーであればあるほど感無量と思われる出来。まあ、私は自分以外の力を頼るどころか交流すらナッシングだったので

置いてけぼり感が半端ありませんでしたが。

戦闘中の背景の仕掛けは素直に面白いと感じたものの、それ以外については「何このグレンラガンとマザー2を足して割ったような急展開」くらいの冷めた気持ちで眺めていました。大人って嫌ね。戦闘のシステム等については目だった不満点もなく、純粋にRPGとして楽しめましたので、1〜4章と5&6章を足して2で割り残りは抹消、加えて終章と真終章とバッドエンドに分岐するといった構成だったなら迷わず一押しゲーくらいの判子を押したいぐらいながら、

最後の最後に核地雷埋めてるとか本気で鬼か。

色んな解釈が出来はするものの、一般的な見解でいけば……な終わり方に思わず合掌。その方が伏線などとの辻褄が合ってしまうのが余計に物悲しく感じる……ということは、それなりにはまっていたことの証明なのかどうなのか。明らかに蛇足な後半部分に目を瞑ることが可能であるという大前提の下でなら、昔ながらのRPG好きプレイヤーにはそこそこオススメかも知れません。簡潔に述べれば

該当部分のシナリオ作ったヤツ職員室前で正座のち土下座。

更に短縮するなら「惜しい!」の一言に尽きます。もし続編やそれに類するものが出たとしたら多分買う。それくらいには心に留めておける作品でした。


11月8日 「哀の言霊」

 裏の裏は元の道。それなら最初から真っ直ぐでいいじゃない。

 ちょっとした縁から講談社刊の「引き寄せの法則」というタイトルの本を購入し、読んでみる事に。題名や帯に書かれた「幸せを引き寄せるための、今、もっとも実践的な本!」「本当に人生を変えたい人のための[ノウハウ]がここにある」といった言葉から察しがつくように、一般に言われる自己啓発本に分類される手合なのでしょう、多分。既に本を読み終わっているというのに、いまいち曖昧な表現でお茶を濁した感じに留まっている理由は至極単純。恥ずかしながら私、今の今まで

ゴーイングマイウェイに生きてきたもので。

訳:「これまでの人生でそんな類の本に巡り会う機会に恵まれなかったんだぜHAHAHA!」と彼は申しております。にも拘らず、この本を読んでみようと思った理由は大きく分けて二つ。このところツキやら運やらそういった物を一切合切まとめた感じの何かが停滞気味なので、風通しをよくしたいと思ったのがまずひとつ。二つ目は、シンプルに言えばタイトルを見た瞬間に「ピキーンッ!」と来たから。ただし第六感めいたものというより、どちらかといえば

肝試しの最中における霊感ライクな意味合い。

や、普通は「引き寄せの法則」なんて言葉から連想するのは、「レッツ! ポジティブシンキングー!!」なノリのアゲアゲ論だと予想するわけですよ。大雑把且つ短絡的な解釈をすれば大筋では合っていますけれども。しかしながら、私の脳裏にこの時閃いたのは、そういった言葉とは全く無縁のもの。誰もが前向きの象徴として考えるであろう単語が、「マイナス思考にはマイナスの事象が集まる」という意味合いの不幸のスパイラルっぽく見えてしまった辺り、

もう末期症状だなと認める以外に何が出来ようか。

まあ要するに、そんな状況から脱却する手助けになればと思い、購入に至ったと。あ、まだまだ全然精神的にも経済的にも余裕はありますので大丈夫です。ご心配どうも。閑話休題、本の内容としては大まかに3つのステップに分かれ、それぞれの段階においてどんな思考が必要か、またその思考を発起させるための手段はどういったものかといったことが記されています。なので、此処から先はそういったものに多少なりとも興味関心がある方のみお付き合いください。まあ尤も、

現時点で片足ぐらいずっぽりと突っ込んでいるようなものなのですが。

その言葉が示す真意についてはまた後ほど。そうしてズルズルと術中に嵌まっていくわけですね分かります(待てい)。さておき、ここで語られている「引き寄せの法則」におけるステップ1の心得として、最早擦り切れて手垢塗れな言葉が我々の前に姿を現します。即ち、「思い、考え、話し、書く言葉はプラスかマイナスの波動を発している」と。ええまあ、ありきたりな文言ではあるわけですが、それ故に

