第56巻:珍曲&断片集 お勧め度:D

超マイナー複数枚組み物シリーズの第3弾、今度は4枚組です。原題が「Rareties, Curiosities, Album-Leaves and Fragments」、「珍曲、奇曲、アルバムリーフ、断片集」ですか。CD裏面に「曲数が多すぎてここには書いてられない」旨宣言しています。全81曲82トラック、という以上に、最短曲が5秒!、10秒以下が計3曲!。こういう断片は良いも悪いも無いというか、録音した方の神経を疑ってしまいますが、まともな長さの作品の中には面白いのもあります。異稿もありますが、ここだけしかない珍品の方が多くなっていることもあり、第55巻と比べるのであれば、こちらの入手を先にすべきでしょう。私の好みだけで言うとCでもいいのですが、4枚組で高くつく点で他人にはお勧めしにくいです。ハワードの出来も第55巻よりはまし、中程度には戻っています。

リストの交響詩全13曲中12曲に対し、リスト自身がピアノ連弾に編曲していて、残りの一つ=第13番「ゆりかごから墓場まで」にはピアノ独奏用に編曲している(第25巻)わけですが、その他に訳ありの編曲があります。既出分が「レ・プレリュード」(第38巻)、「ハンガリア」(第55巻)、この第56巻に交響詩第4番「オルフェウス」、第7番「祝宴の音楽」、第6番「マゼッパ」、の5曲です。これら5曲の編曲に手をつけたのは、少なくとも最初の段階ではリスト本人ではなく、リストの弟子達なのです。その後、リストが手が入れていて、その関与を無視できないのがこれら5曲、ということですが、リストの関与にも濃淡があったことは容易に想像できます。

というわけでCD1冒頭の「オルフェウス」(1879)ですが、緊迫感を欠くともいえますが、ゆったりとした気分で、なかなか良いのではないでしょうか?。私の知る限りオリジナルよりずっとよく出来ているように思います。まあ、こちらとしても「レ・プレリュード」を聴く時のように期待しすぎるということがないですから・・・。

この「オルフェウス」の直後に、バッハのオルガン曲BVW542を原曲とする「幻想曲とフーガ・ト短調」(1861、第1版)が出てくると思わず身が引き締まる思いがします。第13巻に出てきた第2版とどれだけ違うのか分かりませんが、バッハ編曲もので固められた第13巻で聴くよりインパクトが断然強くなります。第13巻同様あくまでバッハの音楽であってリストの音楽では無いですが、何とも立派です。

次いで、ショパンの「6つのポーランドの歌」(第5巻)の第5曲の第2版となる「私のいとしき人」(1860)、これまたバッハの後で印象が強くなります。よく覚えていませんが、第1版より装飾が大分増えているような気がします。これもなかなか良いです。その次がシューマンの「献呈」(1848)、第15巻にどっさり入っていたうちの一つが本稿で、こちらは短い草稿です。ショパンの後では分が悪い。次のかのドニゼッティの弟の作品を編曲した第40巻収録分をさらに簡単にした版という「La marche pour le Sultan Abdul Medjid-Khan」(1848)は、第40巻よりこちらの方が周囲が良いですから聞き劣りします。

ロッシーニ原作の「Charitas (La charite)」(1847、第1版)、第2版(第24巻)も好きですが、このシンプルなコード進行に載せたのびやかなメロディにはめろめろになってしまいます。リスト原作作品に有りそうで無い味です。版違いはよく分かりません。版違いが生まれたいきさつはブックレットにごちゃごちゃ書いてありますが、多分どちらでもいいのでしょう。

物想う人」(1839)は「巡礼の年第2年イタリア」(第43巻)第2曲の第1版、余り違いませんし、この曲は流れ流れて「3つの葬送頌歌」(第3巻)の第2曲として完成するのですから、ここはパスしておきましょう。続く「サルヴァトール・ローザのカンツッォネッタ」(1849)も、「第2年」第3曲の第1版ですが、これこそどこが違うのか分かりませんでした。一応弾いたこともあるのですが。「マクシミアン一世の思い出」(1867)は「第3年」(第12巻)の第6曲「葬送行進曲」の第1版にあたります。おどろおどろしいところの迫力も、終結部の輝きも最終形に劣ります。

