Sweet Snow Story.信之&月乃&綾奈〜家族編〜

Sweet4.信之&月乃&綾奈〜家族編T〜“Awaking”【前編〜Previous night〜】
来夢「綾奈ちゃんに会ったんですか、日奈さん?」
日奈「ええ、この間遊びに行ったときにね。ずいぶん大きくなってたわよ〜」


信之がたいして忙しくも無い仕事をいつものように早々に切り上げ、愛しい妻と娘の待つ我が家へ帰ってくると、
玄関の靴が一足多い事に気付いた。
(星香でも来てるのかな?)
義理の妹である星香は暇になるといつも遊びに来ているので、こうして靴が増えているのはそれほど珍しくない。
「ただいま〜」
「おかえり、お兄ちゃん」
予想に反して、信之を出迎えたのは実の妹−血はつながっていないが(ややこしいなぁ)−の日奈であった。
「お、日奈じゃないか。帰ってたのか?」
日奈は綾奈が生まれてから、前より里へ帰ってくる回数が多くなった。
姪の成長を見るのが楽しいらしい。
父親としては、自慢のかわいい娘の成長を見てもらえるのはうれしいのだが、
帰ってくるたびに妻と娘を取られてしまうので少し寂しかったりもする。
(まぁ、たまにしか会えないんだから仕方ないか・・・)
「パパ!」
日奈の後ろから、綾奈がたたっと駆け寄ってくる。
どうやら今まで日奈と遊んでいたらしい。
気付いた月乃も台所から顔をだした。
「しのさん、おかえりなさい。ほら、綾奈ちゃん。帰ってきた時の挨拶は?」
「えーっと・・・おかえりなさい、パパ!」
「ただいま、綾奈ちゃん。よくできたね♪」
きちんと挨拶ができた娘を抱き上げて誉める信之。
(あいかわらずの親バカっぷりね・・・)
そう思いながらも、日奈は少し綾奈がうらやましく感じるのであった。

その夜、信之は久しぶりに妹とのお茶の時間を楽しんでいた。
ちなみに信之も月乃もコーヒーより紅茶派なので、食後に出されるのももっぱら紅茶である。
今晩の紅茶は、日奈が土産に持ってきたカルチェラタンだった。
「で、Nightsのみんなは元気か?」
そういえばしばらく会ってないなぁ、と思いながら濃いオレンジ色のお茶を口に含むと、
ラベンダーの香りが鼻を通り抜け、穏やかな気分になる。
「うん、特に変わりないよ。来夢ちゃんと翔くんがね、近所にできた絵画教室に通い始めたくらいかな」
「へぇ・・・。二人は、その、ちょっとは進んだのか?」
翔が来夢に好意をもっていることは、いわば公然の秘密であった。当然、信之も知っている。
「まだまだ、かな?翔くんも押しが足りないから、あれじゃ来夢ちゃんもどうしたらいいか分からないわよ」
「そういうなって。翔のことだから、いつも一生懸命やってるはずだし。変なおせっかいはするなよ?」
「しないわよ。・・・あ、思い出した。誠二君と剣吾さんが、お兄ちゃんに“たまには顔を見せに来い”だって」
「あいつらが?珍しいなぁ。ま、どうせ俺じゃなくて、月乃さんや星香さんに会いたいんだろうけど」
好みのタイプはそれぞれ異なるが、剣吾も誠二も美女にはめっぽう弱い。
「さぁ?でも、仁美さんや悠美も、綾奈ちゃんに会ってみたいな、って言ってたし。たまにはどう?」
「そうだなぁ・・・」
(ほとんど旅行らしい旅行にも連れて行ったことが無いし・・・いい機会かもしれないな)
「ま、考えておくよ。月乃さんとも相談したいし」
その月乃は、現在綾奈を寝かしつけるため、寝室で昔話を読み聞かせていた。
古き伝承から生まれた雪女の一族として、各地の昔話を伝えていこうと考えたからである。
「そしてかぐや姫は月に帰っていきました。・・・あら?」
気が付くと、綾奈はやすらかな寝息をたて、すっかり眠ってしまっていた。
(かわいい寝顔・・・このままずっと見ていたいわね)
月乃はせっかく寝付いた娘を起こさないように、静かに部屋の襖を閉めて出て行った。

