東海道五十三次 「知立(池鯉鮒) 〜 京都」 を歩く
ちりゅう

40番宿場・知立(池鯉鮒)から京都三条大橋まで

2010年2月4日(木) 立春

東海道五十三次 知立(池鯉鮒)〜宮 (19・7km 26400歩)

(40番)知立(池鯉鮒)・首夏馬市 (41番)鳴海・名物有松絞 (42番)宮・熱田神事

この地の知立神社の池に多くの鯉や鮒がいたので、地名となった。毎年初夏に行なわれる馬市は有名で、この馬市の様を描いた絵。

鳴海宿の隣りの有松の有松絞は有名。 今も昔の絞屋の店を偲ばせる家並みが残っている。 宮の宿は熱田神宮の門前町。桑名への七里の渡しの港町。佐屋路や美濃路の分岐点。街道一の宿場町として栄えた。この絵は、熱田神宮の夜の馬追い神事を、描いている。
7時50分 知立駅前出発
8時50分 境川(三河と尾張の境)を渡る
10時   有松
10時40分 鳴海・11時天白川を渡る
11時15分 笠寺(30分休憩)
12時15分 山崎川を渡る
12時35分 裁断橋祉(食事休憩1時間)
14時    宮・七里の渡し到着。
笠寺観音 裁断橋祉・姥堂・どどいつ発祥の地 宮宿・七里の渡し
 これから、街道歩きも始め様と思い立つ。 まずその第1弾として、東海道五十三次の内、知立(我家から一番近い宿場)から京都・三条大橋まで歩く事にする。・・・・・

 今回、第1回目は知立(40番)から宮(42番)まで歩く事にする。 7時50分名鉄知立駅前を出発。池鯉鮒宿本陣跡碑を後に、逢妻橋を渡り一里山・今岡(古い家並み)・今川と進む。境川(三河と尾張の境)を渡る。阿野(阿野一里塚)・前後・新栄(桶狭間古戦場碑)・栄・有松(絞り染商いの古風な家並み)と進み、10時40分鳴海宿本陣跡に到着。天白川を渡ると笠寺(笠寺一里塚・笠寺観音)・呼続。山崎川を渡るとまもなく宮宿(熱田区)。裁断橋祉・姥堂・どどいつ発祥の地や三叉の道標・蓬莱軒本店を通り、14時無事、宮の宿・七里の渡しに到着。・・・・・
 旧東海道だけに、史跡・神社・寺が多く、楽しみながら歩く事が出来た。今回の歩行ペースを参考に、今後の計画を組みたい。

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2月8日(月)

東海道五十三次 桑名〜庄野 (24・9km 38700歩) 

(43番)桑名七里渡口 (44番)四日市三重川 (45番)石薬師石薬師寺
桑名湊の渡り口を描いている。木曽三川の河口の重要な港。米市場が開設され非常に賑わった港町。 四日市宿の近くを流れる三重川辺りを描いている。 この地方の風の強さを表している。 奈良時代に建立された石薬師寺を始め、石薬師はヤマトタケル等古代の伝承の地。 石薬師寺の門前町。
 8時30分 桑名七里の渡し出発。
10時00分 朝明川を渡る。
10時30分 JR富田駅
11時30分 笹井屋(日永のなが餅)
12時00分 諏訪神社(食事30分)
13時30分 日永の追分
14時05分 杖衝き坂
15時00分 石薬師寺
15時40分 JR加佐登駅到着。
桑名・七里の渡し 日永の追分(東海道と伊勢参宮道の分岐) 石薬師一里塚跡
 今回は、桑名・七里の渡しから、庄野宿の手前、JR加佐登駅まで歩く事とする。 JRで、8時桑名駅に到着。 桑名・七里の渡しまで歩き、8時30分本日の街道歩きに出発。 9時、桑名宿場の入口・矢田立場跡。 ここからR1号線と平行に西に向う。 朝日町を過ぎ10時、朝明川を渡る。 JR線・近鉄線を潜り、10時30分、富田駅を過ぎる。 11時30分、三滝橋のたもとの笹井屋(日永のなが餅の老舗)。 四日市宿はこの辺から始まり、諏訪神社辺りで終る。 12時諏訪神社到着。 参道商店街で「蛤うどん」を頂く。 美味しい。!! 12時20分出発。 道は近鉄内部線沿いに日永・泊と進み、13時30分日永の追分(東海道と伊勢参宮道の分岐)。 内部川を渡り、「杖衝坂」を上り、R1号線沿いに進む。 14時45分石薬師。 小沢本陣跡・佐々木信綱資料館等を過ぎ、15時石薬師寺。 石薬師一里塚跡を過ぎ、R1号線と合流。国道・加佐登を右折し15時40分、本日の終点、JR加佐登駅に到着する。 ・・・・・
 今回は、かなり長丁場で有ったが、予定通り歩けた。 コースは標識がかなり充実しており、注意さえして行けば迷う事は無い。ただ地図は必需品。  
 
* 今回、鈴鹿峠までは中部建設協会発行の「東海道さんさくマップ」を使用。滋賀県内は近江歴史回廊推進協議会発行の「近江東海道中絵巻」を使用する。

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 2月21日(日) 晴

東海道五十三次 庄野〜関 (17・1km 22100歩)

(46番)庄野白雨 (47番)亀山雪晴 (48番)関本陣早立
 「白雨」とは、にわか雨の事。突然の激しい雨に、坂道を行き来する人々を生き生きと描写したこの絵は、広重の最高傑作の一つ。  山の斜面に積もった雪が陽光にキラキラ輝いている中、大名行列が連なって行きます。  大勢の人数を従えた大名行列の移動は大変で、朝暗い内から出立の準備が慌しく始まります。 関は鈴鹿の関と呼ばれ、近江の逢坂の関、美濃の不破の関と共に、三関に数えられる。
 8時55分 JR加佐登駅出発
 9時40分 安楽川(和泉橋)を渡る。
10時30分 和田1里塚(亀山市街に)
11時05分 池の側(亀山城跡)
11時25分 野村一里塚
12時00分 大岡寺畷
12時20分 関宿・東の追分
        関宿・町並み散策
12時50分 JR関駅到着
亀山宿碑 鈴鹿川 @大岡寺畷橋 関宿の町並 @東の追分
 今回は、JR加佐登駅から庄野宿・亀山宿を通り、関宿のJR関駅まで歩く事にする。 8時55分加佐登駅を出発。 庄野の家並みを過ぎ、9時40分安楽川の和泉橋を渡る。亀山市に入ると、まもなく9時55分、JR井田川駅に着く。1時間でJR1駅来た事になる。(ここから、2・5kmの所にヤマトタケル の御陵がある。)10時30分和田1里塚。ここから亀山市街に入る。10時55分、江戸口門跡。亀山城跡・池の側。京口門跡。を過ぎ、11時25分野村1里塚。布気集落でR1号線・JRを越へる。12時大岡寺畷に着く。鈴鹿川と後方の山並みが綺麗だ。12時20分、関宿の東の追分(伊勢別街道の分岐)に着く。ここから、関宿の木崎・中町の町並みを散策し、12時50分JR関駅に無事到着。・・・・・
 今回で、京都まで約半分歩いた事になる。次回は、いよいよ鈴鹿峠越えになる。だんだん街道歩きが楽しくなって来た。

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3月8日(月) 晴
東海道五十三次 
関宿〜鈴鹿峠〜水口宿(30・1km 41100歩)