続いて1分前後の「アルバムリ−フ」が2曲(1844と1870)、この題名の曲としてはまあまあです。せめてこの位の長さにはしてもらわねば。リスト自身の合唱曲「解放されたプロメテウス」(1850-1855)より「収穫者の合唱」(1850)、第18巻の「パストラーレ」の第1版ということですが、耳に覚えがありませんでした。印象薄いほう、と前回も書いていましたね。CD1の最後、「(シラー祭への芸術家たちの)祝典行進曲」(1857-1860)は第28巻収録分の第1版、細かく違っているようですが、どちらも結構いい曲だと思います。ところで、中間に現れるメロディは交響詩「イデアーレ」ということに初めて気が付きました。以上CD1、明らかにコレクターズアイテムですが、変化もあり、なかなか悪くないのです。

CD2の最初は交響詩第7番「祝宴の音楽」のピアノソロ編曲(1870年代)、成立の事情は「オルフェウス」と同じ、出来栄えも同程度にいい=原作より絶対いい!=と思います。「オルフェウス」と比べれば、変化に富んで格好いいところも多いこちらの方がいい曲だと思いますが、倍近く長い分、少々飽きそうになるところもあります。

La carita」(1847)はCD1の「Caritas」の簡素&短縮版。簡素はともかく、短いのがファンとしては物足りません。同じくロッシーニ原作による「音楽の夜会のモチーフによる幻想曲」(1836)は第21巻の同名曲の第1版、冒頭だけ大きな音で驚かされます。大もとの「音楽の夜会」の編曲も第21巻にあります。屈託ない気楽な親しみやすさはロッシーニ絡みのこのあたり全てに共通しているように思います。

勿論ロッシーニが屈託ないだけではありません。「Introdution des Variations sur une marche du Siege de Corinthe」はオペラ・セリア風。仏語が分からないのですが、おそらく「コリントの包囲」だと思います。marche(行進曲)もVariations(変奏曲)も何も無い、という看板に偽りあり、イントロだけでぷつっと終わってしまっている未完成品ですが、大時代がかった雰囲気はなかなか悪くないです。

Morceau en fa majeur」(1843)は未完成作品とされているらしいですが、ちゃんと終止しているし、まずまずの佳曲です。「イギリスの主題による幻想曲」はハワードが断片的草稿をつなぎ合わせたもののようですが、これもまあまあの曲になっています。最初のアレグロが「メサイア」序曲、次がいわゆる「勝利を称える歌」、その次は私の知らない曲ですが「Rule, Britannia」、最後がイギリス国歌の「God Save the Queen」、この4つをつなぎあわしたようです。この中では断然「メサイア」が良くて、後の方はダレます。

CD2は以上トラック6までで1時間を越えているのに、なんとこの先トラック26まであるのです。トラック7の「Anfang einer Jugendsonate」(1825?)は晩年に少年時代に作ったソナタの冒頭を思い出して・・・という曲、これはまだいい。トラック8から25まで「アルバムリーフ」と題して曲とも呼べないものが並んでいます。ハンガリー狂詩曲やワルツの断片が聞こえてきますが、単にそれだけです。トラック26のマズルカはリストの作かどうか疑わしい、というものだそうです。

CD3冒頭の「Gaudeamus Igitur - Paraphrase」(1843、第2稿)、その初版は第40巻でもどういう曲だか良く分からなかった曲です。軽々しくも元気にやっている曲で、稿違いはよく分かりません。

この後しめて7トラックある「ハンガリー狂詩曲」の稿違い= alternative text がCD3のメインです。オーセンティックな版は第57巻になります。「ハンガリー狂詩曲第2番」(1885)は最晩年にかけての追加をてんこ盛りにしたアクの強い版、曲の性格上癖がある方がむしろ楽しめます。

ハンガリー狂詩曲第10番」(1847)と「ハンガリー狂詩曲第15番」(1847)はいずれもグリッサンドを回避した版ということです。「第10番」はグリッサンドを回避しているうちに結構かけ離れた世界に行ってしまっていて、ディレッタント的見地からは興味深いものがあります。普通の人にはどうでもいいことでしょう。「第15番」は勿論耳タコの「ラコッツィ行進曲」ですが、こちらは違いがそれほど気になりませんでした。妙なのを聞き過ぎたせい?

