Sweet Snow Story.信之&月乃&綾奈〜家族編〜
Sweet4.信之&月乃&綾奈〜家族編T〜“Awaking”【中編〜Midnight snow〜】
日奈が兄夫婦のところに遊びに行ったときは、たいていそこの客間で寝泊りしていた。
雪女の里に近いのだから、実家に帰ることもできるのだが、そうしないのにはいちおう理由がある。
一応、修行中だし、あんまり頻繁に実家へ帰るのもよくないというのがその理由だが、
『いちいち実家まで移動するのがめんどくさい』
のが本当のところらしい。
もっとも、実家に帰ったところで両親は不在(現在、雪姫は近くの町で暮らしている)だし、
広い屋敷に一人で居るのもさみしいのものがある。
この家の客間は信之と月乃の寝室から離れているので、それほど気を使う事もない。
その日もいつものように日奈は客間で寝ていたが、夜中を過ぎたころ、ふと違和感を感じて目をさました。
(・・・なんか変・・・)
普段感じた事の無い感覚のため、初めは何が起こっているのかよく分からないでいたが、
やがてしっかりと目が覚めてその感覚に気付いた。
「やだ、寒い?!」
たとえ真冬の東北地方でも寒いと感じた事のない雪女の日奈だが、
今ははっきりと『寒い』という感覚を感じていた。しかも今は夏である。
あわてて寒さの原因を探ろうと、あたりを見回した。
窓はしっかり閉まっている。窓の外にも特におかしな様子は見られなかった。
そこで日奈は、部屋の扉が少しひらいていることに気付いた。
どうやら、冷気はその方向から漂ってきているようだ。
「?!」
パジャマのまま廊下に出た日奈は、思わず絶句した。
何かきらめくものが舞っている。
「ちょっと、これダイヤモンドダストじゃないの?」
空気中の水分が凍りつく現象で、冬の北海道やスキー場などで見ることができる。
非常に美しい自然現象だが、とりあえず日本の一般家屋の廊下で見られる現象ではない。
実は、よく見ると廊下も凍結してすべりやすくなっていることが分かるのだが、
もともと日奈は雪上でも氷上でも支障無しに歩く事ができるため、ほとんどそれには気づかなかった。
「二階のが冷気が強いみたいね・・・」
日奈の向かう先にあるのは、この家の住人たちの寝室であった。
「綾奈ちゃん、起きて!綾奈ちゃん!」
「お姉ちゃん?!」
ただならぬ様子の姉の声を聞きつけ、日奈はあわてて階段を駆け上がった。
「大丈夫か!月乃さん!綾奈!」
信之の声も聞こえる。どうやら綾奈に何かあったようだ。
「何があったの、お兄ちゃん!」
二階にたどり着いた日奈が見たものは、ダイヤモンドダストで白く輝く綾奈の寝室であった。
冷気の中心、部屋の中央で、月乃が綾奈を抱きかかえていた。すぐそばに信之もいるようだ。
「起きて、綾奈ちゃん!」
月乃は腕の中で眠っている娘に呼びかけている。
「・・・ふにゅぅ?・・・ママ・・・?」
その声が聞こえたのか、綾奈はゆっくりと目をあけた。
「良かった、大丈夫、綾奈ちゃん?」
信之も心配そうに娘の顔をのぞきこんだ。
気が付くと、さっきまで強烈に感じられた冷気の渦が収まっていた。
「パパ・・・あやな、ねむたい・・・」
眠そうに目をこすりながら両親を見上げるその様子は、特にいつもと変わりないように見える。
「・・・何ともないみたいだな・・・」
普段どおりの娘の様子を見て、ひとまず安心する信之。
「ごめんね、起こしちゃって。さ、もう一度寝ましょうね」
「おやすみ、綾奈ちゃん。・・・月乃さん、何かあったら・・・」
「分かってるわ。でも、大丈夫だから。きっと」
綾奈の隣に並んで横になる月乃を残し、信之は日奈をうながして部屋を出た。
「いったい、何が、どうなってるの?!」
リビングに降りてきた日奈は、信之を問い詰めた。
「うるさい、綾奈が起きるだろうが。少し黙っててくれ」
「だっ・・・!」
ソファに沈み込みながら答える信之に、日奈は返す言葉が無い。
娘が突然冷気を放出したのにショックを受け、さすがに少し混乱しているようだ。
「日奈、悪いけどお茶を淹れてくれ。頭がはっきりするやつ」
「・・・分かった。」
少し落ち着く必要がある。兄の考えを理解した日奈は、すぐにキッチンへ向かった。
何が起こっているのかは分かる。月乃さんから受け継いだ力−雪女の力−が無意識のうちに発動したのだ。
信之は日奈が雪女の力に覚醒したときのことを思い出していた。
(あの時も、日奈自身が気付かないうちに妖術が発動していたな、確か・・・)
「はい、ちょっと濃い目に淹れておいたわよ」
日奈は戻ってきて信之の前にカップを置くと、そのままテーブルを挟んだ向かい側に腰をおろした。
「ねえ、お兄ちゃん・・・やっぱり、あれって・・・」
「多分、日奈が考えてるとおりだと思う」
妹が最後まで言い切る前に、信之は肯定した。
「それじゃ、やっぱり綾奈ちゃんが雪女の力に覚醒したのね?」
冷気を操る妖怪が全て雪女とは限らないが、この場合、おそらく外れてはいないだろう。
「眠っている間に無意識に力が発動して覚醒するのも、珍しいケースじゃないって聞いた事がある」
人間と同じように生まれてくる妖怪が、どんなふうに妖怪としての力に目覚めるかについて、
信之も気になって色々調べていたのだった。
「無意識に・・・綾奈ちゃんは自分で力を使ったことを覚えていないってこと?」
「ああ、さっきの様子からしても、まず覚えていないだろう」
寝ぼけてしっかり目が覚めていなかったようだったが、意識して力を使ったということはまず、無い。
「それで、これからどうするの。放っておく訳じゃないでしょ?」
どんな形にしろ、力が使えるようになった以上は暴走しないようコントロールする方法を覚えなければならないし、
何より自分が妖怪であること、普通の人間と違う事を知らなければならない。
人間の世界で生きていくのであれば、どんなことに気をつけなければならないか、等、覚えなければならないことは山のようにある。
「・・・明日、つらら様に相談してみよう。こういう時に一番頼りになるのは、間違いなくあの方だから」
信之はそう答えたあと、日奈が淹れたお茶を飲み干した。
来夢「それでどうなったんですか?」
日奈「朝になって、つらら様のところへ行ったのよ。それで・・・」
【後編へつづく】
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