◆ポンコツにあらず
「ええ、まあそんな感じです」
呆れるほど曖昧な受け応えで誤魔化す.しかし、それだけでは済みそうもない気配だった.
「誰だっけなあ・・・友達がね、違うなあ.あれれ、誰だっけなあ.お客さんだっけか?」
当たり!だと思う.あなたとは一ヶ月前にもお話している気がする.まあその内わかって頂ける?ことを期待した.何より給油しながらの会話だ.溢されるんじゃないかと気がきではない.
「なんかねえ、高速では安定感が違ってるって本当ですか?」
はい、本当です・・・
逃げ出したい気分・・・
「やっぱりねえ.癖とかないの?」
あるなんてもんじゃアリマセン!癖のカタマリなのよ.もうどうでもいいや、こうなったら今回も披露してしまおう.ガチガチ・フロントサスペンショ〜ン♪
説明しよう・・・・通常のフロントサスペンション(テレスコピック方式)はブレーキング時に前のめりになる危険性がある.ところがBMWが独自開発するフロントサスペンション(テレレバー方式)は、一言で言うなら「前のめりを抑制し、ライダーの姿勢変化を最小限にする」という機能.当然ながら走行中の凹凸を吸収し滑らかな走行も実現している.なんて凄いんだ!(それが曲者なんですけども・・・以下、自粛)
さてさて給油はセンタースタンドと決めている.ブレーキレバーを握って前方にタイヤを落とすイメージでスタンドを外すと・・・全く沈まないフロントホーク.他のバイクは、ぼすんっと沈んで戻ってくるのが普通だった.
おじさん、目が丸くなる.ちょっと嬉しい.調子に乗って腕立て伏せのごとく前輪加重.よいしょ、よいしょ・・・おじさん、腕組みして見てますみてます.よいしょ、よいしょ、沈まん、沈まん・・・ ・・・何やってんだかなあ.
おじさん、ivoryのバイク乗り、今度は覚えておいて.
まあ来月はサイドスタンドのヘンテコ振りを披露してもいいのですが.あっ、セルが回らないとかもあるし・・・ん?我が
ivoryは決してポンコツではありません.
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<了> |
◆山菜蕎麦
我がivoryの隣はカワサキ、W650.黒の美しい車体だった.浮き出しのエンブレムが洒落ている.
「・・・黒が似合いますね」
心底そう思った.
「このバイクねえ、持ってるだけなんですよ」
確かに所有する満足感も魅力のひとつだ.走行距離だけでは計れない愛着がある.
「何かきっかけがないとバイクを引っ張り出すことって少なくなったでしょ・・・」
苦笑しながらそう呟くその横顔に妙な親近感を覚えた.
もうスピードに酔い駆け抜ける風景にのみ想いを馳せる歳でもなく、人生のあるべき姿をバイクに投影することで走る理由とする自分に距離を置き始めた.バイクへの情熱が覚めたとは言わないが、立ち位置は確かに変わった.
それでもバイクはいつも傍にある.
仮に手放したとしても必ずいつかは買い戻す.黒づくめの男から、そんな気分が手に取るように伝わった.自分が辿ってきた人生を確かめる.そんな作業が時には必要なんだと思う.そして、もはや重ねる距離数は何の意味も持たない.たとえ醒めてしまった自分を感じていようと出逢いはある.ただそう願って走るのだ.
「これから、どちらへ・・・」
「このまま下って、美味くもない山菜蕎麦でも食って帰ります」
彼は初めて顔を上げ、笑いながらそう言った.
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<了> |
◆もなかステップ
ハーレー乗りの人と話す機会を得た.リターンライダー.バイクとの距離感がいい.
「・・・綺麗なハーレですね」
「いやーあんまり良くないよ、これ」
んんん?こういう人、基本的に大好き.信者とは違うってことだな.それでも言葉を間違えると怖い.決して愛情がないという事ではない.この辺りが分かってないといけません.
「なんで俺、ハーレにしたのかなあ.フロントサスはぐにゃぐにゃだしねえ.ブレーキがなあ.ほんとなあ.ぶよぶよでね.なんかオカシイなあ.でさあメッキでビカビカの癖にネジがショボかったりね」
ははあ、そうかあ.確かになあ.如何にも錆びそうなネジが多いぞよ.
「これがね、別に売ってるんだわ.ネジがね、いっぱいある.ほれ、このステップなんか「モナカ」みたいな奴だったんよ.もうガッカリでさ、これ真っ先に買ったよ.数も種類も豊富にあるけどねえ.結局、スゲー高いもんなあ・・・ ・・・」
あっちを指差し、こっちを摩り、隅から隅まで目を細めて話し続けるのでした.こりゃ重症だなあ、ご同輩.
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<了> |
◆女の子
縁石に体育座りをする茶髪の女子が目に入った.その斜め横に進入してセンタースタンドを掛ける.女の子の膝には帽子のようなヘルメットがあった.こいつはプカプカ・ヘルメットと名付けよう.いつか試着したスカスカ・ヘルメット以上に心もとないお椀型だった.彼氏に乗っけてもらって来ましたの図・・・だと思う.
