第57巻:ハンガリー狂詩曲全集 お勧め度:B

ハワード/ハイペリオンが最後の最後に残していた、超メジャー曲集です。お勧め度は非常に迷いました。特に悪い演奏ではありませんが、特に優れている演奏とも言いにくいのです。十分安定していて、打鍵の切れにも大体問題ありません。しかし、そっけないと言うより否定的な意味での教科書的な演奏で、何よりスポンテイニアスなものが欲しいこの曲集にはミスマッチ気味です。その点では、この曲集の原形を収録した第29巻に劣ります。全般に変な稿ほど張り切ったハワードさんでした。単にハンガリー狂詩曲のCD、というのなら、第15番までしか入っていなくともシフラを勧めた方が良いように思います・・・とはいえシフラを受け付けないと言う人にはこのハワードが結構いいのかもしれませんが。

にもかかわらず、第29巻よりお勧め度を上にしたのは、とても便利な大全集総目録がついているからです。ピアノ曲オンリーとはいえ、ここまで網羅的目録は見逃せません。まあ、異稿の説明などは私がかなり転記してしまったから値打ち半減かもしれませんが(?)。私の駄文に先入観を植え付けられないよう、出来るだけ読まないで、この大全集を徐々に揃えていこう、というのであれば、遅くとも20番目までにはこの巻を買うことをお勧めします。

それはさておき、この最終巻、私としても付き合ってくださる読者層を想定しにくいのです。わざわざこのページを開けてくださった皆様の方が、この曲集に付いては、たとえハワードを持っていなくとも、私なんぞより余程聞き込んでいる、あるいは幾つも自分で弾いていらっしゃる、ということは想像に難くありません。私といえば、”19世紀的ハンガリー風”がやや苦手で、弾こうとしたことも無く、この曲集全体を特に好んでいるとは言いにくいのです。・・・

一週間ほどこの2枚組みばかり聞きつづけて自問しました。「ハンガリー狂詩曲」とは、何者なのでしょうか。舞曲でしょうか。部分部分は主に舞曲を起源に持っているようですが、こうも頻繁にテンポを変えられては、これらの曲をバックにして踊るのは難しそうです。ショーピースと見るべきでしょうか。「半音階的大ギャロップ」や一連のオペラファンタジーのように頭を真っ白にして聴くべき曲だとは思いますが、これらに比べるとショーピースとしてはいささか中途半端です。リストの魂の滴りでしょうか。まさか。

なぜこの曲集が、どメジャーになったのでしょうか。使っている材料がハンガリー本来の民族音楽ではないというバルトークの指摘は皆さん先刻ご承知のとおり、但し一方でそのバルトークが、この材料を取り扱うにあたりリストが最高の仕事をしている、と評していることは念を押しておきましょう。では、この曲集にリストの個性の最良のものが刻印されているのでしょうか。まさか。第1番から第15番までは壮年期の作として、第16番から第19番までは最晩年の作として、いずれも特に傑出するとは言えないようです。

間違いないのは、プロの二流以上、アマチュアの一流半以上というクラスで弾ける曲だったから有名になった、と言う観点でしょう。ただしぎりぎり弾けるだけの技術で弾かれては曲のほうが迷惑、というのは他のリストの曲と何ら変わりません。その程度の難易度ですから、ハワードさんなら多少よろめいたとしても大した問題は起こしません。

結局、私としてはこの曲集の個々の曲には、歌舞伎の「見栄」を切ってくるような格好よさを期待するのですが、その期待に応えてくれる曲が余り多くありません。有名な第2番、第6番の他は、第8番、第12番というところでしょうか。「見栄」の感覚がリストと私とで(うう、恐れ多い書き方)乖離が大きいのでしょう。

この曲集の第1番から第15番までは1853年の出版です。第16番から第19番までは1880年代、最晩年の作品で、しばしば「ハンガリー狂詩曲集」と題したCDから脱落しています。ゆっくりした「ラッソ」と急速な「フリスカ」の2部構成が定型とされますが、そうでない曲も沢山あります。