(49番)坂之下筆捨嶺 (50番)土山春の雨 (51番)水口名物干瓢
 昔、狩野元信があまりの美しさに、絵も描けないと言って、筆を捨てたと言う岩根山。 鈴鹿川を隔てた、見晴らしのよい茶屋からの風景。  土山は、京に向う最後の難所,鈴鹿峠を越えた所。 しとしとと降る春雨に打たれながら、大名行列が続いて行く様子を描いている。  当時は、どこにでもあった様な風景の中に、名物干瓢を作る人達を描く事によって、水口らしさを表現しています。
 8時10分 JR関駅出発。 
 9時00分 筆捨山集落
10時00分 片山神社
10時20分 鈴鹿峠・万人講常夜燈
11時40分 田村神社
11時45分〜12時15分 土山道の駅
12時55分歌声橋(野洲川)を渡る。
14時50分水口宿・東目附跡
15時45分水口城
鈴鹿峠・鏡岩 鈴鹿峠・万人講常夜燈 田村神社
野洲川 @歌声橋より 水口宿・東目附跡 水口城
 今回は、JR関駅(関宿)から鈴鹿峠を越え、水口宿(水口城南駅)まで、歩く事にする。 8時10分、JR関駅を出発。 まず、関宿の町並み・有名な地蔵院を通り、8時30分、関宿・西の追分を後にする。 ここからほぼR1号線沿いに進み、9時、筆捨山集落を過ぎる。 鈴鹿馬子唄会館・自然の家を通り、9時30分、坂下宿。 坂下宿は昔、本陣3軒も有る非常に栄えた宿場であったが、今は,数軒の民家と本陣跡標石等が有るのみ。 ここから、いよいよ鈴鹿峠に向う。10時、片山神社(鈴鹿峠道入口)。 ここから荒れた石畳の急な坂道となる。 しかし10分程度、登り切ると、あっけ無く,鈴鹿峠に着く。 峠は樹木に被われ薄暗く、標識以外に何も無い。100m程離れた鏡岩に立ち寄り、10時20分、鈴鹿峠・万人講常夜燈に着く。 ここには休憩所やトイレが完備されている。 ここでしばし休憩。 ここから田村神社まで,R1号線沿いに長い下りを行く。 11時40分、田村川を渡り、田村神社を参拝。 11時45分から、多くの人で賑っている土山道の駅で食事休憩。 12時15分道の駅を出発。 ここから旧道沿いに2km程土山宿の町並みが残っている。 12時55分、野洲川(歌声橋)を渡る。 13時25分、かって旅人に木陰を与えた,旧東海道松並木。 14時10分、大野西信号で,R1号線と分かれる。 14時50分、ついに水口宿の入口・東目附跡に着く。 ここから水口の街中を東海道は通る。 本陣跡・高札場跡・からくり時計・等を観ながら、今日の最終地点・水口城近くの近江鉄道・水口城南駅に15時45分無事到着する。 ・・・・
 今日はまず鈴鹿峠を越える事が第1目標。 しかし意外に早く、あっけ無く越える事が出来た。 又、今日は良く歩いた。 あと 2回で、京都三条大橋に着く予定。

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3月17日(水) 曇

東海道五十三次 水口宿〜石部宿〜草津宿〜石山 (32・7km 45700歩)

石部目川の里 三上山(432m) 草津名物立場
石部と草津の間にあった目川の里で田楽を売る「いせや」。ご当地の名物を求め、旅人が足をとめ賑わっていた。 近江富士とも呼ばれ、標高の割には良く目立つ山である。俵藤太による大ムカデ退治伝説が残っている。 東海道と中山道との分岐点であり、又琵琶湖の交通の要所であった草津は、有数の宿場として栄えた。
 9時20分 水口城南駅出発
10時10分 横田渡常夜燈
10時45分 大沙川隧道・弘法杉
11時55分 石部宿驛
13時20分 史跡旧和中散本舗
13時50分 稲荷神社・JR手原駅
15時00分 史跡草津宿本陣
15時45分 野路萩の玉川
17時15分 JR石山駅到着
横田渡常夜燈 史跡旧和中散本舗 草津追分(東海道と中山道の分岐点)
  今回は、水口城南駅から草津宿を越え、JR瀬田駅を目標に歩く事にする。 JR貴生川駅で近江鉄道に乗り換へ、水口城南駅に9時16分到着。 9時20分、水口城南駅を出発。 水口城跡・五十鈴神社・水口の町並みを過ぎ、10時10分 「東海道十三渡し」 の1つ、横田渡しに着く。 この辺から、JR三雲駅近くまで野洲川を渡る旧東海道は無くなっており、R1号線沿いの道を歩く。 10時22分、JR三雲駅。 ここから又、静かな旧道を行く。10時45分、大沙川隧道・弘法杉。(天井川になっている大沙川の堤。その上に聳える大杉。)11時30分、家棟川を渡る。 ここから石部宿に入る。 11時55分石部宿驛。 ここで12時30分まで食事休憩。 京都・石部間は36km。 京都を朝早く出発すると、夕方に着く事から 「京立ち石部泊まり」 と言われていた。 石部宿を過ぎ、右手に近江富士を眺めながら、草津宿を目指す。 13時20分、石部と草津宿の中間地点・六地蔵の史跡旧和中散本舗 (和中散と言う薬は、家康の腹痛を治した事から、家康が直々名付けた評判の漢方薬。 旧薬店舗。)に着く。 立派な建物だ。 13時50分JR手原駅。 14時45分、R1号線を越える。 天井川の旧草津川の堤防を越え、堤防沿いの道を、草津追分で90度左折する。(草津追分は東海道と中山道の分岐点)15時、草津本陣に着く。追分から立木神社までの町並みが、昔の賑わいが偲ばれる。 15時45分野路の玉川。 16時10分月輪寺。 この先の一里塚から、JR瀬田駅に向う予定であったが、一里塚を見過ごし、通り過ぎてから気付く。 もどるより、後1時間程でJR石山駅に行けそうなので、目的地をJR石山駅に変更。 建部大社の前を過ぎ、ついに16時55分、瀬田の唐橋を渡る。(壬申の乱以来、しばしば合戦の舞台になり、その度に焼け落ちた橋。) 17時15分、今日の目的地、JR石山駅に無事到着する。・・・・・

 今日も良く歩いた。 次回は余裕で、京都・三条大橋まで楽しんで歩こう。

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3月30日(火) 晴

東海道五十三次 石山〜大津宿〜京都三条大橋 (17・2km 24800歩)

大津走井茶屋 弥次喜多像 (@三条大橋) 京師三条大橋
 走井の井筒(井戸)は、逢坂の茶屋(現在の月心寺)の軒場にある。この井筒は現在も残っており、名物・走井餅と共に街道の名物であった。  三条大橋の西袂に、十返舎一九の「東海道膝栗毛」の主人公「弥次郎兵衛と喜多八」のコンビのブロンズ像が立っています。  京師とは、都、京都の事。 三条大橋が東海道五十三次の終点。 眼下に鴨川が流れ、遠く、東山が望める。 橋の上を大原女や京女が行き交っています。
 9時00分JR石山駅出発。
10時00分義仲寺
10時25分大津・札の辻
10時55分逢坂山関跡
11時20分追分
11時50分JR山科駅(20分食事休憩)
12時35分御陵(天智天皇陵)
13時10分蹴上(14時45分まで散策)
15時10分三条大橋無事到着。
義仲寺 逢坂山関跡 三条大橋擬宝珠と鴨川
 今回は、石山から三条大橋まで歩き、今回の街道歩き第1弾(東海道五十三次・知立から京都まで)の完歩を目指す。 9時、JR石山駅を出発。 粟津・膳所と進み、9時35分、膳所城跡。 ここは、桜の名所だが、残念ながらまだ蕾。 10時、木曽義仲と松尾芭蕉の墓が並んで立つ義仲寺。 10時25分、大津宿・札の辻。 ここは、大津宿の中心地で、近くに大津宿本陣跡や露国皇太子遭難地碑が立っている。 ここから、蝉丸神社下社・上社を右に見て、ついに、10時55分逢坂山関跡に着く。 ここには、寛政6年の常夜灯と逢坂山関祉碑が立っており、ベンチやトイレも整備されている。 11時20分、奈良街道との分岐・追分。 11時35分、四之宮。 ついに京都市に入る。 11時55分、JR山科駅。 ここで12時15分まで食事休憩。 12時35分、寄り道になるが、天智天皇陵。 ここから上りになり、九条山を越えると、13時10分、蹴上に到着。 桜は五分咲き。 三条大橋まであとわずか。 時間もあるので、ここで花見散策を楽しむ事にする。 疎水のインクライン・南禅寺や疎水桜回廊十石舟めぐり船に乗り、桜を楽しむ。 14時45分、蹴上を出発。 三条通を西へ進み、15時10分、無事三条大橋に到着する。 「ついにヤッター!!」 三条大橋は天正18年秀吉によって完成されたと言れている。 現在の橋はコンクリート製だが、欄干の擬宝珠は往時のままで、池田屋騒動の時についたと言われる刀傷が残っている。・・・・・

