禅達貉の伝説
(山本修之助編著 佐渡の伝説 より)


禅問答する禅達貉

 徳和の禅宗東光寺の境内に「三つが山」という大きな岩山があって、ここに二つ岩団三郎の四天王に数えられる善達という貉が棲んでいる。

 ある日、庫裏の障子を開け、敷居をまたぎながら、善達は「さあ、和尚、おれは今入るのか、出るのか」と問答をかけてきた。和尚が「入る」と答えれば「出る」し、「出る」といえば「入る」つもりであった。
 和尚は、すぐそばにあった撞木杖(しゅもくづえ)を、ふりあげて「さあ、善達、今この杖でお前を打つのか、打たないのか」と、あべこべに問い返した。これには、善達も負けた。

 また、むかし、この寺に片目の和尚がいた。
 ある夏の夜、庭に出て月見をしていた和尚の前に善達があらわれて「和尚、一眼としてこれいかに」と、問答をはじめた。この意味は、和尚は片目であるが、両眼の者と同じく住職として勤めることができるか、というのである。
 和尚は、静かに姿勢を正して「世界広しといえども月は一つなり、一つの月、よく天地を照らす」と、大喝一声をくだした。これは、この月のように、自分は片目であるが、両眼の者にも負けない勤めをしているぞ、という意味である。これにも善達は負けた。

 もう一つ。火打ち石を使っていたころである。
 ある時、和尚が朝のお勤めに、お灯明にこの火打ち石で火をつけていた時、善達は「和尚、その火は石から出たか、金から出たか」と問いつめてきた。和尚は、「善達、そういうお前は父の子か、母の子か」と問い返されて、善達は、またまた負けた。

 こんどは、善達、和尚に向かって「この歌に上の句をつけてみよ」といって「畑に鳥を作るものかな」の和歌の下の句を出した。
 和尚は、さっそく「油菜も摘めば、すなわち食い菜(水鶏=くいな)なり」と、詠んだ。

 こうして、善達はみんな負けてしまった。


膳椀を貸した善達貉

 徳和の東光寺にいる善達貉は、禅問答で有名だが、また膳椀を貸した話もある。

 むかし、人のおおぜいが集まる時には、膳や椀がたくさん必要であった。
 そんな時、この善達貉の棲む岩穴の前で、お願いをすると翌朝はかならずお願いしただけの膳や椀を揃えてくれた。そして、使ったあとは、かならず、その岩穴へ返さなければならなかった。

 村の人たちは、長い間。その恩をうけていた。
 その後、ある時、つい膳椀を返さない者があった。

 それからは、いくらお願いしても善達貉はかしてくれなかった。


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