彗星堕つ

第34話「アイリの仕事」

アイリはヤクト・ドーガのコックピットで静かに目を閉じていた。
シートに深く身を預けることで、子宮に包まれるたような安らぎを得ることが出来る。
重要な作戦の前には必ず行なうリラックス法だ。
大きく息をついた後、目を開く。全周囲モニターに映るのは、漆黒の宇宙と周りを飛び回る連邦のMSだけだった。
 「敵を欺くことなど容易いことだ・・・・私には、な」
誰かに聞かせるためでもなく、少し自嘲気味にそう呟く。
周囲で監視を続けるMSは、5・・・6機。こちらの武装はファンネルとミサイルの他にはシールドに仕込んだメガ粒子砲のみだ。
その上背後の味方艦隊からも強烈なプレッシャーを感じる。あのナイルとかいう指揮官が自分を信用していないのは確かだ。
 「こちらはルナツー艦隊旗艦クラップだ。こちらの誘導通りに動いてもらう」
 「ネオ・ジオンMS隊指揮官アイリ・セラフ中尉です。誘導よろしく・・・」
目標の連邦旗艦が眼前に迫る。ここでアイリは艦橋の位置と周囲のMSの位置を素早く確認した。
 「・・・・ここしかないな・・・ファンネル!」
アイリの声に呼応して6機のファンネルが飛び出した。周囲のジェガンはそれが何であるかを理解する間もなく吹き飛ばされた。
クラップの護衛についていた2機のジムも体制を立てる間もなくアイリのサーベルに切り裂かれる。
 「ば、馬鹿な!条約違反だ!こ・・・こんなことはありえ・・・ヒッ!?」
わめき散らすアデナウアーの目にはシールドを艦橋に向ける真紅の機体が映っていた。
 「・・・これも『仕事』だ。悪く思うな」
その瞬間、旗艦クラップの艦橋はあっけなく吹っ飛んだ。
第35話「ルナツー陥落」

旗艦クラップを失ったルナツー艦隊の指揮系統は全く麻痺した。
 「クラップがやられた!攻撃を!」
 「いや、ルナツーの守備が先だ!・・・ルナツーの司令部は何と言ってるんだ!」
 「熱源!無数に発生!」
大混乱に陥ったルナツー艦隊は脆かった。反撃の遅れた敵をネオ・ジオンは容赦なく叩いた。
 「フ、あの女やってくれる・・・やはり大佐の選んだパイロットだけのことはあるか・・・」
大攻勢に出るネオ・ジオンの中で唯一苦戦を強いられている者がいた。
クラップを沈めたアイリは一人前線で連邦のMS隊を相手にしていた。
 「ガトリングガンを持って来れなかったのは痛いな・・・シールドももう使えんか!」
さらに迫り来る数機のジェガンは突如閃光に包まれた。ようやくの応援だった。
 「オラ!いつまでも一人で見せ場作ってるんじゃねえぞ!さっさと後退しやがれ!」
 「ヤザン・ゲーブルか?・・・それに、レズン・・」
 「あたしだけで掃除してやるよ!」
 「フ・・・では遠慮なくあがらせてもらうか・・・」
帰還していくヤクト・ドーガを苦々しく見つめる男がいた。
色違いのヤクト・ドーガを駆るギュネイだ。
 「チッ!・・・悪運の強い女だぜ!」
ギュネイはアイリ機の後姿にアサルトライフルを向けた。が、結局撃つことは出来ず忌々しそうにライフルを下げた。
その動作の隙を突こうと迫ったジェガンが素早く振り返ったギュネイのライフルの砲身にコクピットを貫かれた。
 「・・・お前でいいや、派手に散りな!」
ギュネイの叫びとともに不運な機体は一瞬で宇宙の散りとなった。
ほんの数刻で大勢は決し、ルナツーはネオ・ジオンの軍門に降った。
 「戦闘ブリッジに入らずに完勝か・・・大佐、貴女の作戦は完璧です」
第36話

ナイル旗下のネオ・ジオン艦隊がルナツー艦隊と交戦している頃、ブリーチ・ノア率いる
ロンドベルは、ロンデニオンからアクシズへの出港準備に入っていた。
密かに彼らへの核弾頭提供を果たしたカムランはその見送りに港まで来ていた。
 「カムランさん、色々お世話になった上に見送りにまで来ていただいて・・・」
 「いえ・・・自分に出来ることをやらずに後悔するのが嫌だっただけですよ。それよりルナツーの艦隊は大丈夫でしょうか?」
 ブリーチは彼方でジュディと楽しそうに話すクェスを見つめ、目を伏せ静かに首を振った。
 「・・・・無理でしょうね。望みはないと思います」
 「え?し、しかしルナツーも十分な戦力を用意しているのでは?」
 「今の連邦の正規軍にネオ・ジオンと戦える力はないでしょう・・・中にいる分、よくわかります」
唇を噛み締めながら答えるブリーチに、これまで彼女が腐敗した連邦の中でいかに無力感と戦い続けてきたかが窺い知れた
 「ブリーチさん・・・」
 「では行ってきます・・・ミライさんに“元気で”とお伝えください」
そう答えたブリーチの顔に影のようなものを感じたカムランは慌てて彼女を咎めた
 「そ、そういうことはご自身で伝えるべきです!・・・またこのロンデニオンに帰ってきたときに・・・」
カムランの剣幕に少し驚いたような表情を浮かべたブリーチはすぐに笑顔で答えた
 「そうですよね!・・・私、今度の任務が終わったら退役して家族とレストラン開こうと思ってるんです!
いい場所探しておいてくれます?」
 「ええ、そういうことでしたら喜んで!」
 「ブリーチさーん!置いてっちゃうよー!」
 「ブリーチ、早く〜!」
ジュディとクェスが仲良く声を上げる
 「あ〜待って!今行くから!・・・じゃあ、カムランさん、お店お願いしますね!」
二人の少女のもとに嬉しそうに駆けていくブリーチの後姿に、カムランはやっと安心していた
第37話

 「ねえ、アストナージさん。見せたいものって何?」
 「ん?ふふ〜ん。まあ、来てみればわかるさ」
ジュディとクェスを連れて得意げなアストナージを見てジュディは思った
アストナージさんがご機嫌な時は、大抵メカニックに関ることだと
 「どうだ見てみろ!」
 「わあ!ジュディ、すごいよ!」
MSデッキに案内された二人が見たのは、トリコロール・カラーに塗り直されたリ・ガズィ・カスタムだった
 「どうだ?やっぱりこのカラーリングじゃないとお前らしくないからな!ちゃんとビーム・コーティングも施してあるぞ」
 「やった!これでもう、『ガンダムもどき』なんて言わせないぞ!アストナージさん、ありがと!」
期待以上に喜ぶ少女の姿にアストナージも少し照れを隠せないようだ
 「はっはっは!一流のプロは見た目にもこだわらないといけないからな!」
 「ねえねえ、アストナージ、あの大きな反射板はなんなの?」
クェスが指差した先にはνガンダムへの取り付け準備に入った奇妙な物体があった
 「ああ、あれはファンネルだよ」
 「あれがファンネル?随分大きいんですね・・・」
ジュディは自分が見知っているファンネルとの違いに少し驚いた
 「連邦の技術が低いからじゃないの?」
失礼なことを言うクェスに背後から抗議の声が上がった
 「違います!あれはただのファンネルなどではありません!『フィン・ファンネル』と呼んで欲しいですね!」
振り返ると、頬を膨らませたチェーンが立っていた
 「フィン・・・ファンネル?」
 「どこがちがうの?」
 「う・・・そ、それはね?えーと、従来のファンネルでは成し得なかった・・・」
チェーンの解説が始まろうとした時、遠方からアムロの呼び声が響いた
 「みんな!ちょっと来てくれないか?」
 「あ、アムロさん?はーい、今行きまーす!・・・チェーンさん、また後でね!」
 「あーん!せっかくいい所だったのにぃ!大尉のイジワル!」
第38話