 東海道五十三次・知立宿〜三条大橋(141・7km)を、6日かけて歩いた。 完歩出来た事の達成感と、準備段階や実際歩いて得る事が出来た情報や知識ついにが非常に多く、充実感を味わえた。 旧東海道は、一部を除き、車の通りも少なく、歩き易い街道だ。 又、懐かしい紅柄格子の家屋や商店。 数多くの名所・旧跡。 今まで、観た事が無い・知らなかった事を、観たい・知りたいと言う、好奇心を掻き立てる、街道歩きであった。

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東海道五十三次 「知立(池鯉鮒) 〜 東京」 を歩く

   
40番宿場・知立(池鯉鮒)から東京日本橋まで

6月17日(木) 晴

東海道東・1回目
東海道五十三次 知立(池鯉鮒)宿〜岡崎宿〜藤川宿〜赤坂宿(29・8km)

39番 岡崎宿 38番 藤川宿 37番 赤坂宿
 岡崎は徳川家康が生れた城で知られているが、以後豊臣秀吉の家臣・田中吉政によって城下町として整備された。 矢作川に橋を架け、東海道を城下に引き入れ、「二十七曲り」を作り上げた。府中・宮と並ぶ繁栄した宿場であった。 広重の「棒鼻」でも知られ、幕府直轄の宿場。紫むぎと藤の花の美しさが、道中記や古歌に多く詠まれている。 「ここもみかわ、むらさき麦の、かきつばた。芭蕉」
 棒鼻・・宿場の境界に立っていた棒机。
御油宿からわずか1・7kmと、東海道五十三次宿間の最短。幕府直轄の宿場であり、本宿峠の麓宿としての機能を持ち、御油宿同様に賑わった。御宿所・大橋屋は昔の趣きのまま、今でも営業している。
 7時15分 知立駅前出発。
 9時55分 八丁味噌
11時00分 二十七曲りの碑
12時00分 乙川を渡る
12時50分 藤川宿脇本陣
14時05分 名電山中駅
14時05分 本宿駅
15時20分 宮地山登山口
15時35分 名電赤坂駅
岡崎二十七曲りの碑@岡崎欠町 松並木@藤川宿手前の岡付近 御宿所・大橋屋(赤坂宿)
 街道歩きの第2弾として、東海道五十三次の内、知立(我家から一番近い宿場)から東京・日本橋まで歩く事にする。・・・

 今回、東海道東・第1回目は知立(40番)から赤坂(37番)まで歩く事にする。今回のコース中5割程度既に歩いてはいるが、コース完歩を目指す。 7時15分、名鉄知立駅前を出発。池鯉鮒宿本陣跡碑を後に、牛田・来迎寺と進み、7時55分沢渡川を渡り安城市に入る。今本・東栄・浜屋(明治用水記念碑・雲竜の松がある。)・宇頭茶屋・尾崎・柿崎と進み、9時05分岡崎市に入る。宇頭・暮戸・矢作と進み、9時40分矢作橋(街道一の大橋と言われた。)を渡る。八帖に入り、八丁味噌倉を過ぎ、10時00分板屋町角から岡崎城下二十七曲り(田中吉政は防衛の必要性から、屈折の多い、長い町並みを作り上げた。)に入る。各角には道標が有り、それに従い歩く。11時00分欠町に有る、岡崎二十七曲りの碑に着き、岡崎宿を出る。11時15分岡崎IC。11時20分から11時50分まで、大平で食事休憩。12時00分乙川を渡り、美合に入る。岡町から吉良道との分岐までの松並木は立派に残っている。12時50分藤川宿本陣跡。ここから、市場・舞木・山綱・本宿と進み14時05分本宿記念碑。ここから豊川市に入る。長沢を過ぎ、15時20分宮地山登山口に着く。ようやく今日の目的地・赤坂宿に到着した。大橋屋(現在も宿として営業している。)・赤坂宿跡等をカメラに納め、15時40分名電赤坂駅に無事到着。・・・・・

 今日は、暑く、日差しの強い中の街道歩きとなったが、松並木の日陰の有難さを実感した街道歩きでもあった。

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10月2日(土) 晴

東海道東・第2回目
東海道五十三次 赤坂宿〜御油宿〜吉田宿〜二川宿〜白須賀宿〜新居宿
 ( 36・2km )

34番 吉田宿 33番 二川宿 31番 新居宿
 三河随一の城下町として栄え、ことに宿場町の性格をもった札木町には、問屋・本陣・脇本陣等が集中していたが、戦災で往時の町並みは失われている。  東海道33番目の宿場町。現在でも江戸時代の町割りがほぼそのままの状態で残り、東海道筋ではここと草津だけに現存する本陣の遺構がある。  新居宿には、関所が有り、今切の関所ともいわれる。江戸時代は新居と舞阪間は船で往来しており、渡船場は関所構内に有り、数百艘の船を有していた。
 7時45分 名電赤坂駅出発
 9時50分 豊川放水路を渡る。
10時55分 吉田宿東惣門
12時00分 大岩 (30分食事休憩)
12時40分 二川駅
13時00分 二川本陣資料館
14時00分 県境を越え、静岡県に入る。
14時30分 潮見坂展望台
16時00分 JR新居駅到着
御油の松並木 潮見坂より遠州灘を望む 新居関跡・渡船場跡
 今回、東海道東・第2回目は赤坂宿(36番)から新居宿(31番)まで歩く事にする。 今回は、かなりの長距離(約37km)になるが、頑張ってコース完歩を目指す。 7時45分、名電赤坂駅を出発。 赤坂宿を後に、御油の松並木・御油宿・国府・小田渕・伊奈・小坂井と進み、9時50分、豊川放水路を渡る。 魚市場や瓜郷遺跡の有る下地を通り、10時25分、豊川に架かる、豊橋(幕府直轄の五大橋のひとつ。)を渡ると、吉田宿。 吉田宿の東海道は、吉田城跡を迂回するように、西惣門跡・問屋場跡・東惣門跡等と進み、11時00分、瓦町で終る。 ここから、R1号線沿いに進み、飯村一里塚から火打ち坂を上る。 12時00分から30分迄、大岩の蕎麦屋で食事休憩。 12時30分出発。12時40分、二川駅に着く。 ここから、新居駅迄、約16km。 この間、JRの駅は無い。 どうしても新居駅まで歩かねばならない。 頑張って歩き出す。 二川宿・JR東海道線・新幹線ガード下をくぐり、神鋼電機前からR1号線沿いに、キャベツ畑の中を源吾坂・三つ坂・進み、14時県境を越え、静岡県に入る。 ここから白須賀の町並み・潮見坂公園・潮見坂下と進み、14時45分、潮見坂を下る。 ここから、松並木の残る東海道を大倉戸・浜名と進む。 15時45分、ようやく今日の目的地、新居宿の新居関跡に無事到着。 新居関跡・渡船場跡等をカメラに納め、16時00分、JR新居駅に無事到着。・・・・・

 今日は、久し振りの、しかも長距離の街道歩きとなったが、無事、しかも良く歩いた。 心地よい疲れと、達成感に浸りながら帰路に着いた。

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10月27日(水) 曇

東海道東・第3回目
東海道五十三次  舞阪宿〜浜松宿〜目附宿〜袋井宿
 ( 35・8km )

