想い出〜あの時あった出来事〜
Memory1.日奈の想い出“夜に閃くアイス・ブルー”
今日は珍しくバイトが長引いてた。
いつもはそんなに遅くならないんだけど、
今度の夏にそなえて作られた新商品の試食会があったんだ。
試食の感想。ちょっと甘すぎだった。発想は良かったんだけどね。
「う〜ん、今日は“Nights”に行くのやめよっかな〜?」
このくらいの時間なら、まだまだ“Nights”の営業時間内なんだけど・・・
「明日もバイトあるし・・・んー、でもちょっとだけよって行こうかな?」
そういえば今朝『今日は泊りがけで実験やってくるから』
ってお兄ちゃんが言ってたっけ。と、いうことは今すぐに家に帰っても誰もいないんだよね。
「一人で留守番してるのもつまんないし、やっぱりよって行こ☆」
そうと決まったら“Nights”はこっちの道だから・・・
「きゃっ!」
あー、びっくりした。こんな所に段差があるなんて。暗いから、足元に気をつけて歩かなきゃ。
あれ?でもこの道、いつもはもうちょっと明るかったと思ったけど。気のせいかな?
「!」
ううん、気のせいなんかじゃないわ。
いつもなら道沿いの家から声くらい聞こえてくるのに、今日は静かすぎるし・・・
「人払いの結界・・・」
「ふん、気づかれたか」
・・・答えをだしたらすぐに出てくるなんて、ページ数でも足りないのかしら?
「俺の顔を忘れたとは言わせねぇぜ」
無精髭に目つきの悪い顔ね。う〜ん、思い出せないわ・・・
「あの〜、すいませんけど、どこかでお会いしたことありました?」
「ふ、ふざけやがって!もう少しで逃げられるところを、お前のせいで捕まった強盗だよ!」
ああ、そういえばわたしが初めてこの街に来たとき、妖怪“指名手配中の強盗”を捕まえたことがあったっけ。
「でも、あの時と顔が違わない?」
そう、あの時の強盗はもっと髭が長くて、鼻も潰れてたような・・・
「ふっ、俺様は自由に顔を変えられるのさ!」
・・・・・・・・・・・・・・・お〜い。
「だったら分かるわけないじゃない!そういうことは前と同じ顔で来て言いなさいよ!」
あ〜良かった。別にわたしの記憶力が落ちたわけじゃないのね。
「うるぜぇっ!・・・と、とにかく!今日はあの時の恨みを晴らさせてもらうぜ!」
いまいち緊張感にかけるわねぇ。でも油断は禁物、と。
幸い、人払いがかかってるから、妖術は使っても大丈夫よね。
わたしが右手をさっと一振りすると、どこからともなく氷の鞭が現れる。
「悪いけど、あなたを逮捕するわ。あなたには黙秘権もなければ弁護士を呼ぶ権利もありませんっ!」
昨日見た洋画の刑事の真似。・・・ちょっと微妙に違うけど。
「だから・・・おとなしくやられちゃってねっ!」
先手必勝!わたしは来夢ちゃんや仁美姉さんと違って、
専守防衛なんてポリシーはもっていないのよ。
氷の鞭が曲線を描いて強盗に襲いかかる!
「ふん、そうそう同じ手をくらうかよっ」
いつのまに用意したのか、強盗が両手に持った出刃包丁に鞭の先を弾かれてしまった。
へえ、なかなか手強いかも・・・。
「俺の包丁さばきを見せてやる」
そう言うと、右手の包丁を突き出してきた。
は、早い!お兄ちゃんや誠二くんと同じくらいのスピードかも。
何とかよけられたけど・・・
「へへへへへ、水色か・・・」
??・・・って
「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!」
わ、わたしの服っ!ぼろぼろじゃないの?!ちゃんとよけたはずなのに?!
