第48巻:パガニーニ練習曲全稿 お勧め度:C

リスト全作品中最も有名な部類になる「ラ・カンパネラ」を含む、曲集全体としても有名な「パガニーニによる大練習曲」と、その初稿になる伝説の超難曲集を一度に聴ける豪華な組み合わせ、です。

が、どうもピンと来ません。なじみのある曲集なのに、と数回繰り返して聴いてみてようやく自分で分かりました。なじみがあるだけでこの曲集は好きではなかったのです。なぜか伝統的にリスト作曲作品に分類されていますが、実態はパガニーニ作曲のそれもどちらかというと忠実な部類の編曲(トランスクリプション)ですが、同じイタリアがらみでも、ロッシーニ=リスト、ベッリーニ=リスト、といったあたりに慣れ親しんでから改めてこのパガニーニ=リストを聴くと、パガニーニとリストでは音楽が全然違うような気がしてきました。

超絶技巧練習曲を支持してこちらを支持しない、という感覚を無理矢理文章にしてみましょう。パガニーニの演奏に最大級の衝撃を受けてリストがピアノのヴィルトゥオーゾを目指したというのは、紛れも無い歴史的事実ですし、技巧の誇示をいとわない姿勢も勿論共通しています。最高音域を頻繁に使うリストの書法がヴァイオリンからの編曲にも自然に適応しています。でも、ある程度ご存知でしたら、この二人の楽想を比べてください・・・かくいう私自身がパガニーニに詳しくないのですが・・・。パガニーニの楽想は短く、紋切り型なのです。8小節どころか4小節か2小節単位でとりあえずけりが付くシンプルなものが基本のようです。こういうシンプルな楽想は練習曲に向いていると思いますが、私がリストらしさだと思っている「陶酔」には全然向かいません。

最初6トラックが普通に知られている最終稿=「パガニーニによる大練習曲」(1851)です。1838年稿の難易度を下げたという以上に、原曲のヴァイオリン独奏曲に近づける方向での改訂がなされています。第1曲ト短調の原曲は「24のカプリ−ス」第6番、ただし導入とコーダは第5番、です。比較的リスト的な楽想です。第5番部分の付加は私には蛇足に思えます。第2曲変ホ長調はカプリ−スの第17番、虚心に聴けばつまらない曲とは思いませんか???。

第3曲嬰ト短調「ラ・カンパネラ」だけは原曲がヴァイオリン協奏曲第2番、やはり十分にリスト的な曲とは思えないのですが、有名になるのはよく分かります。第4曲ホ長調の原曲はカプリ−スの第1番、単純に忙しい曲です。第5曲ホ長調は原曲のカプリース第9番と同じく「狩」とも呼ばれますが、単なる愛称です。これも結構つまらないと思っています。第6曲イ短調の原曲はカプリースの第24番、ブラームスもラフマニノフも変奏曲の主題に使った有名曲です。これが良く出来ている方であることは認めます。

次の6トラックが伝説の超難曲集=「パガニーニによる超絶技巧練習曲」(1838)です。第1曲は余り違わないようで、実はかなりの部分が左手一本の指示ということです。第2曲はちょっとずつ音が多いのですが、最終形からして私の苦手とするところであり、どの程度難易度が上がるのか私にはよく分かりません。第3曲「ラ・カンパネラ」は全然違います。何と言っても途中から協奏曲第1番に突入するのですから。「ラ・カンパネラ」の部分も大分違います。聴く分には最終形の方がいいでしょう。

第4曲はとんでもない曲になっています。元曲および最終形では単音で忙しく弾く所を分厚い和音で忙しく弾くのですから、限界への挑戦になっているのはよく分かります。ハワードも到底弾ききれているとは言えないのですが、ある程度やむをえません。しかしリスト本人は、もしかしたら最終形と同じテンポと切れで弾ききって、とてつもない効果を上げていたのかもしれません。第5曲も色々違うのですが極端には難しくないように聞こえます。第6曲は第9変奏など楽譜を見ると広い跳躍でおぞけがするほど難しい、らしいのですが、楽譜を知らずにいい加減に聞くだけでは今ひとつ難しさが分かりません。

トラック13〜15には初期稿の異稿が3曲収められています。第1曲、シューマン編曲の練習曲の再編曲です。つまらない。第4曲はとんでもない初期稿に対するそれなりの簡素版のようです。第5曲も簡素版なのでしょうか。トラック16には「マゼッパ」の中間稿(1840)が入っています。伝説の超難曲集に近い時期ですが、最終形に近い導入が付加されています。決して好きな曲ではないのですが、パガニーニ練習曲を延々と聞いた後だと、「やっとリスト本来の世界に戻ってきた、」とほっとします。

次のがさらに面白い。曰く、リストが1868年から1871年にかけて作曲した純粋に手の運動のための68の練習曲集が存在していて、「大全集」を謳うからにはこれも録音すべきという考えもあるが、音楽的には本当に何も無い曲にCD6枚かけるのはどうかと思うので、録音しないことにしたのだが、このトラック17として録音した曲だけ例外的に音楽的である、とのこと。1分余りの短い曲ですが、チャルダッシュの親戚みたいな怪しさがあって非常によいです。

通常版でのハワードは、悪いとも言えませんが、単純な楽想であるだけに、安定感が持ち味のハワードに向いているとは思えません。もっと切れ味の鋭さを強調した聴き栄えする演奏が他でも容易に求められると思います。あまり聴いても持ってもいないので私がピアニストの名前を挙げるのは控えておきますが。初期稿(及びその異稿)では、ハワードの資質はますます向いていないとは思いますが、これだけ弾ける人はそうは多くないのですから、超難曲集をとにかく一度聴いてみたい、という向きには、輸入盤とはいえ入手容易なCDである点ではお勧めできます。

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