愛知県碧南市 忘れかけていた昭和の優しさが今もある 「衣浦温泉街」を歩く

碧南市新川西部地区へようこそ!

衣浦温泉街 (きぬうらおんせんがい)

賑わいも今は昔 だがこの「枯れた感」が旅情を誘い 訪れる人がいる

ぼんぼりが立つ通り

<昭和19年に明治飛行場の将校をもてなす為に特殊飲食店が開業。戦後はパチンコ・麻雀などの有する施設を増やし歓楽街として発展。売春防止法制定の動きを察知、昭和29年に温泉街へと転換を図り、危機を乗り越える。最盛期には10軒の温泉旅館が営業し賑わいを見せた> 県道50号を北上、山神社を越えて最初の信号交差点を通過、100メートルほど進むと左手に現れるゲート。 ここから先、山神町1・2・6丁目の3区画にあたる場所が「衣浦温泉街」と呼ばれた地帯である。 かつてこの一帯は崖上の山林・畑地であり、旧字名を「常磐浦・沖見」といい、大正時代には鷲塚・洋々医館の別荘「沖見園」が存在した。 歓楽街として発展するきっかけとなったのは昭和19年(1844)、東端(安城市)に海軍の明治航空基地が造られ、将校の慰安所として特殊飲食店をこの地へ設置したことによる。 戦後は花柳街として賑わいを見せるが、昭和33年(1958)の売春防止法施行に先立って、昭和29年(1954)より温泉街へと転換を図る。同年10月に料理旅館「吉文」が開業したのを始めに、最盛期の昭和32年(1957)には10軒の旅館を数え、翌年の33年(1958)には平屋建270席の劇場「浜劇」が出来た。 碧南一の歓楽街として賑わった衣浦温泉街も海が埋め立てられ次第に衰退していき、現在では数軒の料理旅館が営業するだけとなった。 温泉街に彩りを添えた雪洞も今は5つ灯されるのみである。

旅館と旅館の間、裏通り

<今も残る温泉街の風情は、現実にその時代を知らぬ世代にも心打たせるものがある。路地には、どこか妖しい花柳界の雰囲気が仄かに残る。ある人にとっては懐かしくもあり、またある人には覗き見たくなる好奇心。幼い頃に想像した大人世界の余香を今体験する> 先述のように衣浦温泉街は、温泉が掘削される以前は「花柳街」として賑わいを見せていた。いわゆる”大人の遊び場”という世界がこの衣浦温泉街には存在したのである。 花柳と聞けば、どこかいかがわしい事を想像してしまいがちだが、今日のコンビニ的な性風俗とは一線を画する。 訪れる客も迎える芸者・遊女も粋であったし、共にマナーもわきまえていたと聞く。 今もその時代の名残はあるのか?衣浦温泉街の路地を歩いてみた。 妖しくも品のある桃や赤の色彩が目に留まる。飾り窓にこちらを定める視線を想像する。もやは昔に過ぎ去った時代の名残が私の内にある心をドギマギとさせる。私は花柳界があった時代を全く知らない世代。 だが、路地には妖艶な人々が残した香りを仄かに感じ取れ、なんだかやっと自分も大人に仲間入りしたかのような気分になる。

二宮金次郎さんの陰歴史に関するミニ知識

明治航空基地(めいじこうくうきち) 旧・明治村、現在の東端、根崎に存在した海軍の飛行場。昭和17年(1942)から計画が進められ、昭和19年(1944)11月に暫定的に完成する。 特攻隊の兵士を養成する飛行場として未完成のまま使用を開始した。碧南市の西端にも臨時の滑走路として道路が直線に造られたという。 西端も米軍による攻撃を受け、当時の記憶を留める老人は、今もその様子を克明に語る。現在の尾城町にはこの明治航空基地を守る高射砲陣地が存在した。 明治航空基地の遺構には、県道45号線沿いの「明祥中学東」交差点近くにある畑地に格納庫の基礎コンクリート等がある。

ヘボト自画像ヘボトの「如是我聞(にょぜがもん)」

鱗のようなガラスが並ぶ建物

「鱗窓の旅館」

明石インターの橋脚に描かれた一枚の絵。これは碧南市の画家「杉浦イッコウ」氏が昔の海岸風景を懐かしんで描いた作品だ。 その絵の一部分に海側より衣浦温泉街を描いたものがある。岸壁に建ち並ぶ旅館群のひとつに興味を惹かれた。 旅館の端に円筒状の建造物。鱗のようなガラス窓の並びは、神戸の異人館を想像させるお洒落な外観。一体これは何だ? 古い地図を調べれば、旅館「吉文」の建物であると判明。 微かな期待を胸に衣浦温泉街を歩く。旧海岸線であった低地より、古めかしいコンクリ階段が崖上へと向かう場所、見上げれば重なる鱗状の窓。 海が消失して早40年も経とうとしている現在、この鱗窓が残っている事は奇跡である。 衣浦の情景を眼前に、遠く鈴鹿山麓まで見渡せたという絶景の地、衣浦温泉街。 お洒落な鱗窓から優美な時代がこの地に存在したことに思いを馳せる。

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