30番 舞阪宿 天竜川 28番 見附宿(磐田市)
 幕領。浜名湖を前面にしたこの地は
早くから交通の要所で、すでに今川氏
時代に宿場の負担が課せられていた。
本陣2軒・脇本陣1軒・旅籠屋28軒。
 諏訪湖に源を発し、遠州灘に注ぐ長さ216kmの大河。あばれ川として知られ
ていた。 もちろん、昔は船渡しで、上・
中・下の三つの渡船場が有った。
 目附は、浜名湖の北を通り、御油宿
に達する姫街道の起点の地。 又、
奈良時代に築かれた遠江国分寺跡
が有り、昔からこの地の中心として栄
えていた。
 7時30分 JR弁天島駅出発。
 9時40分 二つ御堂
10時20分 連尺交差点(大手門跡)
11時35分 国1号バイパスを潜る。
12時00分 天竜川を渡る。
12時20分 長森(食事休憩25分)
14時00分 見附宿・旧見附小学校
15時15分 大田川を渡る。
16時05分 JR袋井駅到着。
北雁木(舞阪宿) 新天竜川橋・広い歩道橋 旧見附小学校(見附宿)
 今回、東海道東・第3回目は、舞阪宿(30番)から袋井宿(27番)まで歩く事にする。 今回も、かなりの長距離(約36km)になるが、頑張ってコース完歩を目指す。 7時30分、JR弁天島駅を出発。 まず舞阪宿の渡船場・北雁木、脇本陣、松並木を通り、8時05分、舞阪駅口を過ぎ、舞阪宿を後にする。 ここから東に、JR東海道線の南側を馬郡、坪井、篠原、高塚、増楽、若林、東若林と進み、9時40分、二つ御堂に到着。 ここから浜松市街地に入る。 新幹線とJR東海道線のガードを潜ると、まもなく浜松宿。 今や、ここは浜松駅やアクトタワーの繁華街に変わり、本陣跡等看板のみで、史跡は殆んど残っていない。 10時20分、連尺交差点に着く。 ここから街道は、90度東に曲がる。 10時30分、浜松宿を後にし、木戸、植松、和田、薬師と進み、11時35分、国1号バイパスのガードを潜ると天竜川の西の中野町だ。 12時、遂に天竜川に着く。 ここには、3本の橋「天竜川橋・新天竜川橋(下り)・新天竜川橋(上り)」が架かっており、その真ん中の新天竜川橋(注1)には広い歩道橋が設置されている。 この歩道橋を歩いたが、渡るのに13分程かかり、天竜川の川幅の広さには驚く。 12時20分、橋を渡り、長森の食堂で昼食。 12時45分出発。 長森、宮之一色、中泉と進み、13時30分見附宿に到着。 遠江国分寺跡、姫街道起点、旧見附小学校、見附天神と霊犬しっぺい太郎(注2)の像を見て、14時15分見附宿を後にする。 岩井で一時道を間違え、何人かに道を聞き、20分程、時間ロス。 15時15分大田川を渡る。 木原に入ると、遂に袋井市。 川合を過ぎ15時45分、袋井宿西本陣跡。 16時05分、JR袋井駅に無事到着する。・・・・・

今回も良く歩いた。予定のコースを無事完歩出来、心地よい疲れと、達成感に浸りながら、16時15分のJRで帰路に着いた。

 注1: 2006年11月新天竜川橋に広い歩道橋が出来た。それまでは歩道部分は無く、トラックがビュンビュン通る欄干沿いを歩いて渡るしかなく、東海道五十三次中、一番危険な場所と言われており、路線バスで渡る人が殆んどだった。

 注2: 見附に人身御供を要求する妖怪がいて、村人は苦しんでいた。 旅の僧から信州・駒ヶ根の光前寺に霊犬・悉平(シッペイ)太郎がいることを聞き、その犬を借受け、妖怪を退治したと言う伝説が残っている。御礼に送られた教本は、光前寺の秘宝として残っている。

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11月2日(火) 晴

東海道東・4回目
東海道五十三次 袋井宿〜掛川宿〜日坂宿〜金谷宿〜島田宿
(32・2km)

27番 袋井宿 26番 掛川宿 25番 日坂宿
 江戸と京のちょうど中間の宿場。近くに油山寺・可睡斎・法多山の遠州三山が有る。「東海道どまん中ふくろい」のキャッチフレーズに町づくりを推進している。  山内一豊が掛川城を整備拡大した城下として栄えた。名産は葛布。葛から採った繊維で織り上げる布。現在でも織元が残り、生産されている。  日坂宿は山間の小さい宿場。今も江戸時代の町割がそのまま残っており、宿場の雰囲気をたっぷり残している。扇屋本陣跡は、日坂宿のシンボルとなっている。
 8時05分 JR袋井駅出発。
 8時55分 富士浅間宮赤鳥居
 9時05分 同心橋(掛川市に入る)
 9時30分 掛川バイパスを潜る
10時20分 JR掛川駅口
10時35分 掛川七曲りを抜ける
11時30分 伊達方一里塚
11時50分 事任八幡宮
12時00分 日坂・扇屋本陣跡
ど真中・袋井宿 掛川城 日坂の扇屋本陣跡
小夜の中山峠 24番 金谷宿 23番 島田宿
 小夜の中山峠は、箱根・鈴鹿峠とともに東海道3大難所と言われ、特に東の青木坂と西の沓掛の急勾配に、旅人は泣かされたであろう。小夜の中山公園がある。  西に小夜の中山峠、東に大井川と二つの難所に挟まれ、川越しの宿場として栄え、金谷本宿と河原町の二つの町で構成されていた。  島田宿は、西に大井川の難所を控え、川越を待つ人々で賑わった宿場。大井川近くには、往時を偲ばせる家並みが有る。旅人は博物館辺りから川越えした。
12時20分 小夜の泣き石
12時50分 小夜の中山公園
13時20分 菊川坂・上り石畳口
13時45分 金谷坂・下り石畳口
14時00分 JR金谷駅
14時20分 大井川鉄道線路を渡る
14時30分 大井川を渡る
15時15分 JR島田駅口
15時55分 JR六合駅到着
小夜の中山峠より富士山を望む 金谷坂・石畳上り口 新大井川橋・歩道橋
 今回、東海道東・第4回目は、袋井宿(27番)から島田宿(23番)の先・JR六合駅まで歩く事にする。 今回も、かなりの長距離(約33km)になるが、頑張ってコース完歩を目指す。 8時05分、JR袋井駅を出発。 まず「東海道ど真中袋井」のキャチフレーズの目立つ袋井宿を後に、8時30分七ツ森神社。8時55分富士浅見宮赤鳥居と進み、9時05分同心橋を渡り掛川市に入る。東名高速と掛川バイパスを潜り、逆川沿いに進み、9時55分大池橋を渡ると掛川市街地に入る。 10時20分JR掛川駅口。掛川城の大手門や天守閣を左に見ながら、掛川宿を行く。 10時35分外敵攻撃を守る為、街道は右に左にと曲がり、迷路の様な新町七曲りを抜ける。掛川宿を後に、葛川・伊達方とR1号線沿いに進み、11時50分事任(ことのまま)八幡宮。ここでR1号線の陸橋を渡り、日坂宿に向う。12時00分、今は幼稚園になっている日坂宿の扇屋本陣。12時05分日坂バイパスを潜ると道は沓掛と呼ばれる急坂になる。12時20分、急坂を登り切った小夜の泣き石付近で食事休憩。12時30分出発。茶畑の中の道を進む。12時50分小夜の中山公園。展望台から霞んではいるが、頂上が白い帽子を被った富士山が大きく望める。素晴らしい。13時00分中山公園を出発。ここから菊川の里まで青木坂と呼ばれる急坂を下る。菊川の里に入り、13時20分菊川坂の上り入口から、石畳道(丸石を敷き詰めた道)を上る。13時45分今度は金谷坂の下り入口から、石畳道を下る。坂の途中には、すべらず地蔵尊・石畳茶屋等がある。金谷坂・石畳を終え、14時00分JR金谷駅に着く。金谷市街を通り、14時20分大井川鉄道線路を渡る。14時30分大井川橋に到着。大井川はさすがに大河だ。大井川橋には立派な歩道橋が整備されており、長い歩道橋を13分程かけて渡る。14時50分、過っての川越え広場(島田博物館前)。ここから島田宿大井川川越遺跡を通り、15時15分JR島田駅口。15時40分栃山橋を渡ると、まもなくJR六合駅。15時55分、無事本日の予定地・JR六合駅到着。・・・・・