Magyar Rapzodia」(1882)は「ハンガリー狂詩曲第16番」の原形で、最初このタイトルで出版されました。最終形の方が少し豪華ですが、似たような出来です。「ハンガリー狂詩曲第18番」の草稿が2つ、トラック6の第1稿とトラック8の第2稿(いずれも1883)が入っています。後半だけの違いで、どっちもどっち、です。

トラック7の「メフィストポルカ」(1883)は稿違いが第28巻にあります。解説読むと2つの対等な楽譜のようで、こちらの収録分の方が直裁になっていて、個人的にはこの方がメフィストの音楽らしくて好きです。

CD3の以上8トラックで45分、のこり20分に対して19トラックということは再び破片集です。第38巻で2つ紹介されていた「ため息」のカデンツァの更に追加2つ、がトラック9ですが、変わり映えしません。続く3つの「アルバムリーフ」は「グラーナーミサ」「オルフェウス」「イデアーレ」の断片で、ましな方。その先も色々タイトルのある破片が並んでいて、この中では最長(それでも2分足らず)のトラック15の「La Mandragore」はまだ多少聞けます。

CD4冒頭の交響詩第6番からの編曲版「マゼッパ」(1870年代)は注目です。成立の事情は「オルフェウス」他と同じですが、非常にいい出来です。少なくとも「マゼッパ」主部については、かの練習曲を横目にしつつ、の編曲だっただろうと想像しますが、練習曲バージョン4つ(第4、26、34、48巻)よりさらに楽想に相応しい処理がされていると思います。元の交響詩の出来は全然駄目と思っているので、なおさら個人的には高く評価します。お馴染みの主部から離れた所で、やや情けなくなるのは、原曲通りですから仕方ないですが、少々残念。ハワードはちょっと安定しないところが散見されますが、元気よいのがいいです。

ワルツ(イ長調)」(1830年代)は1995年に、「レントラー(ニ長調)」(1879)「ドゥムカ」(1871)「Air cosaque」(1871)の3曲は1960年に、それぞれ発見されたようです。最後のはコサックの歌?。1993年発見の「葬送行進曲」(1827)は、息子のプロデュースに奔走している最中にチフスでかなり突然に訪れたリストの父の死の後で作曲されたもの。その時リスト16才、多少類型的だ、などと言わずに、その心情を思いやることにしましょう。以上トラック2からトラック6、各々1分前後で、一応完結しているだけましですが、作曲家リストの名を高からしめるようなものではありません。

Magyar tempo」(1840)は、ハンガリー狂詩曲第6番冒頭の何度目かの破片です。リズムもまだ未完成で、特に劣ります。「Paztor Lakodalmas −ハンガリーのメロディ」(1858)は、Festetics伯爵なる人物の作品をリストが添削した?ようなもの、らしいです。「ハンガリーのロマンツェロ」のスタイルだ、と書いてあるようですが、それがどうした、無視していいと思います。

続くトラック9からトラック12、またすこぶる不思議なものが入っています。いずれもリストの友人による元曲が厳としてあるのですが、それを編曲したのではなくて、曲の前後に”色”を付けているのです。リストの「曲」と思うと実に妙なものですが、ヴィルトゥオーゾ時代のピアニストが自分の演奏会に取り上げた曲にアドリブを付けるのはごく普通のことだったと思われます。但しそれを楽譜にしっかり書き残したリストは普通ではないようです。こういう取り上げられ方をするからには当然のことでしょうが、現在殆ど演奏されていないとしても元の曲のレベルは高く、当時の人気曲だったと思われます。

トラック9が「ラフのワルツ変ニ長調への導入とコーダ」(1880)、つまり両端以外はラフの完全なワルツで、リストのつけた導入は15秒ほど、コーダはほんの数秒と思われますが、なかなか軽妙で、一度これを聞いてしまったら、すっぴんでは物足りなくなるのではないでしょうか。「ルビンシュタインの練習曲ハ長調への〜」(1880)、「スメタナのポルカへの〜」(1880)、何れもリストの出番はわずかですが、一発で決めています。最後の「タウジッヒのヴァルス・カプリースへの〜」(1880)の元々曲はシュトラウスのワルツで、この曲だけは、リストの作曲(編曲?)分が多くて、分単位に及ぶように聞こえます。何れもいい曲で、ハワードさん楽しそうで良いです。

メフィストワルツ第3番」(1883、第1稿)については他のワルツの異稿への感想を繰り返すことになります。この演奏はまだいい方ですが、慎重あるいは神経質になってしまっていて、第1巻でのメフィストが全世界を向こうに回して哄笑しているような直截な調子が出ていません。仔細に見ればやはり不安定な所があります。「Petite Valse」(1884)には”忘れられたワルツ第3番の後奏”と書いてあるけれど、その意味するところは掴めませんでした。しかし、2分余りの短い曲ですが十分怪しくて、耳を引きます。ちょっと聖スタニスラウのポロネーズの1曲目(第14巻)に似ています。「ブラヴーラ風大ワルツ」(1836、第1稿)の最終版も第1巻にあります。ハワードに粗さが目立ちます。

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