さて、女の子は我が ivory(R11R)に視線を走らせているものの、決して目を合わせようとはしない.やはりivoryは敷居が高いのか?と身勝手な解釈をした.真相はオヤジ・ライダーの役不足ってことだろうが、ならばこちらから声を掛けよう.
「・・・暑いですね」
少しはにかみながら黙って頷く女の子.ふむふむ、素直でよろしい・・・のかな?と思う間もなく見知らぬ おっちゃんがフェード・イン・・・
「いや〜暑いね.暑いね.ほんとにねえ」
顔に大きなマスクをした小柄な おっちゃんは、ツカツカと思いのほか速い歩調でやってきた.そうに違いない.確かに視界の端っこには釣り人風味の人が居た.それもずっと遠くの方だった.絶対にそうだ.走ったのか、おっちゃん.
「ふんふん、BM、珍しいがね.ピカピカだあねえ〜新車かね?ふ〜ん、ふんふん.エエがねえ〜」
速射砲のように喋るおっちゃん.
女の子は遠く彼方に霞んでゆきました.
■おっちゃんはポケットが一杯ある群青色のベストに、だぼだぼのズボンだった.手にはカタログらしきものが握られている.まさかそいつが新型のBMだとは思いもよらなかった.目の前に開かれた紙面に釘付けとなる.釣竿なんかどこにもない.
カウルに大振りの六角形(ベンゼン環)をしたヘッドライト.精悍な顔付きだった.
「あのねえ、これを貰いに行ってきたんだわ.ちっとも値引きせ〜せんでねえ.ほんと、驚いてまった」
うっそ〜おっちゃん、バイク乗りだったの.ちょっと女の子の気分に浸る.
「ほんで、ハーレーにしたろうかと思ったらよ.あっちも値引きせ〜へんでカンワ」
う〜ん、おっちゃん、濃いなあ.
「だもんで全然、値引き交渉にならんのだわ.どうなっとるの.考えられんよ〜ホント」
あいあい、ディーラ車は無理ですなあ.
「ほんでも、これエエでしょ〜新型だよう.すっごい軽いんだわ.びっくりこいてまった」
宇宙人に遭遇してまったのか?あっ、うつった.・・・おっちゃん、面白いかも・・・.
「あんたも早まったねえ、これにしときゃ〜よかったに.あんたのABS付いとるの」
あれまあ.痛いとこ突くなあ.グリップヒータも装備してませんのさ.
「ABSはエエよ〜安全だがね.あんたも付けりゃ〜この新型車は付いとるよ.やっぱり早まったがね、あんた」
う〜ん、困ったなあ.新型でも旧型でもね、この色が好きなんです.
「ふ〜ん、これ変わっとるね.あっ、スポークだがね.限定車かね.高かったでしょ」
いやいや、中古ですから.今時の逆輸入車を買うと思えば安いもんですよ!おっちゃん!
「ほやお買い得だわ.ワシもそれなら買ったかもしれんがね.ほやエエわ.安いやすい.えりゃ〜安いがね」
安いやすい≠ニ連呼されてもなあ.十分、高い買い物なんですけど.
「ほんなら仕方ないわ、新型もエエけどねえ.あんた、このカタログ欲しい.いらんであげるけど、今更、いらんかあ」
え〜ん、後学のために頂きます.と言いますか、貰わなきゃ仕方ないじゃん.ところで おっちゃん、買う気あるの?
「まあ値引きせえへんで、暫く様子みとくわ」
・・・ ・・・とか何だとか言いまして、おっちゃんはデッカイ手作り風:新聞配達仕様?のリヤキャリアを付けたオフ車に跨ったのでありました.もちろん、つま先立ちだったことは秘密ひみつ.軽いのもいいけどなあ・・・頑張れ おっちゃん!
きっと僕と ivoryの印象も あの女の子にとっては、おっちゃんと五十歩百歩だ.マジうざい≠フ世代かあ・・・ ・・・ちょっと、おちゃんを応援したくなったのでした.
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<了> |
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突然の訃報が伝えられると、着信メールは瞬く間にお悔みのレスで埋め尽くされた.もう200件を超えるのだろうか.丹念に一つひとつの文字を追う.同じバイクを趣味とする仲間だから、悲痛な叫びがひしひしと伝わってくる.
どれも見慣れた、ありふれた文言ばかり.でもね、その二行、三行の定型文、行間から伝わる遣る瀬無さに身悶えしてしまう.
僕らは家族を持ち親となった.あの頃とは背負うものが違いすぎることを、誰しも分かっているからなあ.
たった三行の定型文.
それがどれだけ有難い文言なのか思い知らされた.多くの言葉など何の意味も持たない事を仲間達は知っている.そして自分もそのひとりに違いない.
これから心掛けねばならぬ事など語るまい.家族の顔が浮かんできたら、それで十分なんだよなあ.
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<了> |
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