本日も良く歩いた。特に二つの急勾配の上り(沓掛・菊川坂)と下り(青木坂・金谷坂)を越え、予定通り完歩出来た達成感に浸りながら、16時05分のJRで帰路に着いた。

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11月11日(水) 晴

東海道東5回目
東海道五十三次  藤枝宿〜岡部宿〜丸子宿
(29・4km)

22番 藤枝宿 21番 岡部宿 20番 丸子宿
 田中城の城下町。 田沼街道・高根街道・瀬戸谷街道の交通の要所として栄えた。西木戸から東木戸まで2kmと長い宿場であった。  幕領の小さな宿場。 旅籠の大きな物が少なく、大名行列が宿泊の場合、隣りの宿場から夜具を借りて間に合わせるほどであった。  現在でもとろろ汁が名物。老舗・丁字屋は今でも繁盛している。(この日水曜日は定休日)幕領で安倍川の川越を扱い、川越人足も多くいた。
 8時35分 JR六合駅出発
 9時45分 勝草橋。藤枝宿に入る。
10時15分 藤枝宿の出口、東木戸跡
11時02分 岡部宿に入る。
11時45分 大旅籠・柏屋(食事)
13時00分 道の駅(岡部側)
13時25分 宇津ツ谷峠
14時35分 丸子宿・本陣跡
15時15分 JR安倍川駅到着
大旅籠柏屋 @岡部宿 明治トンネル @宇津ノ谷峠 丸子・丁字屋
 今回、東海道東・第5回目は、JR六合駅から丸子宿(20番)の先・JR安倍川駅まで歩く事にする。 今回も、かなりの長距離(約30km)と宇津ツ谷峠越が有るが、頑張ってコース完歩を目指す。 8時35分、JR六合駅を出発。8時43分藤枝市に入る。藤枝・上青島辺りには、松並木が目立つ。9時30分藤枝駅口。ここでR1号を渡る。9時45分勝草橋を渡ると藤枝宿に入る。藤枝宿は、西木戸から東木戸まで非常に長い宿場で、今では、さわやか通り商店街になっている。10時15分東木戸跡を後にする。10時30分水守交差点を渡り、須賀神社の大楠・法の橋・横内橋と進む。11時03分藤枝バイパスを渡ると、岡部宿に入る。ここから岡部の松並木が続く。11時20分、岡部総合案内所で岡部宿・宇津ツ谷峠散策マップを頂き、丁寧な説明を受ける。「ありがたい。」11時45分岡部宿・大旅籠柏屋。ここの食事処で名物・自然薯とろろそばを頂く。「美味い」・・・ 12時35分、散策マップを手に、宇津ツ峠越えに出発。13時00分岡部側・宇津ツ峠道の駅。ここからR1号バイパスを潜り、つたの細道(*注1)との分岐を左折。砂利道の旧東海道の急坂を上る。峠近くの、坂下(道標)を左折し、ノスタルチックな気分になる峠直下の明治のトンネル(*注2)を通る。国の登録文化財に指定されており、きれいに管理されている史跡だ。宇津ツ谷の家並・十団子の碑等を通り、13時45分静岡側・宇津ツ峠道の駅に到着。ここでつたの細道と合流する。14時30分丸子橋を渡り丸子宿に入る。まずとろろ汁老舗・丁子屋。現在でも営業しているが、残念だが、今日水曜日は定休日。15時東海道から分かれ、JR安倍川駅へ。15時15分、JR安倍川駅に無事到着。・・・・・

 本日も良く歩いた。特に昔の面影を多く残した、岡部宿から宇津ツ谷峠・宇津ツ谷の集落等見所一杯の散策はもう一度、ゆっくり歩きたいコースだ。予定通り完歩出来た達成感に浸りながら、JRで帰路に着いた。

*注1:平安・鎌倉・室町期にかけての主要道路。伊勢物語に出てくる。現在ハイキングコースとして整備されている。旧東海道     の峠道は、豊臣秀吉が小田原攻めの時、多くの兵を通す為、拓いたと言われている。

*注2:明治9年、宇津ツ谷峠に初めて出来たトンネル。日本初の有料トンネルでしたが、失火により岩壁が崩落し、通過出来     なくなった。明治27年、県の事業によりレンガで固められ、現在のトンネルに生まれ変わった。国の登録文化財に指定     されており、ノスタルチックな気分に浸れる史跡。

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1月20日(木) 晴

東海道東6回目
東海道五十三次  府中宿〜江尻宿〜興津宿〜由比宿
(32・4km)

19番 府中宿 18番 江尻宿 17番 興津宿 16番 由比宿
現在の静岡市。昔から駿河の国の政治・経済の中心地で有った。また宿場町・城下町・浅間神社の門前町でもあった。 巴川のほとりに出来た宿場。清水湊に隣接し、川や海の交通が盛んであった。江尻は巴川の尻(下流)が由来。 東の由比宿との間には、難所で知られた薩埵峠があり、旅人にとっては、重要な宿場であった。 由比は、昔製塩等が行われていた、のどかな農漁村であった。往時の建築様式を残す民家も多い。
 8時50分 安倍川駅出発
 9時30分 安倍川を渡る
10時30分 春日駅
11時30分 東名高速潜る
12時07分 草薙神社鳥居
12時40分 清水道追分
13時00分 稚児橋
13時24分 辻町
13時40分 庵原川を渡る
14時00分 清見寺
14時20分 JR興津駅
14時35分 興津川を渡る
15時00分 薩埵峠
15時50分 JR由比駅
16時15分 由比本陣公園
16時40分 JR蒲原駅到着
安倍川橋 清見寺 富士山 @薩埵峠
 今回、東海道東・第6回目は、JR安倍川駅から由比宿(20番)の先・JR蒲原駅まで歩く事にする。 今回も、かなりの長距離(約32km)と薩埵峠越が有るが、頑張ってコース完歩を目指す。 8時50分、JR安倍川駅を出発。 9時13分東海道に入る。 今日は上天気。 正面に富士山が望める。 富士山を眺めながらの街道歩きが出来そう。 楽しみだ。 9時30分安倍川を渡る。 ここから府中宿に入る。 札之辻址・県庁・市役所・新静岡駅前等の静岡市中心街を通り、10時20分春日1丁目交差点で府中宿を出る。 ここから、静岡鉄道沿いに進み、11時15分古庄でJR新幹線・東海道線を地下道で潜る。 旧東海道記念碑・県総合運動公園駅を通り11時30分東名高速道を潜る。 11時33分レストランに入りパスタランチを頂く。 何時も感じる事だが、昼食は街道歩きの大きな楽しみの一つだ。 「美味い。」 12時午後の街道歩きに出発。 12時07分、ヤマトタケルの伝説で有名な草薙神社の鳥居前。 12時35分、JR東海道線を渡る。 ここから清水道との追分道標や名物 「追分羊羹」 老舗を通り、13時、稚児橋を渡ると江尻宿に入る。 JR清水駅前を通り、13時24分、辻町でR1号線と合流し興津へ向う。 13時40分、庵原川・13時50分JR東海道線を渡る。14時05分清見寺(白鳳時代・清見関所が設けられた時の仏堂。五百羅漢・臥龍梅が有名。)。 14時20分JR興津駅前。 14時35分興津川を渡る。 ここから薩埵峠への登りが始まる。 ここはハイキングで人気があるコース。 十数人のハイカーや20人程の2グループとすれちがう。 15時薩埵峠に到着。 お目当ての富士山は、今回もまた雄姿を見せてくれた。 名残惜しいが、富士の雄姿をカメラに納め、みかん畑の峠の坂道を下る。 15時50分、JR由比駅。 16時15分由比本陣公園。 桜えびを土産に購入。 16時40分無事JR蒲原駅に到着。・・・・・

