番外編.Nights名作劇場

fantasy1.〜ひなゆき姫〜
むかしむかし、森と湖に囲まれた美しい国がありました。
その国の王様はセイジと言って、これまた非常に美形で優しい王様だったのですが、ひとつだけ困った点がありました。
美しい王妃がいるにもかかわらず、かわいい娘を見るとすぐに口説く癖があったのです。
「まったく、セイジの浮気癖にも困ったもんだわ!」
ユウミ王妃は普段は非常に気さくで親しみやすい性格でしたが、
セイジ王の浮気があまりにひどいので、最近はちょっとノイローゼ気味でした。
(ほうっておくと、そのうちハーレムでも作ろうとか言い出しそうね・・・)
そこで王妃は、王様の視界にかわいい娘が入らないように、旅芸人の出入りを禁じたり、
自分より美しい女性に無実の罪をかぶせ、国外追放にしたりしました。
美しい女性に弱い王様も、王妃より美しい女性がいなければ浮気もしないだろうと考えたのです。
「えっと、この娘で最後ね。ふっふっふ、これであたしがこの国一番の美女よ!」
ああ、かわいそうな王妃様。ちょっとどころか、かなり精神的に参っているようです。
これもすべて王様の浮気癖が原因かと思うと、革命でも起こしてやりたくなりますね。
「さて、念のため確認しておかないとね」
王妃は自分の部屋に戻ると、魔法の水晶球に向かって話しはじめました。
「ねえねえ、ヒトミ、この国で一番かわいいのはだ〜れ?」
この水晶球にはヒトミという精霊がやどっていて、何でも教えてくれるのです。便利ですね。
「この国?えーっと、ちょっと待ってね。今から調べるからお茶でも飲んで待ってて」
・・・処理速度は遅いようですね。メモリを増設して、CPUを入れ替えたほうがよいかもしれません。
「・・・まだ?」
お茶を飲み終わった王妃も、そろそろしびれをきらしてきたようです。
「分かったわ。この国で一番かわいいのは・・・」
「かわいいのは・・・?」
「ずばり、ひなゆき姫よ」
ひなゆき姫はセイジ王の従妹にあたり、美しく長い黒髪と、雪のように白い肌のお姫様です。
普段の王妃様とひなゆき姫とでは、タイプは違いますが、どちらも同じくらい魅力的でした。
しかし、ノイローゼ気味の今の王妃とくらべると、姫のが数段かわいいと言えるでしょう。
「ひなゆき姫・・・」
王妃もちょっと迷いました。まさか理由も無く姫を国外追放にするわけにもいきませんしね。
「ま、姫なら大丈夫か。身内だしね。うはははは・・・」
顔はあんまり笑ってません。
「あの王様のことだから、従妹といっても放ってはおかないでしょうね」
「はは・・・」
ヒトミが余計なことを言ったので、王妃の笑いもひきつりました。
「そういえば従妹って結婚もOKなのよね」
「・・・国外追放だね、やっぱ」

王妃は部下のカケルに、ひなゆき姫をどこか遠くの国へ連れ去るように命じました。
「王様にばれないように、細心の注意を払うこと。万が一捕まったら、口封じに即座に処刑しちゃうからね☆」
とんでもないことをあっさりと言う人です。こんな上司の下にはつきたくないものです。
断ってもろくなことにならないので、カケルは困ってしまいました。
心優しいカケルには、ひなゆき姫をどことも知らない国へ連れ去るなんてとてもできません。
そこで、姫を国境の森の奥深くでかくまうことにしました。
「すいません。僕も王妃に逆らうのはちょっと怖いので・・・」
「ま、いいわ。わたしも王様に口説かれるのは嫌だし」
この森の奥には小人が住んでいて、困っている人を助けてくれるという言い伝えがありました。
「姫、このあたりを歩いていると、おそらく小人に会えるはずです。多分。きっと」
頼りないですね。ほんとにいるんでしょうか?
「しょうがないわね。探してみるわよ」
国外追放されて貧しい暮らしをするくらいなら、
優しい小人さんと暮らしていたほうが幸せだと考えた姫は、あっさり了承しました。
「僕はほとぼりが冷めるまで身を隠すことにします。それでは、お気をつけて!」
ひなゆき姫は森の奥でひとりぼっちになってしまいました。

