恋愛ゲーム論〜歴史〜
恋愛ゲーム。
世の中ではこの類のモノを恍惚とした表情で手にかけてしまう奴は
近づいてはいけないよ近づかれてもいけないよ
とママに説明されて後ろ指差されてしまう対象の人間になる。
恋愛ゲームと一言いってもただ単に危険な匂いがするマニア的視点なゲームではなく、
世の我々非モテ同士(敬愛の念からそう呼ばせていただく)
のためを心から想い、出尽くせるだけの妄想
たまたま電車で乗り過ごしたら対面に同じ学校で同じように乗り過ごしてしまった大きなリボンがとってもキュートな女の子との偶然最上級な出会い
(その子はもちろん大病を患っていて残り数ヶ月の命)
幼少の頃引っ越してしまった幼馴染の女の子が数年後、突起するバスト、湾曲するウエストそして比類無きエロさを兼ね備えて「ただいま・・」と共に突然主人公の前に現れて
抱き付かれ、懐かしさと同時に胸のふくらみに敬礼してしまう
常に眉間にしわを寄せ他の人間を悲観する態度をワザととっているために他の生徒には毛嫌いされ孤立してしまっている正義感が強い女生徒会委員長は都内に転校してきて未だになじめないというチャーミングな悩みからそのような態度にでてしまった大阪人である
などなどを限りなく現実化した(文句ある奴一歩前へ)マザーテレサ的な素晴らしきかなジャンルでなのある。
要は恋愛ゲームとは救済。そう、救うのだよ人間を。
考えてみてくれ。非モテがそっちの世界に傾かなければ世の中どうなると思う?
非モテに好かれてしまった女性は何故か自分自身に対し煮え切らない想いをし
非モテ本人も結局恋愛は大成しないために自分の魂(から)に閉じこもってしまうだろう。
―恋の傷は恋でなければ治らない ゆっちょ
こちらが愛したらネッキングハングで吊るされる危険は一切無く
たとえ我々がどんな性格であれ、どんな容姿であれども
愛した分だけ胸一杯愛される
愛されるよりも愛したいマジでなんて言わなくてもよいのだ。
もう恋なんてしないなんて言わないよ絶対なんて言わなくてよいのだ。
朝晩スキトキメキトキスを操られたように唱えることは、もう・・しなくていいんだよ。
だから恋愛ゲームはコワイと簡単に言って差別し軽蔑してはいけないのだ。
非モテにだって恋する権利があるんだ!!
非モテにだって恋して寝顔が犬みたいな彼女が欲しいんだ!!
非モテにだって昼の公園のベンチで恋人の膝枕で夢の中に誘われてみたい時とかあるんだ!!
「ねぇ・・いつまで寝てるの?風邪引くよ・・」って俺きっと起こされるんだ。俺起こされるんだッ!!
ただ行動が一般人よりアレなだけで
何故ゴミ扱いされなければならない!!ちくそー
だから皆さん・・・
我々非モテから恋愛ゲームを取り上げないで下さいよ。
それは唄を取られたあゆは生きていけないのと同等の重さなのだよ。
非モテにもその相手にも決して害はなく優しいバファリンのようなゲームなのだから。
※ここまで俺が拳を振り上げて唾飛ばしているにも関わらず首をかしげるようだったら是以上テキストを読まないで欲しい。
ただ、去る者にこれだけは全国非モテ連合愛知支部長の私から言っておきたい。
「見てみぬふりだけでいっスから頼むっス」
恋愛ゲームの歴史はごく最近である。
今から10年前、思い出に形容詞
「ときめき」というそれだけで三顧の礼を尽くされたような最強萌え用語を用いたあの伝説のソフト
「ときめきメモリアル(通称:ときメモ)」が仕組まれたかの如く誕生したのである。
ときめきって僕の中にもあるのかな☆
と真実の愛を勘違い求めた非モテ諸君が一つはプレイ用、一つは鑑賞用、残りの三つは宣伝用(誰に?)
として一人五本も購入するという詩織インフレを招き、世はまさに大恋愛時代を迎えたのであった!