 今日も良く歩いた。 今日は寒い日であったが、風も無く上天気で、時々望める富士山の雄姿に、後押しされての街道歩きを楽しめた。 予定通り完歩出来た達成感に浸りながら、JRで帰路に着いた。

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2月3日(木) 晴

東海道東7回目
東海道五十三次 蒲原宿〜吉原宿〜原宿〜沼津宿
(35km)

15番 蒲原宿 14番 吉原宿 13番 原宿 12番 沼津宿
富士川の船運で、米や塩の輸送基地として栄えた宿場町。町並みは、古い街道の面影を残している。 津波の為、三度も宿場を移転している。低地のヨシの茂った原っぱから、吉原宿と言う。名勝左富士がある。 原と言う地名は、浮島ヶ原から由来する。幕領で、海辺で漁業が盛んな為、将軍家の魚の御納屋御用を務めた地。 沼津藩水野氏の城下町。狩野川沿いの宿場であり、水運が盛ん。古くから港町として栄えた。
 9時30分 JR蒲原駅出発
 9時50分 蒲原宿
10時25分 富士市に入る
11時00分 富士川
11時33分 JR富士駅口
11時55分〜12時20分食事
12時40分 志けん橋
13時12分 名勝左富士
13時43分 毘沙門天
14時30分 沼津市に入る
15時20分 JR原駅口
15時53分 JR片名駅口
16時24分 藩領榜示杭
16時40分 浅間神社
16時50分 大手町
17時00分 JR沼津駅到着
富士山 @富士川橋 工場屋根上の富士山 @名勝左富士 富士山 @千本松原
 今回、東海道東・第7回目は、JR蒲原駅から沼津宿(12番)のJR沼津駅まで歩く事にする。 今回も、かなりの長距離(約35km)で有るが、頑張ってコース完歩を目指す。 幸い今日は上天気。 富士山に一番近い所を通るコースの為、富士山を眺めながらの街道歩きが楽しめる。 楽しみだ。 9時30分、JR蒲原駅を出発。 9時50分蒲原宿に入る。 大正時代の洋館や・なまこ壁の家等,古い街道の面影を残す、懐かしい町並みが残っている。 10時25分、蒲原から富士市に入る。 ここから富士山が正面に雄姿を現す。 素晴らしい。 11時富士川橋の歩道橋を渡る。 ここからの富士山は遮るものも無く見事だ。 「私の私見だが、東海道の中で、富士川からの富士山が一番の絶景だと思う。」 11時55分〜12時20分、富士市・塔の木で昼食。 12時40分志けん橋。 ここから吉原宿に入る。 13時12分、名勝左富士 (江戸から京都に向う中で、富士山は常に右に見て行く。 ここでは道のひずみから、松並木の左に見え 左富士」 呼ばれ、街道の名勝となった。)。 今では、富士山も工場の屋根の上に、山頂部を見せるだけの風景に変わった。 13時43分毘沙門天妙法寺。 14時12分、JR東田子の浦駅口を過ぎ、14時30分沼津市に入る。 ここから海岸線沿いに千本松街道を行く。 見事な松並木の防風林と駿河湾の海岸線は見事だ。 15時20分JR原駅口。 15時53分片浜駅口。 16時24分、ついに沼津藩領榜示杭を越える。 沼津宿に入り浅間神社、大手町を経て、本日の目的地JR沼津駅に、17時到着。 17時20分のJRで帰路に着いた。 ・・・・・

今日も良く歩いた。 今日は全国的に晴マークの上天気。素晴らしい富士山の雄姿に、後押しされての街道歩きを楽しめた。 予定通り完歩出来た達成感に浸りながら、JRで帰路に着いた。

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3月2日(水)〜3日(木)

東海道東8回目
東海道五十三次 沼津宿〜三島宿〜箱根宿〜小田原宿〜二宮
(48.3km)

 3月2日(水) 沼津宿〜三島宿〜箱根峠・箱根宿〜箱根・畑宿
12番 沼津宿 11番 三島宿 10番 箱根宿
 沼津藩水野氏の城下町。狩野川沿いの宿場であり、水運が盛ん。古くから港町として栄えた  この宿の特長は「水」。宿場の山側の小浜池、菰池には、富士山の雪解け水がこんこんと湧き出している。  険しい急坂で街道一の難所であり、「出女」のきびしい取り締りの関所が設置された芦ノ湖畔の宿。
 8時45分 JR沼津駅出発。
 9時25分 黄瀬川を渡る。
10時10分 三島神社。
12時35分 山中城跡。
13時25分 接待茶屋。
14時00分 箱根峠。
14時45分 箱根関所。
15時30分 甘酒茶屋。
16時10分 畑宿本陣跡到着。
三島大社 箱根峠 箱根関所跡
  今回、東海道東・第8回目は、いよいよ箱根峠越えに臨む為、1泊2日の日程で、JR沼津駅からJR二宮駅(小田原と大磯宿の間の宿)まで歩く事にする。 今日は、JR沼津駅から、三島、最大の難所・箱根峠を越え、箱根湯本温泉までのコース完歩を目指す。 天気予報では上天気の予報であったが、沼津に着いた時には、今にも降り出しそうな曇り空。 天気の回復を祈りつつ8時45分JR沼津駅を出発。 狩野川沿いに東に向かい、9時25分、黄瀬川を渡り清水町に入る。 黄瀬川の東の八幡宮に源頼朝・義経の対面石が有る。 10時10分三島大社。 箱根越えの無事を祈る。 10時30分JR東海道線を渡ると、いよいよここから、箱根旧街道の入口に入る。 石畳の急坂が始まる。 今井坂・愛宕坂・臼転坂と進み、11時過ぎから雨が降り出す。 急いで山用の上下雨具を付ける。 雨の坂道歩きは特別問題はないが、ただ石畳は滑らぬ様に注意しながらの歩きになるので歩き辛い。 12時35分山中城跡に到着。 この辺から雪の混じる小雨になる。 気温がかなり下って来たようだ。 防寒具を着込む。 13時25分接待茶屋から最後の甲石坂を上り、13時40分〜13時55分、兜石休憩所で小休止。 おにぎりを頂く。 ここはもう箱根峠の一部。 14時15分箱根峠エコパーキング。 ガスがかかって来た。 地図で位置を十分確認しながら、慎重にR1号線沿いに進み、14時30分、道の駅の手前の箱根旧街道入口から石畳の杉並木の急坂を下る。 14時45分、箱根関所跡。 元箱根・賽の河原から、再び箱根旧街道を滑らぬ様注意しながら、小雪がちらつく薄暗い石畳の街道を下る。 昔、箱根の坂道は雨が降るとすねまでつかる泥道となるため、排水を考えた見事な石畳が敷かれた様だ。 15時30分甘茶茶屋。16時10分畑宿本陣跡。 ここから今日の宿泊地湯本温泉まで1時間はかかる。 ちょうど、16時18分湯本温泉駅行きのバスが有るので、バスで湯本温泉へ向う。・・・

 今日の、石畳の箱根峠越え。想像以上に良く歩いた。  又、箱根峠は、「箱根の山は天下の剣。・・・昼なお暗き、杉の並木。・・・」 と歌われている通り街道一の難所で有る事が実感できた、思い出に残る街道歩きになった。

