愛知県碧南市 加藤菊女の墓や永井直勝の塚がある「宝珠寺」はどんな様子か?

大浜てらまちウォーキング

宝珠寺の様子

高笑いする婦人達のお喋り こんな長閑な一日が本当の幸せなのかも

秋晴れの空に映える古い黒板

<マッタリとした雰囲気が漂う宝珠寺の境内。戦意高揚を期待して宝珠寺を訪れた私だが反対に心を癒され、柔らかな気分に。晴れた秋の陽射しに「長田重元(祖父)→永井直勝(父)→永井尚政(長男)」と書かれた黒板。本堂内で談笑する婦人達の高笑いだけが聞こえてくる> 去年は堂内でおこなわれた雅楽の演奏が人気を博し賑わった「宝珠寺」。 海上輸送の要地であった大浜を防護するため、松平広忠は海岸に程近い場所に砦「大浜羽城」を築き、「長田重元」に守らせる。 度重なる織田信長の大浜攻めにも防戦し活躍した長田重元は、後に先祖の菩提を弔うとして屋敷内に僧形阿弥陀如来像を安置した。これが宝珠寺の始まりである。 私がお邪魔した時間帯は丁度、お昼の12時。 小学生らによる生涯学習発表会も終了し、”終わった…”という安堵の空気だけが漂っていた。残された古い黒板を見ると、 どうやら永井直勝の紹介をしたらしい。”羽城で誕生”と誇らしげに書かれていた。 本堂からは「フォフォフォ~」とご婦人方の高笑いが聞こえてくる。一息ついたお茶の時間らしい。 誰も居ない境内で、真っ赤な布の敷かれた縁台に座り、ジッと雲ひとつない空を眺める。 宝珠寺は奥まった場所にあり、耳障りな音は皆無。とても落ち着く寺院である。

柔らかな日差しの中、土人形の型

<本堂には古い土人形が並べられていた。素焼きのままの土人形やその型枠など貴重な品が展示され、訪れる人は興味深く観察していた。見やすいようにと味のある筆文字で親切に解説してあるのが嬉しい。傍らに目立たぬよう飾られる小花は宝珠寺の”こころ”> 宝珠寺の本堂にお邪魔する。 古い土人形や色付けされない素焼きの土人形、型枠など資料となりうる貴重な品が所狭しと展示されていた。 ここで見る土人形達は、「土人形の飾ってある家」にあったものとは微妙に異なり、頭も小さくデフォルメの度合いも少ない。 展示されるなかに、どこかで見たような白黒模様の猫型土人形が2体。 私が午前中、土人形の絵付け教室に参加し、冷たい視線に耐えながら完成させた猫の模様に瓜二つ。やはり私は間違っていなかった。 展示品には土人形の他に、相撲の化粧回しや屏風絵などがあった。それぞれに筆書きの解説が添えられ、訪れる人への心遣いを感じる。 陳列する作品の傍らに一輪の花があるのに気付いた。 お釈迦さまが弟子達の前で花を拈り、唯一、摩訶迦葉だけがその意味を得、微笑み返したという「拈華微笑」。 一輪の花から宝珠寺の”こころ”を理解し、言葉無く微笑むことが出来たなら、素晴らしき人物に巡り会えるだろう。

ヘボト自画像次回予告 第9回 『蟹汁の行列』

本物の大漁旗が展示される 「大浜てらまちウォーキング」に訪れる人々が虎視眈々と狙うべき品。 ”無料””蟹”との言葉に爛々と瞳を輝かせ、会場となる大浜漁港へ向かう人並み。 限定2000杯の蟹汁を巡って競争は激化。午後12時30分から始まる熾烈な闘い。普段は陸にて留守を預かる漁師の妻達。 この日だけは赤法被に身を包み、大量の蟹汁を捌いていく。 目の回るような忙しさにも、一向に人の波は消えず、行列は遙か堤防の先まで続く。 「大浜漁業協同組合」による”蟹汁の無料接待”は、もはや「大浜てらまちウォーキング」の恒例行事として定着。 往時は腹一杯に味わえた蟹も、今や漁獲量が激減し貴重な存在。 ■第9回『蟹汁の行列』

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