番外編.Nights名作劇場
fantasy1.〜ひなゆき姫〜
「それじゃ、姫。知らない人が来ても扉を開けちゃだめだぞ」
「おねえさま、行ってきますですの☆」
「行ってらっしゃ〜い♪」
仕事にでかける小人たちを見送った後、姫は一人で小人たちの服の洗濯をはじめました。
それが終わると食器の洗物、さらに家の掃除まで、実にてきぱきをこなしていきます。
なんと、ひなゆき姫は家事全般が得意だったのです。妙に家庭的なお姫様ですね。
「偉いでしょ?」
あんまり手早く仕事を片付けたので、やることがなくなった姫は窓辺でぼーっとしてました。
するとそこへ、一人のおばさんがやってきました。
「誰がおばさんだって?!」
おっと失礼。ぱっと見るとおばさんですが、その正体は変装したユウミ王妃でした。
(この100年眠る魔法の薬入りりんごさえ食べさせれば・・・)
殺してしまうのはしのびないので、しばらく眠っていてもらうことにしたようです。
「ごめんください、だれかいませんか?」
「は〜い。ちょっと待ってくださいね」
パタパタとスリッパの音をさせて、姫は扉の前まで来ました。
しかし、そこで『知らない人が来ても扉を開けちゃだめだぞ』という言葉を思い出しました。
「あの、すいません。知らない人が来ても扉を開けちゃだめって言われてるんで・・・」
「だったらチェーンかけたままちょっとだけ扉を開けたらどう?」
なんで小人の家にチェーンなんかついてるんでしょう?
とにかく姫は言われたとおりにチェーンをかけたまま扉を開けました。
「あら、ユウミ王妃さま。どうなさったんですか、そんな格好で?」
「あたしは王妃じゃなくって、ただのりんご売りだよ」
(なかなかするどい娘だね)と、内心ひやひやする王妃です。
「あ、そうなんですか。よく考えたら王妃さまがこんなところでりんご売りなんかしませんよね」
「悪かったわね」
「え?」
「ううん、こっちの話。気にしないで」
ひなゆき姫、本当は気付いているんじゃないでしょうか?
「お嬢さん、このりんごを買ってくれないかい?赤くておいしいよ〜」
「え、でもりんごなら今、小人さんたちが採りに行ってるんですけど」
小人さんの仕事ってのは、りんごの採集だったんですね。
「それなら試食だけでもしてみてくれないかい?」
とにかく一口でも食べてもらえればいいので、王妃はあらかじめ切っておいたりんごを差し出しました。
「ほら、うさぎさんの形に切ってあるんだよ」
「左右の耳の長さが全然違いますね」
「うるさい。ええい、どうでもいいからさっさと食べておしまい!」
業を煮やした王妃は、姫の口に無理やりりんごを押し込みました!
「あ・・・」
りんごを口にした姫は、色っぽい声をあげて倒れてしまいました。
「おっほっほ、これで万事OKよ〜!」
うまく姫に魔法のりんごを食べさせることに成功した王妃は、
奇声をあげて立ち去っていきました。
「はいほー♪はいほー♪」
しばらくして、小人たちが帰ってきました。
「はいほー♪・・・あ、姫!」
入り口の扉にもたれかかるように倒れている姫を見て、小人たちは駆け寄りました。
「どうしたんだ、姫!」
「ああ、おねえさまっ!」
しかし姫が返事をすることはありませんでした。
「誰が姫を殺害したんだ!ちくしょう、俺が敵をとってやる!」
死んでないって。もっとも、100年も眠ったままというのは、生きてる人にとっては死んだのとそう違いありませんけど。
小人たちはしばらく悲しみの涙を流していましたが、
「こんなところに姫を置いておいたらかわいそう」
との一言で、姫を花でいっぱいのベッドに移してあげました。
「うう、姫〜」
「おねえさま〜」
小人たちの涙は、いっこうにとまりそうにありませんでした。
フィィィィィィィィィィィン!!キキィーーーーーッ!!
そこへ、なにやら甲高い音が聞こえてきたかと思うと、見慣れない物体が走ってきました。
車輪がついているところをみると、どうやら車のようですが、馬もついてないのにどうやって動いているのでしょう?
小人たちがあっけにとられていると、車から一人の王子様が降りてきました。
「ふむ、まだラリーモードの走破性には改良の余地がありそうだな」
なんだかよく分からないことを呟くと、いまだに呆然としている小人たちに尋ねました。
「ところでそこの小人たち、一体何をやっているのかね?」
「・・・あんた、誰?」
一番最初に立ち直ったシンが尋ね返しました。人間だったら王族侮辱罪ものですよ、シン君。
「おお、これはすまん。人に物を尋ねるときはまずこちらから、だな」
全然気にしてませんね。きさくな王子様のようです。
「私の名はシノ。隣の国で、結城の城をあずかっている」
「それは何なの?」
マヤが聞くと、シノ王子は待ってましたといわんばかりにマントをひるがえして、
「この車は、我が王立魔法研究所の最新魔法テクノロジーの粋を結集して作られたものだ。
エンジンに第五元素反応炉(エーテル・リアクター)を採用、ボディは可変ミスリル合金だ。
さらに独自の制御精霊による走行アシストと自動走行まで可能にしている。
ちなみに最高速度は600km/h以上だ」
よく分からないですが、とにかくすごいものらしいです。
「ほら、クロウ。お前も挨拶しろ」
「はじめまして。制御精霊のクロウです」
王子に促されて、車の精霊・クロウもあいさつしました。
「で、何やってるんだい?」
「王子様、じつはかくかくじかじかというわけで・・・」
「おお、それはむごい!」
・・・ほんとにこんな説明で分かったんでしょうか?