 3月3日(木) 箱根・畑宿〜小田原宿〜二宮
畑宿・湯本 9番 小田原宿 二宮(間の宿)
 湯本は、箱根七湯の一つで古くから賑わっている代表的な湯治場。畑宿は寄木細工作りで有名。  江戸時代、大久保氏十一万石の城下町。箱根の山越え・関所を控えた宿場として大いに栄えた。  大磯宿と小田原宿の距離が長いことから作られた、間の宿二宮。「梅沢の立場」と呼ばれ、賑わった。
 6時40分 畑宿本陣跡出発。
 7時50分 湯本・早雲寺。
 8時00分 湯本・三枚橋。 
 8時55分 小田原・板橋見附。
 9時10分〜30分 小田原城跡
10時15分 酒匂川を渡る。
11時05分 JR国府津駅前
11時10分〜35分 食事
12時40分 JR二宮駅到着。
旧街道・石畳 小田原城 酒匂川河口
 朝6時、湯本温泉の宿をチエックアウト。バスで畑宿本陣跡に向い、6時40分、畑宿本陣跡を出発。今日は曇っているが、山の上の方は白くなっている。急坂の石畳の道と旧国道を下り、7時00分女転がし坂、ここを過ぎると、急坂の石畳道は終る。 7時50分湯本温泉・早雲寺。 8時00分湯本・三枚橋でR1号線と合流。 以後小田原までR1号線の路肩歩道を歩く。 8時55分小田原・板橋見附。 9時10分〜35分まで小田原城跡を散策。 小田原に入ってから天気も晴れ出し、青空に映える天守閣が見事だ。 10時15分酒匂川を渡る。 11時03分、JR国府津駅口。 11時10分〜35分まで、少し早いが食事休憩。 11時54分大山道入口道標。 12時40分、JR二宮駅(間の宿・二宮)に到着。 今日はここまで。 12時51分のJRで帰路に着いた。・・・

 残り日本橋まで74km。いよいよゴールが見えて来た。

 *箱根峠から川崎宿までの地図は神奈川東海道ルネッサンス推進協議会発行の「宿場マップ」を使用する。

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3月9日(水)〜10日(木)

東海道東9回目
東海道五十三次 二宮・大磯宿〜平塚宿〜藤沢宿〜戸塚宿〜保土ヶ谷宿〜神奈川宿〜川崎宿
(55km)

 3月9日(水) 二ノ宮〜大磯宿〜平塚宿〜藤沢宿
8番 大磯宿 7番 平塚宿 6番 藤沢宿
 松並木は休息の場として東海道開通と同時に整備された。近年、都市開発で減少。これほどの規模で松並木が見られる宿場は大磯宿周辺のみ。  北条氏が城郭を築いたところから発展した町。相模川を利用した物資の集散地。東海道・中原街道・八王子道の交通の要所として栄えた宿場。  踊念仏で知られる一遍をを開祖とする、時宗の総本山遊行寺の門前町として、又江ノ島に近く、行楽や弁財天参拝でも賑わった宿場。
11時20分 JR二宮駅出発。
12時00分 大磯城山公園
13時00分 花水橋を渡る。
13時28分 JR平塚駅前
13時45分 相模川を渡る。
14時35分 JR茅ヶ崎駅前
15時28分 藤沢市に入る。
15時57分 引地川を渡る。
16時25分 藤沢・遊行寺橋到着。
大磯城山公園 高麗山と花水橋 茅ヶ崎の松並木
 今回、東海道東・第9回目は、JR二宮駅から、いよいよゴール手前のJR川崎駅まで、1泊2日の行程で歩く事にする。 今日は、JR二宮駅から、藤沢宿(6番)までの完歩を目指す。 今日は青春18切符利用の為、二宮駅到着は11時18分と遅くなる。 熱海駅で駅弁を買い、車内で昼食を済ます。 11時20分、JR二宮駅出発。 12時00分、大磯城山公園。 この辺りから、化粧坂公園まで、今も変わらぬ美しい松並木が残っている。 13時、金目川に架かる花水橋を渡る。 後に、広重の絵に出てくる「高麗山」が見える。 ここから平塚宿に入る。 本陣跡・江戸見附跡と過ぎ、13時28分JR平塚駅前。 13時45分相模川を渡り茅ヶ崎に入る。 14時16分、南湖左富士の碑。 ここでは、京に向う時、吉原宿と同様に「左富士」が見える名所。 14時35分茅ヶ崎駅口。 茅ヶ崎ではR1号線沿いの松並木が残る歩道を行く。 15時28分藤沢市に入る。 15時37分四ツ谷分岐でR1号線と分かれる。 15時57分引地橋を渡る。 16時11分、小田急江ノ島線を渡り藤沢宿に入る。 16時25分今日の目的地・遊行寺橋に無事到着する。・・・・・

今日は、出発時間が遅くなったが、天気も良く、快適に予定通り歩けた。 明日は、川崎宿までかなりの長距離、出来るだけ早く出発し、完歩を目指す。
 3月10日(木) 藤沢宿〜戸塚宿〜保土ヶ谷宿〜神奈川宿〜川崎宿
5番 戸塚宿 4番 保土ヶ谷宿 3番 神奈川宿
 昔の旅の1日の行程は10里。戸塚は江戸からこの10里の距離にある宿場。又江戸よりの「権太坂」と京よりの「大坂」の二つの難所に挟まれており賑わった。  江戸を出て最初の難所と言われる急坂「権太坂」の手前に有った宿場。 旅人の多くは保土ヶ谷宿で休息し、急坂越えに挑んだ。  海沿いの東海道有数の景勝地「袖ヶ浦」を臨み、行楽地としても栄えた宿場町。 1858年の日米修好通商条約締結後、開港場としても賑わった。
 6時22分 遊行寺橋出発。
 8時00分 富塚八幡宮。
 9時33分 品濃坂。
10時25分 権太坂。
11時30分〜12時 浅間(食事)
12時25分 青木橋(JR線)渡る。
13時25分 生麦事件碑。
14時10分 鶴見川を渡る。
15時00分 JR川崎駅到着。
時宗総本山・遊行寺 品濃坂から富士山を望む。 鶴見川橋
 6時00分、ホテルをチエックアウト。 6時20分、遊行寺橋を出発する。 遊行寺・諏訪神社前を通り、道は上りが続く。 6時50分、藤沢バイパスと合流。 さらに7時40分、横浜新道との分岐まで 「大坂」 と呼ばれる上り坂は続く。 8時00分、戸塚・富塚神社。 戸塚の市街地を通り、8時30分、JR戸塚駅地下街を通り抜ける。 8時55分不動坂。 9時17分、東戸塚駅入口まで、ほぼR1号線沿いに進む。 ここから住宅街を品濃坂に向うも、道に迷う。 地元の方に教えて頂き無事、9時45分、環状2号に架かる歩道橋より、品濃坂に入る。 品濃一里塚・焼餅坂・境木地蔵を通り、10時25分、権太坂を下る。 境木地蔵近くに「投込み塚の碑」がある。 旅の半ばにして、行き倒れた人を埋めた碑がある。 昔の旅の厳しさを痛感する。 10時30分元町ガードからJR線沿いに進み、11時58分、保土ヶ谷本陣跡よりJR線を渡り、保土ヶ谷商店街を行く。 保土ヶ谷駅前・帷子橋を通り、11時30分〜12時00分まで、浅見神社近くで食事休憩。 12時00分、浅見下。 西口ランプ入口・神奈川関門の碑・青木橋(JR線を渡る。)を通り、12時35分、中央市場入口。 ここからR15号線沿いに進む。 余談だが浦島町・子安一付近はラーメン屋が非常に多い。 「食事をここまで我慢すれば良かった。残念。」 13時25分、キリンビール横浜工場横の生麦事件碑 (1862年、ここ生麦村で薩摩・島津久光の行列に遭遇したイギリス人4名が、無礼のかどで切り付けられた事件。 国際問題に発展。 薩英戦争の原因にもなった。)。 13時56分、東急鶴見駅。 鶴見神社・鶴見川橋と進み、14時27分、川崎市・東急八丁畷駅。 14時45分、今日の目的地・川崎宿・砂子に無事到着する。 (15時00分JR川崎駅到着。15時25分のJRで帰路に着いた。)・・・・・

 今回も予定通り、良く歩けた。 後、日本橋まで20km 4〜5時間。 ゴールが楽しみだ。!!