 「どうしたの、アムロ?」
ジュディたちより一足先にブリーチらが駆けつけていた
 「これを見てくれ」
アムロが示したのは、スウィートウォーターから放送されたネオ・ジオンの艦隊の映像だった
 「ネオ・ジオンの艦隊ですか・・・・結構な数がいますね」
ジュディの率直な感想をアムロが制する
 「それだけか?・・・なにか妙だと思わないか?」
アムロの謎かけにトーレスが首をかしげる
 「うーん。情報より船が一隻多いというくらいしか・・・」
 「全部の船を持っていくって約束だったんでしょ?なら普通なんじゃないの?」
 「クェスの言っていることは一つの面では正解だ。でもことの本質って奴は目に見えるところにだけあるわけじゃない。
 今回のアクシズ売買の件はこの放送を見ての通り既に世間一般にまでに発表されている。
 シェリルの狙いを知っている俺たちが今真っ直ぐアクシズに向かえば、ほぼ確実に
 ルナツーを経由してから来るネオ・ジオンの艦隊より先にアクシズを押さえられることは明白だ。
 あのシェリルがそんな間抜けなことをすると思うか?」
ここまで聞いてもその場にいるほとんどの者はアムロの話をもうひとつ理解できないようだった。
 「明らかに作戦に欠陥がある・・・にも関わらず現に艦隊はルナツーへ向かっている、か・・・」
頭を抱えるアストナージの隣でブリーチはハッと顔を上げた
 「バルーンダミーを使えば数は合わせられる・・・この放送そのものがでっち上げならば!」
 「さすがだな、ブリーチ。この艦をよく見てくれ。ロングサイズなのでわかりにくいが、砲身が無いようには見えないか?」
 「確かに、それなら直接アクシズに向かえる・・・でも大尉!」
チェーンが抗議の声を上げる
 「これは民間の大手放送会社が撮影したものですよ?彼らの目を盗んでこっそり一隻だけ別ルートを取るなんてことが・・・」
ここまで喋ってチェーン自身も他のクルーも恐ろしい仮説に行き着いていた
第39話

 「今、みんなが想像している通りだ・・・この放送を行なった民間会社もシェリルの味方をしている」
 「じゃあ、コロニーから見たらシェリルが正義の味方で、俺らはその邪魔者ってことですか?」
思わずトーレスが声を荒げる。だがそれも無理の無いことだ。他のクルーも同様にやりきれない気持ちだった。
 「でも、地球にいる人達が嫌いだからって、その人達を排除するのが正しいなんておかしいよ!」
憤るクェスの頭に手をのせ、アムロは優しく語りだした
 「そうだな。でも人は時折そういう間違った暴走をしてしまうんだ。一時の感情に任せてね。
 『正義』だの『大義』だの、そういう言葉で自分を言いくるめて、犯した行為の向こうに
 人の痛みがあることを忘れようとするんだ。そういう過ちを繰り返させない為に、俺たちがここにいるんだ。
 世間や体制がおかしくなっているからといって、自分が正しいことをできない理由にはならない。
 だから俺は連邦に残り、こうしてシェリルと戦っているんだ」
アムロの言葉一つ一つがクェス、そしてジュディや他のクルーたちに染み入った。
ジュディは思った。この人は今いる人間そのものを信じているんだ。
そこが自分で世界を作り変えようとしたハニエルやシェリルとは違うのだと。
 「ねえ、ブリーチ」
何か意を決したかのようにクェスが口を開く。
 「私も、MSに乗って戦わせて!」
少女の突然の申し出に、ブリーチは困惑の色を浮かべながらアストナージの方を見た。
クェスのシミュレーションにつきあっていたアストナージは困惑の表情を浮かべる。
はっきりと「無理だ」と言える要素が無い。つまり、クェスにパイロットの素養を見つけていたのだ。
 「わかったわ、支援用のジェガンがあったわね?あれを調整してあげてちょうだい」
 「ホント?ブリーチ、ありがとう!」
 「な!?」
口を挟もうとしたチェーンをアムロが制する。この子は止めてもかえって自ら危険を冒すだろう。
そのやり取りを横目に見ていたジュディも自分自身を思い返してそう感じていた。
第40話

ラーカイラムがルナツーから逃げてきた小隊と接触したのはクェスがMSデッキで調整を行なっている頃だった。
 「ねえ、アストナージ。外でなにかあったの?」
 「さあな。お前さんは気にせず調整を続けろ。なにせ武装が多い分、覚えることも多いからな」
 「ふうん・・・・」
同じ頃ブリッジではブリーチ、アムロを前にルナツーの守備隊が事の顛末を報告していた。
 「アデナウアー閣下以下、メインブリッジの方は全滅で・・・」
 「そうですか・・・ご苦労様です。クム!この人達を医務室へ」
クムが守備隊を連れて行った後、ブリーチが重い口を開いた。
 「・・・クェスには落ち着いてから私の口から説明するわ」
 「ブリーチ、そうなんでも自分で背負い込むもんじゃない」
アムロの気遣いにブリーチは静かに首を振った
 「私なら大丈夫・・・それより、さっきの報告通りルナツーが簡単に制圧されたなら・・・」
 「ああ、俺たちはアクシズに着く頃、前後から挟撃されることになるな」
 「連邦軍の応援は望めそうにないわね」
 「各コロニーの艦隊も、内乱を恐れて金縛りだからな」
 「ホントいっぺんでいいから、楽な戦いをさせてもらいたいわね」
ため息をつくブリーチの横顔には苦労の色が見て取れた
第41話

ようやくアクシズ宙域に到達したブリーチ・ノアは
額を中指で軽く2度、3度叩いた。
 「・・・さすがにこれほどの状況は想定できなかったわね」
シェリルのレウルーラ一隻で先行したはずのアクシズには
他に数隻の巡洋艦が迎撃体勢を整えていた。
側方から迫るナイルの主力艦隊との接触も間近だろう。
 「どこからあんなに沸いてきたんでしょうか?」
 「いくつかのコロニーでは反連邦勢力が大きな力を持っている。
 だが、大勢が決する前に動くとはな・・・」
トーレスとアムロのやりとりにジュディも加わる。
 「でも、各コロニーには連邦の駐留軍もいるんじゃないんですか?」
 「彼らにはクーデターを押さえ込むだけの力は無いさ」
 「総員、第一種戦闘配備!以下の官制は戦闘ブリッジに移行!
 ミノフスキー粒子、戦闘濃度で散布!
 ダミーミサイルの用意もして!・・・・見てなさい、シェリル!
 10年以上逆境ばかりを勝ち抜いてきた意地、見せてあげるわ!」
ブリーチのその気迫にはその場にいたジュディやクェスも気圧された。
 「ブリーチさん、すごい気合だね」
 「ブリーチ・・・」
 「二人はアムロと一緒にアクシズの敵を押さえ込んでちょうだい。
 ミサイル攻撃のための隙を作るためだから、深追いはしないで。
 ケーラの部隊はルナツーからの艦隊を牽制して!」
 「了解!」
第42話

一方、ナイル・ミゲル率いるネオ・ジオンの主力艦隊も作戦行動に入ろうとしていた。
 「アクシズとシェリル大佐の確保を最優先とする!
 アイリ、ギュネイの両名は敵を迂回して大佐を護れ!
 レズン隊は直接敵艦隊を叩け!以上だ!」
 「おい!ちょっと待てよ!」
ナイルの采配に一人異議を唱える者がいた。名前の挙がらなかったヤザンだ。
 「なにか?」
 「なにかじゃねえよ!俺の仕事はどうした?」
 「お前の隊は戦闘配備のまま待機だ。始めから持ち駒を全て使うわけにもいかんだろう」
 「あの手合いは叩けるうちに叩いとくもんだ!連中のしぶとさはゴキブリ以上だからな!」
ナイルは「お前には及ばんだろう」・・・と言おうと思ったがやめておいた。
 「・・・とにかく今言ったとおりだ。わかったらさっさと持ち場に着け」
 「フン!後悔しても知らんぞ!」
ナイルはそれには答えずアイリとギュネイに向き直った。
 「間違いなく大佐とアクシズを護り通せ!」
 「ハッ!」
中佐殿は戦力としての強化人間を当てにしすぎる、とアイリは思っていた。
そのくせ全く信用はしないのにな、そう自分で付け足しながら
アイリはノーマルスーツのメットに頭を通そうとしていた。
 「よう!お互い頼りにされすぎるのも楽じゃねえな!」
声の主の方に静かに振り返る
 「ギュネイ・ガスか・・・・何か用か?」
 「そう連れねえこと言うなよ、折角おおっぴらにデート出来るってんだから、ちっとは喜べよ!」
 「お前は私の趣味ではないと前にも言ったはずだがな・・・そんなに物覚えが悪かったか?」
 「言ってくれるねえ!」
 「・・・どうした?めずらしくご機嫌だな」
予想しない反応にアイリは少々毒気を抜かれた
 「・・・さあな?先行ってるぜ!」
怪訝な顔でギュネイを見送りながら、アイリはようやくメットに頭を通した
 「・・私は私のすべきことをするだけだ」
第43話