そして恋愛ゲームというジャンルを見事愛の意味が愚鈍な世の中に確立した事、それが歴史の始まりである。
ときメモの波に乗れ!と各ゲーム会社の対象ユーザーに「非モテ」が新たに加えられ続々と発売される恋愛ゲーム。
それは非モテの力を認める動向であったと言える。
ゲーセンのUFOキャッチャーに燦然と輝くきらめき高校のアイドル=俺の女グッズ。
メモラーと呼ばれることにより世に存在価値を知らしめる事に成功した非モテ同士。住み易くなった世の中。
しかし近年、そんなときメモ形式の恋愛ゲームは成りを潜め始め、以降「ノベル〜小説〜」形式が恋愛ゲームの主流形式になり、現在各ゲーム会社は時間と闘いながら鎬を削っている。
―ノベル形式 それは革命のキーワード
素晴らしい恋愛ゲームというジャンルが新時代へとその帆を向け出したのだ。
それは我々ユーザーが更なる恋愛のカタチを熱望する事によりときメモ形式では落ち着かなくなり変化をせざる負えなくなった。
更なるクオリティー向上を目指すためにゲーム会社間の過酷な競争が非常に激しくなっていった。
では現在我々を魅了して病まないノベル形式とは一体どのようなものなのか?説明しよう。
ときメモ形式という従来の、単純に女の子と出会い、デートし好感を深め、最後はその場所で告白されると永遠の愛が手に入ると謳われている
伝説の樹の下で女の子から告白されめでたくジエンドという長く萎える流れや
狙いの女の子だけにウツツを抜かし他の女の子との交流をないがしろにするという全ての女を愛でたい俺では考えられない行為(希望)に及んでいると
交流を深めていた女の子始め全ての女の子の好感度がダダ落ちてしまい、結果女の子全員から嫌われてしまう
という益々我々を引きこもらせる原因に成りかねない機能 などがナイ。(中にはある奴はある)
ノベル形式とはファッショナブルでありファンダメンタルそしてフレキシブルな形式なのである!
そもそも恋愛という螺旋からとうの昔に白旗を掲げている我々に対して
数人の女の子を同時に愛でろ!などと言ってしまわれる機能など
所詮我々にとってはインポ(ッシブル)感が否めなかった。
さらにノベル形式を詳しく述べると、ときメモ形式と違いゲーム進行がノベル〜小説であるがためにある一つの恋愛物語を一貫して最後までプレイ(読む事)が出来るというメリットがある。
あのような我々を馬鹿にしている機能など捨て、物語の主人公にすんなりと自分自身を投射でき
そしてすんなりと恋に落ちていく 落ちて逝ける(結婚したい)というものなのだ。
このような形式がノベルへと移行し、各々ゲーム会社は様々な思考を凝らしていく事になったわけであるが
結局何が一番のHITの決め手になるかというとそれはやはり
基本である物語のクオリティーに尽きると感じた。
ときメモのお陰である程度の基本は出来ているために他社との物語の話自体に差別化を図っていかなければならなくなった。
我々非モテ諸君の要望に答えて、偶然最上級をさらに越えるものを殊更に作成
現実世界に起こりうる事象をベースに突き進む
もはや女の子が人間を逸脱してしまった特記な展開
人型ロボットのマルチと恋に落ちそして結ばれる(ある意味でも)という非モテ最終系
差別化、クオリティーの向上を目指した結果
物語の質がもはやゲームというカテゴリを越えて普通に読書感想文でも書けてしまういや道行く人に肩を掴んででも語りたい程になり
我々にとって大変喜ばしい現実になったというわけだ。
即ち物語が熱くそして切ない素晴らしい出来映えな120点非モテ満点恋愛ゲームへと覚醒したのだ!
続く
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・・・ここまで熱くなったのは久しぶりだな。
過去に同じような事を日筆で載せたが気にしない方向で。
次回は俺の心を掴んで離さない恋愛ゲーム「メモリーズオフ」についての秘めたる想いを語らせていただこうかな。
(早く楽になりたい)
※ゆっちょのそういう所も愛して病まないそこの君は必ずその想いをメールor掲示所で熱く語ってくれ