「へっ、殺る前にちょっと楽しませてもらうぜ・・・」
じりじりと近づいてくる強盗。気のせいか、さっきよりいやらしい顔になってるような。
「何考えてんのよ、この変態!」
もう怒ったわよ! 八つ裂きにしてあげるから!!
わたしの怒りをのせて、氷の鞭が強盗の包丁に絡み付く!
「ふん、その程度か」
強盗が包丁を一振りする。や〜ん、逆に鞭を持ってかれちゃった〜っ。う〜ん、腕力じゃかなわないか・・・。
目の前に強盗がいるんじゃ、いくらなんでも拾いにいくのは無理よね・・・。
「さ〜て、これでもう反撃はできまい?ん?」
もう!じろじろ見ないでよ、見世物じゃないのよ!
「邪魔な下着も切り刻んでやろうか。それとも自分で脱ぐかい?へへへっ」
・・・八つ裂き改め、微塵切りに決定。
「どうしたい?俺が脱がしてやってもいいんだぜぇ」
こんな奴に触られるくらいなら、火の中にとびこんだほうがましよっ!
「いいわ。自分で脱ぐから・・・」
そう言うと、わたしは両手を背中に回した。
「・・・くすっ」
「?何がおかしい?」
わたしの笑いを聞いて、不思議そうな顔をする強盗。
何がおかしいかって?それはもちろん・・・
「ぎゃああああああっっっ!!!」
あなたがお馬鹿さんだからよ!
氷斬鞭に絡み付かれてずたずたになっている強盗に、わたしは冷たい視線をおくった。
「氷斬鞭はただの鞭じゃなくて、わたしの“妖術”なのよ」
だからたとえ手に持っていなくても、射程距離内ならわたしの意志でコントロールできるってわけ。
「今までにわたしの服を破ったことのある相手の運命を知りたい?」
何度も戦いを経験していれば、そんなこともたまにはあるのよ。破られるのに慣れたいとは思わないけど。
身動きできない相手に向かって、わたしは最後の言葉をかけた。
「バイバイ、強盗さん」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「・・・・・・・・・」
いくら悪い妖怪だからと言っても、殺してしまうのはあんまりいい気分じゃない。
でも、邪悪な妖怪を退治するのは、同じ妖怪であるわたし達の役目。
同等の力を持った、わたし達にしかできないことだから・・・
「おいおい、いつまでそんな格好してるんだ?」
え?ああっ、そういえばわたし、服がぼろぼろだった!
この声は・・・
「シン!」
「よぅ!あいかわらずみごとな鞭さばきだね、日奈ちゃん」
怪盗妖孤、シン・レッド。あいかわらず突然現れるんだから。
「とにかく、家に帰ったほうがいいだろ。ほら、氷だ」
良かった!氷さえあれば、家まで直通の門が開けるわ。
「でも・・・いつからそこにいたの?」
そう、『鞭さばき』ってことは、わたしと強盗の戦いを見てたってことよね。
「日奈ちゃんが段差につまづいた時くらいからかな?」
・・・それってもしかして・・・
「最初からずっと見てたわけ?!」
だったら少しは手伝いなさいよ!
「あの程度の奴だったら、わざわざ手伝うまでもないと思ってね」
う〜ん、それは、まあ、たしかにわたし一人で大丈夫だったけど。
だからって、手助けしなかった言い訳にはならないわよ。
「ちゃんとこうやって氷を持ってきてやっただろ。それに今“人払い”かけてるのは誰だと思ってるんだ?」
た、たしかに、こんなところを人に見られるのはとってもまずいわよね。
それに、この格好で家まで歩いて帰るわけにもいかないし。
「お礼くらい言ってくれよなぁ」
なんか釈然としないけど・・・
「・・・ありがと」
「どういたしまして。ほら、氷が融ける前に家に帰ったほうがいいぜ」
そ、そうね。それじゃあ帰らせてもらうことにするわ。
「お礼ならいいぜ。いいもの見せてもらったしな☆」
・・・それってどういう意味よーっっ!!!!
【終】
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