 「フ、ブリーチ・・・やってくれるじゃない!」
シェリルは少なからず焦りを感じていた。
よもやロンドベルが核を持ち出してくるなどとは思いもしなかったからだ。
 「いまだ連邦に力を貸し与えるものがコロニーにいるというの?」
撃ち洩らした第3波によって撃破された味方巡洋艦を横目にシェリルは舌打ちした。
当然シェリルは彼らに核を与えたのが交渉の席の隅にいた冴えない男だなどとは思いもしなかっただろう。
 「それにしても、ダミーの中に核を一発づつとは味なマネを!」
誘爆に巻き込まれぬようミサイルの狙撃は当然ファンネルで行なうが、そのために消耗する
精神力、集中力は並ではない。さしものシェリルも艦隊の指揮を執りながらの
この作業には相当消耗させられていた。
 「このままではジリ貧ね・・・アレを呼び戻すか・・・いや、その必要は無くなったようね」
シェリルの視界には高速で近づく2機の機体が映っていた。
 「大佐、遅くなって申し訳ありません。ご無事でしたか?」
 「フ、アイリ・セラフにギュネイ・ガスか・・・・ナイルめ気を使ってくれる」
その頃アクシズ前面のアムロ達はラーカイラムからの呼び戻しを受けていた。
 「どういうことなの?アムロさん」
 「・・・・・ルナツーからの艦隊に向かった隊が全滅したらしい。艦隊が危険になるので戻れということだ」
アムロは簡潔にそうジュディに伝えた。
 「そんな!じゃあ、ケーラさんは?」
 「・・・わからない。とにかく急ぐぞ!僕がしんがりを務める。二人は早く行くんだ!」
 「あ、はい!クェス、どうしたの?行くわよ!」
 「・・・・ハサウェイがいる」
 「え?」
 「わかるの!ハサウェイがいるんだよ!」
 「クェス・・・」
ジュディ自身もそういった感覚をかって経験していただけに、クェスの言葉は真実に思えた。
 「わかったわ。クェスを信じるよ」
 「ジュディ、ありがとう!」
先に行った二人を見送りアムロは敵に向き直った。
 「・・・あまり時間はかけられないな」
第44話

 「くそう!一体どういうことなのさ?」
レズンは目の前で繰り広げられていることが理解できず叫んだ。
既にこの宙域で動いているものは自分の他には目の前の巨大な物体だけだ。
ガンダムもどきの部隊と五分の戦いを続けていた戦線を一気に破壊したのはこいつだ。
なんどか見たことのある失敗作。そいつは敵も味方も無く陵辱の限りを尽くし、
最後の獲物を視界に捕らえている。
 「あの小僧が乗っているんじゃないのか?・・・・失敗作は中身まで失敗作かよ!」
激昂したレズンは眼前のα・アジールにライフルを向けた
が、次の瞬間左右からの狙撃に間一髪身を反らす羽目になった。
 「ファンネルだと?生意気なんだよ!」
2機のファンネルを瞬時に撃破したレズンはαに向けダミーを射出した。
αの目の前で破裂したダミーはスモークを撒き散らす。
 「かかったね!有視界戦闘の戦い方を知らないから・・・え?」
背後を取ったはずのレズン機にはαのメガ粒子砲が向けられていた。
 「こ、壊れたオモチャが・・・・・!」
それがレズンの最期の言葉となった。青いギラ・ドーガは一片も残らず星の海に消えた。
 「た、大尉・・・あいつは危険すぎます・・・逃げ・・・」
大破したリ・ガズィの中でケーラはその殺戮を見ていた。
が、全身を襲う痛みに耐えかねてそこでケーラの意識は途絶えた。
第45話

 「第六波!本命を叩き込みます!」
ブリーチ・ノアはここで勝負に出ることにした。
圧倒的寡勢のロンドベルにこれ以上消耗戦を続ける余裕は無い。
それに、ケーラ隊が全滅したことで本隊が危険に晒されるのも時間の問題だった。
 「アムロ達はまだなの?」
 「前線から敵に背を向けて戻ってくるんですよ?そんなに簡単にはいきませんよ!」
思わず声を荒げるチェーンにブリーチは少し冷静さを取り戻したようだった。
 「そうね、私も少し焦っているのかもね・・・」
 「いえ、私の方こそ大きな声を出してしまって」
 「ところで、チェーン?」
ブリーチの耳を貸せと言うジェスチャーに素直にチェーンは従う。
 「せっかくいい知らせなのに、なんでアムロに言わないの?」
 「な!?艦長?」
顔を真っ赤にして動揺を隠さないチェーンにブリーチは指を振って見せる。
 「甘いわね。私だって女なのよ?」
 「・・・大尉にはまだ言わないでください」
 「どうして?」
問われたチェーンはうつむいてしまった。
 「大尉はシェリルと決着をつけることに集中しています・・・そんな時に、他のことで
 心配かけてくありませんから」
 「そう・・・いいわ。でも、この戦いが終わったら、ちゃんとアムロに責任取らせるのよ」
 「え?責任・・・・あ、了解しました・・・」
責任の意味に気付いたチェーンは再び真っ赤な顔でうつむいてしまった。
第46話

ブリーチの放った第六波の『殺気』をシェリルは敏感に感じていた。
 「く!ここに来て全て核ミサイルか?ブリーチめ・・・!」
 「大佐、私が・・・・」
アイリのヤクト・ドーガが前に出る。
 「任せる。間違いなく仕留めて見せよ!」
アイリは目を閉じ意識をファンネルに集中する。
 「熱源だけを感じろ!そこだ!」
アイリの気合とともにロンドベルの核ミサイルはアクシズに達せず撃破された。
 「へ!やるじゃねえか!」
これには背後のギュネイも舌を巻いた。
 「さすがだな、アイリ・セラフ」
 「い・・え、仕事・・・ですから・・・」
シェリルの言葉にアイリは息も切れ切れに答えた。
失敗の許されないミサイルの破壊にはさしものアイリも消耗しきっていた。
そんな状態のアイリには身近に迫る危機を感知することができない。
背中に寒気を感じた瞬間には機体をサーベルで斬りつけられていた。
 「な・・・?」
バランサーを破壊され、思うように動けない。
まともに復旧するにはいささかの時間を要するだろう。
すぐに落ち着きを取り戻したアイリは下手人に向かって声を荒げた。
 「どういうつもりだ!?ギュネイ・ガス!」
 「くっくっく・・・!」
第47話

その宙域は異常な空気に満ちていた。
ロンドベルもネオ・ジオンも無く動くもの一つ無い死の世界だ。
 「ど、どういうことなの?誰がこんなことを?」
ジュディもその凄惨な破壊の跡に言葉を失った。
 「ここ、嫌だ・・・気持ち悪い・・・!」
 「クェス?」
様子のおかしいクェスをジュディが気遣う。
 「変だよ、死んだ人があたしの中を通っていくんだ!」
 「クェス!しっかりして!」
ジュディはダブリンへのコロニー落としの際に自らが経験した感覚を思い出していた。
この子は感じすぎる!ジュディはクェスの姿にかってのプルを重ね心配した。
 「うっ・・・・?あ、ジュディ!あれ!」
 「あ、あれはケーラさんのリ・ガズィ?」
二人の目に止まったのはボロボロに大破したリ・ガズィの変わり果てた姿だった。
 「酷い・・・・」
 「ねえ、ジュディ、ケーラさん大丈夫なのかな?もしかして・・・」
 「・・・・とにかく確かめてみよう・・・」
そうジュディが言いかけた瞬間、二人は同時に強烈な悪寒を感じた。
 「うっ!なんなの?この嫌な感じは!?」
 「・・・あ!クェス!」
ジュディの目には巨大な機体が映っていた。
 「こいつがケーラさん達を?」
 「ハサウェイ!?」
 「え?」
 「あれ、ハサウェイだよ!・・・でも、何か違う・・・あたしの知ってるハサウェイじゃない!」
 「あれにハサウェイが乗っている?・・・・クェス、来るよ!」
第48話