広く認知されていることは事実なわけで。

真偽はさておくとしても、その存在と考え方について、誰もが少なからず一度は意識を向けたことがあるはず。プラスの波動は幸運を呼び、マイナスの波動は不幸を招く。ここまでテンプレ。で、この先が今回語りたい本題なわけでして。その本題に入る前に、ひとつだけ皆様……もとい、一見様ではなく長らく足を運んでくださっている方々にお尋ねしますが、これまでの文章に何か違和感を覚えませんか? あ、答えは後で結構です。

その方が面白いので。

ヒントは「今の一文がそのまま表してくれているもの」とだけ。では、話を続けます。著者はこう述べるのです、「引き寄せの法則はあなたが望んで『いない』ことを聞きつける」と。例えば「先ほどの質問のことを考えないでください」と私が記したとしましょう。するとどうでしょう、件の質問について考えずに済んだでしょうか。無理だったことと思われます。これはマイナスの波動による引き寄せの法則。「考えるな」と言われているのに、それについて「考えて」しまう。

何というツンデレ。

それ以外にも「か、勘違いしないでよね!」と言われれば勘違いするのが当たり前だし、「貴方のためなんかじゃないんだから!」と顔を真っ赤にされればそうなのかーと得心するし、「心配なんてしないんだから!」なんて涙目をされた日にはもう……って、冗談でやってみただけなのに凄いなツンデレ。馴染むどころかしっくり来すぎ。つまるところ、「するな」「しない」「ない」という言葉を用いることは、意図するところとは逆に望んで「いない」ことに注意や意識、エネルギーを向けているのと同じことなのです。所謂「お化けなんて居ないさ」の心理。

大体言っちゃったヤツが被害者なところも含めて。

嫌よ嫌よも好きのうちと言いますし、マゾとしてはこの上ない悦びかと。違いますかそうですか。マゾが前提なのもおかしいですねそうですね。その事実を述べた上で、著者はこう続けます。「波動は単純に貴方の波動に反応し、同じものを送りつける。ただし、ありがたいことに一度に送り出せる波動はひとつだけ。だから、否定していることに気付いたらこう自問しよう。『それなら何が望みなの?』」と。

目から鱗がポロリした瞬間でした。

人の心とは面白いもので、例えばお金が欲しいと心の底から強く思っていたとしても、何故お金が欲しいのかの理由である「貧乏だから」という現実、更に言えばマイナスな部分に目を向けがちなもの。いくら「貧乏生活から抜け出したい!」と切望したところで、今の生活に対しての不満にフォーカスが当たっているうちは、嘆きと悲しみのお友達が這い寄ってくる一方という理屈。これ、思い当たる節のある人も多いと思われます。ちなみに私は

どストライク過ぎて変な笑いが出ました。

どうしても否定文が入っちゃうんですよね、願望にしても何にしても。「〜ないところはもう嫌だ」とか、「〜なんて冗談じゃない」とか、酷くなると「〜すらないなんて有り得ない」みたいに合わせ技で二重否定。私だけではなく、大抵の人は自分が何を望んでいるか、実はよく分かっていないもの。その代わり、自分が何を望んで「いない」かを特定するのは非常に得意。

現実から目を逸らすのが得意なだけとも言う。

私も然り。何だとこの野郎!?(落ち着け) それを踏まえた上で、「ならネガティブ思考を反面教師にすれば良いんじゃね?」というのが著者の考え。自分の望まないことを「対極」とし、それを引き出した後に「それなら何が望みなの?」と問いかけ、意識の中で「望んでいないこと」を「望んでいること」に書き換え、自らの願望を特定する。これこそが引き寄せの法則における第一段階。ちなみにかなり端折っているので、

専門家からのツッコミは少々困りそうな予感。

そして仔細に記すと今度は著作権から締め上げられるという皮肉。げに世の中は住み難き哉。さて、今回のお話が一段落したところで、最後に答え合わせをば。覚えてらっしゃいますでしょうか、「これまでの文章に何か違和感を覚えませんか?」の一言を。もうね、私、自分を超褒めて差し上げたい。文法とか無視するくらい。だってそうでしょう? 自他共に認める天邪鬼なこの私が、都合上不可欠な箇所を除いて