以下、最終巻には相応しくないのですが、濃淡つけながら無責任な感想をつけます。「第1番ホ長調」の原形は「コンソレーション」"first cycle"の第3曲(第36巻)です。”ハンガリー風”がきつく、私はやや苦手。

第2番嬰ハ短調」は最初の15曲中唯一原形が見当たらない曲ですが、管弦楽版と合わせリストの最も有名な作品となっています。思い切り勿体をつけた有名な冒頭も、(協奏曲第1番とは違って)ピタリきまっています。ただ、この格好いい冒頭のおかげで、良く知らない人にハンガリー狂詩曲集全体が重々しいものであるかのような誤解を与えているかもしれません。まあ、フリスカの途中では、運動会の定番ミュージック「クシコス・ポスト」に近いところまで行って、ちゃんとひっくり返しているのですが。終わり近くに「カデンツァ・アド・リビトゥム」、アドリブを入れろ、となっている場所があるのですが、このCDでは1885年リスト自身が書いたカデンツァを使っていて、時代様式が一瞬大きく変わって耳を引きます。ただ、その路線では、同じ1885年にもっと大幅に改作した第56巻収録分の方がもっと面白いです。

第3番から第15番までは、第29巻の「ハンガリーまたはジプシーの歌と狂詩曲」に原形を持っていますが、継承関係は込み入っています。第29巻のブックレットに説明があります。第3番変ロ短調」は重々しい冒頭のまま急速部を欠き、印象が薄くなります。「第4番変ホ長調」は急速部を有しますが、花が無い曲です。「第5番ホ短調”悲しい書簡詩”」も急速部を欠いていて、叙情的ではありますがちょっと退屈。

第6番変ニ長調」、私はこれが一番好きです。ただし、明るく楽しく変化に富んだ馬鹿騒ぎ・・と思ってこの演奏を聴いてしまうと、この演奏ならではというものは感じにくいです。シフラもホロヴィッツも結構やっていますが、私の手持ちではギレリスのライブがもっと面白い。継承関係が最も複雑になった曲で、あちこちの巻に破片が散らばっていましたが、勿論最後が一番いい出来です。

第7番ニ短調」、ぶつぶつ切れる冒頭は格好良くないのですが、急速部はまあまあ格好いいです。「第8番嬰ヘ短調」はツィンバロン風?の音形の冒頭はやや鬱陶しくも見栄を切る姿が格好よく、中間速度部を挟んで現れる爽快な終結部はまたまた格好良く、好きな曲です。「第9番変ホ長調”ペストの謝肉祭”」、シンプルな冒頭はこれで格好いいと思うのです。惜しむらくは長すぎる。

第10番ホ長調」からCD2、第56巻のグリッサンド回避版よりやはりこちらの方が胸がすきます。ただしその手前のところでハワードさんガタガタしすぎです。「第11番イ短調」比較的短くて印象に残りにくい。「第12番嬰ハ短調」楽想が豊富で、良く出来た曲だと思います。「第13番イ短調」ハワードさん、同音連打をしっかりやってください。「第14番ヘ長調」ハンガリー幻想曲の管弦楽抜き版ですが、あちらの管弦楽のありきたり感が強い分、こちらの方が好きです。「第15番イ短調”ラコッツィ行進曲”」、ベルリオーズの「ファウストの劫罰」が1846年の作曲ですから、リストの方が先にこの素材に手をつけたことになるようです(第29巻)。何度も出てきましたがこの稿が一番いいのでしょう。

決して有名ではない最晩年4曲を、非常に高く持ち上げる向きもあるような気がしていますが、最晩年というなら一連の「ワルツ」「調性の無いバガデル」「チャルダッシュ」等の舞曲系と比べると一段落ちるように感じます。「第16番イ短調」は第56巻の異稿よりは色々付いていますが大差は無いです。「第17番ニ短調」が最後4曲中では一番好きです。「第18番嬰へ短調」も第56巻の異稿2つと変わり映えしません。大全集の最終トラックとなる「第19番ニ短調」ですが、最晩年らしさが希薄で、この4曲中でもややつまらないと思っております。

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