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10月16日(日)晴

東海道東10回目(最終回)
東海道五十三次 川崎宿〜品川宿〜日本橋(ゴール)
(20km)

2番 川崎宿 1番 品川宿 ゴール 日本橋
 品川宿と神奈川宿の間が長いので、作られた宿場。 多摩川を渡る六郷の渡しを控えた宿場であり、又、川崎大師が近く、昔から参拝客で賑わった宿場。  品川宿は江戸を出て最初の宿場。 江戸の玄関口として何時も賑わっていた宿場。 宿場の中心は今の北品川駅付近で、今も商店街として賑わっている。  東海道五十三次の起点。日本橋のセンターライン上に道路原票が埋め込まれ、東海道(R1号、R15号)、日光・奥州街道(R4号)、水戸街道(R6号)、中山道(R17号)、甲州街道(R20号)の起点である。
 9時00分 川崎・砂子出発。
10時00分 東急鎌田駅
10時55分 平和島競艇場
11時45分 品川寺
12時00分〜40分 北品川(食事休憩)
13時15分 泉岳寺
13時50分 芝4丁目
14時40分〜15時 銀座8丁目〜京橋
15時15分 日本橋到着。
日本橋にて 日本国道路元標 @日本橋中央部 日本橋にて
 今年3月10日に川崎宿まで歩き、ゴール日本橋まで20kmを残すのみとなった。 3月中に東海道ラスト・ウオークを歩く予定であった。 翌日(3月11日)、思いもよらぬ東日本大震災が有り、東海道ラスト・ウオークを延期して来た。 今回、震災後7ヶ月過ぎ、10月16日に東海道ラスト・ウオークを計画した。

10月16日(日) 晴
 今回、東海道東・第10回目は、川崎・砂子1丁目から、いよいよゴールの日本橋まで20kmを歩く事にする。 尚、今日は息子夫妻が同行してくれる事となり、より楽しいラスト・ウオークとなった。 朝9時、川崎・砂子1丁目で集合し、日本橋に向け出発する。 程無く進み、多摩川に架かる新六郷橋を渡ると東京都に入る。 道はほぼR15号線沿いに進み、迷うことは無い。 六郷、雑色、蒲田、大森と進み、10時55分、平和島競艇場。 11時00分、しながわ水族館。 ここから品川区に入る。 鈴ヶ森刑場遺蹟、涙橋、品川寺、品川本陣跡等と進む。 12時00分、北品川駅近くの老舗てんぷら屋(三浦屋)で天丼を頂く。 美味い。 12時40分、北品川を出発。 あとゴールまで8kmだ。 踏切、八ッ山橋を渡り、品川駅前を通り高輪へ。 13時15分、赤穂浪士の墓の有る泉岳寺に参拝。 その後、三田、芝、大門、新橋と進む。 14時40分、銀座8丁目から歩行者天国で賑わっている銀座中央通りを行く。15時00分京橋跡。 八重洲通りを渡り、高島屋を過ぎ、遂に15時15分、東海道のゴール・日本橋に到着。 「ヤッター。!!」 日本橋は、重厚な石橋であり、橋の中央部センターライン上に、日本国道路元票が埋め込まれている。 つまり日本の主要道路の起点となっている、日本を代表する橋である。 実際、橋そのものは堂々たる風格を備えているが、残念な事に、東京オリンピックの年に完成した高架道路で景観は台無しになっている。何とかならないものか。!!・・・・・

 東海道五十三次・知立宿〜日本橋(約350km)を、12日かけて歩いた。 完歩出来た事の達成感と、準備段階や、実際歩いて得た情報や知識が非常に多く、充実感を味わえた。 天竜川・大井川・富士川等には立派な歩道橋が架かっており、安全に歩けた。 小夜の中山峠、宇ッ津峠、箱根峠等も、無事予定通り歩けた。 街道歩きも回を重ねるに付け、1日30km近くのペースで歩く事が出来た。 数多くの名所・旧跡。 今まで、観た事が無い・知らなかった事を、観たい・知りたいと言う、好奇心を掻き立てる、街道歩きであった。 今回のラスト・ウオークは、息子夫妻が同行してくれ、最高の思い出深い物ととなった。・・・・・

多摩川 @六郷橋(六郷渡し)より 高輪 泉岳寺 歩行者天国 @銀座にて
 東海道五十三次 (知立〜京都三条大橋) (知立〜東京日本橋) ウオークの軌跡
 NO    年  月  日       宿場名  〜   宿場名      距 離    出発駅  〜  帰宅駅
   1  2010 02 04    39番 知立宿  〜  41番 宮宿    19・7km   名鉄・知立 〜 JR・熱田
   2  2010 02 08    42番 桑名宿  〜  45番 庄野宿    24・9km   JR・桑名  〜 JR・加佐登
   3  2010 02 21    45番 庄野宿  〜  47番 関宿    17・1km   JR・加佐登 〜 JR・関
   4  2010 03 08    47番 関宿   〜  50番 水口宿    30・1km   JR・関宿 〜 近江・水口城南
   5  2010 03 17    50番 水口宿  〜   石山    32・7km  近江・水口城南 〜 JR・石山
   6  2010 03 30         石山  〜  京都・三条大橋    17・2km   JR・石山 〜 JR・京都
   7  2010 06 17    39番 知立宿  〜  36番 赤坂宿    29・8km  名鉄・知立 〜 名鉄・名電赤坂
   8  2010 10 02    36番 赤坂宿  〜  31番 新居宿    36・2km  名鉄・名電赤坂 〜 JR新居町
   9  2010 10 27    30番 舞阪宿  〜  27番 袋井宿    35・8km  JR・弁天島  〜  JR・袋井
  10  2010 11 02    27番 袋井宿  〜  23番 島田宿    32・2km  JR・袋井   〜   JR・六合
  11  2010 11 11    22番 藤枝宿  〜  20番 丸子宿    29・4km   JR・六合  〜  JR・安倍川
  12  2011 01 20    19番 府中宿  〜  16番 由比宿    32・4km   JR・安倍川 〜  JR・蒲原
  13  2011 02 03    15番 蒲原宿  〜  12番 沼津宿    35・0km   JR・蒲原   〜  JR・沼津
  14  2011 03 02    12番 沼津宿  〜  10番 箱根宿             JR・沼津   〜  湯本(泊)
  15  2011 03 03    10番 箱根宿  〜    二宮    48・3km   湯本     〜   JR・二宮
  16  2011 03 09        二宮    〜   6番 藤沢宿             JR・二宮  〜   藤沢(泊)
  17  2011 03 10     6番 藤沢宿  〜   2番 川崎宿    55・0km   藤沢     〜   JR・川崎
  18  2011 10 16     2番 川崎宿  〜   東京・日本橋    20・0km   JR・川崎  〜   JR・東京
        495・8km  
参考資料:東海道五十三次街道歩きマップ
滋賀県・・・・・・・・・・・「近江東海道中絵巻」 近江歴史回廊推進協会発行
鈴鹿峠〜箱根峠・・・「東海道さんさくマップ」 中部建設協会発行
神奈川県・・・・・・・・・「宿場マップ 歩く・知る・発見する・東海道」 神奈川東海道ルネッサンス推進協議会発行
東京都・・・・・・・・・・・「東海道」 東京国道事務所発行
 以上マップは、発行元に連絡すれば入手可能。

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