否定表現を使わずに文章を書くなんて。

「今回の更新は『引き寄せの法則』を物にするための訓練のようなもの……つまり読み始めた時点で既に手遅れだったんだよッ!!」

「な、なんだってーッ!!?」

いやでもこれ、思ったより大変でちょっと泣き入った。何度「〜せざるを得ない」とか書こうとしたことか。もとい、書いてから代案練ったことか。


11月10日 「ひとり飯」

 オリーブオイルと適当な調味料だけでもそれなりの物が出来てしまうのもポイント。侘しいとか言うな。

 ここで一句。「秋深し 巷を知らぬ 世捨て人」でお馴染みのメタトロンです。だというのに、天高い季節に合わせて馬車馬でなくとも肥ゆるのは不条理だと思うの。夏の茹だる様な暑さの中でなくとも塩が自前で生成出来てしまう労働環境下から一転。一日何食かが選択自由な上に昼寝付きな生活へと身を窶した以上、当然といえば当然の帰結なのですが、摂取カロリー面でいえば当時の三分の一程度だというのに、なんたるちや。

つまり一日一食がデフォってことですね。

実際にやったことがある人にはお分かり頂けると思いますが、食わなければ痩せるなんて単純な計算は人体の神秘の前には無力な模様。曰く、カロリーを摂取するまでの期間が長くなればなるほど、体内に取り込んだエネルギーを逃がすまいと脂肪に変換→体重計の死亡確認という流れになるそうで。加えて、大した運動もしないとあれば然もありなん。つまりは適度に稼ぎ、それ以上に放出する必要があると

そういうことで良いでしょうか売国奴党さん。

平民が身を削るような思いをすればするほど、何処かで誰かの私腹が肥えていくこの現実。不思議不思議。閑話休題、一日一食の生活を送るようになってからお腹のお肉ちゃんとの親密度がみるみるうちに上昇してきたのは紛れもない事実なため、ちょっと一計を案じてみることにしました。三食に増やすのは明け方に布団へとダイブする今の生活サイクルから鑑みると困難を極めるので

ってまずそこから改善しろよとマジレスしてみる。

早めに寝付こうと毎回努力だけはしているんですが、夢の中へ行ってみたいと思いませんかというお誘いの声には一向にご縁がなく、体力が切れる頃に訪れる夜明け前なのに黄昏気分。下手に夜勤慣れしているのがマイナス要因なのかも知れぬと考え始めてみたり。そんな事情もありまして、せめて起き抜けなお昼に一食、お子様が寝るのにもまだちょっと早い時間帯に一食、合わせて一日二食生活にしてみようかと

今日思い至りました。

何日間食べてすぐ横にならなくても牛になる活動を続けていたのかと突っ込まないのが優しさの形。いだいいだい、石投げないで投げないで。食事を取る回数を増やすわけですから、勿論一回当たりの摂取カロリーは減らす方向でひとつ。となると、問題になるのが昼食に何を食べるのが一番良いかという点。毎日作るのも正直面倒だけれどもカップ麺とかだと逆効果っぽいしなあ等々考えてみた結果、パスタが無難という結論に着地しました。いいですよねパスタ、

腹持ちの悪さが異常で。

自炊する分にはコスパが悪いどころか良い部類に入るはずですが、コンビニなんかで出来合いの物を買うと割高に思えて仕方がない。単純にお腹を膨らませたいだけなら弁当でも買った方が賢いですもの。もしくは弁当も買う(おい)。ともあれ、ちゃんとブランチを取った上で晩御飯も美味しくもぐもぐしたいと考えた場合、非常に有用な選択肢だと思ってみるテスト。加えて調理自体も手間がかからず簡単なだけのみならず、容易に

魔改造が出来てしまう辺りは長所と言って良いものか。

和風パスタに醤油をたっぷりかけたネギトロを載せ、混ぜ混ぜした常識をした品を作るのも自由! や、意外といけますよ? 逝けるではなく。食べるのに時間をかけすぎるとネギトロの色が煮魚風に変化してくるのが難点ではありますが。


11月11日 「おしおきだっちゃ!」

 当然ながら、発火した形跡などはどの電化製品にもナッシング。寧ろあった方がある意味怖い。

 全国的に残念な天気に見舞われ、おコタとの婚活がお盛んになりそうな空気が蔓延してまいりました。ストーブやエアコン、もしくはふかふか毛布との重婚が認められているのも嬉しいところです。愛人でも可。一方私はといえば、おコタの前にでんと据えられたテレビがパソコン用モニタも兼用しているため、就寝時を除けばアイラブおコタ。特に浮気をする理由も甲斐性もなく。この季節といえばおコタと温かい紅茶に加えてちょっとしたお菓子、あとはやっぱり

