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親  鸞 しんらん                   当時の政府から「念仏」を唱えて布教はけしからん。 流罪にあって越後(新潟県長岡市)へ流されてその後、観音聖となって関東に行脚していく
                 
                   
ご開山 親鸞聖人のご絵像

  親鸞さんは 浄土真宗の開祖です
   承安341 - 弘長21128 90歳まで長生きだった
 幼名

松若磨・松若丸 まつわかまる 清蓮院にて9才でお坊さん(得度)になる

俗名(島流しで):藤井善信(よしざね)という

法名

〔叡山修行時〕範宴 はんねん と比叡山の修行中呼ばれていた
〔吉水入門後〕綽空善信(ぜんしん)
〔越後配流後〕越後に流されて(愚禿)ぐとく釋親鸞 しんらん

諡号

見真大師(1876年追贈)この称号は戦前の古い体質とし廃止された

尊称

親鸞聖人・宗祖聖人・開山聖人

生地

京都・法界寺付近

没地

京都・善法院(押小路南 万里小路東)

宗旨

浄土真宗  法然さん(浄土宗)に師従する

法然 ほうねん

弟子

善鸞如信、河和田の唯円   *唯円は歎異抄の著作で有名
二十四輩性信真仏順信、乗然、
信楽、成然、西念、證性、善性、是真、
無為信、善念、信願、定信、入西(道円)、
穴沢の入信、念信、八田の入信、
明法
(弁円)、慈善、唯仏、戸森の唯信、
畠谷の唯信、鳥喰の唯円、他

著作

顕浄土真実教行証文類(教行信証)正信しょうしんげはそのエッセンス

(本願寺派)大谷本廟        

親鸞(しんらん)は、鎌倉時代初期の日本の僧。浄土真宗の開祖(宗祖)とされる明治9年(1876年11月28日明治天皇より「見真大師(けんしんだいし)」の諡号を追贈されたが、その後本山は、古い体質であるとし見真大師の称号を廃止した

親鸞は、法然浄土宗開祖)を師と仰いでからの生涯に渡り、「真の宗教である浄土宗の教え」を継承し、さらに高めて行く事に力を注いだ。自らが開宗する意志は無かったと考えられる。独自の寺院を持つ事はせず、各地につつましい念仏道場を設けて教化する形であった。親鸞の念仏集団の隆盛が、既成の仏教教団や浄土宗他派からの攻撃を受けるなどする中で、宗派としての教義の相違が明確となって、親鸞の没後に宗旨として確立される事になる。浄土真宗の立教開宗の年は、『顕浄土真実教行証文類』(教行信証)が完成した寛元5年(1247年)とされるが、定められたのは親鸞の没後である。

2003年7月より2004年3月にかけて『坂東本』の修復が行われた。その際、調査を行ったところ、新たに約700ヶ所に、角筆(竹などを尖らせた筆記具。紙に凹みをつけて書き込む。)によりつけられた書き込みが発見される。その内400ヶ所は、重要箇所に注意を促す「合点(がってん)」と呼ばれる書き込み発見。