 「何のマネだ!」
アイリは目の前で勝ち誇るギュネイに吠えた。
 「ヘッ!前からてめえのことは気にいらねえって言ってただろ?」
ギュネイの向けたアサルトライフルにアイリは死を覚悟した。
私はここまでなのか・・・そんなことを思いながら静かに眼を閉じた。
 「だが、俺の狙いは・・・こっちだ!」
叫びながら身を翻したギュネイ機の先にはシェリルのサザビーがいた。
シールドを破壊されたシェリルは感情を押し殺すような声でギュネイに問うた。
 「・・・・ギュネイ・ガス、この私の手を噛むつもりか?」
 「な?大佐!」
アイリはヤクト・ドーガを動かそうとしたが、依然システムの復旧には程遠かった。
 「構わんよアイリ。裏切り者の始末くらい私が執行する!」
 「へっへっへ・・・『裏切り』か・・・そいつは違うね!こいつは予定通りの行動さ」
どういうことだ?アイリはギュネイの真意を掴めず当惑した。
 「俺の親父も、お袋も、ダブリンにいたんだ!それがネオ・ジオンとかいう連中のコロニー落しで・・・
 だから、お前らみたいな『選ばれし者』面したエゴイストどもに罰を与える為に
 自分からニュータイプ研究所に売り込んだのさ!」
 「ダブリン・・・ダブリンだと・・・・・・?」
ギュネイの口から出た地名にシェリル以上に動揺したのはアイリだったが、ギュネイはそのことを知らない。
 「フ、ハニエルのネオ・ジオンへの恨みをこのシェリル・アズナブルにぶつけるか・・・」
シェリルの見下したような物言いがギュネイは癪に障ったようだった。
 「五月蠅え!俺にとっちゃどっちも同じようなもんだ!むしろてめえの方が100倍たちが悪いぜ!」
怒鳴りながらファンネルを展開する。ミサイル迎撃で憔悴したシェリルは動きが悪く見えた。
 「・・・・フン!」
ヤクト・ドーガとファンネルの波状攻撃にシェリルは明らかに防戦一方だった。
 「大佐!くっ!動け、動けえ!」
圧倒的優勢のギュネイは勝利を確信した。
 「勝てる!俺はシェリル・アズナブルよりも強い!勝てるぞ!」
第49話

ジュディは突如現れた巨大な敵の『口』から強力なエネルギーが収束されるのを察知した。
 「クェス!撃ってくるよ、散開!」
 「え?あ、うん!」
左右に散った2機の間をメガ粒子砲が通過していく。
巻き込まれたMSの残骸は跡形も無く消え去っていった。
 「なんて威力・・・当たったらアウトね」
 「ハサウェイ・・・なんで?」
動揺するクェスを落ち着かせるようにジュディは指示を与える。
 「あれがハサウェイなら、接触して直接回線を開いてみる!私達だってわかれば・・・
 クェスはあいつの足を止めて!」
 「え?あ、足を止めるって、どうやって?」
 「勘よ!勘に任せてやるの!」
それだけ言うと、ジュディ機はαに向かって突っ込んでいった。
 「か、勘って・・・やるっきゃないか、お願い!壊れちゃわないでよ!」
意を決したクェス搭乗ジェガンの両肩のビームキャノンが火を噴いた。
 「く、くうっ!?反動が大きい!」
第50話

依然ギュネイは総帥、シェリルに攻勢を続けていた。
頼みのファンネルをミサイル迎撃に使い切ったシェリルはギュネイの攻撃を紙一重で
凌ぐのがようやくといった戦況だ。
 「くっ!ヤクトが動きさえすれば!」
アイリはミサイル迎撃で油断していた己を恥じたが、後の祭りだった。
 「オラ!こいつでチェック・メイトだ!」
ギュネイのサーベルによって残されたサザビーのライフルは真っ二つにされてしまった。
 「・・・・・!」
 「た、大佐!」
 「へっ!落ち着けよアイリ、大佐を始末したらタップリ遊んでやるよ!」
アイリも、ギュネイもシェリル・アズナブルが撃墜されることを確信していたその時、
突如ギュネイのヤクト・ドーガの動きが停止した。
 「な、なんだ?故障か?いや、そんなはずはない!」
 「フ、フフフフフ!」
勝ち誇った笑いをあげるシェリルにギュネイは背筋が寒くなるのを感じた。
 「ギュネイ、このシェリルが貴様如き小物の正体に気付かずにいるとでも思っていたのか?」
 「な、なんだと!?」
 「『素性の知れるものは使うな』か、ナイルの言うとおりだな・・・
 もっとも、アイリ位の才の持ち主ならば話は別だがな。
 ・・・牙を剥こうとする犬コロの機体に細工をするくらいのことは私とてするさ
 所詮貴様は私の手のひらで便利に使われていただけの消耗品だ」
ようやく状況を理解したギュネイはパネルを叩いて怒号を上げる。
 「ち、畜生っ!・・・・畜生っ!!!」
 「・・・さてアイリ、機体はそろそろ復旧したか?」
 「・・・あ、はっ!通常運用上問題はありません」
アイリはシェリル・アズナブルに改めて畏怖の念を抱いていた。
先ほどはああ言っていたが、私の正体も・・・
 「そうか、私の機体は見ての通りだ・・・・お前があの裏切り者を始末しろ」
 「!!」
 「・・・え?」
 「聞こえなかったか?・・・ギュネイ・ガスをお前の手で処刑しろといっているのだよ」
シェリルの声は、冷たく響いた。
第51話

アムロ、ジュディ、クェスの3人を相手にαは互角の戦いを続けていた。
それどころか徐々に疲弊が溜まった3人は少しづつ味方艦隊の方へと押され始める。
 「・・・もう相手を気遣いながら戦う余裕はないぞ!」
 「で、でもアムロさん!あれにはハサウェイが・・・」
 「アムロ、お願い!」
少女二人の懇願にアムロは一瞬目を伏せたが、すぐに強い調子で叫んだ。
 「ハサウェイはシェリルの人類粛清の道具にされているんだ。
 あの禍々しいオーラを感じるだろう?ハサウェイはもう極限まで強化されている。
 もう助けられない!・・・君たちまで魂を奪われるぞ!」
 「そんなことない!プルツーだって助けられたんだ!ハサウェイも助けられるよ!」
 「そうだよ!お願い、私にやらせて!」
アムロの脳裏にはかってキリマンジャロで見た悲しい光景が思い出されていた。
が、その映像をすぐに打ち消すと、少女たちに叫ぶ。
 「・・・いいか、チャンスは一度だけだ!ぼくがあいつの動きを封じる!
 その間にクェスが説得するんだ!ジュディはあいつの目をひきつけてくれ!」
 「アムロさん・・・!了解!」
言うが早いか、ジュディのリ・ガズィはMA形態となりαに向かっていった。
迫り来るファンネルを1機2機と落としながらαの側面へと周っていく。
αの、ハサウェイの意識が完全にそちらに向いた瞬間、
αの自由は完全に奪われていた。
アムロのファンネルによって発生したバリアの内側へと閉じ込められたのだ。
 「今だクェス!」
身動きがとれず咆哮を上げるαの目前にクェスのジェガンが立ちふさがる。
第52話

