第9回咲かそうひまわり感謝祭の1日を追う
2006年7月30日朝 例年になく梅雨明けが遅くまだ気象庁は東海地方の梅雨明け宣言をだしていない。7月に入り日本各地に記録的な豪雨をもたらし土砂崩れ、河川決壊と大きな被害をもたらしていた。ひまわり感謝祭は昨年まで1度も雨で延期される事なく開催されてきた。週間天気予報では雨マークで心配されたが雨は回避、気象庁も午後2時半東海地方が梅雨明け宣言。予定通り開催できそうだ。さて毎年繰り返される感謝祭のどたばた劇の1日を追っかけてみよう。5時起床事務局メンバーが集まる前に腕、足、顔に矢継ぎ早にとまる蚊を追い払いながら庭木・鉢の潅水、それからCoco(3才のラブラドルリトリバーのハーフの女の子)のジョギング(私は自転車)、朝飯を食べはじめる。玄関のピンポーンが鳴る。「おはようございます。鈴木です」 時計の針は6時を指していた。6時から感謝祭の準備をはじめる予定だった。朝飯をそそくさと終えた。実家のトラックを借りて、町内会館からテント・机・椅子を運ぶてはずだ。実家にトラックを借りに出かけたが、畑に出かけたようでトラックがない。仕方ないから畑に様子をみに自転車を走らせたが何処の畑にもいない。朝からトラックを使わせてもらうことは、伝えてあるからそのうち帰ってくるだろう。それまでリヤカーで、車庫にある1週間前に細工した孟宗竹のソーメン.流し用とい、アステ(ボランティア団体)から借用の大鍋・皿・・・・・・、いとこの大工さんから借用した型板・かけや・・・・、その他を運び始めた。ほどなくして杉浦さん、遠山さんがくる。私は内心トラックがない事に心配していた。6時30分を過ぎていた。私はもう一度畑に自転車で出かけた。兄と母がトラックで帰ってくるのに出会った。「どう トラック何時空く?(大きな声で…母80代に入り耳が遠い)」 母「小松菜の水かけ終わったからトラックもういいよ なあっ兄ちゃん」(私58歳、兄60歳、母81歳の会話である)ようやくトラックを借り家に戻る。もう6時50分だ。4人トラックに乗り込んでまず神社の倉庫にある机と椅子を運び出し会場の碧南市鷲塚水源公園におろした。次に町内会館倉庫のテントとソーメン流しといの支柱用の竹を切り出し行った。鈴木さんが町内会館の鍵を開けに行く。3人は開くのを待っていた。中々開かない? 鈴木さん「玄関は開いたけど ホールも鍵がありは入れない」 私「えっ そんな馬鹿なそれ以外鍵借りてないぞ 藤田さん(館長)にお願いしてくるは」私は駆け足で会館から約150mある藤田さん宅へ出向く。藤田さん「そんなはずないぞ ホールは鍵してないけどな 残りの鍵全部持っていっしょに行くわ」藤田さん会館に到着、ホールの扉を押す。開いた?何の事はない鈴木さんがホールの扉に鍵穴があったため施錠されている早合点したためだった。ようやく倉庫の扉が開いた。テントを積み込んだが、ココにも一苦労があった。倉庫とは名ばかりで正に縁の下である。支柱が林立し高さがないため、かがみこんでの取り出し、テントの支柱が4セット分ありどれを出せばいいか皆目わからない。遠山さんの出番だ。彼の指示でなんとか取り出せた。竹の切り出しは杉浦さんの出番だ。彼の指示で適量を蚊と格闘しながら竹やぶから竹を切り出した。水源公園に8時少し前に着いた。暫くすると川越さん、亀井さん、旭さん、梶山さんたちがきた。この時間にこんなにたくさん集まるのは珍しい。いつもテントを張るとき人手がなく少し苦労していた。早速テントを張り終わったのは8時半だ。太陽がギラギラと輝き出しもう汗だくだくだ。水分補給して一息ついたところで会場整備を開始する。ライブステージ、笹ふねレース会場、ソーメン流しセット、音響設備、受け付け、・・・設営だ。主に取り仕切るのは杉浦さんだ。といっても皆さんにどんどん指示するわけでなく彼が先頭に立って設営する。それをみんなが一緒にやっていく。すべてがそんな調子だ。9時半ごろにはアイシンで寮母さんをやっている加藤さん、岩月さん、松本さん、手をつなぐ親の会の山本さん、高浜の杉浦さん、黒川さん、刈谷の山口さん達もきた。私は加藤さん、川越さん、他5、6名でとうもろこし、枝豆を毎年世話になっている杉浦武治さん(とうもろこし農家)、山田さん「枝豆農家)宅へ出かける。朝収穫したばかりのとうもろこしで虫くいの2級品を格安で分けてもらう。ついでに畑の肥料用に育てられたひまわりの花をを会場の飾りつけ、花束用に200本ほどいただいてくる。ところがひまわり畑から200本切り出すのはひまわりの葉、茎には突起があり肌に触れると痛いあとで草負けし痒くなるなど結構大変な作業でここでも大汗だ。でもたくさん収穫できみんな満足顔で引き上げてきた。実はこのひまわり杉浦武治さんが、この時期に咲くように栽培してくれている。次に枝豆屋さんに寄って枝豆を仕入れ水源公園に戻った。会場では音響担当の岩月さんがキヌウラサウンドの相沢さんと音響調整をやっていた。BGM「ディズニーの星に願いを」が流れ出しいよいよ祭りの雰囲気だ。そろそろ昼食の時間だが、正確な人数がわからない。妻に20人分寿司を頼んだ。テントの中で昼飯だ。昼食時には20名超えていたようだ。20名分では不足だが、これもいつものことであるように食べた。妻から豊田のTさんから急用ができ感謝祭の手伝い欠席するとの電話があった旨連絡を受ける。Tさんには毎年笹ふねレース、西瓜の種飛ばしをおもしろ可笑しく進行いただいており残念だ。実は感謝祭当日の役割は一応決めてあり了解も取り付けているが、毎年 当日になり欠員が若干できる。今年も穴が空いたようだ。穴が空いたら空いたようにやっていくのが「咲かそうひまわり感謝祭」だ。その後もどたばたは続いたのである。会場設営も終了し、3時からのオープニングに供え2時からお手伝いの皆さんの顔合わせと当日の担当、スケジュールを伝えた。それぞれの持ち場で動き出した。司会進行のNPO法人「おかし工房ぱんどら」職員小池さん、山本さんのアナウンスで「第9回咲かそうひまわり感謝祭」が華々しく?????スタートした。まずは西瓜狩りとじゃが芋堀だ。担当はブラジルの梶山さんたちでリヤカーにコンテナーを積んで待っているが、中々参加者が集まらない。それでも暫くすると30人近く集まってきた。公園から200M離れた畑に出かけていった。西瓜が冷たく大汗をかいていた。実は2日前に収穫し農業用大型冷蔵庫で冷やしておいた西瓜を畑に直前に戻しておいたのだ。冷たい西瓜を食べるため事務局は無い知恵を搾り出している。その後は下のスナップ写真にあるような光景が展開された。今年もたくさん参加いただき楽しい感謝祭となりありがとうございました。事故も無く終了しホッとしています。
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