| 虎穴に入らずんば、虎子を得ず(こけつにいらずんば、こしをえず) | 虎の穴に入らなければ、虎の子は得られない。何事でも危険を冒さなければ、大きな利益や成果を得ることはできないというたとえ。 |
後漢の時代、班超(はんちょう)という人物がいた。
彼は若いころから志の大きい、小さなことにはこだわらない人であった。
家が貧しかったため、役所のために書物を書き写す仕事をし、収入を得ていた。
ある時、班超は筆を投げ捨てて言った。
「男子たるもの、才知計略がなくとも、
傅介子(ふかいし)、張騫(ちょうけん)のように異境で功をたて、
侯に封じられるべきだ。
なのに、どうしていつまでも筆と硯の間でじっとしていられようか」
これを聞いてまわりの者はみな彼を笑った。班超は言った。
「凡人に壮士の志が分かるものか」
後に、班超は奉車都尉(ほうしゃとい)の竇固(とうこ)の元で匈奴と戦い、
手柄を立てたことを認められ、使者として西域に赴いた。
彼はまず鄯善国(ぜんぜんこく)についた。
班超は鄯善国王から丁重に迎えられた。
ところが、しばらくすると、突然粗略な扱いに変わった。
班超は部下に言った。
「鄯善国が最近我々に冷たくなっている、
おそらく北方の匈奴からも人が来て丸め込もうとしているため、
王はどちらにつくか決めかねているのだろう。
賢明な人間なら事が芽生えてすぐにも気付くものだ、
ましてやこの状況では誰の目にも明らかであろう」
そこで、接待係の胡人を一人呼んでカマをかけて言った。
「匈奴から使者が来て何日になりますか。今どこに滞在中ですかな」
胡人の召使は恐れおののき、すべて白状してしまった。
班超はその胡人を閉じ込めると、同行してきた三十六人の部下を集めて、
酒を振舞った。酒が回ってきた頃、激しい口調でいった。
「諸君は私と共にこの辺境の地で手柄を立て、富と栄誉を得ようと思っている。
しかし、今匈奴の使者が到着して、まだ数日だというのに、
鄯善国王は我々にこのように冷淡な態度をとりはじめた。
もし、王が我々を捕らえ匈奴に引き渡せば、山犬や狼の餌食となるのは免れまい。
いかにすべきか、みなの意見を聞きたい」
部下たちは口を揃えて言った。
「今、危急存亡の地にある、我々は司馬(班超を指す)と生死を共にします」
班超は続けて言った。
「虎の穴に入らなければ、虎の子供を得ることはできない。
方法はただ一つだ。今夜匈奴の使者を火攻めにする。
敵は我々の数を知らないから、必ず大混乱になり、全滅させることができる。
匈奴をつぶせば、鄯善国は恐れをなす。
手柄を上げ、目的を達成することができるだろう」
この夜、班超は手勢とともに、匈奴の宿営地に潜入した。
強い風が吹く中、班超は十人に軍鼓を持たせ宿営地の後ろに潜ませ、
火を見たら軍鼓を鳴らし、大声をあげるように指示した。
そのほかは武器を手に、宿営地の両側に潜んだ。
班超が風を見て、火を放つと、すぐさま軍鼓が響き、喧騒がわきあがり、
匈奴兵は恐怖におののいた。
班超は自ら、三人を斬りすて、部下が、匈奴使者や従者三十人余りを斬った。
そのほか百人余りはことごとく焼け死んだ。
翌日、班超は鄯善国王を招き、匈奴の使者の首を示すと、
王は震え上がり、国中に驚愕が走った。
班超が事情を説明し、王にいたわりを示すと、
ついに鄯善国は子を人質として送ることにした。
【後漢書・班超伝】