コラム異人論からみた蓮如絵伝
(国際日本研究センター教授) 小松和彦
河内国出口村で教化していた蓮如が道場の建立の必要を感じて、その
土地を求めたところ、村人が田地をさしだそうとした。しかし蓮如は「田地
をつぶすのはもったいない。耕地の出来ぬ土地がいい」と申された。
そこで人びとを喰い、田地を荒らしている大蛇が昔から住んでいるという
池を埋めようということになる。
蓮如が、その池のほとりに出かけると、二丈ほどの大蛇が姿を現すが、
蓮如はこの大蛇に向かって、この池に堂宇を建立すれば、毎日仏法を聴
聞する事ができ、この世の 三熱の苦しみから逃れることができるだろう
とさとす。
 
蓮如上人絵伝 蓮如上人絵伝 蓮如上人絵伝
蓮如(1415-1499)の一生を三幅の絵で表現している。最勝寺(大谷派)蔵
 
その夜、年の頃四十ばかりの美しい女房に姿をやつした大蛇が蓮如の
もとを訪 れ、「私はもとはこの東にみえるイモリ山の猟師の妻で、生まれ
つき嫉妬の心が 強く、なにかにつけ憎し、妬ましと思う念が絶えず、つい
に蛇身となってこの池 に棲むことになった者です」と身の上をかたり、池
を蓮如に譲ると告げる。そし て三年後、この大蛇は浄土へと生まれかわ
ることができたのであった。
ところで、私たちがこのエピソードでみのがしてはならないのは、この大蛇
になった女性がもとは「イモリ山」に住む「猟師」の妻であったことである。

つま りこの女は殺生を業とする山の民であったのだ。

 

 

蓮如上人絵伝
蓮如が大蛇となった女性を救う段。西恩寺蔵
   
山の民は、当時ではその生業のために里に住む農民から異人視され、
差別・賤視されていた。そのような山の民の女が蓮如絵伝に登場してい
るのは決して偶然 のことではない。むしろ蓮如絵伝の作者に、むしろ意
図的に語り込まれたもので あった。ということは蓮如が交渉した人たち
のなかには、こうした人たちが多か ったことを示唆しているのだ。
民俗学上でいう「ワタリモノ(渡り者)」である。渡り者とは、土着したよそ
者の総称で、猟師・木地師・漆掻き・炭焼き・川師・山師等である。
「ワタリ」の者たちつまり非農業民は農業民=定着民から差別されてい
た。そ のような人びとの間に入り込んで布教活動を展開したのが、蓮如
によって象徴さ れた真宗の僧侶であり、信者であったのだ。そして真宗
に触れ、教化されること によって「ワタリ」の人びと=非農業民たちは救
済され、この世で「人間」とな り、あの世で「成仏」できるようになったの
である。
蓮如絵伝は、そうした救済されるべき「異人」たちとの蓮如の出会いと、
彼ら に対する教化の旅を描いたものなのである。
蓮如絵伝は、異人論という視点からみても、まことに興味深いテーマを
たくさ ん含んだ絵伝だといえよう。
 
「異人論からみた蓮如絵伝」(読売新聞社 刊「念仏のこころ」)より抜粋

注:三熱(さんねつ)畜生道で竜・蛇などが受けるという三つの激しい苦しみ。

 
唯法寺 愛知県西尾市順海町12  住職/占部