 「ハサウェイ!私よ、あなたのお友達のクェスよ!」
 「苦、クェス・・・?大佐・・・大佐はdokoni?
 大佐のテキ・・・敵を倒さないと・・・大佐が、褒めてクレるから・・・・?」
完全にαに精神を取り込まれたハサウェイの様子に泣きそうになりながらも、クェスは続ける。
 「しっかりしなさいよ!あなたのいるところはそんな冷たいマシンの中じゃないでしょ?
 優しいお義母さんのところに帰らなきゃ!あなたには・・・お義母さんがいるんだから!」
 「カ、義母サン!?・・・亞・・・・くっ!」
 「私と一緒に、お義母さんの所へ戻ろ?・・・ね?」
 「義母サンのところ・・・・・」
 「そうよ!私と一緒に戻るのよ!」
一秒ほどの静寂、クェス、そして見守るアムロとジュディにとっても
長い、永い一秒だった。
 「・・・・ダメダ」
 「・・・え?」
 「ボクはもう・・・・元には戻れない!」
その瞬間、αの口から発せられたメガ粒子砲でファンネルのバリアは崩壊した。
その反動でメガ粒子砲を破損したαはそれでもロンドベル艦隊の方へと機体を向けた。
 「ラ、ラーカイラムに特攻する気なの?」
 「くっ!もう・・・」
撃墜するしかない、そうアムロとジュディが思った瞬間、引き金を引いていたのはクェスだった。
 「ハサウェイ・・・ごめん!」
αが光球へと姿を変えた一瞬、クェスとハサウェイは一つの宇宙にいた。
そこで二人が交わした言葉はどういったものであったのか、知るのはクェス一人だった。
 「・・・・ジュディ、クェスを頼む。ぼくはケーラのリ・ガズィを牽引する」
 「・・・はい・・・・・クェス、帰ろ?」
 「うっ・・・ひっく、ハサウェイ・・・ごめんなさい、ごめんなさい・・・」
第53話

アイリ・セラフはノーマルスーツの中がじっとり汗に染みるのを感じていた。
愛機、ヤクト・ドーガのビームガトリングの先には、色違いの動かないヤクト・ドーガがいる。
 「・・・・どうした?アイリ・セラフ。機体はもう動くのだろう・・・?」
シェリルの声が刑の執行を促す。
アイリは、誰にも聞こえない小声でポツリと呟く。
 「・・・所詮、強化人間の末路など、このようなものでしかないのか?」
自らの手でギュネイを葬った瞬間、アイリは知らず涙を流していた。
別にギュネイの為に泣いたのではない、自身の有様を振り返ってのものだったのかもしれない。
 「ロンド・ベルも退いたようだな・・・アクシズの点火も成功・・作戦は九分九厘こっちのものだな」
 「はい・・・」
得意気に戦況を語るシェリルにアイリは乾いた返事をするだけだった。
 「もう一度凌げは、全てが終わる・・・・アイリ、帰投するぞ」
 「はい・・・」
 「ん?αの識別信号が消えたか・・・ブリーチ・ノアの子、名は何といったかな?
 ・・・まあいい、投資分は十分働いてくれた」
 「・・・・・・・・・」
レウルーラへの帰還の途上、アイリはノーマルスーツのメットを外し、頭を振った。
 「ハサウェイ・・・あの少年も死んだか。私は何をやっている?
 何を得た?何を見つけた?・・・結局、何も変わっていないのではないか?」
第54話

 「・・・そう、ハサウェイが・・・・」
アムロからの報告を受けたブリーチは少し目を伏せ、それだけ口にした。
ハサウェイがネオ・ジオンに渡ったことを聞いた時と同じように。
 「ブリーチ・・・」
 「ブリーチさん・・・」
慌しく作業の進むMSデッキで、アムロとジュディは
ブリーチにかけるべき言葉を探そうとしていた。
 「おかしいよね、私・・・息子が死んだってのに涙の一つも出ないなんてね・・・」
先に口を開いたのはブリーチだった。
 「エメットの時だってそう。昔は泣き虫、泣き虫って言われてたのにね・・・」
 「ブリーチ、それは・・・」
ブリーチの肩に手を置き声をかけるアムロに、顔を上げ笑ってみせるブリーチ。
 「大丈夫よ、アムロ。私は大丈夫・・・ジュディ、クェスはまだMSから降りないの?」
 「うん・・・何度も声をかけたんだけど・・・・」
 「そう・・・私が行ってくるわ。アムロは皆をブリーフィングルームに集めておいてちょうだい」
それだけ言うと、ブリーチは床を蹴ってジェガンのコクピットへと向かっていった。
 「・・・クェスのことはブリーチに任せて、俺たちは行こう」
あっさりとそう言うアムロにジュディは戸惑いを隠せなかった。
 「え・・・?あ、あの・・・アムロさん!」
 「なんだい?ジュディ」
 「ブリーチさん・・・大丈夫なんでしょうか?」
心配そうに見上げるジュディの頭にアムロは優しく手を乗せる。
 「ブリーチなら大丈夫さ・・・行くぞ」
 「・・・はいっ!アムロさん」
アムロの言葉に『確信』を感じたジュディはいつもの元気な声でアムロに応えた。
第55話

 「クェス?」
コクピットを覗いたブリーチが見たのは、シートの上で胎児のように膝を抱えるクェスの姿だった。
 「・・・ごめんなさい・・・・ごめんなさい・・・・ごめんなさい・・・・」
ブリーチはうわごとのように同じ言葉を繰り返すクェスの隣へと入っていった。
 「クェス・・・」
優しく頬に手を伸ばすブリーチにようやく気付き、クェスは怯えたような表情を浮かべる。
 「ブリーチ!?・・・私、私・・・!」
オロオロと自分の両の手を見るクェスを、ブリーチは強く抱いた。
 「いいの!・・・・何も言わなくても、いいの!」
突然抱きしめられたクェスは戸惑いながらも、その感触にどこか懐かしい安らぎを覚えていた。
 「ねえ、ブリーチ」
しばし無言で抱きしめられていたクェスが意を決したように口を開く。
 「なあに、クェス?」
応えるブリーチの声は慈愛に満ちていた。
 「信じてもらえないかもしれないけど、ブリーチには話さなきゃいけないから、私話すね・・・」
クェスはハサウェイを撃った瞬間の、一瞬の心の交流をブリーチに話した。
ハサウェイに頼まれた、母への伝言と共に。
 「・・・ありがとう、クェス。話してくれてありがとう・・・おかげで私、救われたわ」
 「ブリーチ、信じて・・・くれるの?」
 「ええ、もちろんよ」
ブリーチの優しい顔にクェスは一瞬笑顔を浮かべたが、すぐに首を振った。
 「でもダメ!ブリーチが許してくれても、私は私を許せない!
 お願い!私に罰を与えて!裸で宇宙に放り出しちゃって!」
必死で罰を求めるクェスにブリーチは優しく告げる。
 「罰が欲しいの?・・・じゃあ、私の言うことを聞いてもらうわよ?」
クェスは真剣な表情で頷く。
 「クェスには、私の娘になってもらいます!」
 「え・・・?」
ブリーチの言葉にクェスは目を丸くする。
 「私がお母さんじゃ・・・嫌?」
クェスはうっすら涙を浮かべながら、かぶりを振った。
 「嫌じゃない!・・・嫌なわけないよ!」
胸にしがみつくクェスを、ブリーチは再び強く抱きしめた。
56〜57間の補完(あらすじ)

奇跡的に一命を取り留めたケーラは病室で目覚め、片腕が無くなっている事に気付く。
そんなケーラを元気付けようとするアストナージ。思いの外明るく応えるケーラ。
ハサウェイのことで責任を感じるアムロを心配するチェーン。
その後のやり取りは大体原作同様。チェーンは結局妊娠のことは切り出せず。
クムと昔話に花を咲かせるジュディ。
明るさを取り戻すクムと戦いへの決意を新たにするジュディ。
地球では不吉な直感に不安がるチェーミンに金髪の理事長が色々語る。
ネオ・ジオンでは相変わらず食ってばかりのヤザンにアイリが
「ジュディー・アーシタを譲ってほしい」と申し出る。
最初相手にしないヤザンだったが、アイリの目を見てあっさり譲る。
そしてロンドベルの作戦会議。
「厳しい作戦ですが、ラーカイラムは全員分の食事を用意して待っています。
作戦を成功させ、再び諸君らの顔を見れることを信じます」との
ブリーチの言葉に一同無言で敬礼する。
一方シェリルはナイルを部屋に呼びつけていた。
第57話

