女性と仕事


「結婚しても、子供が出来ても絶対仕事は続ける。」小学校時代からずっとそう思っていた私だが、 現実は厳しかった。妊娠・出産は、私が思うように進んではくれなかったし、社会は妊婦にとても 冷たいものであった。大学卒業後、ひたすら仕事をしてきても、妊娠・出産という出来事が、今までの 私の頑張りをすべて無にしてしまうと思った。女性が仕事を続けることの難しさを実感し、男の人には分か らないであろうジレンマと戦うことになった。

妊娠しながら働くということ 会社をクビになって 育児って仕事? 社会復帰?

妊娠しながら働くということ

妊娠は病気じゃない。だから普段どおり生活しても平気。ということは、仕事をしても大丈夫。って感じで、 仕事をこなす日々が妊娠してからも続いた。残業は当たり前、仕事はいたってハード。労働基準法なんてあって ないもの。そんな中でわたしの感覚は麻痺しまくっていた。体がだるくても、ふらふらしてもそんなのは、 気のせいといいきかせて、つわりの延長といいきかせて働いていた。あまりにも辛くて「帰ってもいいですか?」 ときいたら、「これが動くまでは帰れないよ。」といわれた。午後9時を過ぎていた。

妊娠しながらでも、会社にとっては私たちは1労働者でしかない。賃金などは払ってくれるが、自分の身は 自分で守るしかないのである。しかも、妊婦なら、自分の身とお腹の子の身は普段以上に頑張って守らないと いけない。そのためには、少しは法律も勉強したほうがいい。法律はわたしたちを守ってくれる。味方になる ものは何でも味方につけましょう。妊婦だから甘えてるって思われるのがくやしいなどと思っている人がいたら それは間違いです。まだ妊娠していない女性からもきついことをいわれるかもしれませんが、負けないで下さい。 あなたのお腹の中の赤ちゃんは、日本の将来の大切な宝です。あなたは、その宝を大切にこの世に生み出す実に 意義ある、高尚な営みをしているのです。誰よりも偉いのです。いいかえれば、あなたのお腹の子は将来、今妊婦の あなたに、心無い言葉を浴びせる人たちの面倒までみる使命を与えられているのです。あなたは、その人たちに感謝 されても、嫌味をいわれる立場じゃないのです。広い心でその人たちを哀れんでください。そして、妊婦としての 主張をどんどん言ってください。そうしないと世の中変わりません。わたしは、それをやらなかったために、 お腹の子を危険にさらし(切迫流産・切迫早産)、会社もクビになりました。自分の体が弱かったこともあったけど、 妊婦に対する社会の無理解には腹が立ちました。わたしみたいな人がもう出ることが無いように、妊婦の人には、 自分とお腹の赤ちゃんは、自分自身で守って欲しいと思います。そして、その姿勢が社会の当たり前の形になれば、 職場の人ももう少し、妊婦にやさしくなってくれるかなと思います。


会社をクビになって

切迫早産で入院して3日目、病室に連絡があって会社から「クビ」の通告があった。クビという言葉はでなかっ たが、「社会保険全額負担」というのは、病床の上のわたしには解雇勧告と変わらなかった。勤めていたときは、 「この仕事は君にしか出来ない。」とかいわれて残業させられていたけれど、わたしが辞めても会社はまわっている んだから、あの仕事もわたしじゃなくても出来たんじゃないかと思ったりした。

子供が生まれてからは、もう職場復帰が無理な気がして、大学卒業から7年間ひたすら仕事に明け暮れて、つみ あげた経験も、妊娠・出産という出来事の前に全て白紙になってしまったという気持ちで悲しかった。もし男だったら、 頑張りが最後まで積み上げていけるのに、女であるばっかりに頑張っても無駄になってしまうと思った。男だったら、 何も考えずに仕事に打ち込めばいいだけだけど、女は、結婚、妊娠、出産、子育て、介護といつも仕事と何か他のこと を考えなきゃいけない。なんで女ばっかりいろんな選択肢を迫られるんだろう?と思うことが多くなった。


育児って仕事?

学生時代は、テストというもので自分の頑張りが評価され、社会人になってからは、給料という形で仕事内容が評価され、 自分の頑張りに対して、いつも納得がいく評価をもらってきたわたしにとって、どんなに頑張っても誰も評価してくれない 育児というものはとても辛いものだった。頑張ったことを評価されないと納得しない体になってしまっていたのである。 育児というものは、人間を育てるのだからとても大切なものであるのだが、自分のやったことに対して、すぐ評価を求めたがる たぐいの人間には、大切な営みということは分かっていても、なんか不満がのこるものだと思う。それは、家事や介護においても 同じなのだが、みんなその不満をどうやって克服しているのであろう。

子供はかわいいし、求められるとやってあげたくなるから、育児放棄などをしようとは全く思わない。自分を心底必要として くれる人がいると思うとすごくうれしいし、やる気もでる。しかし、社会的な評価は何も無い。でも社会的にとても重要なこと。 育児は仕事なのだろうか?仕事にはその報酬がついてくる。育児には報酬はない。と考えると育児は仕事ではない。そう考えると 何となく、評価が無い現実を少し受け止めることができる。報酬も無いのに、仕事以上に体を張っている自分は何なんだろう。 でも、報酬は無くても、やはり自分の子供の笑顔は何よりの報酬である。「お母さんががいないと死んじゃうよー」といってく れる、自分じゃないと駄目だという場所があるということは、仕事を持つこと以上に大切かなと考えられるようにもなってきた。


社会復帰?

生まれてずっと母親のわたしから離れることの無かったほのほのも、幼稚園に入園することになった。そうしたら、今まで 「お仕事はしちゃ駄目!」の一点張りだったほのほのも「おうちでだったらお仕事してもいいよ。」と柔軟な対応を見せるよう になった。ずーっと仕事をしたいと思っていたわたしは、ついに行動に移した。インターネットを使って求人検索をしまくり、 怪しげな求人広告にも、資料請求を送ったりした。どれもこれも、今一歩やる気になれないものばかりで、やはり無理かな? と思っていたところ、新聞の広告に「在宅プログラマー」の文字を見つけ、早速メールを入れた。後に採用の返信メールが届き、 「在宅プログラマー」として働けることとなった。正社員としての復帰はまだまだ先であるが、わたしにとっては大きな一歩で ある。しかも大学卒業から7年間の経験を生かせる仕事でとても満足している。人生頑張っていればいいこともあるかも・・・。 と思う今日この頃である。仕事は忙しいし、ほのほのも相変わらす手がかかるけど、自分の仕事と、お金があるということが、 わたしに余裕を与えてくれているのは事実である。


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