すうてん和尚と亀乗り地蔵 

 東京の郊外、小平市の鈴木町に宝寿院という寺がある。この寺にはその昔、崇天(すうてん)というお坊さんがいた。

 ある日のこと、いつものように夜のおつとめを済ませて床についたところ、「すうてん、すうてん」と坊さんをよぶ声がした。「はて、こんな時間に誰だろう?」と坊さんは起き上がり、庵室の障子を開けてみたが、外には誰もいなかった。「なんだ空耳か」と思って床に入ると、またもや「すうてん、すうてん」と坊さんをよぶ声がするので、あわてて障子を開けてみたが、やはり誰もいない。

 そんなことがあってから、毎夜のように「すうてん、すうてん」と坊さんをよぶ声がするので、相手にしないでいると、明け方までその声が続いたりもした。たまりかねた坊さんは、ある夜、いつものように夜のおつとめを済ませた後、床に入って眠ったふりをすると、障子に小さな穴を開け、息を殺して待っていた。しばらくして、いつものように「すうてん、すうてん」という声が聞こえてきた。坊さんは障子の穴からそっと外を覗くと、一匹の狸がちょこんと座って尾を立てると、板戸をスウと撫ぜて、トンと叩いている。その音が見事に「すうてん」と、よんでいるように聞こえていたのだった。坊さんは可笑しいのをこらえて眺めていると、狸の方はさも得意げに「すうてん、すうてん」とやっている。

 坊さんは「このいたずら狸め!」と思って、エヘンと大きな咳払いをしたかと思うと、いきなり障子をサッと開けた。狸はたまげて飛びのくと、不思議そうに坊さんの顔を見つめた。床から起き上がる気配もしなかったのに、急に障子が開いて、坊さんが出てきたのが、納得いかないという顔つきだった。坊さんは狸に向かって、「こらっ、いたずらすると、狸汁にするぞっ!」と大声を出した。すると、狸は飛び上がって、一目散で裏山へ逃げ込んでしまい、それ以来この狸は、二度とやって来なかったという。

 この宝寿院には、すうてん和尚の他にも次のような狸の話が残っている。

 昔、宝寿院の坊さんが檀家でおつとめを済ませて帰ってくると、なにやら本堂の方が騒がしい。「こんな時間に、なにごとだんべ?」と坊さんが覗いてみると、一匹の狸が本堂を駆け回っていた。 本堂は足跡だらけで、お供え物も食べられていた。「このいたずら狸め、この間からお供え物を食い荒らしていたのはお前だな!」。坊さんは大声をあげてて、本堂に立てかけてあった箒を振りまわしながら、「今日という今日は、かんべんなんねえ」と逃げる狸を本堂の隅に追い詰めた。追い詰められた狸は、そこにあった石の亀の置物の上で、ぶるぶる震えた。坊さんは、「今日は、じっくりと小言をいってやらねばなんねえな」といって狸を睨み付けた。すると、あっ!という間に、狸は地蔵に化けてしまった。坊さんはたまげたが、思いなおして、「地蔵さまに化けるとはふてえ奴だ、だまされねえぞ」と恐る恐る箒の柄でつついてみた。しかし、狸はピクリとも動かないので、今度は火を近づけてみるが、やはり身動きひとつしない。坊さんは、思い切って地蔵の首ねっこに手をかけた。すると、「あっ…!」地蔵は冷たくなっており、坊さんは「これは本物の石の地蔵さまになりおった。南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏……」と、思わず手を合わせた。

 次の朝、坊さんがいつものように、朝のおつとめをしようと本堂に入ると、産まれたばかりの赤児の狸が三匹、くうくういって狸の化けた地蔵に体をすりよせている。「あの狸は子供を孕んでたんか。お前たちには可哀相なことをしてしまったな」坊さんはそういって手を差し伸べると、三匹の子狸たちは、今度は坊さんに体をすりよせてくる。「そうか、お前たちは腹をすかしているんだな。さて困ったぞ……」と、その時、不思議な事に地蔵の胸から白い乳がポタポタ流れだした。子狸たちは地蔵の側に駆け寄ると、夢中で流れ出る乳をちゅうちゅうと飲みはじめた。それからは、子狸たちが腹を減らしてくうくういってすりよるたんびに、地蔵の胸から乳が流れた。そして、この子狸たちは、地蔵の乳ですくすく育ち、大きくなるといつのまにか野っ原に姿を消した(欅林の中に姿を消したという話しもある)。

 それからというもの、この狸が化けた地蔵は亀乗り地蔵とよばれ、「宝寿院の亀乗り地蔵は、子育て地蔵だ」と、赤児を連れた人々が、お参りに来るようになり、毎月二三日・二四日には市がたち、地蔵市とよばれて賑わった。また、体の弱い子を「亀ちゃん」とよんで、丈夫になるよう願ったという。

 今でも宝寿院では、この亀乗り地蔵が残されており、境内にある小さなお堂の中に安置され、格子越しに拝見することができる。しかし、お堂の中は暗く、中の地蔵が見ずらいので、拝見の際は懐中電灯などあった方が良いと思われる。

妖怪愛好会隠れ里 (http://www32.ocn.ne.jp/~kakurezato/index.html) より


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