東海道五十三次 「知立(池鯉鮒) 〜 京都」 を歩く
ちりゅう

40番宿場・知立(池鯉鮒)から京都三条大橋まで

2010年2月4日(木) 立春

東海道五十三次 知立(池鯉鮒)〜宮 (19・7km 26400歩)

(40番)知立(池鯉鮒)・首夏馬市 (41番)鳴海・名物有松絞 (42番)宮・熱田神事

この地の知立神社の池に多くの鯉や鮒がいたので、地名となった。毎年初夏に行なわれる馬市は有名で、この馬市の様を描いた絵。

鳴海宿の隣りの有松の有松絞は有名。 今も昔の絞屋の店を偲ばせる家並みが残っている。 宮の宿は熱田神宮の門前町。桑名への七里の渡しの港町。佐屋路や美濃路の分岐点。街道一の宿場町として栄えた。この絵は、熱田神宮の夜の馬追い神事を、描いている。
7時50分 知立駅前出発
8時50分 境川(三河と尾張の境)を渡る
10時   有松
10時40分 鳴海・11時天白川を渡る
11時15分 笠寺(30分休憩)
12時15分 山崎川を渡る
12時35分 裁断橋祉(食事休憩1時間)
14時    宮・七里の渡し到着。
笠寺観音 裁断橋祉・姥堂・どどいつ発祥の地 宮宿・七里の渡し
 これから、街道歩きも始め様と思い立つ。 まずその第1弾として、東海道五十三次の内、知立(我家から一番近い宿場)から京都・三条大橋まで歩く事にする。・・・・・

 今回、第1回目は知立(40番)から宮(42番)まで歩く事にする。 7時50分名鉄知立駅前を出発。池鯉鮒宿本陣跡碑を後に、逢妻橋を渡り一里山・今岡(古い家並み)・今川と進む。境川(三河と尾張の境)を渡る。阿野(阿野一里塚)・前後・新栄(桶狭間古戦場碑)・栄・有松(絞り染商いの古風な家並み)と進み、10時40分鳴海宿本陣跡に到着。天白川を渡ると笠寺(笠寺一里塚・笠寺観音)・呼続。山崎川を渡るとまもなく宮宿(熱田区)。裁断橋祉・姥堂・どどいつ発祥の地や三叉の道標・蓬莱軒本店を通り、14時無事、宮の宿・七里の渡しに到着。・・・・・
 旧東海道だけに、史跡・神社・寺が多く、楽しみながら歩く事が出来た。今回の歩行ペースを参考に、今後の計画を組みたい。

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2月8日(月)

東海道五十三次 桑名〜庄野 (24・9km 38700歩) 

(43番)桑名七里渡口 (44番)四日市三重川 (45番)石薬師石薬師寺
桑名湊の渡り口を描いている。木曽三川の河口の重要な港。米市場が開設され非常に賑わった港町。 四日市宿の近くを流れる三重川辺りを描いている。 この地方の風の強さを表している。 奈良時代に建立された石薬師寺を始め、石薬師はヤマトタケル等古代の伝承の地。 石薬師寺の門前町。
 8時30分 桑名七里の渡し出発。
10時00分 朝明川を渡る。
10時30分 JR富田駅
11時30分 笹井屋(日永のなが餅)
12時00分 諏訪神社(食事30分)
13時30分 日永の追分
14時05分 杖衝き坂
15時00分 石薬師寺
15時40分 JR加佐登駅到着。
桑名・七里の渡し 日永の追分(東海道と伊勢参宮道の分岐) 石薬師一里塚跡
 今回は、桑名・七里の渡しから、庄野宿の手前、JR加佐登駅まで歩く事とする。 JRで、8時桑名駅に到着。 桑名・七里の渡しまで歩き、8時30分本日の街道歩きに出発。 9時、桑名宿場の入口・矢田立場跡。 ここからR1号線と平行に西に向う。 朝日町を過ぎ10時、朝明川を渡る。 JR線・近鉄線を潜り、10時30分、富田駅を過ぎる。 11時30分、三滝橋のたもとの笹井屋(日永のなが餅の老舗)。 四日市宿はこの辺から始まり、諏訪神社辺りで終る。 12時諏訪神社到着。 参道商店街で「蛤うどん」を頂く。 美味しい。!! 12時20分出発。 道は近鉄内部線沿いに日永・泊と進み、13時30分日永の追分(東海道と伊勢参宮道の分岐)。 内部川を渡り、「杖衝坂」を上り、R1号線沿いに進む。 14時45分石薬師。 小沢本陣跡・佐々木信綱資料館等を過ぎ、15時石薬師寺。 石薬師一里塚跡を過ぎ、R1号線と合流。国道・加佐登を右折し15時40分、本日の終点、JR加佐登駅に到着する。 ・・・・・
 今回は、かなり長丁場で有ったが、予定通り歩けた。 コースは標識がかなり充実しており、注意さえして行けば迷う事は無い。ただ地図は必需品。  
 
* 今回、鈴鹿峠までは中部建設協会発行の「東海道さんさくマップ」を使用。滋賀県内は近江歴史回廊推進協議会発行の「近江東海道中絵巻」を使用する。

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 2月21日(日) 晴

東海道五十三次 庄野〜関 (17・1km 22100歩)

