想い出〜あの時あった出来事〜

Memory2.ある雪女の想い出“時の彼方のファースト・スノー”
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やがて年が変わり季節は移りゆき、山にも春がやって来た。
無事に下山した猟師は雪女との約束を守り、あの夜のことは誰にも話さずにいた。
ある日、いつものように山から帰ってきた猟師は、ふもとの道で座り込んでいる女性を見つけた。
「どうかされましたか?」
見過ごす事もできず、猟師は女に声をかけた。
「足をひねってしまいまして・・・」
答えながら顔を上げた女の姿に、猟師は息を呑んだ。
艶やかな黒髪と整った鼻梁、心に響く声。この世のものとは思えない美しさに出会った猟師は、
手を差し伸べた姿のまましばし凍りついてしまっていた。
「あの、私の顔に何か・・・?」
「・・・それは大変です。いかがでしょう。私の家がすぐ近くにあります。そこで休まれては・・・?」
「そんな・・・よろしいのですか?」
「もちろん、遠慮はなさらずに。困ったときはお互い様、ってやつです」
足を痛めた女性を放っておく事もできず、猟師は女を背中におぶって家まで連れていくことにした。
女に手を触れたとき、猟師はその冷たさに一瞬驚いたが、「何か?」と微笑む女の姿に何も言う事ができなかった。
「親父、今帰ったよ」
「おお、遅かったの。山賊にでも会ったかと思って心配していたぞ」
「やだな、山賊なんてこの冬に入ってから出てないじゃないか」
出迎えた父の言葉に返事をしながら、猟師は背負っていた女を降ろして紹介した。
「親父、この人、どうも足を痛めたみたいでさ。ちょっと見てやってくれよ。俺は沢で水を汲んでくるから」
多少の医術の心得がある猟師の父親の診断では、女は軽い捻挫であることが分かった。
「見たところ旅の途中のようじゃが、先を急ぐのでなければ、しばらく休んでいかれてはどうじゃろう?」
「そうだね。この先の山を越えるのも大変だろうし。治るまでここにいたら?」
「・・・すみません、お言葉に甘えて・・・」
女は少し悩んだような素振りを見せたが、人の良さそうな二人の姿を見て安心したのか、しばらく世話になることにした。

女の足は本当に軽い捻挫だったらしく、一週間もたたずに普通に歩けるようになっていた。
「本当にありがとうございました。何かお礼をしたいのですが、もうしばらく置いていただいてもよろしいでしょうか?」
猟師にとっても、このまま女と別れてしまうのが残念に思っていただけに、その申し出は渡りに船であった。
怪我の治った女は、これまで年老いた父親一人でやっていた畑の世話から家事全般に至るまで、非常に良く働いた。
何故か暖かい料理だけは苦手であったが、それを除けば全く文句のつけようも無い働きぶりだった。

「おまえさんさえ良ければ、このまませがれと一緒になってくれんかのぉ」
ある夕食の際、唐突に出された父親の言葉に、猟師は目を白黒させた。
「な、なに言ってるんだよ親父!じょ、冗談だからさ、気にしないで・・・」
「わたくしのような者で良ければ・・・」
慌てふためく猟師をよそに、女は三つ指をついて頭を下げるのであった。
「・・・ほんとにいいのか、俺で・・・?」
「はい・・・」
夢じゃないかとつねってみた頬はしっかりと痛みを伝え、これが夢でないことを証明していた。

それからしばらくして、季節は一年で一番暑い時期にさしかかろうとしていた。
夫婦となった猟師と女は、猟師の父親とともに幸せな日々を過ごしていた。
「ちょっと休んだらどうだい?」
「いえ、あと少しですから・・・」
ある日、畑仕事の途中で、心なし疲れた様子の女を見かねて、猟師の父親は声をかけた。
「そうかい?あんまり無理するんじゃないよ」
そう言って作業に戻った父親の後ろで、とさっという音が聞こえた。
気になって振り返った父親の目に入ったのは、倒れた女の姿であった。
「おい!どうした、大丈夫か?!」
「・・・は・・・い・・・」
猟師の父親は作業を放り出して、すぐに女を家に連れ帰ることにした。
やがて夕方になり猟から帰ってきた猟師は、倒れて荒い息をして横になっている妻の姿に驚いた。
「おまえ、どうしたんだ?!」
「・・・おかえり・・・なさい・・・あんた・・・」
その隣では、絞った手ぬぐいを女の額にのせる父親の姿があった。
「ここのところ暑い日が続いたから、疲れがでたんじゃろう・・・」
「大丈夫なのか?」
心配そうに尋ねる猟師に、父親はしばし考え込んで言った。
「こういう時に良く効く薬草があるんじゃが・・・生憎と手持ちがなくてのぉ・・・」
「教えてくれ!どこに行けばあるんだ?俺が採ってきてやる!」
父親から薬草の特徴を聞いた猟師は、黄昏時の山へと向かった。
・・・
「・・・ん・・・」
「おお、気が付いたか!」
女が目を覚まして最初に目に入ったのは、猟師とその父親が心配そうに覗き込む姿であった。
「あんた・・・おとうさま・・・」
「ああ、まだ起き上がらんほうがええ。もうちょっと寝ておれ」
起き上がろうとする女を制し、父親はもう少しの間横になっているように促した。
「薬が効いたんだなぁ。良かった、良かった」
「薬・・・そんな、まさか・・・」
猟師の言葉に、女は訝しげな表情をしたが、それは一瞬のことだったので、猟師も父親も気付かなかった。
ふと女は、猟師の腕に大きな擦り傷があるのを見つけた。
「あんた、その腕は・・・?」
「ん?あ、ああ。ちょっと転んじまってな。たいしたことはねぇ。気にすんな」
闇の中、山道をたいまつの灯りのみで薬草を探していた猟師は、足元の崖に気付かず、滑り落ちてしまったのであった。
幸い、腕を擦りむいたのみであり、また、落ちた先で探していた薬草を見つけることができたのであった。
「落ちなかったら見つけられんかったかもしれねぇ。運が良かったんだ」
「ありがとう・・・ほんに、ありがとう・・・」
猟師と父親の優しさに触れた女は、うれしさのあまり涙を流しながら感謝の言葉を繰り返すのであった。

【←戻る】 ◇ 【続く→】


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