 「ナイルか・・・・入れ」
シェリルの声にナイルはノックしようとしていた手をそのままノブに伸ばした。
 「・・・ナイル・ミゲル、入ります」
部屋に入ったナイルが見たのは真っ暗な部屋の奥で光る二つの目の輝きだった。
 「・・・遅かったな」
よく見えないが、どうやらシェリルはソファーに腰掛けているらしい。
ナイルはシェリルの目の光だけを頼りに暗い部屋を歩んで言った。
 「申し訳ありません大佐、例の物のアクシズへの搬入に手間取っておりまして・・・」
 「そうか・・・ああ、そこワインのボトルが転がっている・・・足元に気をつけて」
ナイルが踏み込もうとした足元には確かに空のワインボトルが転がっていた。
 「酒を飲んでもね、もう良いもしなければ味さえしないのよ・・・」
 「大佐・・・・・」
暗闇の中でナイルの表情が翳るのを察したのか、シェリルが口を開く。
 「いや、それはいいのよ・・・それよりお前に頼みたいことがある。いや、お前にしか頼めない」
 「どのようなご命令であろうと、必ずやりとげてみせます」
核を抱いてロンドベルに特攻しろと言われれば、喜んでそうしただろう。
だが、シェリルの命令は全くナイルの予想しないものであった。
 「・・・ではお前にスウィートウォーターへの帰還を命ずる」
 「は・・・?」
 「聞こえなかったのか?お前は今すぐにスウィートウォーターへ帰るのよ」
 「し、しかしそれは!」
シェリルのために死にに来た自分が、どうして今更戦地から離れることができようか。
ナイルはシェリルと出会って初めて抗議の声を上げた。
第58話

そんなナイルにシェリルがいつものように微笑んだ気がした。
 「よく聞きなさい、この作戦が成功しようが失敗しようが、
 『次の神輿』を欲するものは絶えないでしょう・・・そのような連中にとって
 都合のよい傀儡にさせることなど・・・・」
ナイルはそれだけでシェリルの言わんとすることを理解した。
 「スウィートウォーターから連れ出せということですか?」
 「フ、やはりお前は賢いな・・・みなまで言わずとも私のことを理解してくれる」
気配でシェリルが立ち上がったのがわかる。すぐ目の前にその美しい顔があることも。
 「詳細な指示はこの紙に書いてある通り・・・無くすんじゃないわよ」
シェリルの手がナイルの胸ポケットに何かをしまいこんだ。
 「こればかりは他の者には頼めない・・・信頼しているわよ」
ナイルは思わず目の前のシェリルを抱きしめてしまった。
せめて、もう一度その美しい顔を見せて欲しいと、言葉が喉まで出かかった。
 「フ・・・今顔を見てしまったら、私はお前を手放せなくなってしまう・・・」
気持ちを察したようにそう言うと、ナイルの顔に手を添え、口付けを交わした。
時間にして十数秒か、唇を離し余韻の後、シェリルが別れの言葉をかける。
 「お前がいてくれて救われた。次に会うのは地獄だろうな・・・あの子のこと、任せたわよ」
 「はっ・・・今度はあまりお待たせしないようにします。任務は必ずやりとげます!」
部屋を後にしたナイルは一人呟いた。
 「ホルスト殿、任務は果たせそうにありません
 ・・・・どうも私はシェリル・アズナブルに本気で惚れてしまったようです」
第59話

 「前線部隊の戦況は?」
ラーカイラムのブリッジにブリーチの凛々しい声が響く。
 「アクシズの懐まで入り込めたのはガンダムとリ・ガズィのみです。
 これだけ数に差があっては戦線を維持するのも困難ですよ!」
 「くっ!アムロ、ジュディ・・・サイド2、5からの増援はどうなっているの?」
三段構えの作戦を取ったロンドベルだったが、戦局は思わしくない。
残りたった4発の核ミサイルと、内部からのアクシズ爆破以外に
『核の冬』を阻止する手立てはなかった。
 「クェスに通信開ける?」
 「可能です」
 「お願い・・・・・クェス、聞こえる?」
 「・・・聞こえてるよ、ブリーチ。どうしたの?」
 「ラーカイラムの守りはもういいわ。アムロとジュディの支援に行ってあげて」
 「え、でもそれじゃ・・・」
この状況で艦の守りが薄くなることがどういうことかクェスも察したらしい。
 「いいの!こちらは残りの部隊でなんとか持たせます!
 それより、アクシズではアムロとジュディが二人だけで戦っているの。
 行って力になってあげて!」
 「・・・・わかった。ブリーチもその・・・」
 「私は大丈夫!さ、早く!」
クェスを送り出したブリーチは唇を噛み締め声を上げた。
 「ミサイルの準備を!」
第60話

 「大丈夫か、ジュディ。目標は核ノズルだけだ。他には目をくれるな!」
 「うん!でもアムロさん、こうも周りが敵ばっかりじゃ・・・!」
そう言いかけたジュディの機体をνガンダムがとっさに制す。
 「え?ど、どうしたのアムロさん・・・核ノズルは目の前だっていうのに」
 「・・・・どうもそうは簡単にやらせてはもらえないようだ」
アムロが見据える先に真紅の機体がその姿を現した。
 「フ、アムロ・・・それにジュディ・アーシタか。あくまで私の邪魔をするのだな・・・」
ロンデニオンで会った時とは違う、強力なプレッシャーにジュディは圧倒される。
それはかってのハニエル・カーンをも上回るものだった。
 「隕石を地球に落として世直し気取りか!なぜそんな風に結論を急ごうとする!」
そう叫ぶやアムロのνガンダムはまっすぐにサザビーへと向かっていった。
 「フ!愚かな連中の飼い犬に成り下がった男がなにを偉そうに!」
戦いながらアクシズ内部へと向かっていく2機を見てジュディはようやくプレッシャーから解放された。
 「あ・・・!アムロさんが危ない!あたしも行かなきゃ!」
リ・ガズィを動かそうとした刹那、目の前を一筋のビームがかすめていく。
 「な!?」
振り返った先にはもう一機の真紅の機体が佇んでいた。
第61話

ジュディを目標に捕らえた真紅のヤクト・ドーガは高速で接近してくる。
 「くっ!」
不意をつかれ苦し紛れに放ったライフルはあっさりかわされ、
リ・ガズィはヤクト・ドーガのタックルをもろに喰らった。
 「きゃあっ!?こ、この人・・・強い!」
 「・・・どうした、ジュディ・アーシタ!お前の力はこんなものではないはずだ!
 私を失望させるな!」
その声はジュディの記憶する声だった。
 「え?その声はイリアさん・・・?どうしてシェリルのネオ・ジオンなんかに?」
ジュディの口から出た名前に彼女は舌打ちし、忌々しげに声を荒げる。
 「違う!私はイリア・パゾムなどではない!私は・・・アイリ・セラフだぁ!」
薙ぎ払うサーベルがリ・ガズィの装甲を焼く。
 「なに言ってるのよ?イリアさんは、イリアさんでしょうが!」
リ・ガズィのバルカンがヤクト・ドーガのシールドを吹き飛ばす。
 「ハニエルの魂に惹かれ地球圏に戻ってきた小娘に・・・なにがわかる!」
 「わかんないよ!名前を変えても同じことをやってる人のことなんかわかんないよ!
 それにあたしは・・・前に進むために、戻ってきたんだぁっ!」
迫るファンネルをリ・ガズィのサーベルが切り払っていく。
 「イリアさんこそ、ハニエル・カーンに義理立てしてこんなことやってるんじゃないの?」
イリアの脳裏には、ハニエルに抱かれる自分の姿が思い出される。
 「フン・・・違うな!私には・・・他に生きる術なんてないのさ!」
 「!!・・・なんでそんな風に自分のことを決めつけちゃうのよ!」
互いの感情をぶつけ合う二人がお互いの機体を武器の照準に入れたのは全く同時だった。
 (あ、ダメ!これじゃ相撃ちだ・・・・!)
目を閉じながらジュディは引き金を引いた。
第62話