(46番)庄野白雨 (47番)亀山雪晴 (48番)関本陣早立
 「白雨」とは、にわか雨の事。突然の激しい雨に、坂道を行き来する人々を生き生きと描写したこの絵は、広重の最高傑作の一つ。  山の斜面に積もった雪が陽光にキラキラ輝いている中、大名行列が連なって行きます。  大勢の人数を従えた大名行列の移動は大変で、朝暗い内から出立の準備が慌しく始まります。 関は鈴鹿の関と呼ばれ、近江の逢坂の関、美濃の不破の関と共に、三関に数えられる。
 8時55分 JR加佐登駅出発
 9時40分 安楽川(和泉橋)を渡る。
10時30分 和田1里塚(亀山市街に)
11時05分 池の側(亀山城跡)
11時25分 野村一里塚
12時00分 大岡寺畷
12時20分 関宿・東の追分
        関宿・町並み散策
12時50分 JR関駅到着
亀山宿碑 鈴鹿川 @大岡寺畷橋 関宿の町並 @東の追分
 今回は、JR加佐登駅から庄野宿・亀山宿を通り、関宿のJR関駅まで歩く事にする。 8時55分加佐登駅を出発。 庄野の家並みを過ぎ、9時40分安楽川の和泉橋を渡る。亀山市に入ると、まもなく9時55分、JR井田川駅に着く。1時間でJR1駅来た事になる。(ここから、2・5kmの所にヤマトタケル の御陵がある。)10時30分和田1里塚。ここから亀山市街に入る。10時55分、江戸口門跡。亀山城跡・池の側。京口門跡。を過ぎ、11時25分野村1里塚。布気集落でR1号線・JRを越へる。12時大岡寺畷に着く。鈴鹿川と後方の山並みが綺麗だ。12時20分、関宿の東の追分(伊勢別街道の分岐)に着く。ここから、関宿の木崎・中町の町並みを散策し、12時50分JR関駅に無事到着。・・・・・
 今回で、京都まで約半分歩いた事になる。次回は、いよいよ鈴鹿峠越えになる。だんだん街道歩きが楽しくなって来た。

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3月8日(月) 晴
東海道五十三次 
関宿〜鈴鹿峠〜水口宿(30・1km 41100歩)

坂之下筆捨嶺 土山春の雨 水口名物干瓢
 昔、狩野元信があまりの美しさに、絵も描けないと言って、筆を捨てたと言う岩根山。 鈴鹿川を隔てた、見晴らしのよい茶屋からの風景。  土山は、京に向う最後の難所,鈴鹿峠を越えた所。 しとしとと降る春雨に打たれながら、大名行列が続いて行く様子を描いている。  当時は、どこにでもあった様な風景の中に、名物干瓢を作る人達を描く事によって、水口らしさを表現しています。
 8時10分 JR関駅出発。 
 9時00分 筆捨山集落
10時00分 片山神社
10時20分 鈴鹿峠・万人講常夜燈
11時40分 田村神社
11時45分〜12時15分 土山道の駅
12時55分歌声橋(野洲川)を渡る。
14時50分水口宿・東目附跡
15時45分水口城
鈴鹿峠・鏡岩 鈴鹿峠・万人講常夜燈 田村神社
野洲川 @歌声橋より 水口宿・東目附跡 水口城
 今回は、JR関駅(関宿)から鈴鹿峠を越え、水口宿(水口城南駅)まで、歩く事にする。 8時10分、JR関駅を出発。 まず、関宿の町並み・有名な地蔵院を通り、8時30分、関宿・西の追分を後にする。 ここからほぼR1号線沿いに進み、9時、筆捨山集落を過ぎる。 鈴鹿馬子唄会館・自然の家を通り、9時30分、坂下宿。 坂下宿は昔、本陣3軒も有る非常に栄えた宿場であったが、今は,数軒の民家と本陣跡標石等が有るのみ。 ここから、いよいよ鈴鹿峠に向う。10時、片山神社(鈴鹿峠道入口)。 ここから荒れた石畳の急な坂道となる。 しかし10分程度、登り切ると、あっけ無く,鈴鹿峠に着く。 峠は樹木に被われ薄暗く、標識以外に何も無い。100m程離れた鏡岩に立ち寄り、10時20分、鈴鹿峠・万人講常夜燈に着く。 ここには休憩所やトイレが完備されている。 ここでしばし休憩。 ここから田村神社まで,R1号線沿いに長い下りを行く。 11時40分、田村川を渡り、田村神社を参拝。 11時45分から、多くの人で賑っている土山道の駅で食事休憩。 12時15分道の駅を出発。 ここから旧道沿いに2km程土山宿の町並みが残っている。 12時55分、野洲川(歌声橋)を渡る。 13時25分、かって旅人に木陰を与えた,旧東海道松並木。 14時10分、大野西信号で,R1号線と分かれる。 14時50分、ついに水口宿の入口・東目附跡に着く。 ここから水口の街中を東海道は通る。 本陣跡・高札場跡・からくり時計・等を観ながら、今日の最終地点・水口城近くの近江鉄道・水口城南駅に15時45分無事到着する。 ・・・・
 今日はまず鈴鹿峠を越える事が第1目標。 しかし意外に早く、あっけ無く越える事が出来た。 又、今日は良く歩いた。 あと 2回で、京都三条大橋に着く予定。

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