創刊号 平成10年1月 『【せびろ】の言葉の由来』

背広という言葉が初めて使われたのは、明治三年(1870)のことであるといわれます。慶応義塾の初代塾長であった古川節蔵の著した『絵入り知慧ノ環』に出てくる「せびろ」がそれです。今からざっと110年以上も前のことであり、その間にすっかり定着しました。

背広の語源としては次の四つの説があるといわれます。

@文字どおり「背が広い」洋服として命名された。
つまり、明治初期はまだテイル・コート(現在の燕尾服・モーニング)などが多く、背中には比較的狭い幅の布が使われたことに対して、背広と言われた、という説。

Aロンドンの高級テーラーが軒を並べる「サビル・ロー」という通りの名前から派生した。
「サビル・ロー」で仕立てた服=サビル=セビロとなった、という説。

B一般市民用の服「シビリアン・クローズ」から転化した。
はるばる日本にやって来る外国人が、主に船乗りや軍人で、彼らが下船し港町を歩く時に着替えた、軍服や制服ではない服=「シビリアン・クローズ」ガ誤解、曲解の後、セビロといわれるようになったのではないか、という説。

C生地の名前から発生した。
チェビオットという良質のウールがあり、かつてスーツ生地として使われていた。「何を着ているのか?」と尋ねられ、「チェビオット製のスーツ」と答えたところ、チェビオット=チェビオ=セビロを着ているというように間違ってとられた、という説。

どうも『@』の説辺りが、最も現実味があり、説得力ももっているようですが、何もどれを正解と決め付ける必要もないでしょう。

創刊号 平成10年1月 『【せびろ】の言葉の由来』

※次回は vol.002 『スーツのディテール(上衣編)』です。お楽しみに…(^O^)