「う〜ん、おなかすいたなぁ・・・ん?」
姫が一人でしばらく歩いていると、どこからともなくいいにおいがしてきました。
「このにおい、きっとクリームシチューね!」
においの方向へ歩いていくと、森の中に開けた空間があって、
そこにはちっちゃな家が建っていました。においはその家の中から出ているようです。
「こんにちは〜、誰かいませんか〜?」
姫は扉の前に立って呼びかけましたが、返事がありません。
「誰もいないのかな?・・・あれ、扉開いてる」
不用心ですね。もっとも、こんな森の奥に空き巣に来るような人はいないでしょうけど。
「おじゃましま〜す」
家の中はきれいに整理整頓されていました。
奥の台所のコンロの上には、先ほどのにおいの元となったクリームシチューがのっていました。
「あの〜、ちょっとだけ頂いてもいいですか〜?」
あまりにお腹がすいていた姫は、置いてあったシチューを半分くらい食べてしまいました。
「はいほー♪はいほー♪」
そのとき、外から掛け声のようなものが聞こえてきました。複数いるようです。
姫が扉の影から覗いてみると、声の主は7人の小人さんたちでした。
「はいほー♪・・・ストップ!」
姫が様子を見ていると、後ろを歩いていた派手なマントの小人が他の小人を制止しました。
「どうしたんだ、シン?」
先頭を歩いていた剣を持った小人が怪訝そうに聞きました。
どうやらこの小人がリーダーのようです。
「誰かが侵入した形跡がある。・・・ほら、扉の前に足跡がついてるだろ?」
シンと呼ばれた小人が指差したところには、姫の足跡がしっかり残っていました。
「大きさと歩き方から見て、ある程度高貴な身分の女性だな」
すごいですねぇ。よくそこまで分かるものです。
「入っていく足跡しかないところを見ると、もしかするとまだ中にいるかもしれないぜ」
「どうする、ケンゴ?」
ポニーテールのかわいい小人が、剣を持った小人に聞きました。
「女性なら、そんなに警戒することもないだろ。こっちのが人数多いし」
「あの〜」
どうやら彼らがうわさの小人たちね、と判断した姫は、小人たちの前に出て行きました。
「誰だい、君は?」
ケンゴと呼ばれた小人が代表して尋ねてきたので、
姫はこれまでのことを“多少”脚色して小人たちに聞かせました。
「・・・と、いうわけなのよ」
「よし、分かった!俺達がその悪の秘密組織から君を守ってみせるぜ!」
・・・いったいどんな話をしたんでしょうね。
とにかく姫は小人たちに受け入れられたようです。
「自己紹介がまだだったな。俺はリーダーのケンゴだ」
剣を持った小人が言いました。続いて赤い服の小人が、
「はじめまして、わたし、ライムって言います。よろしくお願いします☆」
とあいさつしました。次に出てきたのは桜色の服の小人で、
「こんにちは。私の名前はマヤ。よろしくね」
まだまだ続きます。次は白い服の小人が二人出てきました。
二人とも長い黒髪でしたが、片方はポニーテールで、もう一人はストレートです。
「やあ。あたいはセイカ。こっちは姉のツキノだよ」
ポニーテールの方が言うと、ツキノと呼ばれたストレートの髪の小人も、
「は、はじめまして・・・」
消え入りそうな声ですが、ちゃんとあいさつできました。がんばりましたね、ツキノちゃん。
その次に出てきたのは、同じく黒い髪のかわいい小人ですが、手には物騒な大鎌を持っていました。
「はじめましてです、おねえさまっ。私はユウって言いますの☆」
そういうと、ユウは姫に飛びついて、すりすり、と頬ずりしました。かなり姫が気に入ったみたいです。
最後に残ったのは、先ほど足跡を発見した派手な小人です。
「よ。俺の名はシン。よろしくな、きれいなねーちゃん♪」
軽い性格のようですね。とにかくこれで全員です。
「よろしくね、みんな☆」
こうして、ひなゆき姫はこの楽しい小人たちと暮らすことになりました。

その頃、姫の拉致に成功したというカケルの報告を聞いたユウミ王妃は、再び水晶球に聞いていました。
「さ〜て、それじゃあらためて。この国で一番かわいいのは誰?」
「さっきも言ったでしょ。ひなゆき姫よ」
あっさりヒトミは答えました。
「ちょっと、姫は国外に追放したのよ。ちゃんと調べたんでしょうね?」
「まだ近くにいるわよ。ほら」
ヒトミはそう言うと、水晶球に何かを映し出しました。
「こ、これは・・・!」
そこには森の中で小人たちと仲良く遊ぶ、姫の姿が映っていたのです。
(カケルのやつ、あたしを裏切ったわねっ!)
ちなみにカケルは辞職届を出したあと、退職金をもらって隣国に亡命していました。賢明な判断です。
「しょうがないわね!あたしが直々に行くわっ!」
他に部下もいないので、しかたなく王妃は自分で始末することにしました。

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