小垣江町のお寺の紹介

曹洞宗 寶玉山 龍江寺

文治元年(1185)、源平屋島に戦いて、平家一門海中に滅亡す。源頼朝公を暗殺線と沼津附近に
至りて陰謀発覚し、平家の武将、行中綱八祖(建久7年(1196)7月8日)に示寂す。戒名は『天行院
積翁良善大禅定門』とす。平家一族の冥福を祈らる。是れ建久四申丑年にして、当山の開基なり。
刈谷城主稲垣信濃守重祥公、万治元年(1673)3月18日に中興開基たり、稲垣公先祖御三代位牌
を合祀せり、而して稲垣公の菩提寺となす。

万治元年(1658)3月18日稲垣信濃守建立す。
再び稲垣公、延宝元年(1674)本堂改築するも
明治14年4月4日に祝融災の為18棟焼失する
明治36年11月22日再び、本堂を建立す。

稲垣公の建立したる楼門を焼失せしたために東竜
1番地に延宝2年(1674)建立したる総門ありて、
現地に総門を移築し、山門とせり。

鐘楼堂は、元禄8年(1695)正月8日に、法性院
殿光岳宗本大居士二十七回忌に、日順尼公願
主となり重祥公信施により鋳造せしも、大東亜
戦争のために金属回収に合い、梵鐘を鋳造す。
堂一字は明治36年11月22日建立す。

稲垣信濃守公、延宝4年(1676)6月17日、権現宮
を建立し、東照神君御三代位牌を御祭納になり、
示笈、徳川13代の将軍位牌あり、元禄4年(1691)
5月29日に稲垣和泉守重富公、権現宮を改築し足
るも、現在大阪府天王区生本町齢延寺の本堂とす
昭和48年6月29日に刈谷市今川町八幡社の本殿
を富山に移築し権現宮とす。

富山の鎮守堂なり、信濃守公、
延宝4年(1676)、吉祥池中に新
築する、紅竜八臂弁財食功徳尊
夫と尊称す。

鐘楼堂

権現宮

本堂

山門(楼門)

現在の庫裡

弁才天堂

住職 中興龍江寺十三世小島玄瑞  副住職 小島明観

由緒  沿革

04年5月28日