互いを捉えた二つの銃口。
だが火を噴いたのはリ・ガズィのライフルだけだった。
腰部をビームに貫かれたヤクト・ドーガにジュディが近づく。
 「イリアさん!なんで撃たなかったの?・・・撃ってたら」
力なく、だがどこか嬉しそうなイリアの声が返ってくる。
 「フ、そうだ、『撃っていれば』相撃ちだったろう・・・
 そして、私にはそれで十分だ」
 「イリアさん!脱出ポットを!まだ間に合うよ!」
しばしの沈黙。
 「・・・出撃前に脱出ポットは作動しないようにしてきた。
 そうでもしなければ、お前と戦う勇気など持てないよ」
 「そんな・・・イリアさん!」
 「あの時お前の目を見て、お前を感じてからずっと『ジュディ・アーシタ』という
 存在に怯えていた・・・全てを包み込んでしまいそうな、お前の大きさに・・・
 私はずっと利用する側で、傍観者だった・・・
 だから、強化される者の気持ちが知りたくなってシェリルの元に行った」
 「イリアさん・・・」
 「け、結局私はこういう生き方しかできなかった・・・
 だからジュディ、これ以上私や、あの少年のような存在を増やすな。
 シェリルを止めろ。あれは悲しい女だ。
 フ、マシェリ、キャラ・・・ようやくお前達に詫びにいけるな・・・」
 「イリアさーん!」
ジュディの叫びを飲み込むように、真紅のヤクト・ドーガは閃光の中へと姿を消していった。
孤独な宇宙の中で、ジュディは流れる涙を抑えることが出来なかった。
第63話

ジュディ、アムロの支援の為アクシズへと急ぐクェスは、
思わぬ強敵の出現に窮地に追い込まれていた。
 「な、なんでよ?あんな量産型・・・こっちの方が火力も出力も上なのに!」
戸惑うクェスを嘲笑うかのように翻弄する黒いギラドーガ。
 「ちっ!少しは手ごたえのあるヤツだと思ったら、またガキだと!?」
忌々しげに呟いたのはギラドーガを駆るヤザン・ゲーブルだった。
 「私はジュディ達を助けに行かなきゃいけないのに!鬱陶しいよ!」
 「ケッ!自分の心配でもしてろってんだ!これだからガキは!」
ビームマシンガンが重装型ジェガンの背後を襲う。
 「きゃあ!?こ、この!好き勝手やってくれちゃって!」
 「クソ!無駄に丈夫なヤツめ!ならば!」
ヤザン機がビームソードアックスを構える。
 「真っ二つにして終わりにしてやる!」
 「だ、駄目!このままじゃ負けちゃう!なら!」
次の瞬間、蒸気と共にジェガン両肩のビームキャノンが外れる。
 「ほう、ガキの割りに思い切りがいいな・・・・だがな!」
 「ハサウェイ!護って!」
交錯するアックスとサーベル。
横一文字に切り裂かれたのは漆黒のギラドーガだった。
 「・・・勝った!」
爆発の中飛び出す脱出ポットの中、ヤザンはシートに拳を打ちつけていた。
 「畜生!またガキに負けた!糞!止めだ、止めだ!
 もう金輪際MSなんぞに乗らんぞ!」
彼方へと飛んでいく脱出ポットを見送り、クェスは再びアクシズへと機体を向けた。
 「ジュディ、アムロ、待ってて!」
第64話

 「イリアさん・・・」
悲しみに暮れるジュディの前に傷だらけのジェガンが姿を見せた。
 「ジュディ!」
 「え?あ、クェス!どうして?」
 「ブリーチがアムロとジュディを助けてあげろって」
 「そっか・・・ここまで大変だったでしょ?」
満身創痍のジェガンが戦いの激しさを物語る。
 「私は大丈夫!・・・・アムロは?」
 「そうだ!アムロさんシェリルを追いかけて・・・行こう!クェス、ついてこれる?」
 「もちろんよ!」

そのころ追いかけていたシェリルを見失ったアムロはアクシズの外側に出てきていた。
 「くっ、シェリルを見失うなんて!・・・ん、あれは?」
目前に見覚えのある2機の機体が現れる。
 「ジュディ、それにクェスか?」
 「アムロ!」
 「アムロさん!よかった・・・無事だったんだね」
だが、3人に再会を喜ぶ余裕は与えられなかった。
突然、四方から襲う攻撃に3機は散開させられる。
 「サザビーのファンネルか?」
 「アムロ、あれ!」
漆黒の宇宙に真紅の機体、先ほど姿を消したサザビーがジュディたちの前に立ちはだかる。
 「シェリル・アズナブル・・・・」
第65話

ついに3人の前に姿を現したサザビーだが、
ジュディはなにか違和感のようなものを感じていた。
 「アムロさん、なんか変じゃない?」
 「ああ・・・シェリルじゃないのか?」
2人が同じ疑念を抱いた瞬間、サザビーの背後からもう一機の真紅の機体が姿を現した。
 「!!」
 「嫌ッ!あれ・・・・気持ち悪い!」
サザビーより二周りほど大きく、全体的にサザビーによく似た印象だが、
『悪魔』を連想させるようなグロテスクな異形のMSだった。
 「シェリルか!」
 「フ、そうよ・・・切り札『ナイチンゲール』。
 これを動かすのは少々骨が折れるので出来れば使わずに済ませたかったのだけど、
 そうも言ってられないのでね・・・」
アムロの叫びに応えるようにシェリルの冷たい声が響く。
 「ジュディ・アーシタ・・・そうか、アイリも死んだか。
 フ、いつもそう・・・最後に頼れるのは自分だけね」
ナイチンゲールが腕を振ると、サザビーが高速で3人に迫る。
 「くっ?あのサザビーには誰が?」
 「アムロさん!あれ、もしかして・・・『ファンネル』なんじゃない?」
ジュディの見立てにシェリルが嬉々として応える。
 「フフフ、その通り・・・サザビーはサイコミュによって遠隔操作可能な機体なのよ!」
とはいえ、MSを操縦しながらの機体の遠隔操作など、有り得ないことだった。
 「・・・それだけじゃないわよ!ファンネル!」
さらにナイチンゲールから10機、サザビーから6機のファンネルが射出される。
サザビーと合計16機のファンネルが3人の周囲を飛び交う。
 「フ・・・これで形勢逆転ね?」
 「この異常な力・・・シェリル、まさか貴様!」
 「あなたの想像通りよ、アムロ・レイ。極限まで『強化』された私の力、堪能させてあげるッ!」
第66話

核ミサイルによるアクシズ攻撃が失敗に終わったラー・カイラムは
アクシズに潜入しての内部からの爆破に作戦を切り替えていた。
 「トーレス!戦況を!」
 「艦長、僚艦ラー・チャターが本艦の盾になって・・・!」
味方艦撃沈の報にブリーチは一瞬沈痛な表情を浮かべたが、
すぐに次の指令を発した。
 「・・・ラー・カイラムをアクシズに衝けます。総員陸戦用意!
 爆破チームは私の指揮の下、アクシズへ潜入します。トーレス、ここはお願い」
 「了解!」

その頃アムロ達は圧倒的な『力』を持ったシェリルのナイチンゲールに劣勢を強いられていた。
 「アムロさんっ!・・・このままじゃ!」
傀儡のサザビーに圧されるジュディが悲痛な声を上げる。
タイムリミットは確実に近づいていた。
 「フ、歴史的瞬間を特等席で観れるあなた達は幸せ者ね?」
シェリルの嘲笑にクェスが突っ掛かる。
 「アンタみたいな女がいるからハサウェイは!落ちちゃえぇぇ!」
ファンネルの囲いを抜け、サーベル一本でナイチンゲールに切りかかるジェガン。
 「クェス、無茶だ!死にたいのか?」
アムロは叫んだが、ナイチンゲールは避ける素振りをみせない。
ジェガンのサーベルがシェリルを捉えると思われた瞬間、
ナイチンゲールの下腹部から伸びた第3の腕がジェガンを捕らえた。
 「ああっ!?」
 「クェス!・・・邪魔よ!退けぇッ!」
クェスの危機にジュディは、眼前のサザビーが自分を狙うメガ粒子砲の砲門に、
とっさにサーベルを投げ入れ、爆散する敵機に目もくれずシェリルに向かった。
 「フ、そうか・・・ハサウェイ・ノアのガールフレンドというわけね・・・」
シェリルの優しく、冷たい声の響きにクェスは全身に悪寒が走るのを感じた。
 「ならば、2人仲良く暮らせるように、ハサウェイと同じ所に送ってあげましょうね・・・」
第67話