「寝たのかい?」
「ええ。今日は日奈ちゃんがずっとかまってくれていたから、遊びつかれたんだと思うわ」
信之に答えながら、月乃はお茶の席についた。
「お姉ちゃん、今度うちに遊びに来ない?綾奈ちゃんつれて、さ」
「うちって、Nightsに?う〜ん、どうしようかしら・・・」
首をかしげながら考える月乃。
もっとも、姉が即断即決型のタイプでは無いことは知っているので、日奈もすぐに答えがくるとは思っていない。
「また気が向いたら来てよ。お兄ちゃんの休みが取れたときでいいし。あ、お紅茶のお代わりはいかがでしょうか?」
仕事の口調が微妙にでてたりするのは愛嬌というところか。
「ここは店じゃないぞ。そうだな、今日は俺が淹れてやるよ」
普段は月乃と交代でお茶を淹れているため、信之もお茶の淹れ方はなかなか上手い。
ちなみに一杯目は日奈が淹れたものであるが、こちらは本職ということもあり、その腕前は一級品である。
「あ、わたしアイスね。もちろん分かってると思うけど」
「分かってるって。砂糖も無しでいいだろ?」
フレーバーティーはストレートで飲むのが通の飲み方というものである。
もっとも、紅茶通といっても、日奈の場合はアイスティー限定である。
「ところで、さ・・・」
兄が淹れた紅茶のグラスを両手に持ち、落ち着きの無い様子で日奈が話を切り出した。
「綾奈ちゃんって、どうなのかな?」
「は?・・・悪いが、質問の意味がさっぱり分からんぞ」
確かに、この聞き方では、綾奈の何がどうなのかがさっぱり分からない。
日奈は少し迷うそぶりを見せたが、はっきりと聞きたいことを聞くことにした。
「どんな力を持ってるのかな、って。お兄ちゃん達の子だもん、何か力があって当然でしょ?」
信之と月乃は顔を見合わせると、思わず笑い出した。
「何よ!気になるんだからしょうがないじゃない!」
笑われるとは予想していなかった日奈は、思わず怒り出した。
「いや、聞きにくそうにしてるから、何の事かと思えば・・・」
何だ、そんなことか、と笑いをこらえながら、信之が返答した。
「あんまり気をつかわなくてもいいわよ、日奈ちゃん。里のみんなからも、よく同じこと聞かれるし」
さすがに毎日ということはないが、雪姫などは会うたびに同じことを聞いていた。
ちなみに彼女の場合、遠慮なんかはかけらも無い。
「つらら様からはあまり聞かれないけどね。お母さんなんか週に一回は同じこと聞いてくるわよ」
「で、実際のところどうなの?」
日奈は早く聞きたくて仕方ない、といった感じである。
「とりあえず色が変わって実体弾を無効化する能力は持ってなさそうだけどなぁ」
とぼけた返事をかえす信之。もっとも案外真面目に答えていたりする可能性もあるが・・・。
「お・し・え・て」
「あ〜、分かったから、ちょっと落ち着け。せっかくのお茶をカキ氷にでもする気か?」
日奈の持つアイスティーの氷がいつのまにか5割増量されているのを見て、信之は姿勢を正した。
「実際、俺たちもよく分からないんだ。たしかに月乃さんに似て熱いのには弱いけど、
だからと言って雪を降らせるとか、水を凍らせるとかは今のところできないし」
熱いのに弱い人間が全て気温を下げる力を持っていたら、地球は氷河期に突入してしまう。
「しのさんに似て耳と鼻はいいみたいだけどね」
「お兄ちゃん並に良かったら、かなり普通じゃないような気がするけど・・・」
犬、もとい狼の聴覚と嗅覚を持っていたら、それはすでに人間ではない。
もっとも、雪女でもそんな能力は持っていないが。
実際、日奈や雪姫が気になっているのは綾奈の妖怪としての力がどのようなものか、であったが、
信之と月乃はそれについてはあまり気にしていなかった。
お互いの良いところを受け継いでいてくれればいいなぁ、くらいには考えていたが。
「だいたい、お前が雪女の力に覚醒したのだって、10歳すぎてからだろう?」
日奈が初めて雪女の姿になったのは11歳、月乃も12歳くらいのことだ。
「綾奈はまだ3歳だぞ。まだ早いよ」
もっとも、3歳ともなると色々なことに疑問を持つ年頃でもある。
自分の祖母や曾祖母がどこから見ても30代前半より上には見えなかったり、
両親の実家に帰るといつも雪が積もっていることを不思議に思い始めてもおかしくない。
「俺たち妖怪の存在については、少しずつ覚えていってくれればいいなぁと思っている。
ただ、力はまだ使ってほしくないんだよ。・・・もっと成長して、理性で力をコントロールできるような歳になるまで、な」
「お兄ちゃん・・・」
信之も月乃も、力がコントロールできないことで他人を傷つけてしまうことはもちろん、
それによって綾奈自身が心身ともに傷つくことを心配しているのだった。
「わたしも初めて雪女の力に目覚めたとき、なかなか力が抑えられなかったわ。日奈ちゃんもそうだったでしょう?」
ちなみに日奈のときは、一番ひどい目にあったのは目の前に居る信之だったりする。
「うん・・・そうね。綾奈ちゃんのためにも、まだ力なんか使えない方がいいのかもしれないね」
日奈はそういってうなずいた。どんな力か気になるのは確かだが、それ以上にかわいい姪が傷つくのは嫌なのであった。
「まぁ、俺たちで抑えられる力だったら、小さいうちから使い方を覚えておいた方がいいのかもしれないけどな」
一度に妖怪のことを知るのは、衝撃が大きすぎる。
まず、妖怪の存在と人間との違いを教えるところから始めなければならない。
綾奈が自分が普通の人間と違うことを自然に受け入れられれば、その時はきっと力も使えるようになっているはずだ。
「ただね、綾奈が今のまま普通の人間みたいに大きくなっていくのを見てるのも、すごく楽しいと思うの」
月乃の言葉に、確かにそれはそうね、と日奈は思うのであった。


芽衣「それで、結局どんな力があるのかはまだ分からない、ってこと?」
日奈「ううん。それがね、まだ続きがあるの・・・」

【中編へつづく】


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