怪談ですよね。

夏ばかりに需要があるなどと誰が決めた!?(落ち着け) 秋の夜長をやりたいことのひとつもなく半強制的に起き通すというのは、多少なりとも忍耐力を鍛える訓練を施された一応人間に属する何かにとっても、微妙に辛い仕打ちなわけで。そこで読書の秋ならぬ読文の秋にふけってみようと思い立ち、洒落にならない怖い話などをちょこちょこと読んでいたところ、今度は

私が語り手になる順番が回ってきた模様。

ここ最近といいますか、正直ご無沙汰といっても差し支えないほど、その類の話とは疎遠な暮らしを送っていたんですけどねえ。ちょっとした家鳴りやら気配程度なら害がない限りは黙殺しておけばいいだけのことなんですが、流石に昨晩のはちょいと領域侵犯と判断すべき事柄かなあと……あ、言い方が少し拙かったでしょうか。私が言うところの「その類の話」というのは、相手が真黒きモノかグレーゾーンの住人な

こういうレベルの事を指すわけで。

その辺をうろうろしてたりするだけの浮遊霊なんかをいちいち気にかけてたら、霊感持ちの人間なんてまともに生活出来ないと思われ。対象が明確な悪意を持っていたりするのでなければ、ある日森の中クマさんとすれ違ったぐらいの何でもないようなことが幸せだったと思う、そんな笑い話にもならない程度の日常茶飯事な出来事です(意味不明)。まあぶっちゃけ、そんなに怖いと思うようなものでもないですよ、ええ。

ただし自分から招いたりした場合を除く。

「お入りください。ありがとう」なんてコントを“それら”がしたりはしませんが、うっかり門戸を開放、もしくは故意か偶然かはさておいて特定の手順を踏んでしまった時はご愁傷様です。蝶・頑張れ(何を)。さておき、話を本題へと巻き戻し。昨日の夜(といっても明け方近く)も寝付くに寝付けず、怪談系の話を何とはなしに読んでいくうちに、程よく襲い掛かる睡魔。これ幸いと布団へ潜り込み、意識と睡魔が激しいバトルを繰り広げるかと思いきや、

第三者が脇から介入。

先にも言ったように家鳴りや気配ぐらいは空気のようなものなので今更気にもならないのですが、昨晩のは少しばかりスキンシップが過剰でして。恒例の家鳴りを子守唄代わりにうとうとしようと目論んでいたら、そこでいきなりの頬ツンツンですよ。そこから頬をむにーっという流れにならなかったのは幼馴染み属性を所持していなかったからなのかどうなのか。うんまあ、私的には「『お・き・て(はぁと)』とか何そのバカップルっぷり」くらいで他人事ライクに流せるような些事なのですが、

そうでない人は回れ右。

数日間同居して、別れ際に「じゃあね」と言われた私に隙はなかった。まあ今回は性別どっちだか分からないから、そういう意味では充分怖いんだけどな!(おい) ともあれ、変に反応するのもどうかと思った以前に寝付けるかどうかの方がよっぽど切実な問題だったことも手伝い人間だけれど狸寝入りを敢行したところ、どうやらお気に召さなかったご様子。「もぉ〜、寝ぼすけさんなんだからぁ〜。ぷんぷん」と

閃光付きの一際大きいラップ音を炸裂させられました。

音の発生源は間違いなく視界外なのに、瞼を閉じていてもはっきりと感じられる刹那のホワイトフラッシュバック。なんだこれ。感じとしてはブラウン管のテレビを消した時にあれに酷似していますが、あいにくと私の部屋に設置されている40型フラット液晶では同等の現象を望むこと能わず。一応、今は無人である隣の部屋にはそうした古い型のテレビが「拾ってください」の一言もなしに置き去り状態ではありますが、もしそっちの起動が原因だとしたら余計にホラー。何せ

電源引っこ抜いてますので。

物理的な干渉まで引き起こしたら、それはもう怪談ではなく怪奇現象です。世にも奇妙な物語ともいう。これは些か穏やかではないなと電気も点けずにそちらに目をやってはみたものの、そこにあったのは「なんにもしてませんじょ?」とそ知らぬ顔で嘯くいつもの光景。それからは別段何事も起こらなかったことから察するに、危害を加えようというより単に構って欲しかっただけなんだろうと思いますので、今回は大目に見ますと

この場を借りてついでに言っておきます。

……まだ見てますよね? 多分。まあ、残念ながら霊感スキルにそこまでのスキルポイントを振り分けているわけではないので、同一人(?)物かどうかはよく分かりませんけれども。通りすがりさん、そこそこおいでになるようですし。


