ステンドグラス
彼女は掴み所のない、不思議な人だった。僕は時々他人の感情を拾ってしまうのだが、彼女から感情が流れてくるのを、一度も見たことがなかった。彼女を見続けて、僕に分かったのは、彼女が時折ひどく苦しそうに呼吸をしているということだけだった。何故そんなにも「息を吸って吐くだけの単純なこと」が辛いのか、どうしても僕には分からなかった。誰かからそんなことが流れてくるのは、今まで一度も経験したことがなかった。息をすること、生きること、それは僕たちにとっては当たり前のことで、勝手に心臓は動き酸素と二酸化炭素を運ぶ。息をするのも生きるのも、病気にでもならない限り、本当に当たり前のことで、わざわざそれを意識して行う必要なんてない筈だった。それなのに、彼女は時々、「息をするだけのこと」にすら苦痛を感じているようだった。彼女は表情を作るのが上手で、だから周りの誰も彼女がそんなふうに苦しそうにしていることに気づかなかっただろうし、実際彼女は実に上手に自分を操っていた。だから、笑顔の下で苦しそうに息をしている彼女が、一体何を抱えているのか、僕にはどうしても分からなかった。分かりたくても、分かることができなかった。
僕たちは、日本人が集まるショッピングモールで働いていた。僕は英語があまり得意でなく、だから日本人ばかり相手にして働いていける環境を選んだ。何のために日本を飛び出したのか、そんな理由はもう忘れてしまったけど、言葉の壁は意外に厚く、そこにエネルギーを注ぐことに意義を見つけられず、もっと楽に生きようと感じるようになっていた。
僕たちが働く場所は、大きな通りに面していて、そこをずっと北に上がっていけばとある大学にたどり着くことができた。その大学の建物のなかで、真っ先に目に飛び込んでくるのが、それほど大きくないチャペルだった。何故それが一番目につくのか不思議だったけど、僕は何となくそのチャペルのステンドグラスを眺めながら仕事をこなしていた。
彼女はきれいな英語を話すことができた。でもそれは必要に迫られたときだけで、普段は僕たち日本人の仲間と一緒にいたし、彼女自身が英語でコミュニケーションを取らなければならない状況に遭遇しない限り英語を話す役目を買ってでることがなかったから、彼女が日本語以外の言葉を難なく操ることができるのを目の当たりにしたのは、僕が彼女と知り合って実に8年も経過してからのことだった。こんなに上手に話せるのなら、何故今まで僕たちが苦労して四苦八苦して現地の人と交流しようとしているときに手をさしのべてくれなかったのか、ちょっと腹が立った覚えがある。全てを聞き取れていたのなら、そして何もかもを一瞬にして英語に置き換えて話すことができたのなら、もっと積極的に僕たちを救ってくれてもよかったのに。それでも彼女は、やっぱり表舞台で英語を話すことは極力控えているようだった。僕には、そうやって僕たち日本人の仲間の前で英語を使わないようにしている彼女の姿が、一種異様にも見えた。僕以外のみんなが言葉を語彙を増やそうと頑張っているなかで、彼女は持っている資質をひたすらに隠し続ける。何のために彼女がここに来たのか、問いつめたくなることもあった。
僕は靴を売っていた。彼女は同じモールの中のレストランで料理を作っていた。3カ国語が飛び交う世界の中で、お客様の言葉に素早く反応することが求められていた職場だったが、彼女がレストランの厨房にいるということは、接客に携わらずに済む、つまりいつまでも仲間内の日本語世界でひっそりと生きていける、そんな意味合いを持っているようだった。
海外で生きていこうとする人間を、僕は何人も見てきた。女性も何人も見てきた。彼女らは、大抵「言葉の壁をクリアーして、何かを掴もうとする貪欲さ」を持っていた。恐らく日本のぬるま湯に浸かっていたら見ることのできないだろう「貪欲さ」。それは決して僕にとって卑しいものでもなく、かといって賞賛する程のものでもなく、「そんな生き方もあるよな」と眺めていられる距離のものだった。
ただ、そんな「貪欲な女性たち」の中で、彼女にはそういった俗っぽいものが感じられなかった。何のためにたったひとりでこの国に来て働いて生活していこうとしているのか、僕には理由が掴めなかった。上昇志向があるわけでもない、自己主張が強いわけでもない、寧ろ、存在感が空気のように薄い。居ても居なくとも、誰も気づかないかもしれない。日本に居たら、彼女は本当に空気のようだったろう。その存在感の薄さが、この特殊な世界に居る僕たちの中では、(恐らく彼女は望んでいなかっただろうが)非常に際だってしまっていた。彼女は完全に、僕らの仲間の間で浮いていた。
ガラス箱のような、そんな印象を僕は彼女に抱いていた。使い方を間違えれば自分も他人も傷つける、そんな危険を秘めていながら、居るのか居ないのか分からない透明さ。無色のガラス箱ではない。寧ろ限りなく海に近い。深海の中のガラス箱といったところだろうか。何を抱えているのか見えてこない、何を求めているのか見えてこない、何のためにそこに居るのか見えてこない。彼女自身が敢えてそのような立場をとっているように感じられることも、幾度か見かけてきた。
そんなふうにして、時折彼女の存在感の無さが故に、彼女という不思議な個人を浮き立たせてしまうことがあるので、僕たちは彼女に対して色んな思いを向けていた。僕たちの中で、僕も含め、彼女に好意を向けている者は数人居た。その好意を隠すほどの年齢でもなく、僕たちはそれぞれに彼女を食事に誘ったりドライブに誘ったりして、彼女への想いをそれぞれの方法で伝え続けてきた。けれども、彼女はそのどれにもはっきりと答えることがなく、いつも曖昧にスルリと交わしてふわふわと浮かんでいた。
「あの雰囲気は何だろう?」と僕たちは語ったことがある。「不思議な子だ」「掴み所がない」・・・「だから惹かれてしまう」。分かり易過ぎる感情の遣り取りを日常の中で見つめ続けると、何となく不思議なものに惹かれるようになる。私が、私が、と主張する女性たちを見てくると、私がという言葉を極端に使わない彼女に惹かれるようになる。僕が守らなければ彼女が壊れてしまう・・・そんな脆さは彼女に見受けられなかったけれども、かといって僕が居なくても彼女はこの世界で一人でしっかりと生きていくだろうとも思えない。風に乗って風船が浮いているような・・・近づいては離れて、決して掴まえられようとはしない、そんな不思議さが、僕たちには「不思議な魅力」に映っていた。