「一目会わせてもらえないだろうか、そのひなゆき姫に」
小人たちに案内されるまでも無く、目の前に姫は横たわっています。
「おお、なんと美しい!」
花に囲まれた姫は、もともとの美しさをより一層増していました。
「ああ、生きているうちに会えたなら・・・」
だから死んでないって。
姫の枕もとに座り込んで覗き込んでいた王子様は、何を思ったか突然姫に口付けをしました。
「こら、いきなり何をしてんだ!」
「おねーさまに何するですか!」
シンとユウにどつかれて、王子様はずっこけました。寝込みを襲ったんですから、当然の報いですね。
「ふわ〜あ、よく寝た」
そのとき、ああ、なんということでしょう!
ひなゆき姫は大きく伸びをしたかと思うと、ゆっくり体を起こしたのです!
まさに奇跡です!
「起きないから奇跡って言うんですよ」
・・・まあ、このさい別に奇跡でなくてもかまいません。
とにかく姫は目をあけ、回りでどたばたしている王子様と小人たちに気付きました。
「あの、どちらさまで?」
「ひなゆき姫、私はシノ王子と言います」
シノ王子はそう言ってにっこり微笑むと、姫の手をとり、
「美しい姫よ、どうか私の妃になってくださいませんか?」
王子様は姫に一目惚れしたみたいです。姫は頬を赤らめて、
「はい・・・」
なんてしおらしく答えました。雰囲気に流されて返事するのは良くないですよ、姫。
「だって、シノ王子の国っていったらすっごいお金持ちの国なのよ」
ああ、そっちが目当てなんですね。
「よし、すぐに帰って婚礼の儀式だ!行くぞ、クロウ!」
「はい!姫、しっかりベルトを締めてくださいね」
「フルアクセル、さらにブースト・オン!」
「ブーストポッド作動・エンジン臨界点までカウントスタート!」
「え?え?え?ひぇぇーーー!!!」
なにはともあれ、偶然やってきた森の奥で美しい妃を手に入れた王子様は、
来た時の爆音に姫の悲鳴をプラスして帰って行きました。
「行っちゃった・・・」
ライムはつぶやきました。
「うん、だけど良かったんじゃないかな?」
「そ、そうですね・・・」
セイカとツキノは、姫が幸せになれそう(?)なのでうれしそうです。
その横ではケンゴがうんうん、とうなずいています。
「あれ?そういえばシンとユウちゃんがいないわよ?」
マヤの言葉に、小人たちはあたりを見渡しました。確かに5人しかいません。
「まさか・・・」
「・・・なんでお前たちまでここにいるんだ?」
シノ王子様の横、ひなゆき姫の膝の上には、ちゃっかりシンとユウの姿がありました。
「まあ、いいんじゃない?賑やかな方が楽しいわよ」
「そうだぜ!」
「そうですぅ!」
「姫がそう言うんなら、ま、いいか」
納得してます。将来、姫の尻にしかれる王子様の姿が目に浮かぶようですね。
さて、その後登場人物達がどうなったかというと・・・
国から美しい女性を追放するという暴挙に怒った男たちの手によって革命が起き、
セイジ王とユウミ王妃はその地位を奪われてしまいました。
しかし、そこはめげないセイジのこと、
「私は世界中の美女に会いに行くのだ!」
と宣言して冒険者になってしまいました。一緒に冒険者になったユウミも、
「冒険者なんだから、セイジの奴を大っぴらにはたき倒してもOKよね」
なんだか前より活き活きとしています。
彼らは後に、美形夫婦冒険者として語り継がれることになりました。
小人たちも、それぞれの道を歩んでいきました。
リーダーのケンゴは、その剣の腕を見込まれてシン王子の近衛騎士に採用されました。
偶然王子が手に入れた、魔法の水晶球の精霊・ヒトミと仲良くなったという話が伝わっています。
セイカとツキノも、王子の侍女として採用されました。
仲良し姉妹侍女として、城の人たちに可愛がられたそうです。
ライムは姫に出資してもらい、城下町で酒場を開きました。
王子の国に亡命してきていたカケルがその手伝いをしていたようですが、定かではありません。
マヤはなんと王子の車の制御精霊・クロウと意気投合してしまいました。
二人は走行テストと称して色々な地を旅し、その記録を旅行記として出版したそうです。
シンとユウは、ひなゆき姫の護衛として常に姫と行動をともにしました。
王子様もなかなか姫と二人きりになれずに苦労したみたいです。
シノ王子とひなゆき姫は、革命の起こった隣の国の混乱に乗じて軍を派兵、
ひなゆき姫が正統な王位継承者であることを前面に押し出し、国を合併してしまいました。
領土も増え、国がよりいっそう豊かになったのを見届けた王子と姫は、
「ちょっと新婚旅行に行ってくる」
と出かけた先で様々な活躍をしたのですが、それはまた次の機会に・・・・
【おわり♪】
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