11月14日 「今の計算方法はパスタ何食分」

 あと二週間ほどは現状維持。そのジョブは極めなくていい。

 どうも、お昼がパスタ伝説継続中の暇と空想だけが友達なメタトロンです。とはいっても、今月いっぱいでそんな生活ともお別れですが。いやパスタ以外にも浮気するとかそっちでなく。先週に傭兵として売り込みに行った会社から、本日封書にてオファーが届きまして。来月頭に暇のプーさんから戦場の狼にジョブチェンジすることと相成りました。本当に長い休暇だったなあと安堵の溜息を漏らす反面、

通達は面接二週間後って話じゃありませんでしたっけと突っ込みたくて仕方ない。

消印が一昨日だったことから鑑みるに、営業日換算で三日ほどしか経過していないとかどんな冗談だ。私は焦らされて悦ぶといった特殊な性癖は持ち合わせていませんが、随分お早いお着きでと皮肉っぽく言っても許されると思うの。何ら不都合がないどころか、寧ろありがとうと素直に感謝の意を示すのが妥当な反応なんでしょうけどね、本来は。ただ何と言いましょうか。ぶっちゃけた話、

職歴をオープンした時点で採用決まってたみたいなので。

面接が開始される前の説明で「今回は当社の面接を初めて受けられる方が多いので、多少予定より時間がかかると予想されます」とか宣言してた&私は紛れもなく御社に対して若葉マークですよなご身分なのに、もう質問が少なくてスムーズに進むこと進むこと。同室で面接を受けていた私を除く二名(ただし集団ではなく個別面接)と面接官とのやり取りにもあまりに暇過ぎてちらちらと意識を向けていたのですが、そちらは多分私が面接終えた時点で

半分も過ぎていなかったんじゃないかしらといった有様。

履歴書の記入不備などで軽く怒られていたような気もします。他人事ながら同情の念を禁じえない。勿論面接官さんに対してですが。一方、私の方は「あー、もうこれまでずっと製造業に務めてきたわけねー」と職歴についての感想を述べられた後は、蝶・事務的にテンプレシートに記入するためのアンケートにご協力くださいモード。一頻り解答欄が面接官の手により埋められたところで、お決まりの指を一本ずつぐっぱぐっぱ。そしてそれを終えた後に

トランプマンへと華麗に転身。

何を言っているのか分からねーと思うが、私も分か……ごめんウソ、実は知ってた(おい)。どうもこの企業、実務への適性(というか手先の器用さ)を面接の時点で多少は計りたい気質らしく、6Dで判定して算出ではなくトランプでの実技によって暫定器用度を決定したい模様。やり方は簡単。大き目の用紙に描かれた菱形の頂点部分にカードを一枚ずつ順番に置いていく、というもの。イメージとしては四人でババ抜きをする際のカード配りを正確に素早く行い、且つ

スナップを利かせて投げないバージョン。

そこそこ品質の良いトランプであれば、一定回数切ってからのブリッジ→摩擦力を計算しながら投げて配るのが鉄板だと思うが、どうか?(聞かれても) 事前に少しは練習していたものの、カードの束を持った方の手の位置は固定したままというのがちょいと誤算。そっちも動かす前提で慣らしていたもので。でもまあ、そんな問題は些細なもの。散々鍛えられた送りの技術を駆使してカード配りテストを終えた結果、大体平均

どころの騒ぎではないハイスコアを叩き出していた模様。

面接官の呆気に取られたような表情は今でも……あれ? 今でも……思い出せません(待てい)。そんなこんなでこちらとしては特に山も谷も緊張感の欠片もなく、ごく自然にいくつかの受け答えとトランプ遊びをしに行くだけの簡単なお仕事でした。この日の給金は出ないので正確にはお仕事とは呼べませんが、類することではあるので大丈夫だ問題ない。強いて言うなら微妙に痛かったのが

市営駐車場の駐車料金でしょうか。

幸いにも面接順が早い方だったお陰で、そこまでの被害はなかったとはいえ……都心部でもないのに30分100円とかぼったくりじゃないの? ねえ?