ナイチンゲール両脇のファンネルの射撃が隠し腕の中のジェガンを襲う。
 「きゃあぁぁぁぁっ!?」
頭と両腕を吹き飛ばされ、力なくナイチンゲールから離れていくジェガン。
 「・・・さて、まずは1機・・・」
ナイチンゲールのメガビームライフルが大破したジェガンに向けられる。
だが発したビームは、クェス機の直前で霧散した。
νガンダムのファンネルが形成したフィールドによって守られたのだ。
 「フ、アムロか・・・中々面白い使い方をする・・・
 それでこそ、わざわざアナハイムに技術情報を流した甲斐があるというもの・・・」
 「・・・なんだと?」
 「クェス!大丈夫?・・・なんでわざわざそんなことを?」
クェスの無事を確認したジュディの問いにシェリルは見下すように答える。
 「なぜ?フフフ、だってパイロットの力が勝っているのに、
 その上機体でまで差をつけてしまったら、面白くもなんともないでしょう?」
 「貴様は!そうやって他人を見下すことでしか自分の存在を認められないんだろう!」
怒り混じりに切り払ったνのサーベルがナイチンゲールの隠し腕を切り落とす。
 「フ!やはりお前はニュータイプの在り様を解っていない!
 理解しあうことがニュータイプの本質ですって?バカな!
 ・・・だったらなぜラミルは死んだ?カミーユとシロッコ(♀)はなぜ憎みあった!
 ジュディ・アーシタ!お前もハニエルを討つことで
 自分の『正義』を徹してきたんでしょう!
 ・・・結局、対立の元である地球から連中を追い出さない限り、何も変わらないのよ!」
感情を爆発させるように、一気にまくし立てるシェリル。
 「・・・違う!それは違うよ、シェリルさん!」
シェリルの主張にジュディが応える。
第68話

 「フ!何が違うというの!」
ナイチンゲールのメガビームライフルがリ・ガズィへと向けられる。
 「そういうふうに言葉や概念で考えようとするから、
 そんな答えしか出せないのよ!」
声を上げながらジュディは
無防備に銃口を向けるナイチンゲールに真っ直ぐ機体を飛ばした。
 「・・・小娘が詭弁を!そんなに死にたいか!」
 「ジュディ!無茶だ!」
アムロの叫びとナイチンゲールのライフルが火を噴いたのは同時だった。
が、リ・ガズィを直撃したビームは弾かれ、霧散した。
 「ビームコーティング?だが、そんなもので防げる威力ではないはず!・・・では何故?」
次の瞬間シェリルは目を見開いた。
ジュディのリ・ガズィがオーラのようなものに包まれるのを見たからだ。
その迫力に動じたシェリルはナイチンゲールの胸元に
武器も構えず飛び込むリ・ガズィを止められなかった。
 「なっ!?バカな!倍以上の出力差があるのよ?」
だが、ナイチンゲールはアクシズの方向へと徐々に圧されていく。
アムロももはや見守ることしか出来なかった。
ジュディのオーラに触れながら、シェリルはジュディの意識を感じていた。
そしてジュディの『確信』を見たシェリルは驚愕した。
 「・・・何故そんな夢物語を信じられる・・・?人の革新・・・」
その時、アクシズに異変が起こった。
閃光と共に、アクシズは内側から爆ぜ、2つに分かれた。
内部に潜入したブリーチの工作が成功したのだ。
第69話

分断されたアクシズは地球の引力から離れていくはずだった。
が、爆発が強すぎたため、アクシズ後部は地球へ、
そしてその上宙で戦うジュディたちの方へ降下を始めた。
 「あ・・・シェリルの手助けをしてしまったというの?」
ラー・カイラムのブリッジで、ブリーチ・ノアはがっくりと膝をついた。
 「アムロ、クェス、ジュディ・・・!」

 「くっ!地球に落ちるのか?ジュディ、クェス!離脱するぞ!」
アムロ達3機はギリギリのところで迫るアクシズの破片をかわした。
だが、ジュディの心に触れ我を失っていたシェリルは回避が遅れる。
ナイチンゲールはあえなくアクシズ表面の突起に貫かれた。
モノアイから光が消え、ナイチンゲールはピクリとも動かない。
 「あうっ!?フ、我ながら様はない・・・が、結果的に作戦通りか・・・フフフ・・・」
一度はアクシズを回避したアムロとジュディが再び落ちゆくアクシズに向かって
飛び立ったのは全く同時だった。
 「アムロ、ジュディ!?・・・無茶よ!」
2人の意図を察したクェスは叫んだが、ボロボロの期待ではもはや2人を追う事は叶わなかった。
2機はちょうどナイチンゲールが串刺しにされている辺りの外壁に取り付いた。
 「ジュディ!」
 「へへ、アムロさんも同じこと考えてたんだね・・・!」
ナイチンゲールに囚われたシェリルは2人の意図がわからず狼狽した。
 「な!?お前達・・・今更何をするつもりなの?」
 「知れたこと!たかが石ころ一つ、νガンダムで押し戻してやる!」
 「そうだよ・・・!これっくらい!」
 「バカな!出来るわけがないでしょう!あなた達が無駄死にして何になるの!」
第70話

ブリーチはクルーに押さえつけられていた。
 「・・・放しなさい!ラー・カイラムをアクシズにぶつけるのよ!あなた達は降りなさい!」
 「落ち着いてください!そんなことさせられませんよ!」
 「だってこのままじゃ地球が!・・・アムロ、ジュディ・・・!」
 「か、艦長!アクシズが光に包まれていきます!」
それはまるでCGの映像の様でもあった。
 「あれはサイコフレームの光?アムロ・・・」
チェーンはその光を見入るように呟いた。

 「これは・・・サイコフレームの共振なの?何故こんなにも温かい・・・?」
シェリルはアムロとジュディが発する光の安らぎに戸惑っていた
 「これが・・・人の心の光なんだよ!」
アムロが応える。
 「そうだよ。人は心次第でこんなことだってできる!
 シェリルさんは急ぎすぎたのよ!」
そしてジュディも応じる。
 「フ、フフ・・・急ぎすぎた・・・か」
シェリルが自嘲気味に呟く。
 「だが、私にはもう時間が残されていなかった。
 私はね、もう死んでいるも同然なのよ・・・」
 「どういうことだシェリル?」
 「フ、私の身体は数年も前から病に犯し尽くされていたのよ・・・
 もはや、肉体の強化無しには生きれないほどにね。
 でも、それも既に限界だった・・・
 私が死ねばネオ・ジオンは分裂を免れないでしょう・・・
 現に幹部連中は私の後釜探しに執着のようだったしね」
 「アムロやブリーチも腐った連邦の飯を食い続けている・・・
 だから、私の心は孤立感で満ちていた。
 生あるうちに、行動を起こすしかなかったのよ!」
第71話

 「シェリル・・・」
自分にかけられるアムロの声に、シェリルは
ダカールで2人酒を交わし語った在りし日を思い出した。
 「フ、あはははは!・・・・全部話して随分軽くなったわ。
 残された時間がないと知った時、ネオ・ジオンなんて
 面倒くさいものほっぽりだしてあなたやブリーチに会いに行っていれば・・・」
 「シェリルさん・・・」
ジュディはシェリルがずっと孤独の中で生きてきたことを感じ取り、自然涙していた。
 「フ、ジュディ・アーシタ・・・あなたに会ったことで、
 ハニエルも救われたでしょうね・・・
 願わくば、その真っ直ぐな心を次の世代へ!」
それだけ言うと、シェリルは機体の最後の力を振り絞って
隠し腕の残りを射出し、アクシズに張り付くリ・ガズィを弾き飛ばした。
 「え・・・?シェリルさん!アムロさーん!」
アクシズから離れていくジュディの視点から残された2機がどんどん小さくなっていった。
 「シェリル、お前・・・」
 「フ、できることならば、あの子が創る『未来』をこの目で見てみたかった・・・
 どうやら、私の方はタイムリミットみたいね・・・
 フフフ、最期を看取られるのがあなただなんて、つくづく私は男運が悪い・・・」
 「シェリル!」
 「・・ミネバ、自由に、真っ直ぐに生きなさい・・・
 アルテイシア、あなたにとってはこれでよかったのね・・・・・・・」
 「シェリル!・・・シェリル!」
アムロの声はもはやシェリルには届かなかった。
気高き彗星は地球と宇宙の狭間で歴史の舞台から降りていった。
やがて地球から離れていくアクシズの光を見ながら涙を流すセイラの姿が地球にあった。
 「姉さん・・・・」

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作:・・・・ ◆iFt60ZwDvEさん


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