11月23日 「安眠しないので妨害」

 先日の出来事といい、賑やかになってまいりました。嬉しくも望んでもないですけど。

 前回の更新から微妙に期間が空いてしまいましたが、何処かの組織に狙われて命の危機に瀕していたとか、食料難でキーボードを打つ為に必要なカロリーすらも事欠いていたとか、そういうわけではないのでご安心をば。それどころか、これと言って語るに値するような、もっと言えば回想モードでリピートOKなイベントが何一つ起こらなかったからこその空白期間なわけでして。それでもあえて話題に上げるとするならば、本当につまらない些事ではあるのですが

ポルターガイスト現象に見舞われたくらいでしょうか。

私もこれだけの規模のものは初体験だったので、珍しいと言えなくもがな。しかしながら、世の中にその程度のお話はごまんとあるだけにレア度は低いはず、多分。お話としてもそんなに面白くはないんですよ。ただ、深夜(というか明け方近く)に隣の部屋から何かを引き摺るような音がしたなーと思った後、続けて「バターンッ! バターンッ!」と重くて硬い座布団のようなものを床に叩きつけているかの如き騒音と振動が伝わってきたというだけのことで。

充分すぎますかそうですか。

ここで「ははは、おイタが過ぎるぞこの卑しきメス猫め♪」とウチのおネコ様が暴れていただけというオチがつけばほのぼの路線で終わるのですが、そうは問屋が卸さないのが私クオリティ。片足どころか両足をずっぽり突っ込んでいるマイおコタの布団をめくってみたならば、そこにはモフモフお腹でニャーと鳴く物体が幸せそうな顔をして紛う事無く寝転がっているわけですよ。もうね、あまりに異常事態だったので

単身隣の部屋へと殴り込みをかけましたが何か。

幽霊よりも悪意を持った人間の方がよっぽど怖いです。でも饅頭と熱いお茶はもーっと怖いです(おい)。結果からいえば当然のようにもぬけの空で、そういった行為があったような形跡も一見した限りではナッシング。「なーんだ、ただの心霊現象かー」と安心して自室に戻り、再びおコタでぬくぬくと育っておりましたとさ。めでたしめでたし。個人的には何者の仕業だったのかという点よりも、

一体何がしたかったのかの方がかなり疑問。

「こんな時間まで起きてんじゃねーよ! 活動できねーだろーが!」なんて壁ドン代わりだったのでしょうか。むぅ、メタさん悪いことした(待てい)。


11月24日 「太ましい秋」

 マーガリンじゃなくてバターにすれば良かったんじゃないかしら。カロリーとコストがもんの凄いことになりそうですが。

 冬はチョコの美味しい季節ですが、秋といえば焚き火だ焚き火だ落ち葉焚きということでずっとお芋のターンだと思うの。異論は認める。私本来のテリトリーであるお菓子や飲料のコーナーではそれに類するオイシそうな商品にはとんと巡り会えなかったのですが、ひょんなことからパンの生息域にてターゲットを補足。個人宅でのモーニングやちょっとしたおやつとして大人気かどうかは定かではないなヤマザキさんの「秋季限定 ナイススティック スイートポテト&マーガリン」を

ブランチとして食してみるテスト。

いやね、今日も今日とてパスタ茹でようとしたら、いつも使っているお鍋に夕べ煮られていた里芋がいっぱいで入れないんです、パスタ。お腹を満たすためではなく、あくまで過剰なカロリー吸収対策として二食に水増ししているだけなので、消化する生贄を胃の中にぶち込んでおきさえすれば一緒かなあと。常在戦場なスタンバイ状態ならいざ知らず、今は一日過ごすために必須なエネルギーなんて微量で充分ですもの。働いているにも拘らず、昼飯を食いたくても食えない時代なんていうのも存在はしてましたけどね。

主に人手不足で食ってる暇なんてないという意味で。

ちなみに精神の方の問題で喉を通らないなんてこともありました。金銭的な理由で満足な食事が出来ないのはまだまだ可愛い部類です。環境が整っていても身体が受け付けないとか、本当に苦痛ですよ? 閑話休題、甘い生活な部分にフォーカスを戻し戻し。特に警戒を要するようなD物体でもないので、何気なく開封しちゃう(ぺりっ)。……うん、嗅ぎ慣れた小麦粉スメル。これといって通常版との差異もなし。後はお味の方だけれどもぎゅもぎゅ……

何か色々と台無しだ。

えーと、何食ってたんでしたっけ私。婆さんや、飯はまだかい?(おい) 頬張ったと同時に芳醇なクリームの甘味が口の中一杯に広がるいつもの光景をイメージしていたら、どっこい。ささやかな庶民の幸せは幻想殺しな現実にぶち壊されました。何これ酷い。焼き芋ペーストのパサパサしているのにザラつき盛りな食感や、マーガリンとの親和性が日韓の交友関係並みに剥離しているのも見逃せないポイントではありますが、まずこれが言いたい。どうしても言いたい。

甘くないのにスイートとな?

秋季限定を謳っているくせに、365日のマーチな通常版に遠く及ばぬお得感。ただクリームが入っているだけのシンプルな一品に歯が立たないとかどういう了見だ。こと芋に関してはコラボしても失敗はないと豪語していましたが、少しばかり見識を改める必要がありそうです。炭酸抜きでオーダーされた乳酸菌コーラな運命を辿るほどではないにせよ、通常版を蹴ってまであえてこちらを購入するメリットが思い浮かばないのであれば、凡そ失敗と言えるのではなかろうか。

期間限定な時点で大概は博打だけどな。

人は1パーセントの閃きを追い求める生物である。例えそれが……あ、ちょっと。そっちは違う! 行くなー!(何が見えてんだ)

総合評価:それは居残り給食でもさもさしているコッペパンにも似て。


11月28日 「虚報」

 後味がこれまた。思わず「パッケージ 味移り」で検索したくなる。

 刻々と開戦の足音が近付き、決まった時間に起床と労働と就寝を繰り返すサイクルパターンとは無縁な生活が終焉を迎えるのもそう遠くない未来となりました。人間は貧しても鈍するとは限りませんが、暇すると鈍するものなんだなあと再確認。馬車馬は人ではありませんかそうですか。残された自由時間を有意義に過ごす方法を考えるため、まずは一服。本日のお客様は明治乳業さんからお越しくださいました「三ツ星 巨峰ラテ」様で御座います。

季節感ガン無視ですか。

期間限定とか書かれていないことから鑑みるに、時節に合わせたタイアップというわけでもないのでしょうが。ちなみに私、かなりの葡萄スキーだったりします。ただし飲料に限る。そのまんまなジュースもかなり好みながら、一押しは何と言ってもグレープティー。あれはもう禁断の果実(そこまでか)。つまりそんな果物との二身合体によって生み出された神聖なる雫は、現世に甦りしアムリタと称しても過ごんぎゅんぎゅ……

星と果実の神隠し。

葡萄は何処!? 私の葡萄を返してぇーッ!!(正気に戻れ) 口に含んですぐ感じられるほのかな酸味と爽やかな感覚は、確かに葡萄そのもの。だがしかし、芳醇よりも寧ろ濃厚と言った方が相応しそうな乳海の氾濫により、即座に飲み込まれお隠れあそばれる。しかも下手に酸味だけはしつこく粘着するせいで、ラテではなくヨーグルトテイストを彷彿とさせるこの不条理。得意気に三ツ星プレミアムとか宣っておいでですが、それは暗に

踏み台にされるレベルという解釈でよろしいか?

まあ、別に誰もミシュラン準拠とか言っているわけではありませんしね。十点満点中の三点でも三ツ星は三ツ星。勘違いする方が悪いと(おい)。

総合評価:所詮貴様は流れ星。落ちる宿命にあったのだ。


11月29日 「環」

 逃げない代わりに囚われる。抱きしめる強さよりも、緩める腕の温かさ。

 引き寄せの法則を学ぶ過程で、新たにセドナメソッドと呼ばれるものに出会うことと相成りました。先の法則における本質を物理学、あるいは力学論と捉えるならば、後者は心理学といったところでしょうか。広義でいえば自己啓発の類であるのは間違いないのですが、それよりは心理の作用・反作用について某与太式5W1Hを用いることにより深く掘り下げる側面も持った……あー、一言でいえば

理詰めで色々と自分を納得させるような詐欺的手法。

こう書くと一気に胡散臭くなる。不思議!(不思議じゃねぇ) 大雑把且つ誤解と非難を恐れずに述べるのであれば、感情は“自分そのもの”ではなく“自分が感じているもの”と理解し、あらゆる感情(それがポジティブであれネガティブであれ)を認めて手放すという、非常にシンプルなもの。特徴として面白いのは、抵抗となるネガティブな感情に対して臭い物に蓋をするのではなく、その存在を受け入れた上で解放する点。俗っぽい例えで言うなら

自分のペルソナと向き合うみたいな。

おちゃらけてなんていませんよぅ。実際これがP4ユーザーなんかには一番分かり易い表現なんですよぅ。ぐしぐし、ぐしぐし(戻れ)。私が購入したヘイル・ドゥオスキン著の「人生を変える一番シンプルな方法」は、若干読み解くのが難解という声もあるようですが、細かい部分はともかくとして、大筋の言いたいことについてはあっさり自分の中に落とし込めたという感想。といってもまあ、何の自慢にもなりはしませんけどね。何しろ

既に体得していたことを改めて文章で読んだだけですし。

当然、全てが全てではありませんが、少なくともマイナスの感情を手放す感覚という部分に関しては習得も何もあったものでは。スポーツ選手や職人で一流と呼ばれる人は、知ってか知らずかは別にしても、須らく自分の物としているはずの心得ですから。一流どころか一般人な私のスキル欄にすらあるくらいですもの、大したスキルじゃ御座いません。感情を手放すだとか解放するだとか、そういう表現を使うから小難しく感じるんですよ。もっとシンプルに

「悟りを開く」でいいのに。

行き着く先は確実に禅の思想です。本当にあり(略)。セドナメソッド自体の具体的な手順その他諸々は興味があれば各自で調べて頂くとして、此処から先は「マイナスは兎も角、プラスの感情なんてどうやって手放すの? というかそれっておかしくない?」とお思いの方向けのお話。といってもまあ、私自身がそちらについては自在に解放しきれているわけでもないので、こんなのはどうでしょうなんてプレゼンみたいなものですが。

もしくは実験台募集とも言う。

尤も、これに限らず概念といったものを自分の中で具現化するのには様々な手法と個人差があるので、何かの一助になる可能性が……あればいいなあ(おい)。「人生を変える一番シンプルな方法」の「想像上の『制限の木』の構造」でも取られている手段ですが、解放のサイクルを一本の木に例えてみると分かり易いのではないかと。まず一本の木を想像します。その木からは何本もの枝が伸び、先にはいくつもの葉が茂っています。

アブラムシがびっしりしているかどうかは個人の好みで。

そんな光景を想像したくもないのに、言われたせいで思い浮かべてしまった方はごめんなさい。わざとです(待てい)。文中では葉を構成するひとつの原子を思考、葉の一枚一枚を感情、枝を九つの感情の状態としていますが、既にポジティブな感情を解放する=刈り込むことにもメリットがあることを前提にしているため、必要とあらばあっさりと剪定します。もうバッサリです。そこには何の説明もありません。

まるで法案の成立だけが報じられるかのように。

最近、選挙カーが五月蝿くて仕方ありません。スピーカーでがなり立てているだけなのに民の声がちゃんと聞こえているとか、聖徳太子超えてますよねー(良い笑顔)。閑話休題、もう少し本書を読み進めていくと接触する機会に恵まれる、利点・不都合を手放す観点から見ると受け入れ易くなるのではと愚考するわけですよ。要は「ポジティブな感情を手放すことによってどうなるか」に着目するわけです。メリットを言葉にすれば「抑圧・執着が弱まる」となりますが、

それで納得出来るならそもそも例えは仕事を干されるわけで。

思考や概念を言葉に置き換えている時点で例えている気はするけれども、それはそれ、これはこれ(どれだよ)。ネガティブな感情の葉を毟ったり、枝そのものを伐採したりする利点は、木として考えれば理解は容易いかと思われます。栄養をポジティブの枝に集中させ、大きくなれよーという親心。では、あえて手間をかけて育てたポジティブシンキングの葉や花や実を個々に、もしくは枝ごとバッサリしてしまうメリットは? と思うのであれば、ひとつ問いましょう。

「その木は何のために育てているのですか?」と。

美しく咲き誇る花でも、芳醇な香り溢れる果実であっても、いつかは散り逝き、腐り落ちる運命。もし花や果実そのものが目的なのであれば、人によってはそれを惜しみ、もしくは実利のためにもぎ取る、あるいは枝を切る事をも厭わないことでしょう。こう考えた場合、手放すことによるメリットが顕在化し、寧ろ手放すことこそ自然だと感じるかも知れません。

教義としては微妙に歪曲してるんですけどねこの解釈。

目的に執着し過ぎた先に待ち受ける袋小路なルートっぽい。あくまで抵抗を弱めるための例えだと思っていただければ。さて、少しばかり手放すことが気楽に思えたところで、もっと大きな視点、「全にして一、一にして全」のような理に従って見てみようかと。ポジティブな感情がネガティブのそれよりも大きな力を持つとするならば、葉や枝に変えてもそれは同様。刈り取られ、朽ち果てた後に土へと還る=養分として次代の木を育てる糧となると考えれば、より手放すことが楽になるかと。

もっと単純に言えばサケの稚魚放流。

「この一言で全部解決じゃないですかー!」と叫ばれたことかと存じます